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初依頼

長旅で疲れているだろうと宿を取ってその日は早々に休んだ。

 そして、次の日、俺たちは朝一番から義勇兵斡旋所に来ていた。

義勇兵斡旋所とは、端的に言えば義勇兵に住民や商人または、政府からの依頼を紹介する公的施設である。

基本的に義勇兵監理局は同盟列強四国が出資し、義勇兵制度に基づいて義勇兵管理機構が運営を行っている。一方で、義勇兵斡旋所は、義勇兵の活動を支えることを目的に各国がおのおの運営している。そのため、国によって受けられるサービスや必要な手続きに違いがあったり、そもそも斡旋所がなかったりもするらしい。

マントハンリは、義勇兵の優遇を国策として行っている国であり、当然、義勇兵斡旋所のサービスは他国に比べてかなり充実していた。


「さて、サック。まずは、斡旋所で簡単な依頼を受けて、こなしていきましょう。」

 そういって、ギリーは開かれた本のマークが掲げられている石の建物の中に入っていた。中は、管理局とよく似た造りをしていた。一つ違うのは、斡旋所の壁には、一面B5くらいの紙が貼りつけられていることくらいだろうか。

 

 受付カウンターには、3人の受付がおり、その前には義勇兵らしきやつらが列をなして並んでいる。義勇兵たちの手には、壁に貼られているのと同じような紙が握られていた。どうやら依頼の紙を持って申請する制度のようだ。


「見たらわかると思いますが、壁に貼ってある依頼書から受けたいものを選び、受付に持っていくことで依頼を受けます。まずは、斡旋所から出している初心者用の依頼を受けましょう。」

 ギリーが思念魔法で説明してくれた話を要約すれば、大きく依頼は3つに分かれるらしい。一つが目、初心者育成のために、斡旋所が出す非常に簡単な依頼である。それは、斡旋所が義勇兵の育成を目的とし、簡単にできる魔物討伐系の依頼を低い報酬ではあるが出しているものである。基本的に簡単な魔物の討伐は依頼を出すまでもなく義勇兵や正規兵に狩られるのだが、斡旋所はあえて初心者支援のためにそういった依頼を出しているらしい。依頼を受けて魔物を討伐するということになじんでもらうことや、なかなか多くの魔物を倒せない初心者義勇兵に対する金銭的な支援などが目的らしい。


 二つ目が、住民や周辺の村人、商人など民間から出される依頼である。これは、どこどこ村の周りに魔物が大量発生しているので討伐してほしいとか、護衛の依頼であるとか多種多様である。基本的に斡旋所が仲介し、依頼人からの要望を伝えられ、それに応じて依頼をこなすのだが、依頼料は依頼人から直接支払われる。受け渡しに関しては、斡旋所が間に入ることもあるが多くの場合は、依頼人からの手渡しであるらしい。


 三つ目が、国もしくは義勇兵管理局からの依頼である。こちらは、大型の魔物に対する討伐依頼や魔人に関する依頼が中心だ。国単位の有事の際に出されるもので、非常に切迫した依頼が多い。その分、依頼報酬も高額となり、実力もかなりのものを要求される。


ギリーは簡単に三種類の依頼を説明したのち、初心者用の依頼が張られてある場所から、グルーウルフ討伐の依頼を選択し、無言のままに受付の列に並んだ。周りに人の目があるからだろう。どの依頼を受けるかは、俺に相談や説明は一切なかった。しかし、列で待っている間に、律儀に思念魔法で、グルーウルフについて説明してくれた。


「グルーウルフは、この辺では小型の魔物です。基本的に狼と形状は変わりません。ですが、犬歯が異常発達しており、顎を突き抜けている個体もいます。また、魔物独特の腐敗臭と皮膚のただれもありますから見間違うことはないでしょう。だいたいマハトリオ周辺のマントハンリ平原に出没します。異常発達した歯での攻撃と、爪に警戒していれば大した魔物ではないですね。視界に入れば、遠距離から魔法を集中砲火で浴びせかければ倒せます。幸い、出現場所も平原と見晴らしがいいので、楽勝でしょう。」

 ギリーの話で、グルーウルフの外見を想像してしまい、吐き気がした。

 この世界の魔物は臭い。ひどい腐敗臭を放ち、多くの魔物が皮膚や表皮がただれ、骨や中の細胞まで見えている。醜くて、いびつで、気持ち悪い。グルーウルフもそれに逸脱することがない容姿のようで気が滅入る。魔物を見ていると、なんだか、奇形の生物を見ているようで不快で、不安を掻き立てられた。

「遠くから一方的にだな?わかった。やってみる。」

「基本的に僕は、手を出さないつもりなので、サックが頑張ってくださいね。」

「なぜだ?」

「ホウジョウさんから言われているんですよ。サックのことを鍛えるようにって。だから、グルーウルフくらいは一人で倒せるようになっていただきたいんです。」

 いきなり、一人で魔物を狩るのか……脳裏に、リクリエットを助けそびれた嫌な記憶が蘇った。それを必死に振り払って、会話を続ける。


「ところで、魔物を倒した証明はどうするんだ?どうやって依頼をこなしたことを証明する?」

 リクリエットが倒した魔物は、目が覚めると綺麗に消えてしまっていたのを思い出していた。魔物は、俺が目を覚ましたら、跡形もなく消えてしまっていたのだ。つまり死ねばきれいに消えていく。それが魔物のはずだ。あれから何度か魔物が倒されるところを見たが、そいつらもことごとく死んで少し経つと跡形もなく消えた。それでは、討伐したことを証明することができないのではないかと思ったのだ。


「魔物の討伐に関しては、倒した魔物を数値化して、その数値を義勇兵登録証が記録するようになっているんです。魔物が死ぬとき、体内から魔力と魂が解放されるといわれています。その魔力と魂を登録証で読み取って、特別な方法で数値化しているらしいです。」

「その数値を管理局で換金するのか?」

「基本的にはそうです。ですが、多くの店や公的な機関で換金することのできる簡易的な機械がおかれているので、あまり管理局でする人は多くないですね。」

 あぁ、ATMみたいなやつか……

 実は、それに関しては昨日宿屋で目撃していた。まさに、形だけ言えばATMみたいな形をしている機械だった。

「それで、依頼に対する証明ですが、こちらも似たような魔具を用います。義勇兵登録証とだいたい同じような鉄製の板のような形状です。正直なところぱっと見はほとんど違いが判りませんね。その板は、依頼証というのですが、事前に登録された魔物の魂だけに反応して、記録するというものです。当然、依頼を終えれば返却します。」


早速、依頼を受けてみましょう。そう思想魔法で俺に伝えてから、ギリーはグルーウルフの依頼が書かれた紙を掲示板から剥がし、受付へと持っていった。俺はその少し後ろをうつむいて歩く。受付には、何人かの義勇兵が並んでいたが、比較的スムーズに列は進み、俺たちの順番となった。

「初級依頼ですね。かしこまりました。それでは、義勇兵証を提示してください。」

受付の女は俺に一瞥をくれることもなく、至って事務的にギリーに話す。ギりーも淡々と手続きをこなして、何事もなく依頼を受けることができた。

 ギリーが受け取った依頼証は、はたから見ると本当に義勇兵証と同じように見えた。あれに魔術的な力が宿っていて魂を記憶するといわれてもあまりピンとくるものではない。よくてキャッシュカードか、ポイントカードのようにしか見えなかった。


 本当に恙無く依頼の受理は終わった。周りにいた義勇兵に絡まれたり、受付の人と楽しい会話をしたりするそんな場面はいっさいなかった。依頼書を出して、必要事項を記入して手続き終了。依頼証を受け取り、そのまま斡旋所をでた。とくに、義勇兵のやつらに絡まれて質問攻めにあったり、挑発されたり、馬鹿にされたりそんなことはなかった。ここで絡まれるのが、テンプレだと思ったが、なかなかテンプレ通りにはいかないものだ。少し小さくため息をついた後、俺はずんずんと歩くギリーに必死でついていった。


「さて、早速狩りに行きましょうか!」

斡旋所を出て、少し歩いてから人気がなくなるのを確認して、ギリーが俺に話しかけてきた。心なしかギりーの声は弾んでいるように感じた。


その後、入ってきた門の隣にある出国用の門をくぐり、街道に出た。その街道から少し外れれば、未整備の平原がどこまでも広がっている。ギリーに聞けば、マントハンリ平原と言い見渡せる平原はすべてマントハンリの領内なのだという。平坦な平原の先に、俺たちがアジトにしている「カストリアの森」が広がっているのがかすかに見える。空をみあげると、前世と変わらぬような青い空が高く遠く広がっている。


 大きく息を吸い込む。草のにおいと、土のにおいと、石のにおいと、それから人間の出す生活臭が心地よく混ざっていた。ここで生きていくのだ。ここから始まるのだ。なぜか、そんな感慨にふける。奴隷として生まれ、暗い森から這い出し、ようやく日の当たる場所に来た。たしかに北條の命令でだ。しかし、今この瞬間、俺は自由だ。ここからだ。ここから俺の第二の人生はスタートするんだ。


 石でできた街道を外れて、草と土の平原へと入る。この世界に来て踏みなれたはずの土の感触が、なぜか新鮮なものに感じた。

「さっきも言いましたが、サックが一人で、魔物を狩ってみてくださいね。僕は基本的に手をださないのでよろしくお願いします。」

 ギリーが俺に続いて街道から出てついてくる。

 さぁ、久しぶりの魔物との戦いだ。俺はどのくらい強くなったのだろうか?

 早く試してみたい。心が逸る。


 逆賊の徒に誘われるがまま入ったが、俺はアジトから出ることはなかった。北條がそれを禁じたのだ。俺としては、魔物と戦って自分をもっと鍛えたかったが北條はそれを許さなかった。

 北條は、外に出たがる俺にこういった。

 「極悪非道な俺は、非常に狡猾だ。あまたの策を練り、幾多の計画を同時に動かしている。その中に、お前の名前はまだない。今は、ただこの場所にいて、おまえの思うとおりに力をつけることに専念しろ。お前は、世界のこと、魔物のこと、魔法のこと、何も知らない無知である。そのことに価値がある。安心しろ。そのうちお前にも仕事を与えるつもりさ。とても重要な仕事になる。それを楽しみにしておけ。それまで、リビィ。お前の外出を禁じる。もしお前が俺の命令を破り、逃げ出せばどうなるか。言わなくともわかるな?」

 そうやって脅され、俺は訓練場と居住地以外に行くことを許されなかった。

 それにいったいどんな意味があるかはわからなかったが、俺はその命令に従った。隠蔽魔法、偽装魔法や誤認魔法などを駆使してもよかったのだが、そうはしなかった。逆賊の徒のアジトでは、キキットが宙を楽しげに飛び回り、監視していたからだ。あの悪魔は、光ではなく魔力を見る人間とは違う目を持っている。


 いかに光や音、においに魔力で細工を加えようとその魔力を見られたのではごまかしようがない。そして、北條に逆らったものの末路は嫌というほど見せられてきた。だから、俺はグレーの館からでることができたといっても外をほとんどしらないのだ。


 その分、新しい世界に俺の心は舞い上がっていた。今まで鍛えてきた自分の魔法がどれほど通じるのか。どんな冒険が待っているのか。早く試したくて仕方がなかった。


 草原を五分ほど歩くとすぐに目当ての魔物を見つけることができた。

 グルーウルフだ。狼よりは一回りほど大きく、いびつで醜い。四本足で十分なところに、五本足が生えている。右の後ろ脚が、同じところから二本出ているのだ。そしてその余分な一本は膝あたりでちぎれており、だらだらと透明な液体が地面に流れ続けていた。皮膚も全身が汚くただれ、一部は骨が見えている。毛もまだらにしか生えていない。

 牙も異常発達しており、下あごが犬歯におされて外れているのではないだろうか?

 あくびをしているように口が大きく開かれている。汚い、醜い、そして臭い。

 改めてじっくり魔物を観察してみたが、かなりきつい。だいたい50メートルは距離があるがここまで、においがする。肉が腐ったようなにおいだ。気持ちがわるい。


「さぁ、いましたよ。グルーウルフです。ぱぱっと殺ってしまいましょう。」

 ギリーが歌うように軽快な口調でそう言った。

「あぁ」

 俺は生返事を返しながら、腕に魔力を集中させた。全力の血流魔法で、グルーウルフを両断する。すごい水流で、すごい勢いで、血を打ち出す。それをイメージした。幸いに、グルーウルフはこちらに気が付いていない。ゆっくりと魔法をイメージすることができる。

「あっ、言い忘れていましたが血流魔法は使わないでくださいね。」

 集中する俺に、ギリーはなんでもないかのように重大なことを言った。

 血流魔法の禁止?


「なぜだ?」

「だって、悪魔の子供奴隷リビィは、巧みに不浄な血を操る。これかなり広まっていますからね。そのなかで血流魔法なんて使ったら、一発で正体ばれてしまいますよ。ここはまだマハトリオから近いですし、誰が見ているかわかりませんから。」


 もっともと言えばもっともだが……そういうことはもっと早く言えよ。恨めし気に、ギリーをにらむ。ギリーはどこ吹く風といった感じだ。

「ほら、そんな怖い顔で睨まないでくださいよ。どうやらあいつこっちに気付いたみたいですよ。来ます。」

 ギリーののんびりとした忠告にはっとし、グルーウルフのほうに視線を戻す。すでにグルーウルフは、こちらに気づき走り出していた。かなりのスピードだ。慌てて、魔法に集中する。血流魔法がだめならば……普通の水魔法がいいだろう。


 グルーウルフは、平常時でも大きく開かれた口をさらに大きく開き、俺に迫ってくる。走りながら、首を左右に激しく振っており、汚い茶色いつばをまき散らしている。のこり5メートルほど近づいてきたところで、俺は迎撃するように魔法を放った。水を三日月状にし、カッターとして放つ。水流を上げ、水量を上げ、かなりの魔力をこめた自信の一撃だ。


 水のカッターが、グルーウルフの胴体を捉える。俺のイメージでは、それでグルーウルフは真っ二つになる。そのはずだった。水のカッターは、グルーウルフの表皮に少し食い込んだだけで止まり、すぐにカッターの形を失い、ばっしゃんと地面を濡らす。グルーウルフは一切の速度を落とさず、俺に襲い掛かかってくる。

 その発達した牙を俺の首筋に突き立てようと、首が伸びた。とっさに、右手を前にだして急所への攻撃は防ぐ。グルーウルフの牙が深々と右手に深々と刺さった。それだけで、グルーウルフの突進は止まらない。

 突進の勢いそのままに、頭から突っ込んでこられ、腹にものすごい衝撃を感じ、足が宙に浮いた。ドンと、背が地面に打ち付けられる。グルーウルフに押し倒されたのだ。

 それでも、グルーウルフの苛烈な攻撃は終わらない。

 腹に強烈な熱を感じ、それが痛みへと変わった。

 見れば、腹を切り裂かれ血があふれ出していた。前足の爪で切り裂かれたのだ。瞬時に、あふれ出す血を使って傷を再生する。くっそ、上をとられるなんて不覚だ。しかも、右手は完全に使えない。

 やばい。

 やばい。やばい。やばい。

 再生したばかりの腹に再び痛みを感じる。そんなのは無視だ。いまは、この状況を打破するために、攻撃をしなくては……そう思い、水魔法を至近距離から放った。

 しかし、そのすべてはグルーウルフの表皮を薄く裂く程度で、ダメージには至らない。その間にも、グルーウルフの攻撃は続いた。

 牙を突き刺したまま、頭を上下左右に振ってくる。そのたびに、右腕に激痛が走った。そして、俺の右腕を突き刺したまま、貪欲に何度も頭を狙って噛みつこうとしてくる。俺はそれを何とか左手も犠牲にすることで、防いでいた。このまま手のガードがなくなると想像しただけでぞっとした。

 確実に、頭に噛みつかれ、かみ砕かれてしまうだろう。

 そうなれば、血流魔法で回復できる俺であったも、待っているのは死だ。頭をやられれば、思考できず、思考できなければ、イメージできず、イメージできなければ魔法は使えない。

 

 腹の傷も無視できないほどひどくなってきた。とりあえず攻撃の手を休め、腹の傷を回復する。だが、回復が追い付かない。治せたのは、爪で深々と切り裂かれた腹の傷だけだ。このままではいずれやられる。


 やられて死ぬ。

 そう思った瞬間だった。ぶちぶちぶちという嫌な音と、強烈な痛みとともに、右腕がちぎれた。グルーウルフに食いちぎられたのだ。

 痛みは大丈夫だ。慣れている。たえられる。しかし、問題は……

 すぐさま、俺の顔をめがけて、醜いグルーウルフの顔が迫ってくる。牙が俺を襲う。左腕で、ガードしようにもすでに左腕も動かないほど負傷している。今から血流魔法で再生しては間に合わない。


 本当にやばい。死ぬ、こんなところで?

 初級の魔物に殺されるのか?

 いやだ。死にたくない。こんなところで死ねるはずがない。

 とっさに、俺とグルーウルフの顔の間に大量の水の塊を発生させる。バスケットボールぐらいの水の塊がなにもないところに現れた。そこに、グルーウルフは頭から突っ込んだ。

 ごほっ……

 不意を突かれたのか、グルーウルフの口から水の中に空気の泡が吐き出された。どうやらうまく水を飲んで、それが気管かどこかに入ったようだ。

 チャンスだ。

 俺は、その水の塊の水量を魔法で増やし、水圧を上げた。 グルーウルフは暴れて、手足をめちゃくちゃに動かした。その爪にやられて、体のいたるところがズタズタに切り裂かれる。どこが痛いのかもわからないほどに全身が痛い。だが、そんなことは知ったことではない。俺は、さらに水圧を上げる。

 チャンスは、ここにしかないのだ。普通の攻撃は通じなかった。きれいにマウントをとられ、腕は千切られ、体はボロボロだ。だが、今魔物は溺れている。呼吸ができず、悶えている。このまま溺死させる。

 それしか勝つ方法はない。気は抜かない。勝ちさえすれば、傷はいやせる。なんとしてでも、勝つ。

 そして生き残る。俺は、さらに水圧を上げた。

 ごほっ

 最後に、一層大きな空気の泡を吐き出して、グルーウルフは動かなくなった。

 それを確認し、すぐに水魔法を解く。 形を失った水が上から降ってきた。その圧力に自分も溺れそうになったが、水はすぐに魔力にもどり霧散した。


勝った。辛勝ではあるが、勝ちは勝ちだ。ほっとし、力を抜きそうになる。すると、意識がすっと遠くなる感じがした。


ヤバい。このまま意識を失えば確実に死ぬ。俺はすぐに霞がかかったような頭を振って、回復魔法を発動させた。全身の怪我がみるみるうちに再生していく。


「危なかったですね。」

生死の境をさまよった俺にたいして、どこまでも軽い感じで、手がさしのべられた。

「あぁ。おまえは、本当に手を貸してくれないんだな。」

少しくらい援護してくれても良いだろうと、恨みごとのようにこぼした。しかし、ギりーは、俺の方を不思議そうに見つめたあと、爽やかににっこりと笑った。

「あの程度の魔物に殺される人間に用はありませんから」

背筋にうすら寒いものを感じる。わかっていたことではあるが、こいつは完全に俺の味方というわけではない。北條に命じられて、一緒にいるだけだ。もし北條から命令があれば俺など簡単に切り捨て、殺すのだ。

そして、今の俺にはここで死んでもいいほどの価値しかない。わかっていたことだが、それを再確認させられた。

くっそ。何故だ。何故俺はこんなにも弱い?

俺の魔法は魔物に通用しないのだ?

あの青色の熊だけが特別に強かったと思いたかったが、そうではなかったようだ。俺が弱いのだ。圧倒的に力が足りていない。強くなりたい。もっと、もっと強くなりたい。


俺をバカし、侮り、虐げるやつらすべてを殺す力がほしい。


「さぁ、早く立ち上がって、次にいきましょう。」

俺はギリーの手を取らず、自分の力で立ち上がる。ちっぽけな反抗だとは思うが、手をとるきにはならなかった。


「あらあら。もしかして怒りました?」

ギリーは苦笑いをしながら頭をかく。その反応の一つ一つが苛立たしい。

「申し訳ありません。僕はどうもそういう人の機微を読むのが苦手なもので。」

「別に、怒ってはいないさ。次行くんだろ?」

「そうですね。行きましょうか。」


パッと咲くような笑顔になったギりーを引き連れて、草原を歩く。すぐに次のグルーウルフを見つけることができた。


「一つサックにアドバイスしておきましょう。」

魔法を構える俺に、またギりーは話しかけてきた。そういうのは、敵を見つける前に言えよ。そう思ったが、ギりーにとってはグルーウルフなど敵ですらないのだろう。そう思うと悔しくなった。


「なんだ。早く言え。」

「もっと、サックのオリジナル魔法を使うことをお勧めします。あの、拷問魔法でしたか?

 あれはいい魔法です。

 それに、自分の魂の性質や属性と一致したもののほうが効果ははるかに高くなるんです。サックの場合は、それはきっと言語魔法や誤認魔法、それから拷問魔法にあたるのでしょう。そう言った魔法を戦闘中にどんどん使っていったほうがいい。そう思います。」

 確かに青い熊の魔物を追い払うことができたのは、魔物の恐怖心に訴えかけたからだった。魔物に拷問魔法をかけて、恐怖を与え隙を作るというのは有効かもしれない。


 前にいるグルーウルフに目を向けた。今回は幸いこちらには気づいていないようだった。これならば行ける。俺は、思念魔法をグルーウルフに送った。

 送ったのは恐怖や不安をあおるような映像だ。それに偽装魔法をかけて未来視のような印象を持たせる。

 グルーウルフは、一瞬ビクッと体を震わせたのち、ゆっくりこちらを向いた。

 俺はすかさず拷問魔法を発動する。あらゆる魔法を用いて、相手に不快な感覚を送り込む。思念魔法で、拷問の風景を叩き込み、言語魔法で聴覚を支配し、誤認魔法ですべての知覚を俺から送られる情報にのみ注視させる。さらに、閾下魔法で嫌悪感や恐怖感を増長させ、最後に、思念魔法に偽装魔法を載せて、思考から痛みの感覚を誘発させる。正確には、痛みを知覚しているという風にグルーウルフの脳を騙す。グルーウルフのただれた目が見開かれ、表情が苦痛にゆがんだ。

 俺は、この数年で拷問魔法を進化させることに成功していた。グレーの屋敷にいたころは、映像や音声でしか拷問風景を再現できなかったが、今では痛みを偽装することができるようになっていたのだ。

 

 拷問魔法にとらわれて、完全にグルーウルフの動きが止まる。

 今だ。

 俺は水魔法をイメージし、発動した。同じ失敗はもうしない。俺の直接的な攻撃魔法は弱く、グルーウルフには通じないことは嫌というほど分かった。ならば、そういう方法をとらなければいいだけの話だ。

 別の方法で殺してしまえばいい。

 さっきみたいに溺れさせてしまうのがいいだろう。

 水の魔法を発動させる。今度は球体状に、グルーウルフを包み込むようにだ。

 大量の水がグルーウルフの周りに出現し、グルーウルフを飲み込んだ。一瞬にして、グルーウルフは溺れる。水の中で、バタバタと手足を動かし、必死にもがく。しかし、もう遅い。

 俺は、さらに水を魔法で追加し、水圧を上げた。しばらくもがいた後、グルーウルフは動かなくなった。


 思わず手をぐっと握る。今度は圧勝と言っていいだろう。しかも自分の魔法が十全に通じた感覚もあって喜びは強い。拷問魔法で動きを止め、水魔法で溺死させる。いい流れだ。


「いいですね。やっぱりサックの拷問魔法は強力です。そんな感じで行きましょう。」

 ギリーもそういって褒めてくれた。それをうれしく思うと同時に、一方で素直に喜べない自分がいた。やはり欲を言えば、直接的な攻撃魔法で魔物を仕留めたい。そう思ってしまうのだ。ギリーだって褒めているのは、相手を殺した水魔法ではなく、その動きを止めた拷問魔法だけだ。つまり俺の水魔法は弱いと思っているということになる。


 なぜ、こうも俺の攻撃は弱いのだろうか?

 いくら考えても情報が少なすぎてわからなかった。俺の中では、逆賊の徒に入ってから魔法の威力が増している実感はたしかにあったのだ。しかし、実際はその成長は微々たるものでしかなかったということになるのだろう。それが、なぜか?まったくわからない。


 その後も、依頼達成までグルーウルフを狩ったが、グルーウルフの死因は結局すべて溺死となった。カッターのように水を打ち出す水魔法では、致命傷を与えることはおろか動きをとめることすらできなかった。

 しかし、それを補って余りあるほど、拷問魔法は活躍した。中には拷問魔法が見事にはまり、泡を吹いて気絶する個体までいたほどだった。


「一回お前の魔法もみせてくれないか?」

 依頼の数以上のグルーウルフを狩り、そろそろマハトリオに戻るかというときに、思い切ってギリーに頼んでみた。前方の少し離れたところに諮ったように、グルーウルフがけだるそうに足を引きずりながら歩いている。


 実は、俺は逆賊の徒のやつらの魔法をほとんど見たことがなかった。見たことがあるのは、北條や木田くらいだろうか?

 ギリーの魔法も見たことはない。北條に次ぐ実力者であると聞かされたくらいで、実はどんな魔法を使うのかもよく知らなかった。だから知りたかったのだ。

 俺の攻撃がまったく通じなかった相手を、ギリーがどのように倒すのだろうか?

 ギリーの戦い方に俺が強くなるためのヒントがあるのではないか?

 それともグルーウルフは低レベルだが、表皮だけはものすごく硬い魔物ではないのか?


「良いですよ。参考になるかわかりませんが……」

 そういって、ギリーは俺の少し前に出た。そして、腕を前に突き出して、小さく「風」とつぶやく。その瞬間だった。強烈な突風が、グルーウルフに向かって吹く。ギリーの金髪の髪が、風に揺れ、服がはためいた。その次の瞬間には、グルーウルフは真っ二つになっていた。


 いつそうなったのかもわからなかった。突風が吹いたと思ったその次の瞬間には、もうグルーウルフは死んでいた。ギリーはまるで路傍の石ころをどかすかのように、グルーウルフを殺した。これでは参考にしようもない。

 ただわかったのは、ギリーとの力の差だけだ。なにが、特別硬い魔物だ。本当に自分の弱さが憎らしく、いやになる。


「どうでしょう?魔物が弱すぎて、参考になったかどうか?」

 今はさわやかなギリーの笑顔が、嫌味にしか見えない。

「あぁ、ありがとな。」

 俺は、下を向いて返事をすることしかできなかった。そのまま、ギリーの後ろをついてマハトリオに戻った。二回目の入国は非常にスムーズなものだった。ギリーが、二人分の義勇兵登録証を門番にみせて終了。

 その時、ひげの駐屯兵 カルサーが話しかけてきた。カルサーとは、昨日入国の際にギリーに恐縮し尽くしていたベテランっぽい門番の名だ。

「よう坊主お疲れ様。また明日頑張れよ。」

 とくにこれと言って大したことない挨拶だ。それもギリーに対して美辞麗句を並べ立てた後にとってつけたように言われた言葉だった。しかし、俺は悪い気はしなかった。

「ありがとうございます。頑張ります。」

 そう自然に挨拶を返していた。

 マハトリオに入ったらそのまま斡旋所に行き、受付に依頼証を持って行った。依頼証には、きっちりと5/5という数字が示されていた。依頼の魔物を5体中5体殺したという意味だそうだ。ついでに、俺の義勇兵証も見せてもらったが、0Pと表示されていた。小数点まで記録しているが、基本的に表示は1P単位だそうだ。

 無事依頼完了を報告し、依頼料を受け取った後、ギリーは「僕は少し用事がありますので、リビィは適当にご飯を済まして宿で休んでいてください。また、明日も朝から依頼を受けてみましょう」そういって、銀色の硬貨を3枚よこしてどこかに消えて行ってしまった。


 俺はしばらく立ちすくんでしまった。右も左もわからない街でただ一人……強烈な不安を感じる。そももも渡された銀の硬貨もどのくらいの価値か一切わからない。どうしろって言うんだよ。そうぼやきたくなる気持ちを抑えて、あたりを見渡してみた。人がいて、建物があって、商店があって、言葉が通じて、多いか少ないかもわからないが金もある。恵まれているではないか。そう思うことにした。

 考えればこの世界に来て誰にも縛られていない初めての自由かもしれない。そう思い、ゆっくりと街を散策することにした。

 そろそろ日も中天を過ぎるころだ。昼飯を食ってもいいかもしれないな。まずは食べ物屋を探すことにして歩き始めた。



 

 

 

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