嘘と……
桜も咲き始め冬の残滓も微かに残る町で………
とある一室に朝日がカーテンの隙間から入り込んだ。
それはペットで寝ていた彼女の長いまつげの奥の目にとどく。
瞳から伝わる僅かな痛みで彼女は、小さな声を出し………勢いよく体を起き上げた。
ベットの横にあるテーブルに乗ったデジタルの目覚まし時計を手に取った。
………2015年4月1日 05:31………
いつもより三十分ほど早い起床だった。
普段であれば、時計をその場に起き布団に戻り二度寝するような時間だっただろう。
しかし、今日はためらうことなく布団から出た。
彼女はいつもよりも念入りに髪を整え、雑誌とスマホを見て薄くメイクをした。
部屋から出る直前、デスクに置いてあった瓶を手に取り、自分の体にひとふき。
……◆……◆……
彼女には片思いをしている先輩がいた。
それは一目惚れだった。
部活も本が好きだったというものもあったが、先輩がいたから文芸部に入った。
しかし、先輩には彼氏がいた。
さらに幸か不幸か先輩は優しかった。
それは彼女の心をより引いていった。
(でも、今日は…………)
彼女は足を速め部室に向かう。
扉を開けると先輩はいつものように足を組み、ハードカバーの本を静かに読んでいた。
彼女が入ってきたのに気づいた先輩は顔を上げた。
彼女と先輩はいつものように挨拶をする。
いつもと同じフレームレスの眼鏡、髪を高い位置で結んだ髪型、第一ボタンまでしっかりとめてまっすぐに結ばれたスカーフ。
いつもと変わらない姿。
先輩は立ち上がり部屋の隅に置かれたティーセットの置いてある場所に歩いて行き彼女の紅茶を入れる。
これもいつもどおりだ。
彼女も給仕を変わろうとしたこともあったが、先輩の入れた味にならなく結局紅茶を入れるのは、先輩が入れることに落ち着いた。
しばらくすると、森林の中にいるような木質の香りが部屋に広がる。
これもいつも嗅いでいる香りだ。
彼女の目の前にソーサーに、銅褐色のような赤みのかかった液体の入ったカップを置いた。
彼女が礼を言うと先輩は笑顔を作って受け入れる。
これもいつもどおり。
カップを手に取って口に運ぶ。
口の中に軽快な渋みを伴う、生き生きとしたメリハリのある味が広がる。
彼女は紅茶を口に含んで上がってくる香りを感じながら考えた。
決心が揺らぐ。
彼女にとって今のままでも、十分幸せだ。
先輩に告げてしまうと、今の関係が壊れてしまうのかもしれない。
彼女はそう思ってしまう。
しかし、言わないことはいずれ後悔する。
(それに今日ならすべてを嘘と言える…………)
彼女は心を決めた。
「先輩…………」
……◆……◆……
先輩は彼女の告白に初めは驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔になって彼女の告白を受け入れた。
二人は入れた紅茶を飲み終わると部室を出た。
彼女と先輩は手をつないで歩いた。
それぞれの指の間に指を入れる、いわゆる恋人つなぎというやつだ。
二人は電車に乗って街に行った。
二人はいつもは入るのにちょっと勇気のいる喫茶店に入る。
少し早いが昼食をとるようだ。
店内は広いがテーブルは少なく余裕を持って作られていて、レコードから流れる音楽が本当によくあっている。
二人は窓際の席に座る。
彼女はパンケーキを先輩はサンドイッチを注文した。
それと、大きなグラスにハートに見えるように曲げられているストローが二本入っている甘いミックスジュース。
二人の注文した料理が運ばれてくる。
半分ほど食べたところでお互いに食べているものが気になってくる。
彼女が先輩の食べているサンドイッチを見ていると気づいたのか、そのサンドイッチを彼女の前に出し、食べる?と聞いてきた。
彼女は頷いてそれを口にする。
ゆっくりと口の中で何度も何度も噛む。
それが口の中で溶けてなくなっていくほど何度も。
次に彼女は一口大に切って先輩の前に出す。
髪をおさえて顔を前にだし、彼女の差し出したパンケーキを食べる。
二人は残りを食べさせあった。
その頃に飲み物が運ばれてくる。
二人はストローに口をつけた。
彼女と先輩の顔の距離はあと少しで……とどきそうな距離だ
二人共顔をほのかに赤く染めその雰囲気は、飲んでいるものよりもはるかに甘かった。
……◆……◆……
その後二人は様々な店の入った複合型のビルに入った。
二人共ここには数度訪れたことがある。
しかし、以前とは人数と距離が違う。
一階から服やアクセサリー、小物を扱っている店舗をまわった。
お互いに似合いそうな服を着せ合い、アクセサリーを付け合う。
彼女はいつもと違う服を先輩に着せてみたり、着せられたりした。
歩き疲れたところでスイーツ店に入った。
昼食と同じようにお互いに食べさせあった。
オヤツを終えると再び店をまわり始めた。
楽しい時間は早く過ぎる。
彼女は時計を確認するともうすぐ五時を回ろうとしていた。
彼女は一秒を一瞬をより長く記憶に留めようとしていたが、人に意思とは関係なく時間は流れる。
二人は最上階に二フロア分を使った水族館へ行った。
ビルの屋上にある小さな水族館。
普通の水族館と比べれば、そこまで大きな水槽があるわけではないが、この地域は一番高い場所から見下ろしている為、遮るものがなく西の空の夕日と東の空の夜空のグラデーションが、水槽の水と中で泳いでいる魚が動き光を反射し、唯一度として同じ万華鏡のように、瞬間瞬間で眺望が変わっていく。
このフロアそのものが一つの芸術品のようだ。
二人はゆっくりとフロアを一周した。
もう少しで今日は終わってしまう。
終わってほしくないが為にさらに速度を下げる。
しかし、家の門限があるため次の電車には乗らなくてはいけない。
駅に着いたら今日の告白が嘘であることを言わなくてはいけない。
彼女は先輩の腕をさらに強く抱えた。
まわり切ったときふと気づくと夕陽は沈んでいた。
……◆……◆……
「先輩今日は楽しかったで」
彼女は駅のホームで先輩に言った。
「私も楽しかったよ」
笑顔で言った。
彼女は最後の言わなければならないことを言おうとした。
しかし、息を吸うが肺に入るっていく気がしない。
先輩は首をかしげている。
「ごめんなさい………今日の告白は………エイプリルフールの………嘘だったです」
これは冗談で済むだろう。
しかし、彼女は自分が言いたく無かったのだろう途切れ途切れで言った。
「……私は」
彼女は二の句を聞きたくなかったのだろう。
定期を改札にかざして止まっていた電車に走り込んだ。
走っている途中、ホームの方から彼女は名前を呼ばれた気がしたが振り返ることができなかった。
ブラックコーヒー@カフェイン増量様の『百合増えろ下さい』の企画作品です
…………つづく………………かも