正しい魔法の使い方
その日の午後、俺はリンスさんに頼み込んで魔法の授業を受けた。まずは基本から教えてほしいと頼むと、リンスさんは「何事も基本が大切です」と快く引き受けてくれた。
もともと、グレイから命令もされていたので、二人の世話役奴隷からも反発はなかった。
奴隷屋敷内の小部屋で、リンスさんは俺に魔法について語ってくれた。
「まず、魔法とは全身に巡る魔力を使って、自分のイメージを現実に引き起こすものというのが一般的な定義とされています。リビィは、実際に魔法を使えるわけですから、自分の魔力については感じることが出来ていますね。」
「はい。いつも僕の全身を巡っています。」
「いいです。魔法はそれを感じることから始めます。リビィはどうやってその魔力を使いますか。」
「僕は、その魔力を魔法を使いたいものにこめるイメージをして、ものにこもった魔力を使って、物を変化させることによって魔法を発動させます。」
そういうと、リンスさんは困ったような難しい顔になった。
「魔力をこめるイメージってのは、どういう?」
「そのままの意味です。魔力を使って、事象を引き起こすのですから、対象のものに魔力を含ませるのです。」
俺は、魔力を事象を変換するエネルギーのようなものだと考えている。自分の望む結果を導く為に、消費されるエネルギーが魔力である。たとえば、水を槍のような形にしたいと思ったとき、その変化を起こすエネルギーとして、水に自分の魔力を与えてやり、水はそのエネルギーを消費して、形を槍へと変化させる。
それが、魔法であると俺は思っている。
「それは、非常に無駄が多いですね。」
しかし、俺の魔法の定義をリンスさんは、そう両断した。
「もっと、魔法を平たく言いましょう。魔法とは、イマジネーションの力です。魔力とは、それを実現させる為の、媒介である。現実と幻想を繋ぐ架け橋のようなものだと考えてください。」
「は、はい」
意味がわからなかった。が、とりあえずうなずいておいた。
「一般的に、魔法を使おうとするとき……わかりやすくリビィの得意な水の魔法で説明しましょうか。水の魔法を使うとき、水が生み出されるのを強くイメージします。そして、そこに水があるように思い込むのです。十分に、イメージが出来れば、後は体に巡る魔力を意識して、魔法を発動と、イメージします。
それだけでいいのです。イメージして、意識して、発動。これだけです。
魔法を発動させる感覚になれない場合は、なにか言葉を添えても良いでしょう。
水の魔法の場合は、『水よ』とかでもいいので。私は、自分の中でスイッチを押すような感覚で、魔法を使っています。イメージが出来れば、魔法のスイッチを押して魔法を発動させるというような感じでしょうか。
リヴィの言う対象に魔力をこめるというのは、私もはじめて聞きましたが、その行程ははっきり言って無駄です。魔力はイメージの具象に必要な分だけ、勝手に消費されます。その量を多くしたところで、魔法の効果が上がるわけではないので、魔力をこめるという過程は省いた方が良いと思います。」
なんだよ。それ。
いままで、一生懸命練習してきた魔法の発動方法は、間違っていたってのかよ。
そりゃないだろ。あんなに、頑張ってきたのにさ。
そう思ったが、同時に納得も出来た。
なぜなら、リクリエットの使用する魔法は、俺よりも魔力を使用していなかったのに、はるかに強力だったのだ。魔力の量を増やせば、それだけ魔法の効果が上がると思っていたが、そうではないというのは経験からも納得できる話だった。
だが、それはそれで疑問はある。
「魔力の量で、魔法の効果がかわらないのであれば、何で変わるのでしょうか?」
そう、リクリエットと俺の魔法では威力に雲泥の差があった。その差を生み出しているのは一体なんだというのだろうか。
「一概に、魔力の量が、魔法の威力を決定付けないわけではないのですが……質問に答えるのであれば、
想いの差やそれに伴ったイメージの差でしょうか。強い想いの篭った魔法は強い。その分、自然に消費される魔力は、膨大にはなります。そういう意味では、魔力の多くこもった魔法が強いことにもなりますが、想いの伴わない魔力だけの魔法は、その威力を十全に発揮しません。なによりも強い想い、そしてイメージの力が、大切です。」
つまり、強力に強力にとイメージした魔法が強いということなのだろう。そういえば、俺はもっと魔力をこめるとか、もっと数を多くとかそんなイメージしかしてこなかったのかもしれない。唯一、あの青い熊の魔物に傷を負わせた弾丸をイメージした魔法だけは、もっと回転をあげろとか、もっと強くとかってイメージをした。だから、大したダメージにはならなかったとはいえ、あの硬い皮膚に傷を与えることが出来たのだろう。
「わかりました。具体的にはどのようにイメージするのが良いのでしょうか。」
「そうですね。やはり、信じることが大事なのだと思います。必ずイメージどおりになる。成功するとそう信じて、しっかりその様子をイメージするのが大事だと思います。」
なるほど、自己効力感のようなものが大事なのだろうか。あとは、いろいろ試してみるしかないだろう。
「他に、強力な魔法を使う方法はないのですか。」
次だ。他に、良い方法があれば是非聞いておきたい。
やはり、俺は魔法を使っては来たが、魔法について知らないことが多すぎる。もっと、知らなければ、ならない。そのために、リンスさんに教えを請うているのだ。
「強力なですか。」
しかし、俺がそう尋ねるとリンスさんは、寂しそうな顔になった。そして、目を伏せて、考えながらゆっくりと諭すような口調で話してきた。
「リビィは、どうしてそんな強い効果を果たすものに惹かれるのでしょうか。
魔法は、それがすべてではありませんよ。」
「えっと、その。」
しまった。
ついつい、強くなりたい気持ちが前に出すぎてしまった。
俺は、まだ2歳だ。
しかも奴隷で、未来は薄暗い。それなのに、力を求めすぎては、怪しまれ、勘ぐられてしまう。
リンスさんは、味方であるとはいえ「グレイを殺し、自由を手に入れ、魔王を倒して世界を救う」なんてそんなこと言えるはずがない。
リンスさんの主人は一応は、憎くともグレイだ。
それを殺すと言ったとき、彼女が何を思うのか、俺では想像できない。しかられるだけならばまだ良い。
もしも、それが回りまわってグレイに伝わってしまったら思うとぞっとしない。
ただでさえ、二歳児あるまじき言動をしているのだ。これ以上変に思われるのはよくない。今は、少しでも二歳児らしい理由を言っておくのが良いだろう。
「僕は、強くなりたいだけです。勇者メルディエルのように。」
俺は、精一杯無邪気な表情と声色を意識して笑った。当然、言語魔法を今までの方法で使用し、リンスさんに不信感を抱かせないようにしている。
「勇者メルディエルのようにですか。よい夢ですね。」
リンスさんはさらに寂しそうに笑った。
メルディエルとは、リンスさんが読んでくれた物語に出てくる勇者の名前である。
『そのもの、雷神を身に纏い、豪腕を持って聖剣を振るい、魔族の王たる魔王を撃ち滅ぼし、世界に平和をもたらさん。』
その勇者の物語はそう始まる。勇者が世界を回り、仲間を増やし、魔族を倒して、最後には魔王を倒すという勧善懲悪のありきたりな話であった。昔に実在した人物の話ということだったが、前世の物語よりも起伏が少なく、平坦すぎる話が続いた為、俺としてはつまらなかった印象がある。しかし、勇者が世界を旅するがゆえに、おぼろげながらこの世界のことを把握でき、その意味では非常に役に立った物語だった。
「僕は、奴隷ですがそんな夢は分不相応でしょうか。」
あえて、怯えるように聞いてみた。
「いえ、何者でも、たとえ奴隷であろうとも夢を見るのは自由です。
いくら主人でも、人の夢までは奪うことは出来ませんので。」
リンスさんはそういって笑った。俺には、無理に俺を励まそうと虚勢を張っているようにしか見えなかった。その証拠に、リンスさんの手は痛いほどぎゅっと握り締められていた。リンスさんは、奴隷が夢を持つことの難しさをいやというほど見てきたのであろう。
俺だって見てきた。
子どもたちが教育によって夢を奪われているところをまざまざと見せ付けられてきたのだ。
俺たち奴隷は、徹底的に自身は劣っていて、醜悪な存在であると叩き込まれる。そして、劣等な奴隷を飼ってくれる主人の偉大さを心に刻まれる。悪いことを行えば、魂が穢れている劣等な存在だからであるといわれ、よいことを行えば、主人の教育の賜物であり、主人に感謝せよといわれる。そうして、自分の主人に対する忠誠心を無理やりに植え込まれるのである。
そのため、俺以外の奴隷の子どもたちは、グレイに酷く従順だ。鞭を打たれても、飯を食わしてもらえなくても、残酷な労働を課せられても、奴隷たちは文句を言わない。
自分は、劣等であるので仕方がない。
主人は崇高な考えのもと、自分たちにそのような仕打ちを強いるのだ。
それを理解できない自分たちが悪い。所詮、自分たちは奴隷なのだ。
こういった言葉をあきらめの文句として、唱え続けて、自分たちを慰め続けている。
そして、自分たちがその奴隷という立場から成り上がる努力をしない。成り上がる為の教育がないのだから仕方がないといえば、仕方がないのだろう。しかし、根本的にあきらめてしまっているのだ。いや、あきらめさせられていると言い換えても良いのかもしれない。
人は、諦めを学習する。それを、学習性無気力という。
セリグマンは、犬に対し、不可避な電撃を浴びせ続けるという実験をした結果、犬が抵抗しなくなったという現象を報告した。奴隷たちのあきらめはそれに近いのかもしれない。奴隷たちは、今のこの状態を自分では統制不可能な状態であり、何をしても意味がないと思っている帰来があるのだ。
俺は思うのだ。
では、奴隷の心は、犬と同列なのかと。俺は、犬にはなりたくない。犬と同じ心理状態になるのなんてごめんだ。俺は断固抵抗する。長期拉致監禁されたものが、拉致者の目を盗み逃げ出すことだってあるのだ。俺だって、いつかグレイの喉元に食いついて、食い破ってやる。そう俺は、いずれ、グレイを殺す。
「リビィ?大丈夫ですか。少し休憩しますか。」
脱線した思考をしている俺に、リンスさんは優しく笑いかけてくれる。
「すみません、大丈夫です。話を続けてください。」
こんなところで、立ち止まっていられない。
隠蔽魔法を使って、町で情報収集したり、リクリエットの死体を使って町の人間と話したり、忘れていたが魔力判別石を拾って魔力を増やす訓練をしたりとしたいことはほかにも山ほどある。
「わかりました。それでは続けますね。強力な魔法を使う方法ですが、やはり一番はイメージの力を高めることでしょう。強力な一撃は、強いイメージが宿っているものです。まずは、一撃、一撃時間をかけてイメージして、魔法を放つことから始めるのが良いと思います。いきなり多くの魔法を早く撃っても、強い魔法にはなりませんから。」
リンスさんの話を聞き始めて、途中からにわかにはわかってはいたが、俺がやっていた魔法は基本から程遠かったらしい。無数の槍を出すなんてのは、俺の憧れとか、童心の賜物だ。いきなりそんな魔法を使ったところで、威力がでないのは当たり前といえば当たり前の話かもしれない。
しかし、多くの魔法を一度に使うのがよくないのであれば、リクリエットの魔法はどうなのだ。
熊の魔物と戦っているとき、リクリエットは炎の剣を17本も操っていた。
確かに、俺の血の槍と比べれば圧倒的に少ない数ではあるが、それでも17本だ。
決して少なくはないだろう。
「強く強力な魔法を複数使用するのは、不可能なのでしょうか?」
「不可能ではありませんが、相当に厳しい修行が必要だと思います。
ライファル教国には、魔剣流という魔法で生み出した剣を操り戦う流派が存在しますが、その達人は十本以上の剣を普通に振るうよりもはるかに強力に操ると聞きます。」
魔法で剣を生み出して戦う魔剣流か。
聞きなれない名前ではあるが、リクリエットの戦い方に似ているような気もする。
リクリエットも火の剣をたくみに操り、魔物たちと戦っていたのだ。
もしかしたら、リクリエットもその流派の一人だったのかもしれない。
「それは、どう修行したらいいのでしょうか?」
俺の質問にリンスさんは、少し沈黙した後、うつむいて首の横を掻きながら謝ってきた。
「すみません、知らないです」と。
考えてみれば、当然だ。
リンスさんは、魔剣流ではないどころか攻撃魔法すら使ったことがないのだ。
奴隷にしては、高い教育を受けているとはいえ、所詮は奴隷だ。知らないことの方が多い。
しかし、俺よりもはるかに魔法について知っているのは間違いなさそうで次に、リンスさんが語ってくれたのは属性についてだった。
「魂には、属性というものがあります。属性とは、魂に刻まれた性質のようなものであると考えておいてください。基本的には、火、水、土、風の四種類あります。自分の魂が有する属性と同じ属性の魔法は強くなる傾向があります。逆に自分の属性以外の魔法は弱かったり、発動すら出来なかったりします。」
火、水、土、風の属性か。
まるで、ゲームみたいだ。
まぁ、魔法が存在する世界だ。そういうのがあったとしても何も不思議ではない。
俺の属性は、なんなのだろうか。リンスさんに聞いたが、属性を調べるのは高価な属性判別結晶というものを使わなければならず、当然屋敷にはないとのことだった。
そういえば、この世界に転生させたあの神は、俺には魂の特性として「いっこりょうぜつ」とかいうのがあるって言ってたな。どんな意味かはよくわからないが、これが属性と関係あるのかもしれない。
「基本的に四種類ってことは他にも種類があるのですか。」
純粋に疑問に思ったことを質問していく。考えるのはとりあえず後だ。今は、とにかく知識を手に入れて、あとで実験、検証、検討を行えば良い。
「あります。かなり特殊な属性が2つ。」
リンスさんは、俺がいくら質問しても優しく丁寧に疑問に答えてくれる。前世でも、こんな先生がいれば俺だってもっと勉強に真摯に取り組めたのではないかとすら思う。そしたら、あんな掃き溜めみたいな場所で生きる人生じゃなかったかもしれない。
「2つですか。」
「はい。具体的には、勇者の証たる光属性と魔族の最たる闇属性です。この二つの属性の特殊なところは、他の属性と違い後天的な取得が可能であるということです。普通、魂に刻まれた性質である属性は、生得的なもので、学習や訓練によっては身につくことはありません。しかし、光と闇の属性に関してだけ言えば、その人の行いや心理状態によって後天的に獲得が可能です。」
「先天的には、二つの属性は持ち得ないということでしょうか。」
「違います。光属性も闇属性も生まれながらにそれを有するものは少ないですが存在します。むしろ、人のままで、二つの属性を持つことが出来るのは、生まれながらにそれぞれの属性を持つものだけです。
これがまた二つの属性を特殊な属性にしているのですが、二つの属性は、それを取得することにより肉体の変質が起きるのです。例えば、光属性を後天的に獲得すると肉体は、天使に近づくと言われております。光属性を持つほどに清くなった魂が、肉体を改築し、その清廉な魂が宿るにふさわしい肉体に変化するそうです。具体的な変化はごめんなさい。私も知りません。しかし、聞くところによれば老いることも、朽ち果てることもない神聖な体を手にするとか。」
なんだそれ。
魂が清くなって、不老不死を手に入れるってのかよ。光属性になるってのはすさまじい。
だが、俺には無理だな。そんなに綺麗になれるとは思えない。なにしろ俺は神様から穢れた魂のレッテルを押されているのだ。そんな俺が、そんな崇高な魂に至れるはずがない。あるとすれば、闇属性の方が可能性があるだろう。
「闇属性を、後天的に手に入れてしまった場合は、どうなるのでしょうか。」
悪魔にでもなるのだろうか。それは、それで良いような気がする。
なんだかとても強そうだし、格好良いじゃないか。
悪魔になる為に、闇属性というのを手に入れてみるのも良いのかもしれない。
さすがは、魔法だ。夢が広がる。 俺は、人間をやめるぞって感じで、変身ってのは、男なら誰しもあこがれたことがある瞬間ではないのだろうか。
「ゴブリンに堕ちます。」
しかし、俺の妄想むなしく、現実は厳しい。
「ゴブリンですか?」
「はい。メルディエルの冒険にも出てきたあの魔物です。醜い容姿に、劣等な知性、そして矮小な魂。すべての生き物が忌避する存在である、あの化け物になるのです。」
背筋が凍るのがわかった。いやだ。率直にそう思った。
ゴブリンにはなりたくないと。
メルディエルの物語に出てくるゴブリンという存在は、酷く醜かった。
緑色で、汚くただれた肌。ぼさぼさで、薄い髪。不ぞろいで黒味がかった歯。そして、折れ曲がった背筋に、酷い悪臭。生殖器を隠そうともせず、公然ともて遊ぶ知性。まさに、最悪の存在が、ゴブリンだ。
彼らは、弱い。魔物であるというのに、圧倒的に弱い。
物語の中で、ゴブリンは主に、仲間のゴブリンを主食としていた。
それ以外に狩れる獲物がいないのだ。
野生の小動物ですら、彼らを嘲笑い、見下し、容易に逃げ切る。
だから、彼らは常に腹をすかせていた。
共食いは当たり前で、むしろ貴重な肉を喰う絶好の機会としか考えていない。
仲間を食えないときは、泥水を啜り、他の生き物の食べ残しに群がり、そして最後には他の生き物の排泄物まで喜んで喰う。そういった行為が、汚く、醜く、誇りの欠片もない行為だと、彼らは思わない。
彼らに誇りや、矜持、ましてや知性は存在しない。
それが、ゴブリンだ。
ゲームや漫画に出てくるゴブリンは描写がなされていた。が、この世界ではそんな存在である。
「その、ゴブリン落ちってのはよくあるのでしょうか。どんなことをすれば、なってしまうのでしょうか。」
ゴブリンなんかにはなりたくない。切にそう思った。だから、すがる思いで、リンスさんに尋ねた。
その様子が、よほど必死だったのかリンスさんは、ふふふと笑って頭をなでてくれた。
「大丈夫。リビィは良い子だから、ゴブリンにはならないよ。」
そういうリンスさんの手は相変らず温かかった。
「ゴブリンになる人は、確かに多くはないです。けど、少なくもない。一つの村で、五年に一人くらいの割合でしょうか。どうして闇属性を手に入れてしまうのかは、ちゃんとわかっていないのですが。自分に対する否定が原因であるといわれています。例えば、憎しみなどの負の感情が自身の許容を超えていまい、その感情を自分で厭忌したとき人はゴブリンに落ちると言われているのです。自分の心を自分で否定する行為が、闇属性にいたる一番の理由というのが通説です。だから、リビィ。まずは、感情に支配されないようにするのが大切ですよ。」
まずいな。俺は感情で動く。理性的なタイプではないし、自分に嘘をよくつく。
これは、ゴブリンに堕ちる可能性もゼロではないということだろうか。
大いに気をつけねばならない。
ゴブリンになるとか、怖すぎる。
「わかりました。気をつけます。」
「よろしい。では、次に属性ごとの特性について教えましょう。」
そうして、リンス先生の授業は続いた。属性については、おおむね現実世界にいた頃のファンタジーと同じ説明で問題なさそうだった。そもそも、名前がそのままだし、火属性は、火を操るに適し、水属性は、
水を操るのに適する。当たり前といえば、当たり前の話が続き、気が付けば座学だけで二時間という時間がたっていた。
「今日はこれくらいにしておきましょうか。」
リンスさんのその一言で、その日の授業はお開きになった。
午後の仕事を早々に終わらせて、俺は早速リンスさんに習った方法で魔法の練習をしてみた。
まずは、強大な威力の水の弾丸を思い浮かべる。
それが打ち出される様子を丁寧に何度も頭の中に思い浮かべた。
今までやっていたように、水を生み出してそこに魔力をこめるといった行程の一切を省略し、ただイメージすることだけに全神経を集中させた。そして、5分ほどたっぷりイメージを固め、全身に魔力が巡るのを確認した後、魔法発動と念じてみた。
全身に巡る魔力が消費される感覚があって、すぐ魔法が発動した。
水の弾丸が、ものすごいスピードで打ち出される。
弾丸の目視は出来なかった。
ズドーンと音が下のち、水の弾丸は的にした大木を貫いて、遥か彼方に飛んでいった。
消費魔力は少なかったが、かなりの威力だった。
俺は、ニヤニヤするのを必死で押さえこみ、この方法で他の魔法を使用できるか実験を重ねた。
今まで、成功してきた魔法は、イメージがしやすかった。過程ではなく、結果のみをイメージする形で魔法を成功させていった。
結果、ほとんどすべての魔法でこのイメージだけを用いる魔法の発動方法は成功した。
しかし、回復魔法だけは、再現できなかった。
現在、リンスさんから習った発動方法には、イメージに時間がかかるという欠点がある。
大量の血の槍で貫き、まるまる再生するという回復魔法は、時間との戦いである。
瞬時に、回復ということができないこの発動方法では、まだまだ再現するのに時間がかかりそうだ。
しかし、リクリエットはこの発動方法で瞬時に魔法を使用していた。
俺だって練習すれば不可能ではないはずだ。
幸い、練習方法には心当たりがある。
明日からは、村での情報収集と、魔法の練習に打ち込むことにしよう。




