一緒にお風呂
るりちゃんと二人でお風呂に入る。
脱衣所に入って、壁際にある脱いだ服を置いておく棚の前に二人で立った。
「……ちょっと恥ずかしい感じ、しない?」
「うん。ちょっと、ね」
シャツの裾に手をかけたるりちゃんが恥じらうようにそう言って、わたしはそれに首肯する。
「でも、その、るりちゃんともしっかりお話しなきゃ、って思ってたから、ちょうどいい機会かも」
「わたしと?」
「うん。涼とのこととか、いろいろ、あったから……。やっぱりそういうのはきちんとしないといけないのかな、って……」
「……そっか」
そうつぶやくるりちゃんは何か言いたそうにしていたけれど、結局は無言でシャツの裾をまくり上げた。
少し、日に焼けたような肌が露わになって、わたしはちょっとどぎまぎしながら、自分のワンピースを脱ぎ捨てる。
下着姿のるりちゃんが、同じように下着姿のわたしの体を上から下へ眺めるように見て、目を丸くした。
「わ。知ってはいたけど、藍ちゃん、とっても肌白いね。きれい」
「そ、そうかな? ありがとう」
下着姿をそうまじまじと見られると同性相手でも少し恥ずかしい。
「るりちゃんはスタイルいいよね。わたしは背も低いし、体の凹凸も少ないからうらやましい」
「そっかな? あんまり言われたことないけど。でも、小柄なのも女の子らしくて、とってもかわいいと思うよ」
「う、うん。ありがと」
下着を脱いで、体に何もまとうものがなくなると、るりちゃんがそばにいるせいか、なんとなく無防備な感じがしてタオルを体に巻きたい気持ちになった。けど、少し頬を染めていたものの、るりちゃんは至って堂々としていたので、わたしもあまり気にしないことにした。
お湯に濡らして傷めることのないよう、髪をヘアークリップでまとめる。るりちゃんもセミロングの髪を同じようにしている。
そうして、バスルームに入った。
ももちゃんの言うように、たしかに普通よりは広めなお風呂な気はしたけど、二人で一緒に入ると手狭な感はやはりある。
けれど、わたしは小柄だから、一緒に湯舟に入ることも可能じゃないかと思った。
シャワーで軽く体を洗い流して、お湯の張った湯舟に足を入れる。ちょっと熱かったけど、なんとか全身浸かることができた。
るりちゃんはメイクを落とすらしく、バスチェアに座って鏡を向いた。
日常的にそんな風にきちんとメイクをしているるりちゃんに、女の子らしさで負けているような気がしたけれど、わたしなんかよりもるりちゃんの方がとても魅力的な女の子なので、それは仕方のないことだと思った。
わたしはあまりお化粧はしないから。やり方は一応、知っているけれど、あまりしない。
面倒だとか、そういう理由があるわけじゃない。単に気乗りがしないだけ。
『メイクなんて、冠婚葬祭のときだけでいいのよ』などとのたまう豪快なお姉ちゃんの影響を受けているせいかもしれない。実際のところはわからないけど。
「……藍ちゃん、お湯加減は?」
鏡に顔を近づけたるりちゃんが振り返らずに声をかけてくる。
「ちょっと熱いけど、気持ちいいよ」
「それは何より。ところで藍ちゃん、わたしも一緒に入っちゃってもいいのかな?」
「あ、うん。少し狭いかもしれないけど、それでよければ」
「全然大丈夫だよー。藍ちゃんの滑らか肌に合法的に触れるチャンスだしねー」
「う、うん?」
るりちゃんはたまにその手の冗談を口にしたりするけど、そういうとき、わたしはどういう反応を返せばいいのかわからなくなる。適当にあしらうとかそういうことができないので。改めて、難儀な性格だと自分でも思う。
「さってっと」
メイクを落とし終わったらしく、立ち上がったるりちゃんがシャワーで体を洗い流し、湯舟に脚を差し入れた。
すらっと伸びる脚が目の前にあって、思わずぼーっと見てしまうと、からかうようにるりちゃんが言ってくる。
「いやん。藍ちゃんのえっち」
「あ、ご、ごめんね」
「ううん。いいんだよ。別に藍ちゃんに見られても嫌じゃないしね」
ちゃぷんと音を立てて、るりちゃんがわたしの正面に腰を下ろした。
ふくらはぎの辺りが触れ合って、彼女の体温がわずかに伝わってくる。
視界の正面に彼女のぷっくらとした膨らみがあって、視線を落とすと、彼女とは対照的なわたしの小さな膨らみがあった。
浅いため息をついた。
「……ところでさ、藍ちゃん」
「なに?」
「相田君とはうまくやってる……って、さっきのあの様子を見ればそれは訊くまでもないことか」
「えっと……」
るりちゃんが涼に告白をしたという話は知っているし、彼女と涼が小学生のころ同じクラスにいたことも知っている。そして、涼が昔彼女を好きだったことも。
その上で、涼はわたしを選んでくれたのだということも。
だから、その質問にどう答えるのが正解なのかわからなかった。
「藍ちゃんはさ……」
「うん」
「あの人のどこが好きなの?」
あの人。るりちゃんはそう言った。とても身近にいる涼についての話なのに、わざと遠ざかるような、自分とは切り離して考えるような、そんな言い方をして。
「……いろいろあるとは思うんだけど、結局は一つなんだと思う」
「それは?」
「わたしを受け入れてくれたこと」
「……そっか」
湯面に視線を落としたるりちゃんは、入浴剤によって薄緑に色づいた液体をすくうようにして両手を動かした。
手の中から水が流れ落ちていく音がする。
「わたしが彼を好きだったのはね」
るりちゃんは一度、言葉を切って、それから言った。
「きっと、ただの思い込みなんだと思う」
「思い込み?」
「うん。思い込み。小学生のころにとてもつらいことがあって、そこから救い出すように手を伸ばしてくれて、でも、運が悪くって、わたしは救い出されることもできなくて。そのまま、もう会わないだろうと思ってた。でも、高校生になって、彼と同じクラスになって、だから、それをまるで運命のように感じて、わたしは彼を好きだと思い込んだ、みたいな」
「それは、思い込みなの?」
「……うーん、違うのかなあ。自分でもよくわからないんだよね。藍ちゃんを見て、一度は諦めて、でも、もう一度希望を持って、それでも叶わなかった想いだからねー」
「……」
わたしは何も言えなかった。何も。
運が悪いとかで片付けられるわけでもなくて、かといって、全部必然で片付けられるわけでもなくて。わたしと彼女がいる場所の違いは、本当に何ででできているかわからないものだ。
だから、その故さえも知らないわたしにはそれについて何も言うことができない。
わたしの沈黙をどう思ったのか、るりちゃんがごまかすように、小さく笑った。
「ごめんね。こんな話しちゃって。藍ちゃんに話したって、答えようがないものね。ほんと、どうしちゃったんだろうなー、わたし。さっきも相田君につらく当たっちゃうし。ほんと、最低だ」
「そ、そんなことない! るりちゃんは最低なんかじゃないよ!」
それでも、わたしは彼女のその言葉を否定する。否定しなければ、ならない。
「涼だって! 夏休み前のあのときに、るりちゃんがいなかったら、きっとずっと落ち込んでた。……もしかしたら、わたしともう一度関わろうなんていう気を失くして、つらい状態のままだったかもしれない。でも、るりちゃんがいたから、涼は元気を取り戻せて、わたしとも……」
それ以上、口にすることがためらわれて、わたしの声は尻すぼみに消えていく。
るりちゃんは俯くわたしの顎に手を伸ばして、そっと顔を上げさせた。温度を感じさせないような彼女の視線がわたしを貫く。
「うん。そだね。わたしがいなかったら、藍ちゃん、相田君とも付き合えなかったかもね」
事実を告げられたのだとわかっていたけれど、その事実が他ならぬ彼女自身の口から告げられたことに、ひどく動揺した。
るりちゃんの常にない態度に、ひどく動揺、する。
けれど……。
「……ご、ごめん! 藍ちゃん、わたし今、とんでもないこと言った! ご、ごめんなさいっ……! ほんと、ごめん!」
急に焦ったように頭を振った彼女がそう謝ってきて、わたしは理解する。たぶん、いつもの彼女をらしくない態度に誘ってしまったのが、わたしと、おそらくは涼の言動なのだろうと。
「……ほんと、何言ってるんだろうね、わたし。ほんっと、おかしい。今日、ほんとに変」
半ば独り言のようにつぶやくるりちゃん。動揺しているのか、まとめた髪がほつれて、一房湯面の上に垂れてきているのにも気づいていない。
わたしはそんな彼女に、自分がどういう行動を取ったらいいのか、考えた。
どういう言葉をかけたらいいのか、考えた。
しばらく考えて、そして、考えるのをやめた。
考えても答えなんて出ないから。だから、わたしは今自分がしたいと思っていることをすることにした。
「……るりちゃん」
「……あ」
わたしは目の前の彼女に身を寄せて、その頭全体を包みむようにして抱きしめた。
わたしの行動はきっと間違っているのかもしれない。
彼女が得られなかったものを得てしまったわたしが、彼女にこんなことをしても、きっと、彼女を余計に苛立たせてしまうだけかもしれない。
きっと、これは自己満足に過ぎないのかもしれない。
けれど、わたしはそうしたいと思ったから。
少なくとも、わたしのためじゃなく、るりちゃんのためにこうしたいと自分では思ったから。
だから、そうする。
理由はいらなかった。
「……ぐすん」
涙をこらえるような声がした。涙をこらえきれない嗚咽がした。
それから、腕の中のるりちゃんはわたしの背中にしっかりと手を回す。
わたしの胸に顔を押し付ける。
「なんだか、最近わたし、泣いてばっかり……」
嗚咽交じりのその声が耳に届いて、わたしも目が潤んでいくのを感じる。
「いいんだよ。るりちゃんはがんばりやさんなんだから、がんばりやさんは、疲れたら、人一倍泣かなきゃいけないの」
「……藍ちゃん」
「なに? るりちゃん」
「あなたに嫉妬してしまうこんな最低なわたしでも、ずっと友達でいてくれる?」
「……それはわたしの台詞だよ、るりちゃん」
「うん。そうかも……」
「ふふっ。そこで肯定しちゃうんだ……」
「だって、藍ちゃん、嘘わかるんでしょ?」
「うん。そうだったね。そうだった」
「藍ちゃん」
「なに? るりちゃん」
「藍って、呼んでもいいかな?」
「なら、わたしはるり?」
「うん。そう、呼んで」
「わたしと友達でいて、つらくはない?」
「……うん。つらいかも。でも、たかだか男に振られたぐらいで、藍ちゃんみたいないい子を遠ざけたら、わたしは自分自身が許せなくなるから」
「るりちゃん、強い」
「えへへ。もちろん、わたしは強い女ですから。優しくて、強い魅力的な女の子ですからっ」
「うん」
「いつか、相田君には自分にはあのとき見る目がなかったんだって、思いっきり後悔させてやるんだから」
「そ、それは……、わたし、なんて反応したらいいの」
「うふふっ。藍ちゃんの困った顔、かわいい」
るりちゃんはわたしの胸から顔を上げて、にっこりと笑った。
けれど、なぜかすぐにもう一度胸に顔を寄せてくる。
「るりちゃん……?」
「なあに? 藍ちゃん」
「えっと、なにしてるの?」
「藍ちゃんのおっぱいのやわらかさを顔全体で堪能してるの」
「……ど、どうしてそんなことを?」
「……ここ数時間ぐらいで、ちょっとわたし変な方向に目覚めかけちゃったかも」
「変な方向?」
「皆まで言わせないで。察して、藍ちゃん」
「……?」
るりちゃんの行動は謎めいていたけれど、彼女にされるのならば別に嫌ではなかったので、そのままにしておくことにした。
るりちゃんが元気になれるのなら、それでいいと思うので。
……その後、「藍ちゃんの肌きれい」などと言われて、なぜか身体のいろんなところをまさぐられたりしたけれど、それもまた、スルーしておくことにした。
そのときのるりちゃんの目はちょっと怖かったけれど。




