007
私が意識を取り戻した時、最初に見たものは、巨大な樹木。一体樹齢何年が経っているんだろうと思いたくなるぐらいに、大きかった。
辺りを見渡した。そこはさっきまで自分がいた部屋ではなく、植物の生い茂る道や壁、沢山の商店、随分造りが変わってそうな家々、この手の知識に疎い自分がこれを一言で言うなら、ファンタジーの世界の街並みだった。
それに、近くにあったガラスの壁に、自分の姿が映っていた。その姿は、身長161cm、黒くて長い髪、昔からゲームに出てくる様な美少女だと周囲に羨ましがられていた自分の顔、平均的に細い手足は紛れもない、自分自身の姿。服装も違っていた。白いレザーチュニック、クリーム色のミニスカート、栗色のブーツ、さっきまで自分が着ていた服とは丸っきり違うものだった。
『どうなってんだよこれは!?』
突然、私の耳に怒声が鳴り響き、私はビクッと反応して振り返る。けど、その怒声は私に振られたものではなかった。声の主は一緒にいた男と取っ組み合いをしていた。よく見たら私以外にも沢山の人達が似た様な格好をしている。男の方は下がレザーパンツになっていたり、後は色が違うだけで、他の人達の服装は皆似たり寄ったりだ。それでも、皆が絶望していた。ある者は泣き叫び、ある者は我を忘れて怒鳴り散らしたり、またある者は気力を失い、その場に蹲っていた。
自分でも訳が分からずに困っていると、耳にポーン!という音が鳴り響いた。一体何処から聞こえたのか見当が付かずにキョロキョロしていると、突然目の前に何かが現れ、ビクッとする。現れたのは、訳の分からない図形やら文字。真ん中の青い六角形に《メニュー》と表示されているのに気付き、私は恐る恐るそれをタッチする。でも、何の反応も無かった。その代わり《アイテム》書かれた六角形をタッチすると、目の前にアイテム一覧と書かれた四角い図形が現れた。
まだ困惑している私の頭の中で、一番最悪な仮説が立ってしまった。
――自分は、ゲームの世界に来たんじゃないのか。そしてこれはゲームで操作するメニュー画面というもので、自分はこれを操作している。
そうであれば話の辻褄が合う。私は《×》のマークをタッチしてアイテム画面なるものを消し、他をくまなく見てみる。すると、《ステータス》と書かれたものをタッチし、また別のものが表示される。これは恐らく、自分の情報について書かれたものだろう、そうおもって見てみると、私はギョッとした。
書かれていた自分の名前、そしてレベル、HP、MP、EXPなどと言った全く分からないゲーム用語の羅列があったが、私が一番驚いたのは、名前が《瑞希》となっていた事だ。
「な、何で……」
私は思わず声を漏らした。間違いない。この名前は私の本名、神条瑞希と同じだからだ。私は慌てて周囲を見渡す。沢山の人達の斜め上に表示された四角いバー、その中に表示されている名前は別に本名ではない。神話に出てくる様な名前から、或いは完全に自分で考えた様な名前が沢山ある。という事は、これは単なる偶然なのか? 私がそう考えていると、メニュー画面の一番右下に《ログアウト》と《GMコール》という文字があった。GMコールというのは分からないが、ログアウトとは確かゲームを終了する為のものだった筈。ならばこれをタッチすればここから出られる筈、そう思った私はステータス画面を閉じ、静かにそれをタッチした。けど、反応がなかった。つまり、ここから出られない。私はそう悟った。でも、まだ何か可能性が残されている筈ではと思い、私はメニュー画面の彼方此方を見てみる。そしてある事に気付く。《メッセージ》と書かれたタブと呼ばれるものが点滅していた。私はそれをタッチし、中を見てみると、【一件のメッセージがあります。】というテロップが出ていた。もしかしてさっき鳴り響いた音は、このメッセージが届いたからでは無いのか? 私はそう思い、一件の未読メッセージをタッチする。目の前に現れたA4サイズのレポート用紙の様なメッセージを読み、私は絶句した。
――一世一代のビックイベント。このメッセージにはそう書かれていた。内容を私なりに解釈すると、私はこの世界に転生され、これから先はこの世界で生きていかなければならない、という事だった。しかも、一切の脱出手段も無い。文面を見る限りでは、もしこの世界で死んだとしても蘇るようであった。
突如、周囲がとんでもない程の怒声に包まれた。辺りを見れば、嘆き、叫び、怒鳴り、悲しむ人々が群がり出した。さっき届いたメッセージを読んで、本当の絶望に襲われたのだ。当然、私も。
「ど、どうして……こんな……」
私は、あまりのショックと絶望感で、その場にしゃがみ込み、目からはポロポロと涙が零れる。
何故だろう。何故私はこんな目に遭ってしまったのだろう。もしかして、勝手にこんなゲームをやってしまったからだろうか。
◇
私――神条瑞希は、大手コンピューターメーカー、神条グループの次女として生まれた。神条グループは祖父・祐太郎が立ち上げた小さな会社から始まり、そこから恐るべき成功を遂げ、今では世界の五本の指に入る程の大企業となった。
そんな私は、小さい頃は蝶よ花よと両親や七つ上の姉に可愛がられて育った。けど、それと同時に試練は始まっていた。まず母は私を私立の幼稚園に入学させ、初等部から高等部まで一貫の女子校を私に受験させた。母曰く、神条家の人間として生まれてきた以上、神条家に相応しい人間になりなさい、そう言って私は小さい頃から愛情と一緒に勉学を注がれた。私はそれに大した疑問も不信感も抱かず、ただひたすら勉強していた。それと同時に、私は外では孤立していた。周囲の人間は皆が敵。私はいつもそう思っていた。周りにいる同級生は、自分の受験では必ず出くわす。だから敵だ。私はその事をいつも頭に入れて、必死に頑張ってきた。周りの敵を蹴落とし、勝ち抜いてきた。けど、それの代償として、私には友達が出来なかった。周囲の人間は皆が敵と豪語していた私には誰も人が寄ってこず、寄ってきても私はそれを跳ね除けた。それを何回も繰り返している内に、私の周囲には人が寄ってこなくなってしまった。でも私は寧ろそれを望んでいたので丁度良かったとも思っていたが、その事を姉に話したら、非難された。姉が言うには、将来の就職活動において、コミュニケーション能力は必須だと言われた。けど私は姉の言葉を無視して、ひたすら壁を作り、孤立していった。
周囲の人間は皆が敵。私には友達なんて、いらない。そう思っていた。
その点、姉は私とは真逆だった。あえて一貫校には進まず、それでも私立でトップであり続け、沢山の友達に恵まれていた。姉にとって友達は作れる時にはちゃんと作るべきだという考えであり、私とは対照的だった。真逆なのは趣味などについてもだった。私にとっての趣味というのは、勉強の息抜き程度に読む小説――それも純文学などばかりであるのに対し、姉の趣味はあろう事かコンピューターゲームだった。確かに私も携帯のアプリには暇潰し程度で難解なパズルゲームは入れてはいるし、今でも時折やってはいる。けど姉がやっているのはMMOゲームという、私には縁遠いものだった。だからと言って兄弟仲が悪い訳ではない。事実姉は小さい頃から私の事を可愛がってくれたし、私も姉の事は大好きだ。それでも、私と姉の間には、目に見えない壁がある気がして、不思議でなかった。
2023年。中学二年生になった私は、姉がゲームをやっている所をこっそり覗いていた。普段はそんな事はしないのだが、今日はどういう訳か、そんな気分になっていた。姉に気付かれないよう、私がパソコンの画面を部屋の外から見てても、やっぱり私には理解出来ないものであった。それなのに、姉はそれを、私には全く気付かずに熱中していた。その姿を見た私は、何処か羨ましく思えたのは、気のせいだろうか。
キリの良い所になったのか、姉はパソコンを消して立ち上がった。私は慌ててその場から逃げ、部屋へと戻った。姉はそのまま何処かに用事があるらしくて出掛けてしまったが、私はこっそりと姉の部屋に忍び込み、パソコンを起動させた。流石の私でも部屋には調べる為のパソコンが置いてあるので起動方法は知っているが、どうやってあのゲームを立ち上げるかは分からない。けど、さっきまで姉がやっていたらしいゲームは、デスクトップの一番左端にあった。そのゲームの名を《ソーティカルト・マティカルト》。私はそれをダブルクリックして、ゲームを起動させた。ログインと書かれたボタンをクリックし、キャラクター選択なる画面が現れ、私は、あれ? と思った。姉が使っている、黒く輝く長い鎌を持ったキャラクターの名前が《瑞希》となっているのだ。何故私と同じ名前なのだろう、と私は疑問に思ったが、今はそれを差し置き、ゲームスタートのボタンをクリックした。
その直後、私の意識が、ここで一旦途絶えた。
◇
そこから先の私は、それはもう嘆いた。こんなのは全部嘘だ幻だと願った。けど、何故だろう。これは嘘でなんかじゃない、これは現実なんだ、という考えが、頭の中に出てきたのは。そう思った私は、不意にメニュー画面を開き、色々調べた。自分が使える、スキルという技、アイテム、ステータスetc
そして、店で売られていた一番安い、柄が長く、刃が一回り大きい鎌、通称長柄鎌を買った。その後は衣料店に行き、顔を隠す為のローブを買った。元いた世界での自分は、この容姿のせいでしょっちゅう絡まれていた過去があった。恐らくこの世界でも似た様な事が起こるだろう。後は食べ物やら薬やらを購入し、街を出た。聞き慣れないゲーム用語も分からず、見慣れないモンスターとどうやって戦っていいのか分からないフィールドに出て、生きていく。この世界で、何処までも。
◇
あの日から、数十日が経ち、私のレベルが10に上がった。少しでもこの世界に慣れる為に睡眠時間を出来る限り削り、ひたすらモンスターと戦った甲斐があったからだ。暫しの喜びに浸っていた私の耳に、ポーン! という効果音が鳴り響いた。これがメッセージ到着の音だと最近知った私は、メニュー画面を開き、メッセージ画面を開いた。そこには一件の新着メッセージがあり、それを開いてみると、【レベル10達成おめでとうございます! これより、あなたをグリスネアワールドの本当の舞台へとご招待致します!】という内容だけで、後は《OK》ボタンしか付いていない。私は疑問に思ったが、とりあえず《OK》ボタンをタッチした。すると、私の意識が一旦途絶えた。
気が付いたら、私がいた場所が変わっていた。そこを一言で言うなら、機械の国。第一印象としては、それが正しいだろう。マップで確認してみたところ、私が今いるのは、《東方大陸》の《歯車の街》という街。一体全体何がどうなっているのか私には分からなかったが、一々気にする暇も無かったのでそのまま街を出た。《マシンストン・ロード》なる、機械音が鳴り響く金属と鉱石で出来た道を歩いている頃には、私の疲労は溜まりに溜まっていた。だが私は休む気にはなれなかった。少しでも多くこの世界を知る必要がある私にとって、休むなどという時間の無駄遣いはしたくない。長い長い道を歩く事三十分。私は《機石の分かれ道》という名前のダンジョンの入り口まで辿り着いた。どうして道が二つあるのか疑問に思ったが、とりあえず私は《元素石の古道》なる道を進むことにした。理由は特に無い。どうせ後で反対側も行けば良いんだと、軽い気持ちで行ってしまった事を後悔する事になる。
このダンジョンでのモンスターとの戦いは苦戦を強いられていた。レベルは自分と同じ10なのだが、攻撃しても全然HPが減らない。鎌の刃が当たっても削られるのは僅か数ドット。しかも数が多い。名前を《アイアンストーン・マグネ》、《ファイアストーン・マグネ》、《アイスストーン・マグネ》、《プラズマストーン・マグネ》という電磁石の塊が計十二体。この集団に出くわした途端、私は悟った。これは無理だ、と。
別に死んだところで蘇るだけだし、ここで死んだって構わない。けど、目の前の敵と戦わないのは性分じゃない。私は鎌を振り回した。自分のHPが0になるまで。そうすれば満足だと、そう思ってたその時、
――ギィン!
大きな金属音が、洞窟内に響いた。後ろを振り向くと、誰かは知らないが、私を狙っていた電磁石の塊を攻撃し、文字通りおはじきの様に弾き飛ばしていた。
突然の乱入者、それは少年だった。真っ黒いロングーコートを身に纏い、背丈は170cmぐらい、顔は随分と暗そうで無愛想だった。少年は突いた刀を握り直すと私と背中合わせになってきた。少なくとも私を狙ってきた人ではないと思い、一体誰なのか、何故やって来たのかを聞こうとしたら、少年は後者を先に答えた。
「長柄鎌使いさん、ソロ狩りしてる所を邪魔して悪いな。けど、このままならあんた、死ぬぜ?」
余計な事を! 私はそう言おうとしたが、少年はすぐさま刀を振り回して電磁石の塊達に攻撃を当てては避け、当てては避けの戦闘を繰り出した。
少なくとも彼は私に助太刀に来たのだろう。けど、それは大きなお世話だ。敵からの施しなんて、受けたくない。けど、状況を考えればそうもいかない。なので今はこの状況を打破し、その後でなんとかしよう。私はありったけの力で鎌を振った。途中で私に降り注いでくる攻撃も、少年が刀で全て弾き、殆どにトドメを刺した。最後の一匹になった《アイアンストーン・マグネ》に少年が刀による突き攻撃を放ち、HPが残り一割となった。私はコイツにトドメを刺すべく、長柄鎌スキル初期技《カーブ・エッジ》を放とうとした。
「長柄鎌使いさん! ソイツの眼を狙えッ!」
突然、横から少年の声が聞こえ、無視しようかと思ったが、さっきまでの戦闘を見れば、この少年は事ある毎にこの電磁石の塊の眼を狙っていた。もしかしたら、そこがこれの弱点なんじゃないのか、そう悟り、私は素直に応じる事にした。
――ガキンッ
金属音が洞窟内に響き、《アイアンストーン・マグネ》はギギギ…………、という金属音の様な声を上げ、青白く四散し、足元にアイテムが落ちた。
「ふう、やっと片付いた」
少年は刀を納刀し、私の方を振り向く。
「余計な事を、とか言うなよ。もし俺が助太刀しなかったら、あんた本当に死んで……」
余計な事を。私は最初にそう思った。そして、周囲の人間は皆が敵。私はこの少年も倒すべく、鎌を振り翳す。少年はギョッとし、腰の刀を抜こうとした。だが、何故だろう、不意に体がフラついた。慌てて鎌を杖代わりにして支えようとしたが、無理だった。バタリと倒れ、意識を失った。
◇
俺が彼女、長柄鎌使いの瑞希と出会ってから、一時間ぐらいが経った。ここは《機石の分かれ道》から離れた、鉄で出来た木が生い茂る森。ここら辺にはモンスターが全く出てこないので、休憩するには絶好の場所である。ここに俺は瑞希を寝かせ、自分は座り込んでボケーッとしている。
「……早く起きないかなー」
こういう時にはドロップしたアイテムをゆっくりと整理したいんだが、店も倉庫も無いここではそれが出来ない。このまま目覚めなかったらここに放置しようかとまで考えていると、
「……ん」
静かな女の声が聞こえた。俺が見てみると、瑞希がゆっくりと目を開け、パチクリと俺の方を見た。
「おう、起きたか」
俺は起き上がって駆け寄ろうとした。するとその直後、瑞希は脇に置いてある《アイアン・サイス》を握るやいなや、大きく振り翳した。
「ちょっ、ちょっと待て!」
俺は慌てて瑞希を宥めようとした。だが、瑞希は聞こえていないのか、鎌の刃が黄色いライトエフェクトに包まれる。間違いない、長柄鎌スキル初期技《カーブ・エッジ》だ。
「お、おい!?」
俺は条件反射で腰に手をやるが、さっきまで装備していた《三代虎徹》は鉄の木に立てかけたままだというのに気付き、咄嗟に両手を構えるが、俺がこのまま攻撃される事はなかった。
瑞希はスキルを発動させようとした瞬間、鎌の刃のライトエフェクトが弾け、瑞希はその場に倒れこむ。
「お、おい瑞希?」
俺は慌てて駆け寄ると、瑞希は俺の顔を見るやいなや、
「……どうして、助けたの?」
「は?」
「どうして助けたのって言ってるのよ」
瑞希はハアハアと良きを切らしながら俺を睨んできている。瑞希は相当疲労が溜まっているようだ。溜まっている筈なのに、どうして俺に刃を向けてきたりしたのか疑問に思ったが、今は瑞希の質問に答えるのが先か。
「別に、目の前でビギナーが死ぬのを見たら目覚めが悪いだけだから。安眠は大事だろ」
「安眠が大事って、よく眠れる余裕があるわね。こんな状況なのに」
瑞希は体を起こし、自分に被せてあったローブを羽織り、立ち上がろうとするが、疲労のせいなのか上手く立ち上がれない。
「こんな状況ってのは、俺達がこの世界に転生されたっていう事か?」
俺の質問に瑞希はコク、と頷く。
「だって、ふざけてるわよ、こんなの。いきなりゲームの世界に転生させられて、しかもこれからはそこで生きてく? 死んだって蘇る? 二度と元の世界に戻れない? 馬鹿げてるわよ」
「そうだな。確かにふざけてるし馬鹿げてる。俺だってこんなビックイベントは全然嬉しくない。けど、過ぎた事をどんなに嘆いたって、俺達が元の世界に戻れるって可能性は無い。今の所はな」
その馬鹿げたビックイベントを起こした元凶である自分を棚に上げ、瑞希に現実を突き付けるが、瑞希はギリ、と歯軋りする。
「でも、私がこんな事になった半分は自業自得だもの。それをいつまでも嘆きたくないし、嘆く暇があったら少しでもこの世界の事を知りたいの。私は」
成程ね。半ば予想はしてたけど、この長柄鎌使いが《ソーティカルト・マティカルト》に転生された原因は、他人のアカウントを使っていた時に巻き込まれたってパターンか。それでも転生された以上は、この世界で生き抜く為の術を学びたい、と。
「……そんなに知りたいのか。この世界の事」
「え、ええ」
「だったら俺が教えてやる」
俺がハッキリと言った事に瑞希は、え? と目を見開く。自分でも一体何を言ってるか分からなくなってきたけど、今はそんな事はどうでもいい。
「一人で知ろうとするよりも、誰かにレクチャーしてもらった方がよっぽど効率が良い。俺は元の世界でこのゲームをやっていたから、モンスターやアイテムにスキル、ダンジョンやフィールドとかの事は大体分かる。だから俺が教えてやる」
俺の提案は悪い話じゃない。この世界を知る人に教えてもらえば有意義だ。ただ問題は、さっき会ったばかりの人に教えを請うかどうかなんだけどな。
「……一つ聞いても良い?」
「一つとは言わず、いくらでもどうぞ」
「もしあなたが私に色々教えてくれたとして、私はあなたに何をすれば良いの?」
ほぉ、多分断るか二つ返事で頼むかのどちらかと思ってたけど、対価の支払いについて聞いてきたか。
「それは、俺に教えてほしいから聞いてるのか?」
「いいえ。内容によって頼むかどうか変えるから」
一瞬律儀な人かと思ったけど、結構用心深いのかな。この人。
「対価についてなんだけど、正直タダで良いって思ってる。教えるだけなら互いに損得とか無いし」
でも俺は最初っから対価の要求をするつもりはない。ましてやビギナーにそんな事するのは俺のプライドに反する。
「でも、敵からの施しなんて正直受けたくないけど、受けるんだったら貸し借り無しにしておきたいの」
おいちょっと待て。この人さっき聞き捨てならない単語言いましたよね。
「おい、一旦話の腰を折って質問するけどさ、そういえば何でさっき攻撃しようとしたんだ?」
「何でって、敵を倒すのは当然の事でしょ」
やっぱりだ! この人マジで俺を攻撃しようとしたんだ! 顔に似合わず中身が怖いなこの人。
「お、おい瑞希。もしかして、さっきの洞窟で長柄鎌振り翳したのも……」
「あなたを倒そうとしたわよ。それがどうしたの?」
「どうしたのじゃねえよ! 助けられといて何で恩を仇で返す様な事してんだよ!」
「だって、周囲の人間は皆が敵だから」
ヤバいよヤバいよ。マジでヤバいよこの人。
「あんた、心が腐ってんのか壊れてんのか知らないけど、そんなんだったらこの先ヤバいぞ」
「ヤバいって、何が?」
「そんな考えだったら、近づいてきた人達全員殺すみたいな言い方にしか聞こえないんだよ」
「別に、殺すまでの事をしたい訳じゃないけど、別に死んだって蘇るんでしょ? だったら問題ないわ」
「ありまくりだよ。もしあんたが他の放浪者を殺したとしようじゃねえか。そしたら向こうは必ずあんたを殺しに掛かるぞ。向こうは人を殺す以上、それぐらいのリスクは負って当然だって思いながらな」
「別に、死んだって蘇るんだし」
「問題なのはその後だ。それが一回二回ならまだ良い。けど、それを何回、何十回と繰り返せば、報復しに来る人数は増えて、最悪あんたを捕まえて監禁しかねないぞ。良いのかよ、もし百人を一度に相手にされて、しかも一生監禁される事になっても」
「別に、死んだって蘇るんだし」
「そうだな。逆に殺される分にはまだ良い。けど、監禁されようものならそうは行かない。なんせ、俺達は死んでも蘇るからな」
俺が鋭く言った言葉に瑞希はピク、と反応する。
「……どういう事?」
「死んでも蘇る。これは逆に言えば、監禁されて一生そこにしかいられない事になったら、死ぬよりも地獄だぞ。元の世界で監禁されても、死んでしまえばそれは一種の脱出だ。でも、この世界ではそうはいかない。一度監禁されたら、永久に自由を奪われる。自殺したって、蘇るからな」
瑞希はとうとう俺の言葉を聞いてハッとし、顔が青ざめる。
「瑞希、これまでに方の放浪者を殺した事は?」
瑞希は静かに首を横に振る。俺はホッと胸を撫で下ろし、瑞希の前に屈み込む。
「良いか瑞希。周囲の人間は皆が敵だなんて考え方は捨てろ。この世界ではそんな考えは通用しない。それはこの世界で一番精神が崩壊しやすい考え方だ。一生孤独でいたら、何れは心が壊れて、人でなくなる。それだけは絶対に避けろ。でないと、あんたは身体が死なずに、精神が死ぬ」
俺はキツい口調と厳しい顔で、瑞希に言い聞かせる。すると、瑞希の目から涙が零れ出した。
「……ご、ごめんなさい。わ、私……」
やっと自分の言った事がどれだけ酷い事なのかを理解した瑞希は俺に謝り、顔を両手で覆う。俺は慰める様に、瑞希の頬に手をやる。
「気にするな。今の内に気付くのが正解だし、この世界に転生されて自暴自棄になってたかは知らないけど、時間はいくらでもある。だから大丈夫だ」
俺は瑞希の頬から手を放すと、メニュー画面を操作し、まだ残っていたパン二個を取り出し、一個を瑞希に渡す。
「ほら、食え。まずは腹ごしらえだ」
「……ありがとう」
瑞希は顔を拭き、静かにパンを受け取って、ゆっくりとパンを齧る。結構大きい割りに値段が1Gなパンは腹持ちが良い。それプラス販売されてた水で簡素な食事を終えると、時刻は午後七時になっていた。
「さてと、それじゃあ早速レクチャーする訳だけど、まず最初に聞きたい事はあるか?」
半ば講師じみた発言に、瑞希は恐る恐る質問する。
「えっと、じゃあ、どうして、私の名前知ってるの?」
「……はい?」
おい。今のは幻聴か? それともこの人は本気で聞いてきたのか? 二つある可能性の内、考えた末に後者だと思った。恐らく瑞希は転生されてからはずっとソロで生きてきて他の放浪者と会った事がないのかもしれない。だったらそこら辺から教える必要があるな。
「えっとだな瑞希。俺の顔をジッと見てみろ。そしたら何かが俺の斜め上に出てくる筈だ。それを目線だけ動かして見てみろ」
俺に言われるままに瑞希は俺の顔をジッと見る。その後で俺は半分後悔した。
俺の顔をジッと見る瑞希が、綺麗過ぎる。眠っていた時もそうだったけど、瑞希はかなりの美人さんだ。顔は凛々しいながらも綺麗に整って美しく、黒い髪は闇夜の中でも輝く様に艶やか、雪華を可愛い美少女に例えるならば瑞希は綺麗な美女という感じだ。けど、だからと言って瑞希に心を引かれた訳じゃない。もしそんな事実が発覚したらアイツあたりに絶対殺される。肉体的はこの世界ではほぼ無くなったけど精神的に。
とまあ、そんな事は兎も角として、好きが俺の顔をジッと見る事で、瑞希の視界にはアレが表示されたらしく、瑞希の視線が斜め上へと上がり、待つ事数秒。
「……リュ、リュウ、ジン? リュウバ?」
瑞希さん、言い直しましたけど二回とも間違えてますよ。まあこんなキャラネーム付けた俺が悪いんだけど。
「えっとな瑞希、よく間違われるんだけど、龍刃だ。龍の刃で龍刃」
「リュウジ?」
「ああ。龍刃」
俺の名前を教えると、瑞希は俺に視線を向け、
「ふうん。変な名前」
早速失礼な事を言ってきやがった。なんか一々トゲがあるな。この人。
「悪かった変な名前で。つうかそんな事よりも、分かっただろ? 何で俺があんたの名前を知ってるのか」
「うん。こんな簡単に知られてただなんて思わなかったわ。もしかしたら私が眠っている間に何かやったのかと思ってたわよ」
「やっておりません。神様と死神と殺人鬼に誓って全く何もしておりません」
俺は深々と頭を下げて無実の潔白を主張する。事実俺はやましい事は何もしていないし、もしやってたらアイツらにブッ殺される。
顔を見上げると、俺が瞬時に頭を下げた事に瑞希は顔をヒクヒクと引き攣らせ、少し後ずさっている。
「お、おい瑞希。俺は本当にやましい事は何もしてないんだぞ?」
「え、ええ。あなたのその異様な態度で分かってるけど、どうして誓う相手の中に死神と殺人鬼がいるの?」
「いやー、まあ色々あるんだよ。俺には。そんな事よりも瑞希、次に聞きたい事は?」
俺はとりあえず笑って誤魔化しておき、この話を止めるべく、瑞希に話を振る。
「えっと、あなた、私の事を初心者だと思ったのよね?」
「ああ、そうだ」
「いつ分かったの? ていうかいつから私の近くにいたの?」
瑞希が恐る恐る質問してくる。確かに気になるよな。何で俺が瑞希が初心者かって分かった事、そしていつからいたのかって事も。ここは嘘を付かずに正直に言うか。
「まず、いつからいたのかって質問だけど、ここのダンジョンに行こうと思ってフィールド歩いてたら、目の前を先に行くあんたを見掛けてさ。通り越すのもあれだったし、《隠蔽》スキルで姿消して付いて行ったんだよ」
「あなたそれ、ストーカー……」
「その時はあんたが女だなんて分からなかったんだよ。全身ローブで隠れてたし、それにゲームじゃそういうストーカーまがいの行為なんて珍しくはないさ。特に相手が女プレイヤーとかの場合は。ていうか、もし通り越したら俺を倒してただろ」
「う……」
どうやら図星だったらしく、瑞希は声が出ない。危なかったな。もしあれで通り越してたら絶対殺られてたな。あの速過ぎる《カーブ・エッジ》の事だ。俺でも見切るのは困難だろう。
「えっとそれで、どうしてあんたが初心者かって分かったかと言うと、ヒントは色々あったさ。まず第一に装備。あんたの主武器の《アイアン・サイス》は長柄鎌カテゴリの中で一番攻撃力が低い、所謂初期装備だ。武器を変えずにそのままでいて、しかも大してステータス変動の無い只のローブを羽織っている。こんなのはよっぽど金を使いたくないのか、或いは初心者ぐらいさ」
「で、でも、どうやって武器を変えたら良いのよ。勿論武器屋に行けば良いんでしょうけど、お店に売ってるのって、耐久度? ていうのがあるじゃない」
「あるもなにも、《ソーティカルト・マティカルト》の武器って初期武器以外全部耐久度が設定されてるぞ。別にここに限らず、どんなRPGでも武器の耐久数値は大抵は設定してあるんだよ」
「なっ……」
そう。《ソーティカルト・マティカルト》の武器や防具には全て耐久度が設定されている。武器は攻撃したりスキルを使えば減少し、防具は攻撃を受けたりすれば減少する。減少した耐久度は武器屋や鍛冶スキルを持っている人に頼めば修理して元に戻せるので、プレイヤーの中には生産スキルを取ってそれを磨き上げる人も少なくはないし、戦闘系プレイヤーにとってもありがたい話である。
まあ、耐久度が0になったら当然武器は破壊されるし、耐久度の減りが早い武器を持った日にはもう大変だよ。ゲーム時代に俺は何回それを経験した事か。幸いにも俺の《三代虎徹》は耐久度がそこそこ高いし、強化で頑丈さを上げているから耐久度の減りは小さい。けど瑞希の《アイアン・サイス》の耐久度は無限に設定されているのだが、所詮は初期武器。すぐに買い換えるのが当然なのだが、瑞希は耐久度の減りを嫌がってずっとこのままでいたって事か。
「《ビギナーの街》から《剣技の道》を通って、そこから《長柄鎌の道》に進めばワンランク上の武器が手に入った筈だと思うんだけど・・・・・・、その道は通った?」
俺の質問に瑞希は首を横に振って答える。やっぱりか、初心者にありがちなミスだよ。それぞれ自分の主武器の道を通ればワンランク上の武器が手に入るのにも関わらず、その事を知らずに別の道を通って手に入れ損なうってパターンがゲーム開始時に多発した。ちなみに俺も同じミスをしたのだが、一旦街に戻ってから《刀の道》へと進んだから自分に合った武器に変える事は出来た。
「レベル10になった以上、新しい武器や防具に変えるべきだ。そこら辺は後でやれば良いとして、話を戻すけど、第二の理由に、瑞希のスキルだよ。さっき瑞希の戦闘を見てたけど、正直あの《カ-ブ・エッジ》は凄いよ。お世辞のつもりじゃないけど、速過ぎて俺には目で捉えるのは精一杯だ。けど、何で《カーブ・エッジ》しか使わなかったんだ?」
「え……?」
「《長柄鎌》スキルにはスキルレベル5から《ムーン・カット》っていう技が使えるようになるし、10になれば《サイクロン・バイト》っていう範囲攻撃技が使えて、さっきの電磁石どもを一斉に攻撃出来たぞ。もしかして、《カーブ・エッジ》以外のスキルを知らなかったとか?」
……コクリ
瑞希がゆっくりと頷いた。まあ、それも無理もないか。初心者がいきなり自分が使えるスキルを全部把握して、それを使い分けるのは難しい。俺も最初の頃は大変だったよ。特に《猟零》や《飛兜》を練習する時に何回木に激突したり地面に顔を直撃した事か。
「スキルについても後でゆっくり教えるとして、第三の理由に、瑞希が《元素石の古道》に入ったから、だな」
「……そ、それだけで?」
「それだけで。だってさ、元素石の方って、物質系モンスターがウジャウジャいるのに、接近戦型の瑞希が行くのは自殺行為だからさ。これも初心者にありがちなミスだから気にする事でも無いけど」
「えっと、物質系モンスターだと、何が良くないの?」
「この東方大陸ってのは四大大陸の中で二番目に難所って言われている大陸なんだけど、その理由は物質系モンスターと機械系モンスターしか生息してないから」
「どうして、それだけで難所なの?」
「そこなんだよ。瑞希さっき、《アイアンストーン・マグネ》に攻撃当ててた時に、全然HPが減らなかっただろ?」
「え、ええ」
「実はな、物質系モンスターと機械モンスターってのはある種の対極関係にあってな。物質系モンスター最大の特徴は、他のモンスターの中でズバ抜けて物理防御力が高くて、逆に機械系モンスター最大の特徴は、他のモンスターの中でズバ抜けて魔法防御力が高いという事なんだよ」
「っ!?」
瑞希は驚きのあまり、声も出ない。《ソーティカルト・マティカルト》のモンスターは、大きく分けて亜人系、ドラゴン系、魔獣系、悪魔系、植物系、魚海系、昆虫系、物質系、機械系、精霊系、神獣系の計十一種類存在しており、その中でも物質系は基礎物理防御力が一番高く、機械系は基礎魔法防御力が一番高い。他にもドラゴン系は基本ステータスが他よりも高かったり、植物系なら毒や麻痺などの状態異常を付加させる技を使うのが多いなど、種類によって様々な特徴がある。
東方大陸に生息するモンスターは二種類しかいない。なのでSTRを上げている接近戦型プレイヤーは機械系モンスターを、INTを上げている魔法職のプレイヤーは物質系モンスターと戦うのが尤も効率が良い。故に《機石の分かれ道》は元素石と試作機の二つのダンジョンにはそれぞれ物質系と機械系のモンスターのみが生息している。ダンジョンやフィールドによっては物質系と機械系の出現比率が同じな所も東方大陸には存在するが、今の所はまだ大丈夫だろう。
「以上が、どうして瑞希が初心者なのか分かったかという理由だ。けど瑞希、あんたは恥じる事なんか何もない。初心者は皆こうだからな。誰でも初めは知らない事だらけさ。俺だって最初は右も左も分からなくて困ったさ。でも、やっぱり時間が解決してくれた。だから瑞希も頑張れや」
俺の(一応)励ましに、瑞希は表情を緩めてコク、と頷く。種明かしも分かった所で俺は立ち上がり、
「よし、とりあえず一旦街に戻ろう。レクチャーはそこでだ」
「ええ」
瑞希はすっと立ち上がり、ローブのフードを被る。俺と瑞希は鉄木の森を抜け、《マシンストン・ロード》をゆっくりと歩いていく、のだが、
「……瑞希、まだ疲れてるなら、もうちょっと休むか?」
俺と瑞希の距離が開いている。別に瑞希が俺を警戒しているからとかじゃなくて、瑞希の動きがノロノロなのだ。やっぱりまだ疲労が残ってたか。
「大丈夫。ちょっと体が重くなってる気がするだけだから」
いやそれ重傷だろ。全然大丈夫じゃないだろ。そこまで疲労が溜まっている様には見えなかったんだが、
「なんでなの。さっきダンジョンに入った時にはこんな事なかったのに」
ん? 変だな。瑞希はさっきこの道を歩いている時も既にフラフラだったのに、戦闘後に更に動きが遅くなるのは可笑しい。
「瑞希、今持ってるアイテムって何だ?」
「え? ちょっと待って」
瑞希はアイテム画面を開き、自分の所持アイテムを確認する。
「えっと……《アイアン・インゴット》が七個、《ブラック・マグネット》が四個、《レッド・マグネット》、《ブルー・マグネット》、《イエローマグネット》が三個ずつ、《ブラウン・ウルフの毛皮》が二十枚、《スチール・バタフライの翅》が十五枚……」
「うん成程。原因が分かった」
俺もメニュー画面を操作し、アイテム画面を開いて《トレード》タブをタッチし、トレードウインドウが出現する。
「瑞希、後で返すからそのウインドウにインゴットとかマグネットとか入れてくれ。アイテムをドラッグすれば入れれるから。一旦俺のストレージに移す」
「え? あ、う、うん。分かったわ」
瑞希は所持アイテムの中からインゴットやマグネットと言った、さっきの戦闘で手に入ったアイテムを次々とトレード欄に入れていき、OKボタンをタッチする。逆に俺は何も入れずにそのままOKボタンをタッチ。すると俺のアイテムストレージにインゴットやらマグネットやらの素材アイテムがドンッと入り込む。
「どうだ?」
俺が尋ねると、瑞希は体を軽くジャンプし、体の具合を確かめる。
「軽くなったわ。けど何で?」
「それについては、戻ってからゆっくり説明するよ」
体の具合が治った瑞希と俺は《マシンストン・ロード》をゆっくりと歩いていき、《歯車の街》に戻ったのであった。
◇
「げ、限界重量による、移動ペナルティ?」
「そっ。それがあんたが体を重く感じた原因だ」
ここは《歯車の街》の隅っこにある広場。ここには誰も人がいないので瑞希にレクチャーするには丁度良い場所なのである。ここのベンチに俺と瑞希が腰掛けていた。
そしてさっき瑞希が体を思いと訴えた原因、限界重量による移動ペナルティ。
《ソーティカルト・マティカルト》のアイテムにはそれぞれ重量、重さが設定されている。そしてプレイヤーのアイテム容量はSTR、拡張スキルなどで決定される。俺の様なSTR優先型で拡張スキルを取っているのなら、インゴットやマグネットの様な重いアイテムを所有してても問題はない。だが瑞希の場合はそうもいかない。瑞希に聞いてみた所、彼女は雪華同様AGI―STR型。敏捷力を優先している瑞希が重いアイテムを沢山所有してしまうと、限界重量を超してしまい、それによって発生する移動ペナルティで動きが遅くなる。けど、一旦重いアイテムを俺の方に移せば瑞希の所持するアイテムの重さは大きくマイナスされ、普通に動ける。
「そして瑞希は拡張スキルどころか、他のスキルを持っていない、と」
瑞希はコク、と頷く。街に戻った後、瑞希は今までずっと所有していたアイテムの七割を店に売り、今までポーションやパンぐらいにしか金をつかっていなかったらしく、五十万近い金を持っている事が判明し、武器屋で売っている物理防御力と魔法防御力を少しばかり上げてくれる《ホワイティング・ローブ》なる白いローブを購入させ、武器に関しては鍛冶屋へと行き、さっきドロップした《アイアン・インゴット》や瑞希が持っていた《スチール・バタフライの翅》や《ポンド・フロッグの油》などの素材アイテムを使って、白銀に輝く長い柄に赤く光る刃を持った《スピリット・サイス》なるレアな長柄鎌を作ってもらい、《アイアン・サイス》と入れ替えた。その後俺は自分の《三代虎徹》を修理に頼み、瑞希の鎌は残った素材アイテムを使って強化を施した。
「えっとでも、他のは無くは無いんだけど……」
「じゃあちょっと見せてくれ」
瑞希はコク、と頷き、スキル画面を開き、俺は顔を近づけてスキル画面を見る。持っているスキルというのは、戦術スキルカテゴリにある、武器攻撃をすれば一定確率で習得出来る《武器戦闘》、自分よりもレベルの高いモンスターと戦闘すると一定確率で習得出来る《闘争本能》の二つ。確かにこの二つはスキルブック無しでも習得は可能だな。
「龍刃君、武器戦闘と闘争本能って、どんなスキルなの?」
「武器戦闘は武器による攻撃力の増加や一定確率で攻撃を防御出来たりするスキル、闘争本能は追加攻撃を加えたり、カウンター技を使えたりするスキル。けどあんまり使う人はいないけどな」
武器戦闘ならスキルレベルが上がる程武器の耐久度の減りが小さくなるし、武器奪いで相手の武器を手に入れる事だって出来るからまだ良いけど、闘争本能をレベル100まで上げた人はそうそういない。闘争本能で使えるのは相手が攻撃してきた時にタイミングを合わせれば攻撃を避けれる《回避》、相手の攻撃を受けずに逆に攻撃する《カウンター》、攻撃した相手に連続で追加攻撃する《追い討ち》などの技なのだが、正直あまり使わない。あまりにも地味過ぎてスキルレベルを上げるのが大変だからだ。
「瑞希、他には何か無いのか?」
「え、えっと、確かもう一個あった筈」
瑞希がスキル画面を操作し、剣技スキルの欄へと移動させる。そこにあったのは当然の如く《長柄鎌》スキル、そして何故かもう一つあり、それを見てみると、俺は超が五つは付くほど驚愕した。
「っ!? 何で……!」
俺は瑞希を腕を強く掴み、スキル画面を凝視する。俺はとんでもないものを見てしまった。よりにもよって、超初心者の瑞希がこのスキルを持ってるだなんて。これはマズい。下手をすれば、瑞希が危険な目に遭う。
「りゅ、龍刃君!? な、何するのよいきなり!?」
瑞希は突然俺が腕を掴んだ事で慌て出す。だが、俺は驚愕したにも関わらず、酷く冷静になった。
「……瑞希、お前、このスキルの事を誰かに話したりしたか?」
「え、う、ううん」
「そうか。なら約束してくれ。どんな事があっても、絶対にこのスキルの事だけは口外するな。もし周りに知られたら、お前は絶対処刑される」
「しょ、処刑って、誰に……」
「特定の99人を除いた、10万人以上の放浪者達にだ」
俺が真剣な眼差しで瑞希に深く忠告する。もしこの事実が明るみになれば、瑞希を闇討ち、暗殺、公開処刑する放浪者達が殺到してしまう。少なくとも右も左も分からない今の瑞希には危険過ぎる。それだけは絶対阻止せねばならない。
「……わ、分かったわ。誰にも言わない」
瑞希は俺の威圧に怯えたのか、はたまた俺の忠告を真面目に捉えたのか、約束を守ってくれるみたいだ。これで一先ず安心、と俺はホッとし、瑞希の腕を掴んでいた事と、顔が近い事に今更気付いてしまった。
「あ、わ、悪い」
俺は慌てて手を放し、瑞希から離れる。瑞希には今の俺の行動が疑問に思えただろうが、その理由はまだ言えない。なんせ、俺も瑞希と同じ枷を背負っているのだから。
「えっと、何なの、今の」
「悪い。それは今は何も言えない。瑞希も何れ知る事になるからな。そんな事よりも瑞希、お前の所持金、残りはいくらだ?」
俺はこの話題を終わらせ、さっきの続きに話を戻す。瑞希はメニュー画面を開いて自分の残金を確認する。
「え、えっと、あと45万ぐらい」
さっきローブ買って鎌作ってもらって強化してもらった後でまだ45万残ってるって凄いな。どれだけ貯め込んでるんだ。けどそれだけ残ってるなら、あれは買えそうだな。
「そんじゃあ、今から雑貨屋に行って、スキルを習得しに行くぞ」
「え? 雑貨屋でどうやって?」
「それは行ってからのお楽しみさ」
俺は瑞希の腕を掴み、そのまま雑貨屋の方へと歩いていった。
◇
「……何、これ」
瑞希は今自分が持っている辞書の如く分厚い本、計四冊を見て呆然としていた。
「それを全部読み切ればスキルが習得出来る。とりあえず《策敵》、《隠蔽》、《拡張》、《疾走》の四つな。策敵や隠蔽は戦闘に役立つし、拡張があれば重いアイテムも持てる、疾走は移動時が楽になれる。その代わり物凄く高いから、金がある時に買っといた方が一番良い」
「そ、そうなの」
「ちなみにあと一つ、《体術》っていうスキルもあるんだけど、そっちも習得しとく? ここら辺は結構習得するかしないか分かれるんだけど」
「えっと、体術って、どんなスキル?」
「体術は素手や足とかの体を使った攻撃を駆使するスキル。瑞希の主武器の長柄鎌は長柄武器だから槍みたいにちゃんとした間合いを取って攻撃する事が出来る。けど逆に言えば、相手が自分の懐に入ってきた時の対応が難しい。そんな時の為に素手で攻撃出来る体術を習得しておけばそれなりの対応は出来る。そして体術はスキルレベルに応じて筋力と敏捷力が永久に上昇する。習得するかしないかは瑞希が決めるべきだけど、どうする?」
俺は半ば押し売り業者の如く体術スキルを勧めるが、百科事典並みに分厚いスキルブックを既に四冊も買わされた瑞希がこの上更に買うとは思えない。
「体術スキルって、持ってても損は無いのね?」
「まあな。筋力と敏捷力上がるし、武器が無い時でも戦えて便利だし、レベルを上げるって言う欠点を除けば第二の主武器になれる」
「じゃあそれも取るわ。あと他にどんなスキルがオススメかしら?」
「えっと、そうだな。ここまで習得するなら、《投擲》ぐらいしか残ってないかな。ゲームの時は補助武器用に習得する人が多かったんだけど、攻撃力はあまり高い訳でもないし、残弾数には限りがあるし、けど持ってても損がある訳でもないかな。STR上げてる人にとっては弓矢以外の唯一の飛び道具な訳だし。でも瑞希は長柄鎌あるし、距離取って攻撃出来る《投擲》はいらないと思うけどな」
「構わないわ。取れるスキルは全部取っておけば損にはならないでしょうし」
瑞希のシレっと言う台詞に俺は面喰う。確かに《ソーティカルト・マティカルト》で習得出来るスキルには個数制限が無い。習得してレベルを上げるかどうか本人次第だし、沢山のスキルを持っておけば確かに戦闘が大きく楽になるし、生産系も持っておけば楽しさも広がる。けどあまりにも持ち過ぎると上げるのに一苦労してしまう。当然俺もそれを味わった経験者として、何れ同じ目に遭うであろう瑞希を応援したい気持ちはあるが、俺と瑞希はあくまで教えて教わるだけの関係。別に仲が良くなった訳でもないし、今でも瑞希は俺の事を警戒している。レクチャーが終わったらサッサと別れるつもりである。
「んじゃあ、後で武器屋で投擲用の投げナイフ買いに行こう。装備するだけで投擲スキルは習得出来るし。それからはポーションとかの補給もして、今日はもう休もう。スキルブックも読む必要があるだろうしさ」
「別に私はそれで良いけど、明日私と付き合ってくれない?」
「ん? 何に?」
「ダンジョンでの狩りによ。一人じゃ多分大変だろうから」
「…………」
「ねえ、何で急に距離取るのよ」
あれー、何でだろうなー。体が勝手に動いちゃったよー。というかさっきまでの瑞希は一体何処に行ったんだ。丸っきり変わって……
「心配しなくても戦闘中にあなたを倒したりしないから安心しなさい」
「あ、はい。分かりました」
……変わっていないみたい、かな。
俺は苦笑いで誤魔化しておき、残った金でポーションと投げナイフを買った俺と瑞希は街で一番安い宿を取り、それぞれの部屋で一休みする事にした。
そして俺は小さなワンルームのベッドの上に寝転がり、倉庫に預けていたスキルブック、《鍛冶の基本》と《採掘の基本》を読んでいた。
「ふう、今日は色々あったな」
自分でも予期していなかった。レベル10になったらすぐに《試作機の古道》で機械系モンスターをバッサバッサ薙ぎ払って経験値を稼いで強くなろうと計画していたけど、よもやあんな超初心者に出会うとは思わなかった。相手の名前の知り方を最初に聞いてくる人なんて初めて出くわしたぞ。まあ、この世界はまだまだ謎が蠢いている。何が起こるか分かったものじゃない。だからこそ充分気をつけないとな。
「……瑞希、か」
瑞希。他人のアカウントを使っていて転生されてしまった、運の悪い長柄鎌使い。けど彼女はもっと運が悪い。転生時に使っていたアカウント、それがよもや、元レベル100プレイヤーのだとはな。
◇
「……何よ、この分厚さ」
私は宿の小さなワンルームのベッドに座り、さっき買ったスキルブックなる分厚い本を読んでいたのだが、兎に角分厚い。しかも一ページ一ページ文字がびっしりと書き込まれているし、それを一字一句詠むのに凄い時間が掛かる。彼はこんなにも分厚い本を全部読み切ったのかと思うと、正直凄いと思う。ちなみに今は策敵スキルのスキルブックをなんとか読み終え、《身の隠れの極意》と言う名の隠蔽スキルのスキルブックを読んでいた。
こんなにも分厚い本を読む必要があると知っていたら、やっぱり習得しなくて良いと言っていたかもしれないけど、今後の事を考えるとやっぱりこれは読む必要がある。それに詳しい使い方や応用編までビッシリとこの本に書いてあるし。
それにしても、今日は不思議な一日だった。やられそうになった所に助太刀に入った少年から色々教わって、よもや明日は一緒に狩りに行く、か。今までの私には考えられない行為ばかりである。それは無理も無い。周囲の人間は皆が敵、私はその言葉を胸に生きてきた。でも今日はその敵に助けられて、教えられた。正直屈辱を覚えた訳ではなかったけど、この世界に詳しい人から話を聞くのが合理的だと思った。事実、彼は私が初心者である事を見抜き、その理由も的確に述べ、更には装備、スキルの事もアドバイスしてくれた。これだけ教えられておいて、しかも明日は狩りに同行してもらえる。対価は何もいらないと言われたらそれはそれで困る。敵から受けた借りはちゃんと返さないと目覚めが悪いから。
「……龍刃君、か」
龍刃。偶然私を見かけて、どういう理由か私に色々アドバイスしてくれる、ゲーム経験のある刀使い。一つ気掛かりなのは、私が彼にスキルを見せた時のあの驚き様。あれは一体なんだったのか、何れ自分で知る事になると彼は言っていたけど、あれはどういう意味なのだろうか。