011
次の日の朝。僕は昨日と同じ様にダンジョンに入ろうと思い、宿を出た。街は相変わらず静かだった。僕以外にレベル10を達成して転送された人はまだいないみたいだ。多分街にいるのは僕一人だけ。それは逆に良いと思った。人数がごったかえせば狩場の待ち時間とかが発生し、レベリングが遅くなる。僕はこれを機に一刻も早いレベリングを目指す事にした。
◇
僕は昨日と同じ様に《雪塊の樹氷巣》の中を探索していた。
「《ファイア・アロー》! 《エレメント・ボール》!」
現れるモンスター達を炎の矢と虹色の球で屠っていく。北方大陸はグリスネア大陸最大の難所ではあるものの、氷属性の多い所で本当に助かる。炎の矢を連発するだけで簡単に倒せるよ。
「ケケケケケッ!」
僕を見つけたと同時に襲い掛かってきた《アイス・ベビーデビル》には《ファイア・アロー》一発で事足りる。《スノークリスタル・スピリット》に関しては《エレメント・ボール》二発程度で充分だ。沢山のモンスターを倒す事により、僕のレベルが1つ上がった。レベルアップした事で手に入るステータスポイントをINTに6、AGIに4振り、僕は再度ダンジョン内を進み続ける。氷で埋め尽くされるダンジョンは幻想的な風景があり、歩いているだけでも充分楽しめる程だ。ゲーム時代はここまで凄い訳でも無かったのになぁ。
ダンジョンを進む事四時間。僕は近くの安全地帯で休憩を取っていた。
アイス・ウルフ×5体
スノークリスタル・スピリット×7体
アイス・ベビーデビル×8体
これが現在倒したモンスターの数。この後も狩り続けるつもりだ。マナポーションを飲み終え、再度モンスターを屠りにいく。HPは体力、MPは精神力の表れ。体力が減れば肉体的疲労感は多くなり、精神力が減れば精神的疲労感に繋がる。それを消費し過ぎず、頃合いを見て回復する。僕はそれの繰り返しだ。ポーションのストックも多めに用意してある。ポーションが半分以下になればダンジョンを出る。それぐらいが丁度良い具合に上手くいく。
この後も氷の小悪魔11体、雪結晶9体、帰りの《樹雪の森》で氷狼を6体を屠り、街へと戻った。素材アイテムは倉庫に預け、それ以外のドロップアイテムは全て店で売り払い、ポーションを補充する。時刻は午後9時。少し早いが、僕は宿に戻って《瞑想》のスキルレベルを上げる事に専念する。精神集中する時間は大体三十秒。それだけで六十秒間だけ1%上昇する。スキルレベルが高くなれば上昇値はもっと増えるし、継続時間ももっと伸びる。一晩中やり続けていたいけど、やり過ぎるとMPも無くなっちゃうし、その為にマナポーションを無駄遣いしたくないし、それになりより面倒臭い。だから一日三回ぐらいは《瞑想》を使う。その後はしっかりと睡眠を取って明日に備える。
今日も頑張った。明日も頑張ろう。
◇
次の日も同じ繰り返しだった。ダンジョンに篭ってひたすらレベリング。戻って瞑想して寝る。その繰り返しな筈だった。少し違ったのは、ダンジョンへと向かう道中での事だった。
「……ん?」
今日もいつもどおりダンジョンへと思っていたら、目の前に先客がいた。
エリナ/女
Lv.10
HP1384/1815
MP781/1258
所属ギルド:なし
その先客は意外にも女の子だった。
失礼とは思いつつも、僕は遠くから観察する。水色のスカートに長めのスパッツ、黄色いチュニック、赤いブーツに茶色の手袋、身長は約160cm前半、体格は小柄、栗色の髪を左右に結った短めのツインテールで、綺麗な赤い瞳は真剣そのもの。相手は氷狼五体。主武器は短剣。
最初に見た僕の第一印象は、完璧に初心者丸出し。そうとしか言いようがない。そう言い切れる理由は只一つ。耐寒性の装備を身に付けていないからだ。
北方大陸では寒さによってプレイヤーのHPは徐々に減少する。故に自由にフィールドやダンジョンを移動するには耐寒性を持つ装備は必須アイテムなのだ。けど、女の子――エリナ氏を見てみてもその装備が全く見当たらない。恐らくこの大陸での冒険の仕方を知らないのだろう。ゲーム時代ならクエストの関係で北方大陸に行ったりもする。だからゲーム時代に《ソーティカルト・マティカルト》をやっていたらそれぐらいの予備知識はある筈だ。
つまりエリナ氏はゲーム時代の《ソーティカルト・マティカルト》をやっていない、或いは始めたばかりでそこまでの知識が無い、そのどちらかだ。
「《スネイク・スラッシュ》!」
その筈なのに、何故だろう。エリナ氏の戦闘を見る限りだととても初心者には見えない。どちらかと言えばベテランに近い。噛み付いてくる氷狼をバク転で避け、短剣スキル下位2連続攻撃技《スネイク・スラッシュ》を叩き込んでいる。しかも氷狼の攻撃を短剣で弾いたり受けたりせず、全て体を曲げたりジャンプしたりして紙一重でかわしている。普通の人間にあんな芸当が出来る訳が無い。余程AGIの高い人か《軽業》のスキルを持っている人ぐらいだ。けどエリナ氏のレベルは10。短剣が主武器だからSTRとAGIを上げている。それならAGIは――装備やスキルによるパッシブ効果にもよるけど――最低50、高くて大体70ぐらい。それだけの数値であんな動きはまず無理だし軽業スキルでああいう事が出来るのは60以上からな筈。一体何故だろう。
「《クイック・リープ》!」
そしてその他に二つぐらい気掛かりな事が出来た。
まず一つ。エリナ氏は、可愛い。美少女同然な容姿をしている。遠くから見えるエリナ氏の真剣そのものな顔はどう見ても雪華と比べても勝るとも劣らない可愛さだった。正直ドキッともした。
二つ。先程からエリナ氏がスキル名を言っているのだが、その声もまた可愛い。耳の奥まで透き通る様に響くその声は一瞬ドキッとしてしまいそうな、所謂アニメ声と言うものだ。
「……世の中にはいたんだね。ああいう女の子」
僕は(一応)あまりの出来事に感心してしまう。単にそういう系の女の子の知り合いが身近にいないだけで、僕の知り合いにも可愛い女の子はいるにはいる。けど皆が皆色々と接し方が面倒なんだよね。性格面だったり雰囲気面だったりで。あとヘタに馴れ馴れしくすると100%死ぬし。
「……さあて、どうしよっかな」
僕はもう少し観察を試みる。本当はこういうのは失礼な事なんだけど、ヘタに出てきたりしたら向こうに警戒されるだけだし、近づいてくる男には尚更警戒心を持っていないとも限らない。あれだけ可愛かったら余計に。
エリナ氏は五体いた氷狼の内一体を倒し終え、残りの四体にスキルを放っている。
――ギィン!
――ギィン!
――ギィン!
刃の当たる音が響いている。
「《クイック・リー……」
エリナ氏がスキルを発動しようとしたその時だった。一体の氷狼の鋭い爪がエリナ氏の短剣を弾き落とした。武器落としだ。
「しまっ――」
エリナ氏は慌てて短剣を拾おうとした。だがその前に氷狼の方が速かった。一体がエリナ氏に飛び掛かり、爪による攻撃を放つ。それによってエリナ氏のHPが100程削られる。氷狼は何度も爪攻撃を放ち、エリナ氏のHPが100ずつ減っていく。しかも残りの氷狼達も一斉に襲い掛かる。このままなら約十五秒後にはエリナ氏のHPは0になる。つまり、死ぬのだ。
爪攻撃を受けた直後、僕はエリナ氏の顔を見る事が出来た。彼女の顔が、恐怖に怯え出していた。別に死んだって街に転送されるだけで済む。けど、それでも死ぬという恐怖が無くならないのはどの世界でも同じだ。
さっきまで氷狼達と互角に戦っていた時の真剣な表情が崩れ、死にたくない、そう訴えかけている様にエリナ氏の目から涙が零れ出した。
それを見た直後、僕は既に《テレポート》を使って氷狼達との間合いに入っていた。
「《キャプチャー・バインド》! 《ファイア・アロー》!」
まずエリナ氏に乗りかかっている氷狼には魔術スキル下位移動制限魔法《キャプチャー・バインド》をかけて動きを止め、別の一体に妖術スキル5連続攻撃魔法《ファイア・アロー》を放つ。
炎の矢を喰らった氷狼一体は四散し、僕はバインドをかけた氷狼を杖で殴り、エリナ氏から離す。
「早く下がって!」
「……あ、は、はい!」
エリナ氏は涙ぐみつつもアニメ声で返事をして後方に下がる。というかさっき氷狼を殴った事で《武器戦闘》を習得出来た。どうせ上げる気は無いけど。
「《ファイア・アロー》!」
もう一度僕は《ファイア・アロー》で氷狼一体を屠り、残りの一体には《マジック・ボール》を放ち、HPを残り三割まで削る。ここで氷狼にかけていたバインドが解け、エリナ氏に飛び掛かる。
僕はその前に魔法盾でガードする。僕のHPはジリジリと削られるが、杖の先端を氷狼の腹に向ける。
「《プラズマ・ボール》!」
付与術スキル初期魔法《プラズマ・ボール》。雷属性を持った電気の球はダメージこそ低い魔法だけど、威力が低い分ゼロ距離で使用する時のリスクが少ない。
電気の球を受けた氷狼は吹っ飛び、HPが一割弱削られる。その入れ替わりでもう一体の氷狼も襲い掛かる。
その氷狼に炎の矢を放って四散。あとの一体も魔力の球で吹き飛ばした後に炎の矢を放って屠る。
一瞬の出来事だった。正直MPも残量が二割と少し。肉体的疲労はないけど、精神的疲労がかなりキツい。
いつも魔法を使っててMPが残り少なくなるとこんな風に精神的疲労が溜まってくる。多分HPが体力なんだとしたら、MPは精神力になるのかもしれない。
僕はそんな事を思いつつ、エリナ氏の方へと振り向く。エリナ氏は呆然と立っていた。一連の出来事に頭がついてきていないみたいだった。
僕はゆっくりとエリナ氏に近づく。近づいた事でエリナ氏は体がビクッと反応する。やっぱり警戒されて当然だよね。
僕は戦う意志が無い事を伝える為、持っている杖をアイテムカバンの中に仕舞い、両手を挙げてヒラヒラと振る。それを見たエリナ氏はえっ、とした表情になる。
「大丈夫?」
追加で僕はニッコリと笑い、エリナ氏の警戒心を解かす。
これだけやれば大体は解ける筈。そう思って返事を待っていると、
「……う、うう」
突然エリナ氏の目から涙がポロポロと落ち始める。
「え……?」
僕は予想外の反応に目を丸くする。エリナ氏の目から落ちる涙が小粒から大粒へと変わりだす。
「え? え? え?」
僕はどうしていいか分からず戸惑ってしまう。そして次の瞬間、
――ガシッ
「っ!?」
僕は固まった。エリナ氏が僕に抱きついてきたのだ。僕の胸に顔を埋め、両腕で僕の体を包み込む。
迂闊だった。今まで生きてて女の子への耐性が少な過ぎるとは思っていた。そりゃ学校では女子以前に人と会話する事すら無かったから無いと言われれば仕方ない。けどその耐性の少なさがこんな所で仇になるとは思わなかった。これをどう切り抜けて良いのかが分からない。
「あ、あの……」
僕が困り果ててエリナ氏に話しかける。すると何かボソボソと聞こえてくる。
「……ひぐっ、ひっぐ、えっぐ……」
エリナ氏は、泣いていた。僕は大体の事は想像出来た。
彼女はさっきまでの戦闘が本当は怖かったのだ。けど、その恐怖になんとか打ち勝とうと思い、彼女なりに必死だった。けど、一瞬の出来事で自分は死に近づいた。死んだってどうせ蘇るけど、死ぬ事が怖いのは生物の本能みたいなものだ。そして彼女は死に近づき、ドス黒い恐怖に呑み込まれそうになった。そこに僕が亀裂を入れた。助太刀という亀裂を入れ、彼女から恐怖を取り除いてあげた。彼女が今泣いているのは、それが嬉しかったからなのか、或いは怖くて泣いてしまったからなのか、はたまた違う理由かもしれない。けど、僕はそっと、彼女を優しく抱き寄せた。
◇
「――あなたなんかね、邪魔なのよ」
私は、小さい頃から孤立していた。自分で言うのが一番辛くなるけど、周りから羨ましがられるぐらい可愛い顔立ちをしていた私は学校で男子達の人気者だった。けどそのせいなのか、私を見る女子達の目は侮蔑と嫉妬の塊だった。
最初の始まりは小学校六年生の時、廊下を擦れ違う時に同じクラスの女子にぶつかられた事からだった。ぶつかった私はその場に転ぶ。ぶつかった相手の女子は謝るどころか、「あらぁ、いたの? ごめんなさい」と言い、クスクス笑いながら行ってしまった。周囲の女子達も転んで呆然としたままの私を見ながらヒソヒソ話をしているのが聞こえる。この時私は思った。もしかしたら、これぐらいでは終わらないのではないか、と。
その事をきっかけに、周囲の女子達は私に嫌がらせをする様になってきた。持ち物を隠す、体育の授業で態とボールをぶつける、すれ違う時に態とぶつかる、女子トイレに閉じ込める。他の生徒達も、自分達が巻き込まれると思って何もしない。先生に相談しても本気にはしてくれなかった。
こんな事がこの後ももっと続くと私は悟った。だから両親に相談した私は、隣の町にある遠くの中学校に入学した。通学するのは大変だけど、それでも勉強と部活を両方頑張り、仲良く話せる友達も作り、恙無く学校生活を送っていた。否、送れていた筈だった。
中学二年生の時、部内で部員の財布が盗まれるという窃盗騒ぎが起こった。一番に疑われたのは、あろう事か私だった。私は勿論否定した。けど目撃者がいると言われ、顧問の先生に鞄の中身をチェックさせられた。そして何故なのだろう。その部員の財布が私の鞄から出てきた。先生が問い詰めても、私は身に覚えが無いと頑なに主張したが聞き入れてもらえず、その日に母親が呼び出された。母親に言われるままに私は謝り、その日はそれで終わった。
次の日から私の学校生活が一遍とした。私の机には油性マジックで『泥棒』『犯罪者』『アニメ声たらし』と書かれていた。中に入れていた教科書やノートもビリビリに破かれ、マジックに落書きがされていた。その後は小学校の時と殆ど同じだった。体育の時間にボールを態とぶつけられる、擦れ違いざまに態とぶつかられて転ばされ、落とした教科書類を踏みつけられる、トイレの個室に閉じ込められて上から水を浴びせられる。最終的には「あんななんか邪魔」と言われた。勿論先生にも相談したけど、これも小学校の時と大差無い。先生はロクに動いてくれず、寧ろ見て見ぬフリが多くなった。
連日のイジメのせいで私の精神も限界になろうとしたその時、入学して一番最初に出来た友達が、こっそりと私に真実を教えてくれた。
このイジメは、小学校の時の続きなのだそう。主犯は小学校時代に私を虐めていた女子。その女子が友人達に私を虐めるよう頼んだらしい。イジメのきっかけになった窃盗騒ぎも、その友人達に仕組まれたものだった。しかも担任教師までもがグルだった。主犯の女子の叔父は探偵業をやっており、その情報収集で担任の弱みを握って私のイジメに協力するよう脅したらしい。それを聞き終えた後の私には詳しい記憶が無い。気がついたら自分の部屋でベッドに潜り込み、延々と泣いていた。
いつしか私は不登校に陥った。真実を教えてくれた友達も、その後どうなったのかは今も知らない。勉強と部活動に熱心だった私は、部屋に引き篭もってネットに没頭する陰気な少女に変わり果てていた。毎日パソコンの前に顔を出す私は、何かゲームでもして気を紛らわそうと思い、オススメゲームの載ったサイトを見ていた。その中に一つ、面白そうなゲームを見つけた。
《ソーティカルト・マティカルト》。
剣と魔法が飛び交うそのMMORPGは、とあるイベントがあった。
――このゲームでレベル100のプレイヤーが100人になった時、一世一代のビックイベントを行う。
この時私が見た時には、既に99人の人がレベル100を達成していた。今から始めてもどうせ100になるのは無理だろうけど、それでも気晴らしにやってみたいと思い、そのゲームをダウンロードした。そして私はゲームをスタートした。最初のキャラ設定で性別は勿論女、アバターは現実の私とは正反対の長身の女性にした。レベルアップ時に振るステータスは、筋力に6、敏捷力に4振る形にし、初期装備は短剣にしたみた。最後に名前は《エリナ》という名前にした。私の本名、近衛莉那をモジってみた。キャラ作成を終えた私はゲームを開始した。
開始したその直後、私の意識は黒い何かに包まれ、そこで一旦途切れた。
◇
気がついた時には、私は自分の部屋にはいなかった。
そこは正しくファンタジーの世界。見慣れない建物や生い茂る植物、何処までも広がる青い空。
着ている服も違っていた。さっきまで寝間着だった私の服は黄色いチュニックに水色のスカート姿だった。周りにいる人達も似たような格好をしている。そして、皆が皆騒いでいた。一体全体何が起きたのか、私にすら分からなかった。
少しして、私の耳にポーンッ! という効果音が鳴り響いた。すると目の前に所謂ステータス画面というものが現れ、一件のメッセージが着ているという表示が出ていた。そのメッセージを読んでみると、全てが分かった。
一世一代のビックイベント。丁度私がログインした時にそれが起こってしまっていたらしかった。今後はこの《ソーティカルト・マティカルト》の世界で生きていく。抜け出す方法は無い。原因は、レベル100になった100人のプレイヤー達。そんな内容だった。
メッセージを読み終えた後は、周りに嘆きと怒号の嵐が舞い降りた。それはそうだ。いきなり現実と全く懸け離れた世界に連れられて、そこで生きろと言われれば誰でも怒る。けど、私は半分嬉しかった。もう二度と、イジめられる事は無くなる、と。そう思った私は、只管前に進んだ。初期設定で選んだのと同じ短剣を買い、右も左も分からないフィールドに足を踏み入れ、怖いモンスター達と戦う。私にとってはその全てが初めてで、未知との遭遇だった。
転生して何十日か経ち、私のレベルは10に達し、一つの喜びを得ていた。すると私の耳にメッセージが届いたことを知らせる効果音が鳴り響き、届いたメッセージを読んでみると、【レベル10達成おめでとうございます! これより、あなたをグリスネアワールドの本当の舞台へとご招待致します!】という内容と《OK》のタブだけだった。私が《OK》をタッチすると、私の体が光に包み込まれ、意識が一時的に途絶えた。
次に私が意識を取り戻した時、私は体の寒さを感じた。私がいたのは、雪の降る街《初雪の街》だった。
そういえば以前、親切な人が私にゲームの知識を色々教えてくれた時に、この世界でのシステムについても教えてくれた。ゲーム時代、この世界でレベル10になると四つの大陸の内一つの大陸にある街に転送されたらしい。だから私もレベル10になったから北方大陸に転送されたのだ。けどその人は、北方大陸は五大大陸の中で一番の難所とも言っていた。理由はいつか自分で知るだろうと言っていたけど、その理由はすぐに分かった。ここは、寒い。寒過ぎる。北方大陸が雪と氷の大陸とは聞いていたけど、ここまで寒いとは思ってもいなかった。
それは兎も角、私は雑貨屋で買い物を済ませ、すぐさまフィールドに出た。
そしてすぐに違和感を覚えた。街の中と外は同じぐらい寒い筈なのに、私のHPが1ずつ減っていた。一体何故こんな事が起こっているのか考えていると、グルルル……、という呻り声が後ろから聞こえた。顔を向けてみると、全身を氷で包み込んだ魔獣系モンスター《アイス・ウルフ》が五体もいた。私はすぐに愛用の短剣を抜き、臨戦態勢に入る。
戦闘は思ったよりも苦戦した。五体のモンスターを一人で相手するのはさすがに骨がいる。私は余計なダメージを受けないように、攻撃を受け止めずに全て避ける。運動神経の良い私は《アイス・ウルフ》の攻撃を紙一重でかわし、次々とスキルを放つ。この調子で行けばなんとか勝てる。そう思っていた矢先、《アイス・ウルフ》の爪攻撃が、スキルを放とうとした私の短剣を弾き落とした。私は急いで短剣を拾おうとしたが、その前に《アイス・ウルフ》が私に飛び掛り、私のHPを削った。その後はもはややられたい放題だった。《アイス・ウルフ》が爪攻撃をしてきたりして容赦なく私のHPを削り取る。
この時私は、あの時の恐怖と同じものを感じた。あの時――私がイジれられている時に感じたあの恐怖を。死んだって蘇る。この世界ではそれが普通だ。けど、私の心の奥底で蠢いていた恐怖が牙をむき出した。
《アイス・ウルフ》の攻撃を受け、私が涙を流したその時、
「《キャプチャー・バインド》! 《ファイア・アロー》!」
突然《アイス・ウルフ》の攻撃が止まった。私を一番攻撃していた《アイス・ウルフ》の全身が青い鎖によって縛られ、動きが止まり、別の一体が炎の矢を五本喰らい、全身を青白く光らせて四散した。
鎖で縛られた《アイス・ウルフ》も何かで殴られ、その場に転がる。
フウヤ/男
Lv.11
HP1259/1259
MP1687/1811
所属ギルド:なし
殴った主は、一人の青年だった。分厚い毛皮のコートを羽織り、杖と魔法盾を装備した魔術師だった。多分私よりも年上なのだろう。彼――フウヤ氏は私がピンチだった所に助太刀に入ったのだ。
「早く下がって!」
フウヤ氏が険しい表情で言う。
「……あ、は、はい!」
私はそれにつられて返事をし、急いで離れる。少なくともこの人は敵ではない。襲い掛かる《アイス・ウルフ》達に一歩も引けを取らず、次々と倒していく。途中で鎖の解けた《アイス・ウルフ》が私に飛び掛ってきた。けどその前にフウヤ氏が魔法盾でガード、私を守ってくれた。HPは低く、ジリジリと削られつつあるのに。
こんな人が、私の事を助けてくれる人が、今までにいただろうか。学校でイジメを受け、ひたすら孤立していた私を、ここまで必死に助けてくれる人がいただろうか。
フウヤ氏はその後何度も魔法を放ち、《アイス・ウルフ》を全滅させた。私が苦戦していたモンスターを全滅させた。たった一人で、しかもINT型なのに。
凄い。そう思っていたのも束の間、フウヤ氏が私にゆっくりと近づいてきて、私はビクッとする。
何故この人は私を助けたのだろう。そりゃあピンチになっていたからというのが大きな理由だろう。けれど、油断は出来ない。この世界に来てからというもの、私に声を掛ける男性達は大抵がナンパするような人達ばかりだったから、しかもフィールドでならPKが出来るので余計に警戒心が高まった。けどその心配は無用だった。フウヤ氏は杖をアイテムカバンの中に収め、両手をヒラヒラと挙げた。それを見た私はえっ、とした。
「大丈夫?」
フウヤ氏がニッコリと笑いかけながら聞いてくる。つまりこの人は、私が危なかったから助けた。ただそれだけ。そういう考えが頭の中に思い浮かんだ。
この人は単に善意でやっていのかもしれないし、はたまた下心があるかもしれない。それでも、
「……う、うう」
どうして、どうして涙が零れ落ちるのだろう。
「え……?」
フウヤ氏は目を丸くした。確かにいきなり泣かれたら驚くかもしれない。けど、
――ガシッ
気が付いた時には、私はフウヤ氏に泣きながら抱きついていた。
フウヤ氏は私の心情を察したのか、或いは違うのか、私の体を、そっと優しく抱き寄せた。
◇
十数分後。
「…………」
「…………」
《初雪の街》の路地裏にある隠れレストラン。ここに僕とエリナ氏がいた。
僕達はただ無言だった。
「…………」
「…………」
エリナ氏が僕に抱きついた後、少ししてお互い我に返った。エリナ氏は顔を真っ赤にして慌てふためいたけど、とりあえず僕が一旦街に戻る事を提案し、彼女はそれに同意した。そして街であまり目立たないレストランで暖を取っていた。のだが、
「…………」
「…………(気まず過ぎる!)」
まあ、気まずいのは無理も無いか。初めて会ったばかりの年頃の男女が抱き合っていたらその後で気まずい雰囲気になるのは必然。というか死なずに気まずいだけで済んだだけまだマシとも言える。僕の場合は特に。
兎に角この雰囲気をどうにかしないと。そう思って僕はエリナ氏に顔を向けて口を開く。
「「…………あの(さ)!」」
それは向こうも同じで、見事にハモった。何でこんな時にハモるの!? タイミング悪過ぎだよ!
「あ、えっと、君からどうぞ」
「あ、い、いえいえ。そちらからどうぞ」
「良いって、良いって。レディファーストだよ」
「あ……は、はい」
エリナ氏とのまるで恋人同士する様なやり取りを終え、エリナ氏の方から話を出す。
「えっと、その、私、エリナって言います。さっきは助けてくれてありがとうございました」
「僕はフウヤ。宜しく。別に気にしないで良いよ。僕は当然の事をしたまでとしか思っていないから」
一応事実だ。やられそうなプレイヤーを見捨てれないのはゲーム時代からの僕の癖であったから、それが転生されても尚働いているというだけの事だ。
「でもフウヤさん凄いです。私が苦労したモンスターを五体も相手しているのに、すぐ全部倒しちゃうだなんて」
「うーん、僕はこのゲームの経験者だから攻撃パターンは大体知ってたし、それに氷狼は氷属性持ちだから火属性の攻撃ぶつければ一発だからね」
「え……フウヤさんって、このゲームやってたんですか?」
エリナ氏――改めてエリナちゃんが尋ねてくるので、僕は頷く。
「まあね。正式サービス開始の時からやってるから、三年になるね。だからこの世界の地形までは全部覚えている訳じゃないけど、モンスターとかアイテムとかスキルとかぐらいなら大体網羅しているんだ」
「そうなんですか……」
エリナちゃんは上目遣いで僕を見ながら感心する。そして一呼吸し、エリナちゃんが僕に聞いてくる。
「あの、一つ聞きたいんですけど、どうして、私を助けたんですか?」
「え? どうしてって?」
「だって、フウヤさん魔術師だから紙装甲だし、助けに入ったらフウヤさんだって危なかったかもしれないし、あのまま放っておく事も出来たと思うんですよ」
確かに。普通なら無茶な事だ。紙装甲なINT型が一人で近接型mobを五体も相手するだなんて余程レベル差があるかスキルレベルが高くないと出来ない芸当だ。助けに入らずMPKを防ぐ為に遠回りでもして通り越す事も出来るし、エリナちゃんごと氷狼を倒す事も出来た。けど、
(ガタガタガタガタガタッ!)
僕の体が恐怖で震えだす。
そんな事してその事実が知れたりでもしたら命がいくつあっても足りない。絶対百回は殺される。
「ふ、フウヤさん?」
ガタガタ震える僕を心配してエリナちゃんが顔を窺う。ヤバい。さっきは遠くからだったし、色々あってちゃんと見る時間無かったけど、この子やっぱり可愛い。間近で見るとそれが嫌でも分かる。
このまま見続けていると余計に自分を死地に追いやるだけなので、僕はコホン、と咳払いをして答える。
「べ、別に。目の前で可愛い女の子がピンチになってて、それを助けない男なんかいないでしょ」
「えっ――」
僕はつい本音を口にしてしまった。
(しまった! 口が滑った!)
「かかか、可愛い!?」
エリナちゃんの顔が赤く染まっていく。ヤバい。今のは完全に言葉を間違えた。
「わわわ! ゴメンゴメンゴメン!」
僕は慌てて頭を下る。
「別に君に下心があったからとか、決してそんな疚しい事は一切無いからね! 本当の本当だよ! 神様と死神と殺人鬼に誓って本当にありません!」
僕は色んな意味の恐怖に全身が震え上がり、必死に弁解する。当のエリナちゃんはと言うと、
「……え、えーと、誓う相手が神様なのは分かるとして、どうしてその中に死神と殺人鬼がいるんですか?」
僕の弁解にひいているのか、そんな疑問をぶつけてくる。
「仕方ないよ。そうでもしないと駄目なんだ。僕の場合は」
「そ、そうなんですか……」
僕の友達にいるからね。死神とも殺人鬼とも言える人が。
「……とりあえず、エリナちゃんは見た所初心者みたいだったけど、ゲーム時代にこれをやった経験は?」
「丁度ゲームサイトにこのゲームがオススメだって記事を見つけて、早速やってみようと思ってゲームを開始したんです。そしたら急に意識が重くなって、気がついたらこの世界に」
ふむ。エリナちゃんは完璧に初心者みたいだね。しかも転生された時がアカウントを作った時とほぼ同じとは。それはそれで運が良いのか悪いのか。
「まあ、この大陸については簡単に説明してあげるよ」
そう言って僕はエリナちゃんに《ソーティカルト・マティカルト》の簡単な知識と北方大陸での過ごし方についてレクチャーしてあげた。耐寒性の装備が必要だという事は知らなかったらしく、折角なので予備に買っておいた《獰毛熊のコート》をエリナちゃんにあげる事にした。彼女は遠慮してたけど、僕は既に一着あるし、多分使う事も無いからと言い、エリナちゃんは嬉しそうにそれを受け取った。
「そういえばさ、失礼だとは思ってたけど、僕がエリナちゃんの戦闘場面を観察してた時、エリナちゃん身軽な動きで避けてたよね。あれはどうやって?」
「あ、私、中学で体操部に入っているんです。昔から運動神経とかも良かったし、ああいった動きとかなら簡単に出来るんです」
成程。確かに元の世界で出来る事がゲームの世界で出来ない訳がない、という事か。そういったケースは時たまあると風の噂で聞いた事がある。それにしても、
「エリナちゃんさ、さっき中学で体操部に入ってるって言ったよね。しかも現在形で」
「あ、はい。中学二年生です」
ふむふむ。中二という事は13歳か14歳だね。
「……ねえ、エリナちゃん」
「はい?」
「聞いた後で言うのもあれなんだけど、あまり元の世界での情報は言わない方が良いと思うよ」
「何でですか?」
「ゲーム時代にね、僕の友達がリアルの情報を根掘り葉掘り聞いてくる人に迷惑していた頃があったんだ。その聞いてきた人はあらゆるネットワークを使って友達の居場所を突き止めて、半ばストーカーの様に付き纏ってたんだ」
《ソーティカルト・マティカルト》に限らず、全てのオンラインゲームにおいて、リアルの話をするのはマナー違反とされている。そのストーカーはあろう事か僕の友達に目をつけ、マナー違反と分かりつつも情報を探り出し、ついにはリアルでその素性を突き止めた。
「最初は後をつける程度だったんだけど、日が経つにつれて行動がエスカレートしてさ、最後は背後から抱きついてきたんだって」
「そ、それでその後どうなったんですか?」
「生まれてきた事を後悔させられて、そのまま警察に突き出されたよ」
まったく。馬鹿な事をやらなければ酷い目に遭わなかったのに、寄りにもよって女友達に手を出したんだもん。そんな事をしたらキリングマシーンが黙っている訳無いのに。
「という事が過去にあったから、僕としてはやたら無闇に自分の情報を他人に言うのは控えた方が良いと思うよ。特にリアル情報は。さっきのは聞かなかった事にするから」
「あ、は、はい。分かりました」
エリナちゃんは半分引きつつ半分驚いてこっくりと頷く。
「それで話を変えるけど、僕から一つ提案があるんだ。エリナちゃん、暫く僕と組まない?」
「え?」
エリナちゃんはキョトンとする。僕は続けて話す。
「エリナちゃんはこの世界の事をよく知らない、それならゲーム時代を知っている僕と組んでレベルを上げた方が良いんじゃないかなって。一人よりも二人の方が生存率は上がるし、STR型とINT型が組めば互いに互いの短所を補えるし。どうかな? 嫌だったら、大人しく引き下がるけど」
正直な話、僕はエリナちゃんを放っておけない。あんな泣きながら抱きついてきたからだ。そこまで恐怖を感じた女の子を一人にするのは僕自身としては看過できない所がある。だから少なくともレベル20になるまでは一緒にパーティーを組んだ方が良いのではないかと思い、エリナちゃんに提案した。
さっきまでは警戒してたし、断られても仕方ないとも思っているから、その辺りは気にしないでおこう。というかこの行為はヘタすれば命取りなるからね。
エリナちゃんは少し黙り込み、そして口を開く。
「……良いんですか? 私なんかで」
「良いも何も、僕、紙装甲だからさ。前衛に立ってくれる人がいた方が心強いよ。それにエリナちゃんの身軽な動きがあれば充分戦えるし」
「そ、そんな。私なんかまだまだですよ~」
エリナちゃんは顔を赤く染めながら手をパタパタと振って否定する。この仕草だけでも彼女は充分に可愛過ぎてしょうがない。
少しイジってみようかと思ったけど、ここで煽てると後が怖い。なので別の言葉を投げかける。
「それでエリナちゃん、結局どうするの?」
「えっと、私で良いんだったら、よろしくお願いします」
エリナちゃんは丁寧にお辞儀。
「いえいえ。こちらこそよろしく」
対する僕もお辞儀をする。
良かった。少なくとも僕への警戒心は緩んだみたいだ。
この後僕達は今後の事について色々と話し始めた。
まず、エリナちゃんはSTR―AGI型で、持っているスキルは《短剣》、《投擲》、《軽業》、《疾走》、《武器戦闘》、《闘争本能》の六つ。
なんでもお金の殆どをポーションに使ったりしているので買えたスキルブックは《軽業》と《疾走》だけらしい。
「《策敵》と《隠蔽》は取っておいた方が有利だね。両方共生存率を高められるし、スキルレベルを上げるのは大変になるけど取っておいても損は無いし」
「はい」
エリナちゃんの短剣は性能が高いものを次々買い換えているらしいけど、今装備している《メタリック・ダガー》は攻撃力は高いが耐久度の減りが多い。《初雪の街》には氷属性を付与した武器が多く売られているけど、鍛冶屋に行けばそれ以外の武器も作ってもらえる。装備の準備はこの後でも問題ない。次に狩りをする時だ。
「《樹雪の森》にいるのは《アイス・ウルフ》と《スノークリスタル・スピリット》ぐらいかな。それで《雪塊の樹氷巣》の序盤は雪結晶の他に氷属性持ちのモンスターが多いし、種類も沢山いるから、前衛でエリナちゃんが敵をひきつけて、僕が後衛で魔法を使う、って感じで良いかな」
「はい」
そして一番の問題は、もしPKと遭遇してしまった場合だけど、ここはどう頑張っても臨機応変に対応するしかない。mob戦もだけど、対人戦では何が起こるか分からないからね。まあ、本当は何も起こらないのが一番良いんだけど。
◇
粗方教え終わり、丁度食事も終えた僕達は早速鍛冶屋に向かった。
まずは金属インゴットとエリナちゃんが偶然持っていた《火の結晶》、それに研磨剤を使って《スカーレット・ナイフ》を作成。武器攻撃を当てた時、低確率で《火傷》の状態異常を付与させる効果を持った短剣だ。後は残った素材アイテムで短剣を強化。次に防具の方だけど、エリナちゃんが盾を提案してきた。
「……確かに盾があれば防御力は増すけど、装備していると動きが鈍くなるだろうし、盾無しでも充分行けると思うよ。AGI上げている訳だしスピード重視の方が立て回りやすいだろうし。僕の魔法盾みたいに持つ盾じゃなくて腕に装備するタイプの盾だったら手で持つよりかは自由に動き回れる筈だよ。勿論無理に装備する必要性も無いし、もし装備するなら小型の方が良いね」
僕は倉庫に預けてある素材アイテムを引っ張り出し、鍛冶屋のごつい体格のオジさんに小型の盾を作ってもらう。勿論料金も僕持ち。これにはエリナちゃんも異議を唱えた。
「別にお金は良いよ。試しに作るだけだし、いらないって事もあるだろうから、僕が奢るよ」
「で、でも、こんなにも教えてもらったのにフウヤさんに奢らせるなんて……」
「良いよ良いよ。それに、ここで女の子に奢らなかったら男として廃る所もあるだろうし、これは僕の我が儘だよ。お願い」
僕がそう言うとエリナちゃんは顔を赤くして可愛く照れる。
「……はい」
ニッコリと笑い、僕のお願いを聞いてくれた。可愛いな。この笑顔。
ついつい見とれそうになってると、盾が出来上がった。
長さ約30cmの楕円型で、緑色の本体に白色で描かれた風の模様が素早さを強調している様に見える。
盾カテゴリ固有名《ゲイル・シールド》。疾風の盾、か。
プロパティを見てみると、装備するとAGI、防御力、回避率が上昇し、風属性への耐性も付与される。
氷耐性は無いけど、そこはもう一度お願いして氷耐性付与の強化を行う。僕が残しておいた《氷雪の結晶体》は雪結晶からドロップされる素材アイテム。防具に使えば氷耐性を付与できる。これで疾風の盾には風属性と氷属性に耐性が付いた。その後も上昇するプロパティの方を別の素材アイテムで強化し、これなら装備しても問題ない筈。
「はい。エリナちゃん」
僕は強化し終えた疾風の盾をエリナちゃんに渡す。
「ありがとうございます。フウヤさん」
エリナちゃんはそれを受け取るとすぐに装備した。疾風の盾はエリナちゃんの右腕に装備される。それと同時にエリナちゃんが何かに反応した。
「どうしたの?」
「い、いえ。今、盾スキルを習得しましたって表示が出て」
あー、そっか。装備系統のスキルは装備するだけでそのスキルを習得出来るし、疾風の盾を装備した事でエリナちゃんは盾スキルも習得できた訳か。
「あの、盾スキルってどんなスキルなんですか?」
「盾装備時の防御力をアップしたり、盾での防御の成功率を上昇させたり、後はヘイト操作とか上位になると盾での攻撃も可能になったりとか、そんな感じだったかな」
魔法盾スキルも似たような感じだったし、多分それであっている筈だ。
エリナちゃんは突風の盾を大事そうに胸に抱いた。
「……フウヤさん、本当に色々ありがとうございます。これ、大切に使いますね」
「うん。どういたしまして。それじゃあこの後はスキルブックでも買おうっか。お金まだある?」
「あ、はい。大丈夫です」
「よし。じゃあ行こう」
「はい!」
この後僕はエリナちゃんと雑貨屋で買い物をしたりし、それぞれの宿へと戻っていった。
◇
夜。僕はベッドで《瞑想》をしていた。
(……エリナちゃん、か)
僕は今日会った美少女の事を思い出していた。
(……僕にもああいうフラグ立つんだね。それはそれで良かった)
けど勘違いしてはいけない。ヘタに手を出したら即地獄行きだという事を決して忘れてはいけない。
◇
夜。私は部屋に戻ってチュニック一枚だけの姿でベッドに倒れ込んだ。
「はあ、今日は色々あって疲れたなぁ……」
私は眠る前、今日会った青年の事を思い出していた。
フウヤさん。優しくて、強くて、それでいて少し変わっているけど、今日あの人といて、私の心は癒された気がした。今までずっと私は嫌な事ばかり続いていた。そこにフウヤさんという驚きに出会い、なんだか楽しい気分になれた。
「……早く寝ようっと」
私は溜まった疲労を回復するべく、静かに瞼を閉じた。




