拷問
集会場となっている広場に入ると、すでに逆賊の徒のメンバーの多くが集まり輪になって地べたに座っていた。その中に、芽依子とクーパー、それにギリーが固まっていた。
「おはよう。リビィ。今日もちいちゃくてかわいいわね。」
俺が3人に近づくと芽依子が、声をかけてきた。ペロリと舌なめずりをして、俺をなめるようにねっとりとした視線でなぞってくる。この女は、本当に気持ちが悪い。6歳の子どもに何を考えているのだろうか。
芽依子は、薄汚れた格好をしている。ボロボロの布でできた服に身を包み、装飾品等も一切つけていない。前世では、けばけばしい格好に身を包み、派手な化粧をしていたそうだが、芽依子はこの世界に来てからは地味で行くと決めているらしかった。派手なきらびやかな服はあるにはあるが、それは貴族用のコルセットをぎちぎちに固めたようなドレスであり、どうも芽依子の趣味ではないらしい。本人曰く、今の格好のほうが同情を買える上に、はかない感じがして美しいのだという。よくわからないが本人が満足そうなので、だれも服装に関しては何も触れていない。
ただ、生まれ変わって手に入れた金髪だけは大層お気に入りらしく、徹底的にケアを行い、つやのある金髪を維持していた。みすぼらしいともいえる服装に、つやのあるきれいな金髪という妙なコントラストの女が芽依子である。
俺は、そんな芽依子を無視してクーパーのとなりに座った。広場には、椅子やテーブルみたいな高尚なものはなく、みな地べたに足を崩して座っている。隣のクーパーは、腹が減った、早く食わせろとぶつぶつ悪態をついているが、いつものことなので気にすることはない。だいたい、飯は芽依子たち数人の女が作るが、作った後は仏壇に供えるかの如く、北條に献上し、北條からお下がりのように配られるのだ。北條への献上が終わった後の芽依子にぼやいたところで、意味がないだろう。
「リビィさん。おはようございます。」
幾人かの雑踏を越えて、ギリーが爽やかに挨拶をして来た。ギリーは、見た目は本当に好青年という感じで、とてもこんなどうしようもないところに所属してるようには見えない青年だ。
礼儀正しいし、挨拶もできるし、コミュニケーション能力もかなり高い。魔法も十全に使いこなす上に、剣術もなかなかのものだ。そのうえ教養も深く、家柄も良いときている。服装だって、多くのメンバーが雑多な布で形だけ整えた服を着ているのに、ギリーは気立てのいいモスグリーンのジェストコールに折り目のしっかりした白いズボンを着こなしている。そんな服装でも汚れるのを気にせず、俺たちと同じように地べたにすわっているあたり気取ってもいない。
非の打ち所のない男だが、唯一の欠点は北條なんかにへこへこと付き従っていることだろう。なぜ、この男が北條と出会い、その軍門に降ることになったかは聞いてはいないが実はかなり謎だったりする。
「おう。」
俺も努めて、明るい感じで返そうとはしたが慣れてないうえに柄でもなく、上手く口が回らなかった。だから、結果的に短い返事だけになる。
「ホントにさぁ、リビィってば転生者以外には冷たいってか、興味なしって感じだよねぇ」
そんな俺の反応を捉えて、直さないとと芽依子が偉そうに説教を始めた。年上の姉でも気取っているのだろうが、かなりうざい。俺は当然のように無視をした。
俺が他人に興味がないのは正直に否定はしない。現に、広場には逆賊の徒のほとんどのメンバーがすでに集まってはいるが、視界にもいれていないのだから芽依子の説教もあながち間違いではない。しかし、それはギリーには決して当てはまらない。俺が相手にしないのは、俺に対して有益でなかったり、取るに足らなかったりする人間に限ったことだ。ギリーは、逆賊の徒の幹部の一人であり、北條に次ぐ魔法の使い手でもある。俺は、ギリーには一定以上の敬意を払っているつもりだ。
まぁ、それをいちいち芽依子に説明するのもめんどうで、言わせるだけ言わせておくことにした。
「どうもぉぉ。皆さんお早いお集まりで、俺が最後かなぁ?」
俺が芽依子の話を無視し続けていると、うるさい男がガチャガチャと物音をたてながら現れる。魔法で、紫に髪を染め、耳にはいくつもピアスを開けたちゃらちゃらした男だ。
「おはようございます。孝之さん。まだ、アルフォードさんと、マキーラさんがいらしてないですね。」
この孝之という男は、瞋恚乃炎しんにのほのおというなんともいかめしい言葉をいただいた転生者だ。名を木田孝介という。
瞋恚乃炎とは、燃え上がるような激しい怒りや憎しみのことだそうだ。これも、北條が知っていた。チャラチャラした孝介は、その実よくキレて怒っている。今だって、なぜもっと早く来ないのかとアルフォードとマキーラを口汚く罵って、ギリーに怒鳴り散らしていた。
ギリーは、関係ないだろ……
まぁ、関わるだけ面倒だ。俺は思考を北條の頼みに向けた。頼みたいこととは、一体なんだろうか?
俺は、現在逆賊の徒では、体が幼いという理由から特に仕事などは任されて来なかった。比較的自由に行動することが許されており、たまに逆賊の徒全体で行う仕事を手伝う程度だった。
突然の北條からの呼び出しだ。嫌な予感がする。いままで、北條からの頼みによって大怪我をしたり、命を落としたりしたやつを何人か見てきた。自分にはそんな危険な頼みが回ってこないことを祈るばかりだ。
「おい!マキーラ。お前いつからそこにいたんだよ!」
唐突に、孝介が声量を大きくして怒鳴り声をあげた。俺はその声に驚いて、思考を中断させられてしまった。そちらを見ると、マキーラがサンドイッチを片手に、俺たちの輪に入り込んで座っていた。
本当に、いつの間に来たのだ?
全く気づかなかった。魔法か?俺が使うような隠遁魔法だろうか?
いや、違う。もっとぬるっと溶け込むように入り込んでいた。気付いていたが、他のことに気を取られ、誰も気にとめなかった。だから、いつの間にかそこに現れたように感じたのだ。
俺の誤認魔法や偽装魔法に似ている。
「おい。マキーラ!それ上手そうだなぁ。俺にも食べさせろ!」
孝介の質問の答えを待たず、クーパーがマキーラの持つサンドイッチを取ろうと身を乗り出した。それを、マキーラは無言でひょいっと避けて、クーパーをにらんだ。
「あっ!」
その様子を見ていた芽依子が、何かに気づいた。
「それ!私が用意した朝御飯じゃん!なんで、マキーラが食べてるのよ。」
「なんだと?ずるいぞ、マキーラ!俺は我慢してるってのによ。」「おい!俺のことを無視するなよ。俺の質問はまだ終わってねぇぞ!」「あぁ、いちいち怒鳴らないでよ。うるさい。」「あぁ、うるさいとはなんだ!てめぇの甲高い声の方がよっぽど煩いんだよ。」「わるかったわね。私あなたとは絶対やらないって決めたから。」「こっちだって、てめぇみたいなアバズレお断りだ。」「おい!芽依子。そんなことより俺にもサンドイッチを喰わせろ。腹が減った。」「クーパーは、口を開けばそればっかり!腹が減った。腹が減った。腹が減った。って、とりあえず、モトキがいらっしゃるまで待ちなさいよ。」「別に腹のことばかりじゃない。まずは、飯だ。そのあとお前を喰ってやっても良いぞ。」「クーパー、てめぇ趣味悪いな。」「俺は分の欲望を満たせるなら、どんな女でもいいだけだ。別に芽依子のことは、口煩い飯番の雌くらいにしか思ってない。」「確かに口うるさい飯番だ。」「ちょっと、それどういう意味よ!」
三人ががちゃがちゃと言い合いを始めた。マキーラは、我関せずという様子で、黒パンのサンドイッチをもぞもぞと食べ続けていた。
当事者だろうが……と、思ったが、俺まで三人の言い争いに加わるのが馬鹿馬鹿しくて何も言わなかった。代わりではないが、ギリーが必死に「まぁ、まぁ、みなさん落ち着いてください」となんとか宥めようとしていた。本当に、ギリーはできたやつだ。
「よう!相変わらず騒がしいなぁ」
後ろからよく知った声が聞こえてきて、振り向こうとしたら、がしがしと頭を撫でられた。上から押さえつけられるように撫でられたから、振り向くことができない。
「アルフォード!やめろ!」
言語魔法で強い脅迫の意味を込めて、言葉を発した。アルフォードは、そう怒るなよっと俺から手を離した。30十代後半~40代前半の軽薄そうなおっさん。それが、アルフォードだ。
「アル!遅い。あなたが最後よ。」
芽依子が厳しく、指摘するが「ちょっと、魔物を狩ってたらいつの間にかこんな時間になっててな。すまん」などと、手を合わせて謝っている。嘘だということは、この場にいる全員が知っている。
アルフォード=バクタリスは、嘘つきだ。息を吐くように、嘘をつく。自称神様からも、妄言綺語と魂を称されていたらしい。
「嘘だな。アル。お前は、一人でそんな面倒なことをしないだろう。」
クーパーがほっとけばいいのに、わざわざそのことを指摘した。嘘だってことは周知の事実なわけだから、いちいちそれをつつかなくてもいいのではないかと思ってしまうが、俺には関係がないからどうでもいい。
「いやいや、たまたま早く起きたからな。少しくらい組織に貢献しようと思ってな。えらいだろ。」
アルフォードは、嘘を認めない。どんな証拠を突き付けられて、明らかに嘘だと証明されたところで、嘘に嘘を重ね続ける。そういうやつだ。そんなことはわかっているとは思うのだが……
「十分ほど前でしょうか、あなたの天幕からいびきが聞こえてきましたが?」
芽依子が、嘘をつついた。
「それは、俺じゃない。ちょっと、誰かは言えないが、わが家に人を招待していたんだ。狭い家に二人でいたこともあって、早く目が覚めてしまったのさ。」
「おい。適当なことばっか言ってんじゃねぇぞ。ゴラッ」
孝之が怒鳴った。そんなこと、アルフォードは気にも留めない。茶色い頭をぼりぼりと気まずそうに掻きながら、ため息をついた。
「孝之。俺が嘘をついている証拠はあるのか?ないだろ?」
「てめぇが言っているってのが、嘘をついているって証拠なんだよ。」
また、孝之がヒートアップして、立ち上がる。その時だった。
広場の奥にある大きめの天幕が入口開いた。北條の家だ。皆が、静まり返る。孝之でさえもいつの間にか素早く自分の席についていた。重苦しく、ピリピリした空気が広場を包んだ。
真っ黒なローブを来た北條が、天幕から出てくる。その一挙手一投足を、広場にいる四十名以上の人間が固唾をのんで見つめていた。目が離せなかった。北條の体から黒々としたオーラのようなものが発せられている気がして、それがいやがおうにも視線を奪った。そして、北條の頭上をくるくると旋回して飛ぶ悪魔キキットが、胃がきりきりするほどの圧力を俺たちに浴びせかけている。
空気が北條により、支配されている。
誰もが、動けず、何も言えず、ただ北條を待った。
北條は、輪のように座る俺たちの中心に入り、立ち止まった。
「おはよう。同胞諸君。さて、今日も一日が始まる。素晴らしき一日だ。」
今日も北條の挨拶で、一日が始まる。誰もがそう思った。
そして、北條はぐるっと三百六十度囲む俺たちメンバーをゆっくりと見渡してから、ゆっくりとうなずいた。全員いるかの確認だろう。北條は、当然といえば当然かもしれないが全員の顔と名前を憶えていた。俺にはできない芸当だ。
そして、語り始める。北條は、よく語る。いつだって何かを誰かに、言いたくて言いたくて仕方がないのだ。
「今日は、天気がいい。キキットの天気予報によれば、晴れるらしい。まぁ、悪魔の天気予報はあまり当たらないでたらめなものだがな。
さて、その一日の始まりとして、一つ諸君らに付き合ってもらっていことがある。我らのとりあえずのターゲットであるマントハンリという国のとある英雄とその直属のある組織についての話だ。」
北條の話は妨げてはいけない。そんなことをすれば、逆らったと見なされる。逆らったと見なされれば、ここでは生きてはいられない。だから、朝食の前なのに長話などするなとかそんなことは誰も言わない。
何人かは思っているだろう。特に、クーパーなんかは間違いない。
クーパーは、欲望のままに生きている。クーパーは、自分の欲望を阻害されることをひどく嫌う。だが、そのクーパーでさえ、北條に異は唱えない。なぜなら、北條こそが反逆の徒の絶対的な支配者だからだ。
「マントハンリは、小さな国だ。列強同盟四国にも、小王国連合にも名を連ねない。街は、首都の要塞都市 マハトリオのみ。人口も十万に遠く満たない。しかし、魔族領と大国のライファル教国に囲まれてなお、100年にも及ぶ歴史を持っている。マントハンリはなぜ、それを成し得たのか?
理由を聞けば、多くのものがそれを答えることができるだろう。英雄王 ムンジ=ハンリ。奴がいるからだ。ムンジ=ハンリは、建国の王でありながらも、現在もマントハンリに君臨する偉大なる王だ。
ムンジ=ハンリは強い。一人で、小国を守り切るほどに、ライファル教国と渡り合えるほどに、強大だ。
圧倒的だ。
間違いなく、世界で五指に入るだろう。
そして、不老だ。
圧倒的なカリスマを持って、人々に支持されていながらに、老いることがない。
これは、とんでもない利点だ。
マントハンリを落とすことを考えるのであれば、かならずムンジ=ハンリを倒すことを考えなければならない。未来永劫、いくら待っても弱体化してくれないムンジ=ハンリが待ち受けているわけだ。」
一体何の話をしているのだろうか?と思わなくもないが、北條はだいたいいつもこうだ。どうでもいいような知識をいきなり語り始める。今回は、関係なくもないか……落とすんだったな、マントハンリ。
「ムンジ=ハンリは強いだけではない。かなり狡猾だ。マントハンリは、ライファル教を国教とし、それ以外の一切の宗教を認めていない。それどころか、ライファル教以外の宗教を弾圧している。そして、少なくない額をライファル教に寄付し、常にライファル教にお伺いを立て、祭事には必ずムンジ=ハンリ自身がライファル教国へ訪れる。執拗にライファル教にこびへつらっている。
当然、ライファル教国は自国に面する有用で肥沃な土地であっても、マントハンリを攻撃することはできない。マントハンリへの攻撃は、教典が禁止する信者同士の争いに他ならないからだ。
さらに、マントハンリは義勇兵に対しても積極的な支援を欠かさない。義勇兵をかなり優遇している。優秀な義勇兵を招き入れ、自国を拠点に活動してもらうためだ。マントハンリは、魔族領とも接している。だから、魔の者たちの被害は常に脅威だ。自国の兵で魔の者たちに対応するのは、とても兵力が足らない。そのために、義勇兵を使っている。義勇兵にとっても、マントハンリはいい場所だ。主戦場である魔族領に面していて、宿泊費等もほぼかからない。自分たちではかなわない魔族や魔物に出会えば、マハトリオまで逃げて帰ればいい。そうすれば、強固な要塞と、強大な英雄が守ってくれる。ある意味安心て、狩りができる。そんな理想的な場所だ。おかげで、列強同盟四国でもないのに、義勇兵の出張管理局があり、義勇兵登録もマントハンリで行える。義勇兵として活動をするならば、拠点の第一候補としてあがるのがこのマントハンリという国だ。」
北條が、ふぅと息を吐き、そして北條を囲む俺たちの中の一人の男をちらっと見た。よく知らないやつだ。だが、そんな古くからいるというわけではなかったような気がする。年齢は今の俺よりもウンと上の20歳くらいだが、頼りないナヨナヨとした奴だなと思ったこともあったと思う。
確か、俺よりも後に入ってきたのではないだろうか?
入ってきた経緯もしらない。名前も聞いたかもしれないが、忘れた。
顔立ちや服装も取り立てて特筆すべきことがない。質の良くない布を簡単に追って上下の服にしている。全身茶色っぽい色の服だ。髪の毛まで、茶色。全身茶色だ。
まぁ、それは、この当たりではそう珍しいことではない。髪の毛は、茶色だったり、金髪だったり、結構色とりどりなのが自然で、北條のように真っ黒というほうが珍しい。
その茶色野郎だが、北條に見られた瞬間、びくりと体を大きく震わせて、今はきょろきょろと周りを見回している。落ち着かない様子だ。北條は、そんなことには一切触れず、気にも留めず話をつづけた。
「そのムンジ=ハンリだが、常に隣国や強国の情勢を知り尽くしているといわれている。それを可能にしているのが、ムンジ=ハンリ直属の諜報部隊の存在だ。狡猾にもムンジ=ハンリは、何千人単位の諜報員を各国や気になる組織に送り込み、広く情報を収集しているらしい。
人間世界の果てに位置するような国だが、ムンジ=ハンリはそこにいて世界のすべてを知るとさえ言われているほど発達した諜報部隊だそうだ。小国でありながら、驚くべき諜報員の数だ。そいつらは、入り込むことのスペシャリストだ。危険も顧みずどんなところにも入り込む。そして、情報を集め、そして時にはかき乱す。
あらゆる国や組織にムンジ=ハンリの耳があり、目があり、手が伸びているといわれている。光の当たるところに必ず差し込むことから、誰かが言ったか、そいつらは、ムンジの影と呼ばれているらしい。」
誰かが息を飲む音が聞こえた。強烈な個性を持つ転生者のメンバーたちでさえ、黙って静かすぎるほど静かに、北條の話を聞いていた。心なしかギリーの目がリンリンと輝き、羨望のこもった目で北條を見つめている。クーパーはもう空腹のことは忘れているのだろう。真剣そのものに北條を見つめていた。芽依子は、とろんとした表情をしている。孝之は、何かを察してか舌なめずりをして、ニタニタと笑っている。マキーラは相変わらず無表情だが、しっかりと北條を見据えている。アルフォードは、ぼーっとしている。アルフォードだけは、聞いているのか聞いていないのか判然としない。
他のメンバーたちも一様に押し黙り、北條の次の言葉を待っていた。
「その影が、俺らにも入り込んでいる。そうだろ?」
北條の再び目線が、茶色野郎へと向く。俺も含めた全員が同様に、北條の視線を追って茶色を見た。茶色は、目を見開いて固まっている。
「なぁ、ドーグ。おまえ、ムンジの影なんだろ?」
「待ってくれ、ホウジョウさん、何かの間違いだ。違う。俺は、その何とかの影じゃない。」
底冷えするような北條の言葉に、ドーグと呼ばれた茶色は、必死に首を振った。首筋から汗が滴っているのが、こちらからでもよく見える。北條は、無言でドーグの両隣に座るものに目で合図を送った。すると、その両脇の二人がドーグの両手をがっちり抑え、北條の前に連行し、膝をついて座らせた。
「ちょっと、待ってくれよ。俺は、違う。俺は、グランファドの出だ。」
ドーグは、必死に懇願していた。そこに、北條が冷たい声で問う。
「じゃあ、お前は俺に忠誠を誓えるか?そのような命令であっても聞くと誓えるか?もしそれが、できるのであれば、お前が影じゃないと信じよう。」
「誓う。誓うとも。俺は、ホウジョウさん、あんたに絶対の忠誠を誓う。」
ドーグは、たらされた救いの糸に必死にすがろうとした。しかし、それは救いの糸などではなかった。
「では、忠臣であると自称するドーグに命じよう。ここで自ら命を絶て。」
「はぁ……ちょ、ちょっと待ってくれよ。ホウジョウさん。えっと、その忠誠を誓えば、俺が諜報員じゃないって信じてくれるんじゃなかったのかよ……」
「信じるさ。ドーグ。お前の忠誠が本物だったらな。それを証明するために、死んでみてくれよ。」
「ちょっと、えっ、それって……」
「そうだよ。お前に残った選択肢は二つだ。裏切り者として死ぬか忠臣として死ぬか。二つに一つだ。」
北條の宣告に、キキットが上空で旋回しながらか、か、かっと笑っていた。
「他には、ないのかよ。命だけは助けてくれよ。誤解なんだよ、何かの間違いだ。俺はマントハンリの諜報員なんかじゃない。」
ドーグは、わめくが北條は聞く耳を持たない。
「なぁ、ドーグ。逆の立場に立って考えてみてほしい。簡単な問題だ。お前の部下に、あまり使いどころのない愚鈍な奴がいる。普段から使いどころに困ってはいたが、慕ってくれているし、とりあえず飼っておくことにした。だがな。その使えない部下は、実は自分のライバルのスパイで、こちらの情報を探るために近づいてきたんだってうわさで知るんだ。
おまえは、忙しい。いろいろ考えなければならないことは多くて、正直使えない部下にかまっている時間も煩わしい。正直、その部下がいてもいなくてもどうでもよかったとき、お前ならどうする?
わざわざ時間を使って、疑いを晴らしてやるか?
しないだろ?もしすると答えるのであれば、なおさら使えないお前はいらないなぁ、ドーグ。」
「つ、つかえる。俺は、使えるぜ。ホウジョウサン。頼む、チャンスをくれ。」
「お前は、使えないよ。ドーグ。なぁ、そうだろ?キキット。」
「確かに、いらないんじゃないか?この男。」
懇願するドーグだが、北條はキキットと茶番のようなやり取りをして、やっぱりいらないと笑っていた。
「ち、ちくしょうが!」
突然ドーグは、両脇の二人を振りほどこうとして暴れ始めた。それを、上空から急降下してきたキキットが押さえつける。どすん!と鈍い音が鳴って、ドーグは頭を地面を打ち付けられ、押さえつけられた。キキットの大きな手がドーグの頭をしっかりとつかみ、抑え込んでいる。
「残念だよ。ドーグ。お前はやはりムンジの影だったんだな。」
「だったら、なんだよ。この異常者どもが、死ね、消えろ、滅びろ、朽ち果てろ。くそやろーどもが!」
ドーグは、ももがき、暴れていた。
それを、逆賊の徒のメンバーたちは、楽しそうに眺めていた。哄笑するもの、嘲笑するもの、ひっそりと笑うもの、せせら笑うもの反応は様々だ。しかし、皆楽しいショーが繰り広げられることを内心期待している。そんな空気がありありと感じられた。
気持ちの悪い奴らだ。
その中で、なぜか北條だけが激昂した。
「おい。ドーグ。異常者って言ったな。俺のこと。ふざけるな。異常者というのは、サイコパスどものことをいうんだ。俺はサイコパスとは違う。俺をそんな哀れな病人どもと一緒にしてくれるな。俺は、正常さ。しっかり罪悪感を感じながら、悪さをするんだ。俺は、正常な判断の下、自分の欲望や欲求のままに生きているだけだ。俺は、異常者なんかじゃない。わかったか?」
おまえは、十分異常だと思わないでもなかったが、とてもそんなことは言える空気ではなかった。
「わかるわけないだろ。てめぇら、みたいな異常者どものいうことなんてまったくわからねぇよ。」
「ドーグ。おまえ、哀れだな。まぁ、いいか。お前にはこの後、ゆっくり語ってやるよ。とにかく、皆は今からのショーを楽しみにしているんだ。それにこれ以上水を差すのも悪い。少し話を戻すことにしよう。お前は、スパイだった。俺を裏切った。だから、処刑する。楽に死ねると思うなよ。」
「おー!」「ころせー!」「処刑だ」「ぶっころせ」「やっちまえ」
広場に集まったほぼすべてが、立ち上がり、歓声を上げた。
そして、誰が始めたか、足をドン、ドン、ドン、ドンと打ち鳴らし、リズムを刻み始めた。
一人から始まったリズムが、拡大していき、広場の共通のリズムとなるまでに十秒もかからなかった。哀れなドーグは、必死にごそごそと抗いながら、恐怖に震えていた。
「まずは、右手だ。キキット、わかっているな?死なすさず。気絶させず。そして、痛みは最大でだ。」
「だれに、言っている。私は悪魔だ。人間の苦しめ方くらい心得ている。」
そのやり取りにさらに、広場は盛り上がる。ドーグは、縮み上がる。
「やめろ。やめてくれ。頼む。やめろーーーーーー」
どこから、取り出したのか北條はいつの間にか、黒い刺突剣が握られていた。その剣は、一本の細い剣にもう一本細い剣がらせん状に絡みついているという独特な形状をしていた。
その剣で、暴れるドーグの右手を器用に手首から切り落とす。まるで、粘土でも切り分けるかのように、すっとなぞるように、肉が切れた。ドーグは、耳をつんざくような絶叫をあげる。さらに、暴れようとしたが、キキットに頭だけでなく、うつぶせに体も押さえつけられ、バタバタと手足を動かすことしかできない。傷口からドボドボとおびただしい血が流れる。
聴衆から歓声が上がる。それに、北條は、剣を掲げて答えていた。
それが、北條が、急にこちらを向く。
「リビィ。このまま、出血で死なれるのは興ざめだ。流れた血を、ドーグの体内に戻してやれ。」
当然、俺はその命令に逆らうことはできない。北條には、血流魔法のことはすべて話しているので、できないと嘘もつけない。傍観者だったのに、急にやり玉にあがり、胸がドキドキする。失敗できない。
メンバーたちは無責任に、歓声を上げる。リビィ、リビィとコールを上げるものまでいる。
俺は、血だまりに意識を向け、操り、傷口の血管に血をゆっくり返してやった。それとともに、新たに出てくる血も操ってそのまま血流を作り、Uターンして傷口の血管へ導いてやった。不純物が、混ざらないように血液だけを正確に操りそれを行った。そんなことをして大丈夫かどうかは知らないが、大丈夫じゃなくてもなんでもどうせドーグは北條に殺されるのだ。俺の知ったことじゃない。俺だって、北條の命令に逆らえばどうなるかわからない。俺は言われたことをするだけだ。
俺の魔法の成功に、広場はさらに盛り上がった。メンバーたちは、これで、出血を気にせずドーグを痛めつけられると口々に喜びを語っていた。
俺の働きと広場の異様な熱気を見て、北條は嬉しそうにうなずき、次に孝之に命じた。
「孝之。傷口を焼いて止血しろ。くれぐれも焼きすぎるなよ。」「あいよー!待ってたぜ!」
いきなりドーグの傷口が青く燃え出した。孝之の炎だ。ドーグの傷口を執拗に焼いていく。当然のように、ドーグは暴れるが見るからに重たいキキットに乗られているのだ。びくともしていない。のたうち回るドーグの姿に広場はさらに盛り上がる。
「「「もっと、もっと残虐に」」」
誰かが叫んだ。誰かといっても、一人ではない。何人もがそう言って北條に希った。もっと俺たちに悲惨で、熱烈なショーを見せてくれと。
ドーグは泣いた。泣き叫んで、許しを乞うた。死ぬことに逃げ道を求め、「殺せぇ!頼む、殺してくれぇ」と喚き散らした。
しかし当然のように、北條は認めない。メンバーは、そんなことを許さない。
短いせせら笑いがあったにち、北條が口を開いて皆が聞いた。
「嫌だねぇ。俺はさぁ。自分で命を絶てって、おめぇのために言ってやったんだぜ。
ドーグ。それをお前が、蹴ったんだ。いいか?お前が、死ぬチャンスを蹴ったんだ。つまりは自業自得ってもんだ。
それになぁ、拷問ってのは、殺してくれって言わせてから始まるんだ。だから、今までのは始まってすらいなかったんだよ。これからさ。まだ、死なせねぇ。まだまだ、殺さねぇ。もっと、もっとだ。もっと、苦しめ、叫べ、のたうち回れ!生まれてきたことを後悔するんだ。」
うぉーと歓声があがる。本当に気持ちの悪い連中だ。吐き気がする。何か聞き出すとか、服従させるとかそういう類いの拷問ではない。ただひたすらに痛め付けるためだけのものだ。趣味が悪い。
拷問は続いた。ドーグは四肢を切り刻まれ、身体中を刺され、燃やされ、凍らされた。自分の逸物を食べさせられたり、ゲイの男に犯されたり、体液という体液を絞り尽くされたり、身体の隅隅まで痛め付けられたりした。時間の感覚を狂わさせられ、一秒を百年と感じるなかで、死ぬよりも辛い苦痛を十分にもわたって与え続けられた。泣き叫び、わめき、のどが壊れても、すぐに喉だけは治療させられ、悲劇の歌を歌わせられ続けた。狂うことは、キキットによって許されなかった。脳みそだけになっても生かされて、苦痛を与え続けられた。そして最後には全てを綺麗に残さずキキットに食べられて死んだ。
見るに耐えなかった。俺は何度も目を背けそうになりながらなんとか耐えた。普通の精神では無理だ。その光景を受け入れられはしなかった。俺は極力、頭を空っぽにしてその場にたっていた。ここで、空気に乗らなければ北條に目をつけられる。目をつけられれば、俺が北條に敵意を持っていることがばれるかもしれない。それは、避けなければならないことだった。
拷問の最中、北條はずっとドーグに語っていた。拷問の最中に北條が語った言葉を繋ぎあわせるとこうだ。
「俺らのもといた世界には、サイコパスって呼ばれるやつらがいた。サイコパスを、固い言い方をすれば、反社会性人格障害ってなるわけだが……そのサイコパスどもには、善悪って感覚がないんだ。普通備わっている良心や善意、愛情が一切ない。
奴等は他人と情を積み重ねるという感覚がない。いや、積み重ねるという感覚そのものがない。だから、自分がしたいからという理由で人を殺す。普通のやつは、殺人は、倫理に反するとか、可愛そうとか、自分の立場に差し障るとかそういった面でブレーキがかかるが、やつらにはそれがない。倫理なんて持ち合わせていないし、可愛いそうってのは感覚から理解できないし、立場なんてのはどうでもいい。それがサイコパスだ。そういうのを、異常者という。サイコパスこそ、異常者だ。
わかるか?
異常者ってのは、病気なんだ。奴等は、悪ではない。ただの病気さ。脳の回路が繋がっていなかったか、分泌物が異常かとか原因なんてのは知らないが、ただの哀れな罹患者だ。悪とは一線を斯くすんだ。
俺は、悪逆非道さ。つまるところ悪だ。
もう一度言うが、俺はちゃんと善悪がわかる。俺が客観的に異常とも言える思考を持ち、行動をしていることくらいわかっている。わかっていて、選択しているんだ。当然に選択しないこともできる。お前に心から同情する気持ちだってちゃんとあるんだ。こんなにいたい目に遭っているドーグが、かわいそうだとも思う。お前の痛みを想像したら涙だって出てきそうさ。けれど、やるんだ。俺は悪だから。俺が悪逆非道だからだ。俺は決めたのさ。悪になると。だから、正常に、普通に、王道に悪に進み、悪を演じるんだ。」
北條は高らかに語り、そして大声で笑っていた。言いたいことを言い尽くし、やりたいことをやりつくしたという感じだ。本当に胸くそ悪かった。




