逃避行
逃げる俺を三人は全力で追いかけてきた。
あれだけ血魔法を撃ったのに、三人とも無傷ってのがやるせない。
裏山をこえ、リクリエットと出会った森に入った。そこで、完全に追い付かれた。
ダリッデとかいうやつに、背中を思いっきり斬られる。傷は瞬時に再生させるが、一瞬足を止めてしまった。その隙に、ソーラスとか言うやつが、俺の前に回り込んだ。
「無駄な抵抗はやめろ!」
うるせー!
こんなところで負けてたまるか。やられてたまるか。
折角、邪魔な首輪を外せたんだ。これからは俺のターンだ。おまえらなんかさっさと巻いて自由に生きてやるんだよ。
俺は強いイメージを込めて、血の弾丸をソーラスに向けて発射した。しかし、それはいとも容易くソーラスの剣に弾かれる。
ソーラスの周りに、半透明の剣が10本も浮かんでいる。
ちっ、なんだよ。リクリエットといい、こいつといい。魔法で剣を作るのが、流行ってるのかよ。
そんなことを思っている間に、またダリッデの剣に深々と体を斬りつけられた。
普通のやつなら死ぬほど深い傷だ。だが、俺にとってはなんてことはない。
それよりも、問題なのはさっきからダリッデの攻撃が速すぎて、避けることはおろか、見ることすらもできないことだ。やばい。
このままじゃ。やられる。
まだ、スーズーとか言う女の魔術師風の格好をしたやつが、何も行動していない状態でもこれだ。本格的に、3人が襲ってきたら、マジでヤバイ。
「ヴァァアア、あぁぁぁぁあ、ばぁぁぁ、がぁぁぁあ」
俺は、言語魔法をこめてめちゃめちゃに喚きながらも、なんとか三人の包囲から逃げ出そうと足を動かし続けた。俺の声は、三人には非常にうるさそうにするばかりで効果がない。あわよくば、鼓膜を割いてやれないかというほどの声を出しているのにだ。
ダメだ。一向にうまくいかない。
ソーラスの剣に行く手を阻まれ、ダリッデに切り刻まれる。このまま、攻撃を受け続けていたら、魔力が持たない。
だが、あきらめるわけにはいかない。俺は、俺が殺したリクリエットの分まで生きて世界を救わなければならないのだ。リンスさんを殺してしまった贖罪を背負わなければならないのだ。とにかく、こんなところで死んでたまるか。
俺は再び、言語魔法を込めて騒いだ。
「がぁぁぁぁ、ばぁぁぁ、がぁぁぁあ、あぁぁぁぁっぁ」
それとともに、血魔法で三人を攻撃した。
「なんだ!こいつは?なぜここまで魔力がもつ?」「とにかく警戒を!クールタイムなしで、魔法を使えるみたいだ!」「とにかく、殺せ!殺せ、八つ裂きにしろ」
ダリッデとソーラスは、動揺をみせながらも俺への攻撃の手は休ませない。俺の攻撃など、してもしなくても同じかのように露を払うかのようにはじかれる。
ダリッデの剣が俺の肩から腹にかけて、まるで豆腐を切るように切り裂いた。
鋭い痛みが俺を襲う。
だが、きかない!
そんな痛みは、隷属の首輪の痛みに比べれば何てことはない。全身を血の針で突き刺したときの方が、もっと痛い。リンスさんを殺してしまった胸の痛みとは比べるまでもない。
リンスさんのことを思い出して、思考や行動が止まりそうになるが、なんとか奮い立たせ、魔法を使う。
回復魔法だ。血を使ってすぐに体を繋ぎ合わせ、欠損部分を瞬時に縫合、再生させた。
ここに来て、俺の回復魔法は進化していた。もう明確な再生と移植のイメージなんて必要なくなっていた。ただ、血による患部の再生をイメージするだけでどんな傷でも再生することができた。
しかも、リンスさん式の魔法の発動方法により使用する魔力量は極端に減り、まだまだ再生には余裕がある。ありがとう、リンスさん。ありがとう。俺は生きるよ。絶対生き延びるよ。
「ダリッデ、ソーラス!そいつに剣での攻撃の効果は薄い。打撃で気絶させなさい!」
「ぐらぁぁぁぁああああああああああああ」
スーズーが叫ぶ。同時に俺も、言葉にならない声で大声を上げた。
その瞬間だった。
けたたましい音と共に、忌々しいあいつが現れたのだ。
そうあのリクリエットを殺した青い熊の魔物だ。俺が、言語魔法で、すべての森の魔物に対して宣戦布告を訴え続け、魔物を呼び寄せたのだ。まさか、青い熊の魔物が出てくるとは予想外だったが、好都合だ。
もっとだ、もっとこい。俺は、さらに叫んだ。
俺は、賭けたんだ。魔物が襲ってくることに、魔物に襲わせることに。
さらに挑発するように言語魔法を込めて、喚き、叫び、うなった。
さらに、森からごそごそ、がさがさと魔物の気配がした。
正直、賭けだった。上手くいく保障はなく、上手くいかなければ死ぬだけのかなり分の悪い賭けだった。しかし、俺は勝った。さぁ、反撃の開始だ。
突然現れた魔物たちに、ダリッデとソーラスは驚きの声を上げた。
「ブルーグルーブ!」「こんなところに?なぜA級が?」
俺は、それを無視して一気に逃げる。面倒なもの同士勝手に戦えばいい。
しかし、俺の行動はいともたやすく見えない壁に激突し、防がれた。硬くて、大きい何かの壁だ。おそらくはなにかの魔法なのだろう。
そう判断した瞬間、右半身が吹き飛んだ。
見事に、へそを中心として体の右側が跡形もなく吹き飛ばされた。今までにないほどの激痛が襲ったが、気を失うほどではないし、魔法を発動できないほどでもない。
瞬時に、傷を癒す。その一瞬のスキを狙って、青い熊の魔物は俺に意味不明な奇声を発しながら、襲い掛かってきた。
強烈なタックルが俺を襲う。とてつもない衝撃に吹き飛び、世界がぐるぐると回る。
まずい、意識が、きえ、きえ……とおの……
このまま、気を失ったらどうなるのだろうか……
拘束される?つかまる?いや、このダメージだ。死ぬんじゃないのだろうか?
そのまま、あの光の世界で目が覚めて、あの自称神に次の世界に輪廻転生するのだろうか?
なんだよ。それじゃあ、俺は一体何のために生まれてきたというのだ。
一体何のために、魔法を磨いてきたのだ。何のために、努力をしたのだ?
一体全体何のために、リクリエットを殺したというのだろうか?
リンスさんは、だれのために死んだというのだろうか?
こんなところで、死ぬためか?
こんなところで、命を散らすためか?
こんなみじめに、這いつくばり、自らの策に食い破られるためか?
違うだろ。違うだろう。俺は、生きなければならない。こんなところで、死ねるか。俺は、世界を救うんだよ。あの優しいリクリエットの為に、最低最悪な俺をほめて、なでてくれた最愛のリクリエットの為に、今まで愛情を注いでくれたリンスさんの為に、ひたすらに俺を信じてくれていたリンスさんの為に、俺が世界を救うんだ。救わなければならないのだ。
こんなところで、死ねるか。
「うぅ、あぁぁっぁぁっぁぁ」
俺は、吹き飛ばされながら、血魔法を発動させ、全身を血の針で、突き刺した。
失いかけた意識が、痛みによって戻ってくる。もやがかかったみたいな思考がクリアになる。
俺は、瞬時に傷を回復させた。
俺は、確かに弱いさ。だが、それはまだ3歳にも満たないせいだ。しかし、魔力が続く限り、何度でも何度でも立ち上がってやるよ。なんどでも、再生してやる。俺は、不死身だ。
「かかって来いよ。さぁ、こいよ、殺してみろよ。」
叫ぶ。
「にくいんだろ?俺が、にくくて、にくくて仕方がないんだろ?」
叫ぶ。叫ぶ。
「やってみろや。殺してみろよ。」
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
叫びながら、逃げる。脱兎のごとく、魔力駆動式強身で走り抜ける。魔物の群れをすり抜けて、森を深く、深くに入り込み、走り抜けていった。集まった魔物の数は多かったが、幸いに子供の小さな体と、魔物に恐怖を植え付ける誤認魔法のおかけでなんとか走り抜けることができた。
スーズーは、俺に強力な魔法で攻撃しながら、追いかけてきた。
ダリッデとソーラスが魔物を押しのけて道を作り、その間を縫ってスーズーが追いかけてきたのだ。
「いけ。スーズー奴をころせ。」
ダリッデが、その剣で熊の魔物を切り裂きながら、叫び声をあげた。
「リクリエット様の敵を!」
ソーラスが、魔力でできた剣で、魔物をかき分けて道を作りながら、喉をからした。
「任せて」
それに、スーズーが小さくうなずいて、俺を追いかけてきた。
必死だった。どこをどう走ったとか、どのくらい魔法を使ったとか、どのくらい走ったとか、なにも覚えていない。しかし、俺はなんとか逃げ切った。
いくらか走ったところで、スーズーが明らかに減速したのだ。理由はわからないが、俺はなんとか助かった。なんとか逃げ切った。なんとか、生きている。それでも、俺は走った。今のうちにとにかく遠くにへと走り続けた。
ついには、魔力が切れて動けなくなるまで俺は走り続けた。
その場にうずくまるようにして、倒れる。
全身が痛かった。胸はもっと痛かった。
だが、俺はなんとか生き残った。
安心すると、すっと意識が遠のいた。ゆっくり世界から色が消えていく。俺は気を失った。




