005
《一万年樹齢の木》のベンチに戻った俺達は、パンを食べながら今後の事について話していた。
「で、これからどうするかについてだけど、まずこれからの僕達は確実にソロプレイを強いられる事になっちゃう訳だから、
①予めパーティーを組んでおく。
②特定のレベルになったら何処かの街で集合する。
のどっちかになるね」
……まあ、だろうな。
《ソーティカルト・マティカルト》は《ビギナーの街》から出る際、《剣技の道》、《戦術の道》、《魔法の道》という3つの分かれ道があり、プレイヤーはそれぞれの主武器によって進む道が違う。この道を進めば、現在《ビギナーの街》で売っている武器よりもワンランク上の武器を手に入れる事が出来るからだ。つまりこの場合、俺と雪華は《剣技の道》に、フウヤは《魔法の道》に進むことになる。それだったらさっき《アイビー・スタッフ》を手に入れたフウヤが俺達と一緒に《剣技の道》に行けば良いのではないかという意見が出そうだが、そうもいかない。何故なら《剣技の道》、《戦術の道》をそれぞれ進んでいくと、そこから更に道が分かれるのだ。《剣技の道》なら《片手剣の道》、《両手剣の道》、《短剣の道》etc、《戦術の道》でも《片手斧の道》、《両手斧の道》、《弓の道》etc
当然、道が分かれていれば到着する街もバラバラ、この先偶然出会える確率もゼロなのだ。
つまり、俺達は3人は主武器がそれぞれ違う為、ここから先はソロで生きてかなくてはいけない。
「まあ、2つしか無いけど、消去法でいくなら②が得策じゃねえ?」
「うーん、そう、だよねえ」
ちなみに①の案が出た理由は、《ソーティカルト・マティカルト》ではレベル10になると、《東方大陸》、《西方大陸》、《南方大陸》、《北方大陸》の4つの大陸の内ランダムで強制転送され、そこから本格的な冒険が始まる。だが既にパーティーを組んでいる場合、パーティーメンバーは一番最初に転送された人と同じ街に転送される。なのでまた一緒に冒険をするにはパーティーを組まないといけないのだが、これは正直リスクが大きい。なんせパーティーを組んでいる状態なので、他の人達と協力し合うような状況に陥った場合、パーティーを組む事は実質不可能に近い。なので特定のレベルまで上がったら何処の大陸に集合して3人一緒に冒険するというのが現実的だ。
「でもさ、何レベになったら集合する? そもそも何処に集合しよっか?」
それなんだよなぁ、集合するにしても辺鄙な場所だと行き難いし、レベルにしたってそれ相応のレベルじゃないと意味が無い。
「うーん、集合場所は《中央大陸》で良いだろ。あそこは一応中立大陸なんだし、行くにしても《ワープ・ゲート》を使えばすぐに行けるだろうし」
「そうだよね。でも問題はレベルだよ。あんまり高すぎると大変だし、かと言って低すぎると危険だし、一体どのくらいが良いのか……」
「50」
さっきまで黙ってパンを食べていた雪華が――理由は分からんが、どうやら機嫌が悪かったらしい――話の中にやっと入って来た。
「レベル50が良い。それくらいが一番丁度良い」
レベル50。確かにそれくらいが良いか。60や70だと少し高いし、40ぐらいだとそれでも低い。ゲームの頃でのレベル50は最高レベル100の半分。区切りを付けるには申し分ない、かな。
「……分かった。俺はそれに賛同する。フウヤは?」
「僕も賛成だね。けど、レベルは指定したけど時間を指定するのは止めよう。お互い何があるか分からないし、ひょっとしたら長期間レベル上げが出来ないかもしれない。だから時間指定は一切無しにして、レベル50になったら。それまではどれだけ自分が早かろうが、《中央大陸》の中枢都市で待つ。それで決まりだね」
「そうだな」
(コクコク)
そろそろ、俺達も暫しの別れの時がやってきた。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。また何かあったら通話機能使ってよ。ちなみに転送された大陸がカブったら、それは運が良かったって事で」
「りょーかい。んじゃあ俺達も行くわ。フウヤも元気でな」
「……また会おう。3人で」
俺達はここに誓う。レベル50になったら、《中央大陸》の中枢都市で集合する。その間自分達に何が起こるか分からない。元レベル100プレイヤーを怨む者に闇討ちされるだろう、ギルドに勧誘されたりするだろう、新たな出会いがあるだろう、それでも俺達は再び出会う。また、いつか。
「それじゃあ2人共、《中央大陸》で待ってるよ」
「おお。俺も待ってるからな」
「うん。私も待ってる」
フウヤとはここでお別れだ。フウヤはこの後《魔法の道》を進み、そこで何かが起こるだろう。
「雪華、俺達も行くか。途中までだけど」
「うん」
そして俺達も進む。《剣技の道》へ。
◇
《剣技の道》を進む事約一時間、俺達は出くわしたモンスターをバッサバッサと倒していき、とうとう分かれ道に辿り着いた。片手剣、両手剣、短剣などのお馴染みの武器も然り、槍や長柄鎌、薙刀も然り、変わったものは鉈や鋸など沢山ある。ここで俺は《刀の道》に、雪華は《短剣の道》に進む。
「そんじゃ雪華、ここで分かれるけど、お互い気をつけようぜ」
「うん。龍刃も元気でね」
「ああ。じゃあな」
俺は雪華の頭を優しく撫で、《刀の道》へと歩こうとする。すると、
「龍刃」
雪華が俺を呼び止める。何だ、今になって一緒に行きたいとか言い出す気か。
「何だよ」
「……撫でてくれてありがとう」
お礼を言った時の雪華は、顔を少し赤く染め、恥ずかしそうに言っていた。俺はこの時の雪華の顔が、忘れられなかった。
◇
日本中で大人気のMMORPG《ソーティカルト・マティカルト》。日本で約10万人がプレイする程の人気を上げたそのゲームが開始した、一世一代のビックイベント。それは《ソーティカルト・マティカルト》をプレイする約10万人のプレイヤー改め、《放浪者》達を《ソーティカルト・マティカルト》の世界に転生させる、史上最悪のビックイベント。そのビックイベントが起こる原因となったのは、100人の元レベル100プレイヤー達。
彼らは片手剣使いであったり、刀使いであったり、魔術師であったり、治術師であったり、騎士であったり、体術使いであったり、金属線使いであったり、暗殺者であったり、弓使いであったり、忍者であったり、鎌使いと様々であり、かの最強ボスモンスター《金色の龍王神》を倒して手に入れた伝説のレアアイテム、通称《ゴールデン・シリーズ》と、ビックイベント開始を協力してくれた感謝の気持ちとして運営から送られたスキルを所有している。
そして、運営から送られた、元レベル100プレイヤー100人だけが所有しているスキルを、後に《放浪者》達は、《スペシャルスキル》と呼び、この一世一代のビックイベントの事を、《放浪者》達はこう呼んだ。
――《地獄転生》と。
◇
雪華と別れた後の俺は、襲ってくる狼や子蜘蛛を次々と倒していき、ドンドン経験値を稼いでいった。
俺は心の中で思っている事が2つあった。一つ目はこのビックイベントだ。俺がイベントの承諾をしなければ、こんな事にはならなかった。元の世界で、友達も少なくてネクラで非社交的で只のネットゲーマーの龍川針刃として、ただのゲームとして遊んでいられるだけでおさまったはずだ。俺が、約10万人の人達の人生を狂わせた。それは許されざる罪だろう。だからこそ、その罪を忘れずに俺は、この世界で生きてくのだ。100人目の元レベル100プレイヤーにして、ビックイベントを起こした大元凶、龍刃として。
二つ目は、八刃と強刃の事だ。結局、俺は2人を置いてきてしまった。本当は意地でも捜しだして一緒に冒険したいと思っていた。けど、それは出来ない。俺はビックイベントを起こした大元凶。俺と一緒にいれば必ず2人はとばっちりを受ける。あの2人はそれでも俺と一緒にいたいと思うだろう。けどそれを俺は許さない。どんな事があろうと、元レベル100プレイヤーである事を盾に悪く言われるのは俺だけで充分だ。だから少なくとも、今は一緒にはいられない。今の俺は、2人を守れる程の強さは無い。
「……八刃、強刃、ごめんな。兄ちゃん、絶対迎えに行くからな」
八刃と強刃を――この世界での2人の名前は直刃と刀魔――置いていった事を、俺は一生後悔する。後悔するからこそ、俺はこの後悔も忘れずに生きていくのだ。この、未知なるゲームの世界で。
◇
龍刃、雪華と別れた後の僕は、襲ってくる狼や子蜘蛛を魔力の玉で次々と倒していき、経験値を稼ぐ。
僕がこの世界に転生された時、思った事が2つあった。一つ目は、元の世界での事だった。元の世界での僕は、自分で言うのも何だけど、ちょっと頭が良くて、勉強も出来て、学校ではいつも学年上位にいるけど、ちょっとした事で人生の道を少し踏み外して、家族との間に溝が出来て、友達も全く出来なくなって、少しズレた人生を送っていた高校生、風岡雅矢だった。そして今の僕は、ビックイベントが起こる原因となった元レベル100プレイヤー、フウヤだ。その現実を叩きつけられた時の僕は、酷く冷静だった。これで、嫌だった世界とおさらば出来る。もう二度と顔を合わせなくて良いんだ。お父さんとも、お母さんとも、弟とも。そう思った反面、後悔もあった。もう二度と元の世界に戻れない代償として、他の人達を、それも10万人もの人達を巻き込んでしまった。これは許されざる罪だ。僕は決して忘れない。この罪を長い時間をかけて償っていくという事を。
二つ目に、龍刃の事だ。正直心の中では驚愕だったよ。まさか龍刃が100人目の元レベル100プレイヤーで、ビックイベントを起こした元凶だっただなんて。でも僕は龍刃を怨んだりはしない。龍刃は僕にとっての大事な友達だし、かつて一緒に戦った仲間でもある。それに、龍刃が全部悪い訳じゃない。僕だって共犯だ。いいや、僕だけじゃない。かつて一緒にいた皆が共犯だ。だから僕は、龍刃が1人で背負おうとしている責任を、一緒に負う。だって、友達だから。
◇
フウヤ、龍刃と別れた後の私は、走っていた。速く、速く。AGI優先型のおかげで、私は速く走れる。ゲームの世界の体だから、体力の無い元の世界での私の体とはまるで違った。走っている途中でモンスターが襲ってきたけど、それも全部《ラピッド・エッジ》で倒していった。
私はこの世界にやって来て、思った事が2つあった。一つ目は、この世界に転生されて、凄く嬉しいと思った。元の世界での私は、自分の存在価値がゲーム以外に無いと思っていた女の子、時雨葵だった。けど、転生された後の私は、昔は《孤高の女忍》と呼ばれて、ハイレベルプレイヤーとして有名だった雪華だ。そう実感した時、私はどれだけ嬉しかったことか。それと同時に、凄く後悔した。私だけが転生されたんだったら後悔なんて無かった。けど、転生されたのは私だけじゃなかった。《ソーティカルト・マティカルト》をやっているプレイヤーの人達全員が転生された。しかもその原因が、私を含めた元レベル100プレイヤー100人であると悟って、私はとんでもない事を仕出かしてしまったと思った。別に全員を転生する必要なんてなかったのに。私1人だけでも、良かったのに。でも時既に遅し、私はこれからは時雨葵としてでなく、元レベル100プレイヤーで、ビックイベントが起こった原因の1人、雪華として生きていく。10万人の人達の人生を狂わせた、1人のプレイヤーとして。
二つ目は、龍刃の事だった。昔一回だけイベントでパーティーを組んだだけだったけど、凄かった。どう表現して良いか分からないけど、兎に角凄かった。その後も何度かゲームの中でだけど、よく会った、お話もよくした、時たま一緒に狩りをした。凄く強かった。一度で良いから、リアルで会ってみたいなって思ってたけど、事情があって私にはそれが出来なかった。それでも希望はあった。ビックイベントで転生された時、偶然龍刃を見かけて、実際に会う事が出来て、凄く嬉しかった。でも驚きもした。まさか龍刃が、100人目の元レベル100プレイヤーで、ビックイベントを起こした元凶だなんて。龍刃は私やフウヤに謝ってたけど、私は全然気にしていなかった。寧ろお礼を言いたいぐらいだった。でも、それを言う訳にはいかなかった。私だって元レベル100プレイヤー、龍刃の共犯。お礼なんて言えない。それに、龍刃には10万人の人達を転生させたという罪を背負っていた。私にはその罪を代わりに背負う事は出来ないかもしれない。それでも、私は龍刃の重荷を、少しでも分けられるようにしてあげたい。だって私は……
◇
龍刃、フウヤ、雪華が《ビギナーの街》を出てから数時間後の事だった。
「いやー、良いお湯だったねー!」
「はい!」
「……そうね」
3人でお風呂に入ってたアタシ達は、さっきと同じ格好で出てきた。アタシが髪の毛を拭いていると、目の前で綺麗な金髪を丁寧に拭いているマリアの胸がタユンタユンと揺れていた。アタシは面白そうだったのでマリアの後ろに周ってマリアに覆い被さる。
「ねえねえマリア。お風呂の時も思ったんだけどさ、マリアの胸ってまた大きくなったんじゃない?」
「え? そ、そうですか?」
「そうだよ。最後に会った時に比べてた一段と増したっていうかさ。やっぱり大好きなリュウ君にいつでも触らせてあげたいから大きくしてるの?」
「え? い、いえ。そ、そういう訳では……」
ほほう。マリアが顔を赤くしてますなー。ここはちょっと悪戯しちゃおうっと。
「別に隠す必要なんかないじゃん。リュウ君にはそりゃもうたーくさん触られてるんでしょ?」
「そ、そんな事ないです! りゅ、龍刃さんは、そんな人じゃありません!」
「えー、そうなのー? じゃあマリアはリュウ君には一度も胸を触ってもらってないんだー?」
「あ、は、はい。あれ以来一度も」
「もったいないなー。こんなにも実ってるのに触らせてあげないなんて。たまには触らせてあげなさいよ」
アタシは自分よりも一回りも二回りも大きいマリアの胸を鷲掴みにする。
「ちょっ、ちょっと柚子魅さん!?」
「ああー! マリアの胸柔らかーい! 本当にもうけしからん胸ですねマリアちゃんは!」
アタシはニヤつきながらマリアの胸を揉み揉みする。ああ、やっぱりマリアの胸ってアタシよりも凄いなー。こりゃ負けるよ。
「あ、あの柚子魅さん。キャルロさんが柚子魅さんを狙っているんですけど」
「あ、ヤバッ」
アタシは慌ててマリアから離れる。
「……チッ」
キャルロのほうを見てみると、確かに弓矢アタシを狙ってる。しかもスキルを発動しようとしてる。やっちゃったー、キャルロの前で胸の話題は厳禁だったー
「キャ、キャルロ。あ、後でアタシの胸好きなだけ触って良いからさ。とりあえず弓を収めてくれない?」
「……嘘だったら百回射抜くからね」
キャルロはスキルの発動をキャンセルして、弓矢を戻す。良かったー。キャルロってこういう時になると凄く怖くなっちゃうから大変だよー
「んで柚子魅。これからフィールドに出てみるつもりなの?」
「うん。多分アタシ達はこの世界で生きてかなきゃいけない事になるし、モンスターとの戦いに慣れておかないといけないでしょ」
「それは良いけどさ、大丈夫なの? 実際にモンスターと戦って」
「まあ、なんとかなるっしょ! 早速3人一緒にイッコー!」
「イ、イコー!」
マリアもアタシの真似をしてやる気満々。対するキャルロは相変わらず気乗りしてないみたいだけど、とうとう諦めがついたのか、
「イコー」
棒読みでアタシのまねをしてきた。
◇
アタシ達が《ビギナーの森》でモンスターと戦う事約三時間後。もう既に日が沈みかけてきたので、アタシ達は宿に戻ってきたんだけど、
「つ、つ~か~れ~た~」
「あ~、足が痛いです~」
「……キツイわね。これ」
アタシ達は物凄い疲労感を背負っていた。まず実際にフィールドに出てみて分かったんだけど、思った以上に体を使うし、モンスターとの戦いになったらどうして良いのか全然分からなかった。スキルを使えばモンスターを倒せるってのは分かったんだけど、メニュー画面からスキルを発動してモンスターを倒すのは物理的にほぼ無理だよ~
「ああ~、さっきお風呂に入ったのにまた入りたくなってきた~」
「私もです~」
「同じく」
けど、途中でキャルロが、スキルは体の動きと感覚と音声で使えるってのに気付いて、そこから先はグンと楽になったんだよねー
それで調子に乗ってたら出現率が超超低い人面蔦がなんと5匹も出てくるし、しかも狼や子蜘蛛もウジャウジャ出てきちゃったんだよねー
虫が苦手なマリアは子蜘蛛が出てきた途端に慌てふためいて泣いちゃうし、人面蔦なんてアタシやキャルロに蔦を絡めたと思ったらそのままぎゅぅぅっと縛り上げちゃうし。只でさえアタシは胸がおっきいから、なんだか緊縛されたみたいになっちゃって、色んな所が強く締め付けられて変な感じだったなー。ちなみにキャルロはその緊縛状態だったアタシを見て敵意をこっち向けてきたのも大変だったなー
まあ、それでも最後はマリアが泣きながらも魔力の玉で人面蔦を倒してくれたし、後はアタシがガントレットで狼をバンバン殴ったし、キャルロも弓矢で子蜘蛛を正確に射抜いたし、一応勝ったには勝ったんだけど、思ってたよりも疲れたなー。ゲームの世界だから現実よりも体が頑丈なんだろうけど、体に溜まった疲労感はまだ消えないなー
「キャルロー、マリアー、また3人で洗いっこしようよー」
「はいー。お背中流しますねー」
「さすがのあたしでも今度は3人で入りたいって思うなんて。なんという不覚よ」
アタシ達3人はクタクタな体を癒すべく、お風呂場へ入ったのだった。
◇
お風呂に入ってから一時間後。
「いやー! 良いお湯だったー!」
「大きいお風呂で気持ち良かったですね!」
「……牛乳飲みたい」
日も沈んできたので、今日の所は早めに寝ようと思って、アタシ達は店で買ってきた可愛い寝間着を着ていた。
「そういえばさ柚子魅。1つ聞きたい事があるんだけど」
「んー? なーに?」
「あんたさ、何か隠してるでしょ」
ピク。アタシはキャルロの質問に体が固まってしまう。
「やっぱり」
う、うわあ。凄いなキャルロは。相変わらず観察力鋭いよー。将来は警察官とか向いてる気がするなー
「あ、あの柚子魅さん、隠してる事って一体……」
あー、マリアまで聞いてきちゃったー。仕方ない。ここは正直に言おう。
「あー、えっとね、実はアタシさ、見たんだ」
「見た、何を見たんですか?」
「リュウ君と、フウ君」
2人の名前を口にした途端、マリアはえ、と声を漏らして固まってしまう。
「やっぱり見かけたんだ。柚子魅って嘘つくの下手だからすぐに分かんのよ」
「単にキャルロが鋭過ぎるだけだと思うんだけど……」
「……どうして」
固まってしまったマリアが大声で叫ぶ。
「どうして教えてくれなかったんですか!? 龍刃さんとフウヤさんを見かけたんでしたら、どうして声を掛けなかったんですか!?」
マリアがアタシの肩を掴んで言い詰め寄ってくる。その顔は、ずっと会いたがってたリュウ君に会えるチャンスを逃し、悲しむ顔だった。
「マリア、落ち着きなさい。柚子魅が説明しづらいでしょ」
キャルロがマリアの肩を掴んで制止させる。マリアはあっ、と声を漏らし、慌ててアタシから離れる。
「ご、ごめんなさい柚子魅さん。わ、私、つい」
「ううん。気にしないでマリア。マリアの気持ちも分からなくもないから」
アタシがマリアの頭を撫でて宥めると、マリアは申し訳無さそうにションボリとする。
「それで柚子魅、あんたは本当に龍刃とフウヤを見かけたの? 人違いじゃなくて?」
「う、うん。人違いじゃなくて、本当だよ。あのネクラで暗そうな顔をしている背の高い男の子と、優しそうで秀才風に見える男の子は絶対リュウ君とフウ君だもん」
「じゃあ何で話しかけなかったのよ。折角合流出来るチャンスだったのに」
「い、いやー。それがさ、リュウ君とフウ君、別の女の子と一緒にいたからさ。なんか話しかけづらかったんだー」
アハハ、とアタシが笑ってみたけど、キャルロの視線は一層怖くなり、マリアはえっ、と驚く。
「柚子魅、その女の子って年はいくつぐらいに見えたの?」
「え? うーん、多分中学生ぐらいかなー。背が低かったから年上には見えなかったけど」
「ふむ。成程」
キャルロが何かを考えている。もしかしてその女の子に心当たりでも……
「マリアがいるというのにも関わらず、他の女の子に手を出すなんて。龍刃は相当なロリコンね」
あー、そっち方面考えてたの。実はアタシもそっち方面の事は少しだけ思ってたんだよねー。フウ君なら兎も角、まさかリュウ君が女の子に手出すなんて思えなかったんだけど。
「で、でもさキャルロ、いくらリュウ君でもそれはさすがに……」
「龍刃には小学生の妹がいるわ。しかも未だに一緒に風呂に入ってるらしいし。いつ年下の女の子に欲情しても可笑しくないはずよ」
「よ、欲情ってそんな、ないない。ある訳ないよ。多分」
「そ、そうですよ! りゅ、龍刃さんはそんな人じゃありません!」
アタシと一緒にマリアが凄い否定をしてくる。まあ、もしそんな事があったら、今頃リュウ君生きてないね。絶対。
「随分と龍刃を信頼してるのね。マリアは。そんなに龍刃の事が好きなの?」
「はい! 私は龍刃さんの事が大好きで、あっ」
マリアの顔がトマトみたいに真っ赤になる。
「な、何を言わせてるんですかキャルロさんは~!」
「マリアが勝手に言ったんでしょ。ていうか、未だに龍刃の事好きなのね。マリアは」
「え、あ、は、はい」
マリアは顔が赤いだけじゃなくてとうとう湯気まで出てきちゃった。こんなに恥ずかしがってるマリア久しぶりに見たな。
「ふーん。そっかー。やっぱりマリアはリュウ君一筋なんだー。一途だねー」
アタシがニヤニヤしながら言うと、マリアはあまりの恥ずかしさに両手で顔を覆う。
「ゆ、柚子魅さんまで、止めて下さいよ」
「良いじゃん。別に恥ずかしがる事じゃないよ。寧ろマリアが羨ましく思えてくるなー。ねえねえマリア、一回だけで良いからリュウ君貸して」
「え。ど、どうしてですか?」
「そりゃあ勿論、リュウ君を誘惑する為に決まってるじゃん! そりゃアタシはマリアよりも胸は小さいけど、それでも充分大きいし、胸に埋めちゃえばリュウ君なんてイチコロでしょ!」
「だ、駄目です! 龍刃さんにそういう事をして良いのは、私だけです! あっ」
マリアの顔がまた赤くなる。本当にマリアはリュウ君の事が好きなんだねー
「ゆ、柚子魅さん!」
「アハハハ。マリアは本当に可愛いねー」
――バシバシバシバシバシッ!
不意にアタシに矢が五本も飛んで来た。しかも頭と胸を狙ってる。なんとかかわせたけど。
「チッ」
ヤバッ。またやっちゃった。キャルロが凄い睨み顔になってるよ。
「キャ、キャルロ、ご、ごめんなさい」
「……ねえ柚子魅。あんたが龍刃とフウヤに声掛けなかった理由ってさ、他にもあるんじゃないの?」
「え? な、何の事かなー。アハハハ」
「あたし達が解散するきっかけになった理由の1つ、忘れた訳じゃないでしょ」
「うっ……」
や、やっぱりキャルロはそこ突いてくるかー
そうなんだよねー。アタシがあんな事しなかったら、皆散り散りになったりしなかったよねー
「勘違いしないでね。別にその事であんたを責めてる訳じゃないわ。あたしが言ってるのは、あんたと龍刃がまた再会した時に、話を切り出せるのかどうか聞いてんのよ」
そうなんだよね。アタシがレベル10になって、何処かの大陸に転送された時に偶々リュウ君と再会する様な事になったら、なんて話しかけたら良いんだろう。いつまでも引き摺る訳にもいかないし。
「……まあ、善処するよ」
「宜しい。それじゃあそろそろ寝ましょう。もう眠い」
キャルロはそう言うと、《ショートボウ》と矢をテーブルの上に置いて、自分は大きなダブルベッドの上に寝転がる。
「んじゃあ、アタシ達も寝よっか。マリア」
「はい!」
お金節約の為にダブルベッドの置いてある部屋を選んで良かったよー。ベッド大きいからぐっすり眠れるだろうし。
「んじゃあ2人共おやすみー!」
「おやすみなさい!」
「……おやすみ」
今日は色々あったなー
これからアタシ達は、この《ソーティカルト・マティカルト》の世界で生きていく事になる。その原因を作ったのは、アタシ達元レベル100プレイヤー100人。今頃リュウ君やフウ君はどうしてるかなー。また会えると良いな。
「……そういえばさ柚子魅。1つ思い出したんだけど」
「ん? なーに?」
「あんたの胸、あたしの気が済むまで触って良いって言ってたわよね」
「え? あ。た、確かに」
「折角だから、今触る」
「え、ちょっ――」
まあ、リュウ君に会っても何て話せば良いかまだ分からないけどね。