行動開始 決意
俺は、リクリエットを殺してしまった。
最初は、殺す気だったが、途中からは助けようと思った。そのために、かなり無理もした。しかし、助ける事は叶わず、結果的に殺してしまった。
罪悪感で胸が締め付けられそうになる。後悔が津波のように押し寄せて、心を磨り潰してくる。あのとき、あぁしていればとか、最初から殺そうとしていなければとか考えても仕方のないことばかりが頭に浮かんだ。
気持ち悪い。俺は、また胃液を吐いた。
俺は、気持ちよく自分のしたいように生きたいだけなのに。それができていない。
なぜか?簡単だ。弱いからだ。もしも、俺に力があれば、容易にリクリエットを助けられただろう。傍若無人に生殺与奪の権利を俺の手に収め続けることが出来ただろう。
しかし、俺は俺の予想に反して弱かった。せっかく強くなろうとこの2年間頑張ってみたがだめだったようだ。所詮、2歳は2歳というのだろうか。俺はひ弱で、弱く、もろかった。あぁ、もっと強くなりたい。
それにしても、気持ちが悪い。
それはそうだ。人を殺したのだ。そんな簡単なものではない。前世では、いろいろな悪さをして暮らしてきたが、思えば誰かを殺すことなんて考えたこともなかった。
いや、考えるまでもなく生きることが出来たのだ。
悪逆非道に生きてきたつもりだったが、俺は本当にただのチンピラでしかなかったのだ。平和な日本で生まれて、平和に染まっていた。それが恵まれたことだって思ったこともなかった。しかし今考えてみれば、そんなのはかなりの幸運だったのだろう。
というよりも、奴隷なんて前世ではありえない存在だったわけだしな。
何年も前の存在で、酷く原始的なもんだ。だいたい首輪自体がファンタジーなんだよ。
さて、色々考えていれば気持ち悪さも罪悪感も大分まっしになってきた。昔から俺は、後悔しても引き面ないタイプだった。後先考えず、とりあえず行動してみて適当に結果が出ればいいやって感じに生きていたし、まぁ、それでなんとかなった。今回もリクリエットのことは忘れられはしないだろうが、いつまでも引き摺ったってしょうがない。次に何をするか、リクリエットの死にどう報いるかが問題だ。
言葉にしてしまえば単純な罪悪感とか言うくそみたいなもやもやする感情と上手く付き合いながら生きるほかない。ここで、もやもやとへこんでいるのは性に合わない。割り切るんだ、俺。悪党は、悪党らしく自分の罪を自慢できるようになるくらいに。
では、どうするかだが……
確か、リクリエットは「魔王を倒し、世界を救う」みたいなことを言っていた。話を聞いた限りでは、義勇兵になって魔王を倒すことが目的だったようだ。
すげぇよな。まだ若そうなのに。前世の俺から見れば、一回りは若いだろう。それなのに、世界を背負おうってんだからほんとにすごい。
俺は、リクリエットの亡骸を見た。リクリエットは、苦悶の表情をしながら、眠っているように死んだいた。服は、血の針に貫かれたため、ぼろぼろになっていたが、体の方は傷一つなく綺麗なものだった。本当に死んでいるとは思えない。
リクリエット、おまえは俺と違って真っ当に頑張ってきたんだろうな。尊敬するよ。
俺は、そっとリクリエットを抱き上げた。少しだけ体温が下がっているが、まだ十分に温かい。持ち上げると服がぽろぽろと崩れ、肌があらわになった。キメの細かい綺麗な肌だ。さすがに死体には、興奮しないが素直に美しいと思う。
俺は、小さな体を必死に使って、リクリエットの亡骸を自分の体に引き寄せた。仰向けに寝るリクリエットを後ろから抱きしめる形で支える。
あぁぁ、あったかいな。それに肌が滑らかで心地よい。
さらさらさらさら
そのまま、頭をなでてみる。赤い髪が手をするすると滑って非常に心地良い。
「今までよく頑張ったな。俺がお前の意志を継いでやるよ。」
言ってみるとすんなりとその言葉が自分の中に落ち込んだ。そうだ。俺が、リクリエットの代わりに魔王を殺してやろう。そうすることで、俺の罪を償えたとは決していえないだろう。だが、報いることは出来るかもしれない。
それに、30年で滅びる世界だ。俺も放っておくと俺も死ぬんだ。神も救えといっていた。ならばだ。俺が救ってやろう。リクリエットの代わりに、意志を引き継いでやろうではないか。
小悪党が世界を救うなんて痛快で、面白そうだろ。そうだよ。救うのだ。俺が世界を救う。
だから、リクリエットよ。今は、安らかに眠れ。
俺は、さらさらとリクリエットの頭をなでる。
後悔と罪悪感が俺の心を締め付ける。空っぽの胃を吐き気が攻撃してきた。
なぁ、リクリエット。今度は、お前が俺をなでてくれよ。俺頑張ったんだよ。お前を殺そうとしたけど、助けようともしたんだ。必死に守ろうとしたんだ。確かに無理だったけどさ。けど、かなり頑張ったと思うんだ。それにさ。これまでもさ、かなり頑張ったんだぜ。それはさ。暇だったし、グレイの奴を殺したいって目的もあったけど、それでも俺いままでかなり努力したんだ。
転生して2年だけど、かなり魔法を使えるようになったんだ。攻撃魔法は、熊の奴には通じなかったけどさ。だって、2歳だぜ。最強の2歳児って言っても過言じゃないんじゃないかな。
ほら。確かに俺はくずで、最低なやつで、奴隷に転生したけど、生まれた場所から必死に這い上がろうと頑張っているんだ。お前に対しては、やりかたは間違っちゃったかもだけどさ。怖かったんだよ。お前が、もし俺のことをグレイの奴に話したらとか。お前が、ゆくゆくの脅威になったらとか。そういうのが、怖かったんだ。昔から、俺は人を信用できない性分なんだよ。だって、仕方がないだろう。そういう環境で、裏切られて、裏切って生きてきたんだからさ。だから、俺は悪くないんだよ。リクリエット。だからさ。俺を許すって頭をなでてくれよ。今までよくやったって。こんなくそみたいな世界で必死によくもがいたって、ほめてくれても良いだろう。俺のこと認めてくれてもだろう。頼むよ。頼むよ、リクリエット。
思いついたのは、偶然だった。
ただ、誰かになでて貰いたいとか、認めてもらいたいとかで、リクリエットの動かぬ手を持ち上げたときに思いついたのだ。
血を操れるのであれば、リクリエットの血をすべて俺の血に入れ替えて、魔法で操作し、リクリエットの動きを操れるのではないか?
つまり、全身通っている血を操って、体を動かせるのではないかという考えだ。
俺は、直ちに実行してみる。まず、リクリエットの血をすべて抜く。右手首の動脈を傷つけて、そこから俺の血を針状に形態を変えてリクリエットの体内に入れる。左手首の静脈も傷つけておいた。そして、俺の血をどんどんリクリエットに流し込みながら、全身に巡らせる。それと同時に、リクリエットの血を左手首の静脈から押し出すように抜いていく。
あたりがさらに血で染まっていく。俺も、リクリエットの血に濡れる。けど、いい。そんなことはどうでもいい。というよりも、自分がリクリエットに汚されていくようで、心地よさすら感じる。
リクリエットの血をすべて抜き終わり、リクリエットの体には俺の血しか入っていない状態を作り上げた。俺がリクリエットのすべてを支配したようで、変な高揚感を感じる。
さぁ、ここからだ。リクリエットを操ってやる。
魔法で、リクリエットの中の血を体を押し動かすように操作すると、リクリエットの体は簡単に動いた。慎重に、リクリエットの体を動かして、俺を抱きすくめさせる。
ほのかな温かさと、確かな温かさが、体と心にしみこんだ。温かい。幸せだよ。気持ち良いよ。リクリエット。ありがとう。さぁ、頭をなでてくれよ。
リクリエットは、手をぎこちなく動かしながら、俺の頭をなでてくれた。
よしよし、よしよし、よしよし
涙が出る。誰にも認められていないのに、誰にもほめられていないのに、満たされる感じがした。
ありがとう。リクリエット。ありがとう。俺、頑張るよ。頑張って、世界を救うよ。だからさ。もうすこし、この温かいまどろみの中で、幸福に包まれて痛いんだ。
俺は、PMPを燃やしつくし、魔力切れの吐き気と倦怠感に襲われながらも、リクリエットのぬくもりに包まれながら気を失った。




