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ソーティカルト・マティカルト  作者: 黒楼海璃
004 南方大陸(トロピカル・シュライン)
18/18

017

長らくお待たせ致しました。

雪華の章、完結です。

 南方サウス大陸に転送した私はレベル50を目指してレベリングを開始する。道中で《ソーティカルト・マティカルト》経験者であった鍛冶師ブラックスミス少女、イナシスに出会い、レベル20になるまで行動を共にした。

 なんだかんだあって打ち解けている私達はレイド戦募集の広告を見つけて早速参加。参加人数はレイドの上限四十人。私はイナシスの知り合いだと言う女の子三人組と合同パーティーを組む事に。

 レイド戦の相手はレベル20植物系モンスター《アシッド・トレントキング》と取り巻きのレベル20昆虫系モンスター《ポイズン・ヘラクレス》。私達の部隊はこのヘラクレスを相手にする。

 この世界に来て初めて組んだ五人パーティー。コミ障の私にとっては貴重な経験になるから輪を乱さないようにしなくては。

 そんな私達は当日のレイド戦に向けて……


ゆき、今度はこれ着てみなよっ! 絶対似合うって!」

「雪華ちゃん、イナシスちゃんの次はこっち着てみて」

「アイラの次はあたしだけからね。こっちだって可愛いわよ~」

「あらあら……」

「…………」


 ……着せ掛け人形になっていた。


(…………どうしてこんな事に?)


 少し時間を巻き戻そう。

 私とイナシスがアイラ、ナーリ、ピリオンヌの三人とパーティーを組んだ後、ちょっとお高めのレストランで女の子五人仲良くご飯を食べてレイド戦について話し合った。

 結論としては、盾持ちのイナシスは接近戦の苦手なナーリとピリオンヌの護衛兼攻撃、アイラと私が攻撃全般、魔術師マジシャンであり治術師ヒーラーでもあるナーリがパーティーの全体回復兼魔法支援、弓持ちのピリオンヌが後方支援と言った具合で話がまとまり、私は静かに彼女達のお喋りを聞いていた……だけで済めば良かったのに。


「ねえねえっ! 折角明日休みなんだし、皆でショッピングしない!?」


 イナシスが余計な事を言わなければ。明日はモンスターとの戦いにおける連携訓練をしたかったのに。


「うん、良いよ」

「あたしも構わないわよ。何処行く? 何処行く?」

「私も御一緒させて下さい」

「…………」

「よーし! それじゃあ明日は商店街へゴーだぁ!」


 あろう事にアイラ達も賛同してしまい、断れない空気となってしまった。というか私の意見を全く聞かずに決まってしまった。これも私の影が薄いせいだ。ショック。

 しかしここで断るとそれはそれで面倒。仕方ない。大人しく付いて行こう。

 翌日。何故か急に目が覚めた。時刻を確認するとまだ朝七時。いつもよりも早い時間に起きてしまった私は都合良く眠たくて眠たくて。このまま二度寝しようと再びベッドに潜ろうとしたら、目覚まし代わりに通話の着信音が鳴った。相手はイナシス。


「……もしも……」

「やっほー雪華! おっはよーう!」

「…………おはよう」


 イナシスの朝から元気な声で寝る気が失せてしまった。朝が早い上に何でハイテンションなのか不思議だ。

 身支度を終えて集合場所に来ると既に彼女達はいた。昨日の戦闘用装備とは違って全員私服姿。朝食は皆で食べようと言われたのでまだ取っていない。


「よーしっ! それじゃあ早速レッツラゴー!」


 イナシスは元気良く私を引っ張ってこじゃれたカフェで朝食を取る。

 ハニートースト、レタスとトマトのサラダ、ベーコンエッグ、牛乳、デザートの果物。質素な食事を旨とする私にはどれも新鮮で中々美味しかった。いつもならパン一個と水のみ。

 朝食後をどうするのかと思って聞こうとしたら、イナシスがまた私を引っ張って洋服屋に入った。というか四人掛りで連行された。


「……イナシス、何で服屋さん?」

「何でって、雪華の服を買う為じゃんっ!」

「……?」


 訳が分からず首を傾げているとイナシスは深い溜息を吐き、屈み込んで私に顔を近づける。


「雪華ってさ、顔が可愛いのに服が地味なのよね~」

「…………ん」


 大きなお世話と言ってやりたいが事実である。

 私が今着ているのは街中を歩き回る用に買った外出着。上は黒いTシャツ、下は黒いショートパンツとレギンス。着心地が良くて動きやすいものを選んだつもりだ。けどイナシス達にはそれがお気に召さないらしい。彼女達曰く、残念な美少女という評価。失礼だ。

 四人の服装を分析してみる。尚、感想は私の独断と偏見。

 イナシスは赤いTシャツに白いミニスカート、栗色のブーツに白いソックス、耳にはおしゃれ用のイヤリングが付いている。なんていうか、ゆるゆるなお姉さんみたいな感じ。主に髪が。

 片手剣使いのアイラはスレンダーな体格で黒いボブに青い瞳、服装は黄色いシャツと緑のパーカー、紫のズボン、黒いブーツ、頭には白いカチューシャ。肌が綺麗な茶色に焼けているからか、見た目は健康的なスポーツ系お姉さんの立ち位置。四人の中で一番背が高い。逆にチビは私。道中も私の頭を撫でたりお菓子をくれたりなにかと可愛がってくれている、面倒見が良さそうな女の子だ。

 魔術師のナーリは金髪のロングに緑色の瞳で水色のワンピースに白いサンダル、なんか清楚なお嬢様系お姉さんに見える。極めつけは私達の中で断トツの胸囲。見ているだけでも大きくて柔らかそう、歩く度にこの部分がポヨポヨ揺れ動いている。一体何を食べたらこうなるのか不思議だ。私など偏食気味だから望みは絶望的だが、まだ成長の余地はある。多分ある。三人の中ではムードメーカーの様な存在らしく、イナシスと一緒にパーティーを盛り上げている。

 弓使いのピリオンヌは赤髪の縦巻きロールに碧眼、白いシャツと薄いピンクのロングスカートに碧いカーディガン、白のブーツ。三人の中ではおっとりしていて、お淑やかなオーラが出ている。年下の私にも礼儀正しく接していて、元の世界では何処かの裕福な家庭の生まれだと思う。真逆な私もだけど。

 こうして改めて見てみると、四人は確かにちゃんと女の子としての素材が生かされたファッションだ。顔も可愛いしよく似合ってる。対して私は寝起きでボサボサな髪、早起きだったから目の下には隈があるし服も可愛げのない地味なもの。まるで何処かの引きニートの様な……あ、引き篭もりだった。

 皆と違って私は人との繋がりを断っているせいか、一目も気にせずこんな格好で日中いられるようになった。イナシス達には簡潔に説明したが彼女達は納得しない。


「兎に角、雪華には可愛い服を着て、可愛くなってもらいますっ!」

「……だから別に良い……」

「可愛くなってもらいますっ!」

「……はい」


 イナシスに気圧されて反論する気力も無くなった私はあれやこれやとイナシス達に着替えさせられている。

 現在に戻ろう。


「ねえねえ雪華、これなんかどう? 着てみて着てみて」


 イナシスに言われて着てみる。渡されたのは白いフリルが沢山付いた黒いドレス。所謂ゴスロリ。試着室でもそもそと着替えてイナシスの前に現れる。


「うわぁっ! 雪華可愛いじゃないっ!」


 試着室の鏡に映った自分を見てみる。自分で言うのもなんだが似合っていると言えば似合っている。


「雪華、買おうよ買おうよっ! 絶対買った方が良いよっ!」


 イナシスが変に盛り上がってゴスロリドレスの購入を勧める。顔近いし息荒い。

 まあ個人的には悪くないデザインとは思うし、可愛い服なら一着ぐらい持ってても問題無いが、


「……やだ。フリフリ動き難い」


 即却下した。

 理由は唯一の難点、動き難さだ。実は元の世界でこれに似た服を何度か着た事がある。幼稚園の年少から小学校低学年まで親が買ってくれたものを私服として着ていたが、フリフリが多くて思うように身体が動かせず難儀していた。この格好で外に出てみれば、水溜りや泥の中に転んで濡らしたり汚したり、偶然出会ってしまった同級生にフリルを引っ張られて破かれて、ついでに髪の毛も引っ張られて叩かれて、そのままの状態で帰ったら親に滅茶苦茶怒られた思い出しかない。

 という訳で私はこの系統の服は好ましくない。


「えー、折角可愛いのにー」


 イナシスが膨れて文句を言いつつ別の服を探しにいく。


「じゃあ雪華ちゃん、今度はこっち着てみて。多分動きやすいと思うよ」


 次にアイラに渡されたのは黄色のタンクトップと白のミニスカート。言われるままに試着室に篭って着替える。


「わぁ、雪華ちゃん可愛いよ」


 アイラに見せると予想通りの感想。さっきの暗色の服とは違って明色の服で私の持ち味を引き立てるつもりだろう。さっきのゴスロリと比べて確かに動きやすい。


「……スースーする。落ち着かない」


 だが私はスカートの裾を押さえて却下する。

 スカートというものも苦手だ。足がスースーするから普段着もズボンが多い。嘗て通っていた学校の制服もスカートだったし、あれは丈が膝ぐらいまであったからまだマシだったけどやっぱり落ち着かなかった。それに学校の帰り道で同級生に転ばされ、スカートを盛大に捲られてから道のど真ん中でパンツ丸見えにされて、追加でお尻と頭を蹴られて泥水を掛けられた思い出があった。そのままの状態で家に帰ると以下同文。


「うーん、これも駄目かぁ」


 アイラは渋々別の服を選びに行った。

 かれこれ二時間近くは時間が経過している。その間私はずっと着せ替え人形としてあれ着てこれ着てと頼まれては着て、拒否したら文句を言われてまた別の服を着させられている。服が欲しいと言ってないし、選ぶのを手伝ってくれとも言ってないのに文句を言うのは止めてほしい。服なんて動きやすくて長く着れればそれで良いのに。何でオシャレに拘るんだろう。女の子の私が言う台詞じゃないけど。

 更に一時間が経過。このままだと服選びだけで一日が終わってしまいそうな気がした。誰でも良いからなんとかしてと心の中で願うと、早くも救いの手が差し伸べられた。


「雪華さん、こちらは如何でしょう?」


 ピリオンヌに渡されたのは黒いワンピースだった。丈も長くてゆったりとしている。デザインは割と地味だ。

 とりあえず着てみる。意外と着やすかった。

 イナシス達の前に現れる。すると反応が妙だった。


「う、うわぁ……」

「うそ……」

「えー……」

「おやおや、これは……」

「…………?」


 何故か四人とも頬が若干赤くて言葉を失っていた。

 鏡を見てみる。そこに映るのは、地味な黒ワンピースを着て可愛く仕上がった小さな女の子の姿、つまり私だ。


「な、なにこれ。似合い過ぎなんですけど……」

「ゆ、雪華ちゃん、可愛い。すっごい可愛いよ」

「地味な子に地味な服着せてこんな事になるもんなのかしら……」

「雪華さん、とてもよくお似合いですよ」


 イナシス達が揃って褒め称える。

 着心地を確認する。さっきのゴスロリと違って動きやすいし、スースーするけどさっきよりかはマシかな。これなら普段着にしても違和感は無い筈。


「……これ、買う」

「え? 買うの?」

「(コク)」


 それになんかこのワンピース、なんとなく好い気がする。気に入った。買おう。それにサッサとこの着せ替え人形から逃げ出したいし。

 結局何時間も掛かって買ったのは一着だけ。こんなに時間があれば何匹のモンスターを狩れたことか。しかしその長い買い物もこれで終わ……


「よーしっ! 次はあっちのお店に行ってみようっ!」


 ……らなかった。昼過ぎまで服、小物、と延々買い物しまくった。私が買ったのはさっきのワンピース一着のみ。

 歩きまくってお腹も減りやっと昼食になった。イナシスが事前に見つけたオシャレなカフェで昼食を取る事になった。


「いやー、買った買ったー」


 目当ての物を買えてイナシスは満足げな笑顔を浮かべる。アイラ達も満足したみたいだ。私は特に何も思わなかった。


「ねえねえ、この後は何処行く?」


 まだ足りないみたいだった。これ以上何をしろと? もう充分見て回った筈なのに。


「雪華はどっか行きたい所とかある?」


 白羽の矢が私に指された。目立たず静かにサンドイッチとジュースで食事していた私に。

 何故この面子で私を選ぶ? アイラでもナーリでもピリオンヌでもなく何故私? 迷惑と言いたいが我慢する。

 無視する訳にもいかないので考える。私が今行きたい所といえば……


「……フィールド」

「へ?」

「……モンスター、狩りたい」


 兎に角身体を動かしたい。フィールドでmob狩りをやりたい。それに明日のレイド戦での連携訓練もしておきたい。そう伝えた所、イナシスが微妙な表情をした。


「えーっと、雪華。もしかして、ショッピングつまらなかったり……?」

「……(フルフル)」


 首を横に振って否定する。

 厳密に正せば、決して買い物が嫌ではない。私だって買い物の一つくらいする。ただ買うジャンルが戦闘系や冒険系に偏っているだけで。

 今回の買い物もそうだ。人との馴れ合いを必要とする私には最初戸惑いはあったが、私なりには楽しめた。

 

「……訓練」

「へ?」

「……連携訓練、やりたい明日に備えて」


 私の希望を静かに告げると、イナシス達は顔を見合わせて頷き合う。


「うん。オッケー」


 イナシスはいつもと変わらないニコニコ顔で了承してくれた。



 午後はフィールドに出て雑魚mob相手に連携訓練に費やすことにした。


「セイッ!」


 アイラの片手剣スキル下位2連続攻撃技《ダブル・スラッシュ》がサプリングに命中。レベル差が10も離れているのにサプリングは持ち堪えた。


「ウゥゥゥゥゥゥッ!」


 サプリングの苗木の手攻撃。アイラは盾を構えて防御。ダメージは僅かしかない。


「《ダブル・アロー》!」


 続いてピリオンヌの弓術スキル下位2連続攻撃技《ダブル・アロー》。二本同時に発射された矢はサプリングに命中。サプリングはこれでHPが0になり、青白く光って四散する。


「アイラ、左です!」


 アイラの死角からビー二体が毒針を突き刺して来るのをピリオンヌが警告。すかさず《ダブル・アロー》で援護。


「ナイスピリオンヌ! 《ダブル・スラッシュ》!」


 ピリオンヌの矢を受けて動きの止まったビー一体にアイラがトドメを刺す。


「よしっ。あと一匹……」


 残りの一体はというと、


「…………?」

「……え?」


 私が既に下位3連続攻撃技《デルタ・トライアングル》を発動して倒していた。

 策敵スキルに反応あり。場所は……


「アイラ後ろ!」

「えっ!? ヤバッ!」


 私が確認する前に早く気付いたナーリがサプリング一体を発見。アイラを背後から狙おうとした。


「《クイック・リープ》!」


 が、私の方が早い。下位突進技《クイック・リープ》を発動。アイラが振り返った時にはサプリングは私の短剣の錆になっていた。錆じゃなくて消滅だけど。


「あ、ありがとう雪華ちゃん」

「……どういたしまして」


 お礼を言われたので返事をする。お礼を言ったアイラは私の攻撃速度に若干引いていた。

 ちなみに私とアイラが攻撃担当だけど、イナシス達の方はどうしているのか。


「うおりゃああああああっ!」


 紙装甲なナーリとピリオンヌを狙ったサプリングとビーとバタフライ達をイナシスが威勢の良い大声を叫びながら戦鎚を振り回して薙ぎ倒している。ダンジョンと違って数は少ないし、レベルも低いからイナシス一人でも充分こなせる。


「……次、来る」

「あ、う、うん」


 次にpopしたのはサプリング二体、ビー一体。


「えっと、えっと……」


 どれと戦うかアイラが迷っている間がまどろっこしかった私は疾走スキルを発動して加速。

 途中で投擲スキルを発動。投げナイフがサプリング一体に突き刺さり、動きが止まる。

 その隙に《クイック・リープ》を発動。ビーを狙い、一撃で倒す。

 二体のサプリングが私に攻撃してきた。二体同時に受けるのは無理なので、ダメージ覚悟でさっき投げナイフを投擲した方に《デルタ・トライアングル》を放つ。

 サプリングが四散した直後に二体目が私に襲い掛かる。受けると思っていた攻撃は、私には届かなかった。


 ――ガキンッ!


「っう~!」


 なんとアイラが盾でサプリングの苗木の手攻撃を受け止めていた。アイラの方に多少のダメージはあったが極少量。


「えいっ、やぁっ!」


 アイラの片手剣通常攻撃がサプリングにクリティカルヒット。サプリングはHPが一瞬で0になり四散する。


「……アイラ、ありがとう」

「えへへへ、どういたしまして。雪華ちゃんも凄い速いね」


 アイラはにこやかに返事をする。

 そうだった。今までずっとソロでやっていたから受け切れない攻撃は受けてその後に対処していたが、今はパーティーを組んでいるからそうする必要が無い。慣れていないから調子狂う。

 その後も何度かモンスターとの戦闘は続いた。

 キリの良い所で止めてお互いに反省点を話し合う。


「……うーん、やっぱり雪華が一人で突っ走ってる感が多いわよねぇ。ずっとソロだったからってのもあるんだろうけど」

「……ん」


 私の場合はスタンドプレーの多さを指摘された。確かにソロ戦闘が基本だったから連携無視して片っ端から倒しているのはパーティー上問題がある。ヘタすればパーティーから孤立してモンスターに囲まれる。自分から連携取りたいと言っておいて連携してないから尚更。


「まあ、その分倒してるから文句が言えないですけどねぇー」

「……そうでもない。気をつける」


 尤も、私達五人のレベルも同じでステータスも似たり寄ったりだが、暇あればmob狩りしていた私は技術、経験で言えば五人の中で一番戦闘力がある。だから囲まれる前に全部屠って孤立しないようにしているし、イナシス達は気付いてないが、逆に彼女達がピンチになってもすぐ加勢出来るよう一定の距離を取っている。ちょっと離れても疾走スキルで走れば大丈夫だ。


「……アイラは、動きが鈍い」

「う~、雪華ちゃんはっきり言い過ぎだよ……」


 アイラの反省点は動きの遅さだった。アイラは相手の攻撃を盾で受け止めてから攻撃する。けどアイラは盾で受ける時や受けた後の動きが止まってしまう。多分受けた時の衝撃のせいか、モンスターが怖いからかそうなるんだろう。それで盾持ちになっている。怖い気持ちは分かるがそのままだとこの先やっていけない。別に盾を無くせとは言わない。無くしたらそれはそれで今までの慣れが崩れて余計戦いにくくなる。だからモンスターへの恐怖を少しは克服すべきであった。


「……ナーリは魔法スキルの火力不足。回復系が多いから仕方ない」

「うぅぅ、もっと頑張る……」


 ナーリは何だかんだで周りをよく見て攻撃魔法で援護したりよく傷付くアイラ(私は回避してほぼ無傷)を回復してくれたりと臨機応変に支援を行っている。それは良いのだが、ナーリの魔法スキルはまだ火力不足がある。ナーリの持つ魔法スキルは《魔術》以外に《光術ライト》と《治術ヒール》。どちらも魔法攻撃力は決して高くは無く、回復向けな魔法が多い。他の攻撃魔法に比べたら攻撃力が劣る。今でも充分周っているから無理に上げる必要も無いけど、本人は反省している。



「ピリオンヌの援護射撃は別に良いんだけど、なーんか誤射が多いわよね。撃つのも遅い気がするし。普段からおっとりしてるからだと思うけど」

「……そうですか。努力します」


 策敵スキルが私に次いで高いピリオンヌは接近戦している私やアイラが気付かないモンスターの強襲に気付いて警告や援護射撃をしてくれる。助かっているが、その援護射撃が別方向に飛んで行ったり、モンスターに当たらなかったりと、弓術スキルの命中精度にやや難がある。話を聞いてみると、弓術スキルはスキルレベルと自身の命中率の数値によってスキルの命中率が変動するらしく、この値が低いと誤射が多いそうだ。後は本人の腕によって値をカバー出来るらしいのだが、それはピリオンヌの頑張り次第だ。


「……イナシスは」

「ん? あたし?」

「……声が煩い」

「えっ!? そこっ!?」

「……あと、振り方が雑」

「更に駄目だしっ!?」


 全部事実である。イナシスは戦鎚を振り回す時力任せに振っている。パッと見ても分からないが、大振りなせいで動きが雑くなっている。これでは戦闘時に隙が生まれやすい。あとは振り回す度に大声を出して煩いのでそれを直してほしい。


「……帰ろう」

「ちょっと雪華っ! 今のは酷いでしょ~!?」


 涙目で訴えるイナシスをスルーして、街へと戻る。道中、イナシスに抱きつかれて頬擦りされたが自然と慣れてしまいそうだった。

 まずはイナシスに耐久値の減少した武器の修理と素材の引き取りを行ってもらった。次に消耗品の購入、特に解毒ポーションを忘れない。こういう時は出来るだけ多い方が良い。

 時刻は午後六時。そろそろ日が暮れる時間帯だ。


「さーてっ! 明日への準備も終わったし、パーッとショッピングの続きでもしますかー!」

「…………」


 午前中の間に散々ショッピングしたのに何故またやる? この後は一緒に食事して明日に備えてゆっくり休むべきでは?


「良いわね。行きましょ行きましょ」

「私も別に構いません。それと本日の夕飯はどうしましょうか?」

「とりあえずどっか適当な所入る?」

「よーしっ! それで行こう!」

「…………」


 ナーリとピリオンヌまでも了承してしまっている。

 反論の余地すら与えてもらえないとは。これが女子力。ショッピングする体力と戦闘に使う体力は別物だというのか。

 ところで、ここで疑問が一つ湧いた。

 さっきのイナシスへの賛同の声に何故かアイラの声が無かった。どうしたのだろうと顔を向けると、さっきまで隣に居たアイラの姿が無い。


(……アイラ、何処に?)


 急に何処かへ行ってしまったのだろうか。いや、それだったら私達に一言言う筈だ。

 キョロキョロと見渡して後ろを向いてみる。


「――放して下さい!」


 と、ちょうどそのタイミングでアイラの叫ぶ声が後ろで聞こえた。イナシス達も振り向く。


「良いじゃんかよ。固い事言うなって」

「そうそう。俺らと楽しい事しようぜぇ?」

「だから、放して下さいってばっ!」


 なんと、イナシス達がお喋りしている間にアイラが男達数人に絡まれていたのだ。相手は三人。内一人がアイラの手首を掴んで逃がさないでいる。

 私達も急いでアイラの下へと駆けつける。


「ちょっとアイラ、どうし……」


 一番前を走っていたイナシスが言葉と動きを止めた。後ろのナーリとピリオンヌも急に立ち止まったイナシスにつられて止まる。

 最後尾にいた私が男達をよく見て理由が分かった。この男達には見覚えがあった。


「……よぉ。イナシスじゃねえかよ」


 待ってましたと言わんばかりに、物陰から姿を現した二人の男。一人は男達三人の仲間、そしてもう一人は、


「フィ、フィルベン……」


 イナシスがギリッと歯噛みして相手を睨みつける。顔は見えないけどそうしていると分かる。

 この男――フィルベン以下仲間達は以前、イナシスが雇った護衛であった。だがイナシスがレアな金属を見つけた途端に本性を表してイナシスをPKしようとした。見つからなくてもどの道キルする予定だったみたいだが、結果的には私の闖入で目論見は失敗に終わった。


「あんた、一体何やってんのよっ!?」

「何って酷えなぁ。折角再会したってのに」


 フィルベンは口元をニヤニヤしながらイナシスに近づいてくる。


「あんたまさか、あたし達を付けてたの?」

「いーや。単なる偶然だっつうの。コイツ等と飲んでたらたまたまお前を見かけてよぉ。随分と仲の良さそうなお友達じゃねえかよ」


 フィルベンの目つきが明らかに厭らしいものへと変わっている。アイラの腕を掴んでいる男はまだ手を放さないし、他も彼女達をニヤニヤと見ている。

 彼等がやって来たのは本当に偶然だろう。その証拠に私の策敵スキルでも誰かにつけられている様子も無かった。つまり実にタイミングが悪い。


「なあイナシスよぉ、あン時は悪かったってマジで思ってっからさぁ、もっかい俺達と組もうぜ? 勿論お前だけじゃなくてお友達も一緒によぉ」

「そんなの願い下げよ。またキルされるかどうか分かんないし」

「だから悪かったって言ってんだろぉ。良いじゃんかよぉ」


 フィルベンはさり気無くイナシスの肩を掴もうとするが、イナシスはそれを察して一歩下がる。


「兎に角、その子を放して。あたしから言う事はそれだけだから」

「おいおいイナシス、ンな冷てぇ事言うなって。なぁ?」


 フィルベンがアイラの腕を掴む男に一瞥する。


「あ、あの、本当に放して下さい!」


 アイラは振り解こうとするが、男は放そうとしない。


「ほらほらアイラちゃんよぉ、俺達とイイコトしようぜぇ? 他のお友達もさぁ?」


 コイツ等、最初からアイラを放すつもりなんてない。この後何をしようとしているのか、フィルベン達のを見れば一目瞭然。特にナーリを見る目がゲスい。何処を見ているのか視線を追わなくても分かる。

 ここは街中。《ソーティルカト・マティカルト》では街や村などの中ではどんなに攻撃を受けようがHPは一切減らない。よってここでコイツ等をキルするのは出来ない。しかも今は人通りが少ない。いや、多くても大半の通行人は見て見ぬフリで素通りだろう。助けが来る可能性は低い。


(……仕方ない)


 私は止むを得ず隠蔽スキルを発動。姿を消してアイラに近づく。

 男が舌をベロベロとしながらアイラの胸部に触れようとした時だった。


「――待ちなさい」


 なんと、救いの手がやって来た。しかも女性の声。聞き覚えあり。


「んあ? ンだよ?」


 フィルベン達や私達も声のした方を向く。そこにいたのは長い黒髪を後ろで束ねた鎧装備の大剣使い、アイシャスだった。彼女の仲間達も武装した状態で後方に控えている。多分冒険帰りなんだろう。

 アイシャスが険しい剣幕でフィルベンに詰め寄る。


「あなた、街中で女の子によくそんなゲスい事が出来ますね」

「はあ? テメェには関係無えだろうが」


 フィルベンはイラッとして睨み返すが、アイシャスは怯まない。


「関係無くないです。その子達は明日、私が挑むレイド戦のメンバー達ですから。何かあったら戦いに支障が出ます」


 アイシャスの宣言にイナシス達はおぉ、と声が出るのに対し、フイルベン達はポカンと口を開くが、すぐにフィルベンが馬鹿笑いを始めた。


「はぁ!? レイド戦!? お前みたいな女がか!? マジかよっ!? うわっマジかよ!? ウケんだけどっ!」


 彼につられて仲間達もアイシャスを嘲笑う。この笑いは、レイドボスに挑むレイドリーダーが女である事に蔑みと嫌味を混ぜているのだ。


「おいおい。リーダー(笑)さんよぉ、ンな事しなくたって良いだろうが。どうせ無理だって。お前みたいな女がリーダーなんて無理無理絶対無理だって!」


 イナシス達はムッとして今にもフィルベンに飛び掛りそうだが、アイシャスは取り乱す様子を見せないので堪えている。彼女はあくまでも冷静さを貫いている。


「リーダー(笑)さんよぉ、無駄な事しねぇで、俺等と遊ぼうぜぇ? どうせ女なんてなんも出来ねぇんだからさぁ、ヤっちまおうぜ?」

「っ!? フィルベンあんた!」


 イナシスが怒って掴み掛かりそうになるのをアイシャスが手で制止する。


「……何がウケるのか知りませんし、私にだってこの街から進む為のレイド戦のリーダーを務める技量があるかどうか正直私自身にも分かりません。ひょっとしたら失敗する可能性だってあります」

「ははっ、だったら……」

「ですが……」


 ガシッ!

 突然アイシャスは素早い動きでフィルベンの顔面を強く掴んだ。


「なっ!? テメ……」

「レイドメンバーの募集にも来なかった軟弱者に、女をどうこうとか言われる筋合いはありませんね」


 グググ

 アイシャスの掴む握力が強くなっていく。それでいて表情はニッコリと笑っていた。なんだか逆に怖い。

 私はフィルベン達のステータスバーを改めて確認する。彼等のレベルはまだ平均16。イナシスをPKしようとした時から今まで随分時間が経っていたが、それがあまり変化していない。対して私や非戦闘職のイナシスまでもがレベル20。所詮は数字の大小だが、そこに行き着くまでの経験は遥かに大きい。つまり彼等はイナシスと再会するまで何もしてこなかった。毎日を飲み食い出来る程度にmob狩りをして時間を過ごし、何の勉強もスキル習得もしてこなかった。今戦えばまず負けるってくらいに。


「まぁ、参加条件のレベルを20にしたのもありますし、もしレベル不問にしてたとしても、あなた達は足足手纏いでしたでしょうね」


 クス、と笑うアイシャスにフィルベンは顔を赤くしてウギギギ、と呻く。女に馬鹿にされて怒ってるのだろう。けどすぐに口元をニヤリとする。


「い、良いのかよ。俺にそんな事してよぉ」

「え?」

「きゃっ!」


 アイシャスの疑問の答えはアイラの悲鳴で返ってきた。男二人がアイラの両腕を後ろに押さえ込んで拘束したのだ。


「は、放して下さい!」


 アイラは必死にもがくが、いくらレベルやステータス値に差があっても、女の子一人に男二人では分が悪い。男二人の方も力を入れているのかビクともしない。

 フィルベンはアイシャスが気を取られている隙に自分の顔を掴む手を払って数歩下がる。


「早くあの子を解放しなさい」


 アイシャスはフィルベン達を睨みつける。だがフィルベンはニヤニヤとしてアイラに近寄る。


「おいおいおい、そりゃあ人にものを頼む言い方じゃねぇなぁ。ここは土下座して丁寧に頼む所だろ。なぁ?」


 仲間の男達目配せして、彼等も同様にニヤつく。

 多分、彼等はアイシャスがその通りにお願いしても要求を呑まないだろう。それどころか最悪な方向に発展しかねない。


「フィルベンあんたっ! アイラに傷一つでも付けたら、絶対に許さないわよっ!」


 気が付いたら、イナシスが怒りを露にして戦鎚を取り出して構えていた。あと一歩でスキルを発動しそうな精神状態。ナーリとピリオンヌも武器を取り出して臨戦態勢に入っていた。対するフィルベンはニヤついたままだ。


「おいおいイナシス。冗談キツいぜ。ここは街中なんだぜ? どんなに攻撃したって傷なんかつきやしねぇよ」


 フィルベンの言う事は尤もだ。ゲーム時代もどんな上位スキルを持とうが、どんな攻撃力の高い武器攻撃だろうが、どんなに防御力が低かろうが、街中では全てダメージ0になってしまう。


「けどよぉ、本当に傷付かねぇのか気になるなぁ。だって確かめた事無ぇし。なぁ?」


 フィルベンは面白そうにアイテムストレージから一本の短剣を取り出した。明らかに戦闘用に使うものじゃない。イナシスをPKしようとした時に使っていたのは片手剣だ。

 フィルベンが短剣の刃をベロベロと舐めながらアイラの目の前まで来る。


「さーてと、色々と試すかな。ナニをしようかなぁ」

「や、ちょっ、まっ……」


 アイラは自分が何をされるか察して顔が怯えと恐怖に染まり出す。このまま短剣によって自分の身体が痛めつけられるのか、はたまた街中なのに未成年にはあってはならない行為が起こってしまうのか。

 イナシスの怒りも頂点に達していた。鬼の形相になってスキルを発動しようとしている。アイシャスも止むを得ないと言わんばかりに背中の大剣の柄に手を掛ける。

 フィルベンがアイラの胸部に触れようと手を伸ばす。


 ――ブチュリ


 が、それは届かず、代わりに肉の刺さる鈍い音が聞こえた。


「――ぎ、ぎゃぁああああああああああああああああああっ!?」


 フィルベンが大きな叫び声を上げてそのまま後ろに転げる。フィルベンの身体で隠れて見えなかったシルエットが現れる。


「…………」


 そう。私である。私がアイラをフィルベンから遮る形で間に入っていたのだ。

 突然の私の登場にフィルベンや仲間達、イナシスやアイシャス達も驚いてしまう。


「こ、このガキ、ど、何処から……」

「…………」


 ――ブチュ


「ぎゃぁあああああああああああああっ!?」


 また肉の刺さる音とフィルベンの叫び声が聞こえる。

 フィルベンの身に一体何が起こったのか。答えは簡単である。


「…………」


 ――ブチュ


 私が短剣でフィルベンの股間を刺しているからだ。

 そもそも、一体いつ私が現れたのか。周りの人間は揃って疑問に思った筈だ。

 この答えも簡単。私はこっそり近づいてアイラを逃がす為に隠蔽スキルを発動していた。逸早く実行しようと思ったが、アイシャスが入って来てそれが出来ずにいた。つまりずっと私は隠蔽ハイド中であり、誰もが私の存在に気付かなかった。

 だがここで問題だ。隠蔽スキルの隠蔽率は装備の種類や色、周囲の地形、明暗によって大きく変動する。もし街のど真ん中で隠蔽スキルを使用しても、沢山プレイヤーがいる中なのですぐに看破されて自動解除が起こり、姿が見えてしまう。

 では何故私は街中で隠蔽スキルを発動したにも関わらず、今の今まで、自身で解除するまで自動解除されなかったのか。

 一つ、もうすぐ暗くなる時間帯だから。

 一つ、今はまだ人通りが少なくて見ている人が少ないから。

 一つ、発動時、私はイナシス達の後ろに自分の小さい身体が隠れていてというか隠していたのでフィルベン達が気付かなかったから。

 一つ、私は影が薄いから。

 最後の一つは私の短所であるが、その短所が長所として生かされる時もある。誰かがそう言ったそうな。事実、今こうして仲間のピンチを救ったのだ。


「て、てめ、や、やめ」

「…………」


 ――ブチュ


「ぎゃああああああああああああっ!」


 フィルベンが制止しようとするのを無視して私は短剣で股間を刺し続ける。

 グサリ。グサリ。グサリ。何度も何度もグサリ。グサリ。グサリ。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ああああああああああああああっ!」

「……煩い」


 フィルベンの叫び声が流石に喧しくなったが、それでもお構いなく刺す。

 この部分は男にとって急所。現実で刺されたら激痛程度では済まされないくらい知っている。何故知っているのかは聞くな。

 さっきフィルベンの言っていた、街中では傷は負わないというのは正しい。転生してもそこら辺はゲームの頃と同じで、街中でどんな攻撃を受けようがHPは絶対減らない。数値の変動は一切無い。

 そう。HP(・・)は減らない。なら痛みはどうか。

 実は前に一度だけ試した事があった。もし私が元レベル100プレイヤーだと知られ、他のプレイヤー達から粛清と言う名のリンチを受けるような事になった時、もし街中で行われたらどうなるのか。HPは減らないが痛覚はどうなのかというのを実験した事があった。

 まず最初に、街から一歩だけフィールドに出て態と自分の手を短剣で刺した。その時はとても痛く、当然刺しっぱなしだったからHPも減り続けた。

 今度にその状態で街に入った。すると入った時点でHP減少は止まったが、刺される痛みは続いていた。無茶苦茶痛かった。

 刺し傷だけでなく切り傷や殴打と言った傷を自ら付けて実験した。痛かったし悶えた。我慢したけど、その日の夜は全然寝付けなくて、翌日は寝不足になった。

 以上の検証から、転生した《ソーティカルト・マティカルト》の世界では、街中でのダメージは痛覚のみプレイヤーに与えられるというのを知った。

 そんな訳で、掌を貫いただけでもどれだけ痛いか知っている私はフィルベンの股間を刺す。どれ、もういっちょ刺す。


「……えい」


 最後の一刺し。すぐには抜かずそのまま放置する。


「あ、ああああああああっ!? #↑dkrびゃ*ke~!」


 フィルベンの悲鳴がふじこになった辺りでパッタリと気絶してしまった。頃合いだと思って短剣を引き抜く。


「……ふう」


 私は一息吐いて仲間の男達に、


「……次は、誰?」


 と、短剣を向けながら訊ねた。この時私の顔は多分無表情だったが、後でイナシスからそれが逆に怖過ぎたと聞かされた。

 男達は全員ガクガク震えながら股間を手で押さえて内股になっていた。そこへ私の冷たい視線と鋭い質問が加算されてもはや蛇に睨まれた蛙。


「「「い、いやぁああああああああああああっ!」」」


 一斉に悲鳴を上げ、気絶したフィルベンを引き摺るように回収して一目散に去って行った。


「……ふう」


 もう一度一息吐く。なんだかやった事ないから疲れてしまった。

 ところでアイラは大丈夫だろうか。アイラを見てみる。


「…………」

「…………?」


 男達から解放されたアイラはその場にへたり込み、顔が引いていた。どうしたんだろう。

 ふと、イナシス達も見てみる。


「うわぁ……」

「あれはないわ。うん、ないわ」

「あ、あらあら……」


 何だ。イナシス達も引いている。

 アイシャスの方を見てみよう。彼女は難しい顔をして手を額に当てている。彼女の仲間も同様に引いていた。


「…………?」


 私は訳が分からず首を傾げる。一体何が皆をこうしているのか。何に対して引いているのか。全く分からない。


「ゆ、雪華ちゃん!」


 分からずにいた私は、背後からガシッと抱きつかれた。

 抱きついてきたのはアイラだった。


「あ、ありがとう雪華ちゃん~! ホント、ホントありがとう~!」


 アイラはとても嬉しそうに私の顔にスリスリと頬擦りしてくる。


「……むぅ」


 ちょっと鬱陶しいけど、アイラとっては怖い出来事だったし、それを助けたのが私だし、拒まずにされるがままでいよう。


「ア、アイラ!」


 アイラの声で我に返ったイナシス達も寄ってくる。


「アイラ、大丈夫だった!?」

「う、うん。ちょっと怖かったけど平気」

「そ、そっか」


 イナシスもナーリもピリオンヌも安堵する。


「ご、ごめんねアイラ。すぐに助けられなくて」

「う、ううん。気にしないで。雪華ちゃんが助けてくれたから。……ちょっと引いちゃったけど」

「そ、そうね。雪華凄い早業だったわよね。……ちょっと引いたけど」

「いつの間にあんな所にいたから驚いたわよ。……少し引いたけど」

「アイラが無事で本当に良かったです。雪華さん、ありがとうございます。……少し引きましたが」


 成程。感謝されているが、どうやら皆が引いている原因は私にあるのか。けど何処に引いたのか見当が付かない。


「えっと、大丈夫そうでなによりですね」


 皆が私をナデナデし始めてアイシャスが話しかけてきた。


「その、私も何も出来なくて、ごめんなさい」


 彼女は申し訳無さそうに深々と頭を下げてアイラに謝罪する。


「そ、そんな、アイシャスさんが謝る事じゃないですよ。私の不注意が悪いんですから。それに、助けてくれようとしたアイシャスさん、とってもカッコよかったです」

「そうですか。それはどうも……」


 アイシャスはそっぽ向いて気恥ずかしそうなのか照れているのか。女性にカッコいいと言うのは適切なのか悩むが。

 コホン、と咳払いしたアイシャスが私に目を向ける。


「それにしても、随分見事な撃退でしたね。女の私でもあれは引きましたが」

「……どうも」


 やっぱりこの人も引いている。何に対して?


「……流石は、《孤高の女忍》ですね」

「……っ!」


 ボソッとアイシャスが呟いたのを私は聞き逃さなかった。やっぱり彼女も私の事を知っている。そりゃゲームの頃は高レベルプレイヤーの間では有名人だったから仕方ないけど。当のアイシャスは何事も無かったように表情を変えて私達に向き直る。


「さてと。では私達はこれで失礼しますね。明日のレイド戦、お互いに頑張りましょう」

「は、はい! 宜しくお願いします!」


 この後の私達はアイシャスのパーティーと別れて五人で仲良くご飯を食べる事にした。


(……そういえば)


 アイシャスが私の事を知っているという事は、私がレベル100になっている事も知っている可能性がある。なのに、何故彼女はそれに対して私に聞こうとしなかった? いやそもそも、彼女の口から元レベル100プレイヤーに関する話題を聞かない。


(……………………あ)


 待てよ。ギルド《双天の戦乙女ヴァルキリー・ツヴァイ》のリーダー、アイシャス。彼女には二つ名があったような。確か……



 次の日。レイド一行は誰一人欠ける事無く集合し、目的地へと歩み出した。道中何度かモンスターの群れに遭遇したが、アイシャスがレイド戦前の予行演習と称して彼女指揮の下、苦も無く倒したながら進んだ。


「ねえねえ雪華」

「……何?」


 生い茂る熱帯林の中でとなりを歩くイナシスが話しかけてきた。


「なんかさ、ここまで長い時間だったのにこうしてみるとあっという間だったわよね」

「……ん」


 静かに返事する。


「これに勝ったらさ、雪華は一人で行っちゃうんだよね?」

「……ん」


 もう一度静かに返事する。


「……そっか。あたしとしてはもうちょっと雪華といたかったけどなー」

「……ん」


 私も、本当はもっといたかった。

 けどそれは出来ない。私は元レベル100プレイヤー。イナシスは一般プレイヤー。私と一緒にいればイナシスに迷惑が掛かる。それに、私の正体を知ればイナシスが私を憎むかどうかは分からないが、どんな反応するのか怖い。


(……はあ)


 折角仲良くなれて、昨日も楽しくワイワイしてたのに、別れがあっという間なのは世の中がそうだからなのか。今まで人との関わりを断ってきた私でも寂しく感じる。


「……ねえ雪華」

「……何?」

「さっきから反応暗いぞー! このこのー!」


 イナシスが私の首を腕で捕獲して頭をグリグリと撫でてきた。正直鬱陶しいし苦しい。


「あはは。イナシスちゃん、また雪華ちゃんイジってるね」

「よーし、こうなったら私もーっと」

「あらあらあ」


 それを見ていたアイラとナーリも私の頭を撫でたりベタベタ触ってきた。ピリオンヌは微笑みながら見ている。誰か助けろよ。

 これからレイド戦なのに、随分緊張感が無いパーティーだ。戦う前に肩の力を抜いてリラックスしていると思えば物は言い様だが。

 こんな光景を見て周囲のメンバー達もクスクス笑っている人がいる。きっと彼等も和んだんだろう。


「おらおらー、笑え笑え」

「えへへ、雪華ちゃん可愛い」

「そぉれ、もっとやったれぇ」

「あらあら」

「…………」


 当人の意思を全無視するのだけは止めてほしい。あと誰か助けろ。

 蛇足だが、四人の装備を確認する。

 イナシスは私と出会った時と同じ戦鎚と盾に軽金属鎧。今は製作から強化まで自分で行った(材料は一部私が提供)、現時点では最高傑作だと言っていた。

 アイラはイナシスと若干似ている。唯一違うのは得物が片手剣なぐらいだ。これもイナシスの手製で攻撃力が高い。盾も以前より軽くて防御力を少し増してある。

 ナーリは魔術師用の白い法衣を身に纏っている。なんでも偶然モンスタードロップしたレア装備で、物理防御力が店売りのより高いらしいがそれを着ていても尚分かる、歩く度にナーリのある部位がポヨポヨ揺れている。凄い気が散る。装備の杖と魔法盾も強化を施して強力になっている。

 ピリオンヌは上は革鎧と軽金属装備を合わせ、下は緑色の革製短パンで軽装だ。お嬢様育ちのピリオンヌが肉加減が良い具合に育った太股や綺麗な二の腕を露出した装備を着けているのは聊かはしたないと思うが、本人曰く『こういう服を一度で良いから着てみたかった』らしく大して恥ずかしがっていない。レギンスも着用しているのである程度男からの視線は防げるが。弓と投げナイフはイナシス作、腰に装備した矢筒に収められた矢はピリオンヌが木工スキルを習得して自分で造った物だ。弓は鉄製にしてあり、耐久値が木製より高い。

 後は自分達の思い思いで選んだ指輪だの腕輪だのと言ったアクセサリーを装備して準備完了してある。


「あっ、ところでさ雪華」


 腕で私を拘束していたイナシスが振り解いてある事を訊ねてきた。


「今回のレイドボスってさ、どんなアイテム落とすかって分かる? お店で使える素材だったら超欲しいし」

「…………」


 そういえば、イナシスはレアアイテムや素材目当てでこのレイド戦に参加したんだった。

 思い出してみる。トレントキングのドロップアイテム……


「……多分薬草ばっか。鉱石も少し。《鍛冶》で使えそうなのは殆ど落とさない」

「えーっ! そんなぁっ!」


 イナシスががっくしと肩を落とす。

 トレントキングは植物系モンスター。製薬スキルで必要な薬草や裁縫スキルで使う糸とかをドロップするので、鍛冶師にとっては不人気なモンスターだ。


「……でも、《ポイズン・ヘラクレス》は《鍛冶》で使える素材落とす」

「えっ!? 本当っ!?」


 本当である。レベル20昆虫系モンスター《ポイズン・ヘラクレス》。レイドボスの取り巻きでしか現れないこの大型カブト虫は《猛毒もうどくちゅうこう》なる素材アイテムをドロップする。鍛冶スキルを使えば盾や鎧を作れる。しかもそれらの装備には、【装備したプレイヤーに触れた相手を一定確率で《毒》の状態異常にする】付与効果が与えられる。

 運が良い事に、私達のパーティーはそのヘラクレス担当。頑張って倒せば素材アイテムは落ちる。


「よーしっ! 燃えてきたわよー! 雪華、あんたが一番頼りなんだからボサッとしないでよ!」

「……ん」


 鍛冶師としての魂に火が点いたイナシスが目をメラメラさせながらやる気満々になった。というか、今の言い草だと私が一番動かなくてはいけないのか? まあ五人の中で一番強いと自称出来るから無理も無いか。

 そんな疑問を持ちつつも、一行はやっとレイドボスが待ち構える部屋の前に到着した。

 《灼熱南帯森社トロピカル・シュライン 入り口》と表示されている通り、樹木で出来た大きな扉を潜った先にレイドボスがいる。

 レイド戦を始める前に、アイシャスが皆の前に出て挨拶をする。


「皆さん、こういう時何を言えば良いのか、正直私にはよく分かりません。ですが、これだけははっきりと言わせて下さい」


 一呼吸置いて、アイシャスが口を開いた。


「……絶対に、勝ちましょう!」


 ありふれた宣言だった。何処の中二病男子が言う台詞がよっぽど説得力がある。それなのに、


 ――ウォォォォォォォォォォォォォッ!


 周囲から大きな歓声が鳴り響いた。私達もつい拍手喝采をしてしまった。


「ねえねえ雪華」

「……何?」

「アイシャスさんってさ、女の人なのにやっぱりカッコイイよね。ちょっと尊敬しちゃうなぁ」


 イナシスが羨ましそうにアイシャスを賞賛する。自分だって武器作ってる時は男勝りになって女の子らしからぬ声を出しているのに。

 気持ちは分かる。はっきり言えば、アイシャスはパッと見特別目立つ存在ではない。パーティーメンバーの中でもどちらか大人しくリーダーになっているのが珍しいぐらいだ。失礼な発言は謝罪する。

 けどだ。彼女はなんだろう、昨日の暴漢騒ぎの時も素通り出来たのを躊躇い無く助けに入ったから、ここぞという時に見せてくれる何かを持っていそうな。決して驕らず、偉そうでもなく謙虚に見えて根は真っ直ぐ。彼女の作ったギルドが上位ランクで名を馳せていたのもなんとなく分かる。なんとなくだけど。


「では、行きましょう」


 静かになるのを待ってからアイシャスは大きな扉を開けた。


「皆、頑張りましょう」

「……ん」

「そ、そうだね。絶対に勝とうねっ!」

「よぉし、やったるわよぉ!」

「お互い、ご武運を」


 皆で励まし合いながら突入する。


《灼熱南帯森社》


 目の前に表示された。レイド部屋に入った証拠だ。

 部屋の中は広かった。直径2,3kmの円形で、壁代わりに部屋を覆う樹木、私達が入ってきた扉と正反対に見える大きな扉。あれが出口だ。

 まだレイドボスの姿は見えない。全員が入ってからじゃないと現れないのか。私達取り巻き担当パーティーもまだだ。その余る時間にアイシャスが陣形を整えるよう指示を出す。

 最後の一パーティーが入り終えた直後、レイド部屋の中央付近で大きな地響きが鳴り出した。


「戦闘準備っ!」


 アイシャスの号令の元、全員がそれぞれの配置に周る。


「――――――――――――っ!」


 大きな呻き声が響いた。

 出現した。

 全長は5mぐらい。直径1mの樹木の体躯にそこから生える無数の根、鞭の様に振り回される蔦の触手、所々に狂い咲いた大きな怪しい色の花、木で作られた王冠を頭部に被り、何処に目があるか分からない。けど私達を見ているのは確かだ。そんな気がする。


《アシッド・トレントキング Lv.20》


 間違いない。この部屋を守護するレイドボス、トレントキングだ。

 少しして、トレントキングの頭上から降ってきた五つの影。


《ポイズン・ヘラクレス Lv.20》×5


 紫色の大きな体躯のヘラクレスオオカブトムシ。レイドボスの取り巻きのご登場だ。

 暫しの静寂。それを止めたのはアイシャスだった。


「戦闘、開始―――――っ!」


 彼女の号令によって、南方大陸レイド戦が開始……


「っ!?」

「っ!?」

「っ!?」


 ……された筈だった。


「な、何が……」


 開始直後に予想外の出来事が起こってしまった。それはこの場にいる全員に降り注ぎ、誰も予想していなかった。


「か、身体が……」

「う、動かない……」


 そう。私達も含め、レイドメンバー四十人全員が急に動かなくなってしまったのだ。


(……これって、ラグ……っ!?)


 ラグかバグかどっちでも良い。身体の自由が全く効かない。

 寄りにも寄ってこのタイミング。間が悪すぎるだろ。このままだとトレントキングの攻撃の的に……


(…………?)


 あれ? おかしい。よく見たらトレントキングも動きが止まっている。取り巻きのヘラクレス達もだ。モンスターだけじゃない、風で揺れ動く草木も地面に落ちる葉っぱも、何もかも動いていない。

 どうやらこれはこの部屋全体で起こっている現象の様だ。でも何故起こった? 一体何が……

 不動の状態のまま思考だけフル回転させていると、その答えが降ってきた・・・・・


 それはあまりにも突然、いやこの世界に来た時点で突然だが、これもそれなりのものだ。


「キシャァァァァァァァァァァァッ!」


 大きな叫び声の主が、トレントキングに圧し掛かる。


「――――――――――――――――――っ!」


 動けなかったトレントキングは回避も出来ず、ただ降ってきたソレ(・・)に押し潰れる。トレントキングのHPがあっという間に0になり、全身を青白く光らせて四散させた。

 傍にいたヘラクレスもその衝撃に巻き込まれて死滅した。

 私達はただ、呆然とソレ・・を見ていた。


 ――ソレは全長20mの巨体。表面は鈍い緑色に光っていた。

 ――ソレは巨体から生える八本四対の脚によって支えられていた。

 ――ソレは蟹より鋭利な太い鋏と大きな尻尾を頭上に構えていた。

 -―ソレはゲーム時代、伝説のレイドボスシリーズの一体よりわりかと小さい、気がした。


 レベル25昆虫系ボスモンスター《ゾディアック・インセーンスコーピオンJr》


 ゲームに没頭していた頃は、レイドボスなんて飽きるくらい見た。このスコーピオンもその一体。けどどうしてだろう。スコーピオンの漆黒の目玉が私達を捉えると、冷や汗を掻いてしまった。



 ゾディアックシリーズ。

 十二正座を模した十二体のレイドボス。

 蟹座のキャンサー、天秤座のリブラ、双子座のジェミニetc

 スコーピオンはこの《ソーティカルト・マティカルト》の世界で十月を表す天蝎宮スコーピオンを表している。

 ゲーム時代に戦ったスコーピオンは毒属性持ちの攻撃をしてくるので、私もスコーピオンと戦う時は毒耐性付き装備や解毒ポーションを用意して毒対策を万全にして挑んでいた。

 毒攻撃だけでなく、スコーピオンは巨大な鋏を振り回したり、巨体による突進攻撃をしてきたり、その威力は高く、並みのプレイヤーなら数回喰らえば死んでしまう。

 今はまだ、戦死者は出ていないが。


タンク隊スイッチっ! 魔法隊、攻撃魔法発射っ!」


 スコーピオンの出現でレイドは混乱してしまい、どうしていいのか分からずにいた。


『焦らないでっ!』


 だが、アイシャスの一喝に全員が我に返った。


『ここはゲームの世界だから何が起こったって不思議じゃないっ! 私達がやる事は変わらないっ! ボスを倒すっ! それだけでも達成しましょうっ!』


 彼女の男気のある気迫に一瞬の静寂が生まれ、


『ウオォォォォォォォォッ!』


 すぐに歓声に変わった。アイシャスのおかげでレイドの士気が開始前より大いに上がったのが見えた。

 カッコイイ。確かにそう思えた。私とはまるで違う。

 トレントキングとは陣形が異なるので、とりあえずタンク隊がスコーピオンの攻撃に耐え、隙が出る都度魔法部隊や突撃部隊による攻撃、回復部隊が《毒》でHPの減りの多い前衛を回復ヒール、他の部隊もアイシャスの指示で攻撃、援護を繰り返す。敵はスコーピオン一体だけで取り巻きはいないのが不幸中の幸いと言うべきか。私達の隊もボス攻撃に参加してリーダーの指示で動く。

 戦闘開始から一時間が経過した。既にHPは八割まで減っている。

 スコーピオンの攻撃パターンは鋏攻撃、突進攻撃、尻尾を振り回す攻撃、その他多数の毒攻撃。毒攻撃を受けるか、スコーピオン自体に触れたら《毒》の状態異常に犯される。つまり鋏や突進も受けてもアウト。どの道《毒》を回避するのは非常に難しい。


「シャァァァァァァァァッ!」


 スコーピオンが叫び声を上げて両手の鋏を前に翳す。


「突進攻撃来ますっ!」

「魔法と弓矢でディレイ!」


 あれはスコーピオンの突進攻撃《スコルピオ・タックル》が炸裂する構えだ。蟹の様に這って突き進むスコーピオンが鋏を動かしながらレイドに襲い掛かる。これは壁隊でも防御し切れないのは分かるので回避が望ましい。或いは遠くから攻撃を当ててスコーピオンの動きを止めるのがマシだ。

 魔法部隊の火属性魔法や地属性魔法、弓使いアーチャー達の遠距離攻撃で迎え撃つ。

 ゲーム時代のスコーピオンは毒属性を持っていた。このJrも同様に毒属性持ちだとすれば、火属性と地属性が弱点である筈。その証拠に火属性攻撃や地属性攻撃を当てると他の攻撃より若干ダメージ量が多かった。

 火属性と地属性を比較すると、僅かに火属性の方がダメージ量が多い。これはスコーピオンが昆虫系モンスターであるからだろう。

 《ソーティカルト・マティカルト》のモンスターは種類によって属性に対しての強弱がある。例えば魚介系モンスターは雷属性には弱いが火属性や水属性には強い、植物系モンスターは火属性には弱いが水属性には強いと言った様に相性がある。

 昆虫系モンスターの場合は、火属性には弱く、毒属性には強いという設定がある。だからこのレイド戦では毒属性の攻撃は一切使わず、火属性か地属性の攻撃でダメージを与えている。


「シャァァァァァァァッ!」


 スコーピオンが口から紫色の煙を吐いた。広範囲攻撃《スコーピオン・ポイズンブレス》だ。


「《毒》が来ます! 全員解毒用意!」


 毒煙は速い動きでレイド全体を包み込み、車の排気ガスやタバコの煙とは違う不快感を得てしまう。


「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!」


 イナシスが咳き込んでステータス画面に《毒》のアイコンが浮かんだ。《毒》を受けのだ。アイラ達も同様だ。


「……皆」

「へ、平気平気。解毒ポーションあるし。ねっ、皆」

「う、うん。凄い気持ち悪いけど大丈夫~」

「何なのよこの煙、タバコの煙吸ってるみたい……」

「皆さん、頑張って堪えましょう……」

「ていうか雪華」


 解毒ポーションを飲んで《毒》から脱したイナシスが咽ながら私にある事を訊いてきた。


「何で雪華、毒受けてないの?」

「あ、ホントだ」

「…………」


 それは私の状態異常の変化の無さだ。私達は現在も固まって動いている。私やアイラが近接スキルを使う時はまだしも、スコーピオンの毒攻撃を受ける条件は私達パーティーだけでなくレイド全体で同じ。

 それなのに、私だけが《毒》に犯されていない。結構な回数の毒攻撃を受けたにも関わらずだ。


「……皆とは、スペックが違うから」

「うわ酷っ!?」


 予想外の返答で訊かなきゃ良かったと落ち込むイナシス。

 間違っていない。うん、間違っていない。私は正確には《毒》を受けないのではない。前まではちゃんと受けてた。装備による耐毒効果やアレとかコレとかソレとかによるその他諸々のおかげで色々とああなってこうなっているのだ。うん、そうなっているのだ。


「魔法部隊、弓使い、攻撃開始!」

「あ、ナーリ! ピリオンヌ!」

「りょ、了解! 《サンライト・ショット》!」

「行きます! 《ミドルディスタンス・ショット》!」


 ナーリの光術スキル下位単発攻撃魔法《サンライト・ショット》とピリオンヌの弓術スキル下位遠距離攻撃技《ミドルディスタンス・ショット》が発動。ナーリの光の球攻撃はスコーピオンにとっては微々たるダメージ。

 しかし、このスキルの良い所は使用後にある。《サンライト・ショット》は敵にダメージを与えた後、その数値に比例して自分及びパーティーメンバーのHPを回復してくれる効果がある。回復量はそう多くは無いが、《毒》によってHPが減っている時にはありがたいスキルだ。

 ナーリの《ミドルディスタンス・ショット》は通常距離の1.5倍の距離を射抜けるので、射程圏内に近づいてダメージを喰らうリスクを減らせる。しかもピリオンヌの矢は普通の店売りとは少し違う。

 ピリオンヌの矢がスコーピオンに刺さり、HPが僅かに減る。だが刺さった瞬間、


 ――ボンッ!


 被弾箇所が小さく爆ぜた。スコーピオンに追加ダメージが入る。さっきより多い。

 ピリオンヌの矢は木工スキルを用いた自作品。一本一本の攻撃力は店売りより少し高いが、一番違う所はその矢が今回のレイド戦の為に量産した物だという所だ。

 矢カテゴリ《すいしょう》。矢製作時に《火の結晶》を混ぜる事で矢に火属性を付与させ、被弾すると火属性の小さい爆発でダメージを与える効果がある。

 モンスタードロップの《火の結晶》はアイラ達が今まで手に入れたのを倉庫に溜めていたのと私が使わず倉庫に溜めていたのをピリオンヌに譲った。本来はトレントキング用に使うつもりだったが、思わぬ形で役に立った。


「壁隊ブロックっ! 突撃部隊スイッチ!」

「あ、雪華ちゃん、行こっ!」

「……ん」


 スコーピオンの鋏攻撃《スコルピオ・シザース》が前衛に激突。しかしそこは壁役。持ち前の根性とHPで耐え切ってダメージを抑えた。《毒》は受けたけど。


「いっけぇっ!《ダブル・スラッシュ》!」

「……《デルタ・トライアングル》!」


 片手剣スキル下位2連続攻撃技と短剣スキル下位3連続攻撃技がスコーピオンの脚に命中。他の突撃部隊も各々のスキルをぶつけてひたすら攻撃。遠距離攻撃も仕掛けてスコーピオンのHPをドンドン削っていく。


「シャァァァァァァァァァッ!」


 戦闘開始から三時間近くが経過。スコーピオンのHPが約六割になり、スコーピオンが叫び声を上げる。

 ゴゴゴ、と地面が揺れる。

 直後、策敵スキルが反応した。


「っ!?」


 反応は、地面からだ。

 地面のゆれが大きくなり、それが姿を現した。


「キシィィィィィィッ!」


 三体の百足が。

 レベル20昆虫系モンスター《ポイズン・センチビート》。これもレイドボスの取り巻きとしてpopするモンスター。素早い動きで突進してくる毒属性持ちだ。

 スコーピオン一体でも厄介なのに、HPが一定以上減ると新たな取り巻きの登場とは面倒だ。


「G隊、H隊、すぐに取り巻きの相手に掛かって! 残りは引き続きボスとの戦闘を維持!」

「「りょ、了解!」」


 アイシャスの素早い指示で元々取り巻き担当だった私達が毒百足の相手をする事に。


「ど、どうする、雪華。急に相手任されたんですけど……」


 イナシスは毒百足を見た事が無いのかビビっている。レイド限定だから仕方ないか。

 しかし困った。フィールドやダンジョンのムカデならまだしも、この毒百足に限らず、レイドの取り巻きとしてpopするムカデmobは厄介極まりない。

 アレの対処はゲーム時代でも操作の上手いプレイヤーがやっと出来る様な難易度の高さだ。今はそのゲームの世界にいる訳だからモロに突進を喰らえば無事では済まない。


「……イナシス、私が抑える」

「へ?」


 イナシスがポカンとしている間に疾走スキルを発動。


「《クイック・リープ》!」


 からの《クイック・リープ》で毒百足一体を攻撃。私の短剣が突き刺さり、毒百足から変な色の汁が飛び散って身体に掛かるがそんなものは気にしない。


「《りんぜん》!」


 すぐに短剣を引き抜いて二体目に体術スキル下位蹴り技《燐漸》を命中。三体目には短剣による通常攻撃。

 時間にして約十五秒の早業。あと五秒は短縮出来た。

 いきなりの事だったのでイナシス達ももう一個のパーティーも立ち尽くしているだった。


「「「シギャァァァァァァッ!」」」


 真っ先に反応をしたのは悪い事に毒百足だ。このまま死んでくれたら良かったのに。三体同時に襲い掛かってきた。


「……むぅ」


 私は短剣を構える。

 毒百足の突進攻撃。肉眼で捉えるのは困難。だがここは私が引き篭もりになってまでやり込んだゲームの世界。

 造作も無い。これぐらい。

 毒百足がウネウネとしながらの突進を私は紙一重の動きで避ける。軽業スキルの補正を受けてリアルより動きは軽快だ。


「《ホリゾンタル・カット》!」


 短剣スキル下位水平攻撃技《ホリゾンタル・カット》で私に突っ込む毒百足を斬りつける。


「シィィィィィッ!」


 別の一体が私の足元を狙ってきた。ジャンプして回避。

 だがもう一体がそれを見越して時間差での突進攻撃。勿論読んでいた。


「《燐漸》!」


 空中での蹴り技が炸裂。毒百足の攻撃が当たる寸前で発動したので回し蹴りは頭部に命中。


「シャァァァァァッ!」


 休む暇は無い。毒百足が間髪入れず追撃の連続を掛ける。


「……ッ」


 流石は取り巻きmob。速い。さっきの三体攻撃は偶然出来たが向こうもそう簡単にやらせてくれない。毒百足を避けて短剣で受け流して避けて受け流しての繰り返しだ。


(……集中、集中!)


 思い出せ。ゲーム時代のムカデの動きを。

 二体同時に突進してきた。

 どっちが速い。どっちを避けるかどっちを受けるか両方避けるか。


(……右っ!)


 右が速いと判断して《クイック・リープ》発動。予想通り右側の毒百足が少し速くて左側が少し遅い。右側の毒百足を避けつつその勢いで左側の毒百足に《クイック・リープ》を決める。また変な汁が飛んで顔に掛かった。拭くから良いけど。

 三体目が攻撃してきた。こっちも攻撃後だったのでジャンプして回避、した筈だった。


 ――バシンッ!


「……痛ッ!」


 毒百足が自分の長い身体を鞭の様に動かして攻撃してきた。避けられず吹き飛ばされる。

 追撃の二体の同時攻撃。《毒》にはなっていないがお腹に直撃したから凄い痛い。HPも結構減った。起き上がるのがやっと。だから追撃は受けた……


「《サンライト・ショット》!」

「《ダブルアロー》!」


 ……筈だったよ。本当にこれウザい。

 毒百足二体は光の球と二本の火矢に攻撃を防がれて私には届かなかった。

 が、それは彼女達にとって悪手だ。


「……っ!? 《ピッキング・シュート》!」


 まだ間に合う。私は投げナイフを二本抜いて毒百足に投擲。

 一本目は命中。二本目は当たると思ったら擦れ擦れでかわされた。


「キシャァァァァァッ!」


 毒百足一体がナーリ達に目掛けて突進し出した。


「……ヤバい」

「「シャァァァァァッ!」」


 すぐに追いかけようとするが別の二体が同時に突進攻撃。回避しかない。


 光の球を受けた毒百足はさっきとは打って変わって私ではなくナーリを標的に変えた。


「えっ!? ちょっ!? 何でっ!?」

「アイラ!」

「うん!」


 いきなりの毒百足の動きにイナシスとアイラが急遽壁役になって対応。しかし、


「え?」

「へ?」


 不思議な事が起こった。毒百足はイナシスとアイラを攻撃する所か二人を無視して通り越した。まるで最初からナーリしか見ていない様に。


「え? え? え?」


 ナーリは頭が混乱してどうして良いのか分からない。突進する毒百足への対処を知らないナーリは怖くなって魔法盾を咄嗟に構えた。


 ――ゴキンッ!


「きゃぁぁっ!」

「ナーリッ!?」


 魔法盾で受けたからか直撃は避けれたが紙装甲のナーリはHPを大幅に削って吹き飛ばされた。


「シィィィィィッ」


 毒百足が更なる突進をしようとナーリを追おうとする。


「させるかぁっ!」


 それをイナシスが戦鎚で毒百足の長い身体を殴って阻止しようとする。

 イナシスからの攻撃を受けた毒百足はスイッチが入れ替わったみたいに顔をイナシスに向け、


「シャァァァァァァッ!」


 そのままイナシスに突進した。


「え、えぇぇぇっ!?」


 イナシスは毒百足の反応に頭がついていかない。それでも防御だけでもと盾を構えた。

 毒百足の頭部が盾に激突。HPは減ったが少量で済んだ。


「え、えぇいっ!」


 アイラがイナシスに標的を変えた毒百足に剣で攻撃する。

 毒百足のHPが少し減る。その瞬間毒百足は、


「シャァァァァァァッ!」

「え、えぇぇぇっ!?」


 今度はアイラを標的に変えた。

 アイラは驚愕しているせいで防御が間に合わず、毒百足の攻撃を受けてしまう。


「きゃあっ!」


 アイラが吹き飛ばされる。HP減少と痛みで悶絶する。そんなアイラに毒百足は更なる追撃を仕掛ける。

 毒百足が鞭の様に撓った動きでアイラを攻撃する。


「あっ! がっ! あっ!」


 アイラは毒百足の身体を叩きつけられ、ついでに《毒》も受けてHPが減り続ける。


「うぉぉぉぉぉっ! 《ヘビー・インパクト》!」


 そんなのいつまでもさせる訳が無い。イナシスが金鎚スキル下位単発攻撃技ヘビー・インパクトを毒百足に振り下ろす。毒百足はまたイナシスに標的を変えた。


「き、来なさいよコノヤロォウ!」


 イナシスは内心ビビりつつ毒百足の攻撃を盾で防ぎつつ隙を見て戦鎚で攻撃してジワジワとHPを削る。


(……急がないと……!)


 一方の私は毒百足二体を一人で相手していた。サッサと片付けてイナシス達の元へと加勢したいが、毒百足の動きがゲーム時代と違って複雑すぎて苦戦中。あと速い。

 避けてスキル、避けてスキル、避けてスキルの連続でMP残量も厳しい。

 イナシス達の方は大丈夫か目を少し向ける。


「「シャァァァァァァァッ!」」

「しまっ――!?」


 だがその“少し”が実戦では命取り。ソロでは絶対犯さないミスを、仲間がいるという慣れない事でミスってしまった。

 今の私のHP残量と毒百足のダメージ量から考えると、これを受けたらリンチになって……死ぬ。


「《パワー・スラスト》!」

「《ソニック・ブロー》!」


 と思って走馬灯を待っていたが来なかった。代わりに来たのは両手剣スキル下位単発攻撃技《パワー・スラスト》と手甲スキル下位単発攻撃技《ソニック・ブロー》だった。二つのスキルは毒百足に命中して私に攻撃が届かない。

 スキルを発動した本人――アイシャスの指示で私達のパーティーと一緒に毒百足を担当する事になっていたパーティーの前衛担当二人だった。


「ようおチビちゃん、お一人で随分頑張ってたが、俺等を忘れちゃ困るぜ」

「コイツらは俺達に任せて、あんたはお友達の所に行きな。いつまでも女の子一人にやらせっ放しもカッコ悪いし」


 重鎧で身を包んだ両手剣使いの男と軽装の手甲使いが早くイナシスの所に向かうよう促す。毒百足は二人の攻撃を喰らって標的を彼らに変えたみたいだ。


「……(コク)」


 私はお言葉に甘えて行く事にする。マナポーションを飲んで疾走スキル発動。


「《クイック・リープ》!」


 追加で《クイック・リープ》の突進剣技。毒百足の背中に命中した。


「あっ、雪華!」

「……ごめん。遅れた」


 私が戻ってきてイナシスが安堵した表情を見せる。


「《デルタ・トライアングル》!」

「《トップアンドボトム・ヒット》!」


 短剣スキル3連続と金鎚スキル2連続が毒百足にクリーンヒット。同時に攻撃を受けた毒百足はどっちを攻撃するのか迷った挙句、私を選んだ。


「……イナシス!」

「オッケー! 《パワー・クラッシュプッシュ》!」


 金鎚スキル下位単発攻撃技《パワー・クラッシュプッシュ》。クリティカルヒットが狙いやすい一撃を毒百足に放つ。


「《デルタ・トライアングル》!」


 隙が生じた毒百足にもう一度《デルタ・トライアングル》を発動。毒百足のHPはイナシスのクリティカルヒットも甲斐あって0になり、全身を四散させた。


「はぁ、はぁ、はぁ、つ、疲れたぁ~」


 毒百足をやっと一体倒し終えたイナシスは息を切らす。


「え、えっと、アイラ~、ナ~リ~」

「へ、平気だよ」

「な、なんとか……」


 アイラとナーリもHPはヤバいが、多めに補充しておいたライフポーションを飲んでHPを回復。解毒ポーションも飲んで《毒》も回復する。


「それで雪華、残りって」

「……ん」


 私が指差した方――もう一個の取り巻き担当パーティーが連携を駆使して毒百足二体を相手にしているのを見てイナシス達はおぉーと声を上げる。


「でさぁ雪華、何で急に一人で突っ走ったりしたの?」

「……ごめん」

「あ、別に責めてるんじゃなくてさ。あのムカデ見た瞬間に動いちゃってたから理由でもあるのかなぁって」

「……説明不足だった」


 私が一人で毒百足を抑えようとした理由。それはゲーム時代、この取り巻きmobとしてpopするムカデ系mobには厄介な設定があるからだ。結果的にこの世界でもそれは変わらなかった様だ。

 毒百足がイナシスとアイラを素通りしてナーリを攻撃した理由。

 イナシスやアイラが攻撃したら毒百足が彼女達に攻撃した理由。

 この二つの理由は単純。

 毒百足へのヘイトである。

 ヘイト――プレイヤーに対するモンスターの敵対心は数値が高い程狙われやすい。例えば攻撃を当て過ぎたり、逆にそれを利用したヘイト操作スキルで壁役になったり詳しい数値は表示されない。故にプレイヤーはこのヘイト値を推測してモンスターと戦闘する。

 けど中には特殊な方法でヘイトが変動するモンスターもいる。毒百足もその一種だ。レイドボスの取り巻きとしてpopするムカデ系mob最大の特徴は、【一番最後に攻撃を当てたプレイヤーに全てのヘイトが移る】という設定付きがある事だ。これを知らずに後方支援者が攻撃を当てるとムカデはそのプレイヤーのみを狙い、それ以外の壁役すら素通りして滅多打ちにする。

 イナシス達はこのムカデ系mobの特徴を知らずに毒百足を攻撃し、遠くから魔法スキルで攻撃したナーリに全ヘイトが移って毒百足からの攻撃を受けた。例え小量なダメージでも与えればヘイトはそれを行ったプレイヤーに移る。私の投げたナイフはその為の物だった。イナシスとアイラを交互に攻撃したのもヘイトが互いに移ったからだ。

 以上の事柄を端折って説明し終えると、


「……雪華、結果オーライになったから一々言いたくないんだけどさ、突っ込むんだったら先にそれ教えてよ」

「……ごめんなさい」


 昨日、一人で突っ走って連携を崩す短所を指摘されたばかりなのに、とんだ不甲斐なさを見せてしまった。しょんぼりだ。


「おーいお嬢ちゃん達! そっち終わったならこっち手伝ってくれ!」


 と、さっきの両手剣使いの男がヘルプを求めてきた。彼らには助けてもらったお返しに私とイナシスが加勢に入る。

 まあ五分後に毒百足は全て倒せたが。

 面倒な取り巻きも排除して再びスコーピオン戦になる。

 スコーピオンのHPは私達が毒百足を相手にしている頃に残り半分を切っていた。


「毒攻撃来ます! 壁隊後退、魔法部隊攻撃開始! その後すぐに突撃部隊スイッチ!」


 アイシャスの指揮のおかげで一人の犠牲者も出さずにレイド戦が進んでいる。

 やっぱりゲーム時代にギルマスをやっていただけの事はある。ボッチの私には無い長所だ。


「HP残り四割程になります!」

「よしっ、そろそろ攻撃パターンも変わる頃でしょう。警戒を怠らず臨戦態勢をっ!」


 アイシャスの指示で魔法部隊による一斉発射。火属性と地属性の魔法スキルがスコーピオンを蹂躙する。

 《火傷》の状態異常を受けてジワジワとHPが減る。

 何発かの攻撃魔法が命中してスコーピオンのHPが約四割を切った。その途端、


「シャァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 スコーピオンが奇声を上げた。


「来ますっ!」


 確かに来た。レイドボスお決まりの攻撃パターンの変化。

 けどそれは、正直嫌だった。

 スコーピオン大きく息を吸い込み始めた。これはさっきと同じ毒息を吐くつもりだ。


「解毒ポーションの準備!」


 見た瞬時にアイシャスが指示。全員解毒ポーションを手にする。

 けどそれは、無意味な行動だった。

 スコーピオンが、さっきとは違って黒い煙を吐いた。思わず口元を押さえる。

 《毒》に犯される者が現れた。


「ゲホッゲホッ」


 イナシス達も咳き込み、《毒》に掛かる。


(……来た)


 当然私も《毒》が来た。いくら耐性があってもこれは流石に受けるか。まあすぐ消えるから良いか。私はすぐに解毒ポーションを飲もうとした……が、


(……あれ?)


 妙な事に気付いた。それもあからさまな違和感だ。HPの減り具合が……


「ど、どうなってんだよ!?」


 と、誰かの叫ぶ声が聞こえた。振り向くと、一人の男性プレイヤーが《毒》に掛かりながら騒いでいた。


「何で、何でポーション飲んだのに治らねぇんだよっ!」

「「「っ!?」」」


 男性プレイヤーの発言に聞いた者は全員息を呑んだ。

 私も解毒ポーションを飲んでみた。だが結果は……治らない。


(……!? やっぱり)


 半分予感はしていたが、本当に起こるのは至極迷惑だ。

 さっき自分HPを確認した時、HPの減りが可笑しかった。通常の《毒》だと一定の時間間隔でHPが減る。

 だが今掛かっている《毒》はそうではない。HPが、毎秒一定量ずつ減り続けていた。少ないが長時間続けば危険だ。

 アイテムカバンから追加の解毒ポーションを取り出して飲んでみた。《毒》は解除されなかった。

 スコーピオンが吐いた黒い煙。

 速いHPの減り。

 治せない《毒》。

 伝説のレイドボス、ゾディアックシリーズの一体、狂気の天蠍宮インセーンスコーピオンの特徴は《毒》。じわりじわりとプレイヤーを痛めつけて死に至らしめる。

 ゲーム時代に経験したあの・・厄介な毒攻撃、このJrが使ったのはそれとほぼ同じものだ。


(……《蠍の猛毒》……っ)


 《蠍の猛毒》。スコーピオンがピンチになると高確率で使ってくる広範囲攻撃。スコーピオンが吐く黒い毒煙はプレイヤーの回避率、毒耐性に関係なく相手を《蠍の猛毒》の状態異常にする。この毒はアイテムやスキルでは解毒出来ず、一度喰らうとHPを毎秒削っていく。

 ゲーム時代、この毒を受けたプレイヤーはHPを回復しつつスコーピオンを倒すという面倒臭い操作を強いられ、この毒の被害数は数え切れない。

 回復方法が全く無い《蠍の猛毒》を取り除く方法はただ一つ――毒を撒き散らした本人、つまりスコーピオンを倒す事。ゲーム時代にそれを検証した人が攻略サイトに対戦動画と一緒にアップしていた。ちなみにその時残っていたHPは全体の3%あるかないかという具合だった。

 話を戻そう。現在、《灼熱南帯森社》でのレイド戦の死者は0。但し前衛部隊から後方支援部隊全員が《蠍の猛毒》に掛かっている。解毒方法はスコーピオンを倒すしかない。ないが、


『ど、どうなってんだよこれっ!?』

『だ、誰かなんとかしてくれっ!』

『た、助けてぇっ!』


 ポーションで治せない毒を受けた人達がパニックを起こしていた。リアル阿鼻叫喚を見たのはビックイベント以来だから二回目。

 無理も無い。いくら死んでも生き返ると言っても、死ぬまでの過程で苦しめる毒なんて、普通の戦闘ではまず受けない。現代日本に於いて毒に掛かる事自体稀だと思うが。

 もう陣形もあったものではない。アイシャスや他の冷静な人が鎮めようとするがパニックはパニックを呼ぶ。


「ゆ、ゆゆゆゆゆ雪華っ!」


 まだ冷静さが欠片でも残っていたイナシスが全身をガクブルさせながら近寄ってきた。


「ど、どどどどどどうしたらいいのっ!? これどうしたらいいのっ!? ねぇっ!」

「……とりあえず、落ち着いて」

「むむ、むむむむむ無理に決まってるでしょぉぉうっ!」


 そりゃそうだ。寧ろ冷静でいる私の方が変か。

 アイラ達の状況も確認する。ナーリが必死に回復系魔法でアイラとピリオンヌのHPを回復させているが、自身も減っているしスキルの使い過ぎでMPも無駄に減っていく。彼女達もパニックになりかけている。

 さて、どうしようか。こんな士気だとスコーピオンとは戦えない。かと言ってこのままやられるのを待つ訳にも行かないし、仮に撤退したとしても《蠍の猛毒》が消えるとも限らない。レイド部屋から出ても効果が続いていたら悪夢だ。


「……ふむ」

「雪華ぁぁぁぁっ! クールに考えてないでどうしたらいいのか教えてよぉぉぉっ!」


 イナシスも精神力の限界が来そうで、ブンブンブンと身体を揺らしてくる。正直止めてほしい。

 本当にどうしようか考えているのに、空気を読まない蠍が一匹。


「シャァァァァァァァァッ!」


 スコーピオンがまた奇声を上げた。


 ――ゴゴゴゴゴゴ……


 また地面から音がした。策敵スキルも反応した。下からだ。

 ゴポッと地面が割れて、空気を読まない虫が増えた。


「シィィィィィ……」


 五体程。

 また毒百足かと思ったら、よく見ると違う。さっきの毒百足は紫色だったが、この百足は黒色をしているし、さっきより体躯の肉質が高い気がする。

 百足のすぐ横に表示が映る。


《ヘルポイズン・センチビート Lv.25》


「……!? ちょっ……!」


 表示を見て声を漏らしてしまう。私以外の何人かも同じようだっただろう。

 毒百足の上位互換に当たる取り巻き専用百足系mob、《ヘルポイズン・センチビート》。殆ど毒百足と同じだが、速さも攻撃力も上だ。

 さっきの紫毒百足同様に、コイツら黒毒百足も最後に攻撃を与えたプレイヤーに全ヘイトが移る。

 レベルも私達より5も上。紫毒百足よりも強いのが一気に五体。スコーピオンはHPが四割残っており、攻撃パターンだって変わる筈。で、今の私達の混乱した状況。これは、


(……《ソーティカルト・マティルカト》の十八番)


 どんな時でも鬼畜さを忘れずに。されど楽しくプレイ出来るように。どこか楽しいんだか。

 それは良いとして、黒毒百足のpopでアイシャスはこれはヤバいと判断し、


「……やむをえないですね。全員、撤退してくだ……」

「「シャァァァァァァァッ!」」


 アイシャスの撤退命令を掻き消すように黒毒百足が動き出した。

 毒蟲による蹂躙劇が開演しようとする。


(……なんとか、しないと!)


 私は自分のHPなんてきにせず黒毒百足だけでもなんとかしようと短剣を構えなおす。

 が、黒毒百足の方が速かった。奴等は標的を見つけて突進攻撃をしてきた。

 標的になったのは……


「へ?」

「きゃっ!?」

「なっ!?」


 よりにもよってアイラ、ナーリ、ピリオンヌの三人だった。

 黒毒百足三体の突進攻撃を受けた三人は一斉に吹き飛ばされた。


「……マズい!」


 三人のHPがびっそりと減り、アイラとピリオンヌのHPバーが赤になるギリギリ、ナーリは既に赤だ。。特に魔術師のナーリの減りが一番大きい。追加で《蠍の猛毒》でHPはドンドン減る。


「ひ、《ヒール》! 《ヒール》! 《ヒール》! 《ヒール》! 《ヒール》!」


 ナーリは必死に治術スキル初期魔法《ヒール》を発動してアイラとピリオンヌのHPを回復させようとするが、《蠍の猛毒》によって無意味な行動と化す。ナーリ自身もHPが減っているのに構わず二人を回復させようとする。


「ひ、《ヒール》……」


 ナーリの声から力が無くなるのを感じた。ナーリのMP残量が底を尽き、最後の《ヒール》を発動し終えた。急いでマナポーションを飲もうとアイテムカバンを弄るが、震えた手で掴んだマナポーションをうっかり落としてしまった。


「あ、あ、あ……」


 恐怖に顔が歪み、一番最初に命の灯火が尽きたのは、ナーリだった。


「ナーリ!」


 ナーリのHPが0に……ならなかった。


「あ、あれ?」

「……?」

「へ? 何で……」


 何故だ。私も思った。

 《ソーティカルト・マティカルト》ではダメージでHPが0になる方法の一つに状態異常によるダメージはある。《毒》や《火傷》によってギリギリ残ったHPが無くなるのはゲーム時代によくあった。

 今起こったのは、《蠍の猛毒》によってナーリのHPが0になる筈だったのに、何故かならない。

 私はナーリのステータスバーを確認する。


ナーリ/女

Lv.20

HP1/2415

MP7/4109

所属ギルド:なし


 なんという事でしょう。MPが無いのはスキルの連発でそうなったから、だがHPはどうだろうか。ちゃんと1だけ残っている。但し《蠍の猛毒》に掛かっている事を示す黒い蠍のマークが付いた紫色のアイコンはそのままだ。通常の《毒》だとこれがドクロマークになっている。


(……もしかして)


 この《蠍の猛毒》、HPが減り続けて解毒も出来ない代わりに、HPを0にするのは無理なのでは?

 ゲーム時代のスコーピオンの情報を思い出す。


(……………………チッ)


 駄目だ。攻略サイトに書かれた《蠍の猛毒》の特徴は解毒不可と毎秒ダメージだけとしか無かった。でもそれでHPが0になった類の情報は聞かなかった。

 私としたことが。レイドボスの情報はもっと探るべきだった。どうせヒキニートだったから時間なんていっぱいあっただろうに。

 流れで分かったナーリの命がけの検証のおかげで、《蠍の猛毒》では死なないという事実は判明した。したのだが、


「「「シィィィィ……」」」


 彼女達の絶体絶命に変わりなかった。既に黒毒百足三体がアイラ達三人を取り囲もうしていた。残りの二体も仲間に釣られて近づいてくる。


(……間に、合え!)


 それを見た瞬間、私は走っていた。疾走スキルを全力発動し、走りながらアイテムカバンを漁ってマナポーションを何本か飲み干してMPを回復、黒毒百足が攻撃するよりも先に仕留めないといけない。

 しかしレベル差が5あり、最後に攻撃したプレイヤー全ヘイトが移り、尚且つスペックが高いムカデ五体をほぼ同時に仕留めるなど、レベル20には現状不可能だ。


 ――普通のレベル20プレイヤーならば。


 黒毒百足は五体同時に攻撃を仕掛ける気なのだろう、三体がまだ攻撃せず二体を待っている。アイラ達は互いに背中合わせになって立ち向かおうとする。もう戦う気力なんて無いのに。

 それでも戦う。負けたままが悔しい。やられたままは嫌だ。アイラの歯軋りする顔を見てそう読み取れた。

 黒毒百足五体がアイラ達を取り囲んだ。そのすぐ傍にはHPが減り続けて脱力したイナシスがへたり込んでいる。


「クッソ……クッソクッソクッソ!」


 何も出来ない自分を恥じて。悔しがって地面を殴りつける。


 イナシス、あなたは無力では無い。あなたのあの無駄な元気は正直ウザかった。けどあの元気さもあなたの良い所だ。あれ無しでは私達のパーティーは繋げられない。


 だから……


「……イナシス、肩借りる」

「へ?」


 イナシスの背後から囁く私にイナシスが間抜けな声を上げた。

 私は疾走スキルを発動して走ったまま、イナシスの肩に片足を乗せ、強く蹴り上げて跳んだ。


(……止むを得ない)


 私は高く跳んだ。

 それはもう、どうやら間に合ったみたいで、黒毒百足の頭上に到達した。

 私はその場で回転し始めた。回転しながら黒毒百足目掛けて落下する。それをイナシスやアイラ達、その他大勢が不思議そうに見ていた。コイツは何をやっているんだと訊かんばかりに。黒毒百足までもが見上げていた。

 その途中、逆手に握っていた私の短剣の元々黒かった剣身に黒いライトエフェクトが包まれる。


 ある。黒毒百足五体を同時に仕留められる方法が。私には。

 漆黒に光り輝く刃が廻りながら、スキルの名を告げる。


「……《だんせんざん》」


 これはかなりずっと後になってから知った事だが、この時の私は皆が皆こう思ったらしい。


 ――小さな死神と。


 本当は三回転するだけでよかったが、今は非常事態。フィギュアスケート選手みたいに十何回転した私が放った回転斬撃。


 ――ジャリンッ! ジャリンッ! ジャリンッ!


 斬撃は黒い円を描いて黒毒百足を切り刻んだ。肉質な黒毒百足が次々と肉塊に変わりゆく。

 黒毒百足がアイラ達を囲んで、しかも待っていたからこそ出来た、五体同時の一撃必殺。可能にしたのは――暗殺術スキル下位範囲攻撃技《螺断旋斬》。身体を回転させながら一度に最大十体の敵を斬る黒い斬撃を三回放つスキル。一回目の攻撃で十体倒せば二回目の攻撃で更に十体倒すことが出来、最高で三十体の敵を倒せる。

 《暗殺術》。姿を消し、気配を消し、そっと闇の中で忍び寄って相手を確実に仕留める殺しの極意。

 あの日、リアルの世界と別れた一世一代のビックイベント開始の日に糞運営から貰った、元レベル100プレイヤー限定の固有スキル。私の場合はゲーム時代に忍者じみた戦闘スタイルばかりだったからか知らないが《暗殺術》を貰った。

 色々と調べてみて分かった。

 《暗殺術》を取得しているプレイヤーには様々の状態異常ーの高い耐性が付く。毒耐性もその一つで、さっきスコーピオンの毒攻撃を受けなかったのは、このスキルで耐性が上がったからだ。尤も《蠍の猛毒》を防ぐのは無理だった。

 この固有スキルは他の攻撃系スキルと違って威力が段違いである。下位スキルでも格上の相手を一撃で倒せる力を持っている。序盤からこんなチートスキル持って楽になるかと思ったが、それはすぐに瓦解した。

 固有スキルの長所はスキルの威力と効果の高さ、逆に短所は使用MPと再使用時間クールタイムだった。


雪華/女

Lv.20

HP784/3342

MP0/2770

所属ギルド:無し

状態異常:《毒》


 自分のステータスバーを確認。さっき回復したばかりの私のMPが0になっていた。そのせいか身体がフラつく。精神的疲労がドッと押し寄せてきたのだ。

 固有スキルは一度使うと手持ちのMPを全て消費する。一定量必要で事前に全回復させないと使えない事が多い。

 次に再使用時間。通常は上位スキルに設定されているこれをこの《螺断旋斬》はなんと3600秒、つまり一時間に一回しか使えない。それも大量のMPをだ。


「ゆ、雪華ちゃん!」


 やっと我に返ったらしいアイラ達がフラフラな私を抱きとめた。


「だ、大丈夫っ!? なんだか、えっとえっとえっと……」

「……だい、じょう、ぶ」


 アイラの心配を他所にアイテムカバンを漁って沢山のポーションを取り出してHP、MPを回復。すぐに短剣を携えて歩き出す。


「雪華ちゃん何処行くの!?」


 まだフラつく足取りな私にアイラが訊ねてくるので、


「……クソサソリの首、捥ぐ」


 ボソッと、それだけ言って疾走スキルを発動した。アイラ達の制止を無視して。


(……ふう)


 心の中で小さく溜息を吐いた。

 見られてしまった。《ソーティカルト・マティカルト》のプレイヤーを強制転生させた原因である者の証、固有スキルを。

 後悔はしていない。あれで一時的とはいえ仲間を守れたし、黒毒百足五体を同時に倒してレアアイテムがいくつか手に入ったし経験値も分割だが手に入った。損得勘定で言えば得した方だろう。うん、そうだろう。

 加速する。加速する。もっと加速する。《蠍の猛毒》による持続ダメージの関係上、早くスコーピオンに近づいて一撃必殺しないといけない。


「シィィィィィ……」


 スコーピオンは自分に向かってくる私を見つけて攻撃対象を変更した。

 まだスキルの射程圏内じゃない。あと一キロ、疾走スキルのおかげであと900、あと800、


「シャァァァァァァァッ!」


 あと600といった所でスコーピオンが鋏を振り翳してきた。

 デカい。あの大きさで直撃或いは衝撃を喰らえば私の物理防御力と残りHPでは即死する。


「……チッ」


 ここは一旦横に逸れて、回避可能になるまで距離を取り……


「《サンライト・ショット》!」

「《ミドルディスタンス・ショット》!」


 と思ったら、後方から光の魔球と火矢がスコーピオンに命中。僅かにHPは減ったが、動きが止まった。

 チラリと後ろを見る。HPギリギリなナーリとピリオンヌが遠距離攻撃スキルを発動したのだ。


「雪華! 走んなさい!」

「雪華さん! 私達がお支えします!」


 ナーリとピリオンヌが再度スキルを発動。スコーピオンの動きを少しだけ止める。


 ――援護してくれた? 私の為に?


 いや、自惚れ過ぎか。いくらなんでも……


「全員に告ぎます!」


 アイシャスの大声がレイド部屋内に響いた。


「全員、彼女を援護せよっ!」


 レイドリーダーから齎された恐らくはレイド全体への最終命令、

 刹那の静寂が過ぎった。


「「「ウォォォォォォォォォォッ!」」」


 次に響いたのはレイドメンバー達の轟く様な大声だった。


「前衛部隊は接近して攻撃、後衛部隊は遠距離攻撃で援護、回復部隊はHPギリギリな人を回復、A、B隊、私と一緒に彼女に続きなさい!」


 すぐさま指示が入り、各々が動く。

 魔術師や弓使いがスキルを連発してスコーピオンの攻撃をディレイし、突撃部隊が武器スキルで追撃する。


「シィィィィィッ!」


 スコーピオンが頭上の尻尾を大きく振り翳した。後衛部隊がスキルでディレイするが、命中が少し遅かった。

 猛毒を含んだ尻尾を上に振り上げ、天井目掛けて飛ばされた毒針。今喰らえば死ぬ危険が高い。


「全員、毒針を回避ーっ!」


 上がった毒針は落下速度を増してレイドに降り注いだ。

 が、毒針を受けた者は一人もいなかった。回避が成功したからではない。


「しまっ――」


 放たれた毒針の本数が目測より遥かに少なかったのだ。百本も無いくらい。

 毒針に注意を向けていたその隙がスコーピオンの狙い。


「シィィィィィィィッ!」


 気が付いた時には、既にスコーピオンが鋏を振り翳し、私に当てるべく振り下ろされた。

 ……あー、こりゃ終わった。死ぬ。

 回避するのが遅い、防御しても即死する。私のHP、《蠍の猛毒》で半分切っちゃってるし。

 ここまで、やっと倒せたと思った時が一番死にやすい。誰かがそう言ったそうな……


「まだ、です!」


 心の中でも読んだのか、私の諦めを遮る様にアイシャスが叫び、両手で握る大剣を振り被る。

 アイシャスの大剣の剣身が、白いライトエフェクトによって包まれる。

 《バーチカル・カット》? いや、あれのライトエフェクトは緑だ。《パワー・スラスト》は青、でもあの構えは両手剣スキル初期技《ブレイド・スイング》に似ているがあれのライトエフェクトは黄色。そもそも両手剣スキルで白いライトエフェクトが包むのは上位スキルにしか無かった……

 ここでハッとした。


(……まさか)


 《双天の戦乙女》のギルドマスター、アイシャス。女性でありながら男勝りな根性と大人らしい礼儀正しさを兼ね備え、数々のレイドでギルドメンバーを引っ張ってきた。

 そんな彼女の二つ名、ギルド名から取って付けられたそれは――


「《セイクリッド・ヴァルキリー》!」


 ――きょけん戦乙女ヴァルキリー


 アイシャスが放った一撃。大剣から飛ばされた大きな光の斬撃。スコーピオンの鋏とぶつかり合う。


 ――シィン!


「ッッッッッッッッッッッーーーーーーッッッ!?」


 そして光の斬撃は、いとも簡単にスコーピオンの鋏を半分切り落とし、HPをごっそりと削り取った。切り落とされた鋏は死んだモンスター同様に青白く光り出して四散した。

 私だけでなくレイド全員、絶叫するスコーピオンもが驚いてしまう。ゲーム時代から現在に至るまでの間でも見た事の無いスキル。


(……まあ、想像はしてたけど)


 そういう事なのだろう。今はどうでも良いが。

 鋏が片方無くなったスコーピオンのHPは残り一割弱だった。あの一撃だけで三割近いダメージを与えられた。

 アイシャスの予想外の攻撃受けて錯乱状態に陥ったスコーピオンは正確に私を捉える事が出来ない。

 故に、私はスキルの射程圏内に近づけるが、まだ少し遠い。


(……さて、どうしようか)


 疾走スキルを使うのが良いが、余計なMP消費は避けたい。普通に走っても時間が掛かるし、その間にスコーピオンが正気を戻すかもしれない。今がチャンス。解決策は無ものか。


「雪華さん!」


 と走りながら考えていると、隣にアイシャスが現れた。MPをポーションで少しだけ回復してある。


「私の剣に乗って下さい!」

「……?」


 なんと。この状況で大剣を翳して変な指示を出してきたよこのリーダー。アイシャスの剣に乗れ?確かに彼女の大剣は私みたいな小柄な人なら乗れるぐらいはデカいが……


(……ああ)


 コク

 何をしたいのか分かった。小さく頷いてジャンプ、アイシャスの大剣の剣身に乗る。

 アイシャスの大剣が黄色のライトエフェクトに包まれる。

 何をするのか分からない者、何をするのか察した者、皆が見ている。


「《ブレイド・スイング》!」


 両手剣スキル初期技《ブレイド・スイング》。両手剣を大きく振り回して斬る技。

 それを使って、私を飛ばした。


(……漫画じゃあるまいし)


 私は心の中で思った。どっかで見た様な絵図だ。

 通常攻撃で剣を振るのとスキルで振るのとではシステムアシストに大きな差があり、後者の方が断然分がある。

 したがって、攻撃用のスキルで人を飛ばせばどうなるのか。

 答え。疾走スキルで走るより速く目的地に着ける。


「……くっ」


 やっぱり風圧がキツい。でも射程圏内まであと三秒……


 二秒……


 短剣の刃が黒いライトエフェクトで覆われる。


 一秒……OK


 射程圏内に入り、そのスキルの名をボソッと呟く。


「……《じょうさつ》」


 私の姿が煙の様に掻き消えた。


「あ、あれ? 雪華?」


 私が何処に行ったのかキョロキョロと捜し回るイナシス。スコーピオンも目玉をギョロギョロとさせて私を捜す。

 クソサソリ。残念だけど、何処を捜しても尾までは見つけられない。


「ッッッ!?」


 スコーピオンの動きがピタリと止まる。


「お、おい! あれ!」


 一人がスコーピオンの頭部を指差し、全員目が行く。

 クソサソリの頭部に佇む小さな黒い影。


「…………」


 私である。私の短剣の黒刃がスコーピオンの頭に突き刺さり、残り少ない命を散らす。

 一割弱のHPは一瞬で0を告げ、スコーピオンの巨体が青白い光に包まれて四散した。

 スコーピオンが消え、私は上手に着地……したかったが少しよろめいて転んだ。


 暗殺術スキル初期技《無情殺》。対象の敵の頭上に瞬時に移動して通常mobなら即死、ボスモンスターなら高いクリティカルヒットを与える。


 二回連続の固有スキルの使用でMPがまた0になりよろめいてしまった。

 目の前にリザルト画面が表示される。そこには四十人で自動均等割りされたお金、パーティー五人で分けられた経験値、そして私だけが表示されたLAボーナスで得た大量のアイテム。

 暫しの静寂。この画面が出たという事は、


「……かっ、た?」

「勝った、のか?」

「勝った? 勝った!?」

「勝ったぞーっ!!!」


 湧き出る歓声。ある者は腕を組み合って笑い合い、ある者は泣き、ある者はホッと一息吐く。


「……ふう」


 転んだままの私が起き上がろうとしたら、


「雪華ーっ!」


 ガシッとイナシスに抱きつかれた。


「雪華! 雪華! 雪華! 雪華ーっ!」

「……むー」


 抱きついてスリスリ頬擦りするのは止めてほしいが、言っても無駄だし今は場合が場合だし我慢する。


「雪華あんた凄いじゃないのよ! もう凄いったら凄い! 凄いったら凄いよーっ!」

「…………」


 耳元で大声で色々と言ってきて煩い。褒められてるから何も言えない。


「雪華ちゃん」


 そこへアイラ達もやって来た。


「お疲れ様。さっきすごかったね」

「いやぁ、あれはヤバいわ。うん、昨日の出来事よりヤバいわ。うん」

「ふふふ」


 アイラが頭を撫でてきて、ナーリが褒めてるのか貶してるのかうんうん頷き、ピリオンヌがニコニコ笑っている。


「あぁ~! こりゃ雪華がMVPよね!」

「……そんな事、ない」

「あははっ! 照れんな照れんなこのこのー!」


 いい加減首を放してほしい。あと頬っぺたをプニプニ突かないでほしい。


「……ところでさぁ雪華」

「……何?」

「さっきのスキルって何だったのー?」


 イナシスが悪気の無い核爆弾を投下した。その被害は極めて甚大である。


「あー、それ私も気になったんだけど……」

「あ、あたしも超気になるんですけど……」

「右に同じく……」


 燃焼促進剤であるガソリンがアイラ、ナーリ、ピリオンヌの三人によって周囲に撒き散らされた。

 いや、撒かなくても、イナシスが聞かなくてもどの道バラしたのは自分だから手遅れか。

 さっきから何人かが私を変な目で見ていたのだ。どうみても異物を見る様な軽蔑する様な目だ。アイラ達までもがあんまりよろしくない目で見ていたのも確認済みだ。


「雪華さん」


 仲間達と勝利を喜び合っていたアイシャスがやって来た。


「……私は、覚悟は出来ています」

「……(コク)」


 イナシスの腕から解放された私はアイシャス一緒に全員の前に出る。

 重々しくなった空気の中、深呼吸したアイシャスが口を開く。


「……もう分かっている方はいる筈ですので、正直に言います。私と、さっきスコーピオンを倒した彼女――雪華さんはゲームの頃、《ソーティカルト・マティカルト》でレベル100を達成した100人のプレイヤーの一人です」


 シン、と静まり返ったレイド部屋。何人かが口をあんぐりと開けたり、答えを察した人は目を逸らしたり、アイラやナーリも口に手を当てて驚いている。

 アイシャスは続ける。


「言い訳がましいですが、私自身レベル100になってこんな事になるとは思っていませんでした。でも私達のせいで皆さんがこうなってしまったのも事実です。許されるとは思っていません。今回レイドのリーダーを買って出たのも贖罪のつもりで行いました。土下座しろと言うのならそうします。本当に、申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げて全員に謝罪するアイシャスと彼女の仲間達。それに対して、どう反応して良いのか困惑する者が隣をチラチラ見ている。中には仕方ないか、と潔く納得する者も何人かいる。

 その内の一人が自然と代表して前に出る。


「……アイシャスさん、頭を上げてくれ。確かにあなた達のやった事は大勢の人の人生を狂わせた。けどそれをあなたに責めた所で状況は何も変わらない。そうだろう」


 アイシャスはゆっくりと頭を上げる。仲間達も後に続く。


「……はい。ですから、私なりに何か償いをしないといけないといけません。例えエゴだと思われても、どんな誹謗中傷を受けようと、当然の事をするつもりですし、報復の覚悟はしています」

「……そっか」


 代表の男は何か言いたそうだったが、あえて言おうとしなかった。

 周りも徐々に穏やかな空気になりつつある。

 ここで怒鳴り散らした所で意味は無いと理解する者が表情だけで増えたと分かる。

 これで何もかも丸く治まる……なんてご都合主義はアニメの中だけで現実では通用しない。

 私はアイシャスの謝罪中に彼女を見ていた人達を観察していた。


(……ん)


 いる。一人二人じゃない、少なくともこの場に何人かがいる。

 隠し下手と隠し上手7:3ぐらい。見た目アイシャスを許してそうで、内心では許していないのが何人かいる。

 学校でイジメを受けていた私には分かる。そういう事を考えている奴等は決まって同じ様な表情をする。嫌なくらい見てきた。ある日急に優しくしてくれたクラスメイトが実は私を嵌める為に仕組んだ罠だったって事もあった。ソイツらのゲスな笑みを思い出すだけでその都度嘔吐したし寝込んだりした。


(……マズい)


 私にはなんとなくだが想像出来た。アイシャスを許したフリをして彼女や仲間を陥れて再起不能にするか、死ぬ事のないこの世界で一生の恥辱を味わわせるのか、騙す気満々だ。

 教えてあげたい。けどそれを言って誰が信じる? 冗談だと流されるのがオチだ。

 イナシスに言う? いやそれも同じだ。

 アイシャス本人に言う? 報復の覚悟はしていると言っていたし、警戒心くらい持ってくれれば。


(……駄目だ)


 耳打ちしようと彼女に近寄ろうとしたが、それは無駄だと判断した。

 理由は顔を見たからじゃない。まして言える空気で無くても私なら読まずに言う。

 ……どうやって話しかけるか分からないのだ。単純に「この中にあなたに悪意を持つ人がいるから気をつけて」とだけ言えば良いのに、それが出来ない。

 改めて人と話すって、どうするんだ? 切り出し方が分からない。切り出したその先は? 中は? 本題にいきつくまでにどうしたら? そんなのアイシャスを引っ張って耳元で囁けば良い。

 出来るのか? コミュ障で対人スキルそろそろ0から脱せるかな程度でコンビニ店員とすら首振りで会話していた私が。

 何も言わなければアイシャスはいつかドツボに嵌る。一度足を踏み入れれば抜け出せない底無し沼に、沈めば待っているのは負の連鎖だけ。


(……どうする? もう時間が……)


 私はピンと一つ閃いた。これならなんとかなるのではないか。

 但し、これをすればリスクは大きい。今の私の危険が更に増す。


(……まあ、いっか)


 それがどうした。そんなのどうでも良い。モンスターの危険にPKの危険が増えたぐらいだ。食って掛かる奴等は返り討ちにしてやる。私にはあの日糞運営から貰った固有スキルがあるし、なんとかしよう。

 自分の事なんてさておき、さっきスコーピオンを倒すのに支援してくれたアイシャスには借りがある。受けた借りを返さないままなのは個人的に胸糞悪い。

 腹を括ろう。

 決心してクルッと身を翻して皆に背中を見せてゆっくり歩き出す。


「ん? 雪華? どうしたの?」


 いきなりの私の行動に?を浮かべる多数の中でイナシスが私の肩に手を触れようとして……


 ――パシッ!


 その手を強く払いのけた。


「え……?」


 いきなりの事でイナシスがキョトンとする。


「ゆ、雪華?」

「……誤解しないでほしい」


 顔だけ振り返った私はイナシス達を睨みつけて、


「……私はその人みたいに気色悪い仲良しごっこする気なんて無いし、自分のやった事を悪いとも思っていない。まして謝る気も反省する気も無い」


 冷たい言葉に場の空気が凍りつく。アイシャスも驚いた表情を見せる。


「ど、どうしたの雪華?」

「……贖罪する? 報復の覚悟? どうでもいい。そんな無駄な事に時間を費やすなんて、馬鹿にも程がある。そんな暇があれば自分を強くする為の時間に使えば良い。折角運営からの貰い物があるんだし」

「ね、ねえ雪華……」

「……それに」


 イナシスを無視して続ける。


「……私もこの世界に転生するなんて話は知らなかった。けど来れてラッキーと思ってる。リアルじゃ味わえない事が沢山ここでは出来る。だから運営には心から感謝している」


 ――ピキ


 空気に緊張感が奔る。何人かが怒りが募っているのが分かる。


「……皆も私達元レベル100プレイヤーのせいで自分がこうなったと思ってるのが大半だろうけど、そんなの私の知った事じゃない」

「な、何を言って……」

「……他人に責任を擦り付ける人程、間抜けな人間なんていない」


 よし。だんだん空気がピリピリしてきた。このまま煽ろう。


「……コイツのせいでゲームの世界に入った? コイツがレベル100になったから? じゃあもし自分がレベル100になってたら同じ事を言うの? まあこれはどうでもいいか。……都合良く許してもらえる頭の中お花畑なリーダーさん(笑)とは違って、私は有意義にこの世界を満喫する」

「ちょっ、ちょっと雪華!?」


 イナシスが私の手を掴もうとしてくる。その前に私は一瞬で姿を消し、


「え……?」


 イナシスが次に反応した時には、喉元に短剣が突きつけられていた。


「ゆき、な……?」

「……イナシス、私があなた達と一緒にいたのも、自分が強くなる為に利用したかっただけ。それ以上でもそれ以下でもない。利用価値が無ければサッサと捨てて他に奔ってた」


 淡々と突き刺す私の言葉にイナシスやアイラ達の表情が凍りつく。


「う、嘘だよね雪華? 全部冗談なんだよね? だってホラ、昨日とかショッピングしたり色々楽しかったじゃん……」

「……嘘じゃない。正直どうでもよかった。ていうか邪魔」


 ハッキリと言い捨てる私に、イナシスは微動に出来ず、ゴクリと唾を飲む。


「だ、騙してたって事? あたしを助けてくれたのも、アイラ達と一緒にパーティー組んでくれたのも全部自分を隠す為にやったって事?」

「…………」


 イナシス、ごめんなさい。けどこうでもしないと、あなたを守る事なんて出来ない。今の私に出来る最低限の方法。

 イナシスからの質問に対して、私はフッと鼻で笑い、


「……騙される方が悪い」

「っ!?」


 冷たく、蔑みを持って言った。偶然ダンジョンで遭遇したイナシスにゲス男達が言った自分勝手甚だしいあの台詞を。

 ここまで言えば、イナシスは私が実はどんなに酷い女かを誤解してくれる。それで良い。

 スッと静かに短剣を引いて鞘に戻す。

 再度身を翻してレイド部屋の出口へと歩き出す。その途中で私はピタリと止まって顔を半分だけ全員に向け、


「……間抜けなあなた達の為に忠告してあげる。私の首を狩りたければ来れば良い。……それなりの覚悟があればの話だけど」


 相手を蔑む様に睨みつけて、向こうの反応なんて無視して歩く。

 やっと冷静になった誰かが叫んで私に罵詈雑言を浴びせているが、発狂していてなんて言っているのか聞き取れない。ていうかどうでも良いから無視だ無視。

 出口の扉まで来た時、チラッとだけイナシスを見た。

 彼女は……未だ呆然と立ち尽くしていた。



「……ふう」


 《灼熱南帯森社》を出た先に広がっていたのは照りつける眩しい太陽、果ての無い大自然、《ソーティカルト・マティカルト》がゲームだった頃、レイドに勝ってから本格的な冒険が始まる。


「……はぁ」


 ここから先はソロでレベリングだ。一日一日を無駄にせず、レベル50を目指して二人と――りゅうとフウヤと再会する。

 ふと、私はメニュー画面から《フレンドリスト》のタブをタッチ。フレンド登録をすれば相手の詳しい居場所までは分からないが、レベルぐらいなら確認出来る。

 ふむ。二人はレベル20にはなっているのか。ただプレイヤー名の欄に同じ街と同じ大陸にいる事を示す星印に光が無い。南方大陸以外の三大陸にいるんだろう。

 しかしそんな事は些末な事だ。今優先すべき事は……


「……はぁ」


 疲れた。凄い疲れた。慣れない事したから超疲れた。

 これで、連中の怒りの矛先はアイシャスから私に変わった、と願いたい。

 効果はあったと思う。反省の色すら見せずアイシャスやその他大勢を見下したんだから。


「……はぁ」


 悪い事をしてしまった。主にイナシスやアイラ、ナーリ、ピリオンヌ、それにアイシャスに。

 本当は、とても楽しかった。イナシスのテンションには呆れたし声は煩いし、アイラもナーリも私を人形遊びみたいに着せ替えするし、ピリオンヌはフフフと微笑んでいるだけだし。

 ネクラで非社交的で引き篭もりでネトゲ廃人の私とは正反対の彼女達は、元の世界では簡単に仲良くなるなんて無理だろう。そもそも会うこと自体が無い。

 自分から組むって提案しておいて、人と接するのに慣れるべきだと言っておいて、結局はこのザマか。当たり前だ。


「……はぁ」


 今度会った時、どんな顔すれば良いんだろう。

 土下座しろって言われたら素直にしよう。どうせ仕方のない事、土下座なんて嘗て通っていた学校の同級生に泥水を掛けられて強要されて下げた頭をゴミを踏んだ後の靴で踏みつけられた事だってあったし。

 PKしてきたら、無抵抗でやられよう。いや、それはゲーマーとしてのプライドが待ったを掛けるから適当に戦って態とやられるか。

 はてさてどうようかと考え込んでいると、


「雪華っ!」

「雪華ちゃん!」

「雪華!」

「雪華さん!」

「っ!?」


 次に会ったら云々を考えている時に四人がやって来た。追いかけてきたのか。


「ゆ、雪華……」


 ハアハアと息を切らしてイナシスが私を呼ぶ。走って来たのか。

 私は振り向く事が出来ない。先の通り、合わせる顔が無い。てか分からん。


「…………」

「ねえ雪華っ」

「……怒ってる?」


 背を見せながら訊ねる。


「あ、あったりまえでしょ……」


 返ってきたのは予想通りの答え。


「……土下座すれば良い? それともPK?」

「いや、別にそんな事しろとは言わないけどさぁ、その代わり」


 ズカズカ、と地面を踏む音が聞こえてくる。こっちに近づいてきたな。

 じゃあ殴りたいのか。まあボコボコにされても文句は言えない。覚悟だ覚悟。

 ――ガシッ


「顔スリスリさせろコノヤロォウッ!」

「むぐっ!?」


 今度は予想の斜め上をいっていた。イナシスがに抱きついて頬擦りしてきた。

 首がキツい。かなり強く絞められてる。


「……イ、イナシス、は、放し……」

「誰が放すかコノヤロウッ!」


 そうだ。何も言えん。苦しいのと立場的なのとで。あと声が煩い。


「イナシスちゃん、そろそろ放して上げなよ。雪華ちゃん首絞まっちゃってるって」

「ていうか、そんな事する為に来たんじゃないんでしょうが」

「そうですよ。イナシスさん。ここは一先ず抑えて下さい」

「うー、分かった」


 アイラ達の都合良い説得でイナシスは渋々私を解放する。「ほら、こっち向けっ!」と身体を無理矢理回されたが。


「で、雪華。何であんな事言ったの?」

「…………」


 イナシスがズィィ、と顔を近づけてさっきの私の発言について質問する。私は目だけ逸らして黙秘する。


「雪華?」

「…………」

「ゆーきーなー?」

「…………」

「ゆーきーなーさーん? きこえますかー?」

「…………」


 ジリジリと顔を近づけて圧迫質問。一方私は黙秘を続ける。


「もっかいスリスリしてやるーっ!」


 ガシッとまた頬擦りされた。実力行使反対。


「……むー」


 ペシペシとイナシスの腕を叩くとイナシスはすぐに首を放す。


「で?」


 ちゃんと止めてあげたから答えろと言わんばかりに仁王立ちした。


「…………」

「……まあ、大体想像つくけどねぇ。ああでもしないと、雪華と一緒にいたあたし達に二次被害が出るって思って、あえて悪役を演じて、あたし達を“元レベル100プレイヤーに騙された被害者達”にしたかったんでしょ」


 ちょっと違う。それも目的だったけど、当初の目的はアイシャスへの毒牙を私に向ける為だ。


「あのねぇ、あたし達はあんたから気遣い受けるほど弱くなんて……無くも無いけど、余計な心配はご無用よ。あたしだってそこまで子供じゃないし。それに今更なんだけどさぁ、あたし、雪華が元レベル100プレイヤーな気はしてたのよね~」

「えっ!? そうなの!?」

「うん。ほら、雪華があたしを助けてくれた時に違和感は感じてたんだけどぉ」

「……ん」


 ……分かってたんだ。イナシスも私の正体に。

 あの日、イナシスがフィルベン達にキルされそうになった時に私が使ったスキル。あれこそ暗殺術スキルの《螺断旋斬》。あれでまずフィルベンを葬って次に仲間達を葬った。


「あとあたしがビックイベントの話したら雪華動揺してたっぽいし、ゲームの頃の雪華ってハイレベルプレイヤーだったらしいし、実際モンスターと戦ってる時凄かったし、元レベル100プレイヤーでも可笑しくないかなぁって思って」

「……なら、何でずっと黙ってたの?」


 そこまで推測しておいて、何故それを周りにバラさなかったのか。そうすれば私は街にいる他プレイヤーから迫害を受けて今後の生活に大きな影響を及ぼすのに。


「何でって、言わなかったっけ? 過ぎた事をネチネチ言っても仕方ないし、そんな事言ってる余裕も無いって」


 確かに、イナシスを助けた日の夜にレストランで言っていた。特に興味も無さそうに話してたし、バレるのを警戒して聞き流してた。


「それにさぁ、助けてもらっておいて恩を仇で返すのは大人気ないし、友達・・裏切りたくもなかったしねぇ」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」


 冷静沈着と自負する私が頭の中が真っ白になった。

 聞き間違いなのか? イナシスさっき……


「……今、何て言ったの?」

「だから、あたしは友達裏切るなんて後味悪いからしたくないんだってば」

「……何を言っているのか全然分からない」


 イナシスの言葉を聞き取る耳と脳が追いついてきていない。

 この日、いやこの世界に転生して一番驚いた事は、転生そのものでもスコーピオンの出現でもない。

 訳が分からずにいる私に、それはこっちの台詞だと言いたげに溜息を吐いたイナシスが発した言葉だった。


「だってあたし達、もう友達じゃない」

「っっっっっ!?」


 全身に電流が奔った。


 …………………………と、も、だ、ち? 友達? Friend?


 ――私達、友達でしょ?


 そう言って、二人掛かりで拘束した私から財布を奪い取ってお札から小銭まで根こそぎ貰っていって私に足蹴りをかましてきた同級生なら何人もいた。財布を持ってなかったら、「なによつまんないの。友達って思ってたのに」と文句を言って私の制服を滅茶苦茶にしたり、水を掛けられた。


 トモダチ? ナニソレ? オイシイノ?


 経験からか友達なんてクソだと思ってた私にとって、ネット上の人間が唯一の知人以上友達以下だった。

 そんな私を、友達だと言った? 悪意があって言ってない。恐らく本心からそう言っている。驚きのあまり、目の前の鍛冶師の少女に目を丸くする。


「どうしたの雪華?」


 首を傾げるイナシスは分かってない。その言葉が、その言葉が、


「…………」


 私は俯いて顔を逸らした。気が付けば体が震え、地面に小さな雫が零れ始めた。


「ゆ、雪華? もしかして泣いて……」

「……泣いて、ない」


 否定する。泣いてなんかいない。


「……目にゴミが入っただけ」


 それにしては随分と落ちる雫一滴が大きい。数まで増えてる。


「……目にゴミが入っただけ……」

「あー、はいはい。そういう事にしとくね」


 イナシスはやれやれ、と私を優しく抱き締めた。


「私も雪華ちゃんの事、友達だって思ってるよ。昨日助けてくれた時の雪華ちゃん、凄いカッコ良くて、なんかホッとしちゃった」

「まぁ、根暗なあんたがガラじゃない事言ったって薄々気付いてたし、雪華にはマジ感謝してるわよ。友達にしたって損じゃないし」

「雪華さんは他人にあまり感心が無い様に思われましたが、内心ではとても友達思いの素敵な方なんですね。私は好きですよ」


 アイラ達もそれを見守る様に私の頭を撫でてくれた。友達だと言ってくれた。


 その言葉が、どれだけぼっちな私の心に響くか。良い意味でも悪い意味でも。

 今回は、すっごい良い意味だ。


「……どうやら、最初から誤解は無かったようですね」


 そこへ、もう一人入ってきた。


「あ、アイシャスさん」


 それはレイドリーダーのアイシャスだった。


「雪華さん」

「……何?」


 顔をゴシゴシと服の袖で拭いてアイシャスと向かい合う。

 アイシャスは、頭を下げた。


「ごめんなさい。あなたにあんな損な役回りを任せてしまって。本当は、私が被るべきだったんですけど」

「……気付いてた?」

「はい。パッと見て凡その察しはつきました。特に男性の方の口元が緩んでいましたので、これは何かあるとは思いました。気付かないフリをして、隙を見て行動する人達を一網打尽しようと仲間の彼女達と相談してたんですが、あなたが動く事が想定外でしたのでつい驚いてしまって」


 そうだったんだ。分かっていて、あえて泳がせようとしたんだ。それで気付いていないと誤認した私が勝手に動いて結果的に変な方向へと進んでしまった。さっき驚いていたのは私の介入が予想してなかったらで、発言に呈するものではなかったのか。


「……観察力、高い。流石は《巨剣の戦乙女》」

「や、止めて下さい。よりにもよってその二つ名は」


 やっぱり言われて恥ずかしいアイシャスが顔を赤くする。


「……で、あなたも固有スキルを?」

「あ、はい。貰いました。ただ、その、名前がちょっと……」


 どうやら当人にとって恥ずかしいスキル名らしい。言いにくそうだ。


「……私は《暗殺術》。あなたは?」

「えっ!? あ、いや、その……」

「…………」

「えーっと……」

「…………」

「……《けん》」

「……え?」

「《剣姫》、です。剣の姫と書いて《剣姫》。戦場で猛剣を振るいし戦乙女のスキルだと説明文にありました」


 無言の押し問答の末、アイシャスが折れて教えてくれた。

 《剣姫》。剣を持って戦う姫、正に戦乙女ヴァルキリーの名に相応しいスキルだ。


「本当に運営会社は何でこんなスキルを私にくれたんでしょう。もう二十五にもなって、仕事と趣味に生きようと思っていたのに姫って、姫って何処の中二病ですか……」

「……でも、そのスキルのおかげで勝てた。あなたが援護してくれなかったら、私は死んでた」

「そうですよ。そうですけど、そうなんですけど……」


 確かに大の大人が姫だの乙女だの呼ばれるはキツいか。それに救われたからアイシャスも邪険に扱えない。

 コホン、と心の闇に篭ろうとしたアイシャスは咳払いして話を変える。


「しかしその、あなたはあれで良かったんですか? 自分一人が悪人になるなんて」

「……一人は慣れてる。どうせレイドが終わればソロで動くつもりだった。だから気にしないで」


 リアルでもソロ生活を送っていた私がゲームの頃もソロプレイ一筋でレベル100になった。ソロ歴眺めの私には屁でもない。


「……それに、約束があるから」

「約束ですか?」

「あー、なんか雪華言ってたわね。レベル50になったら会う人がいるって」

「……ん。その人達と約束してる。絶対に会う。だから大丈夫」

「そうですか……」


 アイシャスはまだ何か言いたそうだったが、私が考えを簡単に変えない女だと察したのかグッと堪えた。


「ねえねえ雪華」

「……何?」

「その会う人達ってさぁ、やっぱり元レベル100プレイヤーだったり?」

「……(コク)」

「そっかぁ。じゃあやっぱり凄いんだろうなぁ」


 無駄に高いテンションを常時発動してお友達作ってるイナシスも充分凄いと思うが(コミュ障の私から見て)。


「……そろそろ行く」

「あっ、はい。道中気を付けて下さいね」

「……(コク)」


 クルッと回ってフィールドへと歩き始め……ようとして立ち止まった。


「ん? 雪華?」

「……忘れてた」


 私はアイテムカバンをゴソゴソと弄り、ある物を取り出す。

 取り出した物をイナシス達に差し出す。


「……ん。あげる」

「へ? 何コレ?」


 イナシスが受け取ったのは、四個の指輪。純銀のリングに紫色の小さな宝石が埋め込まれ、蠍座を示す模様が刻まれている。


「……《ゾディアック・スコーピオン・リング》。人数分。スコーピオン倒した時にドロップした」

「えっ!? 嘘っ!?」


 本当である。

 ゾディアックシリーズのレイドボスはそれぞれの月を象徴するアクセサリーをドロップする。指輪だけでなく腕輪や耳飾り、首飾りなど総計九十六種類ある。

 中でもゾディアック・リングは一番人気の高いアクセサリーである。理由は装備したプレイヤーが得るスキル経験値にボーナスがつくからだ。但しゾディアック・アクセサリーは一人のプレイヤーに一月しか装備出来ないので同じ指輪を二個以上装備しようとしても出来るのは一個だけと決まっている。

 余談だが、ゲーム時代に行われていた取引ではゾディアック・リング一個に一兆Gという値段がついた事もあった。勿論これは倍の値で売れた。


「い、いいいいいいいい良いの!? こんなにも、こんなにもレアなアイテム貰っちゃって!?」


 だからゾディアック・リングを受け取ったイナシスは本日最大の驚きMAXな顔でガタガタ震えながら聞いてくる。なんか面白い。


「……どうせ沢山あっても一人一つしか装備出来ない。宝の持ち腐れは良くない」

「え? でも待って。雪華の分は?」

「……ん」


 右手を見せてあげる。その人差し指にはイナシスにあげたのと同じゾディアック・リングが嵌められている。


「……あげる。騙したフリしたお詫び」

「フリしたお詫びが超レアアイテムって……」

「……いらないなら、売る」

「いや貰います! ありがた使わさせて頂きます!」


 結局貰うんだ。

 イナシスは自分の分一個を残し、三個をアイラ、ナーリ、ピリオンヌにそれぞれ一個ずつ渡した。


「あ、ありがとう雪華ちゃん。大事に使うね」

「ありがとね。あー、なんかこんなレアアイテム持ってると逆に装備しにくいわ」

「それは個人の自由ですが、装備するのとしないのとでは大きく差が出ると思いますが。雪華さん、どうもありがとうございます」


 アイラ達もお礼を言って装備する。

 それをアイシャスが外野で、物欲しそうな目で見ていた。


「……やっぱり、欲しい? でももう無い」

「え、あ、いえ。結構です。欲しかったですけどそれはあなたが勝ち取った物ですから、私がとやかく言う道理はありません。それにそれぐらいで妬むほど子供でもありませんし」


 子供の私にそれを言うか。まあ何故か極上レアアイテムが五個もドロップされたのは私自身も驚いたし、レイド戦が終わってすぐ気付いた時には素っ頓狂な声を上げそうになった。


「けどさぁ雪華。何もお礼しないのも申し訳が立たないんですけど……」

「……なら、一つお願い」


 言うと思っていたイナシスに私から一つ提案を出す。


「……もしイナシスが凄腕の鍛冶師になったら、イナシスを私の専属鍛冶師にして」

「へ? それで良いの?」

「……ん。友達は大事にしたい」


 イナシスは鍛冶師だ。ゾディアック・リングを装備すれば鍛冶スキルのスキル経験値が増えてスキルレベルが上がりやすくなる。高レベルの鍛冶スキル持ちの鍛冶師として名が知れればイナシスにとってもメリットだ。


「うー、わ、分かった。それで良いんだったら」

「……ん。約束」


 私は小指を出す。イナシスも小指を出して指きり拳万をしようとしたら、アイラ達も小指を絡めてきた。


「じゃあ雪華ちゃん、私達も約束。絶対いつかお礼させて」

「させてっていうか、するわよ。嫌とは言わせないわ。良いわね」

「フフフ」

「…………」


 反論はよそう。五人一緒に指きりして、やっとお別れになる。


「じゃあ雪華、また会いましょ」

「……ん。皆も元気で」


 私はフィールドを歩き出す。

 そしてまた止まった。


「……イナシス」

「何よ」


 ちょっとだけ顔を向けて、


「……ありがとう」


 ちょっと照れくさそうにお礼を言った。イナシスはニィ、と笑い、


「あったりまえだコノヤロゥ!」



 それから暫くして、奇妙な噂を聞いた。

 《東方イースト大陸》に100人目の元レベル100プレイヤーにして、ビックイベントを開始させた大元凶と名乗る、刀使いサムライの青年が現れた。その青年は自分が元レベル100プレイヤーだとバレた時には、十万人の放浪者達の人生を狂わせた事に関して全く反省の色が見えなかったという。

 ……龍刃の、馬鹿。

 で、もう一つ。これは後になって聞いた話だけど、このレイド戦が終わった後も別のレイドがレイドボスに挑んだらしいが、何故かレイドボスが元のトレントキングに戻っていたらしい。何度も試してもスコーピオンは現れなくなったそうな。



 地獄転生の日から、一年が過ぎた。


「……さてと、行きますか」


 機械音が軋む地で、何処かの刀使いサムライがそう呟いた。

感想・誤字脱字なんでも構いません。思った事書いちゃって下さい。

次回は誰がでるのやら。

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