006
あの日から、二十日が経った。俺のレベルは、たった二十日間で、レベル1からレベル9になっていた。俺は、自分がレベル10になるには、一ヶ月は必ず掛かると思っていた。なんせ、このゲームの難易度はかなり上だ。だから、俺の中では最低一ヶ月、長くて一ヵ月半は掛かると思っていた。けど、思ってたよりも速かった。その理由は恐らく、俺がソロでレベリングをしているからだと思う。パーティープレイでの狩りは、モンスターを倒した時に手に入る経験値が自動均等割りされ、pop率の多い狩場でないと中々経験値が上げられない。けど、俺が狩りをしている場所は、pop率は大して高くはないが、ソロでやるには充分な狩場――《イズネの森》である。
「グラアァッ!」
「――っ!」
このフィールドに出現するモンスターのレベルは7から9。狼や猪などの魔獣系、蜘蛛やワームなどの昆虫系が多い。
今俺が出くわしたのは、レベル9魔獣系モンスター《ブラウン・ウルフ》。通称を茶狼。数は三体。褐色肌の狼は、俺を見るや否や、鋭い爪と牙を向け、俺に襲い掛かる。
俺は狼の攻撃を避け、腰の刀――《名刀『三代虎徹』》を抜刀する。
「《月水》!」
俺は刀スキル初期技《月水》を放つ。俺の斬撃は茶狼の体を一刀両断し、茶狼は全身が青白く光り出し、パーン! という効果音と共に四散。俺の足元に《ブラウン・ウルフの毛皮》とGがドロップされ、自動で俺のアイテムカバンに収納される。
次に俺は、二体目の茶狼にも《月水》を放つ。こっちの方はHPが僅か数ドット残った。攻撃を受けた茶狼は、怯んだ様子さえ見せずに俺に爪で攻撃する。
だが、俺はそれを避け、茶狼の懐に入るや否や掌を広げ、後ろ側に構える。すると、俺の右手が青く光り出した。
「《巌首》!」
俺はその右手を茶狼の腹に突き刺す。茶狼はギャインッ! という悲鳴を上げ、四散した。
今俺が放ったのは、体術スキル初期技《巌首》。体術スキルは戦術スキルカテゴリの一つで、自身の体を使った攻撃を放てるスキル。本来は武器を破壊されたり、ディスアームで丸腰になったりした場合でも戦える様に習得したスキルだが、武器を持ちながらでもスキルが発動出来るというのが、習得してから三日後ぐらいに判明した。
続けて俺は、突っ込んできた三匹目の茶狼に対して、刀スキル下位単発突進技《猟零》を放つ。突進しながらの刺突攻撃は、茶狼の顔に直撃し、クリティカルで命中。茶狼は四散。
俺は刀を納刀し、ハアハア、と息を切らす。ここの所ずっとレベリングをやっている俺には、肉体的疲労は無いものの、精神的疲労が蓄積し続けていた。俺は茶狼がドロップしたアイテムと金を確認ようと思い、メニュー画面を開こうと思ったその時、俺の耳に明るいファンファーレが鳴り響いた。とうとう俺のレベルが10に上がったのだ。俺のHPとMPが上昇すると共に全回復される。俺はメニュー画面を開き、手に入ったステータスポイント10をSTRに6、AGIに4振る。そして、その直後にポーンッ! という効果音が響き、目の前に【《刀》スキルのレベルが10になりました】というメッセージが出た。さっき茶狼を三匹倒した事で、刀スキルのスキル経験値がいっぱいになったのだ。
暫しの嬉しさに浸ろうと思っていると、またもやポーンッ! という効果音が響いた。レベル10になって効果音が響く理由は一つしかないので、俺はメニュー画面から《メッセージ》タブをタッチし、さっき届いたばかりのメッセージタブをタッチする。
【レベル10達成おめでとうございます! これより、あなたをグリスネアワールドの本当の舞台へとご招待致します!】
ゲーム時代、自分のアバターのレベルが10になった時に届いたメッセージと丸っきり同じだ。俺は《OK》ボタンをタッチすると、全身が青い光に包まれた。そして、俺の意識が、一旦途絶えた。
◇
何かの臭いがする。これは、油の臭いだ。強い油の臭いがする。それに、さっきから奇妙な音も鳴り響いている。この音は、金属と金属がぶつかる音と、機械の音?
「…………」
俺はゆっくりと目を開けた。一番最初に目にしたのは、巨大な金属の塊。否、巨大な建造物だ。それは東京都の高層ビルとはまるで違い、未来の世界に出てきそうな、如何にもゲーム的な印象を捉える、超高層ビルだった。
周囲には、沢山の高層ビルや工場が立ち並び、周りからは金属音や機械音が鳴り響いている。視界に入る人々は、皆が《先住人》ではあるものの、その一部は、人間ではなく、機械人間――所謂アンドロイドというものが多い。
高層ビル、工場、機械、アンドロイド。こんなにも近未来的なものがある大陸と言ったら――
「――東方大陸、か」
グリスネアワールドで唯一、機械技術や科学技術が発達した機械大陸。それが、今俺がいる東方大陸。つまり俺は、東方大陸に転送された訳だ。
東方大陸は、グリスネアワールドの中で、二番目に難しい大陸だと言われている。その理由は、出現するモンスターの種類にある。ここ東方大陸のフィールドに出現するモンスターは、物質系モンスターと機械系モンスターの二種類だけである。他の大陸――例えば南方大陸では魔獣系、植物系、昆虫系、一部の精霊系モンスターなどの多くのモンスターが生息しているのだが、東方大陸は物質系と機械系の二種類のみ。ただそれだけの理由で二番目に難しいと言われている。何故そうなのかは何れ分かるだろう。
それは兎も角、転送された場所が東方大陸だと確認した俺は、一先ず武器屋を目指した。理由は簡単。防具の新調の為。今俺が装備している薄い黒色コート型の防具――《白夜のコート》はレベル5の時にモンスタードロップしたもので、売られている防具よりも防御力が高いからしばらく装備していたのだが、さすがにレベル10になってくると限界がやって来る。この街で売られている新しい防具に替え、これをどうするかは後で考えよう。
そして刀の方――《名刀『三代虎徹』》は、俺が《鉄刀》を手に入れれてすぐに新調した刀で、本当なら刀の方も替えなくてはいけないのだが、《三代虎徹》には充分な強化をしている為、まだ替える必要は無い。
という訳で俺は、武器屋にたどり着くや否や、さっきまでの狩りで手に入れたアイテムを売り払い、新しい黒いコート型の防具――《ブラックハイド・コート》を購入。すぐさま《白夜のコート》と入れ替えて装備する。このコートは《白夜のコート》よりも色が濃い黒で、暗い洞窟や夜フィールドにいる場合に隠蔽率をボーナスしてくれるというありがたい優れものだ。
次に俺が向かったのは雑貨屋。と言っても、ポーションや食料を買うのが目的ではない。まだストックは充分あるし、パンだってまだ残っている。では何故来たのか。その理由は、あるものを買いたいから。それは――スキルブック。
スキルブックとは、読む事でスキルを習得出来るアイテムの事。習得出来るスキルは、一部戦術スキル、魔法スキル、生活スキルの三種類である。一回読むだけで習得出来て便利なのだが、値段が凄い高い上に、ゲームの時とは違い、百科事典並みに分厚いその本を全部読まないと習得出来ないという難題がある事が判明した。俺はレベル10になるまでに、既にスキルブックを使い、《索敵》、《隠蔽》、《拡張》、《疾走》、《体術》の五種類のスキルを習得している。他に俺が持っているスキルは、主武器用の《刀》、補助武器用の《投擲》、武器攻撃をすると一定確率で習得出来る《武器戦闘》、自分よりもレベルの高いモンスターと戦闘すると一定確率で習得出来る《闘争本能》、そしてもう一つある。あの日に運営から貰った、元レベル100プレイヤーに与えられたスキルの計10個である。これはレベル10までの《放浪者》の中でも多い方である。なんせ高いスキルブックは簡単には買えないし、習得してもスキルレベルを上げるのに物凄い時間が掛かる。そんな俺が新たに習得したいスキルは2つ。
一つ目は《鍛冶》、二つ目は《採掘》。どちらも生活スキルカテゴリのスキルだ。
《鍛冶》スキルは、武器や防具などの装備アイテムを製作する為のスキル。材料となる金属や皮があれば、スキルレベルに応じた装備を製作できる。製作以外にも、武器強化や武器修理なども出来るので、態々武器屋に頼まなくても修理が出来る。
《採掘》スキルは、岩壁や岩石の塊から金属や宝石などの素材アイテムを見つける為のスキル。スキルレベルが高ければ高いほど、レアな鉱石を採取する事が出来る。まあ、そんな事が出来るのはかなり先になりそうだけど。
俺は残った金を全部使い、スキルブック《鍛冶屋の基本》と《採掘の基本》を購入。百科事典二つ分もある為、結構重い。なので俺は一旦スキルブックを倉庫に預け、メニュー画面を開き、《フレンドリスト》を開く。
俺がこの大陸に転送されて最初にやりたい事は、実はある確認をする事――何故それを後回しにして買い物をしたのかと言うと、単なるネットゲーマーとしての本能が武器屋や雑貨屋に足を向けたからである――。その確認とは、フウヤと雪華がこの大陸に転送されたかどうか。
フレンドリストに登録している友達は、同じ街などにいればフレンドリストの名前の欄に赤い星印が、同じ大陸にいるなら青い星印が浮かび上がる。なので、二人がこの大陸に転送されたかどうかを確認するには手っ取り早い。そう思ってフレンドリストを見てみると、俺は肩をがっくりと落ち込む。フレンドリストのフウヤと雪華の欄には、赤い星印も青い星印も無い。つまり、二人はまだレベル10になっていないか、なってても東方大陸以外の大陸に転送された、という事になる。
「……まあ、そう簡単に会える訳ないか」
それもその筈。《ソーティカルト・マティカルト》の放浪者達は、レベル10になると、東方、西方、南方、北方の四つの大陸のどれかにランダムで転送される。だから再会出来る確率は四分の一、ではない。実は、俺が今いるのは東方大陸にある街の一つ――《歯車の街》以外にも、もう七つ存在する。転送先の街が。
レベル10になったら四つの大陸にランダム転送、その後に実は、その転送された大陸にある八つの街の中のどれか一つにランダムで転送される。
例えば、俺がレベル10になった時、東方、西方、南方、北方の内、俺は東方大陸に転送された。その後に、東方大陸始まりの舞台になる《歯車の街》、《鉄骨の街》、《機械油の街》、《電動機の街》、《岩石の街》、《玉石の街》、《鉛の街》、《石英の街》の八つの内の一つ、《歯車の街》に転送された。という事は、予めパーティーも組んでいない者同士が再会できる確率はもっと低いという事だ。更に言えば、100人の元レベル100プレイヤーが四つの大陸のどれかに転送される場合、一つの大陸に平均25人、一つの街に平均三人か四人が転送されるという事にもなる。勿論必ずそうなると決まった訳では無いが、もしそうだとしたら、俺以外にこの街に転送された元レベル100プレイヤーはあと二人か三人という事になるが、今はそれを知る余裕は無い筈だ。
だから、俺は早速フィールドに出る事にした。勿論初見のモンスターもいるかもしれないし、この世界では何が起こるか分からない。けど、俺は進む。そして、再び会う。嘗ての仲間に。
◇
《歯車の街》から出てすぐの、機械の音が鳴り響くフィールド――《マシンストン・ロード》にはモンスターはあまり出ない。出ても数は一匹か二匹。本格的にモンスターが出るのはこの先になるのだが、そこまで結構道のりがある。折角なので俺は、《疾走》スキルの経験値を上げる事にする。メニュー画面からスキル画面を出し、戦術スキルカテゴリの《疾走》をタッチし、出てきた《発動可能状態》をONにする。こうする事で態々スキル画面を開かなくても疾走スキルが使える。いざ走ろう、と駆け出そうとしたその時、
「……あれ?」
俺はあるものを見つけた。それは一人のプレイヤー、放浪者が俺の約50m先を歩いていた。全身スッポリと茜色のフードを被っているので分かりにくいが、目測だと身長は多分160cm前後、背中には長柄鎌を背負っていた。そして、歩き方が少し変だ。普通に歩いているように見えて、体が少しフラついている。恐らくモンスターとの戦闘を長く続けており、ロクに休んでいないからだと思う。俺も人の事は言えないけど。俺は半分興味本位でスキル画面を開き、疾走スキルの発動可能状態をOFFにし、代わりに自分の姿を隠す事の出来る《隠蔽》スキルをタッチする。隠蔽スキルはまだスキルレベルが低いので気休めにしかならないが、前を行く長柄鎌使いには気付かれないだろう。
歩いて約三十分。目の前の長柄鎌使いは巨大な洞窟《機石の分かれ道》の入り口の前にピタリと止まり、片方は金属と機械部品で出来た道《試作機の古道》、もう片方は岩石と鉱石で出来た道《元素石の古道》の二つの洞窟の入り口を見ていた。試作機の方は機械系モンスターが、元素石の方は物質系モンスターが出現する。態々二つに分かれている道の内、俺はこの長柄鎌使いが試作機の方に進むと思って見ていると、俺の予想は百八十度大きく違った。
長柄鎌使いは、元素石の方へと進んでいった。俺は声が出そうになるが、慌てて口を塞ぐ。別にどっちを行こうと本人の自由だし、俺は口を挟むつもりは毛頭無いのだが、さっきフラつきながら歩いていた所を見るに、恐らくあの長柄鎌使いには精神的疲労がかなり溜まっている筈だ。それだと言うのに、あの長柄鎌使いは何故か元素石の方へと足を踏み入れた。一体何故、元素石の方に行ったんだ? というかあの長柄鎌使いは、最初に立ち止まった。そこはまだ良い。けど、俺が一番気になったのは、《試作機の古道》と《元素石の古道》の前に止まった時、まるでどちらに入るか迷うように見ていた。《ソーティカルト・マティカルト》がゲームだった頃、ネット上には当然の様に無数の攻略サイトが掲載されていた。その中には、この二つの洞窟の事も当然記されている。元プレイヤーの人であれば、主武器が長柄鎌である以上、レベル10そこらの今なら試作機の方に進むのがセオリーだ。それなのに、あの長柄鎌使いは元素石の方へと進んだ。迷った末に元素石を選んだとしたら、それは大きな誤りだ。なんせ、元素石の方に出現するモンスター達は――
と、考えていた俺は我に返る。気が付いた時には目の前にいた長柄鎌使いは、既に《元素石の古道》の中へと姿を消していた。
俺は歯噛みし、当初の目的を大きく変更する事にする。俺は試作機の方ではなく、元素石の方へと足を踏み入れた。
◇
「――チッ、クッソッ!」
――ギィン! ギンッ!
俺はさっきから《月水》や《猟零》を連発し続けていた。相手は正六角形の形をした鉄の塊、中心にある黒水晶で出来た一つ眼、周囲には正八面体の鉄の塊が四つ、電磁浮遊で浮いている、レベル10物質系モンスター《アイアンストーン・マグネ》。通称電磁鉄。物理防御力が極めて高い厄介なモンスターだ。スキルを当てているのに、HPが二割しか削れていない。
「《猟零》!」
普通にスキルを当ててもキリがないと判断した俺は、クリティカルヒットが何故か狙いやすい《猟零》を連発して、速くHPを削る作戦に出る。けど、全然クリティカルヒットしない。
何故だ。雪華とかはよくクリティカルヒットしてた筈なのに。クリティカル率はAGI補正とかは関係ないし、ひょっとしたら攻撃を当てる場所に問題があるのか?
「ギィィィィィンッ!」
電磁鉄は金属音の様な鳴き声を上げ、周りに浮遊している鉄をぶつけてくる。電磁鉄の攻撃パターンは、基本的には自分の周囲に浮いている鉄の塊四つを投げ付ける《アイアン・シュート》。俺はそれを刀で弾いたり避けたりして、電磁鉄への射程圏内に入る。
クリティカルヒットが中々出ないなら、別の方法で倒すしかない。
「《飛兜》!」
俺はジャンプすると、電磁鉄の頭上目掛けて――何処が頭か知らんが――赤く輝いた刀の刀身が振り下ろされる。
――ガキンッ!
強い金属音が鳴り響く。
「…………ギ、ギギ、ギ…………」
電磁鉄の動きが鈍くなった。電磁鉄の名前が表示されているステータスバーを見てみると、《アイアンストーン・マグネ Lv.10》の隣に、黒い稲妻マークの描かれた黄色い四角のバフアイコンが表示された。これは対象者の動きを一定時間止める状態異常の一つ、一時的行動不能を表すアイコンだ。
刀スキル下位単発技《飛兜》は、上から刀で敵を叩きつけるだけの技だが、当たれば一定確率で敵をスタンさせる事が出来る、刀スキルのレベルが10になったら使える技。
スタンしたと言っても、時間は精々長くてたったの十五秒。だから、さっさと倒す。
「《猟零》!」
俺は《猟零》を三回、《月水》を四回、《飛兜》を二回発動させる。今度の《飛兜》もスタンが付与され、もう十五秒動きが止まる。すかさず俺は《月水》を三回発動する。スキルの連続攻撃で電磁鉄のHPは残り半分。俺は続けて《猟零》を二回発動する。刀の刺突攻撃は電磁鉄の体の中心に二回とも命中し、なんと二回ともクリティカルヒットとなり、HPが残り一割になった。
成程。電磁鉄の弱点は体の中心。つまり眼だ。さっきまでは電磁鉄が彼方此方動き回るので、その弱点の眼には当たらなかったのだ。という事が分かったは良いが、電磁鉄へのスタンが解けてしまった。
「ギィィィィィンッ!」
電磁鉄は金属音を上げながら《アイアン・シュート》を使うが、それと同時に俺は《猟零》を発動。電磁鉄の鉄塊投擲は確かに速い。けど、《猟零》はそんな事お構い無しに突っ込む。鉄の塊は俺の体の彼方此方に当たり、HPが削れるが、俺の《猟零》が電磁鉄の眼に当たるのが速かった。
パリンッ!
ガラスが割れる音が鳴り、電磁鉄のHPが0になった。電磁鉄は青白い光に包まれて四散。足元にアイテムと金がドロップされる。ドロップしたのは《アイアン・インゴット》、《ブラック・マグネット》、金が少々。戦闘時間は約十分。普段なら長くて二、三分ぐらいしか掛からないのに、さすがに物質系になると大変だな。まあ、態々そっちに行った俺が悪いんだけど。
俺はアイテムを確認し終えると、《隠蔽》スキルを発動させておき、先を急ぐ。俺の先を行ってしまった長柄鎌使いは、一体何処まで進んだんだろうか。そして、嫌な予感がする。
◇
予感は的中した。《隠蔽》スキルで身を隠しながら進む事約十分。俺はとうとう長柄鎌使いを見つけた。見つけたは良いが……
「――ッ!」
――ギィンッ! ギィンッ! ギンッ!
はっきり言って、状況は芳しくなかった。長柄鎌使いが戦っているモンスターの数は凡そ十二。種類は電磁鉄――《アイアンストーン・マグネ》、通称電磁氷――《アイスストーン・マグネ》、通称電磁火――《ファイアストーン・マグネ》、通称電磁雷――《プラズマストーン・マグネ》。どれもレベル10の物質系モンスター。しかもどれも物理防御力が極めて高い。
対する長柄鎌使いは主武器は当然の如く長柄鎌。さっきは分からなかったが、使っている武器は長柄鎌カテゴリの中で初期のキャラ設定の時に貰える武器の一つ《アイアン・サイス》。羽織っているローブは《ビギナーの街》で売っている《マダーレッド・ローブ》。大したステータス上昇効果も無い、只のローブだ。そして顔はローブに包まれて顔は見えないが、恐らく長柄鎌使いのレベルは10。使用しているスキルは長柄鎌スキル初期技《カーブ・エッジ》――だけだ。
何故《カーブ・エッジ》しか使わないんだ? という疑問が俺の頭に浮かぶ。確かに《カーブ・エッジ》はAGI補正で速い回転斬撃を話す事が出来る技だが、その反面威力は弱い。レベル10なのだから、スキルレベル5から使える、同じ長柄鎌スキルでも威力の高い下位単発技《ムーン・カット》が使える筈だし、スキルレベルが10に達していれば周囲の最大八体の敵に同時攻撃出来る下位範囲攻撃技《サイクロン・バイト》も使える。それなのにその二つを使わないという事は、そこまでスキルレベルが到達していないから?
(……いや、違う)
俺は長柄鎌使いの攻撃を見てそう確信した。長柄鎌使いの放つ《カーブ・エッジ》は――速い。それはもう、AGI補正のおかげという域をとうに越している。俺でも見切る事が出来ないぐらいに。まるで、音速の斬撃が円を描いてモンスター達を切り裂く様に、速すぎる。
もう一つ核心に到れた。この長柄鎌使いは雪華同様、AGI優先型。でなければあんな速い攻撃は繰り出さない。けど、今の状況でそれは意味を成さなかった。
モンスター達は長柄鎌使いの《カーブ・エッジ》を受けても、HPは大して減らず、自分の周りを電磁浮遊している塊で長柄鎌使いを攻撃。長柄鎌使いは当然避けられず、只攻撃を当てては逆に喰らい、HPが減るを繰り返している。無理も無い。一人で十二体のモンスターを、それも物質系を相手するんだ。このままならあの長柄鎌使いのHPは0になる。
そして、このモンスターとの戦いで、全てが確信に到った。恐るべき攻撃速度の高さは兎も角、あの長柄鎌使いは、初心者――ビギナーだ。
気が付いた時には、俺は既に出ていた。《名刀『三代虎徹』》を抜刀し、長柄鎌使いを背後から攻撃しようとしていた電磁鉄に、《猟零》を放っていた。
――ギィン!
強い金属音が響き、電磁鉄は他の電磁氷や電磁火とぶつかり、おはじきの要領であっちこっちに飛ばされた。
「――っ!?」
突然俺が出てきた事に、長柄鎌使いは驚いている様だ。顔が見えないから分からないけど。
俺は長柄鎌使いと背中合わせになり、背中越しに長柄鎌使いに言う。
「長柄鎌使いさん、ソロ狩りしてる所を邪魔して悪いな。けど、このままならあんた、死ぬぜ?」
俺はバッと駆け出し、HPが残り少ない電磁雷に《飛兜》を放ち、スタンに成功させる。すかさず《猟零》で電磁雷の中心にあるトパーズで出来た眼を狙う。
――パリンッ!
俺の突進刺突攻撃はトパーズの眼を砕き、電磁雷を青白く四散させた。続けて《月水》を連発して攻撃を受けた電磁ズへの敵意を俺に向ける。俺の勘が正しいなら、俺の方が長柄鎌使いよりも攻撃力は高い。だから、電磁ズへのヘイトは必ず俺の方が上回る。
――ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ!
強い金属音が響き渡る洞窟の中で、俺と長柄鎌使いは約二時間――ポーションが尽きないようにHPが減るのを気をつけ、長柄鎌使いが攻撃を受けないように出来る限りのヘイトを電磁ズに掛け、少しも休まない戦いを繰り広げた。
「――ラス1ッ!」
俺は最後の一匹になった電磁鉄の眼に《猟零》を当て、残りHPが一割になった電磁鉄に長柄鎌使いが《カーブ・エッジ》を放つ。
「長柄鎌使いさん! ソイツの眼を狙えッ!」
俺が大声で叫ぶと、長柄鎌使いはそれに応じたかの様に、電磁鉄の眼に《カーブ・エッジ》を当てた。
――ガキンッ
洞窟内に、最後の金属音が響いた。電磁鉄はギギギ…………、という声を上げ、青白く四散。足元にアイテムがドロップされる。
「ふう、やっと片付いた」
俺は刀を納刀し、長柄鎌使いの方を振り向く。
「余計な事を、とか言うなよ。もし俺が助太刀しなかったら、あんた本当に死んで……」
たかもしれないしな、と言おうとした所で、長柄鎌使いが長柄鎌を大きく振り翳した。俺はギョッとし、腰の刀を抜こうとした。
まさか助けられておいてPKしようってのか!? と一瞬思ったが、違った。長柄鎌使いの体が突然、フラつきだした。
長柄鎌使いは慌てて長柄鎌を杖代わりにして体を支えているが、とうとう支えきれなくなり、バタリと倒れた。
「長柄鎌使いさん!?」
俺は慌てて長柄鎌使いさんに駆け寄る。体を揺さぶってみたが、反応が無い。HPが0になっているなら、とうに消えている筈。という事は、気を失っているだけか。そういえば、この長柄鎌使いを最初に見た時、体がフラついていた。この人は体を充分に休めずに洞窟に入り、さっきの様な戦闘をやっていた。つまり疲労が溜まり過ぎていたんだ。だから倒れたという感じか。
「……けどなぁ」
いくらなんでも、こんな洞窟のど真ん中で倒れても困るんだよな。とりあえず名前を確認すべく、さっきは見る暇がなかったステータスバーを見る。
えーっとなになに、レベルは当然の如く10、HPは三割ぐらい残ってて522、MPは半分近く残ってて600、か。あれだけの数を相手にしたから一割ぐらいしか残ってないと思ってたけど、まだHPが三割残っているのは逆に凄いな。
まあ、そんな事は今はどうでも良いか。それでこの長柄鎌使いの名前は……《瑞希》――ミズキ、か。なんか女の子っぽい名前だなー
「……って、ちょっと待て」
俺の頭の中を、嫌な予感が横切る。俺は失礼とは思いつつも、長柄鎌使いの顔を隠しているローブのフードをバッと捲る。
「……マジかよ」
予感は的中した。艶やかな黒いストレートヘアー、小柄な体格、そして目を閉じた姿は正しく眠り姫の様な美しい顔。
俺が助太刀した(恐らく)初心者の長柄鎌使いは、女の子だった。