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ソーティカルト・マティカルト  作者: 黒楼海璃
002 東方大陸(マシーン・ファクトリー)
10/18

009

 双児宮ジェミニ――この世界では五月を表す――の三日。俺達三十七人は、レイドボスのいる《機壊製造工場マシーン・ファクトリー》へと移動していた。

 この部屋のレイドボス、《殺戮の人造人間キリング・アンドロイド》の攻撃パターンは、両目と猟の掌から放たれる光属性のレーザー光線、両腕から無数に出る、高速回転の丸ノコによる範囲攻撃、体全体から雲丹の様に飛び出る無数の針で接近して来た敵を串刺しにする防御も兼ね備えたガード攻撃、そしてHPゲージが赤くなると頭が開き、脳味噌の中から大量の爆弾を投げる範囲攻撃である。

 そしてその取り巻きである《人造人間の脳味噌アンドロイド・ブレイン》と《ミスリル・マグネ》の攻撃パターンは単なる体当たりや金属線の触手攻撃、金属投擲メタル・シュートなど言った単調な攻撃しかしてこない。

 取り巻きmobは大して問題は無いが、ボスの人造人間の攻撃は範囲攻撃が多く、特殊攻撃も避けるのは難しい。レベルが同じ20とは言えど、苦戦を強いられてしまう。けど人造人間は機械系モンスター。魔法防御力が極めて高い代わりに物理防御力は極端に低い。剣技ソードスキルや戦術バトルスキルをぶつけていけば問題の無い相手である……ゲームの時ならば。

 この世界はもうゲームの世界じゃない。だからゲームの時の常識が絶対通じるとは言い切れない。ひょっとしたら攻撃パターンや取り巻きが変わっている可能性もある。そもそもレイドボスが人造人間と決まった訳でもない。けれど、今回のレイドリーダー、ティガスは出発前にこんな事を言っていた。


――もし、突然の非常事態が起こったとしても、俺は絶対に、最後まで諦めない! そして、皆と一緒に、ボスを倒すんだ!――


 ティガスの熱い言葉を耳にした時、彼から覇気の様なものが溢れ出ているのに気付いた。それは紛れもない、昨日溢れ出ていたのと全く同じのもの。皆を纏め上げる技量の持ち主の証拠。それを感じ取った者達は、揃って彼に歓声を上げた。

 彼にはリーダーの素質がある。そんな気がした。彼になら、このレイドを任せても良い、彼は何れ、ギルドマスターにでもなって、メンバーを引っ張っていくだろうと、俺は心の中ではそう思っていた。


「……ねえ」


 ゲームの世界に転生され、自分の事を第一に考えている筈なのに、ティガスは俺達が辞退したレイドリーダーを引き受け、ちゃんとしたリーダーシップを持って三十六人を引っ張っている。


「ねえ、ちょっと」


 俺みたいな非社交的な奴とか大違いだよまったく。


「ねえったら」

「――ん?」


 なんて事を考えながら歩いていると、その隣を歩いている暫定パーティーメンバー、みずが話しかけているのに気付いた。


「……さっきから呼んでるんだけど?」


 どうやら俺は考え事をしていたせいで、瑞希が呼んでいるのに気付いていなかった。その証拠に、ローブのフードから冷ややかな鋭い視線がこちらを睨んでいる。


「わ、悪い。考え事してた。それで、何?」

「……あなた、今から行くボスの事、知ってるんでしょ?」


 ギクリ! 瑞希がとんでもない事を聞いてきた。幸いにも俺達は最後尾で少し距離が離れており、小声で言ってきたので、前を行く他のメンバー達には聞こえてはいないようだが。

 何故だ。瑞希はその事は話してはいない筈だ。なのに何故知っているんだ。


「な、何でその事を?」

「昨日、ボスの話になった時あなた、知ってそうな顔してたから。姿とか、攻撃とか」


 顔かよ! 顔だけで分かったのかよ!


「お、俺、そんな顔してたか?」

「ハッキリとそういう顔をしてたって訳じゃないけど、なんとなくそんな気がしただけ」


 す、鋭い。なんて鋭さだ。なんとなくだけでそこで分かるとは。こんなにも人の思考を読む奴なんか、俺の知り合いにはアイツぐらいしか思いつかないぞ。女ってつくづく凄いな。

 ここで隠してもしょうがないので、俺は瑞希に微妙に近づき、小声で囁く。


「ま、まあ、そうなんだけどな。けどゲームの時は大して苦戦はしなかったな。あの頃はモニター越しに戦ってた訳だし、今みたいに自分自身で戦うって事じゃなかったから。けど、もし知ってても、昨日軽く説明したとおり、ボスが変わっている可能性もある。もし変わっていなかった場合、俺達の担当の《人造人間の脳味噌》は基本体当たりしかしてこない。対処法は《機怪脳味噌マシーン・ブレイン》と同じだ。体当たりは避けるか、俺が刀で弾いた後にすかさずスイッチしてくれ。あんたの攻撃速度なら問題ない」

「うん。分かってる。あと、攻撃場所は脳味噌の真ん中辺り、でしょ」

「ああ」


 俺と瑞希はバトル前の作戦会議を僅か数十秒で済ませ、レイドメンバー一行の最後尾を歩き続ける。すると、


「おい」


 俺達の前を歩いていた両手剣使い、セジュリアスが俺達二人の方を振り向いて話しかけてきた。

 セジュリアスは昨日、俺の様な元レベル100プレイヤーに対してかなりの反感を抱いた発言をし、その直後に紅一点の瑞希に時間の無駄だと言われた後に鋭く睨まれ、大人しく引き下がった青年だ。

 セジュリアスは俺達を睨みつけ、まるで昨日の事を根に持っている様な事を言った。


「お前達はたった二人しかいないんだ。だから余計な真似はするな。黙って取り巻きmobにだけ集中していれば良いんだよ」


 セジュリアスはそう言って身を翻し、歩いていく。俺が第一に心配になった事は、瑞希が彼をここでPKしないかどうかという事だ。もしそうなったら彼女は色んな意味で危なくなる。けど幸いにも瑞希はヘタなPKはもうしないらしく、殺気を出さずに首を傾げて俺を見る。鋭く冷たい視線で。


「……何よ、今の」

「さあな。半分は根に持っているのか、半分は調子に乗るなとかじゃないのか?」

「……ふーん、そう」


 瑞希は気にする事も無くスタスタと歩く。俺も特に気にする事も無く、その隣を歩いていく。そして何故だろう。今一瞬、ほんの少しだけ、悪寒がするような気がした。まるで、本当に嫌な予感しかしないように。



 《せきの分かれ道》を歩く事小一時間、popしたモンスターも呆気なく倒され、大した問題もなく進んでいき、やっと到着した。《機壊製造工場マシーン・ファクトリー 入り口》に。

 レイドバトル前になり、ティガスが皆の前に出てきた。


「皆、色々言いたい事はあるけど、今はこれだけ言う事にする。俺達に、敗北という二文字は無い! あるのは――勝利の二文字だけだ!」


 その言葉だけで、彼から覇気の様なものが溢れ出た。そして、再び歓声が上がる。


「――行くぞ皆!」


 東方イースト大陸 《歯車の街》

 《機壊製造工場》 レイド戦、スタート。



 全長約5m、全身を覆う鋼鉄製のボディ、両目は赤いレンズ、頭には機械パーツで組み込まれた最先端装置が装着(ゲームの時の設定)され、両腕や両足は精密な構造で細かく組み立てられたレアメタル製の四肢、そして掌には目と同じ赤いレンズ。

 レベル20機械系ボスモンスター《殺戮の人造人間》。

 そしてその人造人間の周囲に漂う二種類のモンスター。

 うち一体は、《機怪脳味噌》よりも一回り大きく、周りには触手の様な無数の金属製コードが付いた機械の脳味噌、レベル20機械系モンスター《人造人間の脳味噌》。

 もう一体は、《アイアンストーン・マグネ》よりも一回りも二回りも大きい正八面体で銀灰色の金属の塊、中心には緑色の一つ目、周囲には電磁浮遊て浮いた正八面体のミスリルの塊が四つ、レベル20物質系モンスター《ミスリル・マグネ》。

 まず最初に人造人間は、タンク担当のA隊に向けて掌を向け、そこに付いている赤いレンズが光り出し、A隊に向けて照射された。人造人間の使うレーザー光線、《スカーレッド・レーザー》だ。

 レーザー攻撃は魔法防御力に影響する為、STR優先型のA隊にはダメージが大きい筈だが、A隊五人の内四人は盾装備。レーザーは盾で防いだおかげで大したダメージにはならなかった。

 それが戦闘開始を告げる合図だった。STR攻撃アタッカーのB、C隊が剣や曲刀、斧、メイスなどの近接武器で剣技スキルや戦術スキルを次々と人造人間に叩き込む。

 勿論人造人間も反撃してくる。レーザー攻撃で敵単体を狙い撃ち、あまりにも大人数で近づき過ぎると全身から針が飛び出るガード攻撃《アイアン・アーチン》や丸ノコの範囲攻撃《レイジ・カッターズ》が放たれる。なのでレーザー攻撃になったらA隊がガード。その直後にB、C隊が攻撃、範囲攻撃が来たら深追いせずに一旦後退し、魔法攻撃のE隊の魔法スキルによる少量ながらのダメージや支援サポートのF隊が弓持ち二人の遠距離攻撃、槍持ちと長柄武器ポールアームの中では珍しい薙刀持ち二人の中距離攻撃でダメージとディレイを与え、防御にも専念していく。

 当然A隊は攻撃を引き受ける為に自らも攻撃しなくてはならない。攻撃隊のヘイトが上回らないように何度も攻撃する必要もある。その都度HPは減少していく。なので回復ヒーラー担当のG隊がA隊のHPを回復。G隊には他の隊よりも多めにマナポーションが配られており、全員が《治術ヒーリング》を持っているだけではなく、微量ながら持続的にHPとMPを回復させる魔法を持つ《光術ライト》のスキル持ちが二人ほどいたので、レイド全体の回復は問題は無かった。

 人造人間が攻撃を開始したと同時に、取り巻きの脳味噌やマグネ達が一斉に攻撃をしてきていた。マグネはINT攻撃のD隊が魔術スキルや妖術スキル、《火術フレイム》や《水術アクア》などの属性スキルを放ち、マグネ達の邪魔を防ぐ。

 一方の脳味噌の方はと言うと、当初はC隊が脳味噌を相手する事になっていたのだが、それは俺と瑞希二人組の提案で俺達が脳味噌を相手する事になった。

 《人造人間の脳味噌》は《機怪脳味噌》と姿形が似てはいるものの、機怪の方にはない金属線の触手が無数に付いている上に、機怪よりも大きい。体当たりは避ければ難という事は無い。だが触手攻撃は以外と骨が折れる。避けている内に触手が絡み付き、体の自由が効かなくなったしまう筈だから。ゲーム時代にはレベル60機械系ボスモンスター《地獄合金の脳味噌王ヘルメタル・ブレインキング》なる脳味噌モンスターが金属線の触手でプレイヤーを捕獲するという攻撃があったのを思い出す。あの時は当然俺も捕まったりはしたが、その後は難なく倒せた。なので、この脳味噌がそんな攻撃をしてくるのではないかと予想していたが……それはどうやら要らぬ心配だった。


「《陽炎かげろう》!」


 俺と瑞希は脳味噌の触手攻撃《ワイヤー・テンタクルス》を悉く避け、俺は下位2連続攻撃技《陽炎》や下位突進技《りょうれい》、下位単発攻撃技《とびかぶと》を、瑞希は下位範囲攻撃技《サイクロン・バイト》や下位2連続攻撃技《ワール・スラッシュ》、下から上へと斬りつける下位縦斬り技《アッパー・サイス》を連発し、脳味噌達にダメージを与えている。


「《ワール・スラッシュ》!」


 瑞希が長柄鎌ロングサイスによる二連撃技を脳味噌に放ち、脳味噌の触手が半分ほど切断され、HPバーがごっそりと減る。


「《カーブ・エッジ》!」


 トトメに初期技《カーブ・エッジ》で脳味噌を斬りつけ、真っ二つになった脳味噌はコンピュータ音の様な鳴き声を上げて四散。足元にアイテムと金がドロップされる。

 金に関してはレイド全体で自動均等割りされるので、瑞希が手に入れる額は少々。その代わり経験値は手に入れたパーティーの俺と瑞希にのみ入り、アイテムは瑞希に所有権が与えられる。

 《人造人間の脳味噌》はこのレイドボスの部屋にしか現れないレアモンスター。当然ドロップアイテムもかなりのレアアイテムであり、素材としても売値としても中々である。

 俺も瑞希には負けてはおられず、二体の脳味噌に《陽炎》を二回放ち、内一体を《飛兜》でスタンさせ、もう片方を《猟零》と《つきみず》で倒す。その後スタンしている脳味噌にもう一度陽炎を放ち、脳味噌を四散させる。難なく取り巻きを倒している様にも思えるが、実は結構大変である。まず最初に脳味噌のHPはかなり高い。物理防御力の低い機械系モンスターとは言えど、攻撃を当てても大してHPバーが減らない。最初は中々HPを減らせなかったが、脳味噌の急所と思しき脳天や触手に次々と攻撃を当てると脳味噌のHPバーが一気に無くなる事が途中で分かってしまい、その後は脳天や触手を狙って攻撃していった。

 脳味噌三匹を倒すのに実質一時間近い時間が掛かってしまい、その間にボスのHPバーは半分近くまで減っていた。

 残り二体となった脳味噌に、瑞希が《サイクロン・バイト》を放ち、俺も刀スキル下位範囲攻撃技《せんざく》で脳味噌を二体同時に斬りつけ、《陽炎》でHPバーを減らしていく。

 その後は何度も脳味噌を斬りつけ、トドメに瑞希の《ムーン・カット》、俺の《猟零》がクリティカルヒットし、脳味噌二体はそれぞれ四散。金は全員で自動均等割り、経験値は俺と瑞希で一体ずつの経験値が、アイテムは俺が倒した脳味噌が《シルバー・コア》なる金属のレアアイテムをドロップし、瑞希の方は知らん。


「そんじゃあ、向こうに加勢しますか」

「……ええ」


 機械取り巻きを全て倒し終え、レイドボスの方へと目を向ける。ボスの方は既にHPバーが七割も削られ、最早俺達レイドチームが優勢に立っていた。

 俺達は急いでティガスの元へ向かい、彼も俺達が来た事に気付く。


「やあ。そっちは終わったみたいだね」

「なんとかな。そういう訳だから、俺達もボスとの戦闘に参加させてくれ」

「勿論だとも。それじゃあA隊とスイッチしているB隊、C隊に加わってくれ」

「了解」


 俺と瑞希は人造人間に向かってダッシュする。


「H隊が攻撃に加わる! B、C、Hの順にA隊とスイッチ!」

「「応ッ!」」


 ティガスの掛け声と共に、メンバー達の声が部屋の中に響き渡る。

 人造人間の両目が光り出し、A隊に向かって《スカーレッド・レーザー》を照射する。特殊攻撃なので、A隊のHPは三割近く減少するが、その直後にF隊の弓持ちが《ダブル・アロー》を放ち、人造人間をディレイさせる。


「A隊、C隊、スイッチ! G隊はA隊に回復ヒール!」


 ティガスの指示により、A隊が一度下がり、戦術スキル持ちのC隊が人造人間の胴体に次々とスキルをぶつけ、その間にG隊がA隊のHPを回復させる。


「$~¥/%*****###!」


 人造人間はコンピュータ音の様な声を上げ、HPが残り二割近くなり、HPバーの色が赤くなる。


「攻撃パターンが変わる! C隊下がれ!」


 C隊が一旦下がる。その次の瞬間、人造人間の頭の装置が外れ、頭の中がパカッと開く。そして、降ってきた。大量の、小型脳味噌の形をした、爆弾が。

 人造人間のHPバーが赤くなると使ってくる広範囲攻撃技《アンドロイド・ボムパーティー》。爆弾一つ一つのダメージ量は大した事ではないが、問題はその個数だ。一度にいくつもの爆弾を受けるとたちどころにHPが減り、死んでしまう。爆弾攻撃がある間は攻撃範囲内から離れ、爆弾が止むまで待機するのがセオリーだと思うが、この攻撃に限ってはそうもいかない。何故なら攻撃は、部屋全体に攻撃が行き届くからである。何処に逃げたとしても、人造人間の爆弾は必ず降り注ぐ。それなのに何故ティガスはC隊を下がらせたのかというと、この攻撃をかわす方法は無くも無い。

 人造人間の《アンドロイド・ボムパーティー》は人造人間に近ければ近いほど多くの爆弾が降り注ぎ、距離が遠くなるにつれて爆弾の個数は減っていく。その間に遠距離から攻撃出来れば良いのだが、生憎その射程圏内に降り注ぐ爆弾も多い。だから無理に攻撃せずに一旦退いて防御すればある程度の爆弾を防げる。


「各部隊ポーションで回復! 爆弾が止み次第、D、E、F隊は遠距離攻撃!」


 爆弾は何十秒かは降り注ぐ。俺と瑞希も爆弾を受けてしまうので、ポーションでHPを回復する。ゲーム時代もこの攻撃には驚かされた。いきなり頭から爆弾降らしてくるから、当時は対処に困ったよ。まあ、その後はなんとか凌いで倒せたけど。なんて考えてたら、俺の頭上から爆弾が五個ほど降ってきやがった。

 俺は疾走スキルを即座に発動。全速力で走り、隣にいた瑞希も反対方向に走る。走り終えて一難が去ったかと思えばまた一難。止まった所にも爆弾が降ってきた。なので再度疾走スキルを発動。爆弾を避けつつ、マナポーションでMPを回復する。

 爆弾の雨がレイドチームに降り注ぎつつも、状況は大して混乱はしていなかった。

 ティガスの指揮の下、HPの少ない人達には盾持ちやHPのまだ多い人達で庇い、減りつつあるポーションを回してHPを回復。その際には当然回復隊が回復にも加わり、なんとか体勢は保っている。だがこの守り、長くは続かない。このままなら、少なからず犠牲者が出る筈だ。


「なんとかならないかなー、この攻撃」


 俺が走りながら考えていると、一つの妙案を思いついた。ただこれは俺一人では無理っぽいので、瑞希にも協力してもらおう。なので爆弾の爆発音で直接話すのは無理みたいなので、パーティーチャットを使って瑞希に話しかける。


『瑞希、ちょっと手伝ってほしい事が出来たんだが良いか?』

『……何? 手伝ってほしい事って』

『あの人造人間の爆弾攻撃、あれをなんとかしつつ倒す方法を一つ思いついたんだ。ただ、成功確率はむっちゃ低いし、ヘタすりゃ死ぬ。けど、俺の頭脳じゃこれが限界かなって』


 ここで俺は、瑞希の冷ややかな視線を想像する。一体どんな罵倒が来るのかと思いながら爆弾を避けていると、


『……良いわ。話して』


 あっ、あっさり乗ってくれた。意外だな。てっきりバッサリと断るかと思ってたんだけど。


『だけどりゅう君、あまりにも無茶な作戦だったら、分かってるわよね?』

『はい。分かっております。決して無茶では御座いません』


 やっぱり瑞希は怖い。色んな意味で。


『えーっとじゃあ、手短に話すけど――』


 俺は思いついた作戦を簡単に瑞希に話す。それは広範囲攻撃が出来るのと、このレイドメンバーの中で最高の速度を誇る瑞希だからこそ出来るものだ。


『――分かった。それってまずは、私とあなたが合流しないと駄目なのよね?』

『まあな。一旦ティガスの所に戻ろう。あそこなら場所も分かりやすいし』

『了解』


 パーティーチャットが終了し、俺は足を翻してティガスの所へと戻る。疾走スキルを発動して。人造人間が降らす爆弾を避けつつ、俺と瑞希はなんとか合流が出来た。


「よお瑞希。早速やるか」

「ええ」


 俺と瑞希はそれぞれ武器を構える。そして、《疾走》発動。

 人造人間が降らす爆弾は大きさは大体パイナップルと同じぐらい。これを一度に無数受けたら即死は確実。けれど、疾走スキルで走っていれば爆弾を避ける事は可能であった。当然疾走スキルの発動にはMPも消費され、長くは走っていられない。だから俺と瑞希は人造人間目掛けて一直線に走る。途中で爆弾に遭遇しそうになったが、そこは疾走スキルの速さでなんとか避ける。爆弾の数は人造人間に近づくに連れてドンドン増えていく。疾走スキルで避けきるのも限界が来ていた。だから、俺と瑞希は立ち止まった。頭上には数十個の爆弾が降ってくる。避けるのは無理だ。なので、


「――《サイクロン・バイト》!」

「《旋裂》!」


 俺と瑞希はそれぞれの範囲攻撃スキルで爆弾を切り裂く。

 まあ、大体予想はしていた。あの爆弾、攻撃すれば破壊出来る。スキルで爆弾を切り裂けば、爆弾は破壊れて当たる事がない。本当だったら投擲スキルで狙い撃ちにしたい所だけど、生憎とそんな事をしている暇はない。今の俺のスキルレベルだと一発ずつしか投げナイフは投げれないし、こんなにも大量な爆弾相手にそれをやっていたら死んでしまう。どうせ生き返るけど。

 そんな訳で瑞希と共に範囲攻撃スキルで爆弾を破壊しながら人造人間に接近する。中心部につれて爆弾は多くなると言っても、人造人間本体を覆っている爆弾は全く無い。所謂台風の目と言う奴で、中心部だけなら爆弾は振り注がない。


「《飛兜》!」

「《アッパー・サイス》!」


 俺は刀を振り下ろし、瑞希は長柄鎌を下に向け、それぞれ斬撃を放つ。


「##########!?」


 人造人間はコンピュータ音の様な呻き声を上げ、爆弾が降り止む。それと同時に《飛兜》を当てた事で人造人間にスタンが発生した。すかさず瑞希は《ワール・スラッシュ》を、俺は《陽炎》を放つ。計四回の斬撃を喰らった人造人間のHPは残り一割弱となった。その直後、人造人間の両目が赤く光る。レーザー攻撃だ。俺と瑞希は人造人間に近づき過ぎているので、避けられない。

 人造人間の目から、一本の細い糸が飛び出る……筈だった。

 ――パリンッ


「#####!」


 レーザーは放たれなかった。俺が投げた投げナイフが、見事に人造人間の目に突き刺さったからだ。人造人間の全身から、金属音の様な大音響が鳴り響き、部屋全体が振動する。けど俺はそれに怯みはしなかった。


「《猟零》!」


 俺は《猟零》を発動。人造人間の胴目掛けて突進した俺は、握っている刀が突き刺さっている事を確認した。


「###……##……!」


 人造人間は最後の呻き声を上げ、HPバーが一気に無くなる。そして人造人間の全身が青白く光り、他のモンスター同様、四散した。

 一瞬、部屋全体が静かになる。静寂という言葉が似合うぐらいに、ほんの少しだけ、静寂が訪れ、


「……や、やったぁぁぁぁぁっ!」


 歓声が鳴り響いた。この場にいる三十五人は、互いに喜び合い、叫ぶ者達で溢れ出した。

 終わったのだ。レイドバトルが。俺達の勝利と言う形で。

 俺達の目の前にリザルト画面が現れた。金はレイド全体で自動均等割りされ、手に入った莫大な経験値は俺と瑞希で山分け、そして人造人間がドロップしたアイテムは全て俺のストレージに収納されていた。俺はアイテム画面を開いてドロップしたアイテムを確認する。手に入れたアイテムは凡そ十個。《人造人間の水晶核アンドロイド・クリスタルコア》、《メタル・インゴット》、《メタリック・ブーツ》などと言ったレアアイテム全てが、俺の物。そう実感した時、俺はどれだけ嬉しかった事か。けど、その嬉しさはいつまで続くのか。


「お疲れ様」


 横から瑞希が言ってきた。フード越しでよく見えないけど、恐らく彼女は、笑っているのかもしれない。勝てたのが嬉しくて。そしてもう一人、俺の方に歩み寄ってきた人がいた。リーダーのティガスだ。


「おめでとう! 君のおかげで、ボスは倒せた! 素晴らしい活躍だったよ。あの爆弾の雨の中、突っ込んでいく君達二人には感動したよ! 本当にありがとう!」


 ここでも、ティガスから覇気の様なものが溢れ出ていた。そして彼の言葉を聞いたレイドメンバー達は、俺に歓声を上げた。

 良いのだろうか。こんな歓声を受けて。俺は、この場にいる三十六人、約十万人の人達の人生を狂わせた大元凶、100人目の元レベル100プレイヤーなのだ。それなのに、こんなにも賞賛されて良いのだろうか。俺は心の中でそう迷っていた。けど、それを顔に出すとまた瑞希に勘付かれてしまうので、平然を装う。


「あ、いや、でも、アイテム全部持ってっちゃったし、なんか逆に悪い気がするな」

「気にしないでくれ。ドロップアイテムはドロップさせた人の物。最初にそう決めたんだ。恨みっこ無しだよ。皆もそうだろう?」


 ティガスが尋ねると、誰もがそれに異議を唱える事は無かった。皆本当に、全く気にしていなかった。

 ただ一人、両手剣使いのセジュリアスを除いては。彼はさっきから俺と瑞希を鋭く睨んでいた。まるで親の仇の様に。そして、俺達に何かを言いたそうに。


「よーしっ! それじゃあ一旦街に戻って、ここは一つ、盛大な宴会でも……」


 その時だった。俺達全員がポーションを飲んでHP、MP共にフル回復させ、いざ戻ろうとしたまさにその時、この場の誰もが予想だにしなかった出来事が起こった。

 突然、全員の体が、固まった。動かなくなったのだ。


「ちょっ、何よこれ……」


 瑞希や俺だけでなく、この場の全員がざわつく。これは単純に考えれば、ラグだ。俺達はラグったのだ。だけど、一体何故?

 その疑問を考えていると、答えはすぐに分かった。ラグりだした直後、部屋全体が機械音で騒がしくなる。部屋が揺れ出す。相当大きい揺れだ。そして部屋の真上から何かの音が聞こえる。

 俺はこのいきなりの出来事に、一つの仮説を立てた。


(……まさかこれは、転生後のゲームシステム変更!?)


 転生後にこの世界はゲームの時と多少異なると運営のメッセージにはそう書いてあった。だからレイドバトルで何かしらの変更がある筈と思って俺は人造人間と戦っていた。けれど、特に変わった所は何も無かった。けど、実際には変わっていたのだ。人造人間を倒した後が。


 ――ソイツは部屋の上から落ちてきた。

 ――ソイツは全長約20mの巨大な図体、全身が鋼鉄で覆われ、胴体には四本の鋼鉄製の腕があり、下の両腕には丸ノコ、上の両腕にはドリルが装備されていた。

 ――ソイツは下半身に鋼鉄製の六本足がクモの様に分かれており、体の向きを三百六十度変える事が出来るみたいだった。

 ――ソイツの顔には、一つの赤く光る大きな目があり、頭には牛の角の様な出っ張りがあった。

 ――ソイツが落ちてくると、それと同時にドリルとドライバーを両手に持ち合わせた機械人形が十体現れた。

 ――ソイツは元来、俺達人間と同じぐらい小さい筈だった。レベル60~70辺りのフィールドやダンジョンで見掛ける、ただ人を殺すという役目だけをプログラミングされた機械兵器。


 レベル25機械系ボスモンスター《殺人機の試作機キラーマシーン・プロトタイプ》。

 一緒に落ちてきた機械人形は、レベル20機械系モンスター《鋼鉄の整備師メタル・エンジニア》。


 このボスモンスターは、誰も見た事が無い、初見のモンスター。そして殺人機は、殺戮と言う名の機械動作を始めた。



「あ、あああああっ!」


 レイドメンバーの半数以上が、叫び声と言う名の悲鳴を上げた。

 自分達が戦っていた人造人間が倒され、これで終わりと思っていた。けれど、突然現れたボスに足が竦み、それぞれ武器を構えてはいるものの、誰も動かないでいた。突然のボスが出現した事で、どう判断して良いのか分からないのだ。

 俺も分からないでいた。そもそも殺人機というボスモンスターはゲーム時代には存在しないのだ。ボスの取り巻きとして現れる事は多々あったが、殺人機がボスとして現れるレイドは恐らく無い筈なのだ。俺の経験上。

 勿論殺人機の攻撃パターンは分かる。ドリルと丸ノコの単調な攻撃だけだが、通常の殺人機の腕は二本しかないのに比べ、あの試作機の腕は四本ある。どう考えてもゲーム時代の知識が通用しない、ビックイベント後の新モンスターだ。

 この場の全員が固まり、このまま試作機に倒されるのを待つのかと思った矢先、


「焦るなっ!」


 我らがレイドリーダー、ティガスが大きな声で叫んだ。


「何の問題は無い! ただ殺人機が大きくなっただけだ! 攻撃パターンは大して変わらない! それに言った筈だ! もし、突然の非常事態が起こったとしても、俺は絶対に諦めない! そして、皆と一緒に、ボスを倒す、と!」


 まただ。またティガスから、覇気の様な赤いオーラが溢れ出ているのが見えた。

 何故だ。何故ここまで彼は心が折れない? メンバー全員が固まっていたのに、彼は率先して皆に喝を入れた。そして、その彼を、信じても良いと思う気持ちが出てくきたのも、事実だった。


「やるぞ皆! もう一度、力を合わせる時だ!」


 再び、叫び声が聞こえた。但しそれは、歓声と言う名の活気だった。

 メンバー達はすぐに態勢を取り始めた。まずA隊が試作機のドリル攻撃と丸ノコ攻撃を受け止め、直後にB隊がスイッチ。C隊と魔法隊は取り巻きを相手にし、F隊は後方支援。G隊はA隊の回復に専念。


「H隊! 取り巻きの相手を頼む!」

「了解!」


 残りのH隊こと俺と瑞希は取り巻きの整備師を相手する事になった。機械系モンスターには魔法攻撃は大して意味が無い。故に魔法隊をボスへの攻撃には参加させず、取り巻き殲滅の援護を任せた。麻痺や毒などの魔法スキルに多く設定されている属性攻撃による状態異常の付与は機械系モンスターには効かない。機械は生物ではない以上、毒に犯される事は無いし、麻痺する事も無い。INT型には天敵中の天敵である。

 俺と瑞希はドリルで攻撃してくる整備師に武器を振るい、他の隊と一緒に取り巻きを倒しに掛かる。

 俺と瑞希は半分の整備師を相手にし、残りはC隊と魔法隊に任せる。


「《旋裂》!」

「《サイクロン・バイト》!」


 と言っても、さっき脳味噌を五体相手にしていたし、攻撃パターンはドリルのみなので意外と単純である。俺が《旋裂》、瑞希が《サイクロン・バイト》で五体同時に斬りつけ、HPを減らしていく。

 一方試作機の方はと言うと、予想外の出来事だったというのに、ティガスの指揮は完璧過ぎだった。一人の犠牲者も出ていない。試作機の攻撃をガードしつつ、次々とスイッチしていき、HPバーが三割ほど削られていた。

 俺も逸早くボスへ攻撃に参戦すべく、整備師共に斬撃を放ちまくる。《陽炎》や《旋裂》を連発に連発し、三十分掛けて整備師をまずは二体倒す。続けて瑞希も同じ様に《ワール・スラッシュ》や《サイクロン・バイト》、《ムーン・カット》を連発し、整備師を二体倒す。


「《猟零》!」

「《アッパー・サイス》!」


 十分後には最後の一体を俺と瑞希が同時に攻撃を決め、俺達のノルマ五体を全て倒す。ちなみに同時に決めた場合のアイテム獲得なのだが、LAラストアタックを決めたのはコンマの差で瑞希だったらしく、俺のストレージに入った《整備のメンテナンスドライバー》は二個しかない。

 C、魔法隊の方も、整備師は残り一体となり、もうすぐ倒されそうであった。向こうに加勢する必要は無いと判断し、俺と瑞希は本隊に合流する。


「リーダー、こっちは済ませた。指示頼む」

「ああ。君達もB隊と同じく、A隊とのスイッチに入ってくれ。あの殺人機は攻撃の後に数秒だけ動きが止まるみたいだから、その隙にスイッチだ」

「了解」


 俺と瑞希は試作機目掛けて突っ込む。今はA隊がガードしているが、さすがはレベル25。俺達とレベルが5も放れているせいでダメージ量も大きい。だがそのダメージはすぐにG隊が回復させ、B隊がスイッチ、F隊が援護。

 試作機のHPバーは四割も削られており、丸ノコを彼方此方に振り回したり、ドリルで俺達を粉砕しようとしてくる。しかもHPが約一割減る度にその攻撃回数が増えているのにも気付いていた。

 試作機がB隊に対してドリル攻撃を放とうとした瞬間、


「B隊下がれ! A隊ガート!」


 B隊とA隊が入れ替わり、試作機のドリル攻撃《マシンドリル・シュート》をA隊が受け止める。試作機のドリルがA隊の盾や武器とぶつかり合い、物凄い金属音と火花が散る。A隊は少し押されつつもなんとか凌ぎ、HPが大きく三割近くまで減少する。ガードしていてここまで減るという事は、あのドリル攻撃はノーガードなら半分以上は軽く持っていかれるな。


「F隊弓使いアーチャー攻撃!」


 ドリル攻撃中の試作機に、弓持ち二人が試作機の頭部目掛けて弓術スキル下位必中技《ピンポイント・ショット》を放つ。弓術下位スキルの中では一番の命中率の高さを誇るこの技は、射程圏内に入っていればほぼ必中する。なので試作機の頭部には二本の矢が命中し、HPバーが少し減少、試作機の攻撃が止まる。ディレイが起こったのだ。


「A隊、H隊、スイッチ!」


 ティガスの指示が聞こえ、A隊が下がり、俺と瑞希は入れ替わりになって試作機に突っ込む。

 兎に角突っ込む。俺達を蹂躙する殺戮兵器目掛けて、突っ走る。


「《陽炎》!」

「《ワール・スラッシュ》!」


 互いに発動した2連続攻撃技は試作機の腕に命中する。あえて試作機の胴ではなくて腕を狙ったのは、人造人間の爆弾を破壊出来たのと同じ様に、ひょっとしたらあの腕を切り落とせるんじゃないのかという考えが思い浮かんだ。なので待っている間に瑞希にこっそりとその考えを伝え、実行してみる事にした。

 結果は……失敗だった。四回同時の攻撃だったので、HPバーは大きく削れたが、腕には傷一つすら付かない。やっぱ胴を狙った方が良かったか。


「――ギ、ギギギギギィィィィィッ!」


 ディレイが解けた試作機は金属音の様な声を上げ、俺と瑞希に丸ノコ攻撃《マシンカッタ・スラッシュ》を放つ。俺と瑞希のSTRはそう高くなく、なにより軽装備な為、左右から同時に来る丸ノコを俺達は受け止める事が出来ない。ヘタすれば丸ノコに体を切断されてジ・エンドだ。だから俺達は体を伏せる事で、丸ノコを紙一重でかわした。

 すかさず試作機の足二本に《陽炎》を放ち、試作機のHPを少しずつ削る。レベルが5も離れているような相手には少しずつHPを削って倒していくのがセオリーだ。瑞希も《ワール・スラッシュ》を試作機の足に放ち、HPを削っていく。足が四本も攻撃され、試作機は体勢を崩す。


「《飛兜》!」

「《ムーン・カット》!


 それを俺達は逃さない。《飛兜》と《ムーン・カット》を試作機の胴に当て、HPを削る。試作機は体勢が崩れつつもすぐに上半身を起こし、両腕の丸ノコを振り回してくるが、この攻撃は避けれる。俺達は一旦下がってHPの確認をする。軽装備なのが功を奏したのか、身軽で殆ど攻撃は受けておらず、ダメージもそんなにない。かたや試作機のHPは半分近くまで削られている。この調子で行けば問題なく倒せる。そう思っていた。


「ギギギギギギギギギギッ――ッッッ!」


 突然、試作機の体から耳を劈く様な金属音が聞こえ、上下の腕の間からもう二本丸ノコ付きの腕とドリル付きの腕が出てきた。反対側も同じ様に腕が二本出てきて、これで腕が八本となった。


「ちょっ、そんなのアリかよ」


 俺の文句は当然通じず、試作機は本隊目掛けて突っ込んできた。


「A隊ガード! F隊弓使い、魔法隊攻撃!」


 A隊は即座に前に立ち、盾と武器構え、弓持ちと魔法隊が試作機に遠距離攻撃をしようとしたその時、殺戮兵器が、回った。

 正確には、試作機の腕のドリルが丸ノコに切り替わり、脳天部に巨大なドリルが出てきて、自身の体を高速回転させたのだ。体が高速回転し、胴体は丸ノコによって覆われて矢は弾かれ、魔法も言わずもがなであった。

 試作機は高速回転したままドリルも回転し、高くジャンプし、ドリルを俺達に向けて、突っ込んできた。

 これはドリルの付いたモグラ型機械系モンスター《ドリルモール・スマッシュ》が使う、体を高速回転したままジャンプし、回転するドリルで体ごと突っ込む《スパイラル・ドリルシュート》。それとまったく同じ。ドリルモグラの大きさは成人男性とほぼ同じくらい。それでもあの突っ込み攻撃は相当なものだ。それをあの巨体でやったら……ヤバい!


「――さ、散開ィィィーっ! 回避しろォォォッ!」


 ティガスの叫び声が聞こえ、皆が慌てて逃げ出す。けれどそれは少し遅かった。試作機が超大型ドリルとなってレイドメンバーに突っ込んだ。


 ――ドガァァァァァァァァァァンッ!


 直撃を受けた者はいなかったが、衝撃は凄まじかった。粉砕された鉄屑が四方八方に飛び散り、高速回転する試作機が起こす強風がメンバー全員を襲った。全員が吹き飛ばされ、ある者はHPが一割まで減らされ、ある者はスタンが掛かり、ある者は部屋の端まで吹っ飛ばされた。

 ゲーム時代、試作機がこんな攻撃をする事なんか無かった。これもビックイベントの改変かよ。反則過ぎるじゃねえか。

 試作機は回転したまま突き刺さったドリルを引っこ抜き、回転を徐々に止め、ズシィィン、と着地する。

 試作機はHPが半分になると腕が八本に増え、その全てが丸ノコとなり、自身を巨大ドリルとして敵陣に突っ込む攻撃をしてくるのかよ。そんな広範囲攻撃、モグラ系のモンスターぐらいしか使わないぞ。

 ていうかあの試作機妙だ。HPバー半分削った筈のに、HPが回復してる。満タンとまではいかないが、大体三割近くは回復し、残り五割から八割にと大きく増えていた。

 何だよそのパターン変化。しかも試作機の攻撃はまだ終わらない。突っ込んだかと思ったら、今度は丸ノコ攻撃をより広範囲に繰り出してきた。腕八本によって放たれる回転斬撃はレイドに追い討ちを掛ける。

 一人の片手斧使いが試作機の餌食になりそうになっていた。試作機が丸ノコを振り下ろし、HPがもう殆どない彼にトドメを刺そうとしたその時、

 ――ギィンッ!

 試作機の腕にティガスの発動した片手剣スキル下位2連続攻撃技《ダブル・スラッシュ》が命中。試作機の攻撃がキャンセルされ、試作機はディレイしてしまう。その間にティガスはHPポーションを取り出して斧使いの口に突っ込む。そしてすぐに周りを見渡し、指示を出す。


「各隊ポーションでHPを回復! 不足している隊にもポーションの補充! G隊、HPが残り僅かな者に追加回復!」


 ティガスの素早い指示で、メンバーのほぼ全員のHPは半分以上回復され、ポーションが尽きた隊への補充も済ませた。よくもまあ範囲攻撃喰らった後でこんな指示が出来るよまったく。だがそれも束の間、試作機のディレイが解け、ティガスと斧使いに丸ノコを振り下ろす。さっきみたいに腕を狙う事は出来ず、ティガスと斧使いは盾でガードを試みる。

 試作機の丸ノコが盾にぶつかり、大きな音と火花が散る。だがそれはダメージを少しばかり防ぐだけだった。試作機は攻撃を防がれつつも、そのまま腕を力一杯振り回し、二人を吹き飛ばす。二人のHPバーがドッと減る。試作機は追撃を掛けるべく、八本腕を振り回してティガス達の方へと突っ込んでいく。途中で何人ものメンバーが試作機の行く手を防ごうとした。だが、試作機は丸ノコを四方八方に振り回し、メンバー達を散り散りに吹き飛ばす。ついでにHPも削りながら。

 このままだとマズい。試作機はティガスを狙っている。しかもあの攻撃は止みそうに無い。もしここでティガスがやられたら、今までの陣形が全て崩されてしまう。このレイドはティガスというリーダーがいてこそ成り立っていた。言ってみれば大黒柱だ。その大黒柱が折れれば、ティガスという指揮官を失えば、崩壊程度では済まされないだろう。何としてでもティガスを試作機の魔の手から救わなくてはいけない。けど、嵐の様に振り回される丸ノコを前に、一体どうすれば良いのか、俺は大して良くない自分の頭で考えた。そして閃いた。

 ティガスを救う方法、それは一つだけ、可能性の段階ではあるが、思いついた。

 けどそれには大きなリスクが二つある。一つ目は、俺が助けに行かねばならず、失敗すれば俺も死ぬという事。二つ目は、これをしてしまうと、さっき俺が受けた喝采が、暴言の嵐に変わり果てるという事だ。

 前者は死んだとしてもどうせ生き返るから良いかもしれないと思ったが、どの道レイドが崩壊するのは確実だ。もしその後でティガスが立ち上がれば、敗北という現実を突きつけられたメンバー達も立ち上がるかもしれない。

 後者は端的に言うと、俺の正体を三十六人全員に明かさなければいけない。もしそうなったら、みんなは俺をこぞって批判するだろう。そして俺は孤立するだろう。別にそれでも良い。どうせフウヤとゆきに再会するまではソロでいるつもりだったし、瑞希ともこの後はサヨナラするつもりだ。彼女への被害も少ないだろう。それにこれを出来るのが俺しかいないと思った時、迷っている暇は無いとも思った。だから俺は、決心した。


「……なるようになれだ」


 俺はそう呟き、刀を強く握り締め、試作機に突っ込んでいく。俺のいきなりの行動にメンバー全員が目を丸くする。瑞希でさえ、この人何をするつもりなの!? という様な驚愕の顔でいた。

 俺が試作機の前に立ちはだかった時、リーダーのティガスと斧使いも驚いただろう。たった一人で何が出来る。殺戮兵器は止まる様子も見せず、ただ丸ノコを振り回して突っ込む。どう考えても無謀だ。

 けど俺は、酷く冷静だった。この冷静さはあの日、俺達十万人の放浪者達が転生された時に冷静だったのと丸っきり同じだった。

 俺は刀を大きく振り翳す。そして刀の刀身が黄色く輝き、ライトエフェクトに包まれる。それだけではなかった。刀身が、伸びた。長く、長く、最初よりも二倍近い長さに、刀身が長くなった。


げんとういっせん》!」


 俺は刀を薙ぎ払った。その薙ぎ払いは、文字通りの、一閃。その斬撃は試作機の八本腕の内、左半分四本を、切り裂いた。

 こんなスキルを、皆は見た事が無い。刀スキルにはこんなのは無い。いや、似たものはある。それは刀スキル最上位技《でんいっせん》。刀スキルのレベルがMAXの100にならないと使えない大技だ。当然そんな技をたかだかレベル20程度の放浪者が使える訳でもなく、俺の刀スキルのレベルはまだ20ちょっとだ。勿論スキルレベル20になって使えるのは下位範囲攻撃技《旋裂》だ。しかもその次に使えるのは刀の柄で相手を殴って一定確率でスタンさせる下位単発技《ふじたつ》だ。あの斬撃が刀スキルじゃなかったら、一体何なのか。

 無幻刀スキル初期技《一閃》。《紫電壱閃》の酷似技にして、受けた相手のレベルが自分よりも10以上低い場合、有無を言わずに一撃必殺出来る技。

 《無幻刀》は、ビックイベント開始時に運営から貰った、俺だけの固有スキル。無幻の鍛錬を経て編み出されたその剣技は、数多の技に酷似し、それを刀で振るえるもの。

 《一閃》を受けた試作機の腕がバラバラに飛び散り、HPバーが一気に八割から四割へと減った。たった一撃で、皆が苦労して削ったHPを回復され、それを一気に帳消しにした。威力が凄過ぎる。

 勿論その代償は大きい。まずこのスキルを発動する為に俺が消費したMPはほぼ全て。俺のMPはポーションを飲んで回復し、ほぼ満タンだったが、《一閃》を使ったらそのMPが一気に残り数ドットしか残っていなかった。どうやらこの手のスキルは一度使うとMPが一気に無くなるみたいだ。しかも使ったと同時に精神的疲労がドッと押し寄せてくる。

 もう一つの代償。それは再使用時間クールタイム。通常どのスキルにも設定されている再使用時間。と言っても上位スキルにしか設定されていないが、短いもので三十秒、長いものでは三百六十秒や六百秒だったりするが、この《一閃》の再使用時間はなんと三千六百秒。つまり一時間に一回しか使えないのだ。このスキルは威力は凄いが、MP消費量と再使用時間が桁外れな、正しく諸刃の剣。

 俺がこのスキルを初めて使った時はそりゃもう大変だった。一気にMPが無くなるし、再使用時間は滅茶苦茶長いし、スキル経験値の上がりは意外と速かったけど、それでもレベルは5になっただけだ。100までは日が遠いな。

 腕が半分無くなった試作機は金属音を鳴り響かせ、三本の足の関節部分が地面に付く。これで後は持ち堪えれば倒せる。そう思っていた。試作機の腕が生えなければ。

 突如、腕を切り裂いた筈の試作機の左側から機械音が鳴り響き、切り裂いた筈の腕が四本、生えたというか体内で製造されて元通りに出てきたのだ。しかもHPもさっきの八割に戻っている。

 折角四本斬ったかと思ったら再び八本になり、レイドは恐怖に襲われた。さっきの様なドリル攻撃を喰らったら一貫の終わりだ。《一閃》を再度使うのは現状では不可能な為、迎え撃つ事すら出来ない。

 俺の最悪な予感はズバリ的中した。試作機が生えた腕と反対側の腕に装着された丸ノコを高速回転させ、自身の頭部のドリルも回転させて本体も高速回転させると、高くジャンプした。さっきのドリル攻撃だ。しかも攻撃場所は部屋の中央。このまま部屋全体に衝撃波を飛ばして俺達全員を蹂躙するつもりだ。

 これは、詰んだ。この攻撃を防ぐ手段は無い。俺の無幻刀スキルはレベル5だから勿論もう一つ技があるけれど、あれは攻撃範囲が狭い。縦は兎も角、横の範囲がほぼ一直線しかない。外せば全滅確定だ。けどやるしかない。俺はそう決意し、残っていたマナポーションを有りっ丈飲んでMPをフル回復させて突っ込もうとした。だが、それよりも先に俺の横を通過した者がいた。

 瑞希だ。走るのが邪魔だったのか、着ていたローブを脱ぎ捨て、白のレザーチェニックにクリーム色のミニスカート姿の瑞希が露になり、部屋内にどよめきが奔る。

 瑞希の顔は、やっぱりいつ見ても綺麗だ。こんな美少女と十日近く一緒にパーティーを組んでいたと思うと、俺は半分嬉しくて半分怯えている。理由は今語る必要は無いから置いとくとして。

 そんな事よりも、瑞希は長柄鎌を握り締め、試作機が突っ込もうとする部屋の中央にまで走った。あの攻撃を瑞希は受けるつもりなのだ。どう考えても、即死確定になるのに。

 メンバー全員は息を呑んだ。けれど、俺には分かっていた。瑞希はアレを使うのだ。それが確信に至るかの様に、瑞希は長柄鎌を大きく振り被る。長柄鎌のヤイバを黒いライトエフェクトが包み込む。そして刃が、大きくなった。俺の刀の刀身が長くなった様に、瑞希の鎌も大きくなっている。まるで、死神の鎌の様に。試作機がドリルとなって瑞希に突っ込む。


「《フェイタル・エッジ》!」


 瑞希は巨大化した鎌を力一杯薙ぎ払った。それはもう死神の大鎌の一振りの様ではない。文字通り、大鎌の一振り。

 俺が瑞希のスキルを見た時に驚愕したもの。それは正に、今瑞希が使っているスキル。

 おおがまスキル初期技《フェイタル・エッジ》。

 長柄鎌を死神が持つ様な大鎌へと姿を変え、目に映るものを切り裂く、瑞希だけの固有スキル。

 試作機ドリルと大鎌の一撃が互いにぶつかり合う。

 ――ギィィィィィィィィィィンッ!

 大きな音と火花が散り、巨大ドリルと大鎌が一歩も退かない。元々AGI優先型の身好きには荷が重過ぎるのだ。このままなら押されてしまう。けれど、瑞希の目は全く諦めていない。


「――ハ、ハァァァァァァァァァァッ!」


 瑞希が大鎌を振り回した。それと同時に、試作機の頭部のドリルが粉々に砕け散り、HPバーが半分近く減る。試作機はけたたましい機械音を上げ、飛ばされてしまう。俺は瑞希のステータスを確認する。瑞希のMPは残り数ドットしかない。

 ドリルを破壊された試作機にディレイが生じ、動きが止まる。これはどう考えてもまたドリルが生えてHPが回復するというパターンだ。そんな鼬ごっこを続けてたら終わるのは俺達だ。チャンスは今しかない。

 俺の考えが読まれたのか、瑞希がこっちの方を振り返り、大きな声で叫んだ。


「龍刃君! お願い!」


 その「お願い」という言葉が、何を意味するのか、さすがの俺でも分かる。


「やってやらァァァッ!」


 俺は再度走る。そして刀をまるでビリヤードのキューの様に切先を向け、刀身が青いライトエフェクトに包まれ、刀身が変形した。今度は長くなったのではなく、形が変わった。その形は、蛇だ。どんな獲物も捉える様な、白刃の蛇が試作機に目を向けている。

 試作機のディレイがすぐに解け、再びドリルが生えそうになろうとしたその時、試作機との距離が10mも離れているのに、


「無幻刀《大蛇おろち》!」


 俺は、刀で、突いた。

 それで何が起こったか。突いた刀の刀身が、飛んだ。巨大な大蛇となって、鋭く、速く。

 無幻刀スキル突き技《大蛇》。槍スキル最上位突き技《ソニックスピア・インパクト》に酷似したその突きは、攻撃範囲は縦一直線しかないが、逆にその分、飛距離が長い。軽く20mは飛ぶらしい。

 延々と飛ぶ《大蛇》の頭は、試作機の胴体に喰らい付き、減り込み、大きな金属音を立て、貫いた。

 そこで試作機のHPバーが一気に無くなり、とうとう0になった事を知らせるかの様に、試作機の体が青白い光に包み込まれ、四散した。

 たった一瞬の出来事だった。またもやMPを使い切り、俺はその場に座り込む。目の前に現れたリザルト画面が、均等割りされた金と経験値、そして二十個にも及ぶドロップアイテムである事を俺に知らせてくれた。


「……やった、のか」


 不意に、一人の男の掠れた声が聞こえ、それが合図となり、


「……や、やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 再び歓声が上がった。互いに抱き合う者、ガッツポーズする者、騒ぎの嵐が吹きそそる。


「お疲れ様。龍刃君」


 俺の目の前に、脱ぎ捨てたローブを拾った瑞希がニコリとした顔で囁き、手を差し伸ばす。俺は彼女の手を取り、瑞希がそれを引っ張る。俺がヨロリと立ち上がり、心の中で喜びに浸れた。だが、それはすぐに終わる。


「ちょっと待ってくれ!」


 突然、騒ぎきっていた部屋の中が静かになる。声を上げたのは、さっきから俺と瑞希を鋭い顔で睨んでいる両手剣使い、セジュリアスだった。セジュリアスは俺の方に歩いてくると、ビシッと指を指して問い質し始めた。


「あんた、何ださっきのスキルは。斬る奴と突く奴、どう考えても刀スキルじゃないだろ。あとそっちの女が使ったスキルも何だよ。あんなの見た事ないぞ。ちゃんと説明しろ」


 セジュリアスの声が部屋内に響き渡る。他のメンバー達が黙り込む中、疲労の溜まっている俺はゆっくりと口を開く。


「……俺は、元レベル100プレイヤーだ。さっき使ったスキルも、運営から貰った固有スキルだよ」


 俺の言い放った言葉が、メンバー全員の耳に響く。メンバー達はざわつき、ティガスでさえも驚いていた。唯一瑞希が驚いた表情を見せなかったのは、大体予想していたからだろう。だがセジュリアスはそれを許さなかった。


「お前……お前ェッ!」


 セジュリアスは体が怒りに震え、今まで自制していたのがプチッと切れた。


「お前かぁっ! 僕達の人生を狂わせたクズの一人はぁっ! お前達のせいで、僕達がどれだけ酷い目に遭ったか分かってるのか!? しかもそれを隠してレイドに参加して、ボスにトドメを刺してレアアイテム掻っ攫いやがって! このチーター野郎がぁっ! お前が、お前が作戦会議の時、サッサと名乗り出てたら、さっきのスキルの事を事前にティガスさんに話していたら、レイドが危なくなる事も無かった! ティガスさんに危険が及ぶ事もなかった! その上昨日しゃしゃり出てきた女もどうせ元レベル100プレイヤーだろうっ!? 違うかっ!?」


 セジュリアスの怒りは相当なものだ。尋常ではない。この怒声が引き金となり、周りからの歓声が罵声へと変わった。

 ――裏切り者!

 ――俺達に謝れ!

 ――自分のした事が分かってるのか!

 分かってる。どうせ俺はこうなるって。けれどこのままならマズいな。俺は兎も角、ビギナーの瑞希も巻き込まれてしまう。ヘタすればリンチは確実だ。いや、瑞希だけじゃない。このままならフウヤや雪華、にまで被害が及ぶ。それだけは絶対阻止したい。だから、俺は一つの手段に打って出る事にした。もしこれをしたら、俺はこの先ずっとソロだ。闇討ち、リンチ、軽蔑、排斥、何が起こっても可笑しくない。全て俺の自業自得だ。甘んじて受け入れるしかない。

 その代わり、俺がこれをやればフウヤ達に敵意が向けられる可能性も少なくなり、危険が遠のくだろう。もしそうなるんだったら、俺はその手段を取ってもいい。これはへの恩返しだ。あの日、一人ぼっちだった俺に居場所を与えてくれたへの、返しきれないくらいの恩返しだ。そう思えば良い。

 俺はゴクリ、と唾を呑み込み、セジュリアスの元へと歩み寄る。


「……あんた、何も分かっちゃいないな」


 俺が言ったそれが、この場を静寂に包み込むには充分なものだった。


「まず第一に、この長柄鎌使いサイサーさんは、他人のアカウントを使っている時にビックイベントに巻き込まれた不運な人だ。その証拠にこの人は、レベル10なのに堂々と元素石の方に入って電磁mob共と苦労しながら戦ってたさ。あの時はあまりにも可哀想だったんで助けに入ったけどな」


 まず最初に俺は、瑞希も被害者であるという事を告げ、本題に入る。


「第二にあんたの言ってる事は自分勝手だな。人生を狂わせた? 酷い目に遭った? 分かってるのか? そりゃさすがの俺でも分かってるさ。十万人の人生を狂わせた100人の内の一人なんだからよ。けどな、俺は他の99人の奴らとは違うんだよ」

「な、何だと?」

「良いか? ビックイベントの開始条件は、レベル100のプレイヤーを100人揃える事だ。俺達はそのイベントが楽しみでレベル100を目指していた。でもだ、もしレベル100プレイヤーが100人になった時、そこでイベントが即時開始されたと思ってる奴もこの中にはいるかもしれない。けどそれは違うんだよ。ビックイベントの開始条件はもう一つある。それはな、100人目のレベル100プレイヤーが承諾したら、本当にそのビックイベントは開始されるんだよ」


 俺の言葉に、メンバー達は再度ざわつく。俺はそんな事はお構い無しに続けて喋る。


「つまり、そのプレイヤーがイベント開始を拒否すれば、ビックイベントは起こらず、俺達は転生されるなんて事は無かった筈だ。けど、もしそうなったとして、今度は何が起こる? 他の十万人のプレイヤー達からの不満をぶつけられる。何でビックイベントを開始させなかったんだ、何の為にレベル100を目指したんだ、何の意味も無いだろ、とな。それだったら開始しちまった方が良いじゃねえか。念願のビックイベントが開始されたんだからよ。セジュリアスさん、もし仮に、あんたがレベル100プレイヤーになって、ビックイベント開始の決定権を貰ったとして、イベント内容がこんな事だとも知らなかったとしよう。その時あんたは、イベント開始を承諾したか? 転生された後で、自分がどれだけ酷い事をしたのかちゃんと理解出来るか? さっきと同じ様な事が言えるか?」


 俺の質問をぶつけられて、セジュリアスは気圧されていたが、ギリッと歯噛みし、質問に答える。


「……承諾、してたかもしれない。何せイベントの内容を知らないままだったからな。もしそんな事してたら、僕自身も酷く後悔してた筈だ。かと言って拒否したら、他の人達からの批判も激しいだろう。けどだ、僕が今疑問に思ったのは、何であんたがそんな事を知っているんだ」


 ――刹那。全身を身震いさせる様な冷たい風が吹いた気がした。そして、その風を一気に吹き飛ばす言葉を告げる。


「……決まってんだろ。それはな、俺が100人目の元レベル100プレイヤーで、このビックイベントを開始させた大元凶だからだよ」


 驚愕、沈黙、静寂。部屋の中がそんなもので敷き詰められた。けどそれは三秒程ですぐに終わった。


「……き、貴様ァッ!」


 セジュリアスの顔が怒りの上に更に怒りを増し、とうとう我慢しきれなかった感情が露になる。


「貴様のせいで!! 貴様のせいで僕達がこうなったのか!? それなのに、堂々とレイドに参加しやがって!! このクズがぁっ!! 責任取れよ責任!!」


 周囲から、そうだそうだ、責任取れ責任、俺達がどんな辛い思いをしてるのかわかってるのか、という声が湧き出る。それに対して俺はふっと笑い、舐めきった顔で辺りを見渡して言う。


「責任? 俺にどうしろと? 公開処刑でする気か? リンチにでもするのか? 良いぜ別に。どうせ死んでも生き返るんだ。それとも十万人の放浪者達に謝罪でもしろと? 嫌だね。そんな面倒臭い事誰がするかよ」


 反省の色が全く見えない素振りを見せ、セジュリアスは更に怒鳴り散らそうとした。だがその前に俺が続けて言う。


「あんたら忘れるなよ。殺人機からあんたらを救ったのは俺だ。俺が何もしなかったら、あんたら死んでたんだぜ。どうせ生き返るだろうけど」


 俺はそう言うと身を翻し、部屋の出口に行く。街に戻るのではなく、先へと進むのだ。本当はポーションももう残っていないから街に戻りたかったが、こんな事を言っておいて街に戻るのは自殺行為だ。


「俺は先に行かさせてもらうぜ。こっちも暇じゃないからな。ああ、PKしたかったら別に良いぜ。さっきのスキルで返り討ちにするだけだからな」


 そう言い残し、部屋を後にする。後ろでセジュリアスの叫び声が聞こえたが、俺は気にせず歩く事にした。



 部屋を出てみると、目の前にあったのは、金属の樹木の連なる森《てっしんじゅしん》。ここから先は広大なフィールドが幾つも広がっており、出てくるモンスターも全て機械系か物質系のどちらかだけだ。

 これから先、俺はソロだ。そして、ソロでレベル50を目指し、再会を約束した二人と絶対に会う。その思いを胸に秘め、いざ参ろうとしたその時、


「――ねえっ!」


 突然後ろから女の子に呼び止められ、俺は振り返る。そこにいたのは、さっきまで一緒にパーティーを組んでいた瑞希、レイドリーダーのティガスだった。

 瑞希は兎も角、ティガスまでやって来ると思っていなかったので、これには正直驚いている。


「何だよ。俺をキルしに来たのか?」

「違うわよ。さっきの話、本当なの? あなたが皆を転生させた大元凶だって」

「……ああ。そうさ」


 俺はキッパリと肯定する。それなのに、瑞希は少しも怒った素振りを見せない。


「……そう」


 ただ、そう呟いただけだった。


「俺を恨んでないのか? 俺は瑞希の人生も狂わせたんだぞ?」

「そうね。もしこのレイドで初めて会ってたら、遠慮なくキルしてたかもしれないけど、あなたに出会ってからの十日間、あなたには感謝している所もあるから、怒りたくても怒れないわね。一応は私もその元レベル100プレイヤーの一人なんだし」


 サラッと怖い事をニッコリと笑いながら言うあたり、この人やっぱり最初に会った時と同じだな。怖い。

 それにしても、何で瑞希の主武器が長柄鎌なのかがやっと分かった。固有スキルが長柄鎌専用だからなのか。

 そもそも長柄鎌というのは槍、薙刀と並ぶ長柄武器の一種で、これを使う人はそう多くない。

 何故なら長柄鎌には明白な長所が無いからだ。

 長柄武器は敵との間合いが取れ、剣以上弓以下の距離で使うのがセオリーだ。その為多くの長柄武器使いは槍などを好んで使っているし、薙刀を使っているという人もいる。

 槍は刺突による一点攻撃が得意で、クリティカルヒットも狙える。

 薙刀は斬撃という範囲攻撃が可能であり、敵を一層出来る。

 では長柄鎌はどうなのか。確かに長柄鎌も範囲攻撃は出来るが、攻撃力は薙刀ほど高くは無い。長柄鎌の長所は、速さにあった。

 長柄鎌の長所は、槍と薙刀よりも速い攻撃速度。長柄鎌スキルの殆どの技が、槍スキルや薙刀スキルよりも速く敵に命中できる速さを誇っている。故に長柄鎌を使う人はSTR優先型にしておけば高速攻撃に加えてSTRの高さで攻撃力の低さを補える。

 けど瑞希の場合はAGI優先型。只でさえ攻撃速度の速い長柄鎌に加えてAGIを優先して上げていたら一体どうなるのか。答えは簡単。攻撃力は低いが、攻撃速度が速過ぎる音速の鎌撃ソニック・サイスが生まれる。故に瑞希の攻撃は速いのだ。俺でさえ捉えきれないくらいに。

 元のアカウントの持ち主はこんなスタイルでかのキングを倒し、レベル100になったのだろうか。もしそうだったらそれはそれで凄いな。


「んで、何であんたまでいるんだ? あいつに代わって文句で言いにきたのか?」


 続けて俺は何故か来たティガスに目を向ける。ティガスは爽やかな顔を横に振る。


「いいや。単純に礼が言いたかっただけさ。君には助けてもらったし、ボスにトドメを刺してくれなかったら、レイドは崩壊してた。本当にありがとう」


 ……ありがとう、か。罵声を言われた後でそんな事言われると、嬉しい様な嬉しくない様な。言った相手が瑞希みたいな女の子だったらもっと良かったんだけどなあ。


「しかし、君が元レベル100プレイヤーなのは驚きだ。だからあの時、リーダーを俺に任せてほしいといったんだよね?」

「ああ。あまり目立ちたくなかったし。それに驚いたといえば俺も驚いたさ…………あんたも元レベル100プレイヤーなんだろ?」


 俺が不意に聞いた問いに、瑞希はえっと口を開き、ティガスの眉がピク、と反応する。


「……いつ、分かったんだい?」

「ちゃんと分かったって訳じゃない。ただ、あんたから溢れ出る覇気みたいなのが気になって気になって仕方なかったんだよ」


 作戦会議の時、レイド戦の前、人造人間を倒した後、試作機が出た時、ティガスの周りから決まって溢れ出た破棄の様なもの。他は気付かなかったみたいだが、恐らくあれはスキルだ。しかも、何のバフ効果も無い、ただ覇気を溢れ出すだけの。ティガスはそのスキルを発動させて士気を高めていたのだ。

 ティガスは自分の正体がバレてしまい、両手をヒラヒラと上げ、降参のジェスチャー。


「ご名答。確かに俺も元レベル100プレイヤーの一人。持っている固有スキルは《統率》。君が言っていた覇気というのは、初期技の《士気高揚マラール・アプリフト》。仲間達の士気を高めるだけの、大してバフ効果もない技さ」


 そんなスキルあんのかよ、と思ったが、俺の《無幻刀》だって刀スキルや槍スキルの最上位技に似た技を放てるスキルだ。別に可笑しい訳でもないか。


「けど、もしそれが知られたら大変なんじゃないのか? 特にあいつが黙ってないと思うぞ」

「分かってる。何れは正直に話そうとは思っている。その時に皆がどう思うかはその時次第だ」


 うわあ、この人こんな所でもこんな爽やかな顔が出来るんだー。なんか不思議だなー

 まあ、こういうリーダーシップのある奴は人に恵まれるだろうな。俺とは真逆で。


「そんじゃあ俺はそろそろ行く。またな」

「ああ。武運を祈るよ」

「色々と気をつけなさいね。それに、今の私はあなたには遠く及ばないわ。だから、絶対に追いつくから」

「おお。その時は容赦なくキルしたりするなよ」

「わ、分かってるわよ」


 瑞希が顔を少し赤くしながらそっぽを向き、その仕草に俺は思わず吹き出し、俺は森へと歩き出した。



 東方大陸 《歯車の街》 《機壊製造工場》のレイド戦が終わってから数日が経ち、グリスネアワールド中に知れ渡った放浪者がいた。

 その放浪者は、100人目の元レベル100プレイヤーにして、ビックイベントを開始させた大元凶だという。

 その放浪者は刀使いサムライの青年であり、強力な固有スキルを用いてレベルが5も高いボスモンスターを単身で倒したらしく、バレた時には、十万人の放浪者達の人生を狂わせた事に関して全く反省の色が見えなかったという。

 この知らせはグリスネアワールド中に散った99人の元レベル100プレイヤー達の耳にも当然入った。そして勿論の事、彼の耳にも入っていた。


「……あーあ、まったく。龍刃の事だから、どうせこんな大それた事するだろうなぁって思ってたけど、何も本当にやる事ないのに」


 彼は溜息を吐く。寒くて雪の降るこの場では、その吐息は白かった。

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