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ソーティカルト・マティカルト  作者: 黒楼海璃
004 南方大陸(トロピカル・シュライン)
15/18

014

 私は暗闇の中を彷徨っていた。自分が何処にいるのか分からない。体が重く、思うように動かない。呑まれる事の無い沼に下半身が入っているような気分。

 何処が出口なのか探していると、一つの光が照らされた。

 私はその光に手を伸ばした。重い体を無理矢理動かして、前に進む。

 光に手を伸ばし、そっと優しく掴んだ。すると、光が大きく輝き、思わず目を瞑ってしまった。

 潮の香りがした。風の音や、草木が生い茂る音が聞こえてくる。

 目を開けると、目の前には青い海、叢生する数々の植物、快晴の青空、そして眩しい光があった。

 後は、


「……暑い」


 夏のように暑かった。

 ふと自分のステータスを確認してみる。


雪華/女

Lv.10

HP1688/1688

MP1390/1390

所属ギルド:なし


「……ふう」


 MMORPG《ソーティカルト・マティカルト》。剣技と魔法が飛び交う世界を舞台にしたゲーム。プレイヤーは自分の好きな武器とスキルを身につけて鍛え上げ、様々な強敵と戦っていく。かなりの難易度故に超絶ハードなゲームとして知られていたが、日本人で約10万人がプレイするほどの大人気ゲームとなった。

 人気になった理由の一つは、ゲーム会社《アリオン》が、『このゲームでレベル100のプレイヤーが100人になった時、一世一代のビックイベントを行う』と宣言して開始されたから。《ソーティカルト・マティカルト》ではプレイヤーの最大レベルが100になっていて、それを目指すべく日々邁進していた。

 だけどそこは超絶ハード。モンスターは序盤は兎も角、後半はどれもこれも強敵揃い。レベル99になった者は、ゲーム上の最強ボス、《金色の龍王神ゴールデン・ドラゴン・キング》と戦い、有り得ない強さを持ったキングを倒せば、莫大な賞金と、ゲームで100個しか存在しない超激レアアイテムを一つ手にする。

 ゲーム開始から三年が経ち、とうとうレベル100プレイヤーが100人になった。そして開始された一世一代のビックイベント。

 開始されたビックイベントは、地獄だった。

 全プレイヤーをゲームの世界への転生。それがビックイベントの内容だった。これから先、プレイヤー達は自身で実際に生きていく。武器を手に、モンスターと戦い、仲間と出会ったり別れたり、様々な出来事が起こる。

 ビックイベントを開始させた元凶、100人の元レベル100プレイヤー。その中に私――ゆきも含まれていた。

 ゲーム時代の私は一部のベテランプレイヤーの間では知られていた。黒一色の装備に身を包み、忍者の様に戦うのその戦闘スタイルから《こうおんなしのび》と呼ばれるようになった。アバターも長身でグラマーな体型の美女だった。けど今の自分は身長150cmの全然色っぽくもない身体だった。

 突然の出来事に私は酷く冷静だった。理由は色々あるけれど、もうあんな世界に戻らなくても良いと思ってしまうと、内心嬉しかった。でも周りは絶望のオーラに満ちてた。泣き叫んで我を失う者達が多い中、私はゲーム時代の知り合いを偶然見つけた。

 それがりゅうだった。とあるイベントボスの討伐の時、一緒にパーティーを組んだことがあった。実際に会ってみると、背が高くて顔が無愛想。多分年上。そして龍刃と一緒にいたフウヤという青年。なんでも龍刃とはゲームで知り合ったリア友らしい。

 二人の話を聞いてみて驚かされた。なんとフウヤも元レベル100プレイヤーの一人だという。私も同類なので怨みはしないが、それよりももっと驚く事を聞かされた。

 龍刃は、元レベル100プレイヤーにして、ビックイベントを開始させた大元凶であるらしい。でも私はそれを一切責めなかった。私やフウヤだって共犯みたいなものだったから、責める筋合いは何処にも無い。

 その後は別れが早かった。試しにモンスターと戦ってみて、一緒にごはんを食べて、一緒にお話して、また再会する約束をして、一旦別れた。

 そこから先の私は無我夢中だった。ひたすらモンスターと戦い、沢山のスキルを習得し、睡眠時間も削ってスキルレベルを上げていった。

 三十分ほど前の事だった。転生して一ヶ月経つ前にレベル10になり、《ソーティカル・マティカルト》の特徴である転送が始まった。これはプレイヤーレベルが10になると、東方イースト西方ウエスト北方ノース南方サウスの四大陸の内どれか一つ、その大陸にある八つの街のどれかに転送されるという特殊なシステムである。

 何処に転送されるか分からず、プレイヤーは転送先で本格的な冒険を始める。ゲーム時代はそれも楽しみの一つだったが今は違う。レベル10になるとランダム転送、裏を返せば、一緒にいた仲間とも別れてしまうという事である。但し、予めパーティーを組んでおけば、一番最初に転送された者がいる街に転送されることが決定される。それでも出発地の《ビギナーの街》の時点で殆どが別れている。何故ならプレイヤーの主武器メインアームと同じ道を進めば、初期装備よりもワンランク上の武器が手に入るからだ。

 私も、龍刃とフウヤとそれが理由で一時的に別れた。龍刃とは途中までは一緒だったけど、龍刃は《刀の道》、私は《短剣の道》へと進む事になっていた。ここから先、私達三人は、レベル50になったら中央セントラル大陸で待ち合わせるという約束をした。その約束を果たす為にも、私は全力全開で頑張らないといけない。それなのに、


「……暑い」


 装備を新しく整える事は出来る。所持金にも余裕があるし、スキルブックでも買ったりポーションの補充も出来る。それでも、この暑さはどうしようもなかった。

 私が転送されたのは、グリスネアワールドの五大大陸の一つ、南方大陸。灼熱の日差しと様々な植物が生い茂る自然豊かな大陸は、四大陸の中で二番目に簡単と言われていた。暑いの反対、寒さが付き物の北方大陸では、耐寒性の付いた装備を着ないと寒さによる持続ダメージを受けてしまうが、南方大陸では暑さによるダメージは受けない。基本快晴だから天候によって活動が制限されることも無い。出現するモンスターは植物系や昆虫系などが多く、中には希少価値の精霊系モンスターも一部極稀に見つけられる。

 結構ラッキーな所に転送できたと一瞬思った。でも、私の小さな体を照りつける太陽がその全てを台無しにしていたのだ。

 暑い。暑過ぎる。暑いと思うだけでも鬱陶しく感じられる。夏なんて滅べば良いのに。一生曇りや雨だったら良いのに。

 何故ここまで私が嫌になっているのかというと、私はとある事情から、日差しという名の殺人光線をまともに浴びるのは、実に三年ぶりのことなのである。勿論外出はしていた。と言ってもそれは天気が曇りか雨か、太陽が比較的隠れている時を限定していた。それも家から半径徒歩十分圏内を。

 この世界に転生されて以来、ゲームとしての《ソーティカルト・マティカルト》のままだったら良かったと思う人は多いだろう。私の場合は今正にその気持ちだ。滅べば良いのに。

 けどいつまでもこのままでいる訳にもいかない。私はすぐさま武器屋を目指す。

 私は必要の無いアイテムを全て売り払い、買う予定は無かったけど、暑さを凌ぐ為に黒いローブを購入して即座に装備。なんとか日差しを遮った私は、投擲用の投げナイフを補充と、主武器の短剣の修理をする。

 武器屋の次は雑貨屋へと赴く。HPとMPを回復するポーションの補充を大体済ませて、私はスキルブックを買うとにした。

 スキルブック。読む事でスキルを覚える事が出来る百科事典顔負けの分厚い本。とても高価。でも習得出来るスキルはどれも今後の冒険でとても役に立つ。

 私が既に保有しているスキルは、主武器の《短剣》、補助武器として投げナイフを使えるように《投擲》、あとはスキルブックを読んで、《策敵》、《隠蔽》、《疾走》、《体術》、《軽業》、《泥棒》、《拡張》、その他にも《武器戦闘》と《闘争本能》、ビックイベント開始時に運営から貰った固有スキルも習得している。

 泥棒スキルは取る人がそこまで多くないスキル。習得していると、触れた相手からアイテムを奪えたり、壁越しに音を聞き取れるようになったり、どんな建物にも侵入できるようになったりと、泥棒みたいというか泥棒そのもののスキル。何でこんなスキルを持っているのかと言うと、ゲーム時代にもこの泥棒スキルを取っていた経験があり、ゲーム時代と同じスキルをそろえた方が慣れやすいと判断したから。

 私が大金を叩いて買うスキルブックは二冊。

 一つは《採集》。二つ目は《製薬》。両方共生活スキルカテゴリに入る。

 《採集》はスコップやナイフなどの道具、素手などで素材アイテムを手に入れるスキル。

 《製薬》は素材アイテムを材料に回復ポーションなどの薬を作るスキル。

 この二つのスキルを取ろうと思ったのは、私がこの南方大陸に転送されたと分かった時点でだ。

 南方大陸はフィールドやダンジョンの至る所に薬草や果物などの植物類が数多く生息している。沢山の薬草を取れることが出来れば、様々なポーションを作る事が出来る。その為には薬草を採集できるスキルと、ポーションを作れるスキルを持っておく必要がある。だから私はこの二つを選んだ。習得しておけばポーションの補充に掛かるお金も節約できるし、より回復量の多いポーションだって作れるから。

 最初の内は大して役には立たないスキルだけど、スキルレベルを上げていけば後々良い事もある。私は残りの所持金を使って、《採集の基本》と《製薬の基本》を購入。これで私が持っていたお金は0。あとはこのスキルブックは重たい。元の世界での私は非力だったので、二冊も持った私の腕が余計にプルプルと震える。

 このまま持っていても動きが鈍くなるだけなので、スキルブックは一旦倉庫に預け、私は狩りに行く事にする。南方大陸に現れるモンスターは大体頭に入っている。私が今居る《常夏の街》周辺のモンスターは植物系か昆虫系が殆ど。ちゃんと気をつけていれば問題ない筈。ゲームのままなら。

 ここはもう、私が知っているゲームじゃない。何が起こっても可笑しくない未知の世界。それを作った一人は私。だからこれは自業自得。どう足掻いても文句は言えない。

 それでも私は、前に進む。再会を約束した人達がいるから。少ししかない希望であろうと、人間は何にだって挑戦できる。そう信じているから。



 暑い日ざしが照りつける中、私はダンジョンへの道中《トロピカル・ロード》を歩いていた。

 はっきり言って何処かの建物に引き篭もっていたい。でもそれだと埒が明かないので仕方なく小さな体を動かしている。

 歩くこと十五分。早速モンスターに出くわした。体長1mを超える、中心部に目玉の付いた大きな苗木の怪物。

 レベル10植物系モンスター《リトル・サプリング》。苗木の手で相手を攻撃するモンスター。最初見た時はどう対処すれば良いか判断に迷った。

 結論。速攻勝負。

 私は素早く短剣を抜き、短剣スキル下位突進技《クイック・リープ》を発動。急加速した私と短剣が一瞬でサプリングの弱点と思しき目玉に命中。サプリングはHPバーが一気に無くなっていき、青白い光に包まれて四散。経験値とお金を獲得した。

 サプリング二体に出くわした。二体はほぼ同時に攻撃してくる。私はジャンプして回避。腰に仕舞っている投げナイフを一本抜いて、左のサプリングに投擲スキル初期技《ピッキング・シュート》を放つ。流石に目玉には当たらなかったけど、それでも牽制にはなれた。地面に着地した私は《クイック・リープ》を右のサプリングに発動。見事目玉を貫いたら即座に短剣を引き抜いてもう一体の目玉に短剣を突き刺す。

 サプリングの目玉に短剣が突き刺さるのははっきり言えばかなりグロテスクな光景。でもこの大陸に転送されるまでの間、私はこういうグロいシーンを何度も見てきてしまっている。例えば芋虫型のモンスターに短剣を突き刺すと変な色の液体がピューッと飛び出て身体に掛かったり、スライム型のモンスターに攻撃したら内臓みたいなものが見えてしまったりetc。

 慣れたくないものに、人は慣れてしまう。というか私は元からグロい系が苦手でも無いので割りと平気。

 2体のサプリングが倒れ、内一体が素材アイテム《新芽の苗木》をドロップ。農業スキルで肥料に使えるアイテムだ。農業スキルは持っていないから関係ないので後で売ろう。

 その後も次々と現れるサプリングを狩っていく。カバンには苗木が次々と増えていく。

 南方大陸には植物系が多いとさっきも言った。そして昆虫系も多いとも言った。

 だからだろう。巨大な蜂や蝶が沢山出てくるのは。

 レベル10昆虫系モンスター《キラー・ビー》、《スケール・バタフライ》。赤色の体躯の大きな蜂と、鱗で出来た全長1mの翅を持った蝶が現れた。

 ビーは大きな毒針で突き刺す攻撃。当たると《毒》の状態異常になる事もある。バタフライは毒の鱗粉を撒き散らして、相手を《毒》にさせる攻撃。どちらも毒属性持ちと厄介なモンスター。

 攻撃されると厄介なら、される前に倒す。

 投げナイフを取り出して、バタフライの片方の翅に投擲する。ナイフが刺さったバタフライはHPをごっそり削られ、バランスを崩してその場にへたり込む。その後すぐビーに《クイック・リープ》を発動。ビーの胴体に命中。中から変な液体が出てくるけど、気にせず短剣を引き抜いて短剣スキル下位2連続攻撃技《スネイク・スラッシュ》を放つ。

 《スネイク・スラッシュ》でビーのHPが0になり、片方の翅を傷付けられて動けなくなったバタフライにトドメを刺す。

 経験値とお金、そしてビーとバタフライの二体から《毒の結晶》がドロップされた。《毒の結晶》は武器強化時に使うと毒属性を付与出来て、攻撃時に一定確率で相手を《毒》の状態異常にする。防具に使うと毒属性への耐性効果が付く。

 《毒の結晶》などの属性結晶は取っておいても損は無い。これは残しておこう。

 その後も狩りは続いた。今日は最終的に、


 リトル・サプリング×8体

 キラー・ビー×7体

 スケール・バタフライ×9体


 合計で24体のモンスターを倒した。疲労が重なってきたので、一旦街に戻ることにした。

 街で倉庫に預けるアイテムと売るアイテムに分け、売ったお金で短剣を修理、ポーションの補充を済ませ、一時間程休憩。

 街の噴水から汲んだ水の入った水筒片手に、なんとか見つけた日陰で疲れを癒す。アイスが食べたくなってくる。でもこの街にはそんな都合の良い物は存在しない。代わりあるのは、甘い果汁が滴る果物だけだ。一個だけ買って食べてみると、冷たい果肉と果汁が喉を潤してくれる。意外と美味しい。

 一休みも終えたので、もう一度フィールドに出る。今度はスキル経験値も手に入れたいので《疾走》と《隠蔽》を使いながらの移動。疾走スキルはMPを消費するけど、隠蔽スキルはMP消費は無い。代わりに他のスキル使用と攻撃は出来ないけど。

 疾走スキルでモンスターの現れる狩場まで走り、モンスターに気付かれないように隠蔽スキルで近寄る。

 結果は成功。攻撃する直前まで隠れていて、スキルを解除と同時に、こちらに全く気付いていないビーを背後から仕留める事が出来た。

 スキルレベルを上げたいからこんな感じの狩りが続いた。単体だけでいる時に背後から仕留める。複数いる場合は冷静に、順番に倒していく。

 今日一日、HPとMPが許す限り、モンスターを倒し続けたかった。でも精神的疲労が積み重なると危ないので、キリの良い所で止めにした。


「…………疲れた」


 お金も溜まったので、宿に泊まる事にする。部屋に着いたら武装を解除してチェニックと短パンのラフな格好になってベッドに寝転ぶ。

 今日は一日中日差しに当たりながら狩りに徹していたから余計に疲れてしまった。これがレベル50になるまでの間ずっと続くかと思うと……まあ、南方大陸でないと味わえないこともあるし、それをあえて味わうのもゲームの世界ならではの醍醐味とも言えるから良しとしよう。

 今夜はゆっくり休もうとしたけど、買っておいたスキルブックを読んでからにしよう。

 百科事典同然のスキルブック。読むのに時間が掛かる。ゲーム時代なら読む動作をするだけで簡単に習得出来たのに、これを全部読まないと習得出来ないとか。運営も酷い。

 二冊とも読み終えるのに六時間も使ってしまった。時刻は午前四時。もう寝よう。



 私が起きたのは、午後一時。随分長く寝てしまった。


「……うー」


 寝ぼけている目をゴシゴシと擦り、まだ眠い身体を起こして伸びをする。

 武装して部屋を出て遅い朝食というか昼食を摂ったらすぐさまフィールドへと向かう。


「ウゥゥゥゥゥッ!」


 疾走スキルで走ること五分。早速サプリングに出くわした。そしていきなり攻撃された。避けたけど。倒したけど。

 続けて走り、ダンジョンに辿り着いた。

 無数の熱帯植物が生い茂り、何処かのジャングルに見える反面、変な色の葉っぱや木の実があちらこちらに生っている。ダンジョンには見えないけど、れっきとした《常夏の街》のダンジョン《なんごくねったいもり》。多分暑い。多分じゃなくても絶対に暑い。死ねば良いのに。

 私は隠蔽スキルを発動させておいてダンジョンに足を踏み入れる。


「――――っ!」


 入ってから三十秒後、早速攻撃された。油断してたからものの見事に攻撃を受けた。


「痛ッ!?」


 私は強い衝撃を受けて吹き飛ばされ、HPが減る。私を攻撃したのは、体長二m弱の大木。但し大きな目と口が付いている。レベル10植物系モンスター《トレント》。

 忘れてた。隠蔽スキルは自分の姿を消して他のプレイヤーやモンスターから見つけられなくする便利なスキル。でも視覚以外で相手を察知する相手には効果が薄かった。例えば植物系全般とか、一部機械系とか、一部アンデッド系とか。

 でも攻撃を受けただけなら問題ない。すぐ倒す。

 短剣を抜いて《クイック・リープ》と《スネイク・スラッシュ》を叩き込む。トレントの手というか枝を次々と刈り取っていって倒す。


「……まあ、いっか」


 このダンジョンでは隠蔽スキルがあまり役に立たない。植物系モンスターが多い以上、使うだけ非効率だ。

 だったら、走ろう。疾走スキル発動。

 モンスターに気付かれる前に通り抜けた方が速い。そう判断して走る。

 途中で出くわす――策敵スキルに反応するモンスターは擦れ違い様に短剣スキルで仕留める。一撃では仕留めきれないので二撃目、三撃目、と入れる。

 ダンジョン内に現れたのは、トレント、ビー、そして、


「シャァァァァァァッ!」


 レベル10魔獣系モンスター《ポイズン・スネーク》。紫の体躯をしたその蛇に噛み付かれると《毒》の状態異常を負ってしまう。

 噛み付いてきたから、短剣で切り裂く。毒を使うから体術スキルで殴ったりは出来ない。

 適当な狩場に着いたので、疾走スキルを解除して開始する。

 毒を持っているのは短剣で、持っていなさそうなのは体術スキルも交えて倒す。移動時は疾走スキルを使い、可能なら隠蔽スキルも使う。

 ダンジョンに篭り始めてから三時間。途中で休憩を挟みつつ、状態異常に気をつけながら戦う。

 ダンジョンを大体進み、戻る途中でもモンスターを狩る。結果、ビーを14体、トレントを11体、サプリングとバタフライを4体ずつ倒し、レベルも上がった。

 街に戻り、装備の修理とアイテム売却、ポーションの補充(特に解毒ポーションは念入りに)、必要な物の購入を全部終わらせ、宿で食事を摂って部屋に戻る。

 寝ようと思ったその前に、隠蔽スキルのスキル経験値を上げる。発動したまま寝ればかなりの経験値が手に入ると考えた。

 結論。上手くいった。隠蔽スキルのスキル経験値がかなり溜まった。と言っても全体で見ればそんなに多くないけど。

 ゲーム時代、ログインしたまま現実リアルで睡眠を取り、起きたらスキル経験値を沢山稼げたという手が効いたから試しにやってみたけど良かった。今度からもこの手で行こう。

 身支度と食事を済まして、雑貨屋で買い物をする。

 買うものは二つ。一つは《採集キット》。二つ目は《製薬キット》。どちらも採集スキルと製薬スキルの使用に必要なアイテム。高いからお金が良い具合に溜まってきてやっと買える。

 生産キットを買い、ダンジョンへと向かう。


「《スネイク・スラッシュ》!」


 短剣スキル下位2連続攻撃技《スネイク・スラッシュ》で早速現れた毒蛇を屠る。時間差で攻撃してきたトレントには体術スキル下位蹴り技《りんぜん》を喰らわしてからの《クイック・リープ》。まだHPが少し残り、トレントの攻撃をバックして避け、トドメの《ピッキング・シュート》を発動。トレントを倒し終えたと同時に策敵スキルが反応。右斜め後ろからビーが襲ってきたので、ジャンプで回避。そのまま壁というか大きな椰子の木を蹴って《クイック・リープ》で仕留める。

 ダンジョンの序盤はモンスターが多い。次々と襲い掛かる異形植物と巨大昆虫と毒蛇達を相手にするのは予想よりもキツい。MPの残量や武器の耐久値も考えないといけないし、疲労の事もある。慎重にやらないと下手すればやられてしまう。

 トレントの攻撃が私の死角を突いてきた。


「っ!?」


 不意を突かれた私のHPが減る。攻撃してきた方を見ると、トレントが5体もいた。


「シャァァァァァァッ!」


 最初に戦っていた毒蛇が3体と追加でビーが3体降りてきた。これで合計11体。


(数が多すぎる……!)


 いつの間にか沢山のタゲを取ってしまったらしく、逃げようにも退路も塞がれている。私のスキルはどれも敵単体にしか効かず、2,3体を相手するならまだしも、この数は無理ゲーだ。一つスキルを使えば別方向から攻撃を受け、立て直して攻撃出来てもまた別方向から攻撃を受ける。こうしてHPが減っていって0――つまり死ぬ。

 体術スキルには範囲攻撃技もある。でも今のスキルレベルでは間に合わない。というかこの状況をなんとかすることが第一優先事項!


(……仕方ないか)


 私は、使うのを躊躇っていたけど、背に腹は変えられぬという理由で、あれを使う。

 短剣を持っている方の腕を後ろの方に向け、反対の腕を前に出す。重心を低く落として、すぅーっと深呼吸をする。

 タイミングは、モンスター達が一斉に群がってきて、ほぼ全部が間合いの中に入った瞬間。

 私の短剣の刃が、黒いライトエフェクトを帯びる。


「……《だんせんざん》」


 一回、二回、三回。私は身体を回転させる。

 直後、黒い斬撃が無数の円弧を描いて襲い掛かるモンスター達を瞬く間に切り刻む。

 鋭く冷たい殺気と斬撃、変な色の液体や屍が辺りに飛び散った。この時の私の目は、多分誰もがゾッとするような怖い目だったかもしれない。


雪華/女

Lv.11

HP1327/1840

MP0/1521


 ステータスを確認してみると、MPが無くなっていた。だからだろう。倒した後で精神的疲労がドッと押し寄せてくるのは。

 マナポーションを飲み干して、MPをいくらか回復し、近くの安全地帯で休む。

 太陽の光が当たって暑いので、ローブを頭までスッポリ被って眠る。ローブが黒いので、日光を浴びると暑さが増すかと思ってたけど、この世界だとそういう事は無いみたいで、心の底から本当に良かったと思える。

 目が覚めた。時刻を確認してみると、一時間ぐらい眠っていた。水筒の水を飲んで水分補給をし、ダンジョンに篭った他の目的も行う。

 安全地帯周辺には、なにやら掘り起こせそうな薬草がちらほら見られる。採集スキルを習得したのだから、これらを手に入れないと勿体無い。

 私はアイテムカバンから《採集キット》を取り出す。キットの中にはスコップや熊手、鍬などが入っており、大抵の薬草や植物類なら採集が可能だ。

 スコップを手に、薬草が生えている所にしゃがみ込んで掘ってみる。


 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク ←(スコップで土を掘る音)


 三分後、薬草が手に入った。


 《グリーン・ハーブ》。大半のポーションを作る時に必要なハーブ。


 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク


 また手に入った。


 《レッド・ハーブ》。ライフポーションを作る時に必要なハーブ。


 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク


 三種類目が手に入った。


 《ブルー・ハーブ》。マナポーションを作る時に必要なハーブ。


 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク


 結果。


 グリーン・ハーブ×4

 レッド・ハーブ×3

 ブルー・ハーブ×3


 合計で10のハーブを手に入れた。他の所も掘ってみる。


 一時間後、


 グリーン・ハーブ×25

 レッド・ハーブ×21

 ブルー・ハーブ×22


 これだけのハーブを採集することが出来た。ついでに採集スキルのレベルも上がった。帰ったらポーションでも作ってみよう。


 休憩も一段落が着いたので、再び狩りに出掛ける。

 ダンジョンを進むこと五分。モンスターに遭遇した。

 トレントが2体いた。

 短剣を抜刀。1体に《ピッキング・シュート》を放ち、もう1体に《クイック・リープ》と《スネイク・スラッシュ》×2。倒したら投げナイフが刺さって動きが止まっていたトレントに体術スキル下位蹴り技《燐漸》を喰らわして《がんしゅ》、《スネイク・スラッシュ》を叩き込む。

 遅くなく速めに、慌てず慎重に、無駄なくスキルを使う。

 私はAGI―STR型。レベルアップ時に手に入るステータスポイントを敏捷力(AGI)に6、筋力(STR)に4振る振り分け方。AGIがSTRよりも高い。

 短剣という武器は、片手剣や刀に比べてリーチが短く、近接戦闘に向いている。けれど攻撃力は片手剣に比べて若干劣るから大抵のプレイヤーは短剣を使うならSTR―AGI型にしている。それが分かっていて、どうして私がAGI―STR型で短剣を扱っているのか。


「《スネイク・スラッシュ》!」


 だってAGI型の方が速く攻撃出来るし、どうせ速く沢山当てれば攻撃力の低さはカバー出来るし、それに忍者っぽくてカッコイイし。ただそれだけの理由。

 私に襲い掛かろうとした毒蛇をぶつ切りにして屠る。ドロップアイテムを確認して、薬草が生えている所を見つけて採集スキルを使って手に入れる。

 今度は三箇所を掘り、グリーン24、レッド25、ブルー22を採集出来た。もっと取りたかったけど、ドロップアイテムも合わせるとアイテム所持に限界が来るのでこの辺りで一旦引き上げる。

 街に戻ってからはいつも通り。いらないアイテムの売却、装備の修理、消耗品と必要品の購入、カバンの容量確保の為に素材アイテムを倉庫に預ける、全部やっていたら夜になってしまう。倉庫に預けるのは止めにして宿に向かう。


「……ふう」


 武装解除した私は床に座り込み、アイテム画面から買ったばかりの《製薬キット》とハーブを出す。

 《製薬キット》の中身は、ビーカーやらフラスコやら乳鉢やら乳棒やら、理科の実験に使うような道具が入っていた。

 それを見て私の思考が固まってしまう。今でも思い出す理科の授業での実験。同じ班員だった同級生に薬品を態と掛けられて病院送りになった楽しくない出来事。

 でもここは《ソーティカルト・マティカルト》というゲームの名を持つ異世界。もうあんな連中に会う事も無いだろう。

 気を取り直してスキル画面を開き、その中の生活スキルカテゴリにある《製薬》タブをタッチする。すると目の前にポーション製作欄が現れる。

 スキルレベル0で作れるポーションはライフポーションとマナポーションの二種類。それも回復量はたかが知れている。

 ライフポーションを作りたいので、《ライフポーション》のタブをタッチする。すると必要な材料と作業手順が表示された。

 最初は《グリーン・ハーブ》、次に《レッド・ハーブ》、最後に《ポーション調合液》――これは雑貨屋で買ったアイテム――の三種類を選択して製作開始。

 まずはハーブの葉っぱを乳鉢と乳棒ですり潰し、すり潰した二種類のハーブを調合液を少しずつ入れながら混ぜていく。

 開始から十分ぐらいが経って、やっとポーションが一本出来上がった。名前は《ライフポーション100》。飲めばHPを100回復する。ちなみに調合液は十個セットで500G。店売りのポーション100は一個100Gはする。一個50Gの調合液でHPを100回復するポーションを作れたから、50Gは得した。

 その後もポーションを作り続ける。

 二時間後、最終的にライフポーションを十二個、マナポーションを九個製作した。製薬スキルのレベルも上がった。

 今日はこれで終わりにする。明日もまた狩りに採集に製薬。忙しい毎日だ。

 キットとポーションを片付け終えてベッドに寝転び、暫くすると深い眠りについていた。



 この世界に転生されてから日が経つけど、私は元の世界に戻りたいと思った事がなかった。

 私は――時雨しぐれあおいは、色々なオンラインRPG内では一部の上級プレイヤーに一目置かれていた。忍者の様な戦闘スタイルで素早い攻撃を駆使する。大半のイベントには出て好成績を残す。大規模なレイドにも参加して活躍する。そうすれば周りからも賞賛を受ける。ゲームの中でこそが、私が生きていると実感出来る唯一の希望だった。

 私の家庭は少しというかかなり裕福だった。祖父が事業に成功して築き上げた会社が瞬く間に急成長し、業界では知らない人はいないと言う程にまで有名になった。

 父親は他界した祖父の跡を継ぎ、信頼の於ける沢山の部下を引き連れた社長となっている。母親は仕事で忙しい父親を下から支える良き専業主婦として頑張る傍ら、沢山の趣味にも耽る日々を送っていた。

 両親には、三人の子供がいた。長女は有名大学を主席入学。長男はその大学付属高校で学年主席。どちら共素晴らしく優秀、沢山の友達にも恵まれ、両親の為の努力を欠かさないでいた。

 では最後の子供はどうなのか? 次女は一言で言うと、上の二人とは明らか真逆だった。勉強は苦手というか嫌い。学校での成績は下から数えた方が早い。趣味は一日中パソコンでゲーム。酷く言ってしまえば家族の出来損ない。それが私だ。

 誤解のないようにすると、通っている学校が公立なら成績は上ぐらいだろう。でも私の通う学校は私立。勉強のレベルはかなり高い。しかもクラスではイジめられている。教科書を隠されたり上履きや体操服を汚されたり。勿論友達なんてクソくらえ。そんな環境下では当然学校なんて嫌いになってくる。それに比例して成績も悪くなる。何度も学校から先生が家庭訪問に来て嫌味を何度も言われた。

 家族の中で一番優秀じゃない私が唯一誇れるものはゲーム。昔祖父のパソコンで簡単な冒険ゲームをやったことがきっかけだった。あの時の楽しさが今でも忘れられない。自分専用のパソコンを買ってもらって、私は勉強そっちのけでゲーム三昧。

 でも現実は自分が思っているほど甘くない。どんなにゲームで有名になろうが、勉強が出来なければ意味が無い。嫌いな環境下、周囲の目線、出来る兄弟とのコンプレックス、親の悲しむ顔、無慈悲な言葉、どれもこれも私が現実逃避してしまう要因でしかない。

 そんな感じで両親とも兄弟とも上手くいっていない。基本部屋に篭っているから夕飯時にもいないし顔を合わせる事も滅多にない。家の中でばったり出くわしても知らん振りして気まずい雰囲気になる。はっきり言って居心地が悪い。出て行きたい気分だった。

 ゲーム以外はつまらない人生を毎日送っていたある日、私は本当の本当で、ゲームにしか生き甲斐を感じなくなった。

 家庭訪問に来た学校の先生が帰った日の夜。シャワーを浴びようと思って部屋を出ると、丁度リビングから話し声が聞こえた。ドアを少し開けて聞いてみると、案の定私の話だった。

 父親も母親も姉も兄も、今まで私の悪口を言った事は無い。私を出来損ないだと蔑んだこともない。言ってみれば私には甘かった。今の状況で言ってしまえば私が引き篭もりになってしまうと思ったからだろう。確かにそうだけど。ところが、爆弾は何の前触れも無く投下された。

 学校での私の成績が、学校至上最低のものになっていたらしく、これ以上は学校の信用に関わるので転校するよう今日言われたらしい。

 それを聞いた家族は深く黙ってしまった。そんな重い空気を感じるのも嫌になり、離れようと思ったその時、母親がボソリと呟いた。


 ――どうして、あの子はあんなにも駄目なの? こんな事なら、最初からあの子なんて生まなきゃ良かったわ。


 その一言が、私に投下された爆弾だった。私は意識が遠のいていた。思わず少しだけ開けていたドアを押してしまったのだろう、開く音で家族達が一斉に振り向き、顔が凍りついた。話を聞かれてしまっていたのだ。あまりにも地味で、暗くて、影が薄いから、私がそこにいた事なんて気付かれなかったのだ。

 我を取り戻した私は、布団の中で泣いていた。

 とうとう私は、家族にも見放されたのだ。いつかはそうなると分かっていた。でも、いざとなると受け入れることが出来ないでいた。けれど、ここは潔く受け入れよう。だって私は、一家の出来損ないなのだから。

 母親からの一言を聞かされてからの私は変わった。トイレとシャワーとコンビニに行く以外は絶対に部屋から出ず、時間帯も家族と出くわさない頃合いを見計らってしか出ない。睡眠時間も不規則、長くて半日か一日中は寝る。そしてパソコンは常時つけたまま。メンテナンスでも無い限りは止めたりしない。食事は食べながらゲームが出来るという理由でコンビニで買ったバランス栄養食。人なんてブドウ糖と水分と少しのビタミンがあれば生きていける。

 学校も家族も友達も全てがどうでもよくなり、私が一番没頭したものが、


 ――《ソーティカルト・マティカルト》


 当時の私は《孤高の女忍》と名を馳せて活躍していた。数々の難解イベント攻略、レイド戦、フレンドとの交流。

 ゲームが私のリアル。現実なんてクソゲー以下。無くなれば良いのに。

 《ソーティカルト・マティカルト》を開始してから三年ぐらいが経った。私はこのゲーム最大の目標、レベル100を果たしたのだ。レベル100達成でないと手に入らない超激レアアイテムも貰った。それを聞いた友人や知り合い達は私を賞賛してくれた。それが今まで生きててどれだけ嬉しかった事か。

 レベル100を達成した後は、次は何を目標しにしようか考えたが、思いついたのは、自分が保有するスキルのレベルを全てMAXにするというのだった。プレイヤーレベル100とはいえ、まだスキルレベルが100になっていないスキルもある。それを重点的に上げるとしよう。そう息巻いていた。

 でも私はこの時知らなかった。まさか自分が、こんな現実クソゲーからおさらばして、楽しい人生を送れようなどとは。

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