行動開始 リクリエットの苦闘
俺は、蜂の大群を追い抜かしてリクリエットのほうに急ぐ。
どこで戦っているかは、考えるまでもなくよくわかった。
なぜなら、森の一部から尋常ではないほど破壊音と煙が発生しており、さらには、そこから大きな炎が舞い上がっているからだ。
俺は、その戦場にたどり着く。そこでは、信じがたい光景が繰り広げられていた。
リクリエットが、熊の魔物を10体に取り囲まれながら、戦っていたのだ。
周りには、犬の魔物や蛇の魔物の死骸が無数に転がっていた。
いやいや。こんなに魔物を呼びつけてはいないぞ。
せいぜい俺が呼んだのは、数体だ。
それなのになんだ。この惨状は。
いったい何が起こった。
驚いているうちにも、熊の魔物とリクリエットの死闘は続く。
リクリエットを取り囲む熊の魔物のうち、背後にいた一体がわめき声をあげながらリクリエットに襲い掛かる。リクリエットは、どこからともなく炎でできた剣を発生させ、振り向くことなく炎の剣でその熊を貫いた。貫いた瞬間、剣が一気に燃え上がり、熊の魔物は全身を強い炎に焼かれる。しかし、魔物は止まらない。そのまま、炎を身にまとい、リクリエットに襲い掛かった。
しかし、リクリエットは、振り向かない。
突如、熊の魔物とリクリエットの間に巨大な炎の壁が出現し、熊の魔物はその壁に激突し、ひっくり返り、燃え尽きた。後には、完全に炭化した死骸だけが残った。その炎の壁は、炎で出来ているくせにまるで質量でも持っているかのように熊の魔物の突進を防いだのだ。
じりじりと残りの熊の魔物がリクリエットとの間合いを詰めていく。
だいたいもう2メートルくらいしか距離はない。
リクリエットは大分疲れているようで、肩で息をしていた。
しかし、リクリエットの目には諦めなど、微塵も感じられない。
一瞬見えた目には驚くほど強い意志の力が感じられた。怖い。俺は、その目を見て、咄嗟に顔を背けた。
こちらの姿は、一切リクリエットには見えていないはずだったが、そうせずにはいられなかった。
突如、多くの炎の剣が、リクリエットの周りに生成される。
その数17本だ。
一瞬の魔法発動。
すごい。それに剣一本一本にかなりの魔力がこめられている。
その17本の炎の剣が、リクリエットの周りを舞いながら、熊の魔物たちに襲い掛かる。
と、同時にリクリエットも腰に携えた真っ赤な剣を抜き、熊の魔物に襲い掛かった。
見事な立ち回りだ。まるで踊るように、次々に熊の魔物を殺していく。
生み出された17本の剣が一本一本意志をもっているように動き、熊の魔物の攻撃からリクリエットを守った。そして、剣に守られたリクリエットは、自らの剣で熊の魔物を切り刻んでいる。
剣は、真っ赤に光っていた。原理はわからないが、魔力がこめられているらしく、剣は振われるたびに衝撃波のように炎を飛ばした。その炎の衝撃波のせいで、すでに4体の熊の魔物が剣の間合いをずらされて、炎に切り裂かれ、焼かれて死んでいた。
一方、熊の魔物の攻撃は、爪の攻撃も、牙の攻撃も、全身を使った体当たりもすべて周囲を舞う17本の炎の剣に阻まれてリクリエットには届かなかった。
正直、なめていたかもしれない。
強い。それもかなりだ。
なるほど、なるほど紅蓮の火剣とは伊達ではない。これは、直接戦ってもまず間違いなく勝てないだろう。
熊の魔物も残り二体まで、いやもう一体削られて、残すは一体のみになった。
これは、リクリエットの勝ちかもしれないな。
いやだが、しかし、熊の魔物もどうやら相当に怒っているように見える。
すばやくリクリエットから距離をとり、怒りにまかせて「ぐおぉぉぉぉ」っと、大声を上げた。
あまりの大声に、大気が揺れる。耳が痛い。
どうやら、リクリエットもあまりの大声に一瞬ひるんだようだ。
その隙に、熊の魔物は一気に間をつめてリクリエットに襲い掛かる。
しかし、宙を舞う炎の剣、5本に体を止められ、7本の剣に体を突き刺され、その場に伏した。
「はぁ、はぁ、ようやく、お、おわったか。」
残念ながら、そう思うときは大概が終わっていない。
がさがさ、がさがさ
魔物が近づく音がした。念のために俺は、さらに魔力をこめて、隠蔽魔法を強化しておく。
「ぐぉぉ」っとけたたましい唸り声が周囲に響いた後、何か大きな物体がリクリエットに襲い掛かった。
またしても、熊の魔物だ。
いや、でかい。
さきほどのやつらよりも一回り以上大きく、そして青い。
油断していたところに突然の攻撃で、動揺したのかリクリエットの炎の剣は青い熊を防げない。
しかし、咄嗟に赤い剣でガードする。
頭から突っ込んだ青い熊は、そのガードごと頭を振り上げるようにして、リクリエットを弾き飛ばした。
リクリエットは、勢いを殺せず数メートルはとび、そしてドンと音を立てて、地面にたたきつけられる。
一瞬、意識が飛んだのか、炎の剣はすっと跡形もなく消えた。
「がはっ」
苦しそうな声をあげるが、そんなことで魔物たちは攻撃の手を緩めてはくれない。
蜂の大群が、ようやく到着し、リクリエットに襲い掛かった。
蜂が群がる。自分に群がる黒と黄色の群集団を、リクリエットは自分もろとも炎で焼き払った。リクリエットを、中心に一気に炎が上がって、周囲の全てを飲み込み、そして炎は緩やかに消えていった。
リクリエットに群がった蜂は、あっけなく燃やされ炭になった。しかし、リクリエットとて無事ではない。
蜂の大きな針に刺されたのだ。
背中に、一箇所、右腕に一箇所。
背中の鎧には大きな穴が開いており、右腕からは、血がとめどなく流れていた。
自爆的に炎を発生させいで、鎧も大きく熱で溶けている。側から見ても満身創痍の状態だった。
しかも、蜂はまだまだ大量にいる。
リクリエットのそばや頭上を隙をうかがいながらブンブンと舞っていた。
「負けない。私は負けないぞ。魔物ども。さぁ、かかってこい。」
リクリエットは大声を上げた。それとほぼ同時に彼女の周りに、彼女を中心とした巨大な炎の竜巻が生まれた。竜巻が、蜂を大量に燃やしていく。ものすごい熱量で、結構な距離をとっている俺までかなり暑い。
しかも、竜巻の中からソフトボールくらいの炎の弾が打ち出され、無差別に周囲を攻撃した。
上手く竜巻をよけた蜂が次々に炎の弾に燃やされていく。直接あたらなくても、かすっただけで蜂は燃えた。しかも、地面や木にあたると爆発するように爆ぜるのだからたちが悪い。
俺が隠れている方にも何発か飛んで来た。
俺はそれをできるだけ距離を大きくとってよけながら傍観を続ける。
竜巻の中から打ち出される魔法により蜂の魔物が焼かれていく様をただ見ていた青い熊が突然、「ぐおぉぉぉぉ」っと大きな声を上げた。すると、どこからともなく通常の熊の魔物が3体どこからともなくやってきた。どうやら、あの叫び声は仲間を呼ぶ効果があるようだ。
青い熊は、仲間が来るのを確認すると、巨大な水の玉を空中に作成し、炎の竜巻に向けては放った。
かなり大きな玉だ。目算だが、直径で10メートルくらいある。
というか、青い熊魔法が使えるのか。
これは、実際に戦うとなれば厄介だ。絶対戦いたくない。
おそらく黒い熊の魔物の上位種族といったところなのだろう。
水の塊と炎の竜巻が激突する。
ドカン!と大きな音と、強い衝撃のあと炎の竜巻は綺麗に消え去り、あとには、崩れ落ちるように倒れている水浸しのリクリエットがだけ残った。
そこに、これを好機とばかりに上空に逃げていた蜂たちが襲い掛かる。リクリエットはすぐに立ち上がる。
「負けられない。負けられない。私は、こんなところで死ねないんだ!!」
叫ぶリクリエットの剣が強烈に赤く光った。その剣をリクリエットは、襲い来る蜂たちにむけ振った。
剣先から強烈な炎が発生し、蜂を燃やし尽くした。
ぞわっと背筋が凍る。
リクリエットの強さにではない。
今のこの状態を俺が起こしているということにだ。
気に入らない。気に入らない。
なぜか、ものすごくもやもやする。
ひどく不快な気持ちになった。
「はぁ、はぁ、私は、世界を救う。私が世界を救うんだ。私が魔王を倒すんだ。」
リクリエットは怒鳴るが、側から見ても体力は限界に近かった。
大降りしてよろけているリクリエットに熊の魔物が3体襲い掛かった。
一匹目の爪での攻撃を上手く剣ではじく、二匹目の牙の攻撃は横から足蹴りしひざを折ることで上手くかわす。しかし、三匹目の体当たりをもろに体に受けて、またリクリエットは宙を舞った。
ドン!っと木に体を打ち付けられる。
「ごほっ、ごほっ」
それでも、リクリエットは剣を杖代わりに、よろめきながら立ち上がった。
「死にたくない。私にはやらなきゃいけないことがある。死ねない。死ねない。こんなところで死ぬ為に義勇兵になったのではない。」
必死にそう唱えながら、傷ついた体に鞭を打っているようだった。
そこに、絶望の音がする。さらに、2体の熊の魔物が姿を現した。
青い熊がにたっと汚らしい笑みを浮かべた気がした。
H28.4.28 2話の最初の部分が2000文字ほど抜け落ちていた為、修正させていただきました。1週間以上も気付かず申し訳ございませんでした。




