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あいだけに  作者: huyukyu
94/180

対比

 朝、芦原さんと話していると、こんなことを言われた。


「九々葉さんって、どうして相田君と付き合ってるの?」


 当たり前のことを訊くように告げられた、その実、心に突き刺さるような質問に、わたしはすぐには返す言葉が見つからなかった。

 わたしの表情の変化を見て取った芦原さんは、はっとしたように表情を慌てたものに変えて、

「あ、あのねっ。別にその、九々葉さんの男のセンスを疑っているだとか、そういうことじゃなくてね……」

と付け加える。


 その言葉にも見方によっては少しどころではない棘を感じざるを得ない。

 彼女はそれをまるで先の発言に対するフォローのように言っているけれど、それは実際のところ全然フォローにはなっていないんじゃないかな。

 そう思ったけれど、芦原さんは何かにつけて抜けたところのある人なので、これもそれに類する発言なのだろうと考えて、わたしはあまり気にしないことにした。抜けたところがあるだなんて、もしかしたらわたしに言えたことじゃないのかもしれないけれど。


「……涼とわたしがつり合って見えないっていうこと?」

「う、う~んと、そうじゃなくて……なんていうか、相田君はずっと我が道を行くって感じでずっと一人でいるでしょう? 九々葉さんとかと一緒にいることはあるけど、でも、基本的には一人でいて、一人で過ごしてる」

 言って、彼女はさっき涼が出て行った教室の出入り口の方を見る。わたしの周りに女子が集まるのを嫌がって涼は出て行ったみたいだったけど、軽く話をした後、芦原さん以外の子はみんな別のところに行ってしまったので今はいない。

 何となくわたしもそっちに目をやると、ちょうど斎藤君が入ってくるところだった。

 目が合ったので「おはよう」と声をかけると、彼もわたしに軽く手を挙げて自分の席の方に向かっていった。

 芦原さんに向き直ると、彼女は首を傾げて自分でも何が言いたいのかよくわかっていないように言葉を続けた。


「九々葉さんは誰にでも優しいけど、相田君は九々葉さんだけに優しくて、だから、それが……かみ合ってないって感じがする……のかなあ」

 半ば独り言のように言う。

 彼女が言った『かみ合っていない』という発言もちょっとどころではなく気になったけれど、それ以上にわたしが『誰にでも優しい』という評価を受けていることについて小さくない違和感を覚えた。


「わたし、そんなに誰にでも優しくはない、と思うけど。入学当初なんて、とても冷たい感じだったし」

「……入学した頃のことはわたしも覚えてないしわかんないけど、今の九々葉さんはみんなに優しいと思うよ」

「そうかな?」

「そうだよ」


 胸元で手を握りしめるようにして彼女は強く肯定する。

 なぜそんなに強調するのかは謎だったけど、みんなに優しいと思ってもらえているのだったら、素直にうれしいことなので、その評価はありがたく受け取っておくことにする。


「でも、涼だって別にわたしだけに優しいというわけじゃないと思うけど……」

「えー、そうかなあ? みんなに冷たいとまでは言わないけど、なんだかちょっと掴みどころがないのは間違いないと思うなあ」

「掴みどころがないのと冷たいのって関係があるの?」

「え、っと、あ、そうだね。全然関係ないかも。はは……」

 芦原さんは笑ってごまかす。大体いつもこんな人なので、一々発言の端々を捉えていたらきりがないとは思うけど、涼に関することだったので、ついつい突っ込んでしまった。


「話をまとめると、つまり、わたしと涼の相性が良いようには見えないってこと?」

「そう、なる……かな。……ちょっと違う気はするけど……うん、まあ、おおむね、そんな感じ」

 細かいニュアンスを伝達することを彼女は諦めたらしく、もういいやって風にそう首肯した。

 

 涼とわたしの相性が良くない……か。


 芦原さんが感じたことというのはつまり、わたしと涼との関係がつり合っていないというか、相性が良くないように見える、ということなのだろう。

 傍目から見ればそんな風に見えるのか。

 そう思いつつ、言葉を返す。


「わたしとしては、接している限りだとそうは思わないよ。涼は涼でちゃんといっぱいいいところがあるし」

「例えば?」

「……わたしのために本気になってくれたときとか、すごくかっこいいと思ったし。わたしがちょっと変なことしても、全部受け止めてくれるし」

「えっと……そのちょっと変なこと、とかっていうのがめちゃくちゃ気になるんだけど、とりあえず、九々葉さんが相田君のことがほんとに好きだっていうのはよく伝わってきたよ」

「うん。大好き」

「……そ、そういうことさらっと言えるの、すごいよね。九々葉さん」

「あ、えと、う、うん」

 言った後で友達の前でなんて恥ずかしいことを言ってしまったんだと思い直す。

 しかし、なぜかそう言ったわたしではなく、むしろそれを聞いた芦原さんの方がより顔を赤くしていた。

「……聞いてるだけで恥ずかしくなってくるよぉ……。九々葉さん、素直すぎ」

「……ご、ごめん。で、でも、本音、だから、普段思っていることを言葉にしてるだけで……」

 照れ隠しのようにそう口にする。

 芦原さんは「……またそういうのもさー」と赤い顔で若干呆れたような表情を浮かべていた。

「ほ、ほんとにごめん」

「う、ううん。別にいいけど。……あー、もう、恥ずかしいなあ。でも、いいよねえ、そういうの。わたしも恋したい」

 芦原さんは遠い目をしてそう言う。

 気まずくなったわたしは話題を逸らすべく、別の友達についての話のタネを彼女に振った。




 お昼に涼と食堂でご飯を食べる。

 芦原さんにも一緒に食べようって誘われていたけど、今日はお弁当を作ってきていなかったので断った。彼女はお弁当派。いつも昼食を持参して教室でごはんを食べている。

 また、理由はそれだけではなく、何となくだけど、今は涼と一緒にいたい気分でもあった。

 教室を出る間際、「今朝のこと、深い意味はないからあんまり気にしないで」と彼女が言ってきて、元々それをあまり気にしていなかったわたしは簡単に頷いた。わたしの恋人であるところの涼を悪く言うようなことを言ってしまったことを気にしているのだろう。

 実際、彼女の見方もある意味では正しい視点なのかもしれないが、わたしにはわたしの、涼に対して想う強い気持ちがある。

 誰になんて言われても、わたしはわたしらしく、自分なりのあり方で涼と関わっていくだけだから。

 いろいろなことがあって涼に対してもさまざまに思うことがあったけれど、そんなことは度外視して、わたしはそう固く決心しているのだ。

 過去の過ちを繰り返さないように、涼にだけは誠実にって。


「そのキャベツ、少しもらっていい?」

 そう決意を新たにしていると、正面に座る涼がそんなことを言った。

 わたしが今日選んだのはコロッケ定食で、涼は醤油ラーメンを注文している。

 コロッケの付け合わせのキャベツを分けてほしいと頼む涼に、何でキャベツなんだろうと首を傾げつつ、わたしはキャベツとコロッケの乗った皿を差し出した。

 涼は箸でキャベツをひとかたまり掴むとラーメンの器の中に入れた。

 そのまま麺と一緒に咀嚼する。


「それ、おいしいの?」

「……まあ、スープがキャベツに染み込んでうまいといえばうまいんじゃないかな」

「ふぅん」

 たまに変なことをする涼だけれど、上手く言えないが、そのどこか気の抜けたような様子はなんだかいつもと違う気がした。 


「何かあった?」

 短く訊く。事情がわからないことには他に訊きようもなく、涼にはそれで通じるものだと思っていた。

 けれど。


「……別に何も。可もなく不可もなく、いつも通りの学校生活だよ。藍もいるし、栗原もいるし、百日もいるし、一応、斎藤の奴もいる。問題なんて起こりようがないさ」

 憮然とした表情で涼が言い、麺を啜る。ずずーっと音がして、長い麺の連なりに弾かれたスープの小さな雫がテーブルの上に一滴落ちた。

 わたしはそれ以上追及しようかどうしようか考えて、やめた。

 涼はいつもわたしが話したくないと思っていることは深く尋ねないでいてくれている。だから、わたしも涼の気持ちを変に詮索するのはやめよう。


 そう気持ちを切り替える。

 そして、お味噌汁の器を手に取って中のお麩を箸で摘まんだとき、今度は涼が言った。


「藍は……まだ、話す気にはならない?」

「……何が?」

「この前の」

「……お母さんとのこと?」

「そう」


 お母さんと涼を会わせてからずっと、避けてきた話題。

 涼に小さい頃の話をしようとして、言わなかったこと。

 最近になってもういっそのこと言わない方がいいとさえ思っていたこと。

 改めて涼に言われて、胸の奥がずんと重くなる。


「そ、その、もう少し、待って」

「もう少しってどれくらい?」

「……に、二週間、くらい」

 自分で口にしておいて長すぎると思った。たかだか話す話さないというだけの問題にどれだけ時間を使っているのかと。


 でも、ほんとに少し時間が欲しくて。……とても小さい頃の話だし。


「なあ、藍」

「な、なに?」

 蓮華でスープを一すくいして飲んだ涼が顔を上げてわたしを見据え、言った。


「――藍って結局、いつも大事なことは何一つとして話そうとしないよね?」


 一瞬、息が詰まった。

 動悸が少しずつ、早くなっていく。


「……僕の勘違い、ならいいんだけどさ。どうも少し思って。斎藤との件も百日との件も、藍は僕に自分から話をしようとしたことはない。斎藤の件はほとんどあいつ自身から聞き出して、百日の件は大分、切羽詰まってからだし、訊いたのは僕からだし」

「さ、斎藤君のことはそう、だけど。で、でもっ、ももちゃんのことは夏休みに……」

「……本当に自分から言う気あった?」


 胡乱な目つきで涼がわたしを見る。

 そんな目で涼に見られたくなかった。

 彼にはいつも優しいまなざしでわたしを見守っていてほしかったのに。

 涼がふと目を逸らし、食堂のカウンターの方へ目をやる。

 昼休み開始直後に比べて落ち着いた生徒の列がそこにある。

 それから言った。


「……まあ、別に、言いたくないことを何でもかんでも口にすることはないと思うよ。隠し事だって、誰にでもある。でも、まあ、なんというか、藍のは、なんだろうな、僕のこと本当に信用してるのかって気になる、というか」

「してる! してないわけない! 涼のことは心の底から信用してる。だから……」

「――だから、もう少し待ってほしい?」

「…………う、うん」


 わたしがそう言うと、涼は深々とため息を吐き、蓮華をもう一すくいした。


「ま、わかったよ。いくらでも待とう」


 彼がそう言ってくれたことに安堵するのもつかの間。

 涼は、食堂にいる多くの生徒の話し声に紛れるようなごく小音量の声でつぶやいた。


「……僕ってなんなんだろうな」


 わたしはそのつぶやきを聞き取れてしまって、なんだかとても胸が苦しくなった。

今更ですけど、「・・・」を「……」に変えました。変な癖ついてはいけないと思ったので。あと、会話文のかぎかっこの前に段落の空白はいらないという事実に最近気づいてそれも変えました。今回の話以前のものについてはいずれ修正するかもしれませんが、今は放置です。


第100部分まであと二つ。(これが98部分)

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