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防御魔法 ①

 鈍い痛みを感じながら、けだるい体を起こす。何が起きて、なぜ寝ていたのかすぐには思い出せない。

 「サック、あなたは本当に弱いですね。」

 頭をゆっくりと持ち上げる俺に、ギリーの冷たいあきれた声が聞こえてきた。

 弱い?俺がよわい?

 俺は確か、グルーウルフを一撃で倒して、それから森まで走って、それで森を切り開いて……

 あぁ、そうか、それからまた負けたのか。

 

 ゆっくりと思い出す。あれは確かに兎みたいなやつだった。しかし決定的に兎とは違い、足だけが太く、長かった。まるで、二足歩行でもするかのように立っていて……そして、そいつが蹴ってきたんだ。

 目にも止まらぬスピードでいきなり現れ、そして蹴られたと気づかぬうちに蹴り飛ばされた。

 そして俺は負けて気を失った。

 くっそ!!!

 少し自信をつけたと思ったらこれだ。なんで俺はこんなにも弱い。たかが兎ごときに負けるなんて情けなさすぎる。悔しさのあまりこぶしを強く握りしめる。


 「まぁ、僕は、それでも今日みたいに明日にはきっちりビッラビットも狩れるようになっているって信じてますよ。頑張ってくださいね。」

 ギリーはにやにやと笑いながら、そういって俺が立ち上がるのを待たずに歩き出す。俺は急いで起き上がった。後頭部にずんと痛みが走るが、今は無視することにした。なにしろここは平原で、街の外だ。俺の義勇兵登録証はギリーが持ったままなのでで、俺一人ではマハトリオに入るすべがない。ギリーに置いていかれれば、俺は野宿する羽目になるだろう。俺は慌ててギリーを追いかけた。

 

 どうやら気絶している間に、マハトリオの近くまで運ばれたようで、幸いにすぐマハトリオに帰還することができた。

 マハトリオの中に入ると、ギリーは今日も用事があるといって、俺に銀貨三枚を渡し、去っていった。去り際に、「明日もビッラビット狩りに出かけるからしっかり準備しといてくださいね」と言い残す。本当に勝手な奴だ。


 さて、また一人か……とにかく魔法の訓練をしなければなるまい。俺は、弱いままではいられない。明日今日のように無様に負ければ、ギリーに見捨てられるかもしれない。そうなればまず間違いなく死ぬだろう。そんなのはごめんだ。

 

 さてどうするか……


 最初に思い付いたのは、昨日と同じようにリグに師事されることだった。とにかくあの兎の攻撃を防げなければ話にならない。今の俺には、突然の攻撃に対処する術がない。それを身に着ける必要がある。


 リグはどこにいるのだろうか?

 昨日の飯屋か、義勇兵管理局か、それとももう外にいるのか……

 とりあえず酒場や飯屋を見て回ることにしよう。


 昨日の飯屋に入る。店内は昼時なのかがやがやと混雑していた。気絶しているうちに随分と時間がたっていたようだ。

 混雑の中に見覚えのある赤いマントが目に入った。バーストだ。昨日あったリグの義勇兵仲間で、確かビッラビットを狩っているとか言っていた気がする。

 しかも、ギリーとの関係を見るからに、かなりお人よしそうだ。これは付け入るスキがあるのではないか?

 俺は早速、バーストに接触するためにバーストのほうに歩く。バーストは、誰か知らない義勇兵と一緒に食事をしているようで、少し離れたところからでもその大きな声が聞こえてきた。

 「この国にユウラが来てるって本当か?」

 「あくまでも噂だ。似たやつを見かけたって言っている奴がいてな。」

 「何しに来たってんだ?」

 「知るか。北の竜の討伐が大方片付いたって噂もある。お優しい勇者様のことだ。次は」

 「魔王ってなわけか?」

 「そうだ。」

 「しかし、魔族は13年前に教凰十字軍にやられてから目立った動きを見せていない。今世界にとって脅威なのは、サヴァー独立国とキタラクタの技術同盟のほうじゃないのか?なぜ今なんだ?」

 「知るかよ。そんなのは勇者様に直接言ってくれ。」


 勇者ってのは確か、ギリーが話していた三強の一人だったな。世界最強の力か……見てみたい。

 一番てっぺんというのがどの程度の力なのか知りたい。今の俺とどのくらいに差があるのだろうか?

 それと、サヴァー独立国とキタラクタの同盟?

 聞きなれない二つの国だが、同盟が世界にとって脅威になるというのはどういうことなのだろうか?

 北の竜?この世界にも竜がいるのか?竜ってのは魔物の一種なのだろうか?

 前に北條も話していたが、教凰十字軍ってのはなんだ?

 

 知らないことが多すぎて話についていけない。

 俺は、会話からの情報収集を諦めて、二人に話しかけることにした。


 「あの……バーストさん。昨日は、あの、そのありがとうございました。ごちそうさまでした。」

 もちろんだが、言語魔法でバーストの気を引くよう誘導することも忘れない。

 二人がこちらを向く。バーストの相方として一緒に飯を食っていたのは、金髪の義勇兵だった。前世であれば、コスプレとしか思えないほど光っている金髪だが、この世界では洋風な白い顔のせいもあるのか不気味なほど似合っていた。

 「おう。昨日の坊主か。いいぜ、気にすんな。」

 バーストは一瞬こちらを見たが、手をひらひらさせて、すぐに自分のテーブルのほうに目を向けた。

 「ん?なんだ。この奴隷は?」

 金髪が俺に興味を示して、バーストに尋ねる。良し。このまま挨拶だけで終わることは避けれそうだ。

 「リグの雇い主だ。あのバカまた登録証ごとすべてをなくしてだな。」

 「そりゃ、面白そうな話だ。詳しく聞かせろよ」

  金髪の義勇兵が、リグという名前に反応して、バーストに詳しく話せとせっつく。バーストは、仕方がないという素振りを見せながらも、リグの悪口を嬉々としてしゃべりだした。

 「せっかくだ。坊主も一緒に食おう。席に着けよ。」

 金髪の義勇兵は気さくに、俺を食事のテーブルに着かせ、俺は二人と飯を食うことになった。計画通りだ。うまくいった。


 金髪は自分のことをダッロと名乗った。話を聞くとバーストと同じく主にビッラビットを狩る義勇兵らしい。


 「しかし、坊主金持っているな。相当良い主人に巡り合ったのか?」

 だいたい昨日のいきさつをバーストが話し終えると、ダッロはリグをからかう良い話が聞けたと喜んだあと、そう感心したように言った。

 「それは俺も気になってた。おい、坊主。お前の主人ってのは誰なんだ?」


 ダッロとバーストに聞かれ、言っていいものかと逡巡したが考えてみれば、ギリーの名前を売っておいて損はないはずだ。奴はこの街で名声を得ることを目的として、名前を隠そうともしていない。

 ならば、子供奴隷を救ったヒーローとして話しても問題ないだろう。奴をそう言って持ち上げるのは、腹の立つ話ではあるが、間違いではない。


 「あの、ご主人様は、たしか、ガン=ミラー家?でしたか、名のある貴族の方らしいです。」


 俺の発言に二人が固まる。

 「ま、まじか。」「す、すげぇな、おい。ガン=ミラー家か」

 絶句する二人を見て、俺は改めてギリーの家の大きさを感じた。どれほどガン=ミラー家が大きいのかは知らないが、かなり影響力はある名前のようだ。

 「なるほど、なるほど。それはリグさんの雇い主になれるのも納得できる話ね。」

 驚きを隠せない二人の間を割って、別の声が聞こえてきた。そちらのほうを見ると、ランイが追加の料理を運んできてくれていた。

 「こんにちは。また会ったね。えっと名前は?」

 「サックです。」

 「名前までもらっているのね。サック。良いご主人ね。それは、お返ししないとね。」

 ランイはそう言って俺に向かってウィンクして、合図を送ってきた。

 お返し?あぁ、昨日の料理を教えてほしいと頼んだ件か……律儀なことだ。俺はすっかり忘れていた。

 ランイの話を続けてもいいのだが、今は魔法を教えてほしい。あえて、気づいていないふりをして、なんとか魔法を教えてもらえる雰囲気にしたい。

 「はい。ご主人様にはとてもお世話になっていて、本当に命の恩人なんです。だから、なんとかお返ししたくて……」

 言語魔法を発動し、庇護欲をあおる。

 「お前、えらいな。頑張れよ。」「おう。頑張れ。」

 「うん。頑張ってね。ごめんね、ちょっと忙しいから行くね。」

 三人は魔法の効果もあってかうん、うんとうなずき励ましの言葉をくれた。順調だ。ランイが給仕の仕事に戻るため去っていったのは少し残念だが、この流れはいい。

 「うっ、でもっ、僕じゃ……」

 そう言ってわざと涙を流した。涙を流すなんて簡単だ。この世界には魔法がある。水魔法で、目に水を集めてそれを溢れさせればいい。そういった練習はさんざん逆賊の徒のアジトでしてきた。実践は初めてだが、うまくいった。

 俺はうつむき、手で顔を覆ってすすり泣いた。

 大人は子供の涙に弱い。しかも、俺は泣き声に言語魔法まで発動している。これで釣れるはずだ。

 もっと俺に興味を持ち、助けてやりたいと思うはずだ。

 さぁ、こい。

 「お、おい、坊主どうした?」

 バーストは明らかに慌て、そして俺を覗きこむ。ダッロの声は聞こえてこないが、動揺している様子は伝わってくる。

 「このままでは、僕は、ご主人様の足手まといにしか、ゔッ、ならない」

 グスッ、グスッっと鼻をすすりながら、俺はいかに俺が弱く、主人であるギリーの義勇兵活動の足を引っ張っているかを説明した。それでも、ギリーは優しく少しずつやろうといってくれているが、それがつらいと言って、早く強くなりたいと泣き散らした。


 「よし、わかった。ならば俺が鍛えてやるよ。」「仕方ない。俺も付きやってやろう」

 そして、俺の迫真の演技は見事な効力を発揮し、バーストとダッロは簡単に陥落した。ちょろいな。

 「あの、いいんですか?僕なんかのために……」


 「あぁ、その代わり報酬としてリグと同じ分くれ。」

 そういったのはダッロだ。おい、とバーストはあきれ、制するような声をかけたが俺としてはそのくらいなんでもなかった。今日も俺は活動費としてギリーから銀貨二枚を支給されている。

 俺はバースト本格的にダッロを制する前に、銀貨二枚を二人の前に差し出した。できるならば、二人は今後も利用したい。できるだけ一方的なだけの関係は避けたほうがいい。人には返報性の心理というものもある。銀貨一枚というのはかなり大きい金額らしい。ならばもらいすぎていることに二人が負い目を感じてくれればいい。それを返さないとと思ってくれればいい。そうすれば、今後俺のお願いも聞いてくれやすくなるだろう。

 「これでお願いします。お二人は本当に良い方ですね。ありがとうございます。」

 俺は、さらにテーブルに頭をつけるほどに頭を下げた。好意の返報性を意識する。人は、他人から受けた

利益や好意にたいして、それと同種、同等のものをその人に返すべきだという規範を持っている。つまり、俺が向けた純粋で澄んだ好意を受けた二人は、それを好意で返すべきだという規範を持っており、無意識的にそのように心が動くのである。もちろん俺が向ける純粋な好意というのは、魔法で作られた人工の物であり、心理的反応は俺が魔法で促進したものである。

 うまく作用したかどうかはわからないが、バーストは俺の頭をぐりぐりと撫で、「俺たちにまかせろ」と笑っていた。ダッロは、にやにやと俺から受け取った硬貨を見たのち、もらった報酬以上の働きは保証すると言ってくれた。


 俺たち三人は、昨日も来た義勇兵斡旋所の訓練場まで移動した。道中俺は現状として、ビッラビットに一撃でやられて、主人であるギリーに多大な迷惑をかけてしまったと説明した。そして、せめてビッラビットを倒せないまでも何とか戦えるくらいにはなりたいと希望を語った。

 「まずは、義勇兵の必須魔法。防御魔法を教えてやるよ。」

  訓練場に到着すると、ダッロはそう言って地面に手を当て地面から引き抜くように大きな杖を出した。

 1m以上はありそうな長い杖で、まるで石でできているかのようにごつごつしている。しかし、先端がきれいな曲線を描いてカーブしているところを見ると石などの硬い素材ではなさそうにも見える。


 「防御魔法ですか?」

 俺は魔法を教わるとき、何もわからないという体でいくことにしていた。変にわかったふりをしたり、知っていると答えると、墓穴を掘ったり、間違った知識のまま進んでしまったりするかもしれないからだ。

 防御魔法と言われれば、いろいろ思うところもあるし、漠然としたイメージもある。しかし、俺はその存在から知らないふりをした。

 「まっ、簡単に言うと身を守る魔法だな。」

 俺の質問に今度は、バーストが答えた。バーストは真っ赤な長い杖を器用にくるくる回しながら、準備運動をしているようだった。それにしても説明がおおざっぱすぎるだろう。防御魔法なのだから、身を守る魔法だということくらいわかる。それがどのように身を守るのか具体的な説明がほしいところだ。


 「まぁ、一回見てみればわからぁ。バースト、適当に攻撃してくれ。」

 バーストは、ダッロの言葉に軽くうなずき、ダッロと距離をとった。二人の距離は、だいたい30mほどとなる。

 「じゃあ、行くぞ。『炎の息吹は、灼熱にてすべてを焼き尽くす厄災と化す』」

 バーストはそんなこっぱずかしいセリフを口にし、魔法を発動させた。杖から炎の波が勢いよく飛び出し、ダッロを襲った。しかし、ダッロはそれを防ごうとしない。ただバーストと向かい合い、突っ立っていた。

 このままでは、ダッロは炎に焼き尽くされてしんでしまうのではないか?

 そう思った時だった。急にダッロの前にダッロを守るように、土の壁が現れた。その土の壁は、ダッロを守り炎の津波を防いでしまった。

 ダッロは、一切自分の意志で魔法を発動させたように見えなかった。魔法がひとりでに発動し、結果としてダッロをバーストの攻撃から守った。そう見えた。

 「まっ、これが防御魔法だ。」

 ダッロがこんなもんだろうと、笑って俺に近づいてきた。


 「あっ、あの、ダッロさんは今魔法を発動させたんですか?」

 俺が純粋に聞くと、「良い目の付け所だ」とダッロは俺を褒め、頭を撫でてきた。

 正直頭を撫でられるのは好きではないが、バーストに比べればまだ手加減された力だったので耐えることができた。

 「防御魔法とは、使用者の意識とは別に、自動で発動する魔法だ。だから、ダッロは別に魔法を発動させたわけじゃない。正確には、勝手に発動されたんだ。」

 バーストが補足で説明してくれた。なるほど、自動で発動するのであれば、ビッラビットの攻撃のような認識が追い付かない攻撃でも防げるというわけか。確かにビッラビットを狩るうえでは必須の魔法だ。

 「あの、えっと、どうやればいいのでしょうか?」

 ほしい。その魔法、絶対にほしい。

心が逸る。俺が強くなる可能性がそこにあると思うだけで、笑みがこぼれそうになり、心臓が脈打った。


いや、落ち着け。まずは相手のペースで教えさせるんだ。こちらからぐいぐいと行くべきではない。俺は所詮、金を主人からもらっている健気な奴隷に過ぎない。二人にとって、別にとるに足らない相手なんだ。少しでも気分を害させないようにしたほうがいい。


 そう思い直し、ついつい前のめりになりそうな気持を必死で抑えた。

 「基本として、まずは外界の拒絶だ。自分以外の世界を拒絶する。」

 「世界を拒絶ですか?」

 「あぁ、そうだ。自分の世界とそれ以外の世界を明確な意思をもって分ける。そういう意識を持つ。世界と自分を守る輪郭を意識するんだ。」

 「つまり、こう、ばっと定めて、ぐっと込めて、あとはどんと構えるんだ。な。」

 せっかくバーストがきちんと説明しようとしてくれているところに、ダッロが割り込み意味の分からない説明をし始めた。抽象的過ぎてわかりづら過ぎる。

 「おい、ダッロ。おまえの説明は伝わりづらい。」「おまえの教科書じみた説明は回りくどすぎるんだよ。どうせ、またファイライ様の教えなのだろう?」

 「おい、ダッロ。お前またファイライ様を侮辱するつもりか?」

 二人はそこから言い争いを始めた。最初はバーストがファイライ様とやらを馬鹿にされたと怒り、次には魔法発動前の呪文を馬鹿にされ、顔を真っ赤にして怒り出した。

 めんどくさいので早く魔法だけ教えてほしい。俺は切実に思いながらも、とりあえず今教わったところまでをひとりでやってみることにした。二人の話は基本的に無視だ。


 まずは、自分と世界を分けて考えるイメージだ。世界の中に自分が溶けているのではなく、世界に自分が存在しているイメージをした。明確な線引きを意識し、自身の輪郭を考える。全身を見渡し、自分と世界の境界線を知覚した。

 これにいったいどんな意味があるのかは分からなかったが、俺はとりあえずそれの感覚をより強いものにするために何度も何度も視線で身体をなぞり、自分の輪郭をしっかり意識していった。

 これがダッロの言うところの「ばっと定めて」なのだろうか?

 では次は、「ぐっと込めて」になるわけだ。

込めるとは何のことなのだろう?、魔力のことか?

しかし、一般的に魔法を発動させるとき、魔力を魔法に込めるという発想は間違っているとリンスさんから聞いた。それをすると魔力を過剰に込めすぎ消費してしまうらしい。

 ならばここでも込めるのは魔力ではないのか?

 俺は説明を求めるために、言い争う二人を見た。二人はお互い杖を構えて向かい合っていた。

 いやいや、ただの口げんかに魔法を持ち出そうとしているのか?

どれだけ子供なんだ。

俺はあきれながらも、喧嘩をやめさせるための芝居を打つことにした。


 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

 俺は二人の険悪な雰囲気におびえ、うずくまり震えるふりをした。子供が怖がる様子というのはなかなかに効果があるようで、二人はすぐに言い争いをやめ、ばつが悪そうに謝ってきた。

 「「すまん」」

 二人とも一緒に声を合わせて謝るものだから、ついつい笑いそうになるのをぐっとこらえた。

 「あの、えっと、その僕のせいで喧嘩になって…… あの、ご、ごめんなさい。」


 俺が泣きながら謝ると、「いやほんとすまん。サック。お前のせいではない。俺はつい、ファイライ様のことになるとついカッとなって熱くなるんだ。これでも炎の魔術師の端くれでな。ゆるしてくれ」とバーストは改めて頭を下げた。ダッロは、突然神妙な顔になりこちらを見つめてきた。そして、そのまま何かいってくると言うことはなかった。


「では、魔法のつづきを教えよう。」

バーストが大きく手を叩き、俺の頭をがしがしと力強く撫でた。痛い。

 「あの首がもげてしまいます。痛いです。」

 「あぁ、すまんすまん。つい手に力がはいってな。俺は手加減が苦手なんだ。」

 そんな会話を俺とバーストがしていると急にダッロは杖を消して、身支度を始めた。 


 「さてと、船頭多くして船山に登るっていうことだし、俺は帰るわ。坊主には、今度俺が別の魔法を教えてやるよ。」

 ダッロは覚めたように、そう言って、訓場の出口のほうへ歩き出した。

 俺は別にバーストに教わればいいだけの話だと思っていたため、特に反応しなかったが、バーストは「おい、なんだその言葉。いいかげんにしろ」と怒って止めようとしていた。しかし、それを振り切りダッロは訓練場を出ていった。


 「なんだ?あいつ。すまんな。金には汚いところはあるが、いつもはあんな奴じゃないんだが……」

 バーストは首をかしげて不信がる。俺は俺で気になることが一つあった。

 『船頭多くして船山に登る』

 もちろん日本語でそのまま話していたわけではない。こっちの言葉で、何語というのかはわからないが、とにかくこちらの言葉でそう言った。果たして、この世界にもそんなことわざがあるのだろうか?

 もし、ないとすれば?

 ダッロはどこでその言葉を覚えたのだろう?

 気になる。最後の方のダッロの反応も極めて不審だった。なにか言いたげに、考えるように俺を見つめていた。なにか感づかれたか?


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