イルマニアビヨンド 乱世編
コピー機の紙を補充し、お湯を沸かし、換気を行い、新聞を取りに行く。
大澤めぐみは、そんな雑用を誰もいない事務所でこなしていた。気づいた者がやることになっているが、大抵は一番早く出社するめぐみがこの作業を行っている。掃除を行い、メールをチェックし、まろ茶を淹れ、始業時間まで他の社員と他愛もない会話を交わす。
「――そういえばさあ、土曜の夜更かし観た?」
隣のデスクの先輩、青識さんが聞いてきた。さっきからずっとしゃべりかけてくる。彼女には常に勝手に喋り続ける傾向があるが、受け身に回れるので楽と言えば楽だ。
「見ましたよー、盛りだくさんでしたね」
「もう桐谷さんが可愛くて…」
そんなくだらない会話が続く。
「――それにしても素人二人がゴールデンで2時間持たせるってすごいですよね」
「うんうん。桐谷さんとイルマニアね。でもわたしイルマニアはちょっとダメだわー」
「あっ本当ですか。実はわたし結構好きですよ」
「うわー大澤さんセンスないわー」
朝礼で社員全員にバンテリンが配られる。めぐみの会社ではバンテリンを朝、晩、現場の3回に分けて肩や腰に塗り、一日一本使い切るのが規則となっている。そのせいか、社員はみんな肩こり腰痛とは無縁である。めぐみ自身は午後から外出するため、出先で2回目のバンテリンを塗る予定だ。
「大澤さん、A社の注文処理お願いしますよ。。。僕は今日盟友舘ひろしと飲みに行きますから。。」
ぴるす係長である。東大出身のエリートらしいが、めぐみにとってはただ肛門の緩いクソコテでしかない。
「…分かりました、わたし午後から出る予定なので遅くなっちゃいますけどいいですか?」
「ああ大丈夫、今日中に僕のデスクに置いといてください。。。東大出身の僕は時間に厳しいですからね…」
めぐみはあまり粘ることなくぴるすの提案を受け入れた。ぴるすに任せていては注文がどうなるか分からないし、変に刺激して脱糞されてはくさくてかなわない。
死ねばいいのに。
めぐみは心の中でそうつぶやいた。
――はい…?、!?、はい、はい、分かりました、こちらへどうぞ。
誰か来たようだ。どうやら警察らしい。背の高い刑事が数人の部下を引き連れている。
警察?ぴるす係長が何かやらかしたのかしら。
「県警の繁田です。皆さまには公務にご協力して頂きます。恐れ入りますが指示があるまでその場から動かないで下さい。」
刑事はそう言うと拳銃を取り出し、おもむろにぴるすに向かって発砲した。
「けおっ!?―――――」
ぴるすはすぐに動かなくなった。
何が起こっているのだ。
めぐみは呆気にとられていた。一つだけ確かなことは、ぴるす係長が死んだということだ。
これでぴるす係長と顔を合わせなくてよくなったのだわ。
脳が状況理解を拒否しているのだろうか。なぜか妙に冷静な物思いにふける。
――さん…
――――さん!
「大澤さん!早く!逃げな」
青識が脳天を撃ち抜かれる。
青識だけではない。気づけばめぐみ他3名を除く全ての社員が殺されてしまった。
繁田と名乗った背の高い警官が、怯えるめぐみたちに顔を向ける。
「ああそうだ、お前らバンテリン持ってるだろ。事務所にある分全部出せ。」
…は?
言っている意味が分からないが、相手は複数、それも拳銃を所持している。めぐみたちはおとなしく従うことにした。
「これで全部か。デスクワークのくせしていっちょ前に肩にも腰にも素早く塗りやがって。スーッと効くと思ってんのかも知れねえけどな、バンテリンなんて気休め程度だぞ」
「人殺しに説教されたくねえよ!お前ら絶対許さんからな!三日後100倍だからな!」
バーン
ドサッ
マジレス、アージュ、鍵の三名が撃ち殺される。生きているのはめぐみだけとなった。
「よし、後はお前がガサ入れ仕切ってくれ。俺ちょっとこいつ連れてくから。――――おう大澤、ちょっと署まで御同行願おうか」
「…すみません、なんでわたしの名前知ってるんですか。そもそもあなた達本当に警官ですか?」
繁田がめぐみに銃口を向ける。不本意ではあるが、めぐみは繁田の要求に従うしかない。
めぐみは拳銃を突き付けられながらエレベーターの方へと歩き出した。