苗床
目が覚めた。俺は、ゆっくりと伸びをしてから、訓練場に足を向けた。
朝食の前に、日課の魔法訓練を済ましてしまおうと思ったのだ。ぼろい簡易の天幕を出て、訓練場のほうに歩いていく。
あれから約4年がたち、俺は6歳になった。背は、随分と大きくなった。闇子というのは、早熟だそうで、身長だけで言えば140cmほどになっている。客観的に見ても6歳児には見えない。体も割合思い通りに動くし、魔法の腕も上がった。それに居場所ができたのが、一番の変化かもしれない。
「逆賊の徒」
それが、俺が現在所属するグループの名前だ。
逆賊の徒は、名前からもわかるように一言で言えば、反社会的な組織だ。リーダーを北條 最貴という転生者が務める。
屋敷から逃げ出し、何とか逃げ切ったあの後、俺は北條に拾われた。痛む体を起こし、何とか動けるほど回復したころには、各村々には俺に対する指名手配が完了しており、森周辺の包囲網は完成している状態だった。
俺の魔法を阻害する結界のようなものが、各村々に張り巡らされており、村で食料を調達することもできず、かといって森には食べれそうなものはなく、正直空腹に途方にくれていた。そのとき、さし伸ばされた手が逆賊の徒によるものだった。俺には、それに縋る以外の選択肢はなかった。
「よう。リビィ。調子はどうだ?」
天幕から出るとすぐに、逆賊の徒のメンバーの一人、貪欲吝嗇どんよくりんしょくのクーパーが話しかけてきた。クーパーも俺と同様の世界から転生してきた転生者だ。
クーパーも、俺と同じように、自称神様からありがたいことに、魂の性質を表すお言葉をいただいていた。それが、このうすら寒い四文字熟語 貪欲吝嗇だ。聞いたことがない言葉だったが、曰く強欲で、ケチであるとのことらしい。神様は、実験と称し俺たちのような屑を何人も記憶を残した状態でこの世界に送り込んでいるようだった。逆賊の徒には、俺以外に6人もの転生者が在籍していた。
「悪くない。お前は?」
ちなみに、俺の「いっこうりょうぜつ」であるが、「一口両舌」と書き、簡単に言えば二枚舌を使うことだと、北條が教えてくれた。まぁ、なんとも俺らしいというか、なんともしょぼい魂だ。
「腹が減った。食糧庫に忍び込もうとしたら、芽依子がいた。邪魔された。」
クーパーは不満ありげに、腹をさすっていた。
芽依子とはありがたく「邪淫淫戒」という不名誉な称号をいただいた女だ。邪淫淫戒とは、字面からもなんとなくわかるが淫乱であるとかそういう意味だろう。これに関しては、だれもあえて触れないようにしているが普段の言動で大いに意味がわかる。
芽依子は、追い込まれているところを北條に救われたらしく、かなり北條に心酔している。基本的に、淫乱で、節操のない奴だが、今はその持て余した性欲のすべてを北條に向けているので、幸いに無害だ。
料理当番の一人は、芽依子だ。おそらくクーパーは、食糧庫で食べ物を物色しようとしていたところを、芽依子に見つかり邪魔されたのだろう。そこで、口汚いのの知り合いがあったことが容易に想像できて、笑えた。いつもの光景といえば、いつもの光景だ。
「さすがクーパー卑しいな。」
つぶやくように感想を言うと、クーパーは「さすが貪欲吝嗇だろ」と笑っていた。
俺は、クーパーと軽い挨拶を交わした後、再び訓練場に向かった。
逆賊の徒の住処は、魔族領とライファル教国の境界にある森の奥深くに、森を切り開き存在している。俺がリクリエットと出会った森の奥深くと言い換えてもいい。簡易的に天幕が30ほど立て、そこで40名ほどがそこで生活している。
天幕が乱立する居住スペースの中央には、大きめの広場があり、そこが集会場となっている。その集会場で、メンバーは全員そろって、朝食と夕食を食うことがルールとして決められていた。
俺が向かっている訓練場は、住居スペースから少し離れたところに、同じように切り開かれた場所を指す。訓練場と呼ばれているが、とくに何か設備があるわけではない。ただ、森がある程度の広さ切り開かれており、遮蔽物のない空間が作られているだけだ。
何もないが、それでも逆賊の徒のメンバーは皆その訓練場で魔法の訓練を行った。ルールにより魔法の訓練を行う際は、訓練場で行うようにと定められていたからだ。
これらのルールはすべて逆賊の徒リーダーであり、転生者の北條が決めていた。ごろつきや脛にキズがあるやつばかりが集う逆賊の徒だが、北條の絶対的な支配力といくつかの厳格な規律の下、よくまとまっている。
鬱陶しい森林を超え、空き地のような訓練場に入る。そこには、見慣れた男が、立っていた。
北條だ。どうやら、悪魔のキキットと話しているようだ。
「やはり、俺はライファル教国から落としたいんだが……」
真剣な面持ちで、北條がいびつで醜い悪魔のキキットに話しかけていた。
「ならば教凰十字軍を倒さねばならんな。」
「誰からがいいと思う?」
「誰でも一緒だろうな。モトキ、あきらめろ。あの5人にはまだ勝てない。」
キキットは、空中をまるで重力などないかのようにクルクルと飛び回りながら、北條の質問に冷たく答えていた。「ライファル教国が誇る五人の最高戦力である教凰十字軍には、然しもので私でも、現状難しい」と、嘆くキキットの声は、ひどく楽しげに聞こえた。
「おい悪魔さんよ。人間は弱く、脆いんじゃなかったか?」
北條が、キキットを小ばかにしたように煽る。悪魔はそれでも、ニタニタと笑った。
北條は、日本人そのままの顔立ちで、ホリが浅く、肌が黄色い。そして、瞳の色も髪の毛も真っ黒だ。日本人が、そのまま異世界に来たようで違和感がある。まさに容姿はそのまま転生したのではないかと疑いたくもなる。しかし、彼曰くちゃんとこの世界で生まれ直し、成長した転生者だという。容姿も前世とは若干ではあるが、違うとのことだ。
「現状では、勝てないだけだ。もし私が、本来の力を100パーセント使えたならば、一人ずつならば相手にできるさ。モトキ、俺と本契約しよう。」
「本契約には、俺の心臓が必要だとかぬかすんだろ?」
「そうだな。心臓がいいな。やはり契約者の肉を、上質な魂を感じてこその契約だ。心臓を対価としない契約はどれも仮契約で、私は仮契約では、その力の本質を発揮できない。」
「俺はまだ死ねないぞ。」
「そう思っているやつの心臓だからこそ、美味で、喰う価値があるんじゃないか。」
だから、いつでも私は、おまえの心臓を狙っているのだ、そうキキットは付け足して、笑う。それを、北條は、くだらないと一笑に付していた。
「そんなことよりもだ。心臓は、俺以外のではダメか?」
「ダメだな。私は気に入ったやつの心臓以外ほしくない。私は、お前が気に入っているのだよ、モトキ。私は、お前の心臓を喰いたいんだ。」
キキットは、ぞっとするほど口を横に裂いて、カタカタと笑った。気味が悪い。草葉の影から見ていただけなのに、嫌悪感が襲ってきた。
だが、北條は動じない。というよりも気にも留めていない。
「俺以外に、気に入ったやつはいないか?」
「いないこともない。だが、モトキはそれでいいのか?」
「俺はまだ死ねないからな。他のやつの命ぐらいいくらでもくれてやるさ。
誤解のないように言っておくが、別に死ぬのが怖いというわけではない。そんなのは、どうでもいい。些末なことだ。
死んだところで、また輪廻転生するだけだ。それだけ。特にこれと言ってペナルティもない。死んで、生き返る。以上だ。だから恐れる必要なんて一切ない。
だがな。せっかくここまで来たんだ。メンバーを集め、拠点を築き、魔人と交渉した。
ここからだ。ここから、ようやくはじまるんだ。俺の反逆が、俺たちの逆賊が……こんなところで死ぬなんてつまらない。そんなひどい話ってないだろう?」
北條は、空を飛ぶキキットを見上げながら、大きく手を開いた。キキットは、北條の言葉を意地悪く最後まで聞いた後に間違いを指摘した。
「違う。勘違いしているぞ、モトキ。残念だ。私の質問が悪かった。お前は勘違いしている。そうじゃない。私が問うたのは、契約切れの話だ。お前が仲間の命なんて塵ほどにも思っていないのは、私はよく知っているさ。それこそ些末な話だ。」
だったら早く言えよと北條は、短くキキットをにらんだが、すぐに気を取り直し、尋ね返す。悪魔相手に本気になっても仕方がないと思いなおしたのだろう。
「契約切れってのはどういうことだ?」
そうだな、そうだな、説明しよう、と終始キキットは楽しげに笑っている。
「仮にも私がモトキ以外の者から心臓をもらえば、モトキとの契約はその時点で終了する。
悪魔は、一度に二人とは契約しないからだ。悪魔は、契約者が死んだ時点で姿を消す。つまり、私はモトキの前から姿を消すことになる。モトキ、お前は、また悪魔を探すことから始めなければならなくなるということだ。」
「それは困る。俺はおまえが気に入っているんだ。キキット。お前以外の奴と契約するのは抵抗がある。残念だが、仕方ない。ライファル教国は一度、あきらめようか。計画通りマントハンリから落とすことにしよう。」
残念そうに語る北條だが、俺には北條が本気でそう言っているとは思えなかった。その証拠に次に、北條はこう続けた。
「ちなみに、誰のことが気に入っているかだけ聞いておこう。必要になることもあるだろう。」
北條の顔にはくっきりと笑顔があった。ぞっとする。北條は、自らの言葉通り、いざとなれば仲間の心臓でもキキットに喜んで差し出すのだろう。その姿が、容易に想像できた。
「転生者は全員ありだ。」
そういって、キキットはこちらを向いた。特に隠れていたわけではないが、気味の悪い羊の顔が、唐突にこちらを見た瞬間肝が冷えた。それに遅れて、北條もこちらを向いた。
「よう、リビィ。おはよう」「あぁ、北條。おはよう」
俺が北條に意識を向けると、悪魔キキットはスーッと北條の影に消えていった。キキットは、基本的に契約者である北條以外としゃべりたがらない。もし契約者以外としゃべることがあるとのならば、それは悪魔がそのものを殺すときくらいである。
「今日もトレーニングか?」
北條の視線がさっと俺の全身を撫でた。特に先の会話については聞かないつもりらしい。俺に聞かれようがどうでもいいのだろう。むしろ、聞かれた状況を楽しんでいる様子すらある。北條の視線は、お前は、俺のために心臓をささげられるか?と品定めするようなものだった。
「日課だからな。それよりさっきの話だが、戦力足りていないのか?」
「なぁ、リビィ。戦力なんてのはいつだって足りないんだ。」
当たり障りのない返答から、あえてこちらから先ほどの会話について、別の角度で話を聞いてみることにした。すると、北條はいたって真面目に語り始めた。いつものことだ。北條は、しゃべるのが好きだ。北條は、だいたいいつも誰かに何かを語りかけていた。
「前世では、冷戦時、6万発の核兵器が世界に存在していた。人類を30回以上も殺し尽くせるほどの量だ。過剰戦力なのは火を見るより明らかだが、人々はそれでも兵器の開発に余念がなかった。
軍縮、軍縮と叫びながらも、世界の飢餓をまとめて10年分養えるほどの金を1年で費やしていた。
そんなものだ。
なにが、軍縮だ。本当にそれを成したいと思うのであれば、兵器開発からやめてしまえば良い。俺は、何度も何度も憤ったのを覚えている。
だが、人はやめないんだ。
隣のやつが持っているからとか、怖いからとか、守るためだとか、金のためだとか、そうやって力を求め続ける。人間には、きりなんてない。その際限のなさはなにも、力に限ったことだけじゃない。
すべてにだ。人間は、すべてにおいて際限がない。
幸せにも、絶望にも、争いにも、すべてに対して欲求し続ける生き物だ。そうプログラムされている。
マズローの欲求の5段階説を知っているか?リビィ?知っているよな。大学では、心理学を勉強していたと言っていたんだ。知らないはずはないよな。」
黙って首肯する。変に口をはさめば、面倒になる。この4年。北條と付き合って学んだことだ。
マズローの欲求の理論とは、人間の欲求は階層構造になっていて、下の階層が満たされたら、次の階層の欲求が出現するといったものだ。具体的には、一番下の階層の欲求は、生理的欲求で、腹が減ったとか、眠いとかそういった基本的な欲求が充足されてこそ次の次元の欲求が生まれるというのがマズローの理論である。
ちなみに、次は「安全欲求」安全であることを求める欲求。次が、「所属と愛の欲求」人に好かれたい、集団に帰属していたいといった欲求。その次が、「自尊欲求」尊敬されたい、称賛されたいといった欲求。
そして、最後が「自己実現欲求」なりたい自分を目指す欲求。この5つがマズローが唱えた欲求である。
「そのマズローは晩年になって、一つ欲求の階層を増やしたことは知っているか?6段目の欲求だ。たしか自己超越の欲求というらしいが、内容なんてのはどうでもいい。俺が、言いたいのはそういうことではない。マズローは、自己実現の欲求は際限がなく、いつまでも求め続ける成長欲求といった。だが、その欲求の上にさらに次の次元の欲求を見た。人間は、いくら求めても、求めても欲求は充足なんてしないからだ。晩年に、感じたんだろう。5つでは足りないぞ、もっと上があるぞってな。
俺は思うね。6段目の欲求が充足したら、今度は7段目の欲求だ。人間に、際限なんてない。青天井さ。欲求のピラミッドはどこまでも、どこまでも伸びていくんだ。マズローが否定しようが、俺がそれを肯定してやる。人間の欲望に果てなどない。枠を決めたとて、それを突き抜けて余りある欲望を持っているんだ。そういう生き物なのさ。」
北條は、一息吸ってさらに語る。
「話が大きく脱線したが、話を戻そう。リビィお前の質問に、改めて俺が応えてやる。簡単な答えだ。人間に際限はなく、いつだって足りてない。いついかなるときも不足している。特に俺みたいな悪党は常に欲求不満さ。いくら手に入れようともっとほしい。まだまだ、足りない。
だから、俺はその質問にはいついかなる時でも、こう答えるだろうな。足りていないと。
たとえ、教凰十字軍を撃滅する戦力を有していたとしてもだ。戦力はあれば、あるだけいい。そういうものだ。」
「ご高説どうも。よくわかったよ。」
俺はいつものもっともらしい適当な理屈を手でひらひらと払い、自分の訓練を始めることにした。北條の話を聞き続けているのは、非常に頭が痛くなるし、疲れる。気軽に聞いただけなのに、マズローの話まで持ち出されたこちらとしては、たまったものじゃない。だいたい、そんなくどくど話をしなくても戦力はいくらあってもいいの一言で終わる内容だった。しっかり聞いたこちらが馬鹿らしくなる。
「なぁ、リビィ。お前に頼みたいことがある。」
しばらく俺の魔法訓練をつまらなそうに見ていた北條が呟くように、話しかけてきた。
正直面倒だ。北條に付き合って良い思いをすることなど、ほとんどない。体よくつかわれるのだろう。いっそ断ってやりたいが、それはできなかった。
この逆賊の徒では、北條の言葉こそすべてであり、命令違反は許されないことだった。北條に従わなければどうなるか。俺はこの4年間で嫌というほど見てきた。普段、気安い会話や関係を望んではいるが、北條は恐ろしい。
「わかった。なにをすればいい?」
「詳しい話はあとでしよう。朝食のあと、俺の家に来てくれ。」
そういって、北條は俺の肩をポンポンとたたいて、訓練場を後にした。俺の言語魔法ではないが、その言葉に寒気を感じた。言外に約束をたがえばどうなるかわかっているなという脅しの意味が込められていたのだろう。たたかれた肩が嫌に重たかった。
軽く血流魔法と思念魔法を練習したのち、俺は訓練所を出た。そろそろ朝飯の時間が迫っていたからだ。血流魔法とは、いままで俺が血魔法と呼んでいたものと全く同じものだ。北條が、血魔法では呼びにくいし、格好が悪いからと勝手に改名したのだ。まぁ、異論は特になかったので、呼び方は変えている。
時間は訓練場に設置されている日時計で大まかに知ることができた。これは北條が、指示してメンバーに作らせたもので、訓練場と集会場に置かれてあった。普通のといえばいいのか、前世のような自然環境に頼らない時計は北條と数人のメンバーのみが持っていた。なんでもからくりの国 キタラクタの名産の一つらしい。一つ一つ手作りで作られるため、そこそこ値が張るとのことだった。




