003
俺が話を終えると、静かに聞いていたフウヤが口を開いた。
「……つまり、龍刃だったんだね。100人目のレベル100プレイヤーって」
俺はコク、と頷いて答える。フウヤは大して取り乱す様子も見せず、ふーんと言う。
「それで、この一世一代のビックイベントが起こったのも、そのイベントの承諾をしたのも全部龍刃で、全ての責任は龍刃にあるって言いたいの?」
「ああ、そうだ」
俺は静かに答える。
「けどな、こんなの言い訳になるかもしれないけど、俺だって予想しなかったさ。まさか突然ゲームの世界に転生されて、しかもそこで生きてくって。それに、俺はこうなった事に罪悪感がまるで無いんだ。喜んでるって訳じゃなくて、どうしたら良いか分かんなくって。只、今俺がやらなきゃいけないのは」
俺はフウヤと雪華さんに深く頭を下げる。
「ごめん。2人共」
まずはこの2人に謝罪をしよう。俺のせいで2人は元の世界に戻れなくなった。本当は全てのプレイヤー達に謝罪をしなければいけないんだが、まずはこの2人が先だ。この後のフウヤの言動で今後の俺の生き方が変わる。俺を突き放せばそれで俺はソロ確定。受け入れてくれたら3人で一緒に生きていけるかもしれないが、望みは薄いな。フウヤは基本的にはあまり怒らない方だが、一度怒れば相手を絶対許さない奴だ。
それに雪華さん。この人とはリアルで会った事は無いし、ゲーム内でもあまり接点が無かったけど、この人が俺と一緒にいる事を反対してもその時点でキッパリ諦める。それは仕方の無い事だ。どうせ学校では友達がいなくてソロな俺だ。ゲームの世界でソロでも良いさ。俺が覚悟を決め、フウヤと雪華さんの反応を窺う。
「……龍刃、顔上げなよ」
最初に聞こえたのは、フウヤの声だった。俺が顔を上げるとギョッとした。俺の目の前に雪華さんがチョコンと屈んでいた。しかも結構顔が近い。
「うわぁッ!?」
突然美少女の顔が目の前に現れた俺は、驚いて仰け反る。いつ俺の目の前にッ!? しかも雪華さんは少しも恥ずかしがっている様子を見せない。
「どうしたの?」
「いや、どうしたのって……」
分かんないのか、と言おうと思った俺は慌てて顔を逸らす。危なかった。ヘタすれば雪華さんのミニスカートの中が見えるとこだった。もしかして雪華さん、自分が屈んでいる事でスカートの中が見えるという事に気付いていないのか?
「雪華ちゃん、そんな風に屈んだらスカートの中が龍刃に見えちゃうよ」
ナイスフォローだフウヤ。もしフウヤが言ってくれなかったら、アイツやあいつに殺される。
さっきまで頭に? を浮かべていた雪華さんはやっと分かったみたいなのだが、
「別に、見られても平気」
イヤイヤイヤッ! そんな無邪気で可愛い声で言われても困るから! 雪華さんが良くても俺が困るから! 色んな意味で困るから!
「駄目だよ雪華ちゃん。女の子なんだから少しは恥じらいを持っておかないと。いつ龍刃が襲ってくるか分からないよ?」
「おい待てフウヤ、俺は断じてロリコンじゃないぞ」
冗談じゃない。いくら友達が少ないからって、そんな趣味に奔る程俺は命知らずじゃない。
フウヤに注意された雪華さんはストンと座り、何事も無かったかの様に俺をジーっと見てくる。
「ゆ、雪華さん、そんなにジロジロ見るのは……」
「雪華」
可愛い女の子にジロジロ見られるのは気恥ずかしかったので、俺が苦情を言おうと思ったら、雪華さんが自分の名前を言って遮る。
「え?」
「呼び捨てで良い。雪華って呼んで。私も龍刃って呼ぶから。それと、私は別に龍刃を責めたりしない」
俺が雪華さんの目を見る。何故だろう。愛くるしい瞳がキラキラ輝いている。まるで誰かに憧れる子供みたいだ。
俺の何に対して憧れているかは知らないが、どうやら雪華さんは俺を拒絶する気も無いみたいだ。
「そういう事だよ龍刃。僕も雪華ちゃんも、別に君を責める気は毛頭無いよ」
「フウヤさん、私の事は雪華で良い」
「え? あーそっか。分かった。じゃあ僕の事もフウヤで良いよ雪華」
「うん。分かったフウヤ」
フウヤは雪華の頭を撫で、雪華は何故かここで恥ずかしいのか、顔を赤く染める。なんか俺を他所に早速打ち解けてるなこの2人。
「あ、そうだ龍刃、さっきの話に戻すけどさ、僕も龍刃を責めたりしないよ」
フウヤ、出来ればもう少し早く話を戻して欲しかった。まあそれは置いておくとして、
「で、でも2人共良いのか? 2人がこんな目に遭ったのは俺のせいなのに……」
「てい」
ポカ。
雪華が俺の頭を軽く叩いた。
「な、何すんだよ雪華」
俺は早速さん付けを止めて雪華に文句を言う。そして俺は雪華が膨れているのに気付く。
「龍刃、1人で何でも背負いすぎ」
「は?」
「だからさ龍刃、確かにこのビックイベントが起こった元凶が龍刃だとしても、僕達がそれを責める資格は無いって言ってるの。もし龍刃が主犯なら、僕達99人の元レベル100プレイヤーは共犯だよ?」
「そ、そりゃそうだが……」
「それに、罪悪感無いとか言ってるくせに僕達に謝ってくるとか、絶対罪悪感あるでしょ」
「だ、だからそれがまるで感じられないって言ってんだよ! だから、とりあえず謝るのが一番かなって思って」
ポカ。
また雪華が俺の頭を軽く叩いた。
「龍刃の馬鹿」
「ば、馬鹿って何だよ馬鹿って!?」
「大体そういうのは私達以外の人達にやるべき」
た、確かにそうだ。雪華の言うとおり、元レベル100プレイヤーであるフウヤと雪華に謝るよりも、それ以外のプレイヤー全員に謝るのが一番だ。
「ていうか、雪華はこの世界に転生させられて嫌じゃないのか?」
フウヤは家でも色々とアレだという理由から大して悲観していないらしいが、何故雪華までもがこうも冷静でいられるのかが気になってしょうがない。
「別に。私、友達いないし、家でもアレだったし」
「あーすまん。余計な事聞いてしまって本当にすまん」
成程。雪華もリアルではあまり家族仲が良い訳では無いのか。ていうか俺の友達って皆こうな気がするな。家庭で溝が出来てたり友達いなかったり。
まあそれは兎も角、今の俺がやるべき事は他の約10万人のプレイヤーへの謝罪が一番良いと思うのだが、
「なあ2人共、今から街にいる人達に謝罪して俺が許してもらえる確率ってどれくらいだと思う?」
「うーん、ゼロだね」
「うん、ゼロ」
ですよねー
今謝りに行った所でどうせ袋叩きされるのがオチだ。けどそれはそれで仕方ないと思っている。俺はそれだけの報いを受けて当然の事をしたんだ。けど今謝ったって大して意味は無い気がする。勝手にそう思っておこう。例えそれが俺の自己満足だとしてもだ。
「フウヤ、さっきお前情報収集しようって言ってたけど、具体的に何をすれば良いんだ?」
「え? あーそうだね、折角3人になったんだし、手分けして彼方此方探してみようよ。一時間後にまたここに戻ってくるって感じで」
「あ、ああ。分かった」
「うん」
◇
「……って言ってもなぁ」
2人と別れた俺は何処を行って良いか分からなかったので、とりあえず《ビギナーの街》の商店の多い所にやって来ていた。《ソーティカルト・マティカルト》ではNPCが様々なアイテムを売っている。武器や防具も然り、ポーションも然り、食べ物も然り、村や街には大概NPCショップはある。
その中で俺は一番最初に武器屋に立ち寄った。この世界で生きていく以上、モンスターや、最悪プレイヤーとの戦闘は当然ある。まずは初期状態にリセットされたので武器を買っておき、その後にポーションなどの回復アイテムを買おうと思っている。
さっきメニュー画面を見て確認したのだが、《ソーティカル・マティカルト》開始時の初期金額は1000G。このゲームでの相場は、一食分の食事なら大体5~10G、一番安いHPポーションが20G、一番安い武器は大体200~300G、安い宿なら1泊30G。一日生活するには大体60Gぐらいあれは問題は無い。これは《ビギナーの街》の周辺のフィールドにいるレベル1の雑魚モンスターを10体前後ぐらい倒せば手に入る額だ。武器を買い次第すぐにフィールドに出てみたかったが、今の状況では1人で出るのは危険だろう。いくら大騒ぎしているとは言え、PKをするプレイヤーがいないとは限らない。
「いらっしゃい」
野太い声で挨拶をしてきた男が店主の武器屋には、さすがは《ビギナーの街》と言える初期装備と全く同じの武器が並んであった。片手剣、両手剣、短剣などのお馴染みのRPGに出てくる剣系の武器や斧、メイス、金鎚などの打撃武器、射出武器の弓、唯一の魔法武器の杖、更には槍の様に柄が長くて刃の大きさが普通の鎌より一回り大きい長柄鎌、これはどちらかと言うと防具に入るんじゃないのかという手甲、物凄いマイナーな物に至っては金属線などの変わった武器もある。
その中で俺がのお目当ては勿論の如く刀。キャラ作成時の時からずっと使い続けているので愛着があるし、もう1つ刀である決定的な理由がある。
「お兄さん、一体何をお探しかな」
店主は俺が商品である武器をジーっと見ているのを見て俺に尋ねる。
「え、えーっと、刀が欲しいんですが……」
「刀? はいはい、ここで売ってんのは、コイツしかないな」
そう言って店主が差し出したのは、俺がSTR―AGI型で初期武器を選んだ時に手に入れたのと同じ、刀カテゴリの中で一番下の《鉄刀》。値段は1本200G。安くて攻撃力は低いが、今はこの刀で我慢しよう。どうせ新しい刀は後で手に入れられるんだし。
「じゃあ、それ下さい」
「はいよ。毎度」
俺はメニュー画面から200Gを引き出して店主に渡し、俺は《鉄刀》を購入。早速それを腰に差すと、ポーン! という効果音が鳴り響き、目の前に【《刀》スキルを習得しました】というメッセージが出てきた。《ソーティカルト・マティカルト》では特定条件を満たす事でスキルを習得する事が出来る。武器系のスキルはその武器を装備するだけで習得でき、それ以外のスキルの習得方法は様々である。
メニュー画面を開いてスキル画面ウインドウを見てみると、剣技スキルの欄に【刀 Lv.0】、そしてもう1つ、元レベル100プレイヤーに送られたスキルが表示されている。スキルレベルはスキルを使用したり条件を満たせばスキル経験値が貯まり、一定量貯まればスキルレベルを上げる事が出来る。ただこれを最大値の100にまで上げるのはかなりの時間が掛かる。なのでこれから先もっとスキルを手に入れる事になるので、結構大変になる。俺がそんな事を考えていると、
「お兄さん、1つ聞いても良いかい?」
俺が支払った金を店の金庫に仕舞いながら、武器屋の店主が俺に話しかけてきた。
「は、はい。何ですか?」
「なんか、今日はやけに人が多いな。しかもやたら騒がしいし、何かあったのかい?」
……妙だな。この人のステータスバーを見てみると、この人は《ソーティカルト・マティカルト》のNPC、《先住人》。NPCである以上、決められた台詞しか喋らない筈なのに、何で向こうから話し掛けてきたんだ? 人工知能――AIでもなければそんな事は無いだろうに。だが今考えるよりも、後でフウヤ達と考えた方が良いだろう。俺はそう思い、
「あーえっとですね、まあ、何かあったと言えばあったんですけど、何て説明すれば良いか……」
「……そうか。なら良い。さっきも聞いてみたんだが、意味無かったか」
「聞いてみたって、俺が来る前に誰か来たんですか?」
「ああ、2人来たよ。1人目はお兄さんよりも背の低い青年、2人目は更に背の低いお嬢ちゃんだったな」
ほうほう。俺より背の低い青年と更に背の低いお嬢ちゃんね。
「あの、その2人何か武器を買いましたか?」
「ああ。青年の方は杖、お嬢ちゃんの方は短剣だったな」
ふむふむ、成程成程。
◇
「……やっぱお前らだったんだな」
「うん。まあね」
(コクコク)
一時間後、俺達は再び《一万年樹齢の木》の根元に戻って来た。そこには既にニコニコ顔のフウヤと、無表情でコクコク頷いた雪華が戻ってきていた。
「俺と行った方向が違った筈なのに何で俺より先に武器買ってるんだよ」
「さあ、何でだろうね?」
「秘密」
ああそうですか。別に構いませんよ秘密でも。俺はフウヤと雪華の服装を見る。フウヤはさっきとは大して変わっていない。唯一違う所は脇に杖カテゴリの《ウッド・スタッフ》が置いてあるという事だけだ。雪華の方は服装が違っている。多分服屋で買ったんだろ、白いミニスカートが黒いホットパンツになってるし、栗色のブーツも黒に変わって全身黒一色になった。そして背中にはさっき買ったらしい、短剣カテゴリの《アイアン・ダガー》が腰のベルトに付いている。
「んで、2人共なんか情報手に入ったのか?」
「んー僕の方はね、ちょっと気掛かりな事があってさ。先住人の事なんだけど、何か妙なんだよね」
「それは俺も思った。先住人ってのはNPC、意思を持たないプログラムだろ? なのに俺は武器屋でその先住人に話しかけられたし、戻る途中でも向こうから話しかけてきたりする先住人が多かったぞ」
「私の方も同じ」
どうやらフウヤと雪華も同じ疑問を持ったみたいだ。一体どうなっているんだろ。普通どんなゲームでもNPCは自分からプレイヤーに話しかける事はまず無い。なのに何故かこの世界ではNPCが話しかけてきた。勿論《ソーティカルト・マティカルト》がゲームであった頃もそんな事は無かった。それなのに何故?
「……あのさ、もしかして、これもビックイベントの1つなんじゃないのかな?」
「は? どういう事だよ」
「だからさ、運営からのメッセージに書いてあったじゃん。【この世界は皆様がプレイしていた頃の《ソーティカルト・マティカルト》の世界とは多少異なります】って。それってもしかして、先住人が単なるNPCじゃなくなったって事じゃない? もっと言うなら、この世界はもう、僕達が知っている《ソーティカルト・マティカルト》の世界じゃない、全く別の世界って事になる筈なんだよ」
言われてみれば確かに。それに多少異なるなら先住人だけじゃない。モンスターのレベル、ステータス、フィールド、クエスト、アイテムなども大きく変わっている筈だ。ゲームだった時の知識では通用しないかもしれないし、誰も知らない未知のダンジョンやボスモンスターだっているかもしれない。視点を変えればそれはそれで楽しみだが、それはあくまでゲームだったらの話。ここはもう、ゲームの世界ではないかもしれない。だから一体何が起こったって不思議じゃない。
「ちなみに僕は色々と街を見て回ったんだけどさ、まだ現実を受け入れていない人が多いね。もしかしたら知り合いに会えるかなって思ったんだけど、駄目だったよ。あ、それと僕さ、店でパン買ってきたんだ。はい」
フウヤが渡してきたのは《ソーティカルト・マティカルト》で一番安い食料アイテムであるパン。結構大きい割に1個1Gという安い値段である。《ソーティカルト・マティカルト》ではSPなどの、何かを食べる必要がある数値は存在しないが、食事をせずに空腹状態でいると動きが遅くなる上、HPも徐々に下がっていく。この世界に転生された以上、食事を取らないといけないのは生理的欲求である食欲が黙っていられない。そして俺はさっきまで街を歩き回ったから少しばかり腹が減っている。更に言うなら俺の所持金はさっき《鉄刀》を買った後にポーションも買えるだけ買ったので残金はゼロ。
なので俺はフウヤが差し出したパンをありがたく受け取り、一口齧る。
「……普通に美味いな」
「普通に美味しいね」
「美味しい」
ゲームの世界だから、ひょっとしたら味がしないんじゃないかって思ったんだが、味は普通に美味いパンの味。小麦粉の味が口の中に広がる。しかも結構大きいおかげで、これ1個で充分空腹は満たされる筈だ。
「他にも肉とか果物とか売ってたけど、あれ多分《料理》スキル使わないと料理出来ないかもしれないね」
「かもな。しかも《料理》スキルはこの街じゃ手に入らないスキルだし。そもそもこの状況でそのスキルを取ろうって考えてる人なんていないか」
「だよね。それで、龍刃の方はどうだったの?」
「収穫ゼロ。彼方此方回ってみたし、知り合いも探したけど見つからず。あんだけ沢山いるんだし、1人くらい見つかっても良いんじゃないかって思ったんだけど、全然駄目。それに……」
俺は続けて言おうとした言葉を呑み込む。実は情報収集している途中で捜していたのだ。妹・八刃、弟・強刃を。けど、見つからなかった。あの2人の事だから、多分泣き合っているか、俺を捜しているかと思ってたんだが、まるで見つからない。何より人が多すぎだからな。街が落ち着いてきたら後でゆっくりと捜そう。
「ところで、雪華の方はどうだったんだ?」
ちなみにパンを受け取ってから一言も喋っていない雪華はというと、俺の隣にチョコンと座り、パンを静かにモグモグと食べている。さっきは美味しいとか言ってたくせに、本当に美味いのかどうか分からない無表情でパンをゴクンと呑み込む。
「……私は服と武器とポーションを買った後、誰も行かなさそうな所とかに行ってた」
「行かなさそうな所って?」
「廃墟の中とか、生い茂ってる木の中とか、建物と建物の隙間とか」
何で、そんな地味な所ばっかり行ってるんだ、この黒尽くめ美少女は。《孤高の女忍》の二つ名は伊達じゃないという事か。
「それで、何か情報は手に入ったの?」
「……私達みたいに情報集めているグループがいくつかあった。それだけ」
「そっか。僕達みたいに現実を受け入れてる人はいるのか。そりゃいても可笑しくないだろうけど、どれくらいのグループがいて、一グループ何人ぐらいだったの?」
「私か見た時は、多分10グループぐらいで、人数は色々。5,6人とか10人とか2,3人とか」
成程。という事は、大体2,30人ぐらいは現実を受け入れてるって事だな。確かに集団になっておけばソロよりかは安全だが、1つ問題がある。それはこのゲームはどんなに沢山の人と一緒に行動を共にしようが、最初の方では必ずソロプレイを強いられる事になる。その理由についても後で説明するつもりだが、
「それじゃあ、そろそろフィールドに出てみよっか。皆武器手に入れた事だし」
フウヤは立ち上がり、脇に置いてあった《ウッド・スタッフ》を手に取る。
「大丈夫なのかよいきなり。もうちょっと調べた方が良いんじゃないのか?」
フィールドに出るという事は、モンスターとの遭遇、戦闘になるという事でもある。それに最悪の場合他のプレイヤーと鉢合わせになる事だってある。更に厄介なのは、この世界で死んだ場合の事だ。運営からのメッセージによれば、俺達プレイヤーは《放浪者》という設定であり、HPがゼロになって死んでも、一番近い街に強制転送されるらしいが、それが本当かどうか実際に死んでみないと分からない。
「まあ、確かにそうかもしれないけど、フィールドでの情報をこの街の何処で探すつもり?」
「う……」
そうなんだよな。フィールドでの情報は実際にフィールドに出ないと何も分からない。それは分かっている。
「あ、もしかて龍刃怖いの?」
「はあっ? 何でだよ。別にそんなんじゃねえって」
「別に隠さなくたって良いよ。僕だって内心じゃあ怖いよ。自分の体でモンスターと実際に戦うなんて、正直やりたくないさ。でも、僕にはやらなくちゃいけない償いがあるし、我が儘は言えないよ」
「フウヤ……」
そうだ。俺だってやらなきゃいけない事がある。この世界に、《ソーティカルト・マティカルト》の世界に転生させてしまった約10万人のプレイヤー――《放浪者》達に対して償いをしなくてはいけない。
「行こう。龍刃」
フウヤが俺に手を差し出す。
「龍刃、行こ」
パンを食べ終えた雪華も立ち上がり、フウヤの真似をしているのか、俺に手を差し出す。
「……ああ」
俺は2人の手を掴み、二人はそれを引っ張って俺を立ち上がらせる。
「てかフウヤ、行くにしても何処のフィールド行くつもりだよ」
「うーん、そうだね、じゃあ《ビギナーの森》に行こうよ。あそこは初心者専用だから出てくるモンスターのレベルも低いし」
「賛成」
《ビギナーの森》。あそこはレベル1からスタートしたプレイヤー達がスキル発動や狩りの練習をする為のフィールド。大きさは約50㎡。東京ドームよりも少し大きいくらい。出現するモンスターの種類は限られており、レベルも1か2。
「《ビギナーの森》って、ここから少しばかり歩くよな」
「うん。ついでだし、街の様子も見に行こうよ」
「そうだな」
俺、フウヤ、雪華の3人は歩き出した。
◇
俺達が街の方に戻ってみると、さっきまで騒がしかったのが少しばかり落ち着き始めていた。落ち着き始めたと言っても、無気力になって座り込んだりしている人もいれば、未だに騒いでいる人、どうすれば良いのか分からずキョロキョロしている人etcと言った感じである。
「さっきよりかは随分と落ち着いたね」
「ああ」
だがこれでも結構良い方だ。さっきまで悲鳴や罵声の嵐が吹き荒れていたせいなのか、そう錯覚してしまう。中には先住人に八つ当たりをする人までいたぐらいだ。
「ねえ龍刃、これぐらい落ち着いたんだったら、2人捜しに行ったら? 僕達も手伝うよ」
確かに、ここまで街が落ち着いてるんだったら、八刃と強刃を捜しやすいかもしれない。だが、
「けどよフウヤ、手伝ってくれるのはありがたいけど、捜すって言ったって、具体的何処から捜せば良いんだよ。闇雲に捜してても意味無いだろうし・・・・・・」
と、ここで俺は固まってしまった。妹と弟を見つけた訳ではない。遠くの人混みの中、そこに1人の女の子がいた。その女の子は顔立ちからして外国人と日本人とハーフみたいな顔立ちで金髪碧眼、しかも無茶苦茶可愛い。雪華と比べても遜色問わないぐらいの美少女だ。更に極めつけは胸だ。あんなにも大きな胸を持った女の子がリアルにいるのか!? と疑問に思いたくなるぐらい大きくて柔らかそうである。巨乳か爆乳と言える程ふくよかなその胸は女の子が歩く度に揺れている。どう考えても男だったら釘付けになる絵図だが、この状況で釘付けになる男はほぼいないだろう。というか固まった理由の主な原因はそこではない。金髪碧眼で巨乳で超可愛いその女の子を俺は知っている。というか、リアルでの俺の知り合いだ。俺がついつい見惚れてしまっていると、女の子は人混みに紛れ、姿を消してしまった。
「どうしたの龍刃」
ボーっとしていた俺にフウヤが話しかけてきた。
「いや、今さっき金髪碧眼で無茶苦茶可愛い巨乳の女の子を見かけて……」
「あ、タクだ」
(ビクーンッ!)
突如、俺の危機的管理能力が上限までフル発動。冗談じゃねえ、さっきのがアイツに聞かれてたら殺される程度じゃ済まされない! 俺は慌てて周囲を見渡すが、幸いにもアイツの姿は何処にも見えない。
「龍刃、冗談だよ」
「お前なっ! もうちょっと心臓に悪くない冗談言えよっ! マジでびっくりしただろっ!」
「ゴメンゴメン。でも龍刃、もしかして」
「ああ。けど見失っちまったよ。折角見つけたかと思ったのに」
(ゲシッ)
「痛ッ!?」
俺が人混みを見渡していると、雪華に尻を蹴られた。しかも何故か雪華は無表情だった顔が更にジトーっとした顔に変わって俺を見てる。
「な、何するんだよ雪華」
「……別に」
雪華はプイッと顔を背け、《ビギナーの森》の方へと歩いて行ってしまった。
「何だよあれ」
「さあ、何だろうね?」
フウヤがニッコリと笑って雪華の後を追っている。何がなんだか分からなかった俺は、仕方なく2人の後をついて行った。