008
金牛宮――この世界では四月を表す――の二十一日の朝、俺は夜遅くまでスキルブックを読み終え、《鍛冶》と《採掘》を習得したが、正直眠い。このまま寝ようかと思ったがそうはいかない。今日はあの謎の長柄鎌使い、瑞希と一緒に《試作機の古道》で狩りをする約束をしているからだ。敵対心丸出しの彼女がいきなりあんな事を言い出した時は何かの罠かと思ったが、幸いにも瑞希は俺を仕留めたりはしないらしいので、着ていた簡素な寝間着から戦闘用の服へと着替え、腰に《名刀『三代虎徹』》を差して宿の部屋を出た。
「おっ」
「あ」
そしてこれは単なる偶然なのか、丁度瑞希も隣の部屋から出てきて俺とバッタリと会った。
「…………」
「…………」
昨日会ったばかりの人とどう話して良いのか分からない、元の世界では対人スキルゼロだった俺は困ったが、ここは普通に挨拶するのが良いだろうと思い、
「えっと、おはよう瑞希」
俺がぎこちなく挨拶をすると、
「お、おはよう龍刃君」
瑞希もぎこちなく挨拶を返す。
「え、えっとだな瑞希、これからダンジョンにでも行くか? それとも、どっか寄ってからにする?」
「え? あ、ううん、別に私はこのままダンジョンに行っても良いけど」
「じゃ、じゃあそうするか」
「そ、そうね」
俺と瑞希はアハハハ、とお互いに笑うが、なんか気まずい。しかもこの瑞希の様子から見るに、彼女も対人スキルが殆どないクチだな。こりゃこの先苦労するな。絶対。
◇
宿を出た俺と瑞希は昨日のダンジョンに向かうべく《マシンストン・ロード》を歩いているのだが、お互い黙ったまま歩いているので気まずい。
(……おい、どうすんだよこんな時!)
何か話題を振れば良いんだろうが、俺にとって現実の友達と言えばゲームを通じて知り合ったフウヤや、他にも沢山いるんだが、それはあくまでもゲームというコミュニティを通じて仲良くなったのでそういう人間相手だったらまだ問題は無い。だが今ここにいるのは、恐らくゲームとは縁遠い世界で生きた、その上昨日会ったばかりでましてや俺をキルしようとした、更に言えば女の子だ。どんな話題を振れば良いのか皆目見当がつかない。下の世界じゃあ、学校でもロクに女子とも話した事すら無かったし。と思ったら、一つあったぞ。振れそうな話題。
「な、なあ瑞希」
突然話しかけられて瑞希はビクッと反応し、俺の方を向く。
「な、何? 龍刃君」
「お前さ、昨日買ったスキルブック、何処まで読んだ?」
そう、振れた話題は、瑞希のスキルの事。瑞希は分厚いスキルブック計五冊を買い、既に読んでいると思い、何処まで習得したのか尋ねる。
「え? あ、ああ、えっと、全部読んだわ」
……はい? 俺は自分の耳を疑った。何かの聞き間違いか?
「ぜ、全部って全部?」
「ええ全部」
「《策敵》、《隠蔽》、《疾走》、《拡張》、《体術》全部を?」
「ええ。確かに分厚かったけど、あれぐらいだったら全部読み切れたわよ」
イヤイヤイヤ! あれぐらいって何だよあれぐらいって!
「そ、そうか……」
俺はアハハハ、と笑って話は終了。さっきの沈黙が再び戻って来た。
そんなこんなで沈黙が三十分近くも続き、やっと《機石の分かれ道》の入り口に到着した。
「さてと瑞希。昨日お前は元素石の方へと行った訳だけど、今日は機械系モンスターしかいない試作機の方に行くからな」
「うん。分かってる」
瑞希はコクリと頷き、俺達二人は《試作機の古道》へと足を踏み入れた。
◇
《試作機の古道》は、鉄や鋼などの様々な金属が溶接されて出来た洞窟であり、所々から機械音や金属音が鳴り響く。このダンジョンに出現する機械系モンスターは魔法防御力が極めて高いが、逆に物理防御力が低い。なので俺らの様なSTRを上げている人には進みやすいダンジョンなのだ。
「うおりゃああああああ!」
今もこうして戦っているのが凄い楽だし。
ダンジョンを歩いて十分程でモンスターに遭遇した。相手はレベル10機械系モンスター《ギアー》。大きな鋼の体に銀の目が二つ付いたその歯車は俺が《月水》と《猟零》をぶつけるだけで呆気なく四散した。
「ハアアアアアッ!」
瑞希も負けてはおらず、昨日作ったばかりの長柄鎌、《スピリット・サイス》を両手に握り、長柄鎌スキル下位範囲攻撃技《サイクロン・バイト》で五体のギアーを一斉に攻撃し、一気に倒す。
「うれゃあああああ!」
勿論俺だって遅れる訳にも行かず、近づき過ぎたギアーには体術スキル初期技《巌首》をぶつけ、トドメに《月水》を放ち、後は《猟零》やら《飛兜》やらを連発して次々とギアー達を倒していく。
《試作機の古道》の序盤では、基本的にはギアー系しかpopせず、それ以上になると《ブリキッドール》なるブリキの子供人形が出たりするぐらいだが、今の所は問題ない。
俺と瑞希がギアー達を狩り始めて二十分程が経過し、ギアーがあまり出てこなくなった頃、途中で見つけた安全地帯で休憩を入れる事にした。
「はあー、なんだかスカッとするわね。モンスターをあんなにも楽に倒せると」
瑞希はほんわかと笑いながら殺伐とした事を言い、持ってきていた水を飲む。
「まあ、確かにそうだな」
俺もそこら辺は瑞希と共感出来るので賛同する。
「さてと、もう一狩り行きますか」
「そうね。あ、でも、他の人と鉢合わせになったりしないかしら?」
あー、それは俺も気になっていた。というか、俺が《東方大陸》に来た時には放浪者の姿は全然見えなかった。多分俺達ぐらいしかここにいないのか、単に《歯車の街》だけそうだったのかかもしれないが。
「……まあ、大丈夫だと思うけどな。もし鉢合わせになっても、向こうが必ず襲ってくるって訳でもないだろうし、ていうか瑞希、もし鉢合わせになっても問答無用で襲い掛かるなよ」
「わ、分かってるわよ」
本当に分かってるんですかねー。現に助けたのに襲われかけた俺がジト目で見ると、瑞希は頬を赤らめてソッポを向く。
「さ、さあ! もう一狩り行きましょ!」
「お、おう」
何故か俺が言った事をもう一度復唱し、鎌を携えて先に行く瑞希であった。
◇
俺達が休憩を終えて更に狩りをする事一時間。突然ギアーやブリキッドールの大群が出現したが、物理防御力の低いコイツらは俺達の敵ではない。
俺が《三代虎徹》でギアー達をバッサバッサ薙ぎ倒し、瑞希が《スピリット・サイス》でブリキッドールを切り刻み、沢山の素材アイテムがドロップされる。
「瑞希、限界重量超えてないか?」
只、機械系モンスターのドロップする素材アイテムは全部重いのが多い。拡張スキルを取ったばかりの瑞希には苦になる筈だが。
「大丈夫。問題ないわ」
瑞希は言葉通り大丈夫らしく、残っていたギアーとブリキッドを《サイクロン・バイト》で一掃する。
「もうちょっと進んだら一旦街に戻ってアイテム整理でもするか。あまりにも金属系のアイテム持ってると限界重量超えるし」
「そうね。分かったわ」
そこから更に三十分程が経ち、ダンジョンでの狩りを一旦終えて街に戻る事にした。帰る途中でギアーに遭遇したりしたが、そこは予想してたので問題なく対処出来た。
ダンジョンを出た後は《マシンストン・ロード》を歩き、再び《歯車の街》へと戻り、狩りで稼いだ素材アイテムを使ってお互いに武器の強化と修理を行い、稼いだ金でポーションと食料の購入、残ったアイテムと金は倉庫に預けておき、再びダンジョンへと向かう、のだが、
「ん?」
俺はある事に気がついた。何だろう、さっきよりも街が騒がしくなっている様な……
『よっしゃあああ! 東方大陸来たぞー!』
『よぉしっ! 早速Mob狩りだあああ!』
『えーっと、確か武器屋はこっちだったな』
間違いない。他の放浪者達がレベル10になり、この街に転送されたのだ。それもかなりの人数が。
「ねえ龍刃君」
突如放浪者達が現れ、ローブのフードを被ったままの瑞希が俺に声を掛ける。
「何だ瑞希」
「あの人達って、私達がさっきいたダンジョンに行くのよね?」
「まあ、そうだろうな。ここら辺でモンスターが出るフィールドやダンジョンってあそこぐらいしかないし」
なんか面倒臭い事になってきたな。そりゃ他の人達だって何れはやってくるだろうって事ぐらいは分かってたさ。単に俺や瑞希はソロでレベリングをやっていたから他の人達よりも早くレベル10になれたんだろうし、狩場での鉢合わせなんてゲームの時にはしょっちゅうあったし。
「どうするの? このままだとさっきみたいに狩れなくなっちゃうんじゃ……」
「うーん、そうだなー、瑞希、狩場を少し変えるか」
「変えるって?」
「別に難しい事は無いさ。折角《隠蔽》と《疾走》取ったんだし、スキル経験値上げようぜ」
◇
「ちょっ、龍刃君速いわよ!」
「仕方ないだろ。俺の方がお前よりも疾走スキルのスキルレベル高いんだからさ」
俺と瑞希は《試作機の古道》の内部を走っていた。疾走スキルで。
「だって、私昨日習得したばかりなのよ!」
「恨むなら、今まで他のスキルを取らなかった自分を恨め」
「うぐっ……」
疾走スキルで走る事でMPが減っていき、残り半分近くになると疾走スキルを解除し、代わりに隠蔽スキルを発動させる。隠蔽スキルの使用にはMPは消費されないが、代わりに攻撃と他のスキルの使用が出来ない。スキルレベルが高ければその限りではないのだが、今はまだレベルが低いので我慢する。
「……龍刃君?」
「はいはい。何ですか?」
隠蔽スキルで互いに姿が隠れてしまっているが、瑞希は俺よりも上手く隠れていない。これはスキルレベルの差に問題があるだけではない。
《隠蔽》というスキルは、スキルレベルに応じて自分の姿を消し、人とモンスターに判別されないようにする為のスキルなのだが、その隠蔽率は隠蔽スキル以外に装備の種類や色、周囲の地形や明るさなどで決定される。瑞希の羽織っている《ホワイティング・ローブ》は色が白い。なので暗闇では目立つし、スキルレベルもまだ0。当然隠蔽率は低い。一方の俺の隠蔽スキルは一応頑張ってレベル8にまで達し、更に装備している《ブラックハイド・コート》は色が黒く、暗いダンジョン内での隠蔽率をボーナスしてくれる。だから俺の隠蔽率は瑞希よりも高い。
「この隠蔽スキル、どうやったらレベルが上がるの?」
「隠蔽スキルをひたすら発動状態にしておけばジワジワとスキル経験値が上がる」
「そ、それって、凄い地味じゃないの?」
「地味だよ。まあ、追加でレベル10毎にAGIが1上がるし、それに上げておけば損する事でも無いしな」
俺がそう言うと、瑞希はゲェーッとした顔になり、それを見た俺は思わず吹いてしまう。
「ちょっと、何笑ってるのよ」
瑞希よりも姿が隠れている筈なのに、何故か瑞希は気付いてムッとする。
「わ、笑ってない笑ってない」
「嘘よ。吹いたの聞こえたわよ」
あ、音の方ですか。良い耳をお持ちなんですね瑞希さん。
「ま、まあそんな事よりも、サッサと行こうぜ。後ろから人が来る前に」
「あ! 話逸らしたわね!」
瑞希が怒っているのをあえてスルーしておき――もしキルしてきたら返り討ちしてやる。出来るかは分からないけど――、隠蔽スキルで隠れながら進んでいく。
何で俺達がこんな事をしているのかと言うと、単にダンジョンの奥へと進んで狩場を目指しているだけである。
態々奥まで行く理由は、これからは沢山の放浪者達がドッと押し寄せてきて、順番でモンスターを倒していると足止めを喰らいかねない。なのでさっきまで俺達がいた所の方まで行き、そこで狩りを行おうと決めたのだ。
一見するとこれはこれで卑怯だと思われるかもしれないが、俺達は彼らよりも先にこの大陸に転送されて狩りをしている。勿論優先権がどうだとか言わないし、順番があるならちゃんと守るつもりでもいる。けど転送されたばかりでこんな奥までやって来たりする人はいないだろう。
「……という訳だ瑞希。そろそろ始めるか」
「そうね」
俺達は隠蔽スキルを解除し、popした時計型のレベル10機械系モンスター《アイアン・クロック》を倒しに掛かる。
パーティープレイで得た経験値と金は自動均等割りされるので、次々と押し寄せてくるモンスター達を倒している俺と瑞希にはそれぞれ半分ずつの経験値と金が手に入り、アイテムに関してはドロップさせた人の物になる。なので歯車やブリキの子供、鉄時計をドンドン倒している内に俺のレベルは瞬く間に12に上がり、瑞希も11に上がった。
《試作機の古道》を二割ぐらいの距離まで進んだ俺達は、途中の安全地帯を見つけては休憩を入れ、再度モンスターを見つけては狩りに勤しむという繰り返しをしていた。なのだが、
「……ん?」
狩りを続けて一時間程が経過し、瑞希が《ブリキッドール》を四散させた所で、彼女の手が止まる。
「どうした?」
「ねえ龍刃君、これ、何?」
瑞希がアイテムカバンから取り出しのは、銀の装飾が施された一本の鍵。今までモンスターを狩っていて、そんなアイテムがドロップされた事は一度もない。なのにこの鍵がドロップされたという事は、
「あー、それもしかして」
俺はダンジョン内をキョロキョロと探し回り、一つの小部屋を見つけ、そっちに走っていく。瑞希はそれを追いかけ、鍵の正体を見つけた。
「……この箱、何?」
それは、一つの箱だった。鋼で出来ているみたいでとても頑丈そうである。そして一つの鍵穴が付いていた。
「瑞希、これは《宝箱》って言ってな、ダンジョンによく置いてある奴なんだけど、中にはアイテムとか金とかが入っていて、開ける為には鍵が必要なんだけど……」
俺は瑞希が手に持っている銀の鍵を指差しながら説明し、瑞希は俺が言いたい事を理解したらしく、
「つまり、この鍵を使ってこの宝箱を開けられるって事?」
「そうそう、そういう事」
俺がコクコクと頷く。瑞希は鍵を宝箱の鍵穴に差し込み、ガチャリと回す。すると鍵はガラスの様に四散し、宝箱が開く。
中に入っていたのは、水晶の塊だった。輝く明るい水色をしていて、綺麗に模られた六角形は一ミリのズレもないぐらいに精巧に出来ている。瑞希がそれを手にすると、水晶は瑞希のアイテムカバンへと自動的に入る。瑞希がアイテム画面を開いて確認する。
「え、えーっと、名前は……《アクアリウス・クリスタル》、水瓶座の水晶?」
瑞希がポカンと名前を言うと、俺はギョッとした。
「お、おいおい、瑞希さん、そりゃまた、レアなものを手に入れましたね……」
俺は驚きのあまり、瑞希から数歩ほど条件反射で下がってしまう。瑞希は俺の行動に疑問符を浮かべ、怪訝な目になる。
「な、何よ、いきなり。ていうかこの水晶は何なの?」
「そ、それはな、《アクアリウス・クリスタル》はな、ドロップ率0.01%以下っていう確率で手に入る、ゲームの時は幻の水晶の一つって言われてた、超レアアイテムだよ」
「え……えぇっ!」
瑞希は驚きのあまり、水晶を落としてしまうになるが、なんとか落とさずに済んだ。
《ソーティカルト・マティカルト》の世界には、《十二宮の水晶》と呼ばれる、十二種類の幻の水晶があると言われている。
ゲットする方法は様々で、ある時はレイドボスを倒したら、またある時は採掘スキルで鉱石の山を採掘していたら、またある時は宝箱からというのがある。十二宮の水晶は売れば百万Gの値が付いても可笑しくなく、本来は装備製作の材料として使われ、これを使って作られた装備は素晴らしい性能を誇ると言われている。
その中でも今回瑞希がドロップした《アクアリウス・クリスタル》はこの世界で一月を表す宝瓶宮を象徴する水晶――別に一月だったらドロップ率が上がるとかそういう訳でもない――で、《試作機の古道》の宝箱でドロップ出来たのはある意味奇跡と言っても良い。
「こ、これ、そんなに凄いアイテムなの……?」
「凄いってレベルじゃない。手に入れられただけ、もはや神レベルかもな。瑞希、そのアイテムは当分使わないだろうから、後で倉庫にでも仕舞っておけ。何れは使う時が来るだろうし」
「え、ええ。そうさせてもらうけど、龍刃君はどうするの? 見てみたら、十個くらいあるんだけど……」
え、十個もあるの? じゃあ一個くらい貰っても……って言おうとした口を慌てて閉じる。
この水晶は瑞希がドロップした鍵で開けた宝箱からドロップしたアイテムだ。俺が貰う道理は何処にも無い。
「俺は別に良いよ。その水晶は瑞希がドロップしたものだし、俺が貰う必要は無い」
「でも、龍刃君には色々教えてもらったし、お礼ぐらい……」
「俺最初に言ったぜ。対価は要らないって」
「じゃあ、貰ってくれないなら、あなたをここで倒すわ」
「何でそうなるんだよ!?」
俺は慌てて腰の《三代虎徹》に手を掛け、何故か俺を倒す気満々でいる瑞希が《スピリット・サイス》を構える。
「ちょっ、ちょっと待て瑞希。何でそこまで貰ってほしいんだ? 確かに本心じゃあ羨ましいとは思ったけど、昨日知り合ったばかりで、しかも助けた俺の事を敵と認識して倒そうとしてたあんたが」
「だから、そのお詫びも兼ねてよ」
「は?」
瑞希は構えていた長柄鎌を下ろし、顔を俯かせて話す。
「だから、あなたの事をずっと敵だと思ってて、問答無用で倒そうと思って、凄い迷惑掛けたって思ってるわよ。それなのに、スキルの事とか装備の事とか色々教えてくれて、正直感謝してるのよ?」
「そ、そうですか」
倒そうとしてきた相手に感謝してると言われても素直に嬉しく思えないが、あえてそれは言わずにスルーしておこう。
「それに、いつまでもあなたに頼りっぱなしも良くないと思うし、だからと言って色々教えてくれたあなたに何のお礼をしないのは私の気が済まないし。色々教えてくれたあなたを倒そうとしたお詫びをしないと目覚めも悪いし」
「俺は別にそういうのは気にしてないんだけどな」
「私が気にするの!」
瑞希がグィッとフードを被った顔を近づけてきて俺に詰め寄る。
「ちょっ、近い……」
いきなり美少女の顔が近くにやってきて、免疫が全く無い訳でもない俺は戸惑ってしまい、瑞希も自分がした事に遅れて気付き、顔が赤くなって慌てて俺から離れる。
「ご、ごめんなさい、私ったらつい……」
「あ、いや、気にするな」
実は俺も少しばかり慣れている。何で慣れているかと言うと、俺の知り合いにそういう人がいるんだよ。男子に平気で顔を近づけてからかってくる年上の女の子が。
なんか空気が変になってしまったので、コホン、と咳払いをして話を本題に戻す。
「えっと瑞希、そこまで貰ってほしいのは、礼と詫びがしたいだけなのか? それともなんか裏があるとか?」
「裏って何よ、裏って」
顔が赤くなって恥ずかしがっていた瑞希が急に睨み顔へと変わる。喜怒哀楽が凄いな。
「あ、いやー、瑞希言ってたじゃないか。『敵からの施しなんて正直受けたくないけど、受けるんだったら貸し借り無しにしておきたい』って」
正直な話、まだ瑞希が俺を警戒しているんじゃないかと思っている節がある。理由は、瑞希が俺に気を許し過ぎている気がするから。よく分からないけど、そんな気がする。
瑞希は俺の言いたい事を察したのか、あー、と納得した顔になる。フード越しだから分かり難いけど。
「た、確かにそんな事言ったけど、で、でも、龍刃君だったら気を許せても良いかなーって」
「昨日今日としか過ごしていないだけの関係である俺を何故?」
「え、えっと、それは、その……」
何故だ瑞希さん。何故あなたは突然モジモジしだして顔も赤いんだ。一体あなたの感情はどうなっている。
「……と、兎に角! あなただってこの水晶欲しいんでしょ! だったらあげるわよ! でないと本当に倒すわよ!」
ちょっと本当に何なんだよこの人! 恥ずかしがったと思ったらすぐに睨んで、その後モジモジしたかと思ったら急に怒り出して! どれだけ喜怒哀楽激しいんだよ!
なんてツッコミを入れようかと思ったが、瑞希にキルされるのは内心嫌だし、レアアイテムをくれるという話もありがたいので、
「わ、分かったから。そこまで言うならありがたく貰うから」
ここは瑞希を宥めてレアアイテムを貰う事にする。瑞希はムスッとするとアイテム画面からトレードウインドウを開く。瑞希はそこに水晶をなんと五個も入れてOKボタンを押した。
「おい瑞希、五個も良いのか?」
「別に良いわよ。それに、あなたが鍵の事教えてくれなかったら、今頃捨てるかお店に売ってたわよ」
確かに。瑞希ならやりかねん。俺は少し迷ったけど、ここでまた迷うとまた瑞希に襲われそうなので、結局俺は《アクアリウス・クリスタル》五個を貰う事にした。
「あ、ありがとうな瑞希。けど、一つ問題が」
「問題? 何よ」
「折角手に入れたこの水晶、街まで守り切れるかなー、って」
瑞希がえ? と言った時、俺達通ってきたダンジョンの通路から、コツン、コツン、という音が聞こえる。
「な、何?」
「実はさっきから策敵スキルが反応しててさー」
そう。実はさっきから俺達を除いている連中を確認していたのだ。それもさっき瑞希が大声で騒いだ辺りから。
「瑞希、疾走スキルを発動可能にしておけ」
「え? 何で?」
「良いから。後で役立つ」
折れの顔が結構真面目な顔に見えたのだろう、瑞希はコク、と頷き、スキル画面を開いて疾走スキルを発動可能状態にする。
俺は腰の《三代虎徹》に手をやり、やって来る集団が姿を見せる。
ダンジョン内は暗いには暗いが、壁や地面が金属で出来ている為に光が反射し、充分明るい。だから分かる。やって来たのは、放浪者達だ。数は五人。
「おいおい、こんな奥に獲物がいたぜ。ラッキーだったな」
「ホントホント。隠れながらコソコソと進んだ甲斐があったぜ」
「しっかし何だよ。たった二人かー」
えーっと、性別は男三人、女二人。レベルは五人とも10か。
格好は、一番前にいる体格の大きい男が全身甲冑、武器は両手剣の戦士風。その戦士風の後ろにいる中肉中背の男が頭に黒いバンダナ、黒い服、黒いブーツ、武器は短剣と腰の方にナイフが五本下げてある。あれは発射体カテゴリの《投げナイフ》、という事は投擲スキルも使う、盗賊だな。後方にいる三人の内の一人の背の高い女は赤い服装、下はスリットの長いロングスカート、そして背中には矢筒、手には弓を持っているから弓使いか。その隣にいる逆に背の低い全身紫のローブを羽織った女はフードを捲って顔を出し、手に杖を持っている。こっちは魔術師。最後の一番後ろにいる、こっちも全身黒いローブに包まれて、フードから顔を出している痩せ型の男も杖を手に持っている。魔術師が既に一人いるという事は、この男は恐らく治術師だろう。
「な、何なのこの人達」
瑞希は両手に《スピリット・サイス》を持ち、身構えながら俺に聞く。
「コイツらは多分、《PK》だ」
「ピ、ピーケー?」
「《プレイヤーキル》、或いは《プレイヤーキラー》。モンスターじゃなくて、俺達プレイヤー、つまり放浪者達を襲って金品を奪う奴らの事だ」
「っ!」
瑞希は絶句した。いや待て瑞希、お前もそれを俺にして来たんだぞ? まあ、瑞希の場合は金品が目的じゃなかったから驚くのも無理もないけど。
「黙って金とアイテムを置いて行けば、命までは取らないぜ?」
盗賊の男は誰でも聞いた事あるようなお約束の台詞を口にする。明らかにこっちを舐めてるな。
「その台詞を言うって事は、漫画の読み過ぎだな」
「え、そうなの?」
横から瑞希が尋ねてくる。その発言を聞くと、この長柄鎌使いは今までこの方漫画という書物を読んだ事が無いクチだ。
「ま、まあな。少なくとも向こうに舐められてるのは確かだけど」
俺が苦笑しながら言うと、盗賊の男はニヤリと笑いながら俺と瑞希を見る。
「刀使いに長柄鎌使いかー。あんま大したモンは持ってなさそうだな」
「そんな事無いわよ。さっきそこの長柄鎌使いが水晶って言ってたわよ。絶対にレアアイテムよ」
やっぱり聞かれてた。確かに《ソーティカルト・マティカルト》での水晶系の素材アイテムはかなりのレアアイテムとされている。しかも今俺達が持っているのは、幻の水晶の一つ、《アクアリウス・クリスタル》。只でさえ危なっかしいのに、その危なっかしい状況が更に悪化したな。
しかしまあ、舐められても可笑しくはないか。
向こうは人数が五人。前衛にHPの高いSTR優先型の戦士風、後衛に速度の速い盗賊の男、更に後方には支援の弓使いと魔術師、追加で回復役、ちゃんとフォーメーションが成っている。
一方の俺達はたった二人。しかも2人共接近戦型。俺が前衛にいたとしても、魔法攻撃を連発されたらその時点で終わる。STR優先型は物理防御力が高い反面魔法防御力が低い。そしてそれは瑞希も同じ。
というかそれ以前に、相手はPK。つまり生身の人間と直接戦う。そんな事、ゲームの時は特に気にはしなかったが、今は自らが実際に戦っている。これは言ってみれば、殺し合いだ。
「瑞希、お前の意見を聞きたい。どうする?」
俺はまだ驚いたままであったけど、俺が聞いてやっと我に返った瑞希は俺の質問とこの状況をどう理解して良いのか分からず、
「え、えっと、龍刃君は、どうしたいの?」
と聞き返してきた。俺としてはこういうのは逆恨みされると面倒だし、穏便に行きたいけどなぁ、
「俺はそうだなぁ、別に金とアイテム渡しても良いと思うけどなー」
俺の意見に瑞希はギョッとし、PK集団の皆さんは揃ってニヤリ、と笑う。明らか今の発言を勘違いしてるな。俺だって大事は避けたいさ。
「……まっ、俺達の亡き骸の横に落ちてる金とアイテムを、だけど」
けどだからと言って、折角手に入れたレアアイテムを大人しく渡すのも俺のプライドが許さない。
俺は《三代虎徹》を抜刀した。瑞希は俺の言った言葉の意味を理解したのか、《スピリット・サイス》を構える。
PK集団の奴らは俺の言った事が癇に障ったのか、表情を変えて武器を構え出す。
「瑞希、俺があの戦士風と盗賊風の男を相手する。隙を作るから、瑞希は突っ込んで残りの三人を頼む」
「え、ちょっと龍刃君!?」
瑞希は俺の指示に目を大きくする。
「何の為に、さっきスキルを発動可能にしておけって言ったんだよ」
「あ……」
瑞希はようやく理解したようだった。俺が予め瑞希に疾走スキルを発動可能状態にしておくよう言ったのは、俺が前の二人を引き付けている間に後ろの三人を倒してほしかったからである。瑞希の疾走スキルはまだレベル0だが、瑞希のあの速過ぎる攻撃速度なら問題は無い筈だ。前の二人を抜けられる筈。
「良いか、合図したらすぐに走れよ」
「う、うん」
瑞希はコクリ、と頷き、走る準備をする。それを確認した俺は、
「そんじゃまあ、行きますか!」
戦士風と盗賊に向かって突っ込む。
「《月水》!」
まず俺は、戦士風に刀スキル初期技《月水》を放つ。戦士風は両手剣で斬撃を受け止めるが、少しばかり押される。
「ぐっ、コイツ!」
戦士風は俺を押し返し、両手剣を水平に構え、黄色いライトエフェクトが刃を包み込む。それは間違いない、両手剣スキル下位水平攻撃技《アース・スラッシュ》だった。
戦士風の水平斬りが、俺の体を真っ二つにしようとするが、俺は水平斬りが来る前に屈み込み、水平斬りを避ける。
「《猟零》!」
そしてすかさず刀スキル下位単発突進技《猟零》を戦士風の胸目掛けて放つ。
――ギィン!
強い金属音が鳴り響き、《猟零》を受けた戦士風は甲冑のおかげでHPは大して減ってはいないが、《猟零》によってノックバックが生じる。
「こっのガキッ!」
戦士風をノックバックさせたは良いが、すぐに盗賊が短剣スキル下位突進技《クイック・リープ》を俺に放とうとする。だが俺も《月水》を発動させ、盗賊の《クイック・リープ》とぶつけ合わせる。
――ガキィン!
互いのライトエフェクトがぶつかり合い、金属音と火花が散る。
「おわっ!」
声を上げたのは、盗賊の方だった。俺のレベルは12、そしてSTR値はレベルアップ時に6振ってあり、《三代虎徹》を装備している事でSTRを2アップしている。更に体術スキルは10レベル毎にSTRとAGIを1上げてくれる。今の俺の体術スキルのレベルは10、よってSTRとAGIは1ずつ上がっている。そして盗賊の方は恐らく瑞希と同じAGI―STR型。STR値は俺の方が大きい。だから俺は盗賊を押し返す事が出来た。戦士風をノックバックさせた後すぐに盗賊を押し返し、瑞希が二人を突破する為の道も時間も作れた。
「今だ瑞希!」
俺は横に逸れ、瑞希が走れるようにする。瑞希コク、と頷き、長柄鎌を持ったまま――走った。
スキルレベル0のせいで大して速くはないが、戦士風と盗賊の隙を作った今、瑞希でも充分抜けられる。否、抜けられた。
瑞希は弓使い、魔術師、治術師の目の前まで走った。
「な、何だコイツッ!?」
治術師の男が声を上げたが、瑞希はすぐさま長柄鎌スキル下位範囲攻撃技《サイクロン・バイト》を放つ。攻撃力は俺ほどではないが、物理防御力の低いINT型二人と接近戦に不向きな弓使いには効果的だ。
「――っ!?」
弓使いは驚愕の顔を上げる。そりゃ驚くだろ。瑞希の攻撃速度は、並どころじゃない。速過ぎる。正しく音速の鎌撃だ。
故に、その音速と見間違えるほどの速さで繰り出された《サイクロン・バイト》を避ける事の出来なかった三人はその範囲攻撃を受け、内INT型の二人のHPバーが半分近くまでごっそりと、弓使いは五分の一ぐらいまで減少する。
魔術師は痛みに顔を顰めるが、それでも立ち上がる。
「……くっ、こっの、《キャプチャー・バインド》!」
魔術師の持つ杖が青いライトに包まれ、瑞希の足元から青く光る鎖が出現し、瑞希の足に絡みつく。
「な、何よこれっ!」
瑞希は足をもがくが、鎖は足から放れる様子は無い。
しまった、あれは魔術スキル下位移動制限魔法《キャプチャー・バインド》。対象を一定時間移動出来なくする厄介な魔法。あのままだったら瑞希の動きが鈍くなって集中攻撃を喰らってしまう。
すぐに向かいたいが、ノックバックしてた戦士風が俺に《アース・スラッシュ》を放とうとして来たので、俺はそれを避けて戦士風と鍔迫り合いになる。
「瑞希! それは移動制限魔法だ! そのままスキルを使っても問題ない!」
「りょ、了解!」
瑞希はもう一度《サイクロン・バイト》を放つ。だが、瑞希の攻撃は当たらなかった。三人とも瑞希の攻撃射程距離から離れてしまっているからだ。
「さーて、おかえしよっ!」
弓使いが弓術スキル下位2連続攻撃技《ダブル・アロー》を発動。二本の矢が瑞希を狙う。
「くっ……!」
瑞希は身構え、二本の矢の直撃を受ける。
「痛ッ……!」
瑞希のHPバーが三割ほど減少する。だが瑞希はそれでも倒れたりはしない。
「あらあら、だったらもう一度《ダブル・アロー》!」
「《サンダー・カッター》!」
弓使いは《ダブル・アロー》を、魔術師は妖術スキル下位多数攻撃魔法《サンダー・カッター》を放つ――いや、放とうとした。
――シィンシィン! ドスッ! ドスッ!
何かが弓使いと魔術師の胸に突き刺さる、鈍い音が聞こえた。
「カ、ハッ……」
「うっ……」
それは紛れもない、瑞希の投げたナイフ――発射体カテゴリの《投げナイフ》――だった。瑞希はダメージを受けつつも、自分の長柄鎌スキルでは攻撃が届かないと分かり、ローブの内側に仕舞いこんでいた投げナイフを抜き出し、投擲スキル初期技《ピッキング・シュート》を発動したのだ。それも二回連続で。スキルレベル0だから命中率はそう高くはなかった筈だが、AGI優先型の瑞希には問題なかった筈でもある。命中率はAGIが高ければ高いほど上昇するし。
瑞希の《ピッキング・シュート》を受けた魔術師のHPバーは一気に残り数ドットまで減少し、弓使いのHPバーも二割弱減少する。
「ちょっ、ちょっと! どうしたら良いのよ!」
HPが残り僅かになった魔術師は焦り出す。
「お、落ち着け! おいヒーラー!」
リーダーと思しき盗賊は治術師に命令を出し、治術師は治術スキル初期技《ヒール》を発動しようとする。だがその治術師もまた、瑞希の放った《ピッキング・シュート》が心臓に突き刺さり、治術師のHPバーが一気に無くなった。
「あ、あ……」
治術師は全身が青白く光ると、そのまま効果音と共に四散した。
治術師が消えた。つまり、瑞希が治術師を殺したのだ。今、この場で。なんの躊躇いも無く。
「くっ、コ、コイツッ!」
弓使いは怒り狂いだし、瑞希に《ダブル・アロー》を放とうとした。だが、ここで瑞希の動きを止めていた《キャプチャー・バインド》が解け、瑞希は疾走スキルで加速し、一瞬で弓使いの前に現れた。
「なっ、嘘でしょっ!?」
「……《ムーン・カット》!」
瑞希はそのまま、長柄鎌スキル下位単発攻撃技《ムーン・カット》を弓使いに放った。《カーブ・エッジ》比べて攻撃力の高いその音速の一撃は、弓使いのHPを0にするには充分だった。
「うああああああああああっ!」
弓使いは悲鳴を上げ、さっきの治術と同じ様に四散した。仲間が二人もやられ、ガタガタと体が震えている魔術師は、瑞希が顔を向けるとビクッとし、慌ててスキルを発動しようとする。
「あ、あ……、ファ、《ファイア・アロー》!」
魔術師が放ったのは、妖術スキル下位5連続攻撃魔法《ファイア・アロー》。炎で作られた五本の矢は、一斉に瑞希に襲い掛かり、爆発が起こった。
「や、やった……」
魔術師は喜びの笑みを上げる。だが、その笑みはすぐに凍ってしまう。
瑞希は、倒されなかった。魔法防御力が低いとはいえ、瑞希のHPバーはまだ一割残っていた。恐らく昨日買った《ホワイティング・ローブ》による魔法防御力補正のおかげでHPが0にはならずに済んだのだろう。
まだHPが残っている事に驚く魔術師は、歩み寄ってくる瑞希を前に、恐怖が迫り過ぎて動けない。恐らく魔術師には瑞希がこう見えたのだろう。自分の命を狩り尽くす、死神の様に。
「く、来るなっ! 来るなぁっ!」
魔術師は杖を彼方此方に振り回すが、それではスキルが発動する訳でもなく、ましてや瑞希が足を止める訳でもない。
瑞希が魔術師の前までやって来ると、魔術師はもう何もする事が出来なかった。HPが残り一割しかない瑞希はゆっくりと口を開き、
「……《カーブ・エッジ》」
冷淡な口調で、そのスキルの名を告げた。
魔術師の悲鳴は聞こえなかった。聞こえる前に、モンスターが死ぬのと同じ様に、青白く光って四散したからだ。
この光景を見ていた盗賊と戦士風は顔が青ざめる。後衛の仲間がやられてしまい、陣形もクソもなくなったからだ。なので、
「余所見してんじゃねぇ!」
俺はまず戦士風から倒す事にした。戦士風が俺の声に振り返った時にはもう遅かった。俺は刀スキル下位単発技《飛兜》を戦士風の頭に放ち、戦士風を一時的行動不能させる。すかさず下位突進技《猟零》を発動し、戦士風の喉元を突く。
戦士風のHPバーがごっそりと減る。すかさず《月水》を連発させ、戦士風のHPバーを残り一割まで追い詰める。
「こっのガキィッ!」
だが盗賊がトドメを刺させまいと、《クイック・リープ》を放つ。俺は月水を発動させ、さっきと同じ様に盗賊を迎え撃つ。
――ギィン!
結果はさっきと同じだった。俺が盗賊を押し返した。ここで、俺の耳にポーンッ! という効果音が鳴り響く。
「クッソタレがぁっ!」
スタンが解けた戦士風と、押し返された盗賊がそれぞれ両手剣スキル初期技《ブレイド・スイング》と短剣スキル初期技《ラピッド・エッジ》を発動する。
流石の俺でも、二人のスキルを同時に受ける事は無理だ。片方を受けたとしても、もう片方のスキルが確実に俺のHPバーを削り取る。そして俺のHPは残り六割ぐらい。ここは確実に弾き返せる盗賊を弾き、戦士風の攻撃は受けるしかない、さっきまでだったらそうしてた。
俺は《三代虎徹》を大きく振り翳す。そして赤いライトエフェクトが刀身を包み込む。
「《陽炎》!」
――ギィン!
まず俺は、最初に考えていた通りに、盗賊の《ラピッド・エッジ》を弾き返す。その直後、戦士風の振り翳した剣による《ブレイド・スイング》が俺を狙う。これを避ける事は出来ない。けど、俺のスキルはまだ終わってはいない。俺は盗賊を弾き返した後、刀を大きく横に振り回し、戦士風の繰り出した《ブレイド・スイング》とぶつかり合う。
――ガキンッ!
俺と戦士風は共にSTR優先型。だが、俺はSTR以外にAGIも上げている。対する向こうは恐らく、レベルアップ時に手に入る10のステータスポイントを全てSTRに振る、極STR型と呼ばれる振り方だ。だから俺は戦士風に押し返された。STRが向こうよりも低いせいだ。けど、俺のスキルはまだ発動中だ。
俺は押し返されたものの、もう一度戦士風を斬りつける。鎧と刀がぶつかり合い、金属音が響く。
「なっ――」
戦士風は驚きに声を上げるが、気付いた時には戦士風のHPは0になっており、戦士風の体が青白く光って四散する。続けて俺は押し返した盗賊にもう一回斬撃を叩き込み、HPを残り三割まで削る。
今俺が使ったスキルは、刀スキル下位2連続攻撃技《陽炎》。スキルレベル15から使える、連撃技だ。さっき俺の耳に鳴り響いた効果音は、俺の刀スキルのスキルレベルが15に達した事を知らせる為のものだった。
《陽炎》は最大二体までの敵に二回連続で攻撃できるスキル。これだったら二人同時の攻撃にも対応できる。もし刀スキルのスキルレベルが15になっていなかったら、俺はここで負けてたかもしれない。
戻って来た瑞希と俺が盗賊の方を向くと、仲間が全員やられて一人になってしまった盗賊はヒッ! と声を上げ、頭を地面に伏せて土下座の姿勢を取る。
「……お、俺達が悪かった! あ、遊び半分でやってただけなんだ! も、もう二度と襲わねえから、た、頼む! 見逃してくれ!」
人を襲ったくせして、命乞いなんてするのかよ。お前らはPKして来たんだ、だったら逆に自分達がやられるっていう覚悟ぐらい充分あった筈だ。それなのに、遊び半分でやった? もし元の世界で、実際の人殺しをしたら、そんな事言えるのか? 言える訳ないだろ。
俺は感情の奥底から怒りが湧き出してきた。この男をすぐにでも惨殺したい、腹に刀を突き刺して、ジワリジワリと抉りたい、けど何故だろう、俺の手が動こうともしないのは。何故動かない。刀を振り下ろせば、コイツは死ぬ。どうせ死んでも、この世界では蘇る。そんな事が分かっているのに、どうしてもトドメを刺す気になれない。
「……なんてなぁー!」
――ギィン!
盗賊はニヤリと笑いながら、俺の手から刀を短剣で弾き落とす。
しまった、盗賊をどうするか悩んでたら、その盗賊が騙し討ちをしてきやがった。
「死ねぇぇぇっ!」
盗賊が短剣スキル下位突進技《クイック・リープ》を放つ。だが俺は身を縮め、盗賊の攻撃を避けたら、盗賊の胸倉と腕を掴み、
「《白戮》!」
体術スキル下位投げ技《白戮》を発動。盗賊をそのまま投げ飛ばす。投げ飛ばされた盗賊は短剣を落とし、すぐに腰の投げナイフに手を掛けた。だが、もう終わっていた。
――ビュッ! ドスッ!
俺の投擲スキル初期技《ピッキング・シュート》で投げたナイフが、盗賊の胸に突き刺さっていた。
「ヒ、ヒヒヒ……」
盗賊は不気味な笑い声を上げると、さっきの仲間達同様、青白く光り、四散した。
ダンジョン内が、酷く静かになった。さっきまでのPK戦闘が嵐の様に去り、機械音と金属音という名の静寂が再び訪れたのだ。
「……龍刃君」
瑞希が俺の所に歩み寄り、俺の名前を呼ぶ。
「何だよ。瑞希」
「私、生まれて初めて、人を殺したわ。それも、三人も」
「……そうか」
初めての、PKとの戦闘。初めての、PK。瑞希だけじゃない、俺も初めてだ。人を殺すのは。
「けど瑞希、お前が今までやろうとしてたのは、こういう事だぞ。それがどれだけくだらない事か、今分かっただろ」
「そうね。凄いくだらない。私って、本当に馬鹿ね。龍刃君に会うまで、こんな馬鹿な事に気付かなかっただなんて。正直感謝しないといけないかも」
「まあ、分かってくれたらなによりさ」
俺は落とした刀を拾い上げ、納刀する。そしてPK戦闘で周囲にドロップされた金とアイテムを確認する。もしPKで死んだ場合、所持している金とアイテムはその場所にドロップされる。なのだが、さっきの連中が持っていた金は少量、アイテムもポーションが数個だけだ。
「なんだか、少ないわね」
「そりゃ少ないだろ。もし自分達がやられた時のことを考えて、大半の金やアイテムを倉庫に預けとくのは当然だと思う。どんなに馬鹿な奴でも、保険ぐらい掛けとくさ」
俺達はドロップした金とアイテムを拾い集め、一旦街に戻る事にした。
「戻るか」
「うん」
俺と瑞希は帰りに遭遇するモンスターに備える為、ポーションを飲んでHPをフル回復させておき、街へと戻るのだった。
◇
その後は隠蔽スキルを使ってモンスターとの遭遇を出来る限り避け、二時間近く掛けて街に戻ると、時刻は夜八時になっていた。
俺と瑞希は武器屋でいらないアイテムを売り払い、武器の修理をした後、倉庫で今日手に入れた《アクアリウス・クリスタル》と売らなかった素材アイテムと大量に手に入った金を殆ど預けた。
「どうする瑞希、このまま狩るか、それとも今日はこの辺にしておくか」
「そうねえ、流石に疲れたし、今日はもう休むわ」
「そうか。今日は色々あったし、俺も休むか」
俺と瑞希は揃って宿に戻ろうとした。そして俺は見てはいけないものを見てしまった。宿を戻る道中、偶然見かけてしまった。さっき俺達をPKしようとしていた連中五人が、酒場で飲んでいるのを。しかもその内のリーダー格らしい盗賊の男と俺の目が合ってしまった。
「……っ!」
「……っ!」
俺と男は互いに驚きの顔を上げ、そのまま固まってしまいそうだった。
「どうしたの龍刃君?」
だが、ここで瑞希が救いの手を差し伸べてくれた。瑞希は立ち止まっていた俺に話し掛けてきた。俺はそれに反応する為なのか、固まっていたからだが動き出し、慌てて瑞希の方を向く。
「あ、いや、なんでもない」
俺はそれだけ言っておき、そそくさとその場から早足で離れた。頭に疑問符を浮かべている瑞希は俺に追いつくべく早足で歩く。そして後ろでは恐らく、盗賊の男が今日逆PKされた事をグチっているのかもしれないと勝手に思っていた。
早足で宿に戻って来た俺と瑞希はそれぞれの部屋に戻り、俺は戦闘服から寝間着に着替えてそのままベッドに突っ伏して寝てしまった。
◇
PK戦闘の日から凡そ十日が経った。俺と瑞希はひたすらダンジョンを進んではモンスターを狩り、レベリングを続けた。popする機械系モンスターを見つけては切り刻み、金や素材アイテムを手に入れ、経験値を稼いでいき、俺のレベルはとうとう20に達し、瑞希のレベルも19になり、20になるまであとちょっとの所まで来た。
「《ワール・スラッシュ》!」
瑞希が長柄鎌スキル下位2連続攻撃技《ワール・スラッシュ》を発動し、残りHPが一割だったレベル19機械系モンスター《機怪脳味噌》にトドメを刺す。
機械脳味噌はコンピュータ音の様な鳴き声を上げて四散、足元に金と《機械脳味噌の破片》がドロップされる。そしてその直後、瑞希の周りを明るいファンファーレが包み込んだ。頭鬼のレベルがとうとう20に上がったのだ。
「レベルアップおめでとう」
ドロップアイテムを確認していた俺は瑞希にそう言い、
「ありがとう」
瑞希はステータス画面を開いてステータスポイントを振り、俺の方に向き直る。
「……ここまで来たら、もうあなたに頼る必要は無さそうね」
ここで瑞希は、俺にお別れの挨拶をして来た。確かに、俺と瑞希は一時的にパーティーを組んでいるに過ぎない程度の関係だ。この辺まで来たら別れるんじゃないかという予感はしてたし、瑞希は元よりそのつもりだった筈だ。勿論俺も必要以上に女の子にしつこく絡む趣味は無い。というかあったら絶対アイツに殺される。
けど何故だろう、十日近く一緒に行動を共にしていると、いざ別れる時になると寂しさと虚しさが出てくるのは。これからはソロで生きていこうと思っていたのに、なんだか複雑な気分だ。
「まあ、そうだな」
俺は短い言葉を言う。こういう時にどう言って良いか分からないからだ。けど、
「なあ瑞希、一つ言い忘れてた事があるんだけど」
「何?」
「俺達、もうちょっと一緒にいなきゃいけない事になりそうなんだ」
俺がその理由について述べようとすると、瑞希はサササ、と後ろに後退し、ギロリと俺を睨んで長柄鎌を構え出す。どう考えなくても俺の発言があらぬ誤解を招いてしまったみたいなので、俺は慌てて修正に入る。
「ま、待て! 待て待て待て! お前が想像している様な意味で言ったんじゃない! どうせこの先で足止め喰らうだろうから、それまで一緒の方が良いって言ってるんだよ!」
さあ正念場だ。この状況を打破しないとまずは瑞希に殺されて、その後確実にアイツに殺される。それも百回ぐらいは。
「……どういう事?」
瑞希は俺を睨みながら尋ねてくる。ここで言葉を間違えると死刑確定になってしまう。
俺はコホン、と咳払いをして、ちゃんとした説明に入る。
「えっとだな瑞希、今まで言ってなかったんだけど、この《機石の分かれ道》のダンジョンの奥にはレイドボスが出現する所があってさ、そこを通らないと先には進めないんだ」
「え……?」
《ソーティカルト・マティカルト》では、レベル10になると自動的に四大大陸の内の何処かの大陸、何処かの街に転送される。が、その後には続きがある。
それぞれの街を出ると、《機石の分かれ道》の様な細長い形のダンジョンが存在し、その奥へと進んで行くと、一つの大きな部屋の前に到達する。そここそが、ダンジョンの終点――レイドボスがいる部屋なのだ。そしてそのレイドボスを倒さない限り、その先へと進む事は出来ない。なにせ、次の街への道がダンジョンの通路一本しかないからだ。しかもこのレイドボス、一度倒された後は二度と現れない訳ではなく、一定時間後にその部屋に出現するという時間湧き設定が付いている。少なくともゲームの時は。
けどそれだと、只でさえハード過ぎるこのゲームの初心者プレイヤー達には厳し過ぎると運営は分かっていたのか、もし初めてレイドボスが倒された場合、部屋の入り口前にワープゲートが出現し、レイドボスの部屋を通り越してそのままダンジョンの出口へと向かう事が出来る。ちなみにここのレイドボスへの挑戦に必要なレベルは原則20以上。そしてレイドボスのレベルも大体それくらいな筈。ゲームの頃は。
以上の理由から、どうせここで別れてもその先のレイドボスの部屋の前で出会う可能性が出てくるので、その後を突破するまでは一緒の方が安全マージンが取れると説明した所、瑞希はハァァァ、と深い溜息を吐く。
「……つまり、どの道私達はこの先のボスを倒さないと先には進めないのね?」
「そうそう。そういう事。でも、この手のレイドボスはここしか無い筈だから」
「筈、ってどういう意味?」
瑞希はまだ俺を睨んで聞いてくる。恐らく誤解は解けただろうが、まだ警戒しているみたいだ。
「ここがゲームの時と丸っきり同じだったらって意味。運営からの最後のメッセージに、『この世界は皆様がプレイしていた頃の《ソーティカルト・マティカルト》の世界とは多少異なります。ですのでゲームという感覚でプレイする事にご注意下さい。』ってあっただろ?。それってつまり、レイドボスに変更点があるかもしれなって事。攻撃パターンとか、出るボスとか」
俺の説明がここら辺で終了し、瑞希はふーん、と不満そうに言い、長柄鎌を背中に収める。
良かった。少なくとも俺は今日、殺されずに済んだみたいだ。
「……分かったわ。それまではあなたと一緒にいた方が良いかも。ちなみに、そのボスの部屋って、あとどれくらい先にあるの?」
「え? えーっと、そうだな……」
確かこの《機石の分かれ道》の全長は20kmぐらいで、今俺達がいる場所にpopするモンスターのはレベル17から19ぐらい、このダンジョンでのモンスターの最高レベルである。という事は結構奥まで進んでいる事になるので、
「……うーん、多分近いと思うけどな。もうちょっと歩くと思うけど」
「そう。じゃあそこまで疾走スキルで行きましょ。スキルレベル上げておきたいし」
「え、あ、ああ。そうだな」
俺と瑞希は疾走スキルを発動。と言っても、俺の方がスキルレベルが高いから瑞希よりも速く走ってしまうのだけれど、それはまあ、仕方ないか。
◇
結局、約十分ぶっ通しで走り続けているとMPの残量が残り僅かになり、ポーションでフル回復したは良いのだが、マナポーションのストックが残り少なかったので、その後は隠蔽スキルで身を隠して普通に歩く事にした。だが、このダンションの道のり、結構長い。
「……瑞希、やっぱ一旦戻らないか? ポーションの補充もしたいし」
「嫌よ。折角奥まで来たんだし、どうせなら部屋の前まで行きたいわ」
「そ、そうですか……」
瑞希の鋭い口調で言う一言で俺の意見はバッサリと却下され、俺は反論せずにひたすら瑞希の隣を歩き続ける。何で反論しないのかと言うと、ヘタに反論したら瑞希にキルされそうだし、こういう感じの女子が知り合いにいるので、こういう時は従っておくのが一番だと学んでいるからである。
「……でも、本当に長いわね。この洞窟」
「ま、まあな」
歩き始めてから二十分ぐらいが経過したが、未だに目的地であるレイドボスの部屋の前に辿り着かない。隠蔽スキルはMP消費しないし、使っている間にスキル経験値が上昇するので、スキルレベルを上げるには絶好の機会である。けど、黙々と歩き続けるのは肉体的には問題ないが、精神的にキツイ所はある。
「ところでさ瑞希、もしレイドボスの部屋の前に着いたとして、その後どうするんだ?」
「……どうするって、そのボスを倒すに決まってるじゃない」
「いやそうだろうけどさ、まさか一人でやるつもり?」
「……だったら何?」
瑞希がジロリと俺を睨みながら聞き返す。
まさか、瑞希はレイドボスとソロで戦うつもりなのか? そんな事どんなベテランでも出来っこないのに。
「あのな瑞希、レイドボスってのはな、大抵は大人数で一緒に戦って倒すものなんだぞ? だから俺達二人だけで行っても即行で死ぬだけだぞ?」
「そ、そうなの?」
マジだった。この人、マジでレイドボスとソロで戦うつもりだった。まあ、瑞希はビギナーだし、それどころかゲーム自体に触れた事が無いクチだ。知らないのは無理もない。
「って事はさ、龍刃君。もし戦う事になったら、一緒に戦ってくれる人捜さなきゃいけないの?」
「まあ、そうなるな」
「それって、私達だけでやるの?」
「まあ、俺達二人パーティーだし、もし一番に辿り着いたらそうならなくもない、かな?」
「……やっぱり戻りましょ。私、そういう目立つのやりたくないわ」
「うん。俺だってやりたくない。あとリーダーに向いてないし」
やっと俺の意見が通り、俺達は街に戻ろうとした。が、それは少し遅かった。
「……瑞希」
「何よ」
「俺達さ、着いちゃったみたいだな」
とうとう辿り着いた。レイドボスの部屋の前、《機壊製造工場 入り口》に。
入り口の扉の大きさは高さ20mぐらい、鋼と銀と銅で作られたその巨大扉の横には、まだ作動していないワープゲートの入り口があった。
「……どうする瑞希。本当に来ちゃったけど」
「……一旦戻りましょ。本当は嫌だけど、街で募集しないといけないのよね?」
「まあ、でないと倒せないし、周囲から反感買うし、一番乗りの義務だろうな。そりゃ」
正直、あまり目立ちたくなかったんだけど、乗りかかった船だし仕方ない。そう思って街に戻ろうした時、突然俺の策敵スキルが反応し出した。
「……瑞希、誰か来たぞ」
「え……、誰かって誰?」
「分からない。数は……五人だ」
俺は表情を鋭くし、腰の《三代虎徹》に手を掛ける。瑞希も背中の《スピリット・サイス》に手を掛け、やって来る五人集団を待ち構える。
もしかして、この前PKしようとした奴らか? それとも、別の集団?
近づいてくる向こうも策敵スキルで俺達を認識したのだろう、歩く速度が落ち、ジリジリと近づいてくる。
「…………」
そろそろ視界に入る頃になり、俺は刀の鯉口を切る。そして近づいてくる五人組の姿が現れた。
「……あ」
その集団は、この前の集団ではなかった。一番前に男が一人、その後方に男四人が二列縦隊で歩いていた。一番前の男は銀の鎧姿の盾持ち片手剣使い、その後ろの二人は片方が盾持ちメイス、もう片方が短剣、更にその後ろは槍と杖を持った二人。
俺はジッと彼らを見る。五人のレベルは全員20、もしここでPK戦闘にでもなったらかなり大変だろう、この前のはこっちの方が少しレベルが高かったし、陣形もすぐに崩せた。けど、相手が違うとはいえ、同じ手が二回連続で成功するかどうかは分からない。
一体どうしようかと考えていた矢先、男達は俺達を見るや否や、一番前にいる男が突然剣を鞘に戻し、後ろの四人を片手で下がらせる動作をする。
「……ティガスさん、良いんですか? ひょっとしたらPKって事も……」
「いや、良いんだ。向こうにはこっちがPKに見られているかもしれないからね」
ティガスという名前の片手剣使いがそう言うと、後ろの四人はそれぞれ武器を収める。それを確認した彼は俺達の方を向き直り、両手を肩の高さまで上げ、ヒラヒラと手を振り、何も持っていない仕草をする。これはつまり、戦う気は無い、という意思表示か。
「俺達は君達と戦うつもりは無い。だから安心してくれ」
彼の言葉に、嘘は無い様に聞こえた。俺も瑞希も、ここで力の浪費は避けたいし、変にPKして報復されたりするのは嫌なので、俺は鯉口切った刀を鞘に戻す。
「瑞希、止めとこう。少なくとも戦闘の意思は無いみたいだし」
「……(コク)」
瑞希は頷き、長柄鎌から手を放す。失礼とは思いつつも、この中で一番PKしかねない瑞希を警戒しながら、俺は前を向き直る。
「……あんたらも、ここを目指してやって来たのか?」
「ああ、その通りだ。君達も同じなんだね?」
「まあな」
どうやら、俺達と彼らの目的は丸っきり同じみたいだ。ここのレイドボスを倒し、早く次に進みたい。ここまでやって来る人達の理由はそれしかない筈だ。
「もしかして、君達が一番乗りなのかな?」
「多分な。でも、俺達はレイドには入りたいけど、正直レイドのリーダーをやりたくない。だから、あんたらが一番乗りって事にしてほしいんだ」
俺の発言に、ティガス達は驚きを隠し切れない。それもその筈。《ソーティカルト・マティカルト》では、レイドボスの部屋を一番最初に見つけた人がレイドのリーダーをやるのが暗黙のルールだ。当然リーダーになったらレイドメンバーを募集しなくてはいけないし、色々と指揮を執らなくてはならない。
「……理由を訊いても良いかな?」
「……俺達にはリーダーなんかは向いてないし、あまり目立ちたくない。それだけだ」
だからこそ、俺と瑞希はそれをやりたくない。特に瑞希はこういう事をやると知った途端に踵を返した。目立つ行動を避けたいからだろう。それは無理も無い。あまり口にしたくないが、瑞希は美少女だ。今はローブのフードで顔が隠れているので彼らには顔は見えないが、もし顔が出れば言い寄ってくる野郎共が後を絶たなくなるだろう。そして踵をすぐに返した辺り、瑞希は恐らく元の世界で似たような経験を必ず一回はしている筈だ。一時的とはいえ、パーティーメンバーがそんな目に遭うのはこちらとしても嫌である。色んな意味で。
そして俺も目立つのは避けたい。なんせ俺は元レベル100プレイヤー、しかもビックイベントを引き起こした大元凶。約十万人(-元レベル100プレイヤー99人)の放浪者達の憎き人物。そんな奴がここにいると知れたら、瑞希にも被害が及びかねない。それだけは絶対避けたい。色んな意味で。
以上の理由から、俺達はレイドリーダー辞退を申し出た。これにはティガスの仲間達は顔を見合わせ、何を言っているんだという様な顔を見せる。だが、ティガス本人は違った。理由を言い終えると、まるで俺達に何か事情でもあるのではないかと悟ったらしく、
「分かった。レイドリーダーは、俺がやろう」
快く俺の申し出を受けてくれた。応じてくれるかは不安だったが、そこら辺はクリア出来たので俺はホッと胸を撫で下ろす。
「でも、君達もレイドには参加するつもりなんだね?」
「ああ、一応な。構わないよな?」
「勿論! 折角一番乗りを譲ってくれたんだ。それに、今は少しでも戦力が欲しいしね」
ティガスは爽やかな笑顔で言ってくれるが、半分苦手だ。ティガスからはフレンドリーな性格が見えてくる気がして仕方ない。そういう性格の人間は俺みたいな非社交的な人間とは正反対だし、付き合うにもかなりの時間が要る。そういう経験を元の世界で充分味わったから分かるんだけど、瑞希はどうなのかな……と思って瑞希の方を見てみると、
「…………」
何故か瑞希はティガスから数歩下がって俺の後ろに微妙に隠れる。瑞希もこういう人が苦手なのかもしれないな。
「よしっ、じゃあ一旦街に戻ってメンバーを募集しよう! 君達も一緒に戻ろう。人数が多い方が安全マージンは取れるしね」
「あ、ああ。そうだな」
正直気乗りしなかったが、断る理由も無かったので、結局俺と瑞希は突如遭遇したティガス達一行と共に街に戻る事になった。そして俺達はまだ知らない。この後、誰も予想しなかった事が起こるのだから。
◇
その後はモンスターの集団に遭遇する事も無く、無事ダンジョンを抜ける事の出来た俺達一行は、これまたダンジョン内で偶然レイドボスの部屋の前を目指していた五人組パーティーに遭遇し、ティガスの交渉の元、一緒に街に戻る事になった。そして街に戻った後はティガス達がメンバー募集をしている間に俺と瑞希は武器の修理とアイテムの売却、ポーションの補充を済ませ、《歯車の街》で一番大きい広場にやって来た。ティガス達がこの広場を集合場所にしていたからである。
三時間後、集まった放浪者数は、俺と瑞希、ティカズ達を含めて、三十七人。
「……よくもまあ、ここまで集まったもんだよ」
全員のレベルは20、武器は剣、杖、斧などとまちまちだが、恐らくこの街にいる放浪者達の中でも選りすぐりの者達なのだろう。
「あと三人いればフルレイドだったんだけどなぁ」
俺がそう呟くと、隣(と言っても距離がある)に座っている瑞希がこっちの方を向く。
「……ねえ、フルレイドって、四十人なの?」
「ああそうだよ。一パーティーが最大五人、それを八つ束ねたのが、ゲームの時のフルレイドだよ」
「って事は、もし五人ずつでパーティーを組んだら、二人余るんじゃないの? もしそうなったらどうなるの?」
ですよね。確かに疑問に思いますよね。均衡を取る為だったら、五人パーティーを五つ、四人パーティーを三つの方が良いかもしれないが、多分問題ない気がする。
「もしそうなったら、二人パーティーを組むしかないだろうな」
「そ、それって、ちょっと厳しいんじゃないの? 連携とか」
「仕方ないだろ。その余りが俺とあんたかもしれないんだし」
瑞希がえ? と顔をが固まった頃には、ティガスが広場の中心に出て、レイドの作戦会議が始まろうとしていた。
「よーしっ! それじゃあ、そろそろ始めたいと思いまーす!」
ティガスがパン、パンと手を叩き、集まった俺達の注目を集める。
「えー、今日は来てくれて本当にありがとう! 俺はティガス。今回のレイドリーダーです! 皆どうかよろしく!」
ティガスの挨拶に、集まった者達から拍手が鳴り響く。恐らくは大半が初対面であろう、それなのにこうも平気に話す事が出来るとは、元の世界では対人スキルゼロだった俺には出来っこない芸当だ。羨まし過ぎる。
「今日みんなに集まってもらったのは他でもない。今日、俺達のパーティーが《機石の分かれ道》の奥底、《機壊製造工場 入り口》に到着した。もし、ここでレイドボスを倒す事が出来れば、俺達は先に進む事が出来るし、ボスの部屋を通らなくても安全にダンジョンを出る事だって出来る。これを何れはこの街に転送されるかもしれない人達への置き土産にしたい。それに、それを今やれるのは、ここに集まった俺達しかいない! 俺達しかいないからこそ、少しでも他の人達が近づけるような存在でいたい! 勿論そういう考えが嫌だと言う人もこの中にはいるかもしれない。けど、今は一緒に戦って、ボスを倒そう!」
突然、ティガスから覇気の様なものが溢れ出る気がした。強く、そしてしっかりとした、この場にいる者達全てを束ね、守り抜くほどの技量があるようなのが。
それを感じ取ったのか、周りから喝采か起こった。成程。このティガスという放浪者は性格の面ではかなり良い人だ。そして恐らく、戦闘面でも素晴らしいのだろう、彼が装備している鎧も、盾も、剣も、どれもこれも中々手に入らない品物ばかりだ。仲間の方の装備も結構良いものばかりだったし、仲間想いなのかね。
「それじゃあ、早速作戦会議を開始したいと……」
「ちょっと待ってくれ」
ティガスの演説に水差したのは、さっきから黙って演説を聴いていた一人の放浪者――両手剣使いの青年だった。
「ティガスさん、一言だけ言いたい事がある。でないと、僕は今回のレイドに入る気になれない」
突如乱入してきた青年にティガスは表情を変えず、笑顔を向ける。
「ふむ、言いたい事かい? 積極的な発言は大歓迎だけど、一応礼儀として名乗ってほしいかな」
「……僕の名前はセジュリアス。別にティガスさんの演説に難癖付ける訳じゃない。寧ろあなたの演説は素晴らしかった。けど、僕が言いたいのはそういう事じゃない」
セジュリアスと名乗った青年は、俺よりも年上、フウヤと同年代ぐらいに見えた。だが、その顔はどう見ても良いものではない。目が睨んでいる。それも誰かを怨むかの様な。
「このメンバーの中に、最低一人はいる筈だ。僕ら放浪者達に謝罪する必要がある奴らが」
それを聞いた途端、俺の心臓にグサリという、何かが突き刺さる音が聞こえた気がした。
皆はざわつき始めたが、彼が何を言おうとしてたのか理解し、黙り込む。
俺にだって分かってる。ソイツか一体誰なのか、そして何故謝罪しなくてはならないのかも。
「セジュリアスさん、君が言う奴らと言うのは、もしかして元レベル100プレイヤー100人の事を言っているのかな?」
表情を厳しく変えたティガスがセジャリアスに確認を取ると、セジュリアスはより一層睨み顔になる。
「ああ。その通りだ」
セジュリアスは肯定すると、俺達聴衆の方を向き直る。
「そもそも、僕達が何でここにいるのかは、ゲームの時に最高レベルの100になったプレイヤーが100人になったからだろ。それは必然的に、ソイツらが全部悪い事になる。違うか? ソイツらが余計な事をしなければ、僕達はこんな目に遭うことは無かった。元の世界で、普通どおりゲームを楽しんでた筈だった。それなのに、ソイツらは僕達10万人の人生を狂わせた。これを許す奴なんかいないだろう。だから、もしこの中に元レベル100プレイヤーがいるんだったら、正直に名乗り出てほしい。そして、ここに集まった僕達だけじゃなく、少なくともこの街にいる放浪者達全員に土下座しろ。でないと、僕は納得がいかない」
彼の言葉に、異議を唱える者はいなかった。ただ黙ってその話を聴いているだけだった。
確かに彼が言うのは尤もだ。確かにレベル100プレイヤーが100人揃ったせいで、俺達はこの世界に転生された。それは許されざる罪だ。恐らく大量殺人と同等、それ以上の重さだ。
けど、彼は一つ勘違いをしている。確かに元レベル100プレイヤーが100人になった事で、ビックイベントが起こった。それはつまり、レベル100が100人目になったから開始された。そして、その100人目になったのは、ここにいる俺――刀使いの龍刃だ。俺がビックイベント開始をしなければ、こんな事にはならなかった。元の世界で、いつも通りに平凡な生活を送っていた筈だ。けど、ネットゲーマー魂が俺の心を動かした。とんだ馬鹿な話だよ。
いっその事、ここで名乗り出て、このグリスネア・ワールドにいる放浪者約10万人全員を敵にでも回そうか。そしたらフウヤや雪華、瑞希、皆への非難を防げる。そうしようかと思ったその途端、
「セジュリアスさん、君の言いたい事はつまり、元レベル100プレイヤー100人が余計な事をしなければこんな事にはならなかった。だから俺達への謝罪を要求しているという事だね?」
「ああ。その通りだよティガスさん。あなただって元レベル100プレイヤー共を怨んでるだろ? 突然僕達がこんな所に転生されたのは、皆ソイツらのせいじゃないか」
――違う。確かに元レベル100プレイヤー100人全員には重い罪がある。けど、その内99人には何の罪は無い。全ての罪があるのは、俺だけだ――俺はそう叫びたかった。けど何故だろう、俺の口からそれが出ない。それは恐らく、俺がそれをやる事に対して強い抵抗感があるからだ。そして、それを言う前にティガスの言葉が先に出たからだ。
「確かに、君の言っている事は正しい。100人の元レベル100プレイヤー達がビックイベントを開始しなければ、こんな事にはならなかったね。でもだセジュリアスさん、もし仮にここで元レベル100プレイヤーの人が現れたとしようじゃないか。そして君の言うとおりに謝罪したとしようじゃないか。その後はどうするつもりなんだい?」
「……その、後?」
「そう、その後だ。別に俺は、元レベル100プレイヤー達の肩を持つ訳でもないし、ましてや君の肩を持つというのもあえて止めて、中立の立場とさせてもらおう。謝罪をさせた後に、君はその人をどうするつもりだい? 公開処刑させるのかい? 賠償として、持っている金やアイテムを全て出せと言うのかい? それともレイドから外すのかい?」
「そ、それは……」
セジュリアスは、ティガスの問いに答えられない。確かにそうだ。ここでもし、元レベル100プレイヤーに謝罪させた所で、俺達全員が元の世界に戻れる訳でもない。やる事自体には全くの意味を持たない。
「……ティガスさん、俺の言った事が無意味だとしてもだ、これはけじめの問題だ。こうでもしないと僕の気は治まらない」
「ふむ、成程。けどだセジュリアスさん、出て来いと言われて素直に出て来る人はいないと思うけど、そういう場合はどうするつもりかな?」
そうだ。仮にここで誰も名乗りでなかったら、今のが完全に不発になる。セジュリアスにとってはそれは嫌だろう。けど、セジュリアスは狙い澄ましたかのようにニヤリ、と笑う。
「簡単だよ。皆のスキルを見ればすぐに分かる。だってそうだろ。あの運営からの最後のメッセージに、『100名の元レベル100のプレイヤーの方々には特別なプレゼントをご用意しております。このメッセージをお読みの後、スキルウインドウをお確かめ下さい』って書いてあっただろ。それは完全に、元レベル100プレイヤーしか持っていない、特別なスキルの事じゃないか」
ヤバいな。彼は一番痛い所を突いてきた。確かにある。あの日、運営から貰った、俺達元レベル100プレイヤーしか持っていない特別なスキルが。そのスキルは一人につき一つずつ固有のものであり、しかも習得したスキルは破棄する事が出来ない。だからスキル画面を見られた時点で、俺と瑞希が元レベル100プレイヤー(瑞希は完全に無関係な立場だけど)である事がバレてしまう。もしそうなったら、俺は兎も角として、ゲーム初心者の瑞希が危険な目に遭う。パーティーメンバーにだけはそういう目には遭ってほしくない。それが嫌だから、あの日以来ソロで生きてきたというのに。これも因果応報だな。
一方、肝心のティガスはジッと黙り込み、口を開く。
「……分かった。君がそうしたいと言うのであれば仕方ない。皆のスキルを確認して……」
と、言いかけた所で、突然隣(にしては距離があるけど)に座っていた瑞希がスッと立ち上がり、聴衆達の注目を集める。瑞希はそんな事を気にもせずにセジュリアスとティガスの所に歩いてくる。そして瑞希の顔はセジュリアスの方を向いていた。
「……何だよ」
セジュリアスが睨みながら尋ねると、瑞希は驚くべき行動に出た。
今までずっと頭にスッポリと被っていたフードを、脱いだのだ。何の抵抗も躊躇いも無く。瑞希の美しい顔が現れ、三十六人の男達にどよめきが起こる。
勿論俺も驚いていた。そもそも瑞希がフードを被っていたのは、自分の顔を見られるのが嫌だからな筈だ。ましてやこの場では紅一点な筈の瑞希がそんな事をすれば、しつこく言い寄ってくる男だって出たりなどの面倒な事になりかねない筈なのに。何でそんな事を。
瑞希は衆人環視の中で顔を見せた後、深呼吸をしてセジュリアスに尋ねる。
「……そんな事して、一体何の意味があるの?」
「は?」
「今ここで問われているのは、どうやってボスを倒すかどうかじゃないの? 私はそうだと思ってここに来た。そんな事をする暇があったら、少しでもボスへの対策を練ったりするものじゃないの? 正直言って、時間の無駄だわ。そういうのは」
とんでもない爆弾発言だ。瑞希の言っている事も間違ってはいなくもない。けど、今の発言は、サッサとこの話を止めて本題に戻したい、理由は自分が元レベル100プレイヤーだから。向こうにはそう悟られる可能性だって充分あるし、しかも瑞希はその通り元レベル100プレイヤー、もっと言えば、他人のアカウントを使っていた時に転生させられた初心者だ。ヘタすれば瑞希かリンチに遭いかねない。例え女でもだ。
けど、それは余計な心配だった。男達は騒ぐどころか、一瞬で黙り込んだ。セジュリアスも、ティガスも。
その理由は、瑞希の表情だろう。瑞希は今、凄い冷たく、鋭い顔をしている。まるで、猛獣すら平伏すくらいに。セジュリアスはこの圧迫感に負けているのか、反論したくても口が開かないのだ。あまりにも瑞希が怖過ぎて。
瑞希も瑞希だ。いきなり割り込んだかと思えば突然爆弾発言をするし、フィールドに出たら目の前の放浪者を問答無用でキルしようとするし、怖いもの知らずなのか、単にこういう殺伐とした性格なのか。
とここで、ティガスが瑞希の視線を恐れずに彼女の前に歩み寄る。
「……今のはつまり、誰が元レベル100プレイヤーなのかを今ここで議論するのは合理的ではない、と言いたいのかな?」
「ええ。私はそんな事をしたくてここに来た訳じゃないわ。それにあなたも」
瑞希は表情一つ変えずにセジュリアスの方を向く。セジュリアスはギョッとするが、それでも睨んだ表情を変えない。
「もしもこの中にあなたが言う人がいるかもしれないって言うんだったら、ここから外れた方が良いわ。疑心暗鬼のままでいられると、こっちも迷惑だし」
セジュリアスの血管が怒りで浮き出ている。だがその怒りが爆発しないのは、瑞希の圧迫があるからだろう。それに瑞希の言う事も一理ある。不合理なままではレイドボスを倒すなんて事は無理だし、誰が元レベル100プレイヤーかを疑ったままでいればチームワークにも支障が出る。
怒りが溜まっているセジュリアスと、冷たい視線をぶつける瑞希の間に、ティカズが何の恐れも無く割って入る。
「セジュリアスさん、君の気持ちも充分分かる。けど、今は彼女の言うとおり、レイド攻略の話をするのが先かもしれない。誰が元レベル100プレイヤーかどうかは、その後で白黒付けさせれば問題は無い筈だ。だから色々と思う所はあるけれど、今は俺達が一致団結する時だと思うんだ。だから今は堪えてくれ」
さすがはリーダー、というべきか。彼の爽やかな発言は、緊迫した雰囲気を和ませるものだった。セジュリアスはまだ何か言いたそうだったが、言葉を呑み込み、ティガスの方へと向き直る。
「……分かった。今はあなたに従う。けど、これが終わった後、本当に白黒ハッキリさせてもらうぞ」
そう言い、セジュリアスは元の場所へと戻っていく。一方瑞希にとってはティガスの爽やかさが癇に障ったみたいで冷たい視線を和らげないが、少なくともそれ以上意見を言う気は無いらしく、フードを被り直し、さっきまで座っていた場所から少し離れた――つまり俺の隣に座った。
どうしてさっきよりも距離が近くなったのかの疑問を差し置き、俺は瑞希に尋ねる。
「……どういう風の吹き回しだよ」
「……何が?」
「とぼけんな。あんた、目立つ行動は避けたいんじゃなかったのか? 少なくともそういう風に見えたぞ」
「……別に、今更その人達を責めた所で、元に戻れる訳じゃないし」
瑞希はそう言っただけで、ジッとティガスの方を見ている。俺は訳が分からなかったが、今ここで議論すると瑞希の視線が怖いので黙っておき、ティガスの方を向く。
「――それじゃあ、話を本題に戻すけど、まずはレイドの役割分担を決める為、五人パーティーを組んでほしい!」
……来ましたね。
こういう時の、非社交的で対人スキルゼロの俺がパーティーを組む時に取る方法は、余った人を誘う。こうでもしないと俺は初対面の人とは話せないし、或いは向こうから話しかけられるのを待つぐらいだ。だが僅か二分が経っただけで、既に五人パーティーが七つ出来ていた。ティカズは兎も角、さっき発言していたセジュリアスまでもが四人を集めてパーティーを組んでいた。誰にも話しかけられなかったのは、冗談抜きで俺――それと瑞希の二人だけである。
「……ほらな。さっき言ったろ。どうせ俺とあんたが余るって」
「……そうみたいね」
ちなみに紅一点で美少女の瑞希が何で一人なのかと言うと、さっきの冷たい視線を目撃した後では、彼女を誘う人など誰もいないからである。
「まあ、初対面の人といきなりパーティー組めって言われて、しかも連携しろだなんて、正直苦手だから別に良かったけど」
「……それは、私と組んだ方が良いって言ってるの?」
瑞希がさっきと同じ様な冷たい視線をこっちに向けてくる。何故だ。何故そんな視線を向ける。俺何かしたか?
「ま、まあ、連携の取りやすさで考えたらな。あんたとは、しばらくパーティー組んでるし、少なくとも今日組む即席パーティーよりかはマシだと思うぞ」
「……確かに、そうね」
瑞希は表情を少し緩め(た気がした)、正面を向く。
「……ねえ」
そして、向いたまま俺に話しかける。
「何だよ」
「もし、これが終わった後、あなたはどうするの?」
「どうするって、ひたすらレベリングだな。再会しようって約束した友達がいるから」
俺が答えると、瑞希は顔を少しだけこっちに向け、
「……あなた、友達いるのね」
と失礼な事を真顔で言ってきた。何処まで失礼な人なんだ。この長柄鎌使いは。
パーティーが組み終わり、ティカズの進行が再開する。
「それじゃあ、早速レイドボスについてなんだけど、実はボスについては何も分かっていない。だが、唯一の手掛かりと言えるのは、ここがゲームだった時に出現したレイドボス、それが何だったかを思い出すしかない」
確かにそうだな。こういう時は偵察戦をするのが一番だが、ヘタに死人(死んでも蘇るが)を出すのはティガスにとっては避けたいだろう。ここは過去の記憶を蘇らせるしかない。
「幸いな事に、当時は俺もそのレイド戦に参加した事がある。と言っても、既にクリアされたものだったが、少なくとも一番有力な情報はそれしかない」
言いたい。俺はその一番最初のレイド戦に参加した事がある事を言いたい。ゲームの時も、俺はこの《歯車の街》に転送された経験がある。だからレイドボスがなんなのかも一応覚えている。けど、それを知っている人が他にもいるんだったら、俺は口出ししない。目立つ行動は避けておきたいから。只、それだけだ。
◇
《機石の分かれ道》の奥、《機壊製造工場》にいるレイドボスの名は、レベル20機械系ボスモンスター《殺戮の人造人間》。そしてその取り巻きにレベル20機械系モンスター《人造人間の脳味噌》、レベル20物質系モンスター《ミスリル・マグネ》が五体ずつ。ゲームと同じならば、ボスの部屋にいるのはそれで間違いないだろう。
そしてティガスのリーダーとしての素質はすぐに発揮された。作られた七つのパーティーを見ると、ジッと考えて少人数メンバーを入れ替えただけで編成を完了させた。
盾持ちや重鎧装備の壁隊を一つ、STR型攻撃隊を二つ、INT型攻撃隊を二つ、長柄装備や弓などの支援隊を一つ、レイド全体への回復隊を一つ。
壁隊はボスの攻撃を一点に引き受け、STRとINTの攻撃隊は半分が取り巻きを優先して殲滅する、支援隊は攻撃隊の前面援護と壁隊が危なくなった時の援護、回復隊は基本は壁隊に回復、取り巻きを相手にしている隊のHPが六割になったら攻撃隊への回復、後はポーションで補う。
少し無茶と思うが、少なくとも今集まっている者達でやるにはこれがベストだろう。結構考えたな。
そして、ティガスは最後に残った俺と瑞希のコンビを見て数秒考え込み、爽やかな声で言う。
「君達二人は、機械系取り巻き担当のC隊を手伝ってほしい。取り巻き全滅後はボス攻撃隊に加わってくれ」
俺達二人は取り巻き担当か。まあ、二人だけだし、仕方ないか。けど、
「いっその事、機械系取り巻きは俺達二人だけにしないか? 数は少ないし、ボスへの攻撃隊も一つ増えるし」
俺の提案に、他のメンバーどころかティガスさえも驚いている。そりゃそうだ。機械系で数が少ないとはいえ、レベルは20。ヘタすればこっちがやられる事になるかもしれない。
「……良いのかい? 君達だけに任せてしまって」
ティガスはそれを心配し、俺達に確認を取る。俺は瑞希の方に顔を向け、
「別に、大丈夫だよな。長柄鎌使いさん」
「……(コク)」
瑞希が頷いたのを確認した俺はティガスの方へと向き直る。
「問題ない。すぐに終わらせてボス攻撃隊に加わるさ」
まあ、なんとかなるさ。少なくとも俺は実際にレイドに参加している。だから弱点ぐらいは把握している。ゲームの時の知識だけだけど。
俺の発言に、他は何を言ってるんだ、という様な顔をしている中、ティガスは強く頷き、
「分かった。けど、もし大変だったら遠慮なく言ってくれ」
「了ー解」
俺は軽く返事をし、AからHまでに区分けされた隊の簡単な挨拶(俺と瑞希は自主宣告で省いてもらった)を終え、最後のアイテム分配についてだった。
レイドボスを倒せば、当然の様に莫大な金やレアアイテムを手に入れる事が出来る。だが金に関してはレイド三十七人全員で自動均等割りされ、モンスターから得られる経験値は手に入れたパーティーで自動均等割り、アイテムに関してはドロップさせた後で起こる取り合いの喧嘩を避ける為、ドロップさせた人の物というルールになった。
そして、集合はこの場所、時間は明日の朝九時。
最後はティガスの「頑張ろうぜ!」の掛け声で解散。皆は散り散りとなった。
「……さてと、そんじゃあ俺は宿に戻りますかな」
ここで瑞希に、この後どうするのかを聞いたらまた睨まれそうだったのであえて聞かず、ここは大人しく立ち去るべく立ち上がろうとした。が、瑞希が俺のコートの裾を摘んで引き止める。
「……瑞希?」
「……龍刃君、ちょっと、凭れさせて」
瑞希はそう言うと自分の頭を俺の肩に乗せてくる。
「ちょっ、何やってんだよ!?」
女の子が肩に頭を乗せてくるだなんて、何処かのカップルがやってそうなシチュエーションじゃねえかよ。こんな所アイツに見られたら問答無用で殺される! そう思ってキョロキョロと周りを見渡すが、幸いにも俺が恐れている人物はいないらしく、ホッと胸を撫で下ろ……せるか!
俺は瑞希に抗議しようとした所で、ようやく気付いた。フードの中の瑞希の顔が、真っ青になっていたのだ。しかも相当精神的疲労が溜まっていると見える。
「……ご、ごめんなさい。しばらく、このままでいさせて。凄い疲れちゃって……」
瑞希が弱弱しい声で謝ってくるが、こうなった原因は、恐らくさっきの発言だろう。
瑞希は時間の無駄と言ってレイド攻略の作戦会議を進めたいと言っていたが、それは瑞希にとってはかなりの勇気と緊張を強いられた。そして会議が終わるまでずっと我慢していた疲労感がドッと押し寄せたのだ。それに、もし瑞希がさっき真ん中に出て爆弾発言をしなかったら、俺や瑞希自身にも危険が及んでいた。彼女にも感謝しなくてはいけない所もある。
抗議しようとした自分を責めつつ、気恥ずかしい気持ちなまま瑞希の頭を優しく撫でる。
「おつかれ」
それだけ言っておき、俺は瑞希が休み終えるまで枕代わりになっているのだった。
◇
十数分後、俺と瑞希は宿へと向かう途中なのだが、
「…………」
俺と瑞希との距離が微妙に遠い。そして瑞希は顔を俯かせて無言だ。多分、男の俺の肩で寝た事が相当恥ずかしかったのか屈辱だったのか、そんな感じだろうな。
「……龍刃君」
「何だよ」
「……明日、絶対に勝ちましょ」
「……そうだな」
俺と瑞希は、宿に向かうまで、その短い会話しか話さなかった。