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ソーティカルト・マティカルト  作者: 黒楼海璃
001 地獄転生
3/18

002

 運営会社からの、恐らく最後になるであろうメッセージを読み終えた周りのプレイヤー達はシン、と静寂に包まれてたが、その中の1人の男性プレイヤーがボソリと呟いた。


『……嘘、だろ』


 その一言によって、静かだった他の人達までまた悲鳴を上げ始めた。


『な、何なんだよそんな訳の分からないイベントは!?』

『おい! 運営出て来い! もっとちゃんとした説明をしろ!』

『い、嫌だよ! ここから出してよ! 何してくれてんだよ!』


 悲鳴どころじゃない。罵声、怒号、叫び合い、大声を上げて泣く、罵り合いなど、少なくともここにいる大半の人達、プレイヤー、《放浪者》達はまだ事実を受け止められずにいた。もしアリオン社が言っている事が本当なら、俺達はもう二度と元の世界には戻れない。さっきまでいた俺の部屋に、さっきまでいた俺の家に、面倒臭く行っていた学校に、もう二度と戻れない。いつも美味い飯を作ってくれた母さんにも、休日によくサイクリングへ一緒に出かけてくれた父さんにも、もう一生会えない。俺は今後、只のネットゲーマーだった中学2年生、たつかわしんとしてではなく、元レベル100プレイヤーにして、この一世一代のビックイベントを開始する事になった元凶、りゅうとして生きてく事になる。その事に対して、俺は酷く冷静だった。取り乱す事も無く、アリオン社が言っていた特別プレゼントとやらを確認すべく、スキルウインドウを見てみた。そして確かにそれはあった。元レベル100プレイヤーである事を示すプレゼントが。何で俺はこんなに冷静でいられるんだろう? 普通ならここで『俺はなんて取り返しのつかない事をしてしまったんだ!』とか思う筈だ。なのに全然思わない。かと言って喜んでもいない。どうしていいのかが分からないのだ。全プレイヤー約10万人に謝罪すれば良いのか? ビックイベントの起こった元凶として知れ渡り、悪のプレイヤーになるべきなのか? 今の俺には後悔と罪悪感が全く無い。まるで、こうなる事を望んでいたかの様に。


「あの~」


 俺が途方に暮れていると、不意に誰かが俺に話しかけてきた。この騒ぎの中よく他人に話しかけられるな、と感心しながら顔を向ける。


「もしかして、龍刃だよね?」


 声の主は青年プレイヤーだった。身長は俺より低めの大体160cmぐらい、髪は肩よりも少し上、服装は俺と色違いのレザーチュニック、レザーパンツ、ブーツ、そして現実の方でも面識のある優しそうな顔つき、


「……お前、フウヤか!?」

「うん、そうだよ! やっぱり龍刃だ!」


 この青年の名前はフウヤ。俺が《ソーティカルト・マティカルト》をプレイしていた頃偶然知り合った、である。


「ど、どうしてフウヤがここにいるんだよ?」

「それはこっちが聞きたいよ。学校の図書室で勉強してたら突然意識が飛んじゃって、気が付いたらこの格好でここにいたんだ。それでさっきアリオン社からのメッセージを読んで合点したんだけど、僕達、《ソーティカルト・マティカルト》の中に入っちゃったみたいだね」

「……らしいな」


 俺はこのビックイベントの原因が俺であるという事を今は伏せておく。今ここでそれを言ってしまったらフウヤは俺をどう非難するか分かったものじゃない。しかもそれを他の人達に聞かれたら尚更だ。


「とりあえず龍刃、ここじゃあ騒がしくてあれだし、場所変えよ」

「……ああ」



 《ソーティカルト・マティカルト》の舞台、グリスネアワールドは《東方イースト大陸》、《西方ウエスト大陸》、《南方サウス大陸》、《北方ノース大陸》、《中央セントラル大陸》の五大大陸から出来た世界。大陸1つの広さは約3000万k㎡、アフリカ大陸一個分ぐらいの広さがある円形の大陸。その中で俺達が今いる《ビギナーの街》は中央大陸の中で5番目に広い街と言われている。なので当然人目につかない場所くらいは沢山ある。例えば、今俺とフウヤがいる、街の端っこにある《いちまんねんじゅれい》の根元に出来た広場とか。


「つまり、これはドッキリとかそんなんじゃなくて、僕達は本当に異世界の住人になった、龍刃はそう言いたいんだね?」

「ああ。多分な」

「ふーん、そっかーそりゃまた大胆な事やってくれるよねー」


 広場のベンチに座ってる俺の話を、その隣で立って聞いているフウヤは特に取り乱した様子も無い。フウヤはどうしてこんなに落ち着いていられるんだ? 突然ゲームの世界っていう名の異世界に転生させられて、しかも一生戻れないっていう事実を突きつけられたというのに、あまりにも冷静過ぎる。


「なあフウヤ、2つ気掛かりな事があるんだ」

「んー? 何?」

「一つ目なんだが、もしアリオン社が言ってる事が本当だとしたら、この世界にはアカウント登録した人達がほぼ全員いるって事になる」

「ふんふん。それで?」

「ちょうどイベントが開始された時、フウヤは学校にいたんだよな?」

「うんそうだよ。もうすぐテストが近かったしね。それがどうかしたの?」

「実はちょうどその時間帯、俺の妹と弟が2人一緒に出掛けてて、家にはいなかったんだ」

「……え?」


 フウヤはポカンと口を開け、俺の言った意味がすぐに分かったみたいに表情が変わる。


「妹と弟は、この《ソーティカルト・マティカルト》にアカウントを登録している。そして現にこのゲームのプレイヤーだ。もし運営の言ってる事が事実なら、この世界に俺の妹と弟がいるかもしれないんだ」

「……やづちゃんと、きょう君だっけ? あの2人まだ小学生だよね?」


 俺はコク、と頷く。

 八刃と強刃は小学6年生の双子で、俺の妹と弟である。あの2人は《ソーティカルト・マティカルト》が開始されてから一年ぐらい経った時、このゲームをやってみたいからやり方を教えてと俺に頼んできた。勿論俺としては趣味が共感できるのは嬉しかったので手取り足取り教えてやった。勿論2人はネットゲーマーとしてはまだまだ最弱で、レベルもまだ20ぐらいだった。なんせ《ソーティカルト・マティカルト》は超絶な鬼畜ゲーだからレベル上げにはかなりの苦労がいる。だから俺は一回だけ2人に断念するよう勧めたが、あっさり拒否られた。理由を聞いてみると、八刃は『大好きなお兄ちゃんと一緒に冒険したいから!』、強刃は『兄ちゃんと一緒に強いモンスターと戦いたい!』という単純な理由だった。

 2人は所謂ブラザーコンプレックスっていうやつで、特に八刃は未だに俺と一緒に風呂に入りたがったり、一緒に寝たいと甘えるぐらい俺にべったりだし、強刃も俺が暇な時間を見つけては一緒に遊ぼうとおねだりしてくる。色んな意味で困ってはいるが、俺も俺で2人の事は大好きだ。小さい頃から親戚の叔父さんに習った体術で――今まで不良を何十人倒した事か――2人を守ると決めてるぐらいに。


「もしそうだとしたら、かなりマズいよねそれ。いきなり小学生が異世界に転生されて親と離れ離れになるだなんて。運営は何をやってくれてるんだよ」

「確かにそうだよな。俺はいつも《ソーティカルト・マティカルト》をプレイしてた時、鬼畜な事が起こる度に運営の奴らをブン殴ってやるって心の中で叫んでたけど、今回は今までで一番ムカついてる。殴るどころじゃねえ、いっそ殺してやりたいぐらいだ」


 けどもう運営には連絡と取れない。この世界から出られない以上、運営を見つけて殺す事なんて出来やしない。

 今頃八刃と強刃はどうしてるだろう。俺や母さんに会いたいって言いながら泣いてるかもしれない。2人一緒だと良いんだが、どうやって見つけるか考えていると、先にフウヤの方が思いついたらしく、あっ、と声を漏らす。


「龍刃、《フレンドリスト》を見てみるのは?」

「っ! それか!」


 俺はパチン、と指を鳴らしてメニュー画面を開く。

 フレンドリスト。文字通りゲーム内での友達の名前を登録しておくリストの事。このリストの中には2人のキャラを登録しているから何処にいるのか分かる筈。そう思ってフレンドリストを開いてみると、それは無駄だった。フレンドリストに登録されている友達が全て消えてる。一世一代のビックイベントはフレンドも消すのかよ。


「……龍刃、ゴメン」


 フウヤは自分が言った事に対してなのか、俺に謝ってきた。


「何でお前が謝る必要があるんだよ。仮に謝る必要があっても、俺は気にしてねえさ」

「……そっか、ありがと。でも龍刃、これで八刃ちゃんと強刃君が何処にいるのか分からなくなっちゃったね」

「単純にこの《ビギナーの街》を虱潰しに捜したら見つかる可能性は無くは無いだが、そもそも2人が本当にこの世界にいるかどうかってのも怪しいんだよな。ひょっとしたら転生されずに元の世界に残ってるっていう可能性も微粒子レベルじゃあ、あるにはあるんだがな。例えば俺の両親とかが勝手にログインしてたとか」

「まあ確かにそうだけど、龍刃のお父さんって今海外出張中じゃなかったっけ?それにお母さんだって買い物に行ってるとかチャットで言ってた様な・・・・・・」


 そうなんだよな。俺の父さんは一応IT企業の営業部で働いている。けど先週から海外に出張に行ってるからログインしたっていう可能性はゼロだな。したとしても多分海外のゲームサーバーだろうし。しかも俺がこのゲームをやってた時間帯は母さんが買い物に行ってた。つまり家には俺1人だけ。


「だから、八刃ちゃんと強刃君がこの世界にいるっていうのはほぼ確定みたいなものだね」

「だよなぁ」


 俺はガクッと頭を下げる。せめてあの2人だけは巻き込みたくなかったんだが、やっぱ始めたいって言い出した時に禁止させるべきだったかな?


「まあ、逆に言えばまた再会出来る可能性も出来たって事だよ。それで話変えるけどさ龍刃、気掛かりな事の二つ目って何?」


 話の空気が重くなり、それが自分のせいだと思ったフウヤは話題を切り替えてきた。まあ、八刃と強刃は多分大丈夫だと思う。一応このゲームのノウハウは一通り教えといたし。


「二つ目の気掛かりな事ってのはな、フウヤ、お前の事なんだが」

「へ? 僕? 僕の何が気掛かりなの?」

「お前、いきなりゲームの世界に転生されて、しかも二度と戻れないって分かったのによくもまあそんな冷静でいられるよな。いくらお前でも少しは取り乱すかと思ってたんだが」


 そう。さっきの街の方にいた人達は叫んだり騒いだりしてたのに、このフウヤはそういった所が全く見られない。よく俺並みに冷静でいられるよ。という俺の疑問を悟ったのか、フウヤはああ、と声を漏らして苦笑する。


「まあ、確かに普通だったらそうかもしれないんだけど、何でかな。こうなった事に喜びを感じてるっていうかなんていうか。元の世界での僕ってアレだったし、逆にこっちの世界の僕の方が性に合ってるっていうかさ」

「ああ、そういやお前そうだったな」


 ちなみに何でゲーム友達のフウヤが俺の妹と弟の事を知ってるのかと言うと、このフウヤことかざおかまさは俺のリアルでの友達でもあるからだ。《ソーティカルト・マティカルト》が開始されて半年ぐらい経った時にゲーム上でとある事をきっかけに知り合い、その数日後に開かれたオフ会に誘われるまま行った時にリアルで知り合った。その時初めて会った時のフウヤはリアルでは中学2年生だから、今は高2か。俺の知る限りではフウヤは凄い秀才で、その秀才っぷりは《ソーティカルト・マティカルト》内でも素晴らしい程に発揮された事もあった。それでもってフウヤはリアルでの友達が殆どいない上、家族との間にも溝が出来ていた。何でそうなっているのかは何れ語られるだろうが、今はその時ではないだろう。


「勿論僕だって元の世界に戻りたいって思わなくはないんだよ。でも今は情報が少なすぎる。だからこの世界に来た以上は出来る限りの事はしたいって思ってる。それが今の僕に出来るせめてものの償いだから」

「……償い、か」


 フウヤが言ってる償いというのは恐らく、この一世一代のビックイベントが起こる要因、100人のレベル100プレイヤーの事を言っているのだろう。何を隠そう、フウヤもなったのだ。レベル100プレイヤーに。だから今のフウヤは俺と同じ元レベル100プレイヤーの1人。だが俺と決定的に違う所は、フウヤは大体67,8人目ぐらいでレベル100になったのに対し、俺は一番最後の100人目でレベル100プレイヤー、取り分けこの一世一代のビックイベントを開始させた大元凶。フウヤにはまだ俺がレベル100になった事はまだ言っていない。だからいっその事今ここで言おう。でないとスッキリしない。


「フウヤ、実は俺……」


 俺が真実を言おうとしたその時、フウヤが掌で制した。


「龍刃、僕は君が何を言いたいのかは知らないけど、今は聞かないでおくよ。他にもやらなきゃいけない事もあるし」

「何だよ、やらなきゃいけない事って」

「決まってるじゃんそんなの。情報収集だよ。この世界で生きてかなきゃいけないんだとしたら、もっと沢山の情報を手に入れる必要があるし、龍刃も一緒に行こう」


 フウヤがニコ、と笑って手を差し出す。けど、俺はその手を握る事のを躊躇った。

 フウヤ、俺は100人目の元レベル100プレイヤーにして、この史上最悪のビックイベントが起こる元凶となった最悪な少年、龍刃だぞ? なのにお前はそれを聞こうともせず、俺に手を差し伸べるのか?

 俺は正直その手を振り払って、『俺はこの最悪なビックイベントを起こした100人目の元レベル100プレイヤーだぞ!気安く触るな!』とか叫んだりしてソロで生き、俺以外の元レベル100プレイヤー総勢99人達に圧し掛かる責任を全部背負うかと思った。けどどうしてだろう。気が付いたら俺は、フウヤが差し出した手を握っていた。そしてフウヤはグイッと俺を引っ張って俺を立ち上がらせた。


「よしっ! それじゃあ行こっか!」


 フウヤがまるで、俺を励ますかの様に優しい笑顔で言ってくる。リアルでも友達の少ない俺にとって、それがどれだけ嬉しい事か。だからこそ、情報収集が終わった後でフウヤに全部打ち明けよう。俺はそう心に決めたのだった。


「なあフウヤ、情報収集に行くのは良いんだか、もう一つ気掛かりな事が出来ちゃったんだけど」

「ん? 何?」

「なんか俺達、さっきから誰かに見られてる気がするんだが」

「え? 見られてるって、いつから?」

「多分俺達がここに来た時からだと思う。なんか人の気配がするんだよな」

「気配って、龍刃ってもう《索敵サーチ》スキル手に入れちゃったの?」

「な訳ないだろ。あれはこの街じゃ手に入らないスキルだぞ。仮に手に入ってもスキルレベル0じゃあ殆ど機能しねえだろ」

「じゃあ、気配って何処から?」


 フウヤの質問に、俺は周囲を見渡す。見た所人の姿は無い。けど何でだろうな、誰かいる気がする。そう思って見渡していると、近くの茂みからガサガサッ、という音が鳴った。俺とフウヤは驚いてその茂みの方を見る。


「誰だッ!」


 俺が大きい声で叫ぶ。マズイ、さっきの会話が聞かれてた。あのパニックだからここに来てる人なんていないと思ってたのが迂闊だった。

 茂みからガサガサと音が鳴り続き、中からヒョイっと出てきて、俺とフウヤは目を疑い、一瞬固まってしまった。


「……あ、あれ?」

「お、女の子?」


 それは紛れもない女の子だった。身長は140後半から150前半ぐらいと言った所、黒いロングストレートヘアーに愛くるしい黒い瞳、服装は黒いレザーチュニック、白いミニスカート、栗色のブーツ。

 俺とフウヤが固まってしまった理由は2つ。1つはてきたのが意外にも女の子だという事、2つ目はその女の子が結構可愛い美少女だからであるという事。俺もフウヤもリアルでの顔は知ってたからお互いに誰なのかはすぐに分かった。さっきの《ビギナーの街》にいた人達を見てみれば、この世界でのプレイヤー達の顔や身長、体格などは全て元の世界の自分と全く同じという事になる。にも関わらず突然現れたこの女の子は無表情だと言うのに、まるでファンタジーゲームに出てくる様な美少女キャラの様に可愛いのだ。

 俺とフウヤが呆然としていると、女の子はトコトコと歩いて俺達の前までやって来た。


「え、えーっと、どちら様ですか?」


 試しにフウヤが聞いてみる。すると女の子は俺の顔を無表情でジーっと見始めた。


「な、何だよ」

「…………」


 女の子は答えない。只黙ったまま、顔はそんなに近づけては来ないけど、ジーっと無表情で俺を見てくる。しかも困った事にこの女の子の顔の可愛い事。元の世界にもこんなに可愛い子がいたんだぁってつい思ってしまう。


「あ、あのさ、何か言ってもらわないと困るんだけど……」


 俺が困り果てて言うと、


「……もしかして龍刃さん、ですか?」

「へ?」


 不意に口の開いた女の子の第一声に俺はポカン、とした。今、この女の子は俺に名前を尋ねたのか?


「あ、ああ。確かに俺は龍刃だけど」

「龍のやいばって書いて龍刃さん。それで間違いないですよね?」

「そうだけど、君誰?」


 俺の質問に対して、女の子は無表情だった顔をムッとさせた。


「……私の事、もう忘れたんですか? 刀使いサムライの龍刃さん」

「え?」


 俺が首を傾げる。もしかして俺とこの女の子は知り合いなのか?いや待て、俺にはこんなに可愛い女の子の知り合いどころか学校にも女子の友達すらいないんだぞ。


「龍刃、いつの間にこんなに可愛い女の子と仲良くなってたの?」


 フウヤがニヤニヤしながら肩をつつく。


「何言ってんだよ。俺にこんな女の子の知り合いがいる訳……」


 無いだろ、と言おうとしたその時、女の子の斜め上にステータスバーが表示された。ステータスバーはそのプレイヤーのキャラネーム、性別、レベル、HP、MP、所属ギルドなどが表示されるバーの事である。なので俺はこの女の子が誰なのか知るべく、ステータスバーを見る。えーっと、性別は勿論の如く女で、レベルも勿論1、HP、MPはそれぞれ300、200、という事はAGI―STR型――レベルアップ時に手に入る10のステータスポイントをAGIに6、STRに4振る振り分け方――か。そしてキャラネームが、《雪華》。


「ユ……キ……ハナ?」


 俺がその名前を読み上げると、女の子はフルフル、と顔を横に振る。


ゆき

「ユキナ?」

「うん。雪華」


 ふむ、女でAGI―STR型で俺の知り合いで名前が雪華。雪華雪華ゆきなゆきなユキナユキナ……


「……ん?」


 あれ? 俺の頭の中に1人思い浮かんだ人がいる。その人は確か……


「……って、ゆ、雪華さんっ!?」

「うん、雪華さん」

「あのAGI―STR型の短剣ダガー使いで長身でグラマーで美人なあの雪華さんっ!?」

「AGI―STR型の短剣ダガー使いで長身でグラマーで美人なあの雪華さん」


 女の子が無表情のまま復唱し、俺は唖然とする。


「龍刃、思い出したの?」

「思い出した。確かに雪華って名前の女の人がフレンドリストに入ってた」


 そう。この女の子、雪華さんはゲーム内の友達の1人。一年くらい前にゲームのイベントで起こったボス戦で一緒のパーティーを組んだ事がある。基本的にはいつもソロで狩りをしていて、AGI―STR型に主武器メインアーム短剣ダガーと珍しく――なんで珍しいのかは今は省略する――、《たいじゅつ》スキルや《とうてき》スキルを駆使する忍者みたいな戦闘スタイル、服装も忍者みたいに黒い装備で、一部のプレイヤーの間では《こうおんなしのび》と呼ばれている人だ。


「君が本当にあの雪華さんなの?」

「うん。私が本当にあの雪華さん」


 それを聞いた俺はガクッと頭を下げる。マジかよ、あの可憐で素早い剣技ソードスキルを連発してた雪華さんがこんな背のちっちゃい美少女だっただなんて……


「龍刃もしかして、雪華さんとはリアルで会った事無いの?」


 フウヤの疑問に対して俺はコク、と頷く。今の時代、MMORPGをプレイしている人達はオフ会を開いたりして、リアルで顔合わせをしたりする事が多々ある。けど俺はこの雪華さんとはリアルでは一度も会った事が無い。


「1回会ってみようかなって思って頼んだんだけど、あっさり断られちゃってさ。それ以上喰い付くのは流石に失礼だと思ったからそれっきり」

「でもさ、この雪華さんのアバター、長身の女の人だったんだよね?だったらボイスチャットで分かったんじゃない?」


 そうなんだよな。《ソーティカルト・マティカルト》ではマイクを通してのボイスチャットがあった。フウヤとはゲームでも頻繁にボイスチャットで話してたんだが、確かにフウヤの言うとおりボイスチャットですぐに年齢がいくつぐらいかは大体想像出来るものなんだが、


「この人さ、ボイスチャット使ってなかったんだよ」


 そう。この雪華さんとはキーボードでの文字チャットだけで会話していた。《ソーティカルト・マティカルト》ではボイスチャットだけでなく普通にキーボードでチャットする文字チャットもあった。けど使う人はあまりいない。なんせキャラを操作しながら文字入力をするのは凄い大変だからだ。モンスターとの戦闘中に文字入力なんて芸当は出来る訳が無い。それなのに雪華さんは態々文字チャットを使っていた。何でボイスチャットを使わないのか聞いてみたら『声を聴かれたくないから』というチャット文で返事が返ってきた。

 俺はこの人が女だってのは確かみたい――本人の方から言ってた――だし、声を聞かれたくないって事は何かしらの理由があるんだなと思ってそれ以上踏み込む事はしなかったけど、その理由が今分かった。

 雪華さんの正体がこんなに可愛い女の子だなんて。声は子供の声に近いと言えば近いけし、遠いとは言えば遠いぐらいのトーン、多分中学生ぐらいだと思う。勝手にそう思っとこう。


「えーっと、て事は雪華さんもこの一世一代のビックイベントに巻き込まれたんだ?」


 とりあえず俺は一旦心の中で落ち着いて雪華さんに質問する。雪華さんはその質問にコク、と頷いた。


「……そっか。あ、でも、何で俺がここにいるって分かったんだ?」

「運営からのメッセージを読んだ後でキョロキョロしてたら龍刃って名前が聞こえて、聞こえた方に行ってみたら2人がいて、後をつけた」


 マジかよ。そんな近くにいたのかよ。全然気付かなかったぞ。ていうかあんな悲鳴やら罵声やらが飛び交う街の中でよく聞こえたな。

 俺が驚きのあまり固まっていると、


「えーっとさ、とりあえず、もう一回座ろっか」


 そんな俺を気遣ってフウヤが助け舟を出してくれた。



 座り直して改めてフウヤと雪華さんが自己紹介をし、今後の事について話した。


「で、このビックイベントが起こった原因は運営からのあのメッセージを読む限りでは、元レベル100プレイヤー100人にあるって事だ。最初に言っとくけど雪華ちゃん、僕も元レベル100プレイヤーだよ」


 フウヤは雪華さんに向かっていきなりのカミングアウトをし出した。フウヤが言ったとおり、今この世界にいる約10万人のプレイヤー達がこうなったのは元レベル100プレイヤーのせいだ。だから一番蜂の巣にされるのは元レベル100プレイヤー100人になる。それを知っててフウヤは態々雪華さんにその事を打ち明けた。それは他のプレイヤー達に憎まれるという覚悟がフウヤに出来てる、というのが俺なりの解釈だ。けど、


「だから龍刃、雪華ちゃん、僕の事を怨みたかったら好きなだけ怨んで良いよ。どうせ僕達は怨まれて当然の事をしたんだから」


 フウヤ、違うぞ。お前がやった事は確かに周りから憎まれるかもしれない。けど、俺がやった事の方が重い。


「フウヤ、実は……」

「フウヤさん」


 俺も本当の事を言おうとした時、雪華さんが割って入って来た。


「何、雪華ちゃん」

「私はフウヤさんを怨まない。フウヤさんを怨んでも意味無いから」


 雪華さんが嘘を言ってる様には聞こえない。多分心のそこからそう思ってるんだろう。

 それを聞いたフウヤはフッと笑い、


「そっか。ありがとう。でも雪華ちゃんが怨まなくても、どの道僕は大勢の人達に怨まれるのは事実だね」

「それなら私も同じ」

「え?」

「私も、元レベル100プレイヤーだから」


 雪華さんの言った事に、フウヤはえっ? と驚く。


「あーそういえば雪華さんってレベル100になったって半年くらい前に言ってたな」

「うん、言った」


 そう、雪華さんも実は元レベル100プレイヤーの1人なのだ。確かこの人は88、9人目ぐらいでレベル100になった筈。

 雪華さんがフウヤを怨まないと言ったのは、同じ元レベル100プレイヤーを怨む理由が無いから。フウヤはそれを知らずに言ってしまい、恥ずかしそうに目を逸らす。


「あーそうなんだ。ご、ごめんね」

「別に気にしてない」

「ははは、そっか」


 フウヤは苦笑し、俺の方を向く。


「それでさ龍刃、単刀直入に聞くけど、君は僕や雪華ちゃんを怨む気はある?」


 来た。今度は俺の番か。


「フウヤ、その言葉、そっくりそのままお前に返すぜ」


 もう、本当の事を言おう。今言いそびれると後でもっと言いづらくなるし、2人も迷惑が掛かるかもしれない。


「どういう事龍刃?」

「……俺もな、元レベル100プレイヤーなんだ」


 そう言った途端、フウヤと雪華さんは驚いた。そして、俺はさっきまで自分が何をやっていたのか、何をやらかしてしまったのかを、2人に全部話した。

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