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俺は今、パソコンの画面を凝視する事5時間。キーボードとマウスを操作し、モンスターとソロで戦っていた。
「……コイツを倒せば、念願の100レベになれる……!」
場所はソロ専用ボス部屋、《黄金龍の巣窟》。この《ゲーム》では一番最強と言われている難所だ。
敵は全身金色の巨体。大きな雄叫び。ダイヤモンドの様に輝く鋭い爪。この《ゲーム》ではドラゴン系モンスターとして部類されているレベル100の最終ボスモンスター、《金色の龍王神》。かたや俺のキャラの主武器は刀カテゴリの中でもかなりのレアドロップ、《名刀『鬼斬』》。防具はレベル90以上のモンスターが超低確率でドロップする超レアロングコート、《黒覇者の外套》。そしてレベルは99。レベル差は1しかなくても、ステータス差は天と地の差ほどもある。キングは恐ろしく強い。キングは別格なのだ。
まずキングの持つ技は、エリア内のプレイヤー全てにダメージを与える上位広範囲攻撃技《ゴールデン・フレイム・ブレス》、巨大な翼を広げて飛び立ち、フィールド全体に爆風を放つ上位広範囲攻撃技《ゴッド・ウインド》、爪でプレイヤー1人に大ダメージを与える上位10連続攻撃技《アース・クラッシュ・エッジ》、巨体でプレイヤーに突っ込んで攻撃し、10秒間一時的行動不能させる上位突進技《ゴールドメテオ・チャージ》、プレイヤーの能力値を大幅に下げる上位広範囲付与技《ラージリー・バッド・ロア》、自身のHPと状態異常を一気に全回復する上位高回復技《アバンデント・ヒーリング》。
キングの攻撃パターンは、戦闘開始直後にブレスやウインドの回避不可能な攻撃を連発し、近づいてきたならエッジで、距離を取っているならチャージで大ダメージを与えて吹き飛ばしてスタンを掛け、能力値上昇はロアで大幅に低下、HPが半分以下になればヒーリングで全回復。
攻撃パターンは分かっていても、中々キングを倒す事は出来ない。なんせキングは凄いチートモンスターだ。
まずヒーリングを一度の戦闘で50回も使う。これはこの《ゲーム》の他のボスモンスターの使用する回復技の回数の中でズバ抜けて多い。キングの次に回復使用数が多いのは15回ぐらいだ。
次にロア。これは攻撃回数が20回に1回という少ない方だし、攻撃範囲が縦直線だけなので、タイミングが良ければかわせるのだが、受けるとステータスが10分の1にまで下がる。しかもロアの効果時間は5分と長いうえに、ステータス激減は状態異常ではないのでポーションを使って回復する事も出来ない。だから一度ロアを受けたら5分間は弱い攻撃しか出来ないのだ。
そして極めつけがこれ。キングはステータスが異常に高い。特に防御力は、1回のスキル攻撃で与えられたダメージは僅か0.1%程に抑えられるぐらいに高い。おかげでキングとの戦闘はいつも長時間になる。早くて4時間、一番遅い時では10時間以上戦い続けたというプレイヤーもいる。勿論攻撃力も例外ではない。一回のブレスで66万ぐらいはある俺のHPの半分がごっそりと削られる。エッジやチャージに至ってはHP満タンの状態で喰らったらHPが100程残るぐらいまで削られる。ダメージを受けたらすぐにポーションを飲んで回復すれば良い話なんだが、回復した直後にキングの迎撃が襲い掛かる。もう鬼畜以外の何ものでもない。
こういった強いボスモンスターと戦う場合、パーティー或いはレイドで戦うのが鉄則だ。壁、攻撃、援護、回復などといった部隊に分かれ、連携して戦う。だがこの《ゲーム》は何処まで鬼畜なのか、キングと戦う時だけは絶対ソロ限定なのだ。レイドはおろかパーティーで戦う事も出来ない。これまでにソロでキングに挑んできたプレイヤー達はその攻撃回数の多さ、チート紛いの回復、異常なステータスにより、開始10秒も経たずに即行でやられた者も少なくはない。
しかも負けた、つまり死んでしまうと更に鬼畜な事が起こる。別に死んでもちゃんと最後に立ち寄った街で生き返るんだが、デスペナルティーによる経験値減少が非常に大きい。レベル99になったばかりで挑んで負けたプレイヤーは、なんとレベルが98に下がり、経験値も無くなっていた。つまりキングに挑むという事は、レベルが一つ下がる程の経験値を削られるというリスクを背負って挑まなければいけない。しかもその98から99に上げるまでの道のりが非常に険しい。『この鬼畜野郎ォォォッ!』と叫んでパソコンを破壊したくなるぐらいに――実際に破壊した事もあった――険しい。まあ、こんな鬼畜モンスターと戦うんだし、それぐらいのリスクを背負うのは至極当然だが。
50回にも及ぶ全回復、厄介なステータス激減、頑丈な守りに高い攻撃力、パーティーやレイドでの戦闘禁止、負けると1レベル下がる程の経験値減少。以上の理由から、キングをソロで倒すのは事実上不可能とされていた。
しかし、その不可能を打ち破ったプレイヤー達がいた。この《ゲーム》をプレイしているプレイヤーは日本で約10万人。その中でキングにソロで挑み、見事キングを倒したプレイヤーは99人。そのタイプはバラバラで、魔術師や弓使い、治術師などの遠距離系、刀使いや剣使い、短剣使いなどの近距離系もいる。そしてその99人全てがキングを倒した時点でレベルが100になった。この《ゲーム》をプレイしている人達が何故キングに挑むのかという理由がこれだ。キングを倒せば莫大な経験値と金、キングしかドロップしないレアアイテムが手に入る。金額はランダムだが最低でも億を越え、運が良ければ一兆を行ったりする。レアアイテムもランダムで、しかもそのプレイヤーにつき一種類だけしか持っていない。最後に経験値。もしキングを倒せば、99から100レベルという『1回地獄に落ちやがれクソ開発者ァァァッ!』と叫んでパソコンを100m先まで投げ飛ばしたいぐらい鬼畜な経験値を一気に手に入れる事が出来る。
「……よしっ、もうすぐで倒せるッ!」
とまあ、キングについての説明をしている内に、俺はそのキングを追い詰めていた。キングのHPは残り1%。俺の方はあと半分の25万ちょい。しかもキングはもう回復を使ってこない。50回分全部を使い切ったからだ。
回復アイテムは持てるだけ持ち、攻撃パターン、かわすタイミングを何十回以上も練習してロアをかわし、慎重かつ確実に攻撃してきた。なんせ、今まで30回以上は挑んで負けまくったんだ。いい加減学習するよ。
「――いっけッ!」
俺はHPが残り1%になったキングに、刀スキル上位8連続攻撃技《風鱗花斬》を叩き込む。風鱗花斬の八つの斬撃は全てキングに命中。キングのHPをまた少し削り、残り約0.7%。
風鱗花斬の再使用時間は60秒。すぐに風鱗花斬を出す事は出来ない。そこで代わりに、消費MPが多い上に再使用時間が120秒もあるが、最大10体の敵に最大10回の斬撃を叩き込む事の出来る刀スキル上位10連続多数攻撃技《一軌刀千》を放つ。風鱗花斬を喰らい、僅かに時間の空いたキングへの連続攻撃。10回の斬撃全てを喰らったキングのHPは残り約0.1%。あと1回攻撃を決めれば倒せる。だからこそ、ここで油断してはいけない。なんせこの瞬間、キングが翼を広げて飛び立ったからだ。
「……来るな」
俺は分かっていた。実はキングにはもう一つだけ隠し技がある。それは自身があと一撃で倒される時、プレイヤーのスキルが届かない所まで飛び立ち、部屋全体に放つ上位広範囲技《ダイヤモンドダスト・フレア》。これを喰らったら例えHPが満タンでも一瞬で0になってしまうブレス攻撃。俺は以前にもギリギリまでキングを追い詰めた事がある。だが最後はこの一撃必殺のブレスを受けて負けてしまった。
プレイヤーの視野を上に向けると、キングの口から水色の炎が出ようとしている。ダイヤモンドダストが来る。
ダイヤモンドダストをかわす方法はただ一つ、魔法スキルカテゴリの魔術スキル上位攻撃防御魔法《フルミラー・オーラ》という、強力な物理攻撃から魔法攻撃をも防ぐバリアを20秒間だけ生成する魔法スキルを発動すれば防げる。ダイヤモンドダストのスキル使用時間は最大で約10秒。というのがごく最近になって分かったのだが、俺は魔法スキルは一切持ち合わせていない。よって俺にこれを防ぐ手は無い。
「さあ、来いッ!」
それなのに俺はそれを待ち構えていた。今から俺がやるのは、ぶっつけ本番。キングが放つダイヤモンドダスト。それをかわす方法を一つ思いついた。但しタイミングが完全に合っていないと絶対に失敗する。そうすれば、俺の今までの苦労も水の泡になる。けど、今だったらそれが出来る気がする。
「……3,2,1ッ!」
キングがダイヤモンドダストを放った。冷気の混ざった水色の炎がフィールド全体を焼き尽くし、凍り尽くす。勿論俺も一撃で死ぬ。この《ゲーム》で最強の範囲攻撃技を魔法スキル無しにかわす方法は無い。今までなら。
「――っしゃあっ!」
俺は成功した。俺はダイヤモンドダストを喰らっていない。それは何故か。魔法スキルは一切使っていない。盾も持っていないし、持っていたとしても防ぐ事は出来ない。範囲攻撃なので何処にも逃げる場所は無い。ダイヤモンドダストが当たった部屋の床だけは。
「まさか本当に出来るとは思ってなかったぜ。《跳躍》で避けるだなんて」
疾走スキル中位派生《跳躍》。疾走スキルというのは、自分の移動速度を速くするスキルの事。そしてその派生である跳躍とは、スキルレベルに応じて上へとジャンプ出来る技。俺の疾走スキルのスキルレベルはMAXの100。跳躍によるジャンプでキングのダイヤモンドダストを避けるのはギリギリ出来た――正確には1回通常ジャンプをした後に跳躍を使っただけど――。正直10秒間もジャンプを維持出来る訳じゃない。だから本当にギリギリまで待って跳躍を使った。そのおかげで、回避不可能な筈のダイヤモンドダストを見事かわした。でも本当はシステム的に無理な筈なんだが、この《ゲーム》ではそう言った例外な事が多々ある。
それはさて置き、ダイヤモンドダストを吐き終えたキングが下りてきた。この後キングはすかさず追撃を仕掛ける筈だ。俺は疾走スキルを使って全速力でキングに近づき、スキルの攻撃範囲内に入る。
「キング、これで終わりだッ!」
俺はすぐさま刀スキル上位15連続攻撃技《七天八刀》を放つ。最初に突進からの7回の斬撃。その後体を1回転してから追加の8回の連続斬撃。キングの残り0.1%だったHPが、無くなっていき、そして、
『グルルルゥゥゥゥゥ……』
キングは低い呻き声を上げると、その場に倒れ込み、ポリゴンの欠片となって四散した。キングを倒したのだ。
「……っしゃあああああ!」
キングとの戦闘開始から約5時間半。俺はやっと、やっと倒した。この《ゲーム》の最強鬼畜ボスモンスター、金色の龍王神を。俺はこの瞬間をどれだけ待ち望んでいた事か、それはもう言葉では表現出来ないぐらいに無茶苦茶嬉しい。この嬉しさを八刃と強刃にも教えてあげたい。いやそもそも言葉に表現出来ない嬉しさを教えれるかどうかは分からんが。
俺が喜びに浸っていると、リザルト画面が表示された。
手に入ったのは3つ。一つ目は大量の経験値。これが俺の経験値に加算されて俺のレベルが99から100に一気に上がり、レベルアップのファンファーレがゲーム内で鳴り響いた。そして俺は自分のキャラのステータス画面を見る。66万ぐらいだったHPが約70万に、MPも28万ぐらいから30万ぐらいに上昇。後はレベルアップ時に手に入る貴重なステータスポイント10をSTRに6、AGIに4振る、っと。
二つ目に莫大な金。この金額は凄い。他のどのボスモンスターと比べても遥かに多い。これならプレイヤーショップで売っている高額な装備――一つ50億以上する奴とか――を全身揃えても充分なお釣りが貰える。まあ、大半はキングとの戦いで枯渇した高価な回復ポーション代や装備のメンテナンス代に消えたりするんだろうけど。詳しい使い道は後でゆっくりと考えようっと。
三つ目がレアアイテム。キングを倒せば、キングしかドロップしない伝説のレアアイテム、通称《ゴールデン・シリーズ》を手に入れる事が出来る。ゴールデン・シリーズの中には片手剣や杖、アクセサリーなどの装備や生産スキルで必要な道具類までもがゴールデン・シリーズにある。但し、種類は100種類だけ。今までレベル100になったプレイヤー達が持っているゴールデン・シリーズは全てそのプレイヤーしか持っていない、オリジナルアイテム。その中で俺が手に入れたのは、設置アイテムカテゴリの《金の生る樹木》。アイテム説明によれば、設置すると24時間毎に高額で売れる金塊をドロップしてくれる、一生金には困らない夢のアイテムだ。これじゃあ莫大な金を手に入れた意味が無いんだが、まあ良いか。余った分は知り合いの初心者プレイヤーに寄付しよう。あげたってどうせ金は手に入れれるんだし。
なんて考えていると、画面右下にメッセージ到着を知らせるアイコンが出てきた。クリックしてメッセージを読んでみると、こんな内容だった。
【プレイヤーネーム《龍刃》様。当ゲーム運営会社《アリオン》で御座います。この度は100レベル達成、おめでとうございます。
これにより、龍刃様が100人目のレベル100達成プレイヤーとなりました。つきましては当社の宣言通り、一世一代のビックイベントを開始したいと思っております。】
最初の文面はレベル100達成を賞賛する内容だった。
そして来たぜ。一世一代のビックイベント。俺はこのビックイベントが開始されるのをずっと心待ちにしてたんだ。この《ゲーム》で起こる、最大級のイベント。
一体何だろうな。超弩級のボスレイドか? それとも究極のレアアイテムを手に入れる為のクエストか?
【但し、そのイベントを行う為には一つだけ条件が御座います。それは龍刃様、あなたがそのイベントの開始を承諾して下さい】
その文面の終わりに《承諾/拒否》という選択肢が出てきた。俺は迷わず《承諾》をマウスでクリックする。すると今度はこんなメッセージが出てきた。
【このイベントを開始した場合、イベントの内容により、全プレイヤーのレベル、ステータス、スキル、アイテムなどが全てリセットされます(但しゴールデン・シリーズは除きます)。更にこのイベントを承諾した場合、イベントの中止及びイベントから抜ける事は一切出来ません。それでも宜しいですか?】
おいおい何だよこれ。今まで自分が育てたキャラを一から育て直すって事か?。それじゃあまるで《転生》だな。けどこの《ゲーム》では、レベルをリセットし、一からレベルを上げ直す、所謂《転生システム》というのは無かった筈だ。それに途中でイベントを止める事が出来ない? そこまで確認するって事は、相当ハードなイベントなのか?
【尚、このイベント開始時には全100レベル達成プレイヤーには特別なプレゼントを差し上げます】
更に釣ってきたよ。100レベル達成プレイヤー限定のプレゼント。これこそ気になるな。ゴールデン・シリーズをが手に入っただけでなくもう一つのプレゼント、これは俺のゲーム魂をかきたてる。なので俺はもう一度出た《承諾/拒否》で《承諾》をクリックする。すると本当にしつこくまたメッセージが出た。
【後悔致しませんね? YES/NO】
ここで俺はまた迷った。ここまで念押しするって事は後には絶対退けないって事だ。運命の決断の末、俺は《YES》をクリックした。
【では、一世一代のビックイベントを開始致しま……】
そのメッセージが出た途端、俺の瞼が突然重くなり、意識が消え失せた。
◇
悪夢。正にそう例える事の出来る様な夢だった。いや、夢なのだろうか。強く、生温かく、ドス黒い風が、俺の肌に触れる。体が重く、言う事を聞かない。意識が真っ暗闇で覆われているみたいで、何も感じ取れない、聞けない、見えない、嗅げない、分からない。よく分からないが、黒い水が流れ込む様に俺の体に何かが流れ込んでいる感覚がしてきた。気持ち悪い。吐き気がする。けど、吐く事すら出来なかった。
そして突然、黒い水が消えた。代わりに白く、冷たくて気持ち良く、優しい水が流れ込んでいる気がしてきた。体が楽になっていく。感覚が蘇る。まるで柔らかいベッドの上に寝そべっている様な気持ち良い肌触りがしてきた。ドス黒い風が止んだのだ。そして新たに、優しく、涼しく、白い風が吹いてきた。気分が随分と楽だ。目が開けられる。俺は軽くなった瞼をゆっくりと開けた。
「……!」
そこはさっきまで俺がいた、自分の部屋ではなかった。いや、俺がいた世界ではないという方が正しい。
生い茂る木々、強く照りつける太陽、涼しく吹く風、大中小の家々、野菜や果物、食べ物を売っている店。どれもこれも俺が初めて見る物ばかりという訳ではない。俺はここを知っている。ここは、
「……《ソーティカルト・マティカルト》」
俺がさっきまでプレイしていたMMORPG《ソーティカルト・マティカルト》。その中の、ゲームのチュートリアルが終わった後に転送された中央大陸の《ビギナーの街》である。
『な、何だよ。何なんだよ一体!?』
『どうなっているんだ。僕は確か、ゲームをしてた筈なのに』
『これ、夢か? 夢なのかよ!?』
近くから多くの悲鳴が聞こえだした。辺りを見回してみると、結構な人数がいる。老若男女、大人から子供まで、数はざっとで1000人以上は絶対いる。多分1万人単位で数えた方が良いというぐらいに。しかも可笑しな事に、人々の顔に凄いリアリティーがある。ファンタジーゲームに出てくる美男美女ではなく、どんな街中にもいる様な一般人的な顔立ちの人達ばかりだ。
どういう事なのか、俺が頭を掻き毟って考える。単純に考えれば、ここは恐らく《ソーティカルト・マティカルト》の世界なんだ。一体どうやって入ったかは知らないが、ラノベ小説やアニメとかでよくある『異世界に送り込まれてしまった』っていうパターンかもしれない。俺がそう思っていると、近くの窓に自分が映った。そして驚いた。
「どうなってんだよおい……」
そこに映っていたのは、俺がこのゲームで使っていたアバターそのものではなかった。身長は175cmぐらい、黒いボサボサの少し長い髪、そしてよく周りから言われた無愛想でネクラな顔。間違いない。この体は現実世界での俺、龍川針刃の体と全く同じだ。しかも服装も違う。紺色のレザーチュニック、黒いレザーパンツ、茶色いブーツ。これは俺がソーティカルト・マティカルトを始めた時の初期装備だ。さっきまで俺のアバターが装備していた《黒覇者の外套》も、苦労して手に入れた《名刀『鬼斬』》も無い。
俺が困惑していると、突然俺の目の前に何かが現れ、うわっ!っと声を上げて驚く。落ち着いて見てみると、それは俺がソーティカルト・マティカルトをやっていた頃はお馴染み中のお馴染み、メニュー画面だった。ステータス、アイテム、スキル、クエストなどの様々な欄があった。どう操作すれば良いのか分からず、試しに指で《ステータス》のタブをタッチする。すると画面が切り替わり、俺の能力値を示したステータス画面が現れた。それを見て俺はギョッとした。
「……ステータスが、リセットされてる」
さっきまでレベル100だった筈なのに、今のレベルは1にリセットされている。HPも初期値の350に、MPも150にリセットされてる。それにその他のステータス、筋力は16、知力は10、敏捷力は14になっていた。この数値は正しく初期の時のステータス値。正確に言えばキャラ作成時に決めた能力値の振り分け、STR―AGI型――レベルアップ時に手に入る10のステータスポイントをSTRに6、AGIに4振る振り分け方――だった。俺がこの3年間で築き上げてきたレベル99は完全にリセットされていた。
「……他も見てみるか」
俺はステータス画面の端っこの《×》ボタンを押してステータス画面を閉じ、再度出てきたメニュー画面から次に《スキル》のタブをタッチする。そしたら案の定、スキルも全部無くなっている。俺が今まで上げてきたお気に入りの刀スキルや疾走スキル、その他のスキルも全部スキル画面から消失している。
次に俺はスキル画面を閉じ、《アイテム》のタブをタッチする。こっちも予想通りアイテムが全部無くなっている。ETC、装備、回復、製作道具、かと思ったら設置アイテム欄に一つだけ残ってた。それは俺が《金色の龍王神》を倒してドロップした《金の生る樹木》だった。それを確認した俺はアイテム画面を閉じてメニュー画面に戻る。するとメニュー画面の一番右下に《ログアウト》と《GMコール》というタブがある事に気付く。試しにタッチしてみても反応が無い。まるで機能していないかの様に。
ステータス、スキル、ゴールデン・シリーズ以外のアイテムのリセット、ログアウト不可。これらの情報から推測されるものは一つ。
「……一世一代のビックイベント」
間違いない。アリオン社が言ってた一世一代のビックイベントだ。なんて思ってたら突然、ポーン!という効果音が鳴り響いた。俺だけじゃない。さっきまで悲鳴を上げてたりしていた他の人達が突然静かになった。メニュー画面を見てみると《メッセージ》のタブが点滅していた。タッチしてみると『一件のメッセージがあります。』というテロップが現れ、メッセージ未読欄にメッセージが一件あった。それをタッチすると長々な文章が目の前に現れた。読んでみるとそれはなんと、ソーティカルト・マティカルトを運営しているゲーム会社、アリオンからだった。
【MMORPG《ソーティカルト・マティカルト》のプレイヤーの皆様、当ゲーム運営会社アリオンで御座います。この度の突然の出来事に皆様は困惑していると思いますが、これは決して夢、幻覚、ゲームの不具合等では御座いません。これこそ当ゲームが開始された初日に宣言致しました、一世一代のビックイベントで御座います。その内容は至極単純。皆様が操作しておりましたアバターのレベル、ステータス、スキル、アイテム等は完全にリセットされ、皆様ご本人がこの《ソーティカルト・マティカルト》の世界に転生され、皆様ご本人が本物のプレイヤーとなってプレイして頂くという内容で御座います。尚、加えてお知らせする事が5つ御座います。
1つ目 皆様は便宜上プレイヤー、当ゲーム内で言う所の《放浪者》という設定で御座います。ですのでHPが0になった場合、デスペナルティーによる経験値減少が発生し、一番近い街に強制転送されます。ですのでこの世界に於いて《プレイヤーの本当の死》という概念は存在致しません。
2つ目 この世界は皆様がプレイしていた頃の《ソーティカルト・マティカルト》の世界とは多少異なります。ですのでゲームという感覚でプレイする事にご注意下さい。
3つ目 当イベントにつきましては途中での離脱、放棄、中止等は出来ません。加えて当イベントを終わらせる方法等も御座いません。分かりやすくご説明致しますと、皆様はこの《ソーティカルト・マティカルト》の世界の住人になったという訳で御座います。
4つ目 この世界は《ソーティカルト・マティカルト》の開始時の時と同じ状態、即ち初期化された状態で始まっております。
5つ目 この世界はゲームの世界であって、決してゲームでは御座いません。それだけでもご充分に留意下さい。
皆様は疑問に思うと思われます。何故アリオン社がこの様な事をしたのかと。その理由は、そもそもこの行為に目的などは一切御座いません、というのが理由で御座います。当社は『一切の理由無きイベント』であるこのビックイベントを開始する為だけに《ソーティカルト・マティカルト》を開始致しました。《ソーティカルト・マティカルト》の一世一代のビックイベントにご参加の計106741名のプレイヤーの皆様方のご健闘をお祈り致します。
MMORPG《ソーティカルト・マティカルト》運営会社アリオン
P.S.
尚、当イベントを開始する為にご協力頂きました100名の元レベル100のプレイヤーの皆様には大変ご感謝を申し上げます。感謝の気持ちと致しまして当社の方から100名の元レベル100のプレイヤーの方々には特別なプレゼントをご用意しております。このメッセージをお読みの後、スキルウインドウをお確かめ下さい
P.S.2
当イベントにご参加頂ける方の中には現時点でログインしておられなかった方もおりますが、その場合はこの様になります。
①現時点でログインしておられた方。
②現時点で他人のアカウントでログインしておられた方。例えばアカウント登録をしているAさんのキャラを、アカウント登録していないBさんがプレイしていた時に当イベントが発生した場合、当イベントにご参加頂けるのはAさんではなくBさんという事になる、という事で御座います。
③現時点でログインしておられなかった方。
となっております。そこの所をどうにかご理解頂けると有り難いと思っております】