人殺しの結果
早朝、まだ日も上らぬうちに俺は目が覚めた。そして、リクリエットに会いに行くことにした。
起床時間にはまだまだ時間はあったし、朝の仕事である薪割りなんか、魔法を使えば一瞬で終わる。
リクリエットを隠していた場所に、身体強化の魔法で体を強化して、急行する。
身体強化の魔法もリンスさんの魔法講座によって進化していた。簡単に言えば、いままで違う魔法として併用して使っていた身体強化の魔法と、魔力駆動の魔法を一つの魔法として使うことが出来るようになったのだ。俺は、それを魔力駆動式強身とよんだ。まぁ、長いので普通に身体強化でもよかったが、イメージをする上でそう呼んだほうが効果が高かった。
それによって、俺の身体能力は格段に上がっていた。
だいたいこのあたりにリクリエットをおいたという場所まで行くと、なんとなく自分の魔法の気配がしたので、それを頼りにリクリエットの元にたどり着く。
リクリエットは昨日と変わらない姿で、座っていた。
よかった。だれにも、見つかっていないようだ。
魔力や魔法の気配はなんとなくだが感じることが可能だ。
特に、自分のものであれば、割合正確に感じることが出来た。
さて、今朝は何をしようか。
まずは、周囲を探って魔力判別石を採取と新しい魔法の訓練をしよう。その後、いったん朝食と朝の仕事を終え、村に出かけて情報収集といこうか。
そう大まかな今日の予定を決めて活動を始める。
魔力判別石は簡単に見つかった。
というよりも、そこらへんに落ちている。本当に貴重でもなんでもないただの石のようだ。
その辺の石に魔力を通せば、見事に水へと変化したのだ。
全くどういった原理かわからないが、魔法があるようなファンタジーな世界だ。考えても始まらない。
魔力判別石を20~30個ほど回収し、リクリエットの持っていた布袋に仕舞う。
ためしに、一つ小さめの石を飲み込んでみたが、グレイに飲まされたものと同じで、一気に魔力を吸われるような感じがした。グッと力が抜けるのに耐えて、瞬時にPMを燃やし、体に魔力を充満させる。
このPMだが、昨日のリンスさんの魔法講義を聞くかぎりにおいては、俺独自のもののようだ。
魔力は、自然に体内を循環し、巡るものである。
それを魔法で使ってしまったら、再び魔力が自然に全身を巡るまで魔法を使えないクールタイムのような時間がある。それが、一般的な認識のようだ。
俺のように、体内に循環する魔力を使いきってしまったら、体内のエネルギーを燃やして魔力をさらに充満させる。もしくは、あらかじめ使い切らないように、体内に循環する魔力を増やしておく。というのは、どうやら普通ではないようだった。
リンスさんも聞いたことがないと驚いていた。
つまり普通の魔術師は、魔法をそう何度も連続で、使用できないのだという。
腹の方で燃えている感覚というのは、どうやら俺以外あまり感じていないようだ。
そういえば、前世の体の感覚との違和感から得たものだったが、今考えてみればいつの間にかその感覚は体になじんで意識しなければ感じることが出来なくなっている。
まぁ、転生特典のようなものだと思っておくことにしておこうか。
俺は、他の魔術師と違い、自分のPMPが尽きるまで、連続で魔法を発動させ続けることができる。
これは、かなりのアドバンテージだろう。
さて、そんなことを考えながら、イメージによる魔力の発動の練習を行う。リンスさんに習ったこの発動方法によって、使用魔力は極端に少なくなった。体感だが、八割ほど減少しているようにも思う。
個人的には、もっと魔力をこめた強大な魔法を発動させたいのだが、なかなかイメージどおりに魔法が発動しなかった。結果、どうもこじんまりとした魔法になってしまうのが現状だった。
今の俺は、突出しているのは魔力量だけで、あとは平凡以下の魔術師ではないのだろうか。
比べる対象が、リクリエットとリンスさんしかいないので、あまり自分の位置を正確に捉えているかは甚だ疑問ではあるが、おおむね間違ってはいないだろう。
そこで、俺が魔法の威力向上のために、段階的に威力を上げていくことにした。
魔法の威力を高めるのは、イメージが大事だという。
ならば、一番容易なのは、成功体験を積み重ね、その成功をイメージし、再現することだ。
なんにしてもまずはやってみるか。
まずは、血魔法でカッターを作り出し、打ち出すイメージをする。そして、細く背の高い木を切る。木は何の問題もなく、スッパと斬れ、木は音を立てて倒れた。
次に、さっきよりも少しだけ太い幹の木に同じようにカッターを打ち出す。次はさっき魔法で木を斬った瞬間を思い出し、それよりも強い力を意識する。そして、魔法を発動させる。木は同様に何の抵抗もなく、斬れた。次は、さっきよりも少しだけ太い木を……
というように永遠と繰り返していこうとして、三本目でやめた。
この方法は確かに効果的に思えるが、こんなことを繰り返していてはあたりに木が一本もなくなってしまう。それはさすがに目立ちすぎるだろう。もっと壊しても目立ちにくいものを的にするのがいいだろう。
そんなことをしているうちに、結構良い時間だ。
まずは、一度屋敷に戻って、朝ごはんにしよう。
大して、腹の膨れない粗末なものだが、ないよりはまっしだし、なにより行かなければ不審に思われる。
めんどうだが、これも奴隷の辛いところだ。
もどるのも、魔力駆動式強身の練習だ。さぁ、さっさと戻ろう。
「おい。リビィ。お前、また抜け出してただろ。」
屋敷に戻ると同時にそうやって絡まれる。
絡んできた相手は、年長の奴隷だ。名前というかあだ名は覚えていない。
俺たち奴隷には、名前を持つことは許されていない。俺たちは、主人に買われて初めて名前を与えられる。だから、基本的には、隷属の首輪に書いてある番号で呼ばれるのだが、番号では非常に呼びにくい。
だから、一人ひとりこっそりとあだ名が付けられていた。
あの間抜けなデクというのも、俺がつけたあだ名だし、リビィというのはリンスさんが俺につけてくれたあだ名だ。そして、絡んできているこいつにもあだ名があったとは思うのだが、正直覚えていない。
俺は、はっきり言ってこいつら奴隷を見下している。
餓鬼な上に、教養がない。さらに、熱心な奴隷教育によって、セルフイメージが低い。
自分の失敗や不運を運命のように感じていて、宿命だと思っている。
本当に、喋っているといらいらする。
俺は、一応今はこんななりになったが、前世とあわせれば40年近くも生きているのだ。敬語でもつかってもらわなければ、話す気にもならない。だから、俺が、こいつらにする対応は、決まってこうだ。
「うるせぇ」
相手が、縮み上がり震えることをイメージして、言語魔法を発動させた。
こんなときも、魔法の練習だ。俺は、青い熊の魔物を怯えさせて逃げさせたあの瞬間を強くイメージして、魔法を発動させた。成功体験が、俺の魔法のイメージをより強固なものにする。
相手はろくに魔法も使えない子どもだ。魔物やリクリエットにすら効果があった俺の言語魔法に耐え切れるはずもなく、「ひっ……」と震えてから、漏らし始めた。
効果は絶大だな。
それにしても、きたねぇな。そんなふうになるんだから、俺に話しかけてくるなよ。
「ちっ!!」
これみよがしに、漏らす年長奴隷に舌打ちした。
年長奴隷はがたがたと恐怖に震えていた。
「せ、先生に……い、いいつけてやる。」
しかし、この年長奴隷、漏らすという失態を犯しながらも俺への対抗心は失っていないようだ。
震えながらも、目はしっかりと俺をにらみつけていた。
おもしろい。お前は、俺がお前を傷つけないと思っているのか。
脅すだけで、なにもできないと思っているのだろう。
しっかり、教育が必要だな。
おまえらと俺は、決定的に違うということをわからせて、俺に二度と関わろうという気をおこさせないようにしてやろう。
「覚悟は良いな。」
俺は思念魔法、偽装魔法、誤認魔法、閾下魔法、言語魔法をフルで使ってこの年長奴隷に地獄を見せることにした。まぁ、実験の意味合いも強い。
まずは、思念魔法でこの年長奴隷が拷問されている映像を見せる。それを、偽装魔法で今起こっていることであるかのように錯覚させる。さらに、誤認魔法で意識のすべてを映像にしか向けかないように誘導する。閾下魔法で、さらに忌避感を増大させ、言語魔法で、映像に音声をつけてやる。
惜しいのは、実際に痛みを感じさせられないことだろうか。
その点については、まだまだ研究が必要だ。
年長奴隷は、一瞬にして泡を吹いて気絶した。小刻みに痙攣している。
こんなものか。別に気絶しても脳に直接映像を流せるのだから、やめる必要はないのだが、これ以上は必要ないだろう。俺は、魔法を終了させて、食堂へと急いだ。
多くの魔法をいちいち個別で発動させるのも面倒だ。すべてあわせて拷問魔法とでも名づけて、一括で発動するようにイメージを固めてしまった方がいいのかもしれない。
まだまだ俺の魔法はこれからだ。これからもっと強力にしていく。
なにせ、俺は世界を救わなければならないのだ。力はいくら合ってもたりない。
朝食中に、その年長奴隷が気絶しているのが見つかったり、世話役奴隷に事情をそれとなく聞かれたりしたが、おおむねつつがなく退屈な朝食の時間は終わった。このあとは、朝の薪割りと、畑作業さえおわれば自由時間だ。さっさと終わらせて、村に行くとしよう。
一時間ほどで、朝の用事を終わらせて俺は村に向かった。
昼まで、4時間ほどある。
崖から降りて、崖に沿ってリクリエットが来た方に走っていく。するとすぐに村は見つかった。
こじんまりした村だ。
俺は、隠遁魔法で姿を消して、村に入った。村の前には、見張りのような人が、大きなあくびをしながら、のんびりと座っていた。
なんだ?魔物が発生しているって割には、のんびりしているな。
やる気がないのか。危険がないのか。
まぁ、見張りを見ていたところで仕方がない。
とにかく、もっと人がいるところに行ってみよう。商店があるならば、買い物が出来るかも確かめてみたいところだ。
村は、小さいとはいえ、石畳がしかれたしっかりとした道があり、民家もそれなりにしっかりしたものが30ほど建っている。村の中心には、広場のような開けた空間があり、そこに何人かの人間が集まって話をしていた。
とりあえず、こっそり話を聞いてみるか。
なにか、リクリエットについて話しているかもしれないし、もっと世界についての知識もしれるかもしれない。可能性は低いが、俺が奴隷から解放される手がかりも得られるかもしれない。
俺は、隠遁魔法にさらに魔力をこめて、人だかりに近づいた。
話しているのは、騎士風の格好をした若い男と、気立てのよさそうな服を来た初老の男、それから見るからに村人風な格好をした男と女が一人ずつ。計四人だ。
「まだ、リクリエット様は帰ってこないのか?」
初老の男が、騎士風の男に話しかけていた。
「あぁ。もうリクリエット様の仲間が森に入って二日になる。」
騎士風の男が、ため息と共にその問いに答えた。
まずいな。リクリエットには仲間がいたのか。そして、今もリクリエットのことを探していると……
これは、帰ったら死体を利用するとか言っている場合ではなく、リクリエットを埋めてしまった方が良いのかもしれない。
「もしかしたら、お仲間の方も全員……」
「おい、そんな不吉なことを言うなよ。今、一番勢いのあるといわれている義勇兵たちだぞ。万が一なんてあるもんか。」
村人の女が、手を組みながら不安をもらすと、村人の男がすかさずそれを否定した。
やはり、リクリエットは名のある義勇兵だったようだな。
強いわけだ。しかし、そんなリクリエットが死んだとなれば、いろいろ問題がありそうだ。
俺は、会話を聞きながらすっきりしない心境を抱いていた。
端的に言えば怖かった。俺の悪事がばれるのが、ひたすら怖かった。
そして、忘れかけていた罪悪感が俺を責めた。
お前は、人殺しだ。人でなしの人殺しだと、俺の心が俺を責めてくる。
くっそ。本当にあんなことするんじゃなかった。
俺の心境などお構いなしに、四人の会話は続いた。
「だといいが、ここ最近各地で魔のものの被害が増えていると聞く。われわれもこの地を捨てることを考えるべきときが来たのかもしれない。」
初老の男が騎士風の男に投げかけた。
答える騎士の口から、突然聞きなれた名詞が聞きなれない村の名前として登場する。
「そうだな。少なくとも、崖上のタイラント村へ避難することも考えなければな。」
「でも、あのタイラント家が私たちをうけいれてくれるでしょうか。」
女はいつまでも不安げで、落ち着きがなくそわそわしている様子だ。
タイラント家?あぁ、グレイのことか?
それなりに大きな家だと思っていたが、一つの村を持つほどの家だったのか。
忌々しいな。
それにしても、周りのものにも評価が低いのか。あいつが人に好かれるところなんて想像もできないし、当然といえば当然だ。しかし、良い気味だ。ざまぁ、みろ。
「かなりの金を要求されるかもしれない……聖地まで逃げるのはどうでしょう?」
男の村人の方は、女よりは落ち着いているように見える。
「聖地までか?女、子どももいるのだぞ。現実的ではないな。」
それよりも、騎士風の男と初老の男の方が落ち着いて状況を分析して考えているように見える。どうやら、この二人は村でも重要なポストにいる人物のようだ。
「まずは、領主様への報告と義勇兵の依頼だな。領主軍かそれ以上が派兵されれば良いのだが……
それに関しては、村長。申し訳ないが、頼めるか。」
やはり初老の男はこの村の村長か。だとすれば、この騎士風の男の立場はなんなのだろう。
この男も義勇兵なのだろうか。
「わかった。では、メイジン殿は?」
村長は、騎士風の男あらためメイジンに尋ねる。
「私は、部下に一度業務を引きついで、森に入ろうと思う。私までもが戻らなければ、領主様も派兵を決定していただけるだろう。」
「いつも、世話をかける。」
「なに、これも教皇様に頂いた大切な仕事だ。では。」
そういうとメイジンは、村の出口の方に歩いていった。
まずい。これは本格的にまずい。もうじき、本格的なリクリエットの捜索が始まるということだろうか。
なんとなくこの世界では、一人くらい人がいなくなっても誰も気にしないほど命が軽いものではないかと思っていた。見るからに文明もそこまで進歩していないのだ。普通そう思うだろう。
漫画やアニメとかでは、そうだったじゃないか。
日常的に人が死んで、義勇兵なんてしているものが一人二人いなくなったところで、どこかで野たれ死んだのだろうとかって納得されるようなそんな世界じゃないのかよ。
くっそ。リクリエット一人いなくなっただけで、大げさだろ。
日本だって、人が失踪しても、失踪したことに気付かれないことだってあるってのによ。
いや、本来人が一人死ぬというのはそういうものなのか。そうであるべきなのか?
頭がぐちゃぐちゃする。
あぁ、違うか。
強いといわれる義勇兵が、魔物の異常発生している森で死んだということが、問題なのか。
こいつらは、リクリエットを心配しているんではないんだ。
リクリエットの行方意不明をもたらしたであろう魔物や魔族の襲来を心配しているんだ。
大丈夫だ。リクリエットは、俺がけしかけなければ森の魔物を殲滅しただろうよ。
リクリエットが負けたのは、一気に襲い掛かられたからだ。
もし、数体ずつ相手にしていたのであればあんな結果にはならなかっただろうよ。
ちっ、だから問題じゃないか。そんな強いリクリエットを倒す魔物が森にいるって思っているってことだろう。現実よりも脅威を肥大して捕らえているのだ。大事になるわけだよ。
くっそ。失敗した。失敗した。失敗した。
俺は、踵を返して森へと急いだ。今すぐ、リクリエットの死体を消し去らなければならない。
あの死体には俺の魔力がたっぷり宿っている。
もし、死体が見つかってしまえば俺が何かリクリエットの死にかかわっていたのは火をみるよりもあきらかになってしまう。それは、まずい。早く帰らなければ……
俺は、全速力で村を後にして、崖を上り、リクリエットの元にたどり着いた。
赤い鎧を来て、リクリエットは木にもたれかかって座っていた。
最後に見た姿と全く同じだ。
あった。よかった。まだ、見つかっていないようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、よかった。」
息をきらせながらも、あまりの安堵感に、そう呟いた。
心臓が張り裂けそうに痛んだ。それは安心の為か、罪悪感からか、これからリクリエットとお別れしなければならない喪失感からかは俺にはわからなかった。
「リクリエット。寂しいけど、お別れだ。」
そういいながら、リクリエットに近づく。その瞬間、後頭部に強烈な熱を感じた。
頭が、揺れた。ブラックアウトしていく意識の中で、3つの人影を見た。
そのうちの一人が、俺を獰猛な視線でにらみながら、殺意を向ける。
「貴様か。貴様がリクリエット様を!!」
治癒魔法を使う暇もなく、俺はゆっくりと意識を失った。




