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ソーティカルト・マティカルト  作者: 黒楼海璃
004 南方大陸(トロピカル・シュライン)
17/18

016

 暫くして。


「「…………」」


 私とイナシスは一緒に街に戻ってきていた。彼女一人ではレベルも低く戦闘向きでは無い為私が護衛する形で。

 但し会話は一切無い。ただ黙々と二人で並んで歩いている。


「…………」

「…………」

「……ねえ」


 街に入ってから数十歩歩いてイナシスが話しかけてきた。


「……何?」

「あ、いや、えっと、その……」


 イナシスは何か言いたそうだけど歯切れが悪い。


「……?」

「えっと、えっと、その、助けてくれて、ありがとう……」


 そして、小さい声で、最後の方はゴニョゴニョと私にお礼を言った。


「……どういたしまして」


 私も静かに返す。こういう時はもっと良い返事があると思うのだけれど、対人スキルレベル0の私にはこれが精一杯。


「それじゃあ私はこれで」


 イナシスを助け、街まで送り届けたので後は自分でなんとか出来るだろう。私もこの後は雑貨屋に行ったり武器屋に行ったりとしなくてはいけない。


「あっ、ちょっ、ちょっと待って!」


 と思ったら、イナシスが引き止めた。


「……何?」

「えっと、助けてもらったお礼がしたいなぁって思って。夕飯ご馳走したいんだけど、駄目かな?」

「…………」


 考える。私の今までの食事はパンと水のみ。毎日そんな食事をしていたらいつか飽きると思うかもしれないが、この世界のパンは案外美味しいし、街や村ごとに違った種類のパンがあるので飽きが来ない。おまけに一個1Gと安い。装備やポーションにお金を掛けてある以上食事や寝床はどうしても質素になる。泊まっている宿屋もベッドと小さなテーブルと灯りがあるだけの六畳程のワンルームだ。ちなみに一泊50G。

 ここは礼儀として応じるのだけれど、今まで誰かと食事したのは、小学校入学前に家族と晩御飯を食べたのが最後な私には高いハードルだ。コンビニ店員とも首を動かすだけで会話しているぐらいだし。


「…………」

「…………」

「…………」

「……あ、その、無理にとは言わないんだけど、嫌だったら……」

「……別に、良いけど」


 結局、ここで断ったら後味が悪い気がしたので了承する事にした。


「え? あ、い、良いの?」

(コク)


 私は小さく頷く。


「そ、そっか。じゃあ良いお店知ってるから行こっか」

(コク)


 イナシスに案内されて、目的地のレストランへと向かう。その道中も私達の間に会話は無い。

 レストランに着いて、周りに話を聞かれにくくする為に隅っこの席に座った。

 料理を注文して待っている間、イナシスが口を開いた。


「えっと、改めてお礼を言うわね。ありがとうゆき、さん?」

「……雪華で良い」

「あ、そう。じゃああたしもイナシスで良いわよ雪華」

(コク)


 私も小さく頷いて返事する。


「雪華って、強いのね。さっきもアイツらを瞬殺しちゃってたし。少し羨ましいなぁ」

「……別に、それほどでもない」

「謙遜しなくたって良いのに。凄かったわよ。本当に」

「……ありがとう」


 ちょっと恥ずかしくなってそっぽ向いてお礼を言う。こんなストレートに褒められるのは初めてなのでどうしても戸惑ってしまう。


「あーあ、フィルベンの奴、下心ありそうだと思ってたけど、まさか裏切るだなんて酷いわよねー」

「……人間なんてそんなもの。自分の欲の為なら平気で相手を裏切る。寧ろそれが普通」

「随分と実感がこもった言い様だけど、そういう経験があるの?」

「……ノーコメント」


 そんな経験、数え切れないくらいしている。ただそれを言うと重くなりつつある空気に更に重さが掛かるので何も言わない。


「……イナシスは、どうしてあの連中と一緒に?」

「えっとね、あたしってさ戦闘職じゃなくて生産職だから装備作る材料とかを集めるのが大変でさ、誰か一緒に来てくれる人を募集してたんだけど、それでやって来たのがあいつらなの。報酬としてあたしのお店の売り上げの一部を渡すって条件で話が決まったんだけど、いざ同行してみると人遣い荒いしいっつもニヤニヤしてるし、最後はレアな金属奪い取ってキルしようとしちゃってさ。本当に男ってくだらないわよね」

「……(コク)」


 一応頷いておく。私にとって男性経験は皆無と言って良い。元の世界での私が通っていた学校は女子校だったし、男との会話もゲーム内チャット以外無かった。転生後には龍刃とフウヤと会話したけど、翌々考えれば家族以外の男と会話したのはあの二人が初めてだ。そりゃ引き篭もってたから。

 でも、あの一件は男に限った話でもない。生産職などの非戦闘系プレイヤーの護衛についてレアアイテムを上手く掻っ攫う手口はゲーム時代によくあった。但し、流石は超絶鬼畜ゲーを作る運営側。どうやっていたのかは不明だけど、すぐに調査してアカウント停止を下していた。勿論証拠全てを突きつけた上で。


「ゲームの頃は必死に自力でレベル上げして一人でも材料採れるようにはなったんだけど、有名になるって苦労するのよね。戦闘職じゃないから高価な素材アイテムとか手に入れるの大変だし。流石にこんな世界に来ちゃってからはそれも無理だなって思って護衛募集してみた結果がこれよ。考えてみれば自業自得ね」

「……お気の毒」

「でもさ、雪華がいて本当に良かったわ。けど聞きたい事があるんだけど、あの時雪華は何処かに潜んでいたの? 策敵スキル使った時は全然気付かなかったし、そういえば現れた時も迷彩服着てたけど……」

「…………」


 どうしよう。迷彩装備でレベリングしてるとか言いたいけど面倒だし言いたくない。街まで戻る道中は黒い装備に変えたけど、迷彩着たまま現れるんじゃなかった。


「…………」

「……あ、ごめん。何か変な事聞いちゃった?」

「……別に」


 静かに目を逸らす。イナシスもしまった、と言わんばかりな顔をして縮こまる。


「…………」

「…………」

「…………」

「……えーっと」

「……話す」

「え?」

「……話す。どうせバレてるのと同じ」


 まあいっか。減るものでもないし簡単に真似出来る訳でもないし。私はイナシスに迷彩装備による効率的(?)なレベリングの内容を教えた。

 聞き終えたイナシスは面喰った顔になり、


「じゃあさ、雪華はこの大陸に来てからはそんな感じでレベル上げてたの?」

「……(コク)」

「へ、へえ。そうなんだ、アハハ……」


 迷彩服を着て隠蔽スキルで隠れて獲物を見つけたら即殺ってまた隠れるという作業を繰り返していると聞いただけでこの引き攣り様。仕方ないか。

 しかし、それもソロだからこそ成せるが、いつか必ず限界は訪れる。迷彩も新しいものに次々と変えていく必要もあるし、PKに間違われる事だってある。


「……イナシス」

「ん? 何?」

「……これからどうするの?」

「え? これから?」

(コク)


 雇った護衛が略奪行為をしたという事は、その時点で連中との契約も破棄されてイナシスはソロも同然。すぐに新しい護衛も雇えないし、雇ったとしても同じ事が起こらないとも限らない。素材集めを一人でやる事になるが、今の彼女には難しいだろう。


「……うーん、あんな事があったから人を雇いたくないし、やっぱりソロでやっていくしかないかな。元々戦闘向きじゃないから大変だけど、なんとか頑張るしかないわね」

「……だったら」


 予想していた返答に私は一つの提案を出す。


「……だったら私と一緒に組む?」

「え……えぇっ!?」


 いきなりの提案はイナシスをかなりとまではいかなかったが、それなりに驚かせるほどだった。


「ど、どうしたの雪華。昼間はフレンド登録出来ないって言ってたのに……」

「……それに関しては謝る。ごめん」


 私はペコリと頭を下げて謝罪する。


「あっ、えっと、気にしないで。私も思い上がってたし。それよりも組むってどういう事?」

「……そのままの意味。一緒にパーティーを組んでレベリングしつつ素材アイテムも採集する。昼間私は言った。私はある事情で人を簡単に信用出来ないとだからイナシスとのフレンド登録も断った」

「そうよね。確かに言われたわね」

「……でも、だからこそその事情を解消しないといけない。私はレベル50になったら再会すると約束した人達がいる」


 その人達とは、勿論龍刃とフウヤの事だ。


「もしその人達と再会して、私が今のままの状態だと迷惑を掛けてしまう。だから克服する必要がある。その為には人と馴れ合ったり、気を許せる友達を作るのが大事と思った」

「その相手が、あたし?」


 コク、と肯定する。


「イナシスは素材集めをしたい。けど戦闘が苦手。私はレベルを上げたい。そして誰かと馴れ合う必要がある。一緒に組めば私はレベルを上げやすい、イナシスは素材を集めやすい。互いに利害は一致している」


 それともう一つ。もし万が一イナシスが私を裏切るような事になっても、男四人を瞬殺した私の戦闘力なら簡単に葬れる。私の場合は基本的にはパーティーメンバーを裏切らないとゲーム時代からも決めているので彼女にも安心だ。


「……どうする? 決めるのはイナシス」


 イナシスはうーん、と考え始める。

 考えている間に私は自分のメニュー画面を操作する。今日手に入れたお金やアイテムを確認しなくてはいけない。モンスタードロップの素材アイテムは後でイナシスに売却してもらうとして、ポーションと投げナイフの補充がまだだからこの後やって、残ったお金は倉庫に預けておこう。


「……よし。決めたわ」


 イナシスの答えが決まったようで、メニュー画面を閉じて顔を向ける。


「……返答は?」

「……あたしなんかで良ければ、よろしくおねがいします」


 イナシスは頭を下げる。私と組む事を決めたようだ。


「……こちらこそよろしく」


 私も同じ様に頭を下げる。ちょうどその時、注文した料理が運ばれてきた。焼きたてパン、野菜スープ、魚のムニエル、デザートにフルーツとどれも美味しそうで、質素な食事を旨としている私にとってはご馳走だ。


「とりあえず、食べながら今後の事を話しましょ」

(コク)


 私達は料理を堪能しながら、モンスターとどう戦うか、素材収集中の警戒、終わった後のアイテム売却、装備の整備について色々と話した。

 イナシスの装備は武器に戦鎚、防具は盾と軽金属鎧。手持ちスキルは《金鎚》、《盾》、《策敵》、《隠蔽》、《拡張》、《採掘》、《鍛冶》、《武器戦闘》、《闘争本能》。前者二つは装備しただけで、後者二つはモンスターとの戦闘中に、残りはスキルブックを読んで習得したもの。

 攻撃系スキルがあるのは良かったけど、問題はそのスキルレベルだ。イナシスは今までのスキルレベル上げに殆ど《採掘》と《鍛冶》に費やしていた為、《金鎚》は10程度、《策敵》や《隠蔽》は10以下しかないらしく、単体相手ならまだしも二体以上になると苦戦を強いられていたとのこと。代わりに《採掘》と《鍛冶》は採って作って売ってを繰り返して15程度まで上げたらしい。それは凄い。

 ならば、盾持ちのイナシスが前衛に立って防御し、その間に素早さに勝る私がモンスターを屠る。一度に複数popしたらどうしようかと質問されたけど、普通に屠れば良いと返したら何故か引き攣った笑顔を見せてくれた。

 mob狩り以外にも移動中に鉱石やハーブの採れる場所も見つけて採集する。イナシスが採掘中は私が、私が採集中はイナシスが周囲を見張る。モンスターが来たらすぐに知らせて迎撃する。尤も、私が見張る時は瞬殺するから問題ない。

 探索が終われば街に戻って消耗品の補充をする。ポーションは一部私が作ってイナシスに渡し、鍛冶スキルに使えそうな素材アイテムはイナシスに渡して残りは売却。その時に得たお金は二人で山分け。私の場合は迷彩装備を買って貯蓄が乏しいので貯金する。イナシスは営業資金に使うらしい。

 装備のメンテについてはイナシスが全て行う。生産スキル使用時にお金が消費される事があるので、本来はちゃんと支払うべきだと思った。けどパーティーメンバーだし、私からポーションを貰っているし、そもそも素材アイテムが沢山手に入って店に売る武器が作れて寧ろプラスになるという理由で断られた。

 とまあ、デザートを食べ終わる前に今後の方針が決まった。


「にしてもさー雪華。あたし達、何でこんな事になっちゃったんだろうね?」


 シャクシャクと桃に似た果物を食べながらイナシスが訊ねる。


「……こんな事?」

「そ。いきなりゲームの世界にやって来ちゃってって事」


 ピク、とフォークを動かす私の手が止まる。

 ここからの会話は、言葉一つ間違えるだけで今までの努力が水の泡と化し、イナシスに大きな怒りと怨みを買う事になる。それはどうしても避けたい。もしバレてもそれは自業自得だ。甘んじて受け入れるしかない。


「……それは、あの日に運営からのメッセージで知らされた」

「分かってるわよ。そうじゃなくて、あたし達にこんな事させる原因になったっていう100人のプレイヤー達はどんな気分なのかなって」


 その100人のプレイヤーの内の一人が目の前にいるにも関わらず、イナシスは果物をポイッと口に放り込む。

 この時自分が感情表現が苦手な人間で良かったと心から思ってしまった。もし感情を表に出していたらイナシスに不審に思われてしまっている。コミュ障マジ感謝。


「……怨んでいるの?」

「へ?」

「イナシスは、その人達を怨んでるの?」


 私にとっては出来れば聞きたくない重たい質問でもイナシスにとっては何気の無い質問。彼女は特に怪しがらず、


「別に怨んでる訳じゃないわよ。過ぎた事をネチネチ言っても仕方ないし、そんな事言ってる余裕も無いしね」


 溜息混じりに答えて果物を頬張る。

 イナシスは怨んでいなくても、今現在この街にいるプレイヤーの大半は私達を怨んでいても可笑しくない。関わる事は無いから問題ないだろうけど。


「けど雪華、何でそんな事聞くの?」


 イナシス本人にとっては悪意が無いが、私にとっては針で刺されたような感覚を受ける質問をぶつけてきた。


「……別に」


 ここはさっきと同じ様に無口無表情無感情の私らしく短く答える。


「……ふーん」


 それを聞いたイナシスは特に興味も無さそうに最後の一個を食べ終えた。私も味のしなくなった果物を小さく齧った。



 イナシスとレストランで別れた後、真っ直ぐ宿に帰り、部屋のベッドに突っ伏していた。


「…………」


 さっきの食事での会話。イナシスは私を怪しがる素振りを見せなかった。何気ない日常的な会話のつもりで話したのだろう。それならそれで良い。このまま彼女との関係を崩すのは今後のパーティー活動に影響してしまう。下手すれば即解散、最悪PK。


「…………」


 いっそのこと、最初に誘われた時に全部話してしまった方が良かっただろうか。それで嫌われても報いを受けたと思えば良かった。

 けど、

 イナシスに会わなかったら、一緒に組もうと言い出さなかったかもしれない。


「……ポーション、作ろう」


 私は寝る前の日課として、ポーション作りを始めた。



 雪華と別れたあたしは、宿のベッドにゴロゴロと寝転がっていた。


「ふぁ~、疲れたぁ~」


 呑気に欠伸をしながらアイテム画面を開いて、今日手に入れたアイテムについて確認する。

 今日の成果は鉱石がいくつかとモンスタードロップの素材アイテム。その中でも一番目を引くのが銀灰色に光る鉱石《ミスリル鉱》。これで作った装備は時価数万Gも下らないとも言われているレア金属だ。


「よしっ。これで何か作れないかなっと」


 あたしは《鍛冶》のタブをタッチして装備製作画面を開く。今のスキルレベル15で作れる装備を確認してみると、ものの見事に無かった。

 まあ仕方ないっか。今は無理でもいつかは作れる時があるだろうし、暫くは倉庫に仕舞っておこう。


「さて、それじゃあ代わりに何か作りますか」


 追加でアイテム画面を開き、愛用の装備製作アイテム《鍛冶キット》を取り出して寝る前の日課である、販売用装備の製作に取り掛かった。


 あたしことイナシス――本名をがしさきはどこにでもいる、普通の女子高生だ。

 普通に勉強が出来て、普通にスポーツが出来て、普通に友達がいて、普通におしゃべりして、普通な日常を送っている極々普通の女の子だ。

 父親は商社に勤務するサラリーマン。勿論普通の平社員。母親は専業主婦で趣味はガーデニング。おかげで普通の一戸建てである我が家の庭にはいつも綺麗な花が沢山咲いている。

 何の変哲も無い、パッとしない平凡な日常。特別刺激を求めていた訳でもなく、ただただ毎日が過ぎていた。

 そんなキング・オブ・普通を自称するあたしにも、少しは変われると思った時が来た。きっかけは高一の頃、課外授業で包丁作りを見学した時だ。高温に熱した鉄と鋼を何度も鍛え上げ、一本の包丁として完成させる職人さんのその光景に、思わず心を打たれた。

 ――なんて、綺麗なんだろう。

 その日は帰ってから自分のパソコンで日本の和包丁についてとことん調べた。まるで将来の夢に憧れる子供の様に。気が付いたら朝まで熱中していて、学校の授業では眠たくて眠たくて仕方なかった。

 放課後に図書室で和包丁について調べていてふと思った。何故、こんなに調べているのだろうと。

 答えはすぐに出た。あの包丁を自分の手で作ってみたい。

 けどちょっと待て。一旦冷静になって考えてみる。切れる包丁一本を作る為には、十数年以上の修業を経てやっと型が身につく位の時間を有する。果たしてそこに辿り着くまでの気力が自分にあるのか。

 一応担任の先生や両親に相談はしてみた。「お前には無理だ」とは言われなかったけど、難しい顔はされたし、簡単に出来る事ではないという風な事は言われた。

 ならばどうしようか。バッサリ諦めよう、とすぐに割り切れる訳でもない。どうしようどうしようと、いつしかあたしの中で悩みの種として残っていた。

 転機が訪れたのは、パソコンをいじっていたある日、とあるゲーム広告を見た事だ。最初は面白半分で見ようと思っていたが、最初に映し出されたゲームイラストを見て驚いた。それは杖を持った女の子と刀を持った男の子がデカデカと描かれたイラストで、その男の子が握っている刀を見て、どういう理由か心を打たれた。

 それは正に、あの時包丁を見た時と同じだったのだ。なんて、綺麗なんだろう、と。

 とここで、あたしは一つの名案を思いついた。現実リアルで包丁が作れなくても、ゲームで武器を作れば良いんじゃないのと。

 あたしはすぐそのゲームをプレイする事にした。そのゲーム――《ソーティカルト・マティカルト》を。

 アカウントを作ったあたしが真っ先に始めたのは生産職に就く事。でも序盤では出来ないから兎に角レベルを上げて素材アイテムを集めて、鍛冶スキルを習得してからは遮二無二スキルレベルを上げまくった。作っては露店を開いて売ってを繰り返し、プレイヤーレベルよりも鍛冶スキルのレベルが上になる頃には中級ミドルプレイヤー達の間で何かしらの評判が立った。

 《ソーティカルト・マティカルト》を始めてから一年くらいが経過したある日。学校から帰ってきたあたしは提出期限間近の課題をやるよりも先にパソコンを起動させた。起動させてからは攻略サイトを開き、次に《ソーティカルト・マティカルト》をスタートさせた。やっと自分のお店を持てるようになって、常連客も出来てきたこの時期は今正に稼ぎ時。オーダーメイドで武器を作って欲しいという依頼も何件かある。それを早く片付けないといけなかった。

 ゲームを開いてキャラクター選択画面に移動し、いつも自分が使っているキャラクターを選んでゲーム開始。数秒の間を置いていざプレイっ! と、ここまでは普段の日常になってからは普通だと思っていた。

 画面が現れた途端、あたしの意識はよく分からない黒い何かによって一旦無くなってしまった。



 気が付いたらそこは、ゲームの世界だった。

 いや、いきなりそんな風に思った訳ではない。意識が戻ったあたしが最初に見たものは見慣れない建造物に植物、何処までも広がる青空。さっきまで制服姿のままだったあたしの服装がチュニックとミニスカートにブーツという格好に変わっている。

 辺りを見渡してみると、見かけない人達が沢山、あたし同じ様な格好をして騒いでいた。何が起こったのか分からず混乱しているのだ。勿論あたしにも分からない。最後に覚えているのは、ゲームを起動してゲーム画面が現れたその瞬間。そこから今に至るまでの記憶が全く無い。

 一体何がどうしたのかと疑問に思っていると、ポーンッ! と聞き慣れたサウンドが耳元に鳴り響き、【一件のメッセージが届きました】という表示が現れた。

 見慣れたステータス画面を開いてメッセージ画面を開き、届いたメッセージを読んで絶句した。

 『レベル100のプレイヤーが100人になった時、一世一代のビックイベントを行う』最初にこれを始めた時にそんな見出しがあったのを思い出した。鍛冶師ブラックスミスとして活躍していたあたしはそんな事気にもせずに遊んでいたからすっかり忘れていた。

 メッセージを読むと内容はこうだった。あたし達プレイヤーはこの《ソーティカルト・マティカルト》の世界に転生され、このゲームの世界で生きていく。死んでもデスペナの経験値減少で蘇り、元の世界に戻る方法は無い。

 これを読んだ人達は誰もが絶叫し、絶望した。元いた場所に帰れず一生をゲームの中で過ごす。そんな御伽噺みたいな話、誰が信じる? 誰も信じる訳が無い。けど現実は理想よりも残酷だ。あたし達は現に転生された。こうなってしまったのも、レベル100になった100人のプレイヤー達のせいだ。

 周りが騒いでいる中、当のあたしはというと、身体をプルプルと震わせ、空を見上げて思わず、


(リアル異世界転生キターーーーーッ!)


 と大声を上げて叫びたかったしはしゃぎたかったけど、この状況でそれをやるほど馬鹿じゃない。

 異世界転生。それはラノベやアニメぐらいでしか見た事無い非日常的出来事。それが自分に起こった。この何のとりえも無い普通なあたしに。自分で言ってて悲しくなるけど。

 そうと分かれば話は早い。武器屋に行ってゲーム時代に使っていた装備とポーションを買って適当にモンスターを狩って強くする。お金を貯めたら採掘スキルと鍛冶スキルを習得してひたすらレベルを上げる。そう意気込んでいた時期が、あたしにもあった。

 実際にゲームの世界で暮らしてみて痛感した。異世界で生きる、元の世界に戻れない、それはつまり今まで普通だと思っていた生活に戻れない。毎日顔を合わせている家族ともう二度と会えない、通っていた学校にもう行けない、いつも会っている友達ともおしゃべり出来ない、日常に戻れない。そう思うと悲しさと寂しさで涙が溢れ、何回寝床で泣いてホームシックしたことか。モンスターとの戦闘も正直辛かった。腹を空かせた野獣達が一斉に襲い掛かってきて死に掛けたし、大型虫やら訳分かんない人型生命体やらが噴き出す液体に何度悲鳴を上げたか。

 泣いて泣いて泣きまくって、一生分の涙の殆どを流したと勝手に思い込んで今すぐ帰りたい衝動を抑えながら自分のレベル上げに奮闘した。特にあたし鍛冶師を目指している以上、ある程度は安全マージンを取らねばならないし、モンスタードロップの素材アイテムだってあるしソロプレイだから全部自給自足だ。

 素材を採って装備を作って小さな露店で安く売って経験値とお金を稼いでレベルを上げて、気が付いたらプレイヤーレベルと鍛冶スキルのレベルが10になっていた。

 《ソーティカルト・マティカルト》ではレベル10になると中央セントラル大陸から四つの大陸の内、どれか一つにランダムで転送される。あたしはどうか東方イースト大陸に転送される事を祈った。

 転送された時に感じたのは、暑さと眩しさ。マップを確認してみると、そこはよりにもよって南方サウス大陸。大自然溢れる緑の大陸だ。


「な、何でよりにもよって南方大陸なのよ……」


 それを知ったあたしはガクッと落ち込んだ。南方大陸は兎に角暑かった。暑いし変な植物や昆虫ばかりで居心地が悪い。涼しい所はそこそこ快適だけど、我が儘は言えないから早速冒険に出かけた。

 植物が生い茂っている大陸だけあって、薬草が生える所はちらほらあった。でも鉱石を採掘する所もいくつかあり、武器製作に必要な素材は採れた。モンスターを倒しても素材がドロップされるので作る分には困らなかった。

 南方大陸に転送されて暫く経ち、あたしにも余裕が足りなくなってきた。ダンジョンの奥に進めば進むほど採れる金属は増えるけど、その分モンスターも多い。採掘中にモンスターに襲われると商売にならないのでどうしようかと頭を悩ませていた。

 散々考えた挙句、護衛を雇うことにした。ゲームの世界に来てしまって不安な状況である今、他人を信用するのは危ない事だけど、危険を避けてばかりでは目指すものも目指せない。街の掲示板に護衛募集の貼り紙を出してお店をやりながら気長に待っていると、一人のプレイヤーがやってくるのに気付いた。


「……あ、いらっしゃいませー!」


 あたしは営業スマイルを向けて挨拶する。


雪華/女

Lv.14

HP2350/2350

MP1975/1975

所属ギルド:なし


 やって来たのは、女の子のプレイヤーだった。見た目は中学生ぐらいだけど顔は何処か幼く見え、黒い髪が綺麗な美少女だ。全身を黒い装備で固めて腰には短剣をぶら下げてある。ここで口元も隠せば忍者に見えなくも無い。


「お買い物? それともメンテ? 強化? オーダーメイド?」

「……メンテと買い物。これをお願い」


 彼女――雪華は腰の短剣を外して渡す。


「おー、結構使い込んでるなー。えーっとどれどれ……」


 あたしは短剣に鑑定スキルを使って調べる。


あんとうなきうるし』+5》


 この表示を見たあたしはギョッとした。


「ちょっ!? これって、《暗刀『無漆』》!? 中央セントラル大陸にいる《刃甲蟲ブレイド・ビートル》からのレアドロップじゃない! フル強化すればレベル20までは大丈夫っていうあの業物の!」

「うん。そう」


 雪華は普通に答えた。《刃甲蟲》は滅多に現れない昆虫系レアモンスター。それから低確率でドロップされる一級品。それをこんな小さな女の子が手に入れて使っているって……


「…………」


 彼女はパッと見強そうには見えない。でもこの雪華って名前、もしかして……


「…………?」


 と、雪華がこっちをジーッと見ているのに気付いてハッと我に返った。いけない、ここで取り乱してたら後が持たない。


「あ、ご、ごめん。つい驚いてしまって。えーっと、この残り耐久値をフル回復させるとなると、311Gね」

「……(コクリ)」


 雪華はメンテ以外にも投げナイフを買ってくれた。口数は少ないけど、バリバリの戦闘職みたいだ。

 何人かのお客が武器の修理や強化を依頼してきたり、武器製作で時間を潰していると、一人のお客がやって来た。

 さっきも来てくれた短剣ダガー使いの雪華だった。


「あ、いらっしゃいませ。また会ったわね」

「……短剣の修理と、投げナイフ」

「はいはい。了解しました」


 雪華から渡された短剣の耐久値を回復し、投げナイフを販売。さっきと同じだ。

 一度だけでなく二度も来てくれて嬉しいには嬉しい。けど問題が一つあった。


「えーっと、投げナイフの方なんだけど、在庫は一応残ってはいるんだけど、ちょっと今は材料が不足してて、もう少ししたら販売出来なくなっちゃうかもしれないの」


 それは彼女が買ってくれた投げナイフ《ホーネット・ダーツ》の残り本数が少なくなっている事だ。元々余り物の材料で作ったスキル経験値稼ぎの為の商品だったから大して品数を揃えていない。それなのに雪華はこの投げナイフを大量に補充してくれた。そんなに使ってくれたとは思わなかったし、また買ってくれるとも思っていなかった。こんな事ならもっと作っておくべきだったわよ。


「……材料って?」

「えーっと、金属素材とモンスタードロップの素材アイテムなんだけど、ほら私って戦闘系じゃないから材料調達とか難しくて。その、すみません」

「……別に謝る理由は無い。私が我慢すれば良いだけの話」


 深い謝罪にも関わらず、雪華は特に気にした様子を見せない。良い娘ですよまったく。

 しかし困った。一応今は護衛募集を出しているけど簡単に誘いに乗ってくれる人なんていないだろうし、やっぱり材料は自分で調達するしかないのかと考えていると、雪華がアイテム画面を開いて何かを見ていた。


「……ねえ」

「な、何?」

「これなら、使える?」


 雪華はあたしにトレード画面を出して自分が持っている素材アイテムを並べて見せる。


「えーっとなになに、《毒の結晶》に《スケール・バタフライの翅》、《ポイズン・スネークの牙》、《キラービーの針》、《若芽の苗木》、《アイアン・ストーン》に《ブロンズ・ストーン》っ!?」


 特に最後の鉱石二つはありがたい。採掘スキルの《精錬》を使えばインゴットが作れて武器も作れる。他の素材アイテムも欲しかったモンスタードロップのものばかりだ。

 あたしは目の前で金銀財宝を見つけた冒険家の如く目をキラキラと輝かせて雪華に確認を取る。


「じゅ、充分過ぎるっていうか、これだけあれば色々作れる! い、良いのこんなにも?」

「別にどうせ全部売るつもりだったし、使えるのなら有効活用して」

「あ、ありがとうっ!」


 今まで鍛冶師をやっててこれ以上にない嬉しさを得たあたしは雪華に抱きついた。小柄体型の雪華は抱き心地抜群でいつまでもこうしていたいが、それは迷惑だから止めるか。


「でも、ちゃんとお金は」

「払う払う! ちゃんと払う! サービスしてドーンッと払う!」


 あたしは大盤振る舞いと言わんばかりに多めの売却額を雪華に渡した。これだけでは飽き足らず、なんと雪華は今まで倉庫に溜めていた金属やら結晶やらと言った素材アイテムを大量に譲ってくれた。

 ブロンズ、アイアン、属性結晶、モンスタードロップの皮に爪に牙に骨にその他諸々。ここまでされてお金をケチるのはあたしの鍛冶師としての信用に響く。あたしは倉庫に預けていた大金の殆どを雪華に渡す事にした。


「いやいやー、毎度どうも! こんなにも素材集まったの初めてだよ!」

「……こっちも、こんなにも稼いだの初めて」


 素材を沢山貰って満足げなあたしとは対照的に雪華は相変わらず無表情だ。

 しかし、沢山の素材アイテムを倉庫に溜め込んでいるぐらいモンスターを狩っていて、短剣の耐久値の減り具合や投げナイフの消耗数、それと見覚えのあるこの名前から、あたしは一つの疑問を口にした。


「えーっと、あなたの名前、雪華よね?」


 質問すると、雪華は身体をピクッと反応させて


「……もしかして、《ソーティカルト・マティカルト》経験者?」


 逆にコチラに聞き返してきた。つまり当たりって訳か。


「うん。まあね。あ、自己紹介遅れたわね。あたしはイナシス。見ての通り鍛冶師なんだけど、ゲームの時は中級プレイヤー達の間じゃちょっと名が知れてたのよ。よろしく」


 あたしはニコニコと手を差し出す。少しして雪華も手を差し出して握手する。


「……イナシス、私の事を何処で知ったの? 特に名前」

「別に。あたしのゲーム友達に上級プレイヤーの人がいるんだけど、その人がよくあなたの話をしてたのを覚えてたの。また雪華と組めたとか、次は絶対口説くとか」


 ゲーム時代、《こうおんなしのび》という異名を持った無茶苦茶強い女性アバターがいるとゲーム内の友達からよく聞いていた。口説くとか言っていたから下心丸見えだったけど、何でも一部の上級プレイヤーの間では有名人とか。


「あー……」


 それを聞いた雪華は納得した声を出す。但し無表情で。


「いやー、こんなハイレベルプレイヤーに私の作った武器使ってもらって光栄ですなー」


 アハハと笑って少しでも場を和ませたかったけど、雪華は無表情を一行に崩さず、なんだか空気がアレな気がして来た。

 どうしようと内心考えてみて、一つ提案を出してみる。


「こんな所会ったのも何かの縁だし、良かったらあたしとフレンド登録しない?」


 雪華は腕の立つプレイヤーだ。今後ともあたしのお店を贔屓にしてくれる可能性だって無い訳じゃない。そうなればフレンド登録しておけば何かと好都合。雪華本人だって鍛冶師の知人がいれば自分にとってプラスになる筈。そう思って提案してみた。

 が、雪華の返事はあたしの予想を大きく裏切るものだった。


「……本当に申し訳ないけど、断る」

「えっ!? 何でっ!?」


 てっきり応じてくれるかと思っていたから余計にギョッとして理由を尋ねる。


「……これは私自身の問題だけど、出会って間もない人を簡単に信用しろと言われても信用出来ない。だからフレンド登録は出来ない」


 それはご尤もだ。ゲームの世界に来て人を簡単に信用するのはモンスターとの戦闘と同じかそれ以上に危険を伴う。裏切り悪用何でもありそうだ。


「え、それってやっぱりあれ? どこぞの馬の骨とも知れない中級鍛冶師なんかとは仲良くしないとかそんな感じだったり?」

「そんな事は言っていない。確かにあなたとフレンドになれば私の冒険にも役に立つ可能性はある。普通に考えたら二つ返事でそうしてる」

「だったら……」

「でも最初に言った。これは私自身の問題。私はある事情で、人を簡単に信用できない。まして昼間会ったばかりの人は尚更。でも決してあなたを馬鹿にしていないし見下してもいない。それだけは分かってほしい」


 無表情を一切崩さない雪華の目は、さっきよりも真剣な眼差しであることに気付く。これは本心だろう。多分彼女は過去に何かあって、そのせいで周りを信用出来ない。よっぽどのイジメか或いは大事な人に見捨てられたのか、詮索は止めておこう。変に拗れるとマズい。


「そ、そっか。それじゃあ残念ね……」


 本当は商売人らしく貪欲に粘って交渉してみたかった。けど相手は元ハイレベルプレイヤー。戦ったって生産職のあたしには敵いっこないし、機嫌を損ねたら小さく築いた信用が無くなってしまうのが怖かったから諦めることにした。


「……でも」


 がっくりと落ち込むあたしに、雪華は救いの手を差し伸べるように言ってくれた。


「……暫く私はこの街に滞在するし、その間ここでお店をやってるなら、贔屓にするけど?」

「へ……?」


 あたしがキョトンとしたいる間に雪華は「また来る」と言って去って行った。

 贔屓にしてくれる、と言う事は、このまま何度も来てくれれば雪華はあたしの事を信用してくれる。そうなればフレンド登録もしてくれて、元ハイレベルプレイヤー御用達武器屋として有名になって、お客も増えてがっぽり儲かって……どうしよう、考えただけでやる気出てきた。

 職人魂に火をつけたあたしはまた新しい武器を作ろうと思った矢先、お店に一人の男がやって来た。


「……なあ、あんたか? 掲示板に貼り紙出してた奴」


 その男は盾持ち片手剣使いで、名前をフィルベンと言う。あたしの護衛募集の貼り紙を読んでやって来たらしい。彼には仲間が三人いて、あたしを含めた五人パーティーでダンジョンを冒険するという。

 十五分くらい話をして、報酬はお店で稼いだ売り上げの三割という事で決まり、早速この後行く事となった。けど話をしている間、フィルベンは口元をニヤつかせながら何か良からぬ事を企んでいる様な印象を持った。

 何も知らないあたしは早々に店仕舞いをしてフィルベン達との待ち合わせ場所へと向かった。待っていたのはフィルベンとその仲間の両手剣使い一人、短剣使い一人、魔術師一人。お互いに顔合わせと簡単な自己紹介をして、二列横隊でダンジョンへと向かう。

 一緒に行動してみてまず分かった事。フィルベンは人遣いが荒かった。モンスターが来たら連携もとらずに自分で何とかしろだの、一度に複数のモンスターから攻撃されてもそれぐらい一人でやれだの。戦闘が終わると、これだから生産職はと悪態をつくだの、あたしだって好きでくっ付いている訳じゃないのに雑に扱ってくる。採掘になると欠伸をしながらそっぽを向いてやる気が無い。ちゃんと守ってくれてるのかどうかが分からない。そして四人共あたしに顔を向ける度にニヤつかせていてなんか嫌だ。何でこんな連中が来ちゃったんだろう。これだったらもうちょっと雪華を説得して強引にでもフレンド登録して正式に依頼すれば良かったわね。あ、待てよ。フレンドにならなくても依頼ぐらいなら引き受けてくれてたかも。贔屓にするって言ってたし。

 ダンジョンを進む事数時間後、


「……おいイナシス、着いたぞ」

「え、ええ」


 一行は鉱石を採掘できる鉱脈を見つけて採掘に入る。アイテム画面から採掘用のツルハシを取り出して採掘スキルを発動する。

 数分経って、足元に色取り取りの鉱石が転がる。と言っても鉄や銅が殆どだけど。中でも一個だけ特別綺麗な銀灰色の鉱石が出てきた。あたしはそれを拾い上げて調べてみる。


「やった! これ《ミスリル鉱》じゃない!やっと手に入ったわ!」


 なんとそれは低確率でドロップされる《ミスリル鉱》だった。この鉱石から作られるミスリルインゴットで作られる装備は性能が良い。危険を承知でやって来て正解だったわね。


「ほぉう、そりゃ良いモン手に入れたな。イナシス、コイツは俺等への手間賃として貰っとくぜ」


 ところが、フィルベンはあたしからそれを奪い取って自分のアイテムカバンに仕舞いこんだ。


「ちょっ、ちよっと待ちなさいよフィルベン! 話が違うじゃない! あんた達への護衛の謝礼はあたしの店での売り上げの三割。それで納得してたでしょ!」


 あたしはフィルベンに異議を唱える。だがフィルベンはニヤけ顔を崩さず惚けた様に言う。


「おいおいイナシス。確かに謝礼はそれで納得したけどよ、具体的な手数料は決めてなかったよな? だからミスリルは俺等が貰う」

「知らないわよ手数料って! いいから返して! 大体あんた達が持ってても宝の持ち腐れじゃない! そのまま売ったって大したお金にもならないわよ!」


 《ミスリル鉱》は鍛冶スキルを持つ人には宝だが、それ以外の人には正直ゴミでしかない。鉱石のままだと装備製作には使えないからだ。しかも売ったって鉄鉱<銅鉱<金鉱<ミスリル鉱<アイアン・インゴット<ブロンズ・インゴット<ゴールド・インゴット<ミスリルインゴットぐらいの値段の差があるから雀の涙しかない。

 フィルベンはあたしの訴えをやれやれと聞き、アイテムカバンからミスリル鉱を取り出す。


「分かったよ。そんなに欲しけりゃくれてやるよ。ほれ」


 フィルベンはゴミを投げ捨てるみたいにして折角手に入れたミスリル鉱を放った。あたしはそれを追いかけてなんとかキャッチする。その直後だった。


「《エア・カット》!」


 あたしの背中に片手剣スキル下位単発攻撃技《エア・カット》が炸裂した。


「カッ、ハッ!」


 あたしはHPバーが大きく減ってその場に倒れ込んだ。フィルベン達四人をあたしを取り囲む。


「フィルベン、あんた……」

「悪いなイナシス。お前がどんなにレアな金属を見つけようが、どっちみち最後はキルしてたんだわ。そうすりゃお前の有り金もアイテムも丸儲けだからよっ!」

「うぐぅっ!」


 フィルベンはこれでもかとあたしに剣を突き刺す。刺された痛みに声を上げたあたしを奴等は面白おかしく笑う。


「あのな、お前みたいな貧弱な奴はそうやって地面這い蹲って石ころ探してんのがお似合いなんだよ」

「あんた達、騙したわね!」


 迂闊だった。フィルベン達がニヤニヤしたままだったのは、あたしをPKする隙を窺っていたからだ。ゲーム時代、生産職プレイヤーを騙して金品一切合財を奪い取るPKが多発していた時期があった。その頃のあたしも怖くてソロで苦労して素材アイテムを手に入れてたけど、すっかり忘れて油断してた。


「おいおいイナシス。こういうのはな、騙される方が悪いんだよ!」


 フィルベンの攻撃は続き、あたしのHPバーが赤くなる。このまま無抵抗でやられたらミスリルだけでなく手持ちのアイテムがごっそり奪われる。そうなったら取り返す手段なんて、絶対無い。


「た、助けて……」

「助けてだぁ? こんな所に来るようなバカがいるかよっ!」


 悔しくて、怖くて、どうすれば良いのか分からなくなったあたしはもう流すまいと決めていた涙を零し、残ってた力で助けを求めた。けどフィルベン達はそれを嘲笑い、悪魔的な笑みを浮かべる。

 もう無理だ。どうせ死んだって街で蘇るんだし、また最初からやり直すしかない。そう諦めかけた。

 この時、奴等を含む五人は誰も気付かなかった。

 こんな所に来るようなバカ、それは確かに存在した。けどそれは決してバカではなかった。黒いライトエフェクトに包まれた刃を振り翳し、何処から音も無く現れた、迷彩柄の小さな死神が、ゲス男集団を瞬時に葬ったその光景を見て、あたしはとうとうお迎えが来たかと錯覚してしまった。



 次の朝。


「……うー……」


 昨日はあまり寝られなかった。理由は不明。


「……早く、行かないと」


 いつもならこういう時は二度寝するが、今日はイナシスと一緒にダンジョンに篭ると約束している為、ダルい体を面倒臭く動かして身支度と朝食を済まして宿を出る。

 待ち合わせ場所は街から外に出る門の前。そこに先に来た私は隠蔽スキルを発動させてイナシスを待つ。

 五分ぐらい経って、イナシスがやって来た。


「えーっと、あれ? 雪華まだいないの?」

「……イナシス」

「ひゃあっ!?」


 隠蔽スキルを解除して姿を見せるとイナシスは驚いて声を上げる。


「ビ、ビックリした~。驚かさないでちょうだいよ」

「……ごめん」


 短く謝罪の言葉を入れる。今度からは気をつけよう。


「それじゃあ改めて、おはよう雪華」

「……おはよう」


 朝の挨拶を交わして早速ダンジョンへと向かう。


「それで雪華、今日はどんな感じにするの?」

「……」


 道中、ビーが一体出てきて襲ってきた。

 ――シィンッ!

 が、私の《クイック・リープ》で瞬殺してすぐに消え去った。


「……とりあえず、私が狩りまくる」

「そ、そう……」


 何事も無かったかのようにドロップアイテムを確認しながら答える私にイナシスは若干引き気味だった。

 ビーが一体現れて以降はモンスターが出てくる事は無く、私達は無事にダンジョンに到着した。


「さてと、んじゃあやりますか」

「……(コク)」


 それぞれ武器を構えてダンジョン内を進む。


「ウゥゥゥゥゥッ!」

「シャァァァァァァッ!」


 早速モンスターがpopした。数は前衛毒蛇三体、後衛サプリング二体。


「えーっと、雪華……」

「……《クイック・リープ》」


 イナシスが何か話しかけてきたみたいだけど、戦闘を優先して即座にスキル発動。まず毒蛇一体に《クイック・リープ》を与えて、追加で《ラピッド・エッジ》で倒し、二体目、三体目を《スネイク・スラッシュ》で屠る。


「ウゥゥゥゥゥッ!」


 サプリングが苗木の手を伸ばして攻撃してきた。私はバックジャンプで回避。そのついでに投擲スキルを発動。イナシスお手製投げナイフを投擲してサプリングにダメージを与える。

 ダメージを受けたサプリングは私目掛けて突っ込んでくる。


「……イナシス」

「……あ、オ、オッケ!」


 少し遅れてイナシスが交代で突っ込む。


「《スイングアラウンド・ランプ》!」


 サプリングの苗木攻撃を盾で防ぎつつ接近し、金鎚スキル下位範囲攻撃技《スイングアラウンド・ランプ》を発動し、二体のサプリングを同時に攻撃する。


「ウゥゥゥッ!」


 イナシスの放った一撃は私の投げナイフよりもダメージ量が多く、私からイナシスにヘイトが移ったサプリングはイナシスを標的に変える。


「《トップアンドボトム・ヒット》!」


 金鎚スキル下位2連続攻撃技《トップアンドボトム・ヒット》がサプリング一体に炸裂。上から下へと叩き着けられた戦鎚はそのまま下から上へと追撃を放ち、サプリングのHPが三割近く減少する。

 けど、攻撃を受けていないもう一体がイナシスに攻撃を仕掛けた。


「あっ、ヤバッ……」


 イナシスは咄嗟にガードの姿勢を取る。


「《クイック・リープ》!」


 サプリングがイナシスに攻撃する前に、私の短剣スキル下位下位単発突進技《クイック・リープ》がクリティカルヒット。サプリングのHPバーは赤の部分まで大きく減少し、軽く一突きするとHPが0になり、青白く光って四散した。

 私がサプリングを瞬殺したのを見て呆然としていたイナシスは、正面の残り一体からの攻撃に反応が遅れてしまい、苗木攻撃を受けた。


「きゃあっ! イタッ!」


 盾で防げず素で受けたイナシスはHPが減少、吹き飛ばされはしなかったが仰け反ってしまう。


「ウゥゥゥゥゥゥッ!」

「《クイック・リープ》!」


 サプリングの追撃の突進よりも先に私がスキルで攻撃してキャンセルさせる。


「《りんぜん》!」


 反対にこちらが体術スキル下位蹴り技《燐漸》で追撃。続けて《巌首》と《スネイク・スラッシュ》でダメージを与えて倒す。

 戦闘終了後、リザルト画面を確認する。お金と経験値は私とイナシスで自動均等割り。ドロップアイテムはトドメを刺した私にラストアタックボーナスが働いて全て私のアイテムカバンに収納される。

 ドロップしたのは《毒の結晶》、《ポイズン・スネークの牙》、《若芽の苗木》。どれも私は使わない。後でイナシスに譲ろう。

 アイテムを確認して、ヨロリと立ち上がるイナシスに近寄る。


「……イナシス、大丈夫?」

「う、うん。ありがとう雪華」

「…………」


 私はアイテムカバンからライフポーションを一個取り出してイナシスに差し出す。


「……ん」

「……え? あ、くれるの? ポーションならあたしも持ってるけど……」

「……ん」


 断ろうとするのでポーションを突き出す。


「…………」

「…………」

「…………えっと、じゃあありがたく」


 無言の押し問答に負けたイナシスはポーションを受け取ってHPを回復。

 蓋日々奥へと進む。その途中で薬草が生えている場所を見つけた。


「……イナシス、周囲の警戒お願い」

「了解。任せて」


 守りをイナシスに任せて私は薬草の採集を行う。


 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク


 十五分ぐらい続けて、ハーブが手に入った。


 グリーン・ハーブ×9

 レッド・ハーブ×8

 ブルー・ハーブ×8


 もうちょっと採りたかったけど、イナシスを待たせる訳にもいかない。ここいらで打ち止めにしよう。


「……お待たせ」


 採集を終えてイナシスの所へと戻る。


「お疲れ様。でも雪華、良いの? 思ってたより短かったけど」

「……大丈夫。イナシスの方も採掘がある。時間は掛けられない」

「だったら尚更よ。あたしの方だって絶対時間食うんだし、雪華も時間食っちゃっても良いって」

「……良いの?」

「良い、良い。全然良い。一々気にしてたらキリが無いって」

「……それならお言葉に甘えて」


 イナシスがそう言うので、もう少し採集を続ける。


 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク


 三十分後、


 グリーン・ハーブ×14

 レッド・ハーブ×13

 ブルー・ハーブ×15


 追加でハーブが手に入った。ここでの採集はこれぐらいが頃合いだろう。

 さて、戻ろうと思って丁度立ち上がったその時だった。


「ゆ、雪華っ! 何か来たぁっ!」


 イナシスが大声を上げて叫んだ。私は疾走スキルを発動してすぐに移動する。と言っても走って十秒も無い距離だけど。

 しかし、来てみたは良いが、敵の姿は何処にも見えない。


「……何処?」

「上っ! 上っ! 上っ! 蝶々とあと何かいるっ!」


 イナシスに言われて上を見上げる。いたのは《スケール・バタフライ》が四体、それともう一体いた。全身が葉っぱで出来た大きな怪鳥だ。


「……あれは、《リーフ・バード》」


 レベル14植物系モンスター《リーフ・バード》。南方大陸の序盤ダンジョンで低確率popするレアモンスター。ドロップする素材アイテムは大して高くないが防具の材料としては重宝されるらしい。

 私達を見つけた葉鳥は大きな奇声を上げ、バタフライは毒の鱗粉を撒き散らし始めた。

 降ってきた毒の鱗粉が私達の体に掛かり、HPがジワリジワリと削られる。


「ゆ、雪華、どうする? あんな高い所にいたら攻撃出来ないじゃない……」


 盾を傘代わりにして毒の鱗粉をガードするイナシスが訊ねる。

 考える。確かに奴等が飛んでいる高さは投擲スキルの射程外になっている。かと言ってこのまま時間だけが過ぎるとHPが削られ続けて0になってしまうし、葉鳥が攻撃してこないとも限らない。逃げるのが手っ取り早いが、折角見つけたレアモンスターをみすみす捨てるのは勿体無いとネットゲーマとしてのプライドが騒いでいる。

 じゃあどうしよう。こうしよう。


「……降りて来ないなら、来させる」

「へ?」


 疾走スキルを発動。私は近くの大木を走りながら登っていき、頂上に来ると大きくジャンプ。


「《ピッキング・シュート》!」


 続けて投擲スキル初期技《ピッキング・シュート》を発動。葉鳥とバタフライ一体に投げナイフを投擲。


「グワァァァァァァァッ!」


 葉鳥は奇声を上げ、私目掛けて突進してきた。攻撃を受けてヘイトが掛かったのだ。バタフライも同様に、残りの三体も列を成して襲ってきた。


「……イナシス、バタフライを足止めして」

「あ、わ、分かった!」


 二手に分かれて戦闘開始。


「《スネイク・スラッシュ》!」

「《スイングアラウンド・ランプ》!」


 2連続攻撃技と範囲攻撃技でモンスターを一掃する。


「グワァァァッ!」


 葉鳥は葉っぱの羽根を飛ばして攻撃してくる。私はそれをジャンプで回避。


「《ピッキング・シュート》!」


 そのまま投げナイフを投擲し、続けて《クイック・リープ》で追撃。葉鳥はレベルは低いけどHPが他のモンスターよりも高い。ひたすらスキルをぶつけてHPを削る。

 短剣スキル、体術スキル、投擲スキルを使い分けて葉鳥のHPをドンドンと減らしていき、HPバーが赤くなり出した。


(……よし、そろそろ……)

「ゆ、雪華っ! こっちヤバいんですけどぉっ!」


 トドメを刺そうと思った矢先に、イナシスが救援を求めてきた。戦闘が得意ではないイナシスにとってバタフライ四体はかなりキツい。攻撃をヒラリヒラリとかわしながら毒の鱗粉を撒き散らし合ってイナシスのHPの減りが早い。


「チッ」


 すぐには助けられない。かと言って見捨てられないので、投げナイフを投擲して二体の翅に命中させる。左右の翅のバランスを失ったバタフライはその場に落ちる。


「グワァァァッ!」


 援護で隙が出来ていた私に葉鳥が突進攻撃をしてきた。反応の遅れた私はガードも取れず直撃を受けて吹き飛ばされてしまう。


「……ッ!」


 受け身も取れずに転がった私は痛みに悶絶しつつ立ち上がる。葉鳥は怒りながらもう一度突進してくる。

 本来なら避ける所。でも葉鳥はHPが僅か。投げナイフ数本を取り出して投擲。頭を向けて突進してきたので頭部に命中。それがクリティカルヒットとなって葉鳥は青白く光り四散。


「……イナシスは……」


 レアモンスターとの戦闘が片付き、バタフライ四体を一人で相手していたイナシスの元へと急ぐ。


「――セイヤァァァッ!」


 イナシスは金鎚スキル初期技《ハンマー・フリング》を発動し、HPが残り少なかったバタフライを倒していた。彼女の足元には片方の翅が破れて飛べなくなったバタフライが二体、今も尚飛び回って毒の鱗粉を撒き散らしているのが一体残っていた。


「イナシス!」


私はその飛んでいる一体に投げナイフを投擲して撃ち落し、身動きが取れなくなった所を短剣でメッタ刺し。もう一体も同じ様にメッタ刺し。最後の一体はイナシスが殴殺した。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 戦闘が全て終了し、イナシスは息を切らしながらその場に座り込む。彼女のHPバーは既に赤くなっていた。


「……大丈夫?」

「う、うん。ポーション飲みながら雪華が来るの待ってたから疲れちゃったわよ。おかげで手持ちのポーション殆ど使っちゃったわ……」


 ポーションを沢山使ってそのHP残量。かなり毒の鱗粉を受けていたのが感じられる。


「……ごめん。来るの遅かった」

「き、気にしないで。あたしの腕っ節が弱いのが悪いんだしさ」


 アハハハ、と苦笑いするイナシス。


「…………」


 私はアイテムカバンからライプポーションを多めに取り出す。


「……ん」

「え? あ、ありがとう雪華。でもあたし、まだポーションは残ってるし……」

「……ん」


 さっきと同様にイナシスが拒否しようとするのを遮って私はポーションを押し付ける。


「……えーっと……」

「……ん。殆ど使ったなら、残りも少ない筈。街に戻る事を考えると、貰って」

「あー、は、はい」


 イナシスは素直に受け取ってくれて、すぐに使用。HPバーが緑になるまで回復。


「でも雪華、あなたは良いの? さっきもポーション貰っちゃったし、残りとか……」

「……作ったりしてるから余裕はある。材料も手に入ったから差し引き問題ない」

「そ、そですか……」

「……それよりも、さっきの鳥からこれが取れた」


 私はアイテム画面からさっき葉鳥からドロップされたアイテムを取り出してイナシスに見せる。


 《植物の毛皮》。分厚い葉っぱに羽毛がついたその素材アイテムは防具の材料に使われるらしい。あと《リーフ・バードの羽》もドロップされたけど、これは矢の材料に矢羽として使われるらしいから使わない。


「す、凄いわね。葉っぱなのに動物の毛皮ってのが変だけど」


 実物を見たイナシスはマジマジと毛皮を見つめる。


「……どう?」

「そ、そうね、この毛皮なら革鎧とかは無理だけど、帽子とか手袋ぐらいだったらいけるわね。あ、でも裁縫スキル無いと作れないか。それに雪華、もし作っても着ないわよね?」

「……(コク)」


 肯定する。黒くない装備を身に付けるのは私のプライドが許さないとかそんな理由ではない。それなら迷彩はどうなるとツッコミが入る。

 金属鎧や盾などの金属の多い防具は鍛冶スキルで作れるが、手袋や帽子、マントなどの布生地の多い防具は裁縫スキルでないと作れない。手に入ったのに無用の長物の様だ。


「……お店の足しになれば」

「あ、どうもー」


 それでも元々イナシスに譲るつもりだった。武器強化の素材ぐらいにはなれるだろうし、彼女なら有効活用してくれるだろうと思って。

 小休憩を終えて再び進む。


「うーん、なかなか見つからないわね。鉱脈」


 ダンジョンを進んでいくと薬草が生えている所は何回か見つけられるが、鉱脈は一行に見つけられなかった。


「……仕方ない。南方大陸だから」

「そうよね。何でよりにもよって南方大陸なんかに……」


 イナシスは恨みがましく呟く。

 南方大陸は五大大陸の中で二番目に簡単とされている。悪天候の移動制限も状態異常も無く、レベリングへの影響がたいした事が無い。その上採集スキルを持つプレイヤーにとってこの大陸は宝庫である。何故なら南方大陸は薬草類生息数が五大大陸一だから。反対に鉱脈の数は五大大陸でも一番少なく、採掘スキルを持つプレイヤーにとっては災難でしかない。ちなみに順番は東方大陸>北方大陸>西方大陸>南方大陸。薬草はその逆。

 よって、イナシスの材料探しは苦戦していた。こんなのが毎日続くと思うと……


「あっ、見つけた!」


 とか思ってたら鉱脈を見つけた。


「雪華、見張りお願いね」

「……(コク)」


 イナシスは採掘用ツルハシを取り出して鉱石の採掘を始める。


 カーンッ! カーンッ! カーンッ! カーンッ! カーンッ!


 金属音が静かに響く。策敵スキルで確認すると、今現在周囲に敵影無し。でもこの音にモンスター達が集まってくる事も視野に入れて用心は怠らない。


「ウゥゥゥッ!」


 本当に来た。サプリング二体。短剣スキルと体術スキルを叩き込んで倒したけど。

 採掘開始から約一時間が経過。その間に何体かモンスターがやって来たが私の敵ではなかったが、一つ問題があった。


(……暇)


 暇、暇、暇。兎に角暇。イナシスが採掘している間は見張らないといけないが、その見張っている間が暇で暇でしょうがない。モンスターが来れば退屈しのぎにはなるが、十数分に一体か二体程度なので待っているのが暇過ぎた。

 イナシスの方をチラリと見る。彼女はまだ採掘を続けていた。いい加減飽きたと言いたいが、さっきも自分の採集中に長時間待ってくれた事もあり、変に言えない。

 更に待つ事約三十分。


「ふぅ、雪華お待たせー!」


 ようやくイナシスが採掘を終えて戻ってきた。


「いやぁ、良い汗掻いたわね。がっぽり採れたわ」


 言葉通り流れた汗を拭きながら満足げな顔をしていた。


「……長かったけど、そんなに採れたの?」

「あ、うん。鉄とか銅とかばっかり。銀もすこーしぐらいは。ていうかゴメンね雪華。掘ってるとゴロゴロ出てくるからつい調子に乗っちゃって~」

「……気にしてない。私だってさっき待ってもらった。元々そういう約束」


 乱獲しまくって気が付けば時間が過ぎるのはよくある。私も良くやっていた。


「雪華、この後はどうする? もうちょっと進む?」

「……戻ろう。補充と整理したい」


 モンスターとの戦闘でポーションを思ってたよりも多く消費したし、いらないドロップアイテムも処分しておきたい。イナシスも重たい金属アイテムを沢山採ってアイテムストレージもヤバいだろうし。

 戻るまでに何度かモンスターとの遭遇戦には遭ったけど、難なく倒して街に戻った私達は、まずイナシスに武器の修理と素材アイテムの売却をお願いし、そのお金でポーションなどの消耗品の補充。


「いやー、ありがとうね雪華。おかげでいつもより素材アイテムが手に入ったわ」

「……こちらこそ」


 イナシスは嬉しそうに手に入れた素材アイテムを確認しながらスキルウインドウを開いていた。これから何か作るのだろう。本来なら街に戻ったら再度ダンジョンに向かうところだけど、イナシスが商売用の武器を作る間は私が暇だから見学させてもらっている。


「さて、まずはインゴット作らないと」


 イナシスがまず最初に行ったのは金属インゴットの作成だった。まずは採掘スキルの《精錬》タブをタッチして設定画面を開く。《精錬》は同類の鉱石をいくつか合成することで金属インゴットを作成するスキル。

 十数分後、インゴットがいくつか出来上がった。《アイアン・インゴット》と《ブロンズ・インゴット》だ。


「……イナシス、何を作るの?」

「うーん、最近の売れ筋だと片手剣とか両手剣かしらね。街に転送してきてから武器を新調したいっていう人とか多いから」


 インゴットが出来上がり、次は武器製作だ。鍛冶キットを出して鍛冶スキルのスキルウインドウを開いて設定画面を操作する。必要な素材アイテムを設定して製作を開始する。

 まず炉に苗木や蝶の翅などの素材アイテムを炉にくべ、アイアン・インゴットを炉に入れて熱す。少ししてから鉄バサミで掴んで取り出す。その後鍛冶用金鎚で熱した鉄を叩く。


 カーンッ! カーンッ! カーンッ! カーンッ!


 大きな金属音が鳴り響いてから三分が経過した。叩かれていた金属が形状を変えて、一本の片手剣が現れた。ギザギサの刃に昆虫のマークが彫られた柄の付いた剣だ。イナシスがそれを手に取る。


「えーっと……銘は《インセクター・ソード》。昆虫系モンスターへのダメージが上昇、か。あんまり良い出来じゃないわね」

「……そうなの?」

「うん。基本攻撃力だってそう高くないし、相手が昆虫系モンスターに限られてるから買う人はいないわね」


 はぁ、と残念そうに溜息を吐いたイナシスは出来上がった剣をアイテムストレージに仕舞い込み、次の製作に取り掛かる。


「今度は銅も入れてみようかしら」


 二本目の武器には、鉄と銅の二種類の金属を混ぜて作るみたいだった。



「ありがとうございましたー!」


 その日、イナシスが最後の客との売買を終える頃には時刻は午後九時を回っていた。

 今日の売り上げは武器五本、修理七件、強化十一件で儲けは上らしい。


「ふう。悪いわね雪華。売り子手伝ってもらっちゃって」

「……別に良い」


 イナシスがお店をしている間、私は暇だったので適当に時間でも潰そうとまた狩りに行こうかと思っていたら、イナシスが折角だからお店の手伝いをしないかと言ってきた。別にそれでも良いかと了承して売り子の真似事をしてみた。

 が、お客が来てすぐに問題が発生した。話し方が分からない。片手剣を求めた男性プレイヤーに対してなんて返答して良いか分からず固まってしまった。すかさずイナシスがフォローしてくれたから一時は凌いだが、これが毎回あるのかと思うと……やっぱり狩りに行ってた方が良かったと無い後悔した。

 今すぐにでも狩りに行って良いかどうかイナシスに聞こうとしたところで、私の思わぬ役立ちポイントを見つける事が出来た。


「これの強化頼む」


 一人の男性プレイヤーが片手剣の強化依頼をしてきた。


 武器や防具などの装備アイテムを強化するのはプレイヤーを強くする上で必須である。ゲーム時代では、強化するには鍛冶スキルを持つプレイヤーか武器屋のNPCに頼んで強化してもらう。転生してからはそれは変わらない。

 強化する能力は武器攻撃力、スキル攻撃力、攻撃速度などと様々で、どんな能力を選択するかはプレイヤーの好みと判断によって決まる。しかも一回強化すれば耐久値も上がるのでドンドン強化していける。

 但し、装備強化は決して安直に行えるものではない。《ソーティカルト・マティカルト》の装備アイテム全てには耐久値と同様に強化可能回数が設定されている。この可能回数が上限に達するとそれ以上の強化は出来ない。ちなみに私の《闇刀『無漆』》の強化可能回数は10で、既に攻撃速度や武器攻撃力などで五回強化されているから残り五回である。

 武器を強化する為に必要にのは主に素材アイテムか大量のお金である。素材アイテムはどんなものでも基本的に構わない。使用すればお金は安くなる。素材アイテムが無くても、大量のお金を支払うことで一回分強化できる。上昇量は双方変わらないが。


「はいはい。強化ですね。うぉ、重っ。えーっと、《バスター・タルワール+7》ですか。強化可能回数は残り3ですけど、どうしますか?」


 イナシスが受け取ったのは重量のありそうな片手剣《バスター・タルワール》。重さと攻撃力が高いのが特徴。タルワールと言うだけあって剣は剣でも曲刀に近いが、《ソーティカルト・マティカルト》に曲刀スキルは無く、この手の武器は全て片手剣スキルで使われる。


「うーん、攻撃力上昇に7振っちゃってるから、残り3は攻撃速度上昇にしようかと思ってんだけどどうかな? それ重いから振るのが遅いんだよね」


 男性プレイヤーはタルワールの攻撃速度の遅さに難儀しているらしく、速度上昇を依頼した。


「そうですね……」


 イナシスが回答する前に、私はイナシスの肩をチョンチョンと突く。


「ん? 何雪華?」

「……速度は止めた方が良い」

「へ? 何で?」

「……このタルワールは重い。STRが低い人にとっては三回強化したぐらいじゃ速度は大して変わらない。STRを上げれば問題なく速く振れる。だから攻撃力を優先すべき……だと思う」


 《ソーティカルト・マティカルト》のアイテムには重量が設定されている。当然装備にも設定されており、軽ければ軽いほど動きは速いなるが、逆に重いと動きは遅くなる。STR値が高いと重い武器も普通に使える。

 最後の方だけ声を小さめにして言う。それを聞いていた男性プレイヤーは納得したように頷き、


「そっかぁ。俺STRまだ低い方だしなぁ。それだったら速度上げなくても良いか。よしっ、三回とも攻撃力上昇にしてくれ」

「あっ、は、はい。分かりました」


 イナシスはタルワールを強化し、男性プレイヤーは満足そうに去って行った。


「す、凄いわね雪華。あの武器使った事とか無いのよね?」

「……(コクリ)」

「じゃあ、何であんな詳しいの?」

「……ゲーム時代の経験」


 それからというもの、


「新しい剣欲しいんだけど、スピード重視でなんかオススメある?」

「……ならこれ。攻撃速度高い。攻撃力と一緒に強化すれば連撃の時にダメージも大きい」

「片手斧の強化って、攻撃力だけで良いよな? 攻撃速度も上げた方が良いと思うか?」

「……片手斧なら元の攻撃力が高い。ただ動きがかなり鈍くなるから速度上げるならSTRも頑張って上げるべき」

「毒使うモンスターって、どう対処したら良いんだろうな」

「……毒吐く前に屠る」


 買い物や強化の都度、私の意見を求めてくるプレイヤーが多くなってきた。戦闘職の私はゲーム時代に得た知識と経験と勘を生かしてどの武器にどんな強化や戦い方をすれば効率的か大体学習していた。訪れるお客は私からのアドバイスを貰うとチップを弾んでくれたりお礼の言葉を掛けてくれた。

 更には現在イナシスのお店では素材アイテムの買い取りも始めた。理由は材料不足を防ぐ為。毎日ダンジョンに行くとはいえ、二人で得られるアイテムはたかが知れている。やってみた成果は予想以上だった。買い物客が続々といらないアイテムを売り払り、材料が入ってはイナシスが作って売り、私がアドバイスしてが繰り返され、今日の売り上げは良好だったという。

 これはイナシスにとっては良い金儲けにもなり、私にとってもお客と話す事でコミュ力を得る意味では貴重な経験である。


「雪華、ご飯食べに行きましょ。奢るわよ~」

「……良い。割り勘で」


 こんな日が、もうちょっと続けば良いなと、この時は思っていた。



 イナシスと組んでから暫くが経った。私もイナシスもプレイヤーレベルが20に到達した。この街での適正レベルは最大で20だからレベリングはこのくらいにしておいて、装備製作用の素材アイテムとポーション製作用の薬草の採集に明け暮れていた。


「《デルタ・トライアングル》!」

「《ヘビー・インパクト》!」


 全身を鋭い針で覆った芋虫――レベル19昆虫系モンスター《ニードル・ワーム》と紫色の中型蛇――レベル19魔獣系モンスター《ムラサキダイショウ》にそれぞれ短剣スキル下位3連続攻撃技《デルタ・トライアングル》と金鎚スキル下位単発攻撃技《ヘビーインパクト》をヒットさせて倒す。

 二体のモンスターからアイテムとお金がドロップされる。


「あっ、鉱脈発見! 雪華、見張りお願いね」

「……了解」


 イナシスが鉱脈を見つけ、採掘中に私は周囲の警戒。これには二時間近い時間を要するので何もせずにジッとしてると精神力の消耗は激しい。だがジッとしていなければなんら問題ない。


「シャアァァァァァァッ!」


 《ムラサキダイショウ》が奇襲してきたが、事前に策敵スキルで分かっていた私には無意味。短剣でメッタ刺ししてやった。

 採掘が終わると再び進む。今度は薬草を見つけた。


「……イナシス、お願い」

「オッケー。任せて」


 今度は交代で私が薬草を採集し、イナシスは見張りをやる。

 ザクザクとスコップを掘り続けて色取り取りのハーブを採る。これにも時間が掛かる。イナシスを待たせてしまうだろう。


「セィィィッ!」


 と、最初は思ったが、イナシスも私の様にモンスター相手に退屈凌ぎをしている。さっきから威勢の良い声が聞こえていた。


「……よし」


 採集開始から二時間後、大量のハーブが手に入り、イナシスの所へと戻る。

 イナシスはモンスターを倒し終えてドロップアイテムを確認していた。


「あ、雪華。終わったの?」

「……お待たせ」

「よし。それじゃあ一回戻りましょっか」

「(コクリ)」


 消耗品の補充の為に一旦街に戻った。武器の修理とポーションの購入&作成、イナシスがお店で売る武器作成を終える。

 ダンジョンに行く前に喫茶店で休憩を入れていた頃だった。随分と放浪者達で活気出した街をチラチラと見ていると、妙な人だかりを見つけた。


「どうしたの雪華?」

「……あれ」


 私が人だかりの方を指差す。それを見たイナシスも疑問に思ったようだ。


「何かしら。行ってみる?」

「(コクリ)」


 人が減るのを待って時間差で行ってみた。人だかりが出来ていたのは、プレイヤーが自由に使える掲示板だった。

 さっきの人達が見ていたのは、ここに貼り出された一枚の紙だった。


【《灼熱南帯森社トロピカル・シュライン》 レイドメンバー募集】


「雪華、これって……」

「……レイド戦のお知らせ」


 《なんごくねったいもり》の奥地にあるレイド部屋《灼熱南帯森社》。レベル20以上のプレイヤーのみが挑戦できるレイド部屋。ここに出現するレイドボスを倒せば、ダンジョンの出口に進み、新たな冒険をスタートできる。レイド戦に参加しなくても、最初に倒したことで現れるワープゲートを使えば部屋を通り越して進むこともできる。長い時間があっという間に過ぎてこの日が来たのだ。

 貼り紙にはレベル20以上、クラス不問、定員三十五名まで、希望者は街の中央広場までと書かれていた。締め切り時間も書かれてあり、まだ一時間近く残っていた。


「ふーん、雪華は行くのよね?」

「……余ってたなら。イナシスは?」

「うーむ、あたし戦闘職じゃないし、でもレベル20だし、こんなのこの先ないだろうしなぁ。どうしよっかなぁ……」


 鍛冶師のイナシスは生産職。一緒に行動してて戦い方を見る限りでは、決して弱くなくても、同じ戦鎚使いでも戦闘職に比べれば劣る。その自覚のある彼女としては参加するのは気が引けるだろう。


「けど雪華がいないと素材集めとかお店とか一人でやらなきゃだし、最悪お店はあたしだけでも回せるけど素材集めがなぁ……」

「……レイド戦のモンスター、レアな素材アイテム落とすかも」

「あっ! そうだったじゃない!」


 レアな素材アイテムという言葉にイナシスが食いついてきた。さすがは生産職。

 イナシスは嬉しそうに私を抱き締める。


「ねえ雪華っ! 空いてたらあたしも行って良いわよねっ!?」

「……それは、個人の自由」

「よしっ! 行くだけ行きましょっ! 今すぐ行きましょっ!」

「…………」


 抱き締められて息が苦しいのだが、もはや言うのも失せるぐらいイナシスは上機嫌だった。

 早速私達は集合場所である広場を目指した。



 中央広場に来てみると、既にそこには人が集まっていた。

 受付みたいな所でプレートアーマーと片手剣を装備した女性プレイヤーが名簿みたいなのになにやら書き込んでいた。そこにイナシスが近づいて話しかけた。


「あのー、すみません。レイドメンバーの募集ってまだやってますかー?」

「え? ああ、はいはい。一応まだ三十人ぐらいしか来てないけど、もしかして希望の人?」

「はいそうです! あたし達二人です!」

「……分かりました。じゃあここに名前とSTR優先かINT優先かを書いて下さい」

「はーい!」


 名簿への記入を終えて中に入る。ガヤガヤとプレイヤー達が集まっている。性別は区々だが、ゴツい鎧を着た集団や杖を持った魔術師と思しき集団、装備は様々でもレベルは皆20だった。

 適当な所に座って雑談して時間潰しをする事十五分。プレイヤー達がさっきよりも多くなった気がし、広場の中心に五人の集団が現れた。

 そのパーティーは五人とも女性プレイヤーだった。先頭に立つのは黒い長い髪を後ろで束ね、金属鎧を装備して大剣を背負った若い女性。その後ろに弓持ちと盾持ち片手剣使い、更にその後ろに魔術師風な女性二人がいた。彼女達の登場に一同はザワつく。


「……えー、本日は我々のメンバー募集に来てくれて本当に感謝します。私はアイシャス。ゲーム時代に《双天の戦乙女ヴァルキリー・ツヴァイ》というギルドのギルマスをしていた者です」


 周囲のザワつきが大きくなる。《双天の戦乙女》は女性プレイヤーだけで構成される事で有名なギルドだ。実力は中の上ぐらいだが、実力重視で何度かレイドイベントにも参加していたらしい。


「前置きはこのくらいにして本題に入ります。昨日私達のパーティーがレイド部屋の入り口の前まで到着しました。今、私達は過酷な状況下に置かれています。今も心の整理のついていない人もいるでしょう。未だに最初の街に留まる人もいると噂で耳にします。ですが、だからこそ私は、私達は街を出て、己を磨き、ここまで来ました。自分達が強くなり、それで誰かの役に立ちたい。その為にはこのレイド戦に勝つ事が必要なんです。だから私は皆さんに集まってもらいました。これは私個人の勝手なこじ付けですが、このレイド戦に勝つのが、心の病んでいる人達を励ますきっかけになれば良いと、私は思います」


 特別演出のある挨拶ではない。面白半分でやっている訳でもない。彼女なりの責任感というものを持った挨拶。それに同調したかのように、静かな拍手が聞こえた。それに続くようにして拍手は続き、歓声が広がる。これにはアイシャスも少し驚いていたが、すぐ冷静に戻って咳払いをする。


「では、これよりレイドボスと戦う為のパーティーを組んで下さい。我々を含めて四十人揃っているので、五人パーティーが八つ出来る筈です」


 アイシャスの指示により、集まった人々はそれぞれパーティーを組み始めた。が、


(……しまった)


 私は大事な事を忘れていた。ゲーム時代から私の戦闘スタイルはソロのみの戦い。別に連携を知らない訳ではない。というか問題はそこではない。パーティーを組めと言われても、対人スキル0、コミュ力0の私にとっては高レベルモンスター集団を単独撃破してこいと言っているようなもの。勿論そっちの方が良い。

 どうよしうどうよしう。会った事も無い知らない人達、こんな学校でのクラスの班分けみたい事……クラス全員に除け者にされて嫌々入れられた班の女の子に髪の毛を引っ張られたり机や教科書に落書きされたりといった思い出ぐらいしか無い私にとっては拷問に近い。こんな事なら止めるべきだった。

 一人で心の闇に篭っていると、


「おーいっ! 雪華ぁっ!」


 いつの間にか何処かに行ってたらしいイナシスが戻ってきた。


「……何?」

「あたしさ、あの娘達とパーティー組めないか聞いたんだけど、オッケーだって言ってたからパーティー申請してくれない?」

「…………」


 さっきの私の絶望感を返して欲しかった。そういえばイナシスがいたんだった。というかイナシスのお店手伝ったりしてるからそこそこ対人スキルのレベルは上がった筈。極僅かだろうけど。


「……何で私?」

「だって一応雪華がリーダーだし。リーダーじゃないと申請出来ないし」


 ゲームシステム上、パーティーを組む時は、パーティーリーダーが申請を送るか了承しないと組む事が出来ない。私達二人のパーティーリーダーは名目上私という事になっている。なのでイナシスは交渉してきた相手にパーティー申請を送るよう私に頼んできた。


「……分かった」


 正直嫌だったが、私の代わりにメンバー集めをしてくれた事に感謝せねばと思い、彼女達にパーティー申請を送った。

 イナシスが交渉した三人は全員女の子だった。見た感じ、年はイナシスと同じぐらい。盾持ち片手剣が一人、杖と魔法盾を装備した魔術師が一人、弓使いアーチャーが一人。


「え、えっと、宜しくお願いします」

「……よろしくおねがいします」


 パーティーを組み終わり、互いに自己紹介。名前は片手剣使いがアイラ、魔術師がナーリ、弓使いがピリオンヌ。三人ともゲーム経験者だが、まだ中級ミドルプレイヤーらしい。陣形とか作戦とかはこの後で話す事になった。

 八つのパーティーが組み終わり、続けてレイドボスについて話し合われた。

 ゲーム時代と同じならば、レイドボスはレベル20植物系ボスモンスター《アシッド・トレントキング》、取り巻きとしてレベル20昆虫系モンスター《ポイズン・ヘラクレス》の可能性が高いと出た。南方大陸らしい毒主体のモンスター達だ。取り巻きのヘラクレスは毒を持った巨大なカブトムシ。物理攻撃力が高く、触れると《毒》の状態異常になる。これを私達のパーティーともう一つ別のパーティーと合同で相手する。トレントキングはレイド部屋の中央に現れてそこから一切移動しないが、広範囲攻撃や毒攻撃が多く、特に前衛は壁役なので一番毒に犯される。攻撃部隊や後方支援の弓持ちに魔術師にも毒攻撃が及ばないとは限らないので、解毒ポーションは多めに準備する必要がある。

 肝心のアイテム分配について。これを決めないと後で揉め事が起こる。今回はゲーム時代と同様にお金と経験値はレイドで自動均等割り、アイテムはドロップさせた人の物という事になり、全員が納得した。

 最後にレイド戦開始日時。これはリーダーの意向で、万全な態勢でレイドボスに挑みたいからと、翌日をお休みにして明後日の午前十時にこの広場に集合となった。


「私からは以上です。他に何か意見等はありますか?」


 これには誰も特に異論は無かった。


「よし。では解散とします」


 作戦会議がお開きとなり、プレイヤーは蜘蛛の子を散らすように広場から離れていった。

 私達はというと、


「イナシスちゃん、久しぶり」

「いやいやー、こんな所で会うなんて偶然よねー」

「そうよね。けど会えて良かったわ」

「イナシスちゃんも相変わらず元気なんですね。なんだかホッとしました」


 パーティーを組んだ女の子三人がイナシスと仲良く話していた。会話内容から察すると、


「……イナシス」

「ん? なーに?」

「……知り合い?」

「うん、そうよ。ゲームしてた時に知り合ったの。あたしがやってたお店によく来てくれたり、リアルでも時たま会ってたりしてたの」


 なんと驚いた事に、彼女達はイナシスの友人だった。しかもゲームでもリアルでも。羨ましい。


「イナシスちゃん、この娘がさっき言ってたとっても強い娘?」

「そうよ。雪華って、ゲームの時はハイレベルプレイヤーで有名だったのよー。だからモンスターと戦ってる時とかそりゃもう凄いの何の!」

「……別に、大した事じゃない」


 私はなんだか恥ずかしくてプイッとそっぽを向いてしまう。


「えー? 照れんな照れんなー! このこのー!」


 イナシスは面白そうに私に抱きついてスリスリと頬擦りしてくる。なんか鬱陶しく感じるのは私だけ?


「雪華ちゃんって言うんだ。凄い強いって言ってたから怖い人かなって思ってたけど、改めて見るとなんだか可愛いね」

「小動物みたいよね。イナシスちゃんが気に入る訳よ」

「ふふふ、なんだか微笑ましいですね」


 アイラ、ナーリ、ピリオンヌ三名も私の頭を撫でたりしてきて、まるで子猫でも可愛がるように接してくる。嫌ではないが、慣れてないのでなんだか素直に嬉しくなれない。


「……それで、レイドの時は?」

「あー、そうね。ちゃんとあたし達なりに作戦会議しないといけないわね。じゃあさ、この後皆でご飯食べながら決めない?」

「良いねそれっ! 賛成賛成っ!」

「私もそれで良いわよ」

「私もそれで構いません」

「……同じく」

「よーしっ! そんじゃまっ、レッツラゴー!」

「「「おーっ!」」」

「……おー」


 一人遅れて拳を低く突き上げる。こういうのは正直苦手だ。

 なんだかんだで、明後日のレイド戦に向けてのパーティーが完成し、何事も無い事を祈るだけだった。

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