012
今朝は気持ちよく目覚めた。僕が身支度をしてメニュー画面を開いて昨日フレンドリストに登録したエリナちゃんに通話機能を使う。ゲーム時代の通話機能はボイスチャットを使ってゲーム内の友達といつでも会話ができるものだった。そして今は携帯電話の様なものになっており、会話は通話している当人にしか聞こえない。直接会うのが一番良いんだろうけど、生憎と僕とエリナちゃんが泊まっている宿は別々なので通話を使った方が早い。
『……は、はい。エリナです』
「もしもし。フウヤです。おはよう」
『あ、おはようございます。フウヤさん』
エリナちゃんのアニメ声が頭の中に響き渡る。何故だろう。この声だけでもエリナちゃんが可愛いと充分に分かる。困るよこういうのは。色々な意味で。
『……フウヤさん?』
「ん? あ、ああ、何でもないよ。それじゃあ八時に街の出口で待ってるね」
『あ、はい。分かりました』
エリナちゃんはそう言って通話を切った。さてと、今は午前六時。今の内に朝食を取るべく食堂へと向かった。
◇
午前八時。僕が待っていると分厚い毛皮のコートを羽織ったエリナちゃんが走って来た。
「やあエリナちゃん。改めておはよう」
「おはようございますフウヤさん。待ちましたか?」
「ううん。僕もさっき来たばかりだよ。今日も頑張ろう」
「はい!」
今日から僕とエリナちゃんとのコンビによる狩りが始まった。
◇
僕達は《樹雪の森》と《雪塊の樹氷巣》でpopするモンスター達を倒していた。
「《キャプチャー・バインド》!」
「《スネイク・スラッシュ》!」
「《エレメント・ボール》!」
《樹雪の森》ではアクティブな《アイス・ウルフ》や物理防御の高い《スノークリスタル・スピリット》ぐらいしかいない。なので僕がバインド系魔法で動きを止めてエリナちゃんの剣技スキルで仕留める。氷狼はエリナちゃんに任せられるけど雪結晶は僕が魔法スキルで倒すしかない。
「エリナちゃんスイッチ!」
「はい!」
それでも僕達は意外と息が合っていた。紙装甲で物理攻撃に弱い僕をエリナちゃんが、物質系や魔法攻撃に弱いエリナちゃんがお互いにカバーし合う事でバランスの良い感じになっていた。
森での狩りを一通り終え、僕達はダンジョン内を探索する事にした。
ダンジョン内は序盤が《スノークリスタル・スピリット》と《アイス・ベビーデビル》などの氷属性持ちのモンスター、中盤辺りになると氷属性持ちのモンスター以外に水属性持ちのモンスターも現れるようになる。今はまだ序盤辺りだからそんなに気にする事でもない。火属性の魔法を一回放てば大抵の氷属性持ちはそれで屠れる。
雪結晶が四体現れた。物質系なので僕が全て請け負う。一体目に《キャプチャー・バインド》を掛け、二体目を《ファイア・アロー》で屠る。一体目にまだバインドが掛かっている間に三体目に《エレメント・ボール》を放ってHPを半分まで削り、四体目を炎の矢で屠る。三体目にもう一度虹色の球を放って屠る。最初の一体目のバインドが解け掛ける前に炎の矢を放って屠る。四体の雪結晶を倒し、経験値と金が僕とエリナちゃんで自動均等割りされる。
ドロップアイテムは全て僕のカバンに自動的に収納される。《スノークリスタル・スピリットの結晶》四個、《氷雪の結晶体》一個、《氷の核》二個。氷の核は氷属性持ちのモンスターからドロップされる素材アイテム。主に指輪やイヤリングなどのアクセサリーの製作に使われる事の多いアイテムだ。
氷の小悪魔が三体現れた。今度は悪魔系なのでエリナちゃんにやってもらう。エリナちゃんは素早い動きで氷の小悪魔達に近づき、一体目に下位二連続攻撃技《スネイク・スラッシュ》を放ち、HPを四割弱削る。エリナちゃんに攻撃してくる二体目には僕がハインドを放って動きを止め、三体目には妖術スキル下位単発魔法《サンド・ジェット》を放って吹き飛ばす。《サンド・ジェット》は地属性の魔法なので《ファイア・アロー》に比べて氷の小悪魔に与えるダメージ量は少ない。けどそっちの方がエリナちゃんの為にもなるし、《サンド・ジェット》はダメージ以外に一定確率で対象の命中率を下げる効果もある。この隙にエリナちゃんが一体目にもう一度《スネイク・スラッシュ》を放ってHPを残り一割近くまで削り、バインドが解けた二体目の攻撃をバク転で避け、腰に下げてあった投げナイフを一本取り出してHPの少ない一体目に空中で回転しながら投擲する。エリナちゃんの投げたナイフは一体目の心臓に突き刺さり、HPが0。全身が青白く光って四散。
(……凄いな。エリナちゃん)
僕は驚きを隠し切れなかった。エリナちゃんの軽快な動きはとても初心者には見えないものであった。それこそリアルでの経験を生かしてるからだとは思うけど、空中回転しながら狙った標的にナイフを当てるという芸当をやってのける女の子はリアルにはいない。それこそ《軽業》の身軽な動きや《投擲》による本来の命中アシスト、AGI補正が効いてそうなったんだろうけど、よくもまああんな動きを。
そうこうしている内にエリナちゃんは二体目に《スネイク・スラッシュ》を放ってHPを削っていく。ちなみに三体目は僕が炎の矢ですでに屠ってある。
「《クイック・リープ》!」
エリナちゃんは次々と剣技スキルを放って氷の小悪魔のHPを削っていく。
「ケケケケケケケケッ!」
氷の小悪魔は氷のフォークをエリナちゃんに突き刺す。が、それをエリナちゃんは腕に装備している《ゲイル・シールド》でガードする。ダメージは負うものの、氷属性に耐性を持った盾ならば防ぐダメージも大きい。エリナちゃんは防いだ後すかさず氷の小悪魔の懐に入り、《ラピッド・エッジ》を発動。氷の小悪魔に見事突き刺さり、氷の小悪魔は青白く光って四散した。
「おつかれエリナちゃん。凄かったね。正直驚いたよ」
僕が率直な感想を述べると、エリナちゃんは顔をほんのりと赤く染めてパタパタと手を振る。
「そ、そんな、私なんてまだまだですよ。フウヤさんがいてくれなかったらこんなに上手くいきませんし」
謙遜するにも程がある。否定する時の仕草がいつになく可愛いし、身のこなしも中々のものだ。エリナちゃんと組むのは案外良かったのかもしれない。
◇
ダンジョン内を進むこと約一時間。その後もpopするモンスターを次々と屠っていき、エリナちゃんのレベルが一つ上がった。
このまま順調に襲い掛かる氷モンスター達を僕が焼いたりエリナちゃんが切り刻んだりしていると、僕はある物を見つけた。
「あ」
それはゲーム時代にも時々あったものだ。通常では見つけるのは無理だけど、《探検》を習得している僕だからこそ見つけられたものだった。
「どうしたんですかフウヤさん?」
エリナちゃんが尋ねてくる。僕はダンジョンの壁に手を当てる。掌からひんやりと冷たい感触が伝わってくる。けどその壁を押してみる。
――ズズズズズッ
何かが押される音が聞こえた。僕が続けて壁を押す。すると壁が奥へと動いていく。凡そ30cmぐらいまで押すと、氷の壁が大きな音を立てて倒れ、その先に部屋が見えた。
「な、何ですか、これ」
エリナちゃんが尋ねる。
「……これはね、隠し部屋だよ」
隠し部屋。ダンジョン内に時々現れる空間の事。通常は発見出来る確率が一桁台なのだが、探検スキルを習得していると確率が上昇する。隠し部屋の中には宝箱があり、レアアイテムを手に入れることができる。
「……とまあ、そんな感じかな」
「そ、そうなんですか。でも、それを見つけれるフウヤさん凄いです!」
エリナちゃんが尊敬の眼差しを僕に向ける。な、なんか可愛い女の子にそういう事言われると照れくさいな。
「と、とりあえず、入ろっか」
「はい!」
エリナちゃんが先に入り、僕がそれに続く。
隠し部屋――《氷の小部屋》は学校の教室二部屋分ぐらいの広さだった。地面から天井、壁までが氷で出来ている上に密閉された空間なので結構寒い。吐息で両手を温めたりしながら中を調べる。
「フウヤさん、これ何でしょう?」
エリナちゃんが指を指しながら聞いてきたのは、縦30cm、横50cm、高さ30cm程はある銅製の箱だった。
「それは《宝箱》だよ。中にお金とかアイテムとか入ってるんだ。たまにミミックっていうモンスターだったりするけど」
「へえ、そうなんですか……」
僕が説明してあげるとエリナちゃんは興味津々に宝箱を見つめる。
けど一つだけ気になる事があった。ゲーム時代、隠し部屋に宝箱があるのは一般的だった。けどこんな一番最初に入るダンジョンのそれも序盤辺りで隠し部屋だなんて無かった。もしかして、ビックイベント後の改変なのかな。
「フウヤさん、開けても良いですか?」
僕が考えているとエリナちゃんが宝箱を開ける了解を尋ねてきた。
「ああ、うん。良いよ」
僕はあっさりと同意した。別に僕は欲張りでもないし、女の子に譲るのが男としての性でしょう。けど僕はここで判断ミスをした。宝箱自体を開けなければ良かった、と。
エリナちゃんが宝箱を、開けた。その直後だった。
――ジリリリリリリリリリリッ!
けたたましい警報音が部屋中に鳴り響いた。
「げっ! しまった!」
「な、何ですか!?」
エリナちゃんは急いで僕の元へと戻る。警報音が鳴り響く中、部屋の入り口が突然現れた氷塊によって塞がれ、出ることが出来なくなってしまった。しかも最悪なことに四方八方から大量のモンスター達がpopし始めた。
レベル10物質系モンスター《スノークリスタル・スピリット》×20
レベル10悪魔系モンスター《アイス・ベビーデビル》×20
レベル10魔獣系モンスター《アイスクリスタル・スネイク》×20
数は合計六十体。雪結晶、氷の小悪魔、氷蛇、どれもこれも氷属性持ちのモンスター。弱点は分かっているけど数が多い。
「うわぁ、ヤバいなこりゃ」
「フ、フウヤさん……?」
エリナちゃんは状況が掴めず困惑した表情になる。
「エリナちゃん、どうやらこの隠し部屋は《モンスターハウス》って呼ばれている罠みたいだね」
モンスターハウス。それは隠し部屋にある罠の中で最も厄介とされているもの。宝箱を開ける事で罠が作動し、部屋から出ることが不可能となり、部屋全体を大量のモンスター達が埋め尽くす。ゲーム時代にも僕は何回か引っ掛かったことがあった。あの時はあまりの多さと部屋の狭さに上手く対応しきれずやられてしまった。モンスターハウスはパーティーで挑むのが定跡だ。仲間が多い方が一人頭に相手する数が減るからだ。けど龍刃から聞いた話によると、龍刃は当時ソロでモンスターハウスに挑んで手持ちのポーションを全て使い切り、スキルをバンバン連発して勝てたらしい。その時の僕の感想は、馬鹿だな龍刃、だった。
というか今はそんなこと思い出している場合じゃなかった。たった二人で六十体のモンスターを相手にする。正直不可能に近い。
「フ、フウヤさん、ゴ、ゴ、ゴメンナサイ! 私のせいで……」
エリナちゃんが体をガタガタ震わせながら僕に謝ってきた。その様子は昨日僕が助けた時のエリナちゃんとよく似ていた。余程の恐怖を抱いているのだろう、ひょっとしたら僕がエリナちゃんを捨てるとでも思われたのか、はたまた悪印象を受けたのかと思われたのか、はたまた全く違うことなのか、少なくともこの状況を作ったのは自分のせいにあると思っているようだった。
僕は手をスッと出す。この行動にエリナちゃんはビクッと涙目になりながら反応するけど、僕は構わずエリナちゃんの頭の上にポンッと手を置いて優しく撫でた。
「え……」
エリナちゃんは顔を上げて僕を見る。それに対して僕はニコッと笑う。
「エリナちゃん、悪いけど十秒だけ目を瞑ってしゃがみ込んでくれない? ここは僕がなんとかするからさ」
「え、で、でも!」
「大丈夫。こういう時に女の子を守るのが男の務めだから」
ここまで言うとエリナちゃんの顔が赤くなる。というかここでエリナちゃんを責めたら後で死ぬよりも怖いことが起こる。エリナちゃんのせいには出来ない。それにモンスターハウスの存在を事前に伝え忘れた僕にも非はある。だから僕が片付けよう。
「エリナちゃん、早く」
「……はい!」
エリナちゃんは僕の言葉を信じて目を瞑り、その場にしゃがみ込む。さてと、本当は使いたくなかったけど、今は選んでいる暇は無い。
僕は一斉に襲い掛かってくるモンスター達に杖を向け、スキルの名前を呟く。
「……《ブラック・ハリケーン》」
杖の先端から放たれたのは、黒い強風。全てを呑み込む真っ黒な風が、部屋全体に吹き荒れた。その風は漆黒の刃を生やし、部屋内のモンスター達を切り刻む。モンスターは刃に当たると一瞬で切断されて四散する。
僅か十秒。それだけで六十体いたモンスター達が全滅した。経験値とお金は僕とエリナちゃんで半分ずつ、ドロップされたアイテムは全て僕のカバンへ入る。
「……フウヤさん?」
目を開けて立ち上がったエリナちゃんは一体何が起こったのか分からなかったみたいだった。無理も無い。一瞬で大量のモンスターを屠れる方法だなんてたかがしれてるし。僕がニッコリと笑顔を見せると、突然視界がぐらついた。
「う……」
僕は体がふらつき、倒れそうになるが杖を支えにしてなんとか立つ。
エリナちゃんが慌てて駆け寄ってくる。
「フウヤさん大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」
アハハハ、と笑って誤魔化す。僕はふと自分のステータスを見る。
フウヤ/男
Lv.11
HP1259/1259
MP0/1811
さっきマナポーションを飲んで全回復した筈のMPが一瞬で無くなっていた。つまりこれはMP消費による精神的疲労がドッと押し寄せてきたという訳か。僕はアイテムカバンからマナポーションを何本か取り出して一本ずつ飲み干す。これでMPは半分ぐらいまで回復するだろう。
「……あの、フウヤさん、一体何を」
「エリナちゃん」
エリナちゃんが聞いてくるのを僕は鋭い声で遮る。
「ゴメン。何も言えない。さっきのは秘密にしてほしいんだ。お願い」
僕は頭を下げる。ここでバラされても仕方ないと分かってるし、かと言ってバラしたエリナちゃんを闇討ちする理由も無い。それでもエリナちゃんには黙ってもらいたい。少なくとも一人でも充分に冒険出来るようになるまでは。
「……分かりました」
エリナちゃんはあっさりと承諾した。多分ここで拗れるのはエリナちゃん本人にも良くないと思ったんだろう。僕も拗れたくないと思っているし、兎も角黙ってくれるのはありがたかった。
隠し部屋の入り口を塞いでいた氷塊が砕け散り、出られるようになった。
「行こっか」
「はい」
僕とエリナちゃんは隠し部屋から出た後、ひたすら奥へと進み続けた。
◇
モンスターハウス騒動から約二時間後、僕とエリナちゃんは次々とモンスターを倒していき、僕とエリナちゃんのレベルがそれぞれ一つずつ上がった。
「《ファイア・アロー》!」
僕が氷蛇を炎の矢で屠ると僕のレベルが13へと上がった。僕はステータス画面を開いて10あるスキルポイントをINTに6、AGIに4振る。
「フウヤさん、あとどれぐらい進むんですか?」
氷の小悪魔にトドメの剣技スキルを叩き込み終わったエリナちゃんが僕に尋ねる。
「そうだねえ、ポーションの減りとか考えると、もうちょっと進んだら一旦戻って補給しよっかな」
「はい。分かりました」
僕達はひたすら進む。popするmobを次々と屠る。
更に進む事約三十分、
「あ」
僕はまたもや隠し部屋を発見した。本日二度目だった。
「フウヤさん」
「うん。分かってる」
今度は油断しないように警戒しつつ隠し部屋の中へと入る。今度の隠し部屋は円形の形、広さは直径約1kmでドーム状になっている。
周囲を見渡しても特に危険があるようには見えない。けどそういう時にこそ不運に見舞われる。慎重に部屋の中を捜していると、
「あ、フウヤさん、あれ」
エリナちゃんが何かを見つけたらしく、見つけたものの方へと駆け寄っていく。僕もそれについていく。
エリナちゃんが見つけたのは、奇妙なものだった。
それは卵だった。大きさはダチョウの卵よりも二回りほど大きく、表面は綺麗な水色の氷の様で、肌触りも冷たくて気持ちが良い。卵があったのは細い氷で編まれた巣の様なものだった。そして卵は二つあった。
「……フウヤさん、何でしょう、これ」
「……さあ」
僕は卵を一つ持ち上げて調べてみる。
ところが不思議な事が起こった。卵の名前が表示されない。この世界に転生されて以来、アイテム名はアイテムに触れるだけでフレーバーテキストや効果と一緒に表示される。けどこの卵に触れても何の表示も出ない。ということはこれはアイテムではないという事になる。
「ていうか、ここ何処なんだ……」
僕はメニュー画面からマップデータを取り出して隠し部屋の名前を確認してみる。
「えーっとなになに、《氷竜の巣部屋》、か……」
僕は遥か昔、正確にはゲーム時代の記憶を頭の中で探り出す。
「フウヤさん、どうですか?」
「……エリナちゃん、多分この隠し部屋、ゲーム時代には無かった所だよ」
「え? どういうことです?」
「つまり、ビックイベント後の変更だよ。少なくとも卵が置いてある隠し部屋はゲーム時代に一度も見なかった。それにこの卵、多分竜の卵かも」
「へ?」
エリナちゃんがポカンとしていると、僕の持っている卵からピキパキ、という亀裂の入る音が聞こえてきた。
「え? な、何?」
エリナちゃんの目の前にある卵にも亀裂が入りだした。僕は慌てて卵を元の場所に戻す。
二つの卵にドンドン皹が入り、パキン、という大きな音を立て、
――パカッ
「あっ」
「あ」
「……キュー」
「キュー」
孵った。二匹の蜥蜴が。
全長は4,50cm程度。二匹とも体躯は綺麗な水色の鱗を持ち、背中に小さな翼を生やし、チロチロと出す舌は蛇の様に先端が分かれており、赤い瞳も蛇の様だった。短くて小さな手足で卵の殻から出てきて二匹はお互いの存在を認識するかのように小さな頭をぶつけ、遊びたいのかじゃれ合い出した。ふと二匹の蜥蜴の名前が表示される。
《アイスフェアリー・ドラゴン Lv.1》
《アイスフェアリー・ドラゴン Lv.1》
「……え?」
僕はの名前を見て一瞬冷や汗を掻いた。
「あ、あのフウヤさん」
「何、エリナちゃん」
「この子達、ドラゴン、なんですか?」
「……みたいだね」
僕は肯定せざるをえない。
ドラゴン系モンスター。それは《ソーティカルト・マティカルト》のモンスターの中ではかなり強力な部類に値する。けれど決してドラゴン系が最強とは断言できない。ドラゴンよりも強いモンスターはいくらでもいるからだ。
ゲーム時代は少なくともドラゴン系モンスターは序盤では絶対に出ない。中盤の後半辺りから姿を現し、それからは経験値稼ぎに狩ることが多くなる。けれどもどうしてこんな序盤でドラゴンが出てくるのだろうか。
理由は大体予想がつく。この隠し部屋はドラゴンの巣で、この卵はそのドラゴンが生んだもの。そしてこの小さなドラゴンは生まれたての赤ちゃん竜、そう解釈した方が良いだろ。うん、良いだろ。
「……キュー?」
赤ちゃん竜の一匹が僕達に気付いて近寄ってきた。もう一匹もそれを追うようについて来る。
赤ちゃん竜二匹がそれぞれ僕とエリナちゃんをジーッと見始める。
「「……………………」」
「「……………………」」
僕とエリナちゃんもそれぞれ赤ちゃん竜をジーッと見る。
「……………………」
「……………………」
「……………………キュー♪」
「キューキュー♪」
赤ちゃん竜が僕の足に顔を擦り付けてくる。もう一匹も同様にエリナちゃんの足に顔をスリスリと擦り付ける。二匹共嬉しそうである。
「……フウヤさん、これって一体……」
「うーん、多分懐かれたんだね僕達。このドラゴンに」
どう考えてもそうとしか言いようがない。二匹共卵から孵った時、一番最初に見たのは僕とエリナちゃんだ。いわゆる雛の刷り込みが起こったんだ。つまりこの赤ちゃん竜にとって僕達は親の様に思える訳だ。
「か、可愛い……」
エリナちゃんが笑顔で擦り寄る赤ちゃん竜を抱きかかえる。その顔はとても愛らしく、見ているこっちまでドキッとしそうだった。
僕の方に擦り寄ってきていた赤ちゃん竜も僕によじ登ろうと小さな手を動かしている。
「同じ巣に同じ卵が二つあったって事は、この二匹は兄弟かもしれないね」
「えーっと、じゃあこの子達にとって私達はお父さんとお母さんで……」
そこまで言って、エリナちゃんの顔がカァァァッと真っ赤になる。
「……エリナちゃん、どうしたの?」
「へ? あ、いや、な、何でもないです! はい!」
一体どんな想像をしているのか聞こうとも考えたけど野暮だから止めた。というか聞いたら殺される。
僕も赤ちゃん竜を抱き寄せて肩に乗せてみると赤ちゃん竜はヨロヨロとしながらも僕の肩にしがみつき、僕の頬をチロチロと舐めてくる。すると僕の耳にポーンッ! という効果音が響いた。エリナちゃんも同様に響いたのだろう、えっ、という反応をしだした。そして僕達の目の前に何かが表示された。
【《懐柔》スキルを習得しました】
「あ、あのフウヤさん」
「何?」
「《懐柔》って、何ですか?」
そっか。エリナちゃんも習得したんだね。そのスキル。まあ条件はほぼ整っていたから当たり前だろうけど。
「《懐柔》ってのはね、モンスターを使い魔として手懐ける事ができるスキルで、ゲーム時代にはモンスターを手懐けるのに成功したプレイヤーは魔物使いって呼ばれていたんだ」
魔物使いと《懐柔》。それはゲーム時代の《ソーティカルト・マティカルト》ではレベル100を目指す次に難しいと呼ばれていた。
モンスターとの戦闘で《モンスターがプレイヤーに心を開く》というイベントが極稀に発生し、モンスターが完全に懐いた場合、そのモンスターを使い魔として手に入れることができ、同時に懐柔スキルを習得する。
懐柔スキルは戦術スキルカテゴリのスキルだが少し変わっている。なにせスキルレベルのMAXが1であり習得時には既に1になっている。
けど全てのモンスターが使い魔になれる訳ではない。小動物系や小さい精霊系などの比較的小さいモンスターのみだ。
使い魔は戦闘のサポートを行ったりするのが主であり、アイテム扱いというよりもペットとしての扱いなので、懐柔スキルの《口寄せ》を使えば幾何学的な魔方陣が現れて使い魔を召喚できる。もし死んだとしても店売りの高価な専用アイテムを使えば蘇生も可能。但し一人に付き一体しか使い魔を手に入れる事ができない。既存の使い魔を破棄して新しい使い魔を手に入れることは可能だけど、丹精込めて育てた使い魔を本気で捨てるかどうかはゲーマーとしての器が試される所でもある。
ゲーム時代に僕が見たことのある魔物使いの数はかなり少ない。そもそも《モンスターがプレイヤーに心を開く》イベント自体の発生確率が極めて低いからだ。《狩猟》のスキルを習得していると確率が上がるとも言われているけど実際にそうかどうかは分からないし、もう一つ気掛かりなことが。
(……何で僕達、ドラゴンなんか使い魔にできたんだろう)
ゲーム時代、ドラゴンを使い魔にしようとしたプレイヤーがいたらしい。けどドラゴンは基本的に巨体であり、小型のドラゴンもいるにはいるけど大きさは牛か馬ぐらいはあるから使い魔にするのは不可能だった。なのにこのドラゴンを使い魔にできたのは、多分このドラゴン達はまだ赤ちゃんだからシステム的には小動物扱いとなっているのかもしれない。
(まあ、これはこれでラッキーかな)
実を言えば僕にとっては良いことだった。
いつかエリナちゃんと別れることになったとして、その後で前衛となる人が欠けた僕は紙装甲になる。そこでこの赤ちゃん竜を立派なドラゴンに育てれば頼もしい前衛代わりになれるかもしれない。それに一人で旅をする必要も無くなったし、龍刃や雪華を驚かすことも出来るかもしれないし。
楽しみだな。この赤ちゃん竜が強いドラゴンに育って、僕がそれに乗って空を飛んだらさぞかし気持ち良いだろうなぁ。
僕はメニュー画面からスキル画面を開き、《懐柔》のタブをタッチする。すると色々な項目が出た。
《懐柔》、《口寄せ》、《名付け》、《命令》など、全十種類の項目しかない中で、僕は《名付け》のタブをタッチする。
《名付け》は使い魔に愛称を付けることができる。モンスター名のままにしておくと呼ぶ時に不便になるから何か名前でも付けてあげよう。
「フウヤさん何しているんですか?」
メニュー操作をしている僕を見てエリナちゃんが聞いてきた。
「この赤ちゃん竜に名前でも付けようと思ってね。エリナちゃんも付けてみたら?」
「はい! やってみます!」
エリナちゃんもスキル画面を開いて自分の使い魔である赤ちゃん竜に名付けを行う。
「うーん、どうしようかなぁ」
問題はどんな名前にするかということだ。
「本音を言えば“ラグナロク”とか“ブリューナク”とかカッコイイ名前を付けてあげたいけど、ラグナロクもブリューナクも一応モンスターとしているからそれだとこんがらがるし、かと言って変な名前を付けるのもなぁ」
「……いるんですか? ラグナロクとかブリューナクって言うモンスター」
「ドラゴン系のレイドボスにいるよ。ゲーム時代のレベルは90越えだけど」
しかし、本当にどうしようかな。竜太郎とか竜也とかだと人名っぽいし、そもそも性別が分からないから中性的な名前にしてあげた方が良いよね。どうせ後で変えられるけどその都度考えるのも面倒だし。
「あ、そうだフウヤさん。いっそのことこの子達の種族名から捩ってみるのはどうです?」
「! それだ!」
僕は指をパチンと鳴らす。名付けに困ったら捩れば良い。最近ではそんな解決法が出てきて僕の考えが少々変になってきている。
「えーっと、このドラゴンの種族名が《アイスフェアリー・ドラゴン》だから、単純に“アイス”と“フェアリー”とかは?」
「それじゃあ普通過ぎます」
「そっか……。うーんと、じゃあ“スフェア”と“ラゴン”は?」
「スフェアは良いかもしれないですけど、ラゴンはちょっと変な気がします」
「そう? じゃあ“アリード”?」
「うーん、なんかしっくりこないですねぇ」
「じゃあ“エアリー”?」
「……エアリー、良いですね。それにしましょう」
ようやくエリナちゃんも気に入った名前が決まった。ただ、
「エリナちゃん、ちなみにどっちがどっちの名前を使うの?」
「へ? あ、フウヤさん先に決めて良いですよ」
「いやいやいや、ここはレディファーストでエリナちゃん先に決めなよ」
「いえいえ、ここはお世話になっているフウヤさんが先にどうぞ」
「いやいや、エリナちゃんが先に」
「いえいえ、フウヤさんが」
「…………」
「…………」
お互い一歩も譲らない激しい攻防。単に互いが遠慮し過ぎてるだけだと思うけど。
「「ジャンケンポン!」」
僕→パー
エリナちゃん→グー
僕が勝った。
「じゃあ、フウヤさん先に決めて下さい」
「う、うん。それじゃあお言葉に甘えて」
正直どっちでも良いんだけどなぁ。だからエリナちゃんを優先させたかったんだけど。まあエリナちゃんも多分どっちでも良いって言うだろうし、別に良いか。
「……じゃあ、僕はスフェアにするね」
「分かりました。じゃあ私はエアリーで」
僕達はそれぞれ決めた名前を入力して《決定》タブをタッチする。
《スフェア:アイスフェアリー・ドラゴン(テイミング) Lv.1》
《エアリー:アイスフェアリー・ドラゴン(テイミング) Lv.1》
僕達が決めた名前が表示された。僕がスフェア、エリナちゃんがエアリー。
「よしっ、それじゃあこれからよろしく、スフェア」
僕はスフェアを抱き上げる。
「……キュー♪」
どうやらスフェアは名前を気に入ったらしく、背中の翼をパタパタと動かしていた。
「これからよろしくね、エアリー」
「キュー♪ キュー♪」
エアリーの方も気に入ったみたいだ。
「じゃあエリナちゃん、一旦宿にも戻ろっか」
「はい!」
僕達はそれぞれの使い魔を手にして、《雪塊の樹氷巣》を後にした。
◇
夜。宿に連れて帰った赤ちゃん竜ことスフェアは帰りに買った使い魔専用の餌肉を美味しそうにバクバクと食べていた。
「スフェア、美味しい?」
「キューキュー♪ キュー♪」
スフェアは肯定するように鳴き、肉にがっつく。なんだか本当にペットを飼っているみたいだけど、そのペットが赤ちゃん竜というのは聊かアレだと思う。
僕はステータス画面を開いて僕のステータスを出す。
名前:フウヤ
性別:男
Lv.:13
HP:1628/1628
MP:2341/2341
STR:10
INT:93
AGI:64
P・DEF:1153
M・DEF:1449
P・HIT:544
M・HIT:670
P・AVE:352
M・AVE:562
クリティカル率:5%
次にスキル画面を開いて懐柔スキルの《育成》タブをタッチする。
名前:スフェア
種族名:アイスフェアリー・ドラゴン
系統:ドラゴン
Lv.:1
HP:100
MP:100
STR:10
INT:10
AGI:10
VIT:10
MND:10
残りステータスポイント:10
スキル:頭突き(相手に向かって頭突きをする)
使い魔の能力値はSTR、INT、AGI、VIT、MNDの五つから成り、STRが高いと物理攻撃力、INTが高いと魔法、特殊攻撃力、AGIが高いと素早さ、VITが高いとレベルアップ時のHP、MNDが高いとレベルアップ時のMPが高く上昇する。
どれを上げるか考えたけど、アイスフェアリー・ドラゴンのスキルは物理攻撃以外にもブレスなどの特殊攻撃もあるのでどちらかをメインにするより両方使った方が効率は悪くなるけど育てる価値はある筈。使い魔のレベルアップ時に手に入るステータスポイントは10なので、五つ全部に2ずつ振るのが良いだろう。
そんな訳でスフェアの能力値にステータスポイントを2ずつ振る。スキルはレベルが1だから仕方ないけど、僕のレベルに到達するにはかなりの時間が掛かるかな。
「キューキュー♪」
スフェアが僕に顔をスリスリと擦りつけてきた。僕は完全にスフェアに懐かれているようだった。
《瞑想》のスキル経験値を上げた後は折角だしスフェアと一緒に寝てみることにした。
スフェアの体は鱗がヒンヤリとしていて天然の保冷剤みたいで気持ち良い。スフェアも体を丸めてスヤスヤと眠り出した。
そしてこの時、僕はまだ知らない。まさか僕達が、殺人鬼に出会おうなどとは。
◇
宿に戻った私はエアリーにお肉を上げていた。
「エアリー、美味しい?」
「キュー♪ キュー♪」
エアリーは嬉しそうにお肉を食べる。この光景がとても可愛くて、14歳でゲームの世界に転生された私にとっては心の安らぎとなっていた。
フウヤさんから聞いた話だと、エアリーのステータス値をどう振るかは私の自由だけど、私もフウヤさんみたいに五つのパラメータに2ずつ振ることにする。
いつの間にか眠気の来ていた私は、ひんやり冷たいエアリーの体を抱きしめてぐっすりと眠りに着いていた。
◇
ドラゴンを使い魔にしてから、何日か経った。
フウヤ/男
Lv.15
HP1793/1872
MP1866/3141
所属ギルド:なし
エリナ/女
Lv.15
HP2410/2682
MP1083/1910
所属ギルド:なし
僕とエリナちゃんのレベルは15に達し、スフェアとエアリーもレベルが5に達した。二匹とも体躯が大きくなったがまだ翼を羽ばたかせて飛ぶ事は出来ない。
「《ファイア・アロー》!」
氷で出来た大きな葉っぱ人間――レベル15植物系モンスター《アイス・リーフ》を《ファイフ・アロー》で屠る。
「《ホリゾンタル・カット》!」
エリナちゃんも氷葉に短剣スキル下位水平攻撃技《ホリゾンタル・カット》を決めてHPを0にする。
「よしっ、結構狩ったし、そろそろ帰ろっか」
「はい!」
朝から狩りを始めて五時間。僕もエリナちゃんも精神的疲労感が溜まってきたので一旦切り上げることにした。
ポーションを飲んでHPとMPを回復させ、街に戻ろうとしたその時、突然策敵スキルが反応した。何かがこちらに近づいてくるみたいだ。
「フウヤさん……」
エリナちゃんも策敵スキルが反応したみたいで、僕に不安げな顔を向ける。
「エリナちゃん、念の為態勢は取っておこう」
「はい」
エリナちゃんは短剣を抜いて前に、僕は後ろに立って構える。
策敵スキルの反応がどんどん大きくなる。かなり近づいてきた証拠だ。
後十五秒程で姿が見える筈。そう思って待っていると、妙だった。姿が見えない。
策敵スキルは確かに反応している。隠蔽スキルを使っているのだとしたら、相手は完全にプレイヤー。けどやっぱり妙だ。策敵スキルに反応しているのは一人だけだった。このダンジョン中盤辺りになるとモンスターのpop率は序盤よりも高くなる。だから一人で行動するよりも複数人でパーティーを組んだ方が余程安全だ。なのにそれが無い。一体何故だ?
「っ!? フウヤさん!」
「っ!?」
僕とエリナちゃんが驚愕に見舞われる。突然目の前に、一人のプレイヤー、放浪者が姿を現した。
これは発動していた隠蔽スキルを自ら解いたのだ。そんなことをすれば危険は余計に増える。何でそんな事を?
その放浪者は男だった。年はまだ三十代と言った所か、上は黒いコート、下は黒いレザーパンツ、黒い手袋、黒いレザーブーツ、髪も黒という全身黒一色のその人は長い前髪で目が隠れていて表情が見えない。けれど何処か殺気に溢れているようにも思える。男の左上にステータスが表示されたのでそれを見てみる。
ジャック・ザ・リッパー/男
Lv.15
HP2675/2675
MP1670/1895
所属ギルド:なし
「っ!? ちょっ……!?」
僕はギョッとした。よく見たら彼の両腰には主武器であろう武器が下げてあった。
その武器は刃渡りが50cm程ある、日常用ツールとは縁遠い、戦闘用の鋸だった。
この名前に二丁鋸。これだけで僕はこの男の素性を思い出した。コイツは、ゲーム時代でもある意味有名人だったプレイヤーだ。
「……フウヤさん?」
「エリナちゃん、気をつけて。この男、かなりヤバいPKだよ」
PK。プレイヤーを殺す行為。ゲーム時代の《ソーティカルト・マティカルト》では推奨されていたけど、やる人はそんなにいなかった。倒しても経験値が多く手に入る訳でもないし、倒したプレイヤーの所持金と所持品がドロップされるけど正直マナー違反と思う人の方が多かった。転生された後ではPKを行う放浪者が増えたという噂は聞いていたから誰かと鉢合わせになる事を避けていた。けどいきなり鉢合わせしただけで僕はこのジャック・ザ・リッパー氏がPKだと即座に断定出来た。
――切り裂きジャック。
ゲーム時代、そんな渾名で呼ばれている最強のPKがいた。
そのプレイヤーは誰とも組まず、常にソロで動き、標的を選ばず見つけた相手に容赦なく襲い掛かり、何の躊躇いも無くキルしたという。
曰く、そのプレイヤーは隠蔽スキルを有効活用したいのか、基本的には全身黒い装備を身に付けていた。
曰く、隠蔽スキルは高レベルになると隠蔽中でも攻撃を行う事が可能にはなるのに、そのプレイヤーはPKになるとあえて隠蔽スキルを解除してから行う。
曰く、ゲーム時代に鋸スキルはあれど二刀流スキルは存在しないのにそのプレイヤーの主武器は二丁鋸であった。
曰く、そのプレイヤーの被害に遭ったプレイヤー数は三桁に及んだらしい。
昔実在した殺人鬼の名前とそっくりそのまま故に切り裂きジャックと渾名されていたそのプレイヤーは恐ろしさを知られる頃には懸賞金が掛けられて討伐部隊が結成されたりもしたが、切り裂きジャックは逃げ方が上手いのか、討伐部隊の包囲網を軽々と抜け出して再度PKを行った。
運営に訴える人も出たけど元々《ソーティカルト・マティカルト》はPK推奨だからちゃんと取り合ってもらえる訳も無かった。
そしてそのプレイヤーは、全プレイヤーの目標、レベル100を約七十数人目で達成し、それ以来ゲームから姿を消した。
切り裂きジャックことジャック・ザ・リッパー。よもやそれがこんな所で出会えるだなんてね。正直最悪過ぎるよ。
「エリナちゃん、アイツを倒そう」
「え?」
僕のいきなりの提案にエリナちゃんは困惑の表情を浮かべて僕を見る。
「あのジャック・ザ・リッパー、ゲーム時代に恐れられたPKなんだ。しかもアイツは、100人いる元レベル100プレイヤーの内の一人だよ」
「っ!?」
エリナちゃんが目を丸くする。そりゃ驚くよね。史上最悪のビックイベントを開始する引き金になった100人の元レベル00プレイヤー。その一人だって言われたら。勿論僕もその一人でその事を隠してるけど。
「エリナちゃん、切り裂きジャックに会ったら迷わず倒さないと僕達の方がやられる。だから」
「……はい!」
エリナちゃんが短剣を構えて僕も杖を構える。
それを見た切り裂きジャックはゆっくりと僕に指を指し、口がゆっくりと開く。
「……《千友会》の、参謀」
「っ!?」
僕は驚愕に見舞われつつも、ニヤリと笑う。
「……やっぱ、流石に知ってるよね」
「……当然、だぁっ!」
切り裂きジャックが鋸二本を素早く抜いた。そして人間の反応速度でギリギリ捉えられるぐらいの速さで突っ込んできた。事前に疾走スキルを発動可能状態にしていたのか。
「《ウッド・カット》!」
エリナちゃんとの間合いを一瞬で縮め、鋸スキル初期技《ウッド・カット》を放つ。水平斬りであるその技をエリナちゃんは短剣で受け止める。
「っ!?」
「ラァッ!」
切り裂きジャックが鋸を薙ぎ払う。
――ジャリィィィィィンッ!
刃物と刃物の擦れる鋭い音が響き、切り裂きジャックはもう片方の鋸で《ウッド・カット》を放つ。
ゲーム時代の《ソーティカルト・マティカルト》では武器を二本持つことは可能ではあった。けど二本持つとスキルが発動できなくなるという欠点があった。違うカテゴリ同士の武器を両手に持つとその武器のスキルは勿論両方共放てず、同じカテゴリの武器同士の場合も使えないという事を検証したプレイヤーが昔いたのを覚えている。けど切り裂きジャックは鋸を両手で一本ずつ持って、それぞれスキルを発動した。ということは二刀流の状態でもその武器のスキルを使うのは可能みたいだ。多分同じカテゴリ同士の武器を持つとか条件はいろいろあるだろうけど。
そんなことより、切り裂きジャックが放った二回目の水平斬りをエリナちゃんは受け止めずに得意のアクロバティックな動きで避けて、切り裂きジャックと距離を取る。
「《キャプチャー・バインド》!」
この隙に僕がバインドで動きを止めようとした。
けど切り裂きジャックはバインドを見るや否や即座に後ろに大きくジャンプをしてバインドを避けた。
ゲーム時代の魔法スキルは遠距離技なので基本必中なので盾で防ぐか耐えるかということぐらいしか方法が無かった。それなのに避けることができるということはこれもビックイベントによる仕様変更なんだろう。加えて切り裂きジャックは多分闘争本能スキルの《回避》を使ったのだろう。《回避》はタイミングが合えば相手の攻撃を避けられる技。それは自分の回避率やAGIによって回避成功率が変動するけど、今のはバインドを見たと同時に避けた。という事は切り裂きジャックはバインドを避ける時のタイミングが分かるのだ。なんせ彼はゲーム時代に沢山の人をPKし、恐らく転生後もPKを続けていたからだろう。様々な放浪者達と戦い、スキルの発動時間、攻撃パターン、回避のタイミング、長所・短所など対人戦に於けるノウハウを切り裂きジャックは学んだ。モンスターと戦いで経験を積むのと同じ様に、放浪者と戦ってそういう経験を積んできた。故に切り裂きジャックは恐れられた。《ソーティカルト・マティカルト》史上最悪で最強のPKとして。
「《ガウジアウト・スラッシュ》!」
切り裂きジャックは避けた直後に疾走スキルで加速。エリナちゃんに下位単発技《ガウジアウト・スラッシュ》を放つ。エリナちゃんも下位水平攻撃技《ホリゾンタル・カット》をぶつける。
――ジャリィィィンッ!
互いの刃がぶつかり合い、双方が吹き飛ぶ。
「《ファイア・アロー》!」
それと同時に僕の《ファイア・アロー》が切り裂きジャックを狙う。けど切り裂きジャックは天井までジャンプして回避、そのまま天井を蹴って僕に突っ込む。
再度切り裂きジャックが《ガウジアウト・スラッシュ》を叩き込む。僕はこれを魔法盾でガード。
――ガキンッ!
鋸と盾が衝突し、火花が散る。僕はINT型だから力押しでは切り裂きジャックには負ける。けど僕は杖の先端を切り裂きジャックに向け、付与術初期魔法《プラズマ・ボール》を放とうとする。
「《プラズマ・ボー……」
いや、放とうとした。切り裂きジャックが鋸を素早く戻して拳を僕の腹部を狙ってきた。体術スキル初期技《巌首》だ。僕はそれを杖で弾いて攻撃を逸らす。同時に切り裂きジャックの身も横に逸れる。
逸れた直後に切り裂きジャックは一本の投げナイフを投擲した。当然これは見切れたので杖で弾く。
《鋸》、《体術》、《投擲》、《疾走》、《隠蔽》、《武器戦闘》、そして恐らく《闘争本能》や《策敵》はある筈。
「《スネイク・スラッシュ》!」
エリナちゃんの短剣二連撃が切り裂きジャックの鋸に激突する。
「《ガウジアウト・スラッシュ》!」
一方の切り裂きジャックの方はと言うと、《ガウジアウト・スラッシュ》や《ウッド・カット》を連発して何度もエリナちゃんと打ち合っていた。
エリナちゃんの短剣は昨日作ったばかりで強化も充分の《スカーレット・ダガー》。このダンジョンの序盤から中盤レベルでは中々の品。切り裂きジャックの鋸は初期装備の《アイアン・ソー》のワンランク上《戦場刈鋸》と店売りの《スティール・ソー》。恐らくバッチリ強化している。
武器だけで見ればほぼ互角とも取れるけど、実際は切り裂きジャックの方が圧倒的に有利だ。
「《ホリゾンタル・カット》!」
「《ウッド・カット》!」
互いに激しくぶつかり合う剣技。
「エリナちゃん! 一旦下がって!」
「っ!?」
突然の僕の指示にエリナちゃんは疑問に思った顔をしたけれど、大人しく指示に従って僕の所に戻る。
「どうしたんですかフウヤさん?」
「……エリナちゃん、その短剣、耐久値ってあとどのくらい残ってるの?」
「え?」
エリナちゃんが短剣を見て耐久値を確認する。そしてすぐに大きく目を見開いた。
「……あ、あと50%ぐらいです」
「……やっぱりそうだよね」
「ど、どういうことですか?」
エリナちゃんは困惑し、僕に尋ねる。
エリナちゃんの短剣は耐久値の減少率を下げるように強化が施されている。だから通常の武器の打ち合いではそんなに耐久値が減ることは少ない。けど、今回に限ってはそうも行かない。
「エリナちゃん。ゲーム時代の鋸スキルは、対モンスター用のスキルじゃなくて、どちらかと言えば対プレイヤー用のスキルだったんだ」
「な、何でですか?」
「……鋸スキル最大の特徴は、打ち合った武器の耐久値を下げることなんだ」
ゲーム時代、鋸を主武器にするプレイヤーはほぼいなかった。鋸スキルは剣技スキルの中で唯一モンスターに効果を及ぼさず、当てた装備の耐久値を大きく下げるという効果を持っていた。
鋸を装備すると《鋸》のスキル以外にもう一つ、《武器戦闘》のスキルも同時習得が出来る。《武器戦闘》は武器攻撃力を高めたり、武器で攻撃を防御したり、相手の武器を落とさせたり破壊したりと色々ある、謂わば武器に対して最も有効打撃となるスキル。
この二つのスキルレベルが高いと対人戦ではかなり有利になる。武器の耐久値を下げて0になれば武器は破壊されるし、破壊できなくても落としたりしてしまえば丸腰になる。その後はもうやりたい放題。体術スキルや投擲スキルを持っていても武器持ちの相手にロクに戦える訳が無い。ゲーム時代に鋸スキルと武器戦闘スキルを極めていたからこそ、切り裂きジャックは最強のPKとして有名になった。そう断言しても過言では無いだろう。
「気をつけてエリナちゃん。鋸スキルには下位に耐久値30%以下の装備を一定確率で問答無用破壊できるスキルがある。それを使われたら、エリナちゃんは終わりになる」
「じゃ、じゃあどうすれば良いんですか!?」
「落ち着いて。ゲーム時代はああいうのに遭遇したら帰還アイテムで逃げるっていうのが一番だったんだけど、生憎とそれは序盤辺りでは手に入らない高価なアイテムなんだ。けど方法が無い訳じゃないよ。エリナちゃん、ちょっと耳貸して」
僕は切り裂きジャックを警戒しながらエリナちゃんの耳に近づく。
うっ、どうしよう。エリナちゃんの顔が赤くなってる。しかもそれが可愛い上に、エリナちゃんの耳は綺麗な肌色で可愛いらしい。
落ち着け僕。僕には耳フェチなんてものは無い。変に誤解されたら命が危うい。ここは自然体、自然体。
ちなみに切り裂きジャックはというと、律儀なのかポリシーなのか、僕達が相談している間は大人しく待っていた。けど時折『リア充が……』とか『惨殺決定だ……』とか聞こえてくる。どうやらこの人、リアルではご縁が無かったご様子。
「……という訳だから。いける?」
「はい! やってみます!」
「よしっ、それじゃあ作戦開始!」
僕とエリナちゃんはすぐに陣形を最初と同じにした。それを見た切り裂きジャックはボソリと呟く。
「……面白い」
その一言の後、二丁鋸をクロスさせて突っ込む。
エリナちゃんは即座に動いた。短剣スキル突進技《クイック・リープ》で切り裂きジャックと衝突する。お互いにノックバックが生じて後ろに後退される。
「《ファイア・アロー》!」
その直後に僕は《ファイア・アロー》を発動。
五本の炎の矢は切り裂きジャック目掛けて飛ぶが、彼はそれを見切って全弾避けた。
「《クイック・リープ》!」
そしてその直後にまたエリナちゃんが切り裂きジャックに突っ込む。切り裂きジャックはこれを受け止めるしかない。
――ギィンッ!
切り裂きジャックがクロスさせた鋸にエリナちゃんの短剣が衝突し、火花が散る。
「チッ……」
この間合いなら切り裂きジャックの体術スキルを繰り出されるけど、その心配はいらない。
さっきは僕が切り裂きジャックの鋸一刀を受け止める形となり、もう片方の鋸を仕舞って繰り出せた。
けど今度はさっきとは立場が逆。エリナちゃんは切り裂きジャック同様STR―AGI型。レベルは同じだからSTR値もほぼ同じぐらい。INT型だった僕とは違い片手武器を片手で受け止めるのは難がある。二刀流だと武器をクロスさせて防ぐ必要があるのでどうしても隙が出来る。
「《キャプチャー・バインド》!」
そこに僕のバインドが発動。けど切り裂きジャックはそれを想定していたらしく、僕の杖が光るのを見た途端にをエリナちゃんを押し返して即座に回避。
(……まあ、それぐらいやるよね)
そこら辺は勿論僕も想定済み。バインドを使っても避けると分かってたけどあえて使った。何故なら、もしほぼ必中の魔法スキルを避けられるのなら、闘争本能スキル《回避》を使ったと言い切れる。そして《回避》は使用後に僅かな時間だけディレイが生じる。僕はその僅かな時間を逃さない。
エリナちゃんは押し返された勢いに任せてそのまま僕の後ろまで大きく後退。それが丁度タイミングが良かった。
「《スロウ・ブリーズ》!」
杖から微風が吹いた。
切り裂きジャックは微風に当たると動きが若干遅くなる。
付与術スキル補助魔法《スロウ・ブリーズ》。最大五体の敵の移動速度と回避率を一定時間減少させる微風。
切り裂きジャックは普段とは違う移動速度の遅さと回避率の低さに慣れていない。おかげで僕は次の一手で詰ませられる。
「……《ホワイト・インフェルノ》!」
杖から放たれたのは、白銀の煉獄。
通路一帯を呑み込む炎が切り裂きジャックに襲い掛かる。
「っ!?」
動きが遅くなっている切り裂きジャックはこれを避ける術が無い。
灼熱の白炎は切り裂きジャックを飲み込み、激しく燃え上がり、数秒後には跡形も無く燃え尽きり、目の前には誰もいなかった。
僕はフラつきそうだった体をなんとか立たせ、カバンの中に手を突っ込んでマナポーションを有りっ丈飲みMPを回復する。
ダンジョン内に静寂が訪れた。
「……フウヤさん」
ポーションを飲んで回復を終えたエリナちゃんが寄ってきた。
「何エリナちゃん」
「……今のがPK、ですか?」
「…………うん」
僕は静かに答えた。エリナちゃは顔を俯かせて黙り込む。無理も無い。十四歳の女の子にはキツ過ぎる事だったかも。
「エリナちゃん」
僕はエリナちゃんの頭にポンッと手を置く。
「大丈夫。僕といる間は、僕がエリナちゃんを守るから」
僕が優しく言うと、エリナちゃんが顔を上げる。
「本当、ですか?」
「うん。絶対だよ」
僕がニコッと笑いかけると、エリナちゃんもニッコリとなる。
「はい!」
この笑顔の可愛いこと可愛いこと。ウキウキする訳にもいかず、僕達はダンジョンを後にした。
この一件以来、僕達は切り裂きジャックと再び会うことは無かった。
◇
切り裂きジャックとの戦いから更に何日かが経過した。
「《サンダー・カッター》!」
レベル19物質系モンスター《アクアマン》という人型の水三体を妖術スキル下位多数攻撃魔法《サンダー・カッター》で倒す。
「《デルタ・トライアングル》!」
エリナちゃんの放った短剣スキル下位3連続攻撃技《デルタ・トライアングル》がレベル19昆虫系モンスター《コールド・キャタピラー》にクリティカルヒットし、一発で四散した。
ダンジョン内を進むにつれてモンスターも強くなっていき、その都度僕達は強くなっていく。そして僕とエリナちゃんのレベルは20に達した。スフェアとエアリーのレベルも10になり、翼を羽ばたかせて飛ぶことができる《竜の飛翔》を獲得した。
一通りの狩りを終えて街に戻った僕達はドロップアイテムの売却や装備の修理を終え、もう一度ダンジョンに篭ろうと歩いていた。
この街に来てから随分と経っている。そのせいか街は沢山の放浪者達で活気だっていた。ちなみに性別は男の比率が圧倒的に高い。故にエリナちゃんにはフードを被せて顔を隠している。見た目美少女なエリナちゃんに絡んでくる男達だって絶対に出てくるからだ。ちなみにスフェアとエアリーも出していない。
街を出ようと歩いていると、人だかりのできているところに目が入った。
「何でしょう、あれ?」
「さあ?」
僕達が近づいてみると、人だかりができていたのは掲示板だった。
ゲーム時代の掲示板はクエストやパーティーメンバーの募集を掲示する為のもので、転生してから見ることは少なくなってしまった。
掲示板にデカデカと貼り出された紙にはこう書かれていた。
【《極寒獄氷塞》、レイドメンバー募集】
「……とうとう来たんだね。この日が」
「何が来たんですか?」
ゲーム時代だった《ソーティカルト・マティカルト》を経験していないエリナちゃんが僕に尋ねる。
「……《雪塊の樹氷巣》の奥にあるレイドボスの部屋、その入り口前に誰かが到着したんだよ。つまり、ここから更に進む為の一歩を歩く時が来たってこと」
《雪塊の樹氷巣》の《極寒獄氷塞》。レベル20以上のプレイヤーのみが挑戦できるレイド部屋。ここに出現するレイドボスを倒せばダンジョンの出口に進むことができるし、最初に倒したことで現れるワープゲートを使えば部屋を通り越して進むこともできる。まさに、《ソーティカルト・マティカルト》本番への入り口。
貼り紙には必要条件にレベル20以上、クラスは不問、定員は三十五人まで、勇気ある者は街にある大きな広場に来てほしいとのこと。人数が多かった場合は早いもの順らしく、さっき貼り出されたばかりらしい。
『おいおい、どうする?』
『いやあ、俺はまだレベル17だからなぁ。こりゃ無理だわ』
『余ってたら行ってみるか。どうせ勝てるって保障もねえし』
貼り紙を見ているほかの人達はあまり乗り気ではない人が多い。まあ、ゲーム時代ならいざ知らず、仲間以外の人とリアルで顔合わせながら一緒に戦うのには抵抗感がある気持ちも分からなくもない。それにビックイベントによる仕様変更でボスが変わっているということも充分留意できるし。
「どうするエリナちゃん? 僕は俄然行く気だけど」
けどそんなことばかり言ってウジウジするのも格好が悪い。それに先に進む為にはどのみち行かないといけない。こんなところで時間を食う余裕は僕には無い。
「わ、私も、フウヤさんが行くんだったら行きます!」
エリナちゃんもやる気満々みたいだ。
けどなぁ、できれば何事も無ければ良いんだけどなぁ。
◇
広場にやって来ると、広場の入り口には一人の男が立っていた。プレートアーマーに片手剣と盾を背中に背負った男は広場の中へと入る人達に対して一言二言喋っては手元の羊皮紙に何かを書いている。どうやら受付係みたいだ。
僕とエリナちゃんが近づいてくると、男は僕達を一瞥して僕に目を合わせる。
「あんたらもメンバー希望か?」
「はい。まだ定員空いてます?」
「ああ。まだ二十人ちょいしかいない。名前とSTR優先型かINT優先型かだけ教えてくれ」
「僕はフウヤ。INT型です」
「……エ、エリナです。タイプはSTR型です」
エリナちゃんのアニメ声に男の眉毛がピクッと反応し、男はエリナちゃんをチラリと見る。
「……ん。分かった。入って待っててくれ」
そして特に表情を変えず、羊皮紙に記入をする。僕とエリナちゃんが広場に入る。
広場には二十数人程の人達がいた。
全身金属鎧に盾と片手剣の重甲戦士、軽装な装備の盗賊風、白いローブに身を包んだ魔術師の集団、様々な格好をした放浪者がいる中で、予想通りと言って良いのか、切り裂きジャックの姿が見えなかった。
元々鋸スキルは対人用スキルだからボス戦に来なかったからなのか、それとも僕達と鉢合わせになるのを予想して身を隠しているのか。どっちにしろもう会うことも無いだろう。
広場の石製椅子に腰を下ろしてしばらく待つこと三十分。広場にかなりの人数が集まり、広場の中心に五人の集団が現れた。
一番先頭に立っているのは緑色に髪を染め、背中に弓と矢筒を背負った男の弓使い。その後ろに二人、一人は茶髪で背中に両手剣を背負う両手剣使いの男、もう一人は腰に戦鎚を下げた黒髪の青年。その両斜め後ろに杖を持った赤髪と青髪の女二人組。
弓使いの男から表示されたステータスを見てみると、名前は《山神猟之助》。聞いたことある名前だ。確かゲーム時代に名のあるギルドのギルマスだった筈。ということは後ろの四人は再会したギルメンなのだろうか。さすがに他所のギルドのメンバーの名前まで知らないから知りようも無いけど。
山神氏は二歩前に出ると、スゥーッハァーッと深呼吸をして口を開く。
「……今日は、俺達の募集に来てくれて感謝する。俺は山神猟之助。知っている人もいるかもしれないが、ゲームの頃に活動していたギルド《ラピッド・ハンターズ》のギルマスをやっていた者だ」
山神氏の挨拶に周囲がザワつく。そうそう、確かそんな名前のギルドだった。弓系のプレイヤーが多い、ギルドイベントでも常に上位にいたという大手ギルドだ。
「前置きは面倒だから省かせてもらう。昨日、俺達のパーティーがボス部屋の前まで到着した。つまり、俺達はとうとうそこまでやってきたんだ。ゲームの世界に転生されてから随分経って、ようやく序盤のページに終止符を打つ時が来た。その終止符を打つ役目を俺達で担って、まだレベル20に達していない者や敬遠している者達の分まで力をぶつけようじゃないか。今もこうして待っているであろう、レイドボスに」
山神氏が演説を話し終えると、すぐさま周りから拍手喝采が鳴り響いた。さすがは元ギルドマスター。多くの人を束ねることはソツなくこなせると見た。
「それじゃあまずはパーティー編成だ。今からAからHの八つの部隊に人を分ける。各自組みたい者同士でで集まってくれ」
山神氏の指示で、各々が各々のパーティーを組み始めた。
一時間後
「……えっと」
「……あの」
A隊は山神氏のパーティーで埋まり、残りのBからG隊は五人パーティーとして組み終わった。けど最後のH隊は僕とエリナちゃんだけになった。
さっき人数を数えてみたところ、今回来たのは三十七人のようだった。あとは適当に僕達が向こうから声を掛けられるのを待っていたら自然とこうなってしまった。
どうすれば良いか分からない僕達に山神氏が駆け寄ってきた。
「えーっと、どうする? 新たにメンバーが来るのを待つか、それともパーティーを編成し直すか」
山神氏も困っているようだった。山神氏のパーティーを抜いた三十二人でパーティー分けを行うとすると、五人パーティーが四つ、四人パーティーが三つ、かな。
けどもう決まった後で再編成だなんて皆やりたくないだろうし、迷惑も掛かる。それにエリナちゃんなら兎も角、知らない人達といきなりパーティー組めだなんて人付き合いが苦手な僕には不向きだ。
「別に僕達は二人だけで大丈夫ですよ。気にせず続けて下さい」
僕がしれっと言うと周りがザワつき出す。これには山神氏も面喰った顔になるが、少し黙り込んで口を開く。
「……本当に大丈夫なのか?」
「はい。なんとかします」
僕がそう答えると、山神氏は僕の顔をジッと見て、低く頷く。
「分かった。くれぐれも無茶はしないでくれ」
「はい」
山神氏は心配そうな表情をしつつ、身を翻して戻っていく。
周囲の人達がなにやら声をヒソめて話しているけど、僕は特に気にすることなく座りなおす。ポカンと見ていたエリナちゃんもそれにつられて座る。
場が静かになった所で、会議が続行された。
ゲーム時代の記憶を元に、待ち受けるレイドボスはレベル20魔獣系ボスモンスター《氷河の人狼》と取り巻きのレベル20物質系モンスター《アイス・ブロックマン》の可能性が高いと出た。取り巻きは物理防御力の高い物質系なので一部魔法部隊に任せ、残りの攻撃部隊が本命の人狼に、弓や槍などによる後方支援部隊は各部隊のサポート、回復部隊はレイド全体の回復、残った僕達は取り巻きのサポートに回された。人数が少ないから気を遣ってくれたんだろう、その気持ちはありがたく受け取る。
最後にアイテム分配は、経験値と金はレイド全体の自動均等割り、アイテムはドロップさせた人の物という決まりになり、会議も終盤を迎えた。
「……俺達から伝えることは以上だ。他に何か意見等は?」
山神氏の最後の質問に、一人の男が挙手をした。男は盾持ち片手剣使いだった。
「俺の名前はカドミツゴロウ。山神さん、これは会議と関係無い話なんだが、一応あんたの耳に入れておこうと思う」
「ふむ。それは一体何だ?」
「……五日ほど前のことだ。昨日俺達五人のパーティーは、奴に遭遇して、全員殺された」
カドミツ氏の発言に場が騒々しくなる。山神氏が片手を上げて静かにさせる。
「……カドミツさん。あなたのいう奴とはもしかして、ゲームの頃に噂になっていた最強のPK、切り裂きジャックのことか?」
「……ああ。そうだ」
再び場が騒がしくなる。
「そうか。やっぱりアイツもこの世界にいるとは思ってはいた。けどまさかこの街にいたのか」
「ああ。あれは俺がここにいる仲間と一緒にでダンジョンに篭っていた時のことだ。そろそろ帰ろうと思ってダンジョンの入り口に戻ろうとしたら突然目の前に黒尽くめの男が現れたんだ。ステータスを確認してみたら、確かに名前がジャック・ザ・リッパーだった。俺はこのゲームをやっていたから、奴が凄腕のPKだとすぐに分かった。俺達はすぐに構えて、向こうも腰に下げてあった二本の鋸を抜いたんだ……」
「それで、どうなったんだ?」
「……一分ぐらいで、全滅した」
場が一瞬で凍りついた。恐怖と冷酷という名の寒気が吹いた気がした。
「カドミツさん、それ以降切り裂きジャックに会ったことは?」
「いや。それ以来まったくでくわしてねえ。多分一度顔を合わせた奴とは二度とやらないみたいなんだ。それで、俺が何を言いたいかっていうと……」
「俺達がボスの部屋の前まで行く途中で、その切り裂きジャックに会う可能性がある、そういうことだろ?」
カドミツ氏はコクリと頷く。
「山神さん、あんたは俺達のリーダーだ。判断には従う。だから、その為に俺達はどうすれば良いのかだけ教えてくれ」
カドミツ氏が頼むと山神氏は仲間の所に駆け寄ると何かを話し始めた。
一分後、山神氏がカドミツ氏の所に再び戻ってきた。
「カドミツさん。もし俺達が切り裂きジャックと遭遇するようなことになったら、問答無用でソイツをキルする。そういう感じで良いか?」
「……ああ。分かった。皆も、それで構わないよな?」
カドミツ氏が全員に確認を取る。皆が皆、山神氏の意見に賛同するように拍手をする。
やっぱり切り裂きジャックはまだPKを続けてたのか。しかも一回僕達に負けたことを恨まずに別の人を。
けどこの場にいる大半の人達は多分知っている。切り裂きジャックは元レベル100プレイヤー。つまりもし遭遇戦になったら何かしら奥の手を使うことも充分有り得る。けど今は元レベル100プレイヤーの話を出す人はいない。そっちよりも会議の方に集中したいからなのか、切り裂きジャックが怖くて口に出せないのか、はたまた違う理由なのか。
僕としては正直ありがたい。ここで僕も元レベル100プレイヤーだとバレたらエリナちゃんにも被害が及ぶ。それだけは絶対に阻止しないといけない。
「……皆、最後に一つ、俺から一言」
山神氏が大きく息を吸い込み、口を大きく開く。
「いいかっ! 俺達の今の目標は、目の前の道を塞ぐ障害物を排除することだっ! たとえPKが来ようが、予想外の出来事が起きようが、俺達全員が力を合わせてそれを取り除けっ! 取り除いて、前へ進むぞっ! だから……絶対に勝つぞっ!」
喝采が鳴り響いた。大声で叫んで気合を入れる者、拍手をする者、声援を送る者。
これだけ結束力が強ければ、多分勝てる。
「よしっ。それじゃあ自身のコンディションを整えることも考えて一日休息日としたいから、集合は明後日午前十一時とする。では解散!」
◇
会議を終えた後の僕とエリナちゃんは雑貨屋でポーションを買えるだけ買い込み、武器屋で装備の耐久値を修理し、お互いの宿へと戻って行った。
僕はというと、日課の《瞑想》をしていた。
(……大丈夫かな。レイド戦)
正直僕は不安だった。別にあのメンバーに不安は無い。というか寧ろ安心できる所がありまくりだった。
僕が一番不安にしているのは、レイドボスのことだ。もしボス部屋にいるレイドボスがゲーム時代と同じ《氷河の人狼》だったらまだ良い。けど今は一世一代のビックイベントが開始された後のゲームの世界。一体何が起こるのか分からない。
そして不測の事態が起こった時、僕はエリナちゃんを守り切れるのかどうかも不安だった。
「キュルルル……」
するとスフェアが僕の手に顔をスリスリと擦りつけてきた。レベル10になったスフェアの体は前よりも大きくなった。この調子で成長するのが楽しみだ。
「スフェア、心配してくれてるの?」
「キュルルッ!」
スフェアは肯定するように鳴く。僕はスフェアの頭を撫でる。
「ありがとう」
僕は瞑想を終えると、明日に備えてベッドに横たわり、深い眠りに就いた。
◇
フウヤさんと別れた後の私は宿に戻ってからシャワーを浴び、下着姿のままエアリーと一緒にベッドで寝転んでいた。
「ふう、疲れた」
私は明日の休息日をどう過ごそうか考えていた。
エアリーと遊ぶ、女の子らしくショッピングをする、ボス戦に備えて用意を整える、どれもこれも思いつく。けど何故か明日もフウヤさんと一緒に過ごしたいという案で頭が一杯だった。どうしてだろう。
(……こんなこと、前までなかったのに)
引き篭もりになった後の私は家族以外の人と接するどころか喋ることすら無くなってしまっていた。イジメの影響で他人と話すことに恐ろしい抵抗感を覚えてしまったからだ。だから誰かと一緒に過ごしたいと思うことは普通なら有り得ないのだ。
それなのに、どうしてこんなに、もっとフウヤさんといたいって思えられるんだろう。
(……もしかして、私……)
どういう訳か、私の顔が火照り出す。顔の次は体中が火照ってしまう。
(な、何考えるの私~っ!)
私は顔をブンブン振りながら身もベッドの上でゴロンゴロンと転がる。
「キュルルル?」
ベッドにいたエアリーは、一体この子は何をしているんだろう、と言いたげに首を傾げている。
(うああああああああああああああ~っ!)
私の体はドンドン熱くなる。それもフウヤさんを頭の中に思い浮かべるとより急激に。
(違う違う違う違う違う違う違う違う~っ!)
全身から湯気が出始めるぐらいにまで熱くなると頭がフラッとしてベッドにヘナヘナと倒れこむ。
「う~、恥ずかしい~」
私はエアリーに抱きついて体を冷やす。エアリーの鱗はザラザラとした感触だけど、ヒンヤリとしてて気持ち良い。夏場になると抱き枕代わりにもできそうだ。
「エアリー、そろそろ寝よっか?」
「キュルル!」
私は部屋の灯りを消す。
そういえば、私が宿に戻ろうと思ってフウヤさんと別れた時、フウヤさんが私にこんなことを言ってくれていたのを思い出した。
――エリナちゃん、多分今回のボス戦の終わった後は、その時点でパーティーを解消しよう。
――別にエリナちゃんのことが嫌いなったって訳じゃないんだ。本音を言うならボス戦の後もしばらくは一緒にパーティーを組みたいって思ってる。
――でも、僕はちょっと訳ありでさ、下手したらエリナちゃんまで巻き込んじゃう可能性も高いんだ。僕はどうなっても良いけど、エリナちゃんだけは絶対に巻き込みたくないんだ。だから、ゴメンね。
明後日のボス戦が終わったら、私はフウヤさんとパーティーを解消する。それは凄く寂しい。
もっと一緒に戦いたい。もっと一緒にお話したい。もっと一緒にいたい。フウヤさんの言葉を聞いた時、そんな感情が心の底から湧き出てきた。
でもフウヤさんにも何かしらの事情がある。そして私をその事情に巻き込みたくない。一体それが何なのかは分からない。フウヤさんにとっては重要なことかもしれない。
(それでも……)
それでも、私はフウヤさんと一緒にいたい。どんなに辛い目に遭ったって、私には関係ない。元の世界で散々辛い目に遭っているから慣れてる。寧ろ右も左も分からないこの世界に一人ぼっちでいることの方が辛い。だから、これから先もずっと一緒にいたい。そう言いたかったけど、口からその言葉が出なかった。
勇気が無いんだ。翌々考えれば私はピンチだった所を偶然フウヤさんに助けてもらったことがきっかけで知り合った。ただそれだけ。それだけの私が図々しくそんなお願いを言える訳が無い。
私は、元の世界じゃあちょっと男子にモテて、それが仇になってイジメられて、中学でそれが本格化して、心が傷付いて引き篭もって、最後にはゲームの世界に転生されたっていう残念な女の子、近衛莉那だ。ゲーム慣れしているフウヤさんとは次元が全く違う。
けどね、とフウヤさんが続けて言った言葉に、私は全ての悩みが洗い流された。
――もしも、どうしてもエリナちゃんが僕に助けを求めてきたその時は、例えどんなに大事なことの最中でも、どんなに遠くの場所にいても、僕はそれを投げ出して、絶対にエリナちゃんの前に駆けつけるよ。
それはつまり、またいつかフウヤさんと再会できる時が来るかもしれない、そう思った。違うかもしれないけど、そう思うことにした。でないと、もう二度とフウヤさんに会えない気がしたから。
(……って、私はまた何してるのよ~っ!)
勿論思い出した後で体がまた火照っちゃって、エアリーをムギュウ、と強く抱きしめたからエアリーが少し迷惑そうだった。
「何も起こらなければ良いのにな……」
私はそれを願って、相棒のドラゴンと一緒に深い眠りに就いた。
 




