004
俺達は《ビギナーの森》の入り口に到着し、俺は驚いていた。ここがゲームだった頃の俺は、キャラを作った後すぐにここでモンスターを沢山倒したものだ。スキルの発動練習は勿論、キャラをうまく操作する為の練習を何十回もやった。その時は森の景色とかは大して気にもしていなかったが、今改めて見てみると、凄いな。深く生い茂る木々、新緑の豊かな香り、気持ち良く吹く風が肌に伝わる。
「龍刃、なんか、本当に森に来たみたいだね」
「みたいもなにも、ここは森だろ。ゲームの頃は特に意識してなかったけどな」
(コクコク)
フウヤと雪華も驚いている。恐らくこれから先、《ビギナーの森》だけではない、他のフィールドやダンジョンももっと驚く事になるかもしれない。だが今はそんな驚きに浸っている場合でもない。実際にフィールドに出て何かしらの情報を手に入れないといけない。
「んでフウヤ、まず何処から行く? どうやらマップ機能は生きてるみたいだし」
俺はメニュー画面の《オプション》タブから《マップ》をタッチする。すると目の前に小さなマップデータが現れた。と言っても、マップが移しているのは俺がさっきまで歩いていた場所のみ。ここから先は実際に歩かないとマッピングは出来ない。
「とりあえず、奥に進んでみよう」
「そうだな」
「うん」
俺はマップを閉じ、3人で一緒に森を進み始めた。
◇
森を歩く事約一時間。未だに俺達はモンスターに遭遇しない。
「……何で一時間も歩いてるのに何も出てこないんだ」
「さあ、何でだろう……」
「……歩きつかれた」
もしかしたらこのまま一匹もモンスターと遭遇しないという可能性が出てきた。なんでも良いから何か出てきてくれ、という俺の願いが通じたのか、目の前で何かの呻る声が聞こえた。
「グルルルルル…………」
それは三匹の狼だった。白い体は雪の様に綺麗で、赤く光る目は狂暴の象徴。
魔獣系モンスター《ホワイト・ウルフ》。レベル1の雑魚モンスターではあるが、この白い狼はこちらが攻撃をしなくても自分の方から攻撃してくるアクティブモンスター。この《ビギナーの森》にいるモンスターの殆どがアクティブモンスターの多い魔獣系。初心者にとっては傍迷惑だが、逆に言えば自分の方から攻撃してくれるので、今は練習にはうってつけである。
「やっと出てくれたぜ。さてフウヤ、どうする?」
「龍刃は前衛で壁、雪華は側面からの遊撃、僕は後ろから魔法で援護する」
「了解」
「分かった」
フウヤの指示により、俺達は武器を出し、すぐさま陣形を整える。とここで、俺は1つ疑問に思った事があった。
「なあフウヤ、1つ聞きたいんだが」
「ん? 何?」
「これさ、どうやってモンスターと戦うんだ?」
「……え?」
俺の質問にフウヤは固まってしまう。ゲームの頃はキーボードとマウスを操作してスキルを発動したり武器を振ってたりしたものだが、生身で戦うとなるとキーボードもマウスも無い。よってどうやってスキルを発動すれば良いのかが分からない。
「……えっと、そうだね、ちょっと試してみるよ」
フウヤはメニュー画面を開き、《スキル》タブをクリック。その後《魔術》スキルのタブをクリックし、スキル項目が出現する。《ソーティカルト・マティカルト》のスキルはスキルレベルが上昇する毎に増えていき、当然スキルレベルが高ければ高いほど沢山のスキルが使えるし、強力なスキルも使える。
ていうか、何でフウヤ《魔術》スキル持ってるんだ? フウヤが持ってるのは魔法武器の杖を装備した事で習得出来る《杖》、あとは元レベル100プレイヤーに与えられたスキルの2つだけな筈。
「フウヤお前、何でもう《魔術》スキル持ってんだよ」
「あぁ、龍刃知らないんだっけ。《魔術》スキルの取得条件って、杖を装備しただけで充分なんだよ」
「え、マジ?」
「うん、マジ。でないとロクにモンスターと戦えないって」
何だよその便利なシステム。まあ言われてみれば確かに《杖》スキルは基本的にパッシブ系だからな。おまけで《魔術》スキルが付いてくるのは当然か。
「ていうか龍刃、来るよ」
フウヤはスキル項目から攻撃用のスキルをタッチ、杖の先端から青い光が輝きだす。
「《マジック・ボルト》!」
フウヤが放ったのは、魔術スキル初期技《マジック・ボルト》。青く光る魔力の玉は、よそ見していた俺に襲い掛かろうとしていたウルフに命中。ギャイン! という悲鳴を上げたウルフはそのまま後ろに飛ばされる。
「す、凄い。本当に魔法が使えた……」
「フウヤ、確かに凄いけど、技名言う必要あったのか?」
「い、いやーついついアニメのノリで」
えへへへ、と照れてるフウヤを見て、俺も負けずにはいられないと思い、即座にメニュー画面からスキル画面を開き、《刀》スキルのタブをクリック。出現したスキル項目の上にあった攻撃スキルをクリック。すると俺の刀の刀身が黄色く輝く。対象は勿論、さっきフウヤが攻撃した方のウルフ。でないとこのウルフは優先的にフウヤを攻撃してしまう。それだと前衛の意味が無いので、俺はフウヤ目掛けて突っ込む途中のウルフに狙いを定める。
「《月水》!」
刀スキル初期技《月水》は敵を一回だけ斬る技だが、ウルフの腹に見事命中。
「ギャイン!」
ウルフは声を上げると、全身が青白く光り出し、パーン! という効果音と共に四散。ウルフからドロップされた金がチャリンという音を立てて足元に落ちる。
「よっしゃあああっ!」
「龍刃も技名言ってるじゃん」
「し、仕方ないだろ。なんかついつい言っちゃうんだって。それよりも、次来るぜ」
残っているウルフはあと二匹。俺はもう一度メニュー画面をからスキル画面を開き、《刀》スキルのタブをクリック……
「龍刃危ない!」
「え? ――おわっ!」
しようとしたその時、もう既にウルフが俺に攻撃してきた。俺はウルフの鋭い歯が当たる前に刀を盾にしてガードするが、HPは徐々に減っていっている。
「どうしたのさ龍刃!? 何でスキルを使わなかったの!?」
「使おうと思ったら先にコイツがやって来たんだよ! 兎に角なんとかしてくれ!」
俺は目の前は、獲物に喰らい付くウルフの顔面が近い。しかも吐く息も臭いし!
俺はやっとこさウルフを跳ね返す。それを確認したフウヤはもう一度《マジック・ボルト》を発動。魔力の玉がウルフに命中。俺はその隙にもう一度《月水》を発動するべく、スキル画面を開こうとすると、何故か速いウルフが俺を飛び越してフウヤに襲い掛かった。
「しまっ――」
マズい。フウヤはINT―AGI型――レベルアップ時に手に入る10のステータスポイントをINTに6、AGIに4振る振り分け方――なので物理防力は低い。速くスキルを発動しようと思ったが、向こうの方が速いし、もう一匹のウルフが俺に襲い掛かってきた。このままじゃフウヤが危ない、その瞬間、ウルフと同じくらい速い何かが、ウルフの体に激突した。
「……《ラピッド・エッジ》」
それは雪華だった。流石は《孤高の女忍》。AGI優先型のおかげで短剣スキル初期技《ラピッド・エッジ》が先にウルフに命中。どうやらクリティカルヒットだったらしく、ウルフのHPはすぐにゼロになり、四散した。
「あ、ありがとう雪華」
「……フウヤ、これ戦いにくい」
「え?」
「フウヤは後衛でスキル使ってるから良いけど、龍刃や私だとどうしてもスキル使うのに時間が掛かっちゃう」
「そ、そうなんだよ! だからさっきもウルフが飛び越しちゃったんだ! あと出来ればコイツなんとかしてくれ!」
俺は歯と爪をむき出しにして襲ってくる三匹のウルフを、なんとか刀でガードしているが、俺のHPが徐々に削れていき、残りは3分の2程になった。
「あ、わ、分かった」
フウヤがメニュー画面を開き、もう一度《マジック・ボルト》を放とうとする。けど、それは出来なかった。突然、緑色の蔦がフウヤの体に絡みついた。
「うわっ!?」
「フウヤ!」
蔦はフウヤの全身に絡みついた後、フウヤの体を持ち上げ、フウヤを地面に叩きつける。HPと物理防御力の低さ故、フウヤのHPが大きく削れ、フウヤのHPバーが緑色から黄色に変わる。
フウヤを襲ったモンスターは、1本の木。その木は蔦が沢山絡み付いており、上の方は顔の形に木が変形していた。
植物系モンスター《アイビー・スペル》。通称、人面蔦。コイツもレベル1の雑魚モンスターなんだが、レベル1なくせしてHPと物理防御力が高く、蔦で相手の動きを封じる移動制限攻撃付き。しかもこのモンスターは出現率が1%と極めて低く、序盤辺りではかなりのレアアイテムであるアイテムをドロップする、超が付く程のレアモンスターなのだが、それが何故今に限って出てくる!? しかも出てきたのは一体だけでなく合計で3体。物理防御力が高い以上、フウヤの魔法で攻撃するのが一番なんだが、出てきたのはなんとそれだけではなかった。
「グルルルルル…………」
「シィィィィィ…………」
残りの狼の後ろから、同じ《ホワイト・ウルフ》がもう3体、更に側の茂みから昆虫系モンスター《ベビー・スパイダー》――当然の如くレベル1なのだが、この子蜘蛛の吐き出す糸には移動制限の状態異常が掛かるという、どう考えてもタイミングが悪すぎるモンスターが4匹も出てきた。合計で11体、しかも全部アクティブモンスターだ。
何故だ。元レベル100プレイヤーである為のバチか何かか。俺がビックイベントを開始させた元凶だからか。
「ど、どうすんだよフウヤ。こんな事ってゲームの頃には無かっただろ」
「多分、これもイベントによる変更なんだと思うよ。でないと一度に人面蔦が3匹も出る訳無いよ」
「だよなぁ。仕方ない、狼は俺が相手する」
「分かった。じゃあ雪華は子蜘蛛を、僕は人面蔦をなんとかするよ」
「了解」
「うん」
いくら俺達3人で分担するとは言え、簡単にいく訳がない。まず俺は狼4匹を一度に相手するのだが、スキルを発動するには時間が掛かる。なので仕方なく、全部の狼に刀で通常の攻撃を当てる。これなら狼達は必ず俺を攻撃してきてくれる。けど問題はまだ山積みだ。いくら攻撃を当てたとは言え、ダメージ量は小さい。スキルを使えばもっとダメージを与えられるが、メニュー画面からスキル画面を開き、《刀》スキルのタブをクリックしてスキル項目の中の攻撃スキルをタッチするという動作が物凄く時間が掛かる。それをなんとか収縮出来たら良いんだが、
「グルォォォォォッ!」
狼達はそれを考えてる時間なんてくれやしない。4匹全ては俺を優先的に攻撃するが、狼が俺に攻撃する度に俺のHPが徐々に減って行き、HPバーの色が緑から黄色に変わる。俺は噛み付いてきた狼を振り払い、腰の小さいポーチの中からさっき買ったHPポーションを取り出し――四次元ポケットか!――、すぐに飲む。赤色をしているポーションは、何故かリンゴジュースの味がし、俺のHPが3分の2程に回復。だがその直後に狼が俺の顔に喰らい付く。俺は間一髪で刀でガードするが、別の狼が俺の胴に突進してきて俺は後方に吹っ飛び、HPが減る。吹っ飛んだ俺は転がり、あまり痛くは無かったのに腹を押さえてしまう。
「っ! くそっ!」
俺は立ち上がり、呻り声を上げて今まさに俺に襲い掛かってくる4匹の狼達を一瞥する。
マズいな。せめて、スキルが簡単に使えたら良いのに。けど、一体どうしたら……
「グルォォォォォッ!」
狼達が襲い掛かってくるので、俺は刀を構え直す。
チクショウ、せめてもう一度《月水》を使う事で出来たら。と思ったその時、奇妙な事が起こった。俺の刀の刀身が、黄色く輝き始めた。
「……え?」
一体何故刀が光り出したのか考える暇も無く、狼が襲ってきた。俺が待ち構え、刀を振った。かと思えば、その刀の一振りがさっきと変わっていた。なんて言えば良いんだろうか、まるで俺がその技を使いたいという願いが届き、今まさに使う事が出来た、その刀の一振りは、黄色い光を発しながら狼を切り裂く。狼はギャイン! という上げて四散し、足元に金がドロップされる。
刀スキル初期技《月水》。俺が放ったのは、間違いなく《月水》だった。けど、どうやって発動した? 俺は只、《月水》が使いたいと願っただけなのに。けど俺の疑問はすぐには解決しなかった。残り3匹の狼達が襲ってきたのだ。
俺はひょっとしたらこうなんじゃないかという仮説が1つ思い浮かび、それを試して見る事にした。俺はもう一度刀を構え直す。但し、さっきみたいに刀を中段に構えたりせず、左足を前に出して腰を落とし、刃は横向きで狼達とのタイミングを待つ。すと、また刀身が黄色く輝き出した。狼が俺に喰らい付く一歩前に俺はスキルを発動。
「《月水》!」
刀の斬撃が狼に命中。HPは全部を削り切る事は出来なかったが、狼のHPバーが赤色に変わり、吹き飛ぶ。
もう一度《月水》を発動しようとしたら、他の2匹が俺に襲ってくる。俺は一匹目を刀で受け止めて弾き返し、もう一匹は身を避ける。そしてHPが残り僅かな狼に向かって走る。すると走っている途中で刀身が光り出す。
「《月水》!」
斬撃は吹き飛んで一時的行動不能が掛かっていた狼に命中。狼は四散した。
俺は残り2匹となった狼に一回ずつ《月水》を発動。この内一匹がクリティカルヒットだった為、一撃で倒す事に成功。最後の一匹が俺に喰らい付いてきたので、俺は刃先を地面に滑らす様にして走り、この動作でも刀身が光ったので《月水》が狼に命中。残りHPが少なかった狼のHPバーが無くなり、パーンという音を立てて四散。足元に金が落ちる。
俺の方は狼全てを倒し終えた。なのですぐに2人の方へと加勢しようと思い、後ろを振り向いたら、その必要は無かった。
「《マジック・ボルト》!」
「《ラピッド・エッジ》!」
フウヤが最後の一体になった人面蔦に魔力の玉を当て、雪華も短剣による一撃が子蜘蛛に命中し、それぞれは四散した。
「……そっちも終わったみたいだな」
「うん。なんとかね」
(コクコク)
なんとなくだが、仕掛けが分かってきた。ゲームの頃の《ソーティカルト・マティカルト》のスキル発動手順は、①メニュー画面からスキル画面を開き、②スキル画面から発動させたいスキルのタブをクリック、③出てきたスキル項目の中から使いたいスキルをクリック、④そして発動。という面倒臭い方法を使うか、パソコンのキーボード設定で、ショートカットキーに予め使いたいスキルを登録しておくかのどちらかである。前者は主に生産系のスキルを使う時に用い、後者は戦闘の時に用いる時に便利である。ただショートカットキーには限りがある為、一体どのスキルを登録しておくかはその時々である。
だが今はショートカットキーなどという便利な物は存在しない。どう頑張ってもメニュー画面からの面倒臭い操作を強いられるのだが、実はもう1つスキルの発動方法があったみたいだ。どう説明して良いのか分からないが、簡単に言うと、敵との間に特定な間合いが取れてたり、戦うという意志があったり、周囲に敵がいる事が分かれば、体の感覚と動きに応じ、音声入力の要領で大体のスキルは発動する。つまり、アニメや小説とかで登場人物が技名を言いながら技を放つのと大して変わらない感じである。さっきも目の前に狼達がいる事が分かってたし、ある程度の間合いは測っていた。体の構えや動きも様々だったが、大半は音声で発動する筈だ。
「どうする? 回復したらもう少し狩るか?」
「そうだね、もうちょっとスキルの発動とか、動きとか慣れておきたいし、もう少しぐらい頑張ってみよっか」
(コクコク)
俺達3人は持っていたポーションを分け合い、HPを満タンにして再び森を歩き始めた。
◇
それから更に一時間が経った。俺達は体の動きやスキルの発動には大体慣れ、まだまだ荒削りではあるものの、最初に比べて随分とマシになった。おかげで襲い掛かってくる狼やら子蜘蛛やらを俺が《月水》で高いヘイトを掛けて壁役として引きつけ、その隙にフウヤと雪華が後方と側面から攻撃していき、次々とモンスターを倒していく(ちなみに人面蔦はこれ以降まったく出てこなかった)。パーティーでの狩りで倒したモンスターの経験値と金は自動均等割りにされ、アイテムだけはドロップさせた人にゲットする優先権が与えられる。
なので結構モンスターを倒しているように思えても、実際に手に入っている経験値はかなり少ないし、金も僅かだ。アイテムは最初に倒した狼から《ホワイト・ウルフの毛皮》――《鍛冶》スキルで防具を作る時や、《裁縫》スキルで服を作る時に必要な素材アイテム――が何枚か手に入ったり、《ベビースパイダーの前足》――これは特に何かに使える訳ではないアイテム――もいくつか手に入れる事が出来た。毛皮は生産系スキル所持者には嬉しいんだが、生憎《鍛冶》スキルも《裁縫》スキルもここでは手に入らなし、子蜘蛛の足も武器の強化に必要な素材アイテムにはならないので、これらは後で店で売ってしまおう。そう考えてアイテム画面を見ていると、
「ねえねえ龍刃、これ見てよ」
どうやらフウヤが何か珍しいアイテムでもドロップしてたらしいのか、俺に自慢してきた。まあ、気持ちは分からなくも無いけど、レアアイテムドロップするモンスターなんて人面蔦ぐらいとしか遭遇していないよな。
「はいはい。一体何を……」
ドロップしたんだ、と聞こうと思った俺の口が途中で止まった。フウヤが自慢したかったのは、どうやら杖の様だった。さっきまでフウヤが使っていた《ウッド・スタッフ》みたいに木で出来た杖とは違い、2本の蔦が交じりあい、先端は蔦で出来た球体が付いているものだった。
「……フウヤ、それ、《アイビー・スタッフ》か?」
「うん! 最初に倒した人面蔦の一匹からドロップされたんだ!」
マジかよー! 俺は驚きのあまり、心の中で叫んでしまう。
《アイビー・スタッフ》。それは人面蔦こと《アイビー・スペル》からのみドロップされる杖カテゴリの魔法武器。ドロップ率は0.01%あるか無いかというぐらいに超超低いのだが、INTを+1する《ウッド・スタッフ》に比べ、この《アイビー・スタッフ》はなんとINT+10! しかも耐久度も高く、消耗も極めて小さい。この《アイビー・スタッフ》は、序盤(大体レベル30までの辺り)で使う、強化していない杖の中では恐らく最強である。レベル20辺りになると手に入りやすくなる《メタル・スタッフ》は耐久度の消耗は小さいがINTの上昇量が5、レベル30辺りで手に入る《クリスタル・スタッフ》もINT+8、攻撃力と耐久度は高いが消耗が早い。
なので《アイビー・スタッフ》を手に入れれば、少なくとも30レベル代まではやっていける。ゲームの頃、この杖の存在が分かった時、《ソーティカルト・マティカルト》のINT型プレイヤー達は大いに驚いた。そんな超レアな杖を手に入れられるフウヤの運って、やっぱ凄いな。
「で、でもよフウヤ、それ装備して街に戻ってお前が袋叩きにされる確率って100%じゃないのか?」
「うん、100だね。だからこれは仕舞っておくよ。適当に頃合いを見て使うさ」
フウヤはそう言い、自慢げに出してた《アイビー・スタッフ》を腰に下げてある小さなポーチに仕舞う。
「さ、戻ろう」
「あ、ああ」
「うん」
未だに驚きを隠し切れない俺は、フウヤと雪華と共に街を目指した。
◇
俺達が街に戻ってくると、街の様子が随分と変化していた。まだ現実を受け入れられない人達が沢山いる中、集団で集まって話し合っているグループがちらほら見えた。どうやらこのグループ達は、自分達がこの世界で生きてかなきゃいけないという現実を受け入れた人達。そして知り合いを見つけて行動を共にしていこうとでも考えているのだろう。勿論それが無駄な行為だとは思わない。只でさえ鬼畜であるこの《ソーティカルト・マティカルト》の世界で生きていくにはソロよりもパーティーの方が生存率は高い。でも、
「なあフウヤ、ここにいる人達ってさ、この後絶対ソロプレイを強いられるって事知ってんのかな」
この《ソーティカルト・マティカルト》の序盤では、パーティープレイが通用しない。出来なくは無いのだが、それだとどうしても偏りが出来てしまう理由がある。
「さあね。知ってる人もいれば知らない人もいるんじゃない。この世界に転生された人の一部って、アカウント登録していない人達だろうし」
「だよなあ」
運営のメッセージを見る限りだと、《ソーティカルト・マティカルト》をやってみたいという人が試しに人のアカウントを借りてプレイするという可能性があった訳だ。せめてアカウントの持ち主だけ転生してくれよな。人のアカウントを借りてたって事は、この世界には初心者が何割かは確実にいるんだし。
兎に角、俺達はさっきの戦闘で手に入れたアイテムを店で売り、僅かな金を手に入れた。
「フウヤ、この後どうする?」
「そうだねえ、今後の事について色々話そっか」
その後フウヤは商店の立ち並ぶ場所のすぐ近くにあった倉庫に行き、さっきドロップした《アイビー・スタッフ》を倉庫の管理者に預ける。倉庫はアイテムや金を預ける事が出来、どの街にでも倉庫が必ずある。そして預けた物はどの街でも預けたり引き出したり出来るので便利なのだが、預けられる物にも限界がある。《拡張》スキルを取れば預けられる数は増えるんだが、今はそのスキルを取る事は出来ないし、杖1つだったら取る必要もない。俺もさっき店に行った時にゴールデン・シリーズの《金の生る樹木》を預けた時だって大して支障は無かった。
フウヤが杖を預けた後は再び店に行き、パンとポーションを買い込む。
《一万年樹齢の木》のベンチに戻る為、街の広場を歩いていると、更に広場が騒がしかった。どうやらさっきまで現実を受け入れられなかった人達の大半が現実を受け入れられたんだろう、他の人達同様にグループになって集まったり、必要な物を買いに店の方に行ったりしている。ある者は《ビギナーの森》に行ってモンスターとの戦闘練習をしてみたり、またある者はソロでいるプレイヤーに声を掛けたりして仲間に引き入れたり、またある者はソロで装備を整えている。だんだん皆が現実を受け入れ始めていた。けど、やっぱりまだ受け入れられない人達もまだいる。
「……どう思う? フウヤ」
俺は彼らがずっとああしているままなのかどうか心配になり、フウヤに疑問をぶつける。
「そうだねえ。まあ、時間が解決してくれるでしょ」
「だと良いんだが……」
と、ここで俺は固まってしまった。店のある方へと続く道、そこの人混みの中に、1人の女の子がいた。女の子は黒い髪の後ろ三つ編み、服装は白いレザーチェニックに白いミニスカート、汚れ無き紫色の瞳は、アメジストの様で綺麗である。そしてなにより、その女の子は可愛い。最初に見かけた金髪碧眼の美少女や雪華と比べても遜色無いぐらいに可愛く、胸は金髪碧眼の美少女と比べると劣るものの、それでも立派に大きく育っている、グラマーな体型だ。もう一度言うが、俺は女の子の外見に対して固まったのではなく、その女の子もまた、俺やフウヤの知り合いであるから固まってしまったのだ。ただあまりにも見惚れ過ぎてしまい、その黒三つ編み巨乳美少女を見失ってしまった。なんかさっきの金髪碧眼巨乳美少女と同じようなパターンだな。
「どうしたの龍刃」
「いや、今さっき黒い三つ編みでかなり可愛い巨乳の女の子を見かけて……」
「あ、タクだ」
(ビクーンッ!)
さっきと同じぐらいに俺の危機的管理能力がフル発動。ヤバい! さっきの聞かれてたらマジでヤバい!
俺は周囲を彼方此方見渡すが、良かった、アイツはいないみたいだ。
「ハハハ、龍刃面白いね」
「テメエいい加減にしろよ! 本当に死ぬかと思っただろ!」
「ゴメンゴメン。それよりもさ、それってまた、あれ?」
「ああ。多分な。また見失っちまったけど」
(ゲシッ)
「痛ッ!?」
雪華がまた尻を蹴ってきた。しかもまた雪華がジト目で俺を見てるし。
「だ、だから何なんだよ雪華」
「……別に」
雪華はプイッと顔を背け、《一万年樹齢の木》の方へと歩いて行ってしまった。
「何なんだよ本当に」
「さあ、何なんだろうね」
フウヤがニッコリと笑って雪華の後を追っている。さっき同様、何がなんだか分からなかった俺は、また2人の後をついて行った。
◇
アタシは店の方で買い物を済ませて宿に戻った。
「あ、柚子魅さんおかえりなさい」
外国人と日本人が入り混じった顔をしていて、尚且つスッゴイ可愛くてスッゴイ胸のおっきい金髪碧眼の娘がとびっきりの笑顔で出迎えてくれた。
「ただいまマリア。キャルロは?」
「ここよ」
部屋にあった洗面所から、黒髪のポニーテールで中世的な顔つきで胸が私達に比べてかなり残念な娘が無愛想な顔で出てきた。
「柚子魅、あんた今失礼な事思ったでしょ」
うわぁ、キャルロ鋭いなー。完璧な洞察力。こっちの考えてる事お見通しかー
「な、何言ってるのさキャルロ。そんな事思ってない思ってない」
アタシは手を横にパタパタ振ってとりあえず否定する。キャルロはアタシをジト目で見てくるあたり、多分嘘だって見抜いてるね。
「そんで柚子魅、どうだったの街は」
「うーんとね、最初よりかはマシになってるかなー。さっきなんて店の方で品物の買い占めとかあってさ、ホント大変だったよ」
アタシは買ってきた荷物をテーブルの上に置いて中身を出す。パン、水、ポーション、それに手甲カテゴリの《アイアン・ガントレット》、杖カテゴリの《ウッド・スタッフ》、弓カテゴリの《ショートボウ》に矢、どれもこれも今後の生活には必要な物ばかりだから、アタシ達3人でお金を出し合って買った甲斐が合ったよー
「あ、あの柚子魅さん、それで、他の皆さんとはお会い出来ましたか?」
マリアが木の杖とパンを受け取りながらおずおずと尋ねてくる。アタシはその質問に対して首を横に振って答える。
「ううん。ここまで街が落ち着いたら、1人か2人ぐらいには会うかなって思ったんだけど、全然駄目だったよ」
「そうですか……」
あちゃ~、さっき可愛い笑顔を向けてくれたマリアがショボンと落ち込んじゃった~。言ったらこうなっちゃうなって予想はしてたけど、思ったよりデカイなー。ここはなんとかして慰めないと。
「元気出しなさいよマリア。別にあたし達は死んだ訳じゃないんだし、確かにこの世界がいくら広くても、いつか会えるって可能性が無い訳じゃないだからさ、あんたが元気ないとこっちまで気分が重くなるでしょ。お願いだから笑ってて」
と、ここでキャルロがマリアに言い聞かせと言うか、説教に近い慰めでマリアを元気付ける。キャルロに言われたおかげで、ションボリとしてたマリアがドンドン顔が明るくなっていき、
「そ、そうですよね、また皆さんにも会えますよね。キャルロさん、ありがとうございます」
「別に、あたしはお礼を言われるような事は何もしてないわ」
キャルロ、ナイスフォロー! ちょっと怒ってる雰囲気混じってたけど、マリアがまた元気に戻って良かったー!
「んでさ柚子魅、これからどうする? モンスターと戦いに行ってみる?」
「んーとねぇ、それも良いかもしれないけど、まずはお風呂入ろうよ! 皆で洗いっこしよっ!」
「あ、はい!」
うんうん♪ マリアも元気になって良かった良かった。
「じゃああたしは後で入るわね」
ってちょっとぉぉぉぉぉっ!
「キャ、キャルロ? これからアタシ達3人で一緒に冒険するって決めた矢先に何言ってるのさ」
「どうせこの後ソロプレイを無理矢理強いられるんだし、3人一緒になれるのはレベル10を超してからでしょ。そもそも3人一緒に冒険するのと3人でお風呂に入るのは関係ないでしょ」
う~、キャルロの言ってる事正しいから反論しにくい~。で、でも、ここで負けたら折角3人でいる意味が無い。
「キャ、キャルロ、これからアタシ達と親睦を深めようって気は無いの?」
「親睦を深めるなんて今更じゃない。昔一緒に戦った仲なんだし」
「そ、そうだけどぉ、いくら自分の胸がアタシやマリアよりも思いっきり小さいからって拗ねる事なんて……」
――バシバシバシバシバシッ!
「……何が小さくてあたしが拗ねてるって?」
ヤバいー! いつの間にかキャルロが弓矢を手にとってアタシを狙ってる! 弓術スキル初期技《シングル・ショット》を連発してアタシの頭とか胸とか狙ってるー!
「キャ、キャルロさん、駄目ですよ。折角柚子魅さんが買って来てくれた大事な矢をここで無駄遣いしちゃうのは……」
「……分かったわよ」
ありがとうマリア様! マリア様が宥めて下さって――なんか宥めるポイントズレてるけど――この柚子魅、感謝感激雨あられです!
「そ、それにキャルロさん、1人でお風呂に入るよりも皆で入った方が楽しいですよ」
「そ、そうだよキャルロ! 一緒に入ろっ!」
「……分かったわよ。一緒に入れば良いんでしょ」
キャルロはムスーっと口をヘの字にし、弓と矢筒をテーブルの上に置く。
流石のキャルロも、マリアにまで言われたら断る訳にはいかないかー
「その代わり柚子魅、あんたのその胸、あたしの気が済むまで揉ませてもらうわね」
あれー? 一難去ってまた一難になっちゃったー
「え、えっとキャルロ、それはちょっと……」
――バシバシバシバシバシッ!
「……何か言った?」
「な、何でも御座いません」
「なら良し」
うわーん! これだったら余計な事言わずにマリアに頼むべきだったー!
まあ、それはさておき、実はアタシ、見かけちゃったのよねぇ。リュウ君とフウ君。なんだか別の女の子と一緒にいたから声掛けにくかったけど、元気そうで良かったなー
また今度、何処かで会えたら良いな。そう思いながらアタシは、さっき買ってきた寝間着用の服を出すのだった。