敗北
その夜俺は夢を見た。少し前に北條に『逆賊の徒の目的』を尋ねた時の夢だ。
そういうことを尋ねると北條は、大抵はこう嘯いた。
「逆賊の徒とは俺が悪逆非道である証明だ」と。
そのうさん臭いよくわからない精神論を振りかざし、熱弁をふるい俺たちに悪とはなんたるかを語るのだった。
しかし、奴は一度だけ真意に思える計画を話したことがある。それは、俺が逆賊の徒に参加して、一年がたったころのことだ。俺が見たのはそのときの夢だ。
俺は、その日も自分の魔法を鍛え、開発するために訓練場にいた。体中の魔力を使い切り、へとへとになって大の字に寝ているところに北條がやってきてこう聞いたのだ。
「リビィ。お前はなんで、そこまでして強くなることを望むんだ?」
その時は、いつも北條の周りを鬱陶しく飛び回るキキットはいなかった。だからなのか、俺は正直に話した。いつもだったら嘘で固めていただろう。疲れていて思考力がなかったからなのかもしれない。
「俺は世界を救いたいんだ。」
言った瞬間、しまったと思った。明らかに北條は、世界を救うことなど望んでいるようには見えなかったからだ。
この発言は、北條に対する敵対を意味するのではないか?
発言してから、いやな汗が背中を伝わるのを感じ、俺はだるい体を起こした。
一方北條は、俺の予想に反し笑った。それはいけないと、そんなのは間違っていると楽しそうに笑った。
「リビィ。お前が世界を救う?
それはだめだ。絶対だめだ。人殺しのお前が世界なんて救っちゃいけない。
それじゃあ、救われた愚民どもがあまりにもかわいそうだ。
いいか。リビィ。
お前みたいな悪党が世界を救ったら、やつらは一体誰に讃歌を歌って楽しめば良い?悪党に感謝をして、頭を垂れるのか?
そんなのは、おまえにも下々の愚民どもにも、よろしくない。本当によろしくない。
愚民に気持ちよく救世をたたえさせてやるためには、やはり世界を救うのは正しく正義の味方でなければならないんだ。愚民にはそんなことぐらいしか楽しみはない。誰かの活躍を誇ったり、誰かの慈悲に縋ったり、誰かの躍進を傍観したり、やつらの生き甲斐なんぞそんなことぐらいだ。
そんなささやかな楽しみを奪うのは、あまりにも酷い。ひどすぎるってなもんだ。
わかるか?リビィ。
悪党は、悪党らしく世界なんて救っちゃいけないんだ。
悪党ってのは、常に愚民どもに失敗を焦がれて、恐れられ、憎まれ、さげすまれ、そして絶望されるそんな存在たるべきなのさ。」
北條の言っていることは半分もわからなかったが、よく回る舌だと感心するとともに、一つ疑問に思った。「ならば、北條。お前はあと30年もしないうちに死んでもいいのか?」と。
俺に尋ねられた北條は、不敵に笑いながらも「まっぴらごめんだ」と答えた。
そして、「俺は死なないために、いろいろと策を張り巡らしている。悪逆非道な策をな」と続けた。
「では、『逆賊の徒の目的とはなにか?』」
尋ねる俺に、北條は不敵に笑い、こう答えた。
「それは簡単。世界を滅ぼすことさ。」
目が覚める。なぜ今更そんなことを思い出したのだろうか。いや、理由なんてのは分かっている。簡単だ。俺が逆賊の徒にいる限り、昨日出会った奴らは全員殺さなければならない。それを再認識したからだ。
北條の策によれば、俺とギリーはこのマントハンリを落とすためのスパイだ。すべてを壊すためにここにいるのだ。正直吐き気が出る。
俺は、人を殺して罪悪感を抱かぬほどに壊れてはいない。人なんて殺したくない。
特に知り合って、話をして、なかよくなって、そんな奴らを殺すなんて絶対に嫌だ。
しかし、やらねばならない。させられる。直接的に手を下さなくても、俺がしたことが結果的にすべてを壊すことにもなるだろう。
リグが、カンカが、バーストが、ランイが、マントハンリに出発する前日に見たあのスパイのように殺されるかもしれない。だれのせいで?当然、俺のせいでだ。それを考えただけで、寒気がした。
くっそが。何が世界を滅ぼすだ。そんなことはしたくない。俺は悪党であっても世界を救いたいんだ。
「さて、サック、起きているなら、早く準備してください。下で、朝食を用意してもらいましたから、早く行きましょう。」
布団で丸くなる俺に、ギリーが能天気な声をかける。その声にふつふつといら立ちが沸く。
殺したい。リグたちよりも、こいつを殺したい。そう強く思った。
しかし当然にそんなことはできるはずがない。俺は言われるがままに、急いで身支度を整え、朝食をかきこみ、昨日と同じ依頼を受けて俺たちはマハトリオの門を出た。その際、カルサーたちとは違う衛兵が出国の対応をしてくれた。ギリーには鬱陶しいほどに媚びへつらう彼らであったが、俺に対しては見えないかのように振る舞っていた。まぁ、所詮は俺は奴隷だ。そういうこともあるだろう。
「まずは、サックがどれだけ強くなったか見てみましょう。」
マハトリオを出て直ぐの草原でギりーは俺にあとは任せましたといい、俺の後ろに下がった。
正直に少しワクワクしていた。
俺の攻撃魔法が魔物に通じるかもしれないと思うと楽しみでしかたがなかった。
5分も歩かぬうちに標的を見つける。昨日と同じグルーウルフだ。見た目は相変わらず、物凄い気持ち悪い。さて、駆除するか……
結果だけ、結果だけ
俺は昨日習ったことを頭のなかで反芻させ、グルーウルフが俺の水のカッターで半分になる姿だけを強くイメージし、魔法を発動させた。
次の瞬間、俺の手から高速で水が三日月状に打ち出され、あっさりとグルーウルフを真っ二つに切り裂いた。一瞬だった。昨日はあんなに苦労したのに、それがこんなに簡単に?こんなにあっさりと?
俺は自分でやった目の前の光景がにわかには信じられず、唖然とする。
そんな俺にギリーが興奮した声で話しかけてきた。
「すごい!すごい!昨日とは大違いです!まさか1日で、ここまで魔法が上達するとは思ってもみなかったです。」
ギリーに騒がれて実感が遅れてやって来る。やった。俺の魔法でようやく魔物を殺せた。一撃で、綺麗に!やった。ついにまともな攻撃手段を手に入れた。俺は強くなれる。まだまだ、もっともっと強くなれる。嬉しさに、小さく手を握り、グー、パーと開く。
「これなら、狩り場の場所を変えても大丈夫そうですね。さぁ、さっさと依頼分のグルーウルフを狩ってしまいましょう。」
「わかった。んで、次はどこにいくんだ?」
「ビッラビッドの森に行きましょう。あの平原を進んだ奥に見える森です。」
ギリーが指差したのは、逆賊の徒のアジトがあったところより右にずっと行った森だ。方角は残念ながら全くわからない。そもそも自分が今どっちの方角を向いているのかがわからないので仕方がない。
とにかく黙視できるギリギリに小さく森が見えていて、そこがビッラビッドの森と呼ばれる魔物の巣らしい。どこかで、その名前を聞いた気もするが、残念ながら全く思い出せない。覚えていないってことは、特に重要でもなかったってことだろう。
その後、グルーウルフを難なく狩った俺たちはビッラビッドの森へと走っていた。いや、正確には走っているのは俺だけで、ギリーのやつは宙を飛んでいる。
ずるい。
その上に、かなり速い。俺は魔力駆動式強身で走っているのについていくのでやっとだった。
必死にギリーの後を追う俺にギリーはくだらない話を延々と聞かせてきた。俺はその話に相槌を打つ余裕すらもなかった。
「ホージョウさんが言ってたんです。皆さんの世界には、スーパーマンってのがいて、こう身体を地面に平行にして、片手を前につき出して飛ぶって!どうです?スーパーマンみたいですか?」
「あっ、でもスーパーマンって正義の味方なんでしたっけ?その真似をしてたら、ホージョウさん怒りますかね?
悪が正義を真似てはいけないとか、なんとかって言われたら困るなぁ。でもでも、ホージョウさん確か、正義は悪を真似てはいけないが、悪は正義を真似て正義のふりをしてもいいって言ってました。正義面して憎たらしく、自分を正しく偽って正義のふりして悪を振りかざすことは悪にしかできないとかって言ってましたよ。なんでも悪ってのは出鱈目で良いんだって。」
「そういえば、ホージョウさんよくある悪の飛び方ってのを話してくれたことがあったんですよ。なんだったかな……黒いマントをヒラヒラと漂わせて、月を背にして高い位置から下々を見下して降りてくるでしたっけ?あれ?それって飛び方じゃなくて降り方ですよね?」
と、ギリーの口から語られるのは北條の話ばかりだ。下らない。何が悪だ、正義だ。馬鹿馬鹿しい。勝手にやってろ。
そんな下らないギリーの話には、一切反応せず、いや悔しいが反応すらできず走ること30分くらいだろうか?ようやく森の目の前に着く。
鬱蒼と木々が生え、かなり薄暗い森だ。
生えている木も黒っぽい色をしていて、森の薄暗さに一層拍車をかけている。どよんと淀んだ空気に、嫌な湿気、匂いも森の目の前だと言うのに新鮮な感じが欠片もしない。まるで大都市の主要道路の真ん中に立っているかのように臭い。何がどうとか表現はしづらいが、水が腐ったような微妙な臭いがする。
息が切れているので、どうしてもその淀んだ空気を多く吸ってしまい、咳き込んでしまった。
ゴホッ、ゴホッ
「大丈夫ですか?ここからは魔物のテリトリーです。特に、ビッラビッドは臭いですからあまり空気を吸いすぎないようにしてくださいね。」
汗だくで息を切らす俺に対し、ギリーは非常に涼しい顔をしていた。あれくらいの移動は問題なかったかのように見える。腹立たしい限りだ。
「大丈夫だ。問題ない。それより今から狩るビッラビッドってのはどんなやつなんだ?」
なんとか森と逆の方を向き、大きく息を吸い込んで呼吸を整える。
「ビッラビットですか?そうですね。一言で言えば兎です。兎の魔物です。」
「兎?なんだそれ?ちょっと可愛いじゃないか?」
俺がそんな感想を言うと、ギリーが目を丸くしてそれを否定した。
「まさか?ビッラビットが可愛い?そんな馬鹿なことはありません。非常に獰猛ですし、気持ち悪いですし、臭いですよ。」
「なんだそれ?」
「まぁ、百聞は一見に如かずともいうらしいじゃないですか。早速、行きましょう。今回も僕は手を出しませんので、サック頑張ってくださいね。」
ちっ、またか。また、負けたら見捨てられる戦いが始まるのかよ。くっそが、何が仲間だ。
いつの間にか、ギリーは俺の後ろに下がっていた。
「少しくらいはアドバイスしますから、どんどん行きましょう。」
俺が不快な顔をするのを、森に入るのを躊躇していると受け取ったのか、ギリーは楽しそうにそういって俺の背中をポンとたたいた。それがさらに俺の怒りを煽った。
森の中に足を踏み入れる。ぬるっとした地面が足に絡みついてきた。
気持ちが悪い。
生えている木はどれも背が高く10メートルは超えて、葉も黒々と生えており、日差しを遮っているため非常に暗い。だが、大丈夫だ。目は視力を魔力で強化することで、十全に見える。
森は、誰かが切り開いたような細い道ができていた。ギリー曰く義勇兵たちが切り開いた道らしい。ギリーの指示で、その道は歩かずに、自分で木を切り倒しながら歩く。木自体は色以外変わったところはなく、魔法で簡単に切ることができた。道も木に比べて草やツタなどが生え茂っていることもなかったために比較的簡単に作れた。
逆に言えば、そうやって切り開かなければならないほどに、木々が密集して生えて歩き回りずらい森だった。。気味の悪い所だ。臭いし、地面はどろどろで気持ちが悪いし、視界も悪いし、湿度も高くべちゃべちゃして気持ち悪い。
そんな森を魔法で切り開きながら、しばらく歩く。5分ほど歩いただろうか……
がさっ、がさっ
何かが木の上で何かが動いた。そのあとで、強烈な臭いがした。肉が腐った匂いだ。
そう思った瞬間だった。木の上から何かが落ちてきた。次の瞬間には目の前に、足が現れる。羽のむしられた鳥の足のようだ。以上に太い。直径50cmはあるんじゃないか?
考えているうちに、腹に物凄い衝撃があり、視界が揺れる。吹き飛ばされている?
目が回る。意識が薄れる。意味が分からない。いきなりすぎて、情報の整理がおいつかない。
やばい。何が起こった?何かに蹴られた?
痛い。腹の中がぐちゃぐちゃになって、いる?呼吸ができない。息が詰まる。やばい。
意識が途切れそうだ。やばい。死ぬ。
こんなところで、気を失ったら死ぬ。やばい、まじでやばい。
いまどんな状態だ?立っているのか?寝ているのか?それもわからない。
目が回る視界が白黒に点滅して、何もわからない。やばい。やばい、死ぬ。
こんなにも急に死ぬ。いやだ。死ねない。
俺は薄れる意識の中で、強く腹が再生する瞬間のみをイメージし、無我夢中で魔法を発動させた。いままで、何度もやってきた再生の魔法をリグに教わった方法で発動させたのだ。魔法はうまく発動したようで、傷は回復するのを感じる。よかった。
安堵した瞬間だった。後頭部に物凄い衝撃が走る。
あぁ、そうか、俺は何かに蹴られて吹き飛ばされている最中だった。きっと、木か何かに頭をぶつけたのだろう。薄れゆく意識の中で、そんなことを考えていた。
意識が消える前、最後に見たのは足のみが異常に発達し、皮膚がドロドロに溶けた気味の悪い兎だった。




