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交流

さて、どこにいこうか……

辺りを見渡せば、あるのは石の建物ばかりだ。義勇兵に必要なものはこの辺りに全て揃っているとギリーも言っていたことだし、飲食店もこの辺りにあるのだろう。

だが、それがどれかがわからない。看板も出ており、おそらくそこで飯を食えそうだというところはあるのだが、何の店か、どのくらいの値段なのかがわからない。そもそもが、渡された銀貨二枚の価値がわからなかった。


宿に戻って飯を出してもらっても良いかもしれないが、昨日ギリーの奴が飯は他所で食うから用意しなくても良いなんて言いやがったからそれも気まずい。


困った……異世界に一人取り残されるというのはなかなかに心細い。なにか自分の存在だけが、宙にふんわりと浮いているようだ。だが、幸いに言葉は通じる。そうときは、人に聞くのが一番だ。


と、なると誰に聞くかだが……

一番最初に思い浮かんだのは、昨日義勇兵管理局で出会った受付の女だった。

理由は二つある。

ひとつ目は、あそこは客がおらず暇そうだったからだ。基本的に、義勇兵登録や証の再発行のみを仕事とする管理局は閑散としていた。あそこなら話くらいは聞けるだろう。


ふたつ目は、受付の女が俺に、憐憫の情を向けてきたからだ。この手の憐れみは非常に利用しやすい。憐憫の情につけこみ罪悪感を喚起し、俺の要望を通してやろう。俺には、言語魔法がある。うまくいけば、飯屋の場所以外にも大きな収穫が得られるかもしれない。


 方針が決まれば後は行動するのみだ。俺は昨日の記憶を頼りに、管理局へと向かった。道中、何組かの勇兵風の集団とすれ違ったが、俺のことは視界にも入れていないようで通り過ぎて行った。隷属の首輪をつけながらも一人で歩く奴隷がいたらもっと注目されたりするものかと思っていたがそうでもないようだ。この世界にとって奴隷とはありふれた存在なのだろう。

 それも、そうか……

 グレイがあんな商売をして、何人もの子供の奴隷を育てていたのだ。一般的でないはずがない。なんとも胸糞の悪い話だ。

 しかし、義勇兵の居住区には奴隷はいないようで、行違うのは誰も義勇兵ばかりに見えた。多くのものが重そうな鎧を着ていたり、武器を持っていたり、大げさなローブを羽織っていたりといかにも戦闘を生業にしているといった格好のものばかりだった。


 そうして5分も歩かないうちに、義勇兵管理局へとたどり着いた。

重い石の扉を開けて、中に入る。中には、昨日と同じ女の受付がカウンターの奥に座っていた。昨日と違うのは一つだけ。先客がいたのだ。


 大きいな。それが、その先客を見た率直な感想だった。2メートルを超えていそうな背丈に普通の人間の1.5倍はありそうな横幅。そして背中には無駄に大きな斧が携えられていた。


 「リグさん。またですか?」

 俺が中に入ると、受付の女があきれた声で大男の応対をしているところだった。

 「昨日、リリカの酒場まではあったんだ。けどな。朝、目が覚めたらなくなっていた。きっと酒に溶けてきえてしまったんだろうな。」

 大男はそう言って、がははと大声で笑った。思わず耳をふさぎたくなるほどのボリュームに辟易する。

 「再発行は出来ますが、手数料はかかりますし、貯めたポイントはゼロからのスタートですよ。」

 「そんなことは言われなくてもわかっている。これで何度目だと思っているんだ。」

 「自慢するみたいに言わないでください。そんなこと自慢になりません。第一、所持品の管理をするっていうのは義勇兵として基本中の基本です。それなのに毎度、毎度……」

 「すまん。すまん。カンカ。世話をかける。」

 一口にまくしたてる受付の女に大男リグは、申し訳なさそうに頭をぼりぼりと搔いていた。二人は受付と客という関係にとどまらない間柄のようだ。友達か、いやなんだかしっかり者の娘と頼りない父親みたいな関係にも見える。とりあえず、二人は俺が入ってきたことにまったく気づいていない様子だった。

 これから取り入ろうと思っている相手の情報は多いにこしたことはない。とりあえず二人の話を聞いておくか、という思考の下、俺は入口のところあたりで気配をなるべく消して、二人のやり取りを見守ることにした。

 「そういえば、お金持っているんですよね。まさか……」

 受付の女は、入口からちょうど正面になっているため、表情がよく見える。女は終始あきれたような怒ったような顔をしている。大男リグは、俺に対して背を向けているため表情を読むことはできないが、背中にシュンと書いてあるかのように小さくなっている。

 「世話をかけるな。カンカ……」「はぁ」

 大男が同じセリフを繰り返した瞬間、大男の声にも負けないのではないかと思えるほどの大きなため息が受付の女カンカから漏れた。全身の息をすべて吐き出すようなため息だった。

 「これで何度目ですか?今回は私、心を鬼にしようかと思います。」

 そういって、カンカはふぅと深呼吸した。

 「お客様、登録証の受付には、銀貨1枚が必要となります。それをご用意いただけない方に対しては登録証の再発行は致しかねますので、どうぞご了承ください。」

 そして、今までの気安い喋り方を急にやめて、事務的に頭を下げた。その態度に、大男リグは慌てる。

 「ちょっ、待ってくれ。カンカ。金はすぐ返す。俺が義勇兵をしていれば、銀貨一枚なんてすぐだ。だから頼む。一日でいいんだ。」

 「当義勇兵管理局では、金銭の貸し借りは一切行っておりません。もしお金を借りたいのであれば、少し行ったところに交換所や質屋があります。そちらを紹介させていただくことは可能ですが、いかがいたしましょう。」

 あくまで、カンカは事務的にリグに応対していた。しかし、最後にぼそっと「一度大変な目に合えば、学習するでしょう」とつぶやいたのが俺にも聞こえてきた。

 「登録証がないと借りれないだろう。頼む。俺が悪かった。もうなくさない。最後の一回だと思ってくれ。」

 リグはその巨体をピシッと30度、折り曲げて頭を下げた。しかし、カンカは応じない。

 「次のお客様が来たようなので、正規手続きが他にないのであれば、順番をお譲りください。さて、次の方お待たせいたしました。」

 急にカンカに呼ばれ、ビクッとする。

 俺のほうも正規手続きなんてないため、非常にやりにくいところではあるが、まぁ情に厚そうな女で良かった。これならば、利用できるだろう。うまくいけば、大男のリグも同時に利用できるかもしれない。

 俺は呼ばれるままにカンカの下に近づいた。大男のリグもこちらを向く。思ったよりも結構若い。30歳くらいだろうか?声や体に似合わず整っていて、清廉そうな顔をしている。

 「あの、えっと、実は……」

 わざと子供らしく、たどたどしく、そして弱弱しくカンカに話しかける。同時に言語魔法を発動させ、同情を買うよう感情を刺激する。

 「あら、あなたは確か、昨日義勇兵登録した……」

 どうやらカンカは俺を覚えていたようで、一瞬思い出したような顔をしたあと、伏し目がちに最後の言葉を濁した。おそらく濁した言葉には奴隷の子供とかが入るのだろう。

 「はい、あの、覚えて……」

 「ええ。あまり管理局にくるお客さんっていないので。ところで今日はどうされたのですか?主人はどちらに?」

カンカは、完全にリグを無視して話しかけてくる。リグの方を盗み見れば困ったような顔をしてボリボリと頭を掻いていた。そのしぐさが顔に似合わず面白い。


「えっと、その……」

「はぐれたのですか?」

俺がわざと言い淀むとカンカは心配そうな表情を浮かべながらカウンターから出てきてくれる。

「いえ、あの、はぐれたわけではなくて……」

「大丈夫。ゆっくり話して。心配しないで、きっとひどいことにはならないから」

カンカは膝を曲げて、しゃがみ俺と目線を合わせて微笑んでくれた。綺麗な目だ。透き通るような青い目。まるでビー玉のように光沢があり、それでいて艶がある。

俺がカンカに目を奪われていると、カンカはそれを緊張や焦燥と捉えたのか優しく手を握ってくれた。柔らかい手。温かい。じんわりと温かいものが、カンカの手から伝わって俺の中に入ってくるのを感じる。体が内側から温かくなる。

「大丈夫。ここには、あなたを首輪で縛る人はいないし、叱りつけられることも、鞭で叩かれることもない。だから、ゆっくり話して?どうしたの?」


与えられる優しい言葉。

憐憫の眼差し。


俺は苛立たしさをぐっと堪えながら、演技を続けた。同情や哀れみ等というものは結局のところ上から目線の感情でしかない。そういった感情を持つと言うことはすなわち、無意識的にでも俺のことを下に見ていると言うことに違いないのだ。 そういうのが透けて見えて、俺をいらだたせる。


「えっと、あの、ご主人様は、用事があるから、と言ってどこかに行かれました。あの、ぼ、ぼくはお金をもらって、それで、そのお金で、ごはんを、あの、食べて、その、そのじ、自由にすごせって、いわれて、それで、そのわからなくて、」


俺がわざと吃りながらたどたどしく話すのを、カンカは優しく手を握りながら聞いてくれた。もちろん言葉に魔法をかけて、何とかしてあげたい、助けてあげたいという同情心を擽った。


「どこで、食べたらいいか、どうやったら、いいか……」

「なるほどね。それなら大丈夫。ちょうど優しいお兄さんがいるから、その人にお店まで連れていってもらいましょう!」

カンカは、パンっと手を叩いて立ち上がり、リグに近づいた。

「いいですよね?リグさん!ねぇ!」

言外に断れば、許さじ、と聞こえてくるような鋭い目でリグを睨みながらも表情はにこやかな笑顔だった。この女なかなかに怖いところがある。

「まぁ、子供を助けるってのは吝かではないんだけどなぁ」

 リグはカンカに鋭い目で刺されながらも、苦笑いしながら頭をかいた。

「何か問題でも?」

「いやぁ。俺自身無一文でさぁ。昨日登録証と一緒に金も全部なくしちまったんだ。」

 そういってリグは、豪快に笑った。

 笑うところではないだろうと思ったが、同時に笑わずにはいられなかったのだろうとも思った。


「はぁぁ?」

カンカは怒りのため息をつく。しかし、そのあとすぐにイタズラっぽく笑った。感情豊かな女だ。表情がコロコロ変わる。

「別に、リグさんは食堂に行ってもなにも食べなければいいじゃないですか!この子を案内して、この子が食べるのを待って、宿屋まで送ってあげる。どうですか?」

「いや、どうと言われてもさすがにそれは辛いなぁ」

「辛いって言っても仕方ないじゃないですか!お金ないんでしょ?なくす方が悪いですよ。」


 カンカに鋭く非難されて、しゅんとするリグを不憫に思ったという訳ではないが、助け船を出しておくことにした。このままでは一向に話が進みそうにない。仲が良いのは結構なことだが、俺は腹が減っているんだ。そういうのは腹を満たしてからにしてもらいたい。


「あの、僕のいただいたお金から使って、食べてください。でも、あの、足りなかったら、ごめんなさい。あんまり、お金ってよくわからなくて」


俺は二人の目の前にギリーから貰った銀貨2枚を差し出した。

「おぉ!いいのかーって、ちょっ……」

それにすぐ反応してこちらを向いたリグは俺の手のひらに乗る銀貨を見て固まった。

「あのね、君。そんなのはこの人の為にならないんだから」

カンカも同じ反応だ。こちらの方を見て、銀貨を見て目を見開いている。


その後二人は顔を近づけてこそこそと小声で話始めた。残念ながら、小声でも魔法で聴力を強化した俺にはよく聞こえた。昔に編み出した身体強化の魔法の応用版で、耳や目を強化することで、聴力や視力を大幅に上げることができるようになっていたのだ。


「なぁ、カンカ。何で奴隷の子供があんな大金を?」

「わかりませんよ!ただ、そういえばあの子を連れていた主人は大層な身分の方でしたね。」

「主人が金持ちだと、奴隷でも金持ちなのか?」

「さぁ?私あんまり貴族の方と関わりがないのでわかりません。」

「なぁ、あの銀貨。1枚だけでも貰えないかな?」

「はぁ?子供から恵んでもらって登録証を再発行するつもりですか?あなたは馬鹿ですか?あなたにはプライドはないんですか?」


「あの、ぼ、ぼく本当にわからないことだらけなので、えっと、教えていただく、お、おれい、みたいなものだと、お、おもってく、くれれば、そのいいって、いうか……」

 二人の会話から、銀貨二枚というのがそれなりの額であるということがわかった。そして、リグは金に相当困っているというのもわかった。ならば、その弱みに付け込んで情報を聞き出す。

 

 可能であれば、もう一度魔法の使用方法を聞いてみたいものだ。ギリーと比べて俺の魔法は弱かった。明らかにギリーの魔法のほうが魔力をしようしていないにも関わらずだ。俺のほうが、多くの魔力を使用して、イメージに時間をかけて、そして真剣に魔法を発動させた。ギリーは適当に、本当に適当に少量の魔力で魔法を発動させた。それなのにギリーの魔法のほうが、圧倒的に威力が高かった。

 そんな変な話はない。そんな不条理なことはない。

 俺はどこかで魔法の発動方法を間違っているのだ。そうに違いない。

 なにか正しくない方法で魔法を使ってしまっているそんなは確かに感覚があった。リンスさんに魔法を教えてもらう前と教えてもらってからでは明確に魔法の消費魔力対効果が上がったのと同様に、またきちんと義勇兵に攻撃の魔法をきけば俺だって強い魔法が撃てるようになるのではないか?

 リンスさんは、言ってしまえば奴隷だった。魔法のスペシャリストではない。ただ、奴隷として必要な魔法だけを教えられ、効率や効果など度外視で使用できれば良い魔法だった。義勇兵はその点魔法のスペシャリストといって相違ない。これは、そんな魔法のスペシャリストに直に魔法を教えてもらうまたとないチャンスだ。


 「とりあえず飯だけならいいんじゃねぇかな?」

 俺の提案にリグは、恐る恐るといった様子で、カンカに尋ねる。そんなお伺いを立てなくてもいいんじゃないか?とも思ったが、リグ自身も奴隷の子供に奢ってもらうことに抵抗があり、誰かに同意してほしいというような様子だった。

 「そうですね。ご飯ぐらいならいいんじゃないですか?」

 カンカも迷いながらしぶしぶ答えを出したというような感じだ。当然、そうなるように俺が言語魔法で誘導した。だが、俺にできるのは誘導までだ。正直ほっと胸をなでおろす。とりあえず、真面目で常識人っぽい邪魔なストッパーのカンカさえいなければ、後は単純そうなリグを攻略するだけだ。それは飯屋に行って二人で飯を食いながらでいい。とりあえず、腹を満たそう。すべてはそれからだ。


 10分後、俺たちは大衆食堂みたいな店に来た。粗雑な木の机を囲み少しがたついている椅子に腰掛けながら注文した料理を待っていた。同卓に、俺とリグ、そしてもう一人深々と真っ赤なローブを被り、背丈よりも長い2メートル近い杖を持った男がついていた。この男、名をバーストと言いリグの義勇兵仲間との話だった。


昼時を少し過ぎているとはいえ、60席ほどある店内は満席ちかくまで混んでおり、がやがやとうるさかった。客のほとんどが義勇兵のようで、あそこの森になんとかという魔物がいたとか、魔族がどこどこにでたとかそんな話が聞こえてきた。

 リグは義勇兵の中では顔が広いようで、かなり多くの義勇兵から声を掛けられていた。

「昨日はかなり派手に飲んでいたが大丈夫か?」とか「財布の中身撒き散らしていたの覚えてないか?」とか「昨日は奢ってくれてありがとな」とか「昨日で金貨1枚はつかったんじゃないか?」とかそんな昨日の武勇伝を讃える者ばかりだった。しかし、リグはそれをほとんど覚えておらず、頭を抱えながら「またやっちまったかぁ」とため息をついていた。まるで、他人事のような言い方だ。このリグという男かなり酒癖が悪いようだ。


不思議と俺のことについて尋ねるものは少なかった。ほとんどものが昨日のリグの様子を語ると離れていった。ほとんどと言うことは、逆言えば俺について触れるものが数人はいたということになる。そのうちの一人が俺とリグの同卓に腰を据えるバーストか言う男だ。


バーストは、俺がリグにつれられて歩いているのを見つけると駆け寄ってきて、「おう!また、カンカに厄介ごと押し付けられたのか?」と言ってきた。

「それを知っていて首を突っ込んでくるのはお前くらいだろうよ」そう言って、リグは頭を掻きながら、久しぶりだなと応じていた。

「正確には、昨日すでに会っているんだがな。その様子だと覚えていないか?」「恥ずかしながら全くだ。」「はぁ、お前は本当に酒を飲んだら……仕方のないやつだ。」「よく、カンカにも怒られる」


二人は固く握手を交わし、特に示し合わせる訳でもなく俺たちが歩いていた方向に合わせて歩き始めた。

「んで、リグ。奴隷の子供なんてどうしたんだ?」

バーストは、一瞬俺を見て、そのあと頭をガシガシと撫で回しながらリグに尋ねた。痛いし、鬱陶しいが、ここは我慢だ。とにかく俺は庇護欲をそそられる、か弱く、惨めな餓鬼の奴隷でなければならない。俺はなすがままに頭を撫でられた。


結構な力だ。魔法で身体を強化していければ、筋を痛める危険もあるのではないか?

 それほどに手加減のない力だった。


「なるほどな。奴隷の子どもに飯をおごってもらうってのはお前らしいな。リグ。そんなことなら俺も同席させてもらおう。あっ、自分の会計は自分で持つからご心配なくな。」

俺が頭を撫でられる不快感と戦っているうちにリグから大まかな事情の説明は終わったようで、ようやくバーストの手が俺の頭から離れた。頭がボサボサになったし、首がいてぇなぁ……

「そこで、自分だけってのが嫌みなお前らしいよ。」

リグが肩を竦めると「だろ?」と、バーストは人懐っこそうに笑った。「誉めてないからな」と、リグはまた頭を掻いていた。


と、そういうわけで俺とリグとバーストが今食堂でテーブルを囲っていた。

「んで、リグ。このあとどうするつもりだ?」

 リグとバーストが適当に俺の分まで料理を注文してくれて、それから二人の雑談が始まった。俺は自分の存在をできる限り消して、二人の話から情報を集めることにした。

俺はもっともっとこの世界について知る必要がある。知識は力になる。俺が前世の拙い心理学の知識で魔法を開発できたように、今度はこの世界の知識で新しい魔法を習得する。そして、いつか北條を殺し、俺は本当の意味で自由になるのだ。

 

 俺は黙って、二人の話に耳を傾けた。

「どうって……バースト、お前は銀貨一枚俺に貸す余裕はあるか?」「あるわけけがないだろ?」「だよなぁ。」「俺はお前ほど腕がたつわけではないからな。俺はビッラビッドの相手で精一杯さ。」「そうだよな。でもそらなら、なぜ一人に拘るんだ?」

「俺の敬愛する紅蓮士 ファイライ=シンゲート様が仰っていたんだ。『魔法とは自己との対話。本当に強力な魔法は、自身の内に秘めたる欲望や願望を解放することにより発せられる魂の解放儀式。それはひどく醜くそして、神聖なもの。神聖たる儀式は、他者と共有するものではない』ってな。だから、未熟な俺は魔法を使うのはまだ一人の時なんだ。」「なんだか、わかるようなわからんような話だな……」「なに?お前、ファイライ様の思想がわからんというのか?」


 バーストは突然憤慨し、拳でテーブルをドンと叩いた。「炎の魔術師なのはわかるが、そうやってすぐに熱くなるなよ」と、リグは呆れたように頭を掻く。


「いいや。これが熱くならずにいられるか!我ら炎の魔術師すべての憧れ ファイライ様を愚弄されたのだ。」「落ち着けって。別に愚弄なんてしてない。ただ、漠然としていて分かりにくいって思っただけだ。言わんとしていることはなんとなくわかる。」

「だったら、きちんと理解できるようにお前に教え込んでやる。偉大な偉大なファイライ様の思考と思想をな。それを持って、人は炎の深淵を知るのだ!」

 あまりの熱量に辟易するリグと、それにさらに怒るバースト。なんだかややこしいことになってきたな。ただの今後の話ではなったのか?


「はいはい。また、バーストさん熱くなっちゃって。注文のラグ肉の香草焼きと野菜炒め、マリとメーテのクリームシチュー、それからガッドブレッドですよ。」


バーストが、立ち上がろうとしたタイミングで、店員が料理を持ってきた。美味しそうな匂いが鼻孔を擽る。空腹が腹をせっつく。早く食べたい。


店員の手によって緩慢に料理が、テーブルに置かれていくのをもどかしい気持ちで見つめながらも、俺は大人どもの話に耳を傾けた。


「おう。ランイ!今日も綺麗だな。お前もファイライ様の思想について聞いていくか?今からこの木偶によく聞かせるところなんだ。」「ありがとう。けど、あいにく仕事中なので、遠慮させていただきます。ところで、リグさん。昨日は大丈夫でした?」


ラインと呼ばれた店員の女は、バーストのめんどくさそうな誘いを華麗にかわし、リグに尋ねた。


「大丈夫なもんか!この木偶は、また登録証も含めて全てを無くしてしまったんだ。金もすっからかんさ。」


 そして、なぜかランイの質問にバーストが誇らしそうに答える。

「まぁ、大変。えっと、大丈夫なんですか?」

 ランイの目線があからさまに今運ばれてきた食事に向いた。その質問にもバーストが意気揚々と答える。

「卑しくもリグは、この子どもに飯を奢ってもらうんだそうだ。」

「そ、そうなんですか?」

 言葉を探すランイに、「参ったな」とリグは困った表情を浮かべ頭を掻いていた。困ったのはお前の酒癖だろう。そう思ったが逆にチャンスだとも思った。


「あのち、違います」

俺は満を持して口を開いた。

「リグさんは、ぼ、僕に魔法を教えてくれて、そのじゅ、授業料として、ぼ、僕はリグさんに銀貨一枚とご飯をご馳走するって、そういうけ、契約なんです。そう僕のご、ご主人様に頼まれて……」

もちろん真っ赤な嘘だ。リグにはそれもいいかもしれないと思うように、バーストとランイには本当のことを言っていると信じるように魔法をかけた。言語魔法はそう理解してくれるように、そう感じてくれるようにと念じて魔法を発動するだけで、望むような結果を得られるように思考を誘導する魔法に成長していた。ややこしい心理学のことなんて考えなくてもいい。ただ、そう感じろとかそう受けとれとかそんな風に念じるだけだ。まぁ、魔法が効果を発揮しているかわからない魔法ではあるが、俺はこの魔法を気に入っていた。

今回だって、魔法の効果かはわからないが、三人は見事に俺の思い通りに動いてくれた。

 「なるほど、いい仕事を見つけましたね、リグさん。」「なんだ、つまらん。もう少しお前の困っている様を見たかったのにな」と、バーストとランイは納得し、「実はな。そうなんだ」とリグも話を合わせた。

 リグにとっても願ってもない話だったようで、豪快に笑っていた。


こうして俺はようやく昼飯にありつけることができた。ランイは、バーストとリグ、それから俺に軽く挨拶をして仕事に戻っていった。バーストがいつも可愛いと誉めるだけあって、なかなかの美人だった。年齢は十代後半くらいだろうか?茶色の髪で、すこしふっくりとした丸い顔をしている。目が大きく、くりくりとしており、特徴的だった。


まぁ、そんなことよりもまずは飯だ。

運ばれてきた飯に意識を向ける。肉を焼いた香ばしい匂いがまず鼻を刺激し、再び胃が早く食べ物を、と主張してきた。

まず目につくのは、中央にドンと置かれた巨大な塊の肉だ。10キロ以上あるのではないかと思うほど大きく、周りを大量の野菜炒めらしきものに囲まれていた。野菜は、この世界でよく食べたものや、なんとなく見覚えのあるもの、はたまた全く見たことがないものと何種類も混ぜられていた。

こんなに大きな塊の肉をやいて火が通るのだろうか?

疑問に思っていると、バーストがその肉を切り分けてくれた。「ここの料理は何を食っても旨いがやっぱりまずは、肉からだろう。坊主!まぁ、食え!」

 そういって、一緒に運ばれてきた大きめのナイフの刃を塊肉に入れた。すっと、刃が肉に入る。とても柔らかいのか、肉はほとんど何の抵抗もなく切れた。切ったところから肉汁が溢れ出している。断面図は綺麗に火が通っていて、赤い生焼けに見えるところが見えない。赤みが残っておらず全体に白っぽいあたり、牛肉よりも豚肉に近い肉なのかもしれない。

「ほれ!切れたぞ。野菜もくえよ」

バーストが、切れた肉と肉汁がたっぷりかかった野菜を俺の取り皿に入れてくれた。かなり厚めにきってくれたようで、3cm以上も厚さがありそうだ。肉の断面をよく見る。パサついた感じは一切なく脂身がよく乗っていていた。


俺はたまらず、フォークで肉を突き刺して、そのままかぶりついた。口のなかに肉の旨味と甘味が広がり、そのあとほのかに香草の香りが味を引き締める。


 「う、うまっ」

 思わずそうこぼしてしまうほど肉は最高に旨かった。味は豚よりも牛肉に近い。噛めば噛むほどに肉汁が口のなかいっぱいに溢れ、そして脂身が口のなかで溶けていく。

 前世では味わったことのない肉だ。うますぎる。俺は夢中で、肉を食った。野菜もついでにと口に放り込む。野菜も言葉に出来ぬほど旨かった。野菜はしゃきしゃきと食感がよく、それでいて全く青臭くない。火がきちんと通っている感じはするのに、瑞々しい生の野菜のような食感を維持していた。そして、よく味が染みている。肉からあふれでた肉汁をしっかり吸い込んでいるだけではない。甘辛い味付けの奥に、何重にも複雑な旨味が折り重なっていた。あぁ、なんてうまい飯なんだ。


 次に俺はパンのようなものに目を向ける。確か名前は、ガッドブレッドとか言ったな。白いふわふわなソフトボールくらいの大きさのパンだ。テーブルの中央に置かれた篭に山積みにされているそれを1つとった。


 軽い!


 そのパンはびっくりするほど軽かった。まるで、持った感じがしない。そして、柔らかかった。ふわふわだ。まるで、クリームを掴んだかのような感触だ。


そのパンをそのまま口に運ぶ。フワッとした軽い食感が心地よい。あらゆるパンよりも軽い。そして噛んでいくとモチモチとした食感に変わっていく。ふわふわでモチモチだ。それに、鼻を抜ける風味も豊かだ。イースト菌の生み出す風味だろうか?いや、違う気がする。癖がなく、静かで優しい風味だ。わからない。このパンはどうしてこんなにふわふわしていて、薫り高いのだろうか?


あぁ……旨い。

俺はそのまま、手に持ったパンを食い尽くす。そして、すぐに肉にかじりついた。味の濃いめな肉と優しい甘味のあるパンがよく合う。次に、野菜だ。色んな野菜の味が調和していてひたすらに旨い。


 「おう!そんなにがっつくほど旨いか!じゃあ、これも食ってみろ。」

 そういって、目の前に湯気たつクリームシチューが差し出させた。牛乳とバターの香りが心地いい。飯を食っている最中なのに、腹が減る。目の前に差し出された木匙を奪うように受け取り、シチューを口に含む。熱い。だが、旨い。かなりの温度のシチューを口にしているはずだが、口のなかを火傷していない。熱すぎて口を動かさずにいられなくなると言うこともない。熱いが、食える。そして、泣きたくなるほどに旨い。

 トロットロに煮込まれた濃厚なシチューだが、濃すぎず、しつこくない。これまた、パンによく合いそうだ。すぐにパンを手に取り、シチューを口に入れ、すぐにパンをかじった。


まるで二つで完成した料理かのように、よく合う。幸せだ。この世界の食事は幸せすぎる。前の世界の飯が豚の餌に思えるほどに旨い。俺は何度も肉を切り分けてもらい、シチューをおかわりし、パンにかじりついた。


腹がはち切れそうになり、吐き気を催すほどになってはじめて我に帰った。やってしまった。夢中になりすぎた……

全く意識していなかった同卓の二人を盗み見る。リグが優しい目で俺を見ていた。バーストは頬にいっぱいの食べ物を入れて夢中で肉に食らいついていた。

 「よっぽど腹が減っていたんだな。」

 リグが俺の目線に気付き、食事の手を止めた。

 「あの、えっとすみません」

 とりあえず謝るのは日本人として生きてきた癖だろうか?とっさに謝罪の言葉が口をつく。

 「別に謝る必要はないさ。お前の金で買った飯だ。どう食おうが、お前の自由さ。」

 「あの、でもぼ、僕、夢中になって、その行儀とか……」

 「気にすんな。義勇兵の世界にそんな堅苦しいものはない。好きに食って、飲んで、騒ぐ。作法や礼儀、行儀なんか気にする方が馬鹿さ。」

 そういうリグは、きちんとナイフとフォークを使い、肉を切り分けてから食べていたようでリグの周りだけ散らかっていなかった。俺のまわりはもちろん、バーストのまわりもとっちらかっており、まさに食い荒らしたと言うような状態だ。風貌や図体に似合わない食べ方だ。

 「おまえが、そういうことをいうと嫌みに聞こえるがな。坊主!リグの言う通りだ。飯は食うもんだ!そのやり方なんて、気にしたいやつだけすればいい。」

 俺とリグとの会話に、バーストが食い物をいっぱい口に含んだまま割り込んできた。正直、口にものを入れたまましゃべるのは汚いと俺でも思うのだが……


 「はい、あのありがとうございます」

 「別に礼を言われることではない。むしろ礼を言うのはこちらの方さ。」

 「そうだ。そうだ。坊主!旨かったろ?それでいいんだ。礼を言うならば、旨い飯を作ってくれたここの主人と食材にだ。こんな木偶男に礼なんてもったいない。」


 「言われたい放題だな。」

リグは、苦笑いしながら食事を再開した。バーストも、遅れるものかと残りの料理を全て自分の皿に引き寄せていた。


俺は急に手持ち無沙汰になった。もう腹が脹れすぎていて苦しく、食べる気にもならない。だからと言って、ここにいるのもバーストの汚ならしい食べ方が目に入って気分が悪い。しかし、リグの食べるペースは非常に遅く、まだまだ食べ終わりそうにない。



さて、少し動いてみるか……厨房を覗ければ、旨い飯の理由がわかるかもしれない。俺は席を少し経つことにした。


 「あの、少し御手洗いに……どこでしょうか?」

俺が尋ねると、リグが奥にあると教えてくれた。俺は、そちらの方にゆっくりと歩き出す。立つとさらに腹がずっしりと重く感じられた。

 「あら?リグさんの雇い主さん。どうしたの?」


 10数歩、込み合う席を縫い歩いたところで、ランイに話しかけられた。「あの、ちょっと……」俺はわざと口ごもり、魔法で同情を買うように誘導した。


 「どうしたの?バーストさんに苛められた?私が、はったおしてあげようか?

 」そういって、ランイは腕をまくるジェスチャーをして、笑った。それはそれで見たい気がしたが、今回の趣旨とは違うので、断ることにした。


 「あの、ちがくて……すごくおいしかったです。ぼ、ぼくもご主人様に美味しい料理、作れるように、なりたい。思いました。あの、そのだから、少し作っている、ところ見れないかなって……、そのすみません。」


 わざとつまりつまりしゃべってみると、ランイは少し困った顔をしたのちに首をふった。

 「ごめんね。それはできないや。」

 もちろん言語魔法で、俺の要求を叶えてあげたいと思うように誘導したお願いだ。今までならば、聞いてもらうことができたものではあるが、まぁ、うまくいかないこともあるか……

 俺が悲しそうな顔をわざと作ると、ランイは慌てて理由を説明してくれた。

 「あのね。えっと、違うの。意地悪ってつもりじゃなくて、ただ厨房って色んな魔法が行き交うから危険なのよ。」


厨房で、魔法が行き交う?

俺が首を傾げると、ランイはさらに丁寧に教えてくれた。

 「そっか……ご飯ってのはね。魔法を使うと美味しくなるの。うちの親方は、料理魔法の結構な使い手でだいたいどんな料理にも魔法が使われているの。例えば、パンをふわふわに焼きたいときとかは魔法でパンに空気を入れてあげるとフワフワに焼き上がるのよ。」


なるほど、それは前世では出せない味だ。この世界では料理にも魔法を使うようだ。詳しく聞いてみれば、焼くことも、蒸すことも、煮ることも、味付けも、味を染み込ませることも魔法で思うがままだそうだ。しかも、魔法による保存法方が確立されており、食材の鮮度も収穫から一切落ちることなく、いつまでも保存できるという。さらに、毒を持った生き物や食物も毒の成分だけを抜くことで安全に食べれるらしい。つくづくなんでもありだ。


料理について、興味深く話を聞く俺に気を良くしたのか、ランイは「今度、料理の魔法をおしえてあげようか?私も修行中なんだけど……」と、誘ってくれた。是非ともと答えたいのをぐっと堪え、ご主人様に聞いてみます、と、答えておく。いつまでこの街にいるかもわからないし、一度ギリーに相談するべきだろう。


「あの、また来ても、いいですか?」

結構、ランイと話し込んでしまった。さすがに、そろそろリグも食べ終わっているころだろう。

「もちろん!是非!」

ランイは、最後屈託のない顔で笑ってくれた。俺はそのまま、トイレにはいかずに、席に戻ることにした。

そう言えば、通路の真ん中で喋り混んでしまったが、邪魔ではなかっただろうか?

そう思って周囲を見渡してみる。席は少しずつ空きはじめてきており、空席が目立った。さらに、席に座る客はそれぞれ飯を食ったり、仲間と話したりと他に目を向けていない。この様子だったら、特に目立つということもなかっただろう。少し、胸を撫で下ろす。


「おう!遅かったな。いや、ちょうどか?ようやくリグも食い終わったぜ。」「よう。そろそろいこうと思うんだが、いいか?」

俺が戻ると食事を終えたリグとバーストが立ち上がった。

「はい。すみません。お待たせしました。あの、会計って、どうしたら?」

 「心配すんな。もう済ましたよ。さぁ、坊主。バーストさん、ありがとうと言え」


どうやらあんなことを言っていたのに、バーストは支払いを全て済ましてくれていたようで俺はうやうやしくお礼をいって店を出て、バーストはヒラヒラと手を振って去っていった。おごってくれるなら最初からあんな態度をとらなければいいのに、と思ったが後でリグに聞くと彼なりの照れ隠しだそうだ。そもそも、バーストは昨日大暴れしたリグを心配し、飯くらいは奢ろうと考え、探して駆けつけてくれたというのが、リグの見立てらしい。


 「んで?どういうつもりなんだ?お前に魔法を教えるってのは?」「そのままの意味です。僕に魔法を教えていただけませんか?」

俺は深々と頭を下げた。俺は強くなりたい。あの北條よりも、逆賊の徒の誰よりも、強くなりたい。これはチャンスなのだ。この機会を逃してはならない。そう強く思いながら、言語魔法をリグにかけた。


「その報酬が銀貨一枚な。わかった。魔法を教えてやるよ。」

リグは頭を掻きながら了承してくれた。




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