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あいだけに  作者: huyukyu
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打ち上げる

「――ありがとね」


 斎藤との僕のスマートフォンを使った長電話を終え、その一部始終を僕らに見られたことに対する羞恥の表情を滲ませた百日が恥じらいを押し隠すようにそう言った。


 そう言えば、百日からこんな風に「ありがとう」だなんて感謝の言葉を受けたことは今までなかったなあ、などと感傷に浸りながら、僕は頷きを返した。


「よかったね、ももちゃん」

「どういたしまして」


 藍と栗原も感慨深い表情で、その言葉を受け取ったようだった。


 百日からスマートフォンを返却される。その後、再び四人でテーブルについた。


「……君たちってほんと、お節介で、無駄に優しいね。藍ちゃんがそうなのは何となく知ってたけれど、相田も、栗原……さんもそんな風に人のことばっかり考えて、人生つまらなくないの?」


 若干ひねたような言い回しなのは、彼女なりの照れ隠しなのだろうと脳内変換しつつ、僕がその百日の言に応じようとしたところで、栗原に先を越される。


「むしろ、そんな風に人のことばっかり考えていた方が人生は楽しいんじゃないかな? 自分のことばかり考えていても、きっと悩むばかりになっちゃうと思うし」

「そういうものかな」

「きっと、そうだと思うよ。ところで、百日さん」

「なに?」

「いつだったか、わたしはあなたと友達になりたい、っていうような旨のことを言っていたと思うんだけど。こんな風に打ち解けて話してくれるようになったってことは、その件は了承してくれたっていうことでいいのかな?」

 ちょっと首を傾げて、隣に座っている百日の顔を窺うようにしてみせる栗原に、百日はそんな彼女の視線から逃げるように目を逸らして、

「……う、うん。……それでいい」

 と言った。大分、表に出ない百日の心情を推し量ることに長けてきた僕からすれば、今の返事は百日的にはかなり素直になった結果の反応なのではないかと思う。しかし、そんな風にどこか戸惑った風な態度を取ってしまうところを見ても、百日にとって抜き身の好意を向けられることというのは居心地の悪いことに違いないのだろう。人から好意を向けられる、ということが珍しいこととして認識される百日のこれまでの人生というものに、少し思うところがないではないが、それでも、これからの彼女の人生は違うのだろう、と思っておくことにする。


「じゃあ、友達だっていうのなら、百日さん、栗原さん、なんていう呼び方じゃなくて、もう少し打ち解けた呼び方をしてもいいかな?」

「……好きにすれば」

「わたしも、藍ちゃんと同じように、ももちゃん、とかって呼んだ方がいい? それとも、ダリア、って呼んでもいいのかな?」

「~~――っ。な、なんでもいい……」

「じゃあ、ダリアって呼ぶね」

「う、うん」

「ダリアは?」

「え?」

「ダリアはわたしのこと、なんて呼びたい?」

「……えっと、じゃ、じゃあ、る、るり?」

「うん。いいよ。ダリア」

「――~~~~っ」


 ダリアって呼ばれるたびに、百日は顔を真っ赤にしているわけなのだが、名前を呼ばれるだけでそんなに照れが先行するものだろうか。それとも、栗原の呼び方があまりにも優しくて、第三者的に見ている僕でも、どこか温かい気持ちにさせられるからなのだろうか。


「それじゃあ、僕もダリアと……」

「相田はやめて」

「……はい、すいません」


 流れに便乗して、調子に乗った僕もそんな風な提案をしてみたが、みなまで言うことなく、百日にすげなく却下された。いつものふざけた感じも、栗原とのやり取りのときのような微笑ましい感じも一切なく、素のマジトーンで言われたために余計に心に来た。

 ……男だからって、そういうひどい扱いはよくないと思います!


「……涼、距離感って大事だよ?」


 ひどくまじめな顔をした藍にそう諭されて、僕はふざけるべき場面ではないところでふざけてしまったのだと悟った。ほんと、空気読めないわ、僕って。


 傷心した僕が心の中で、自分の長所であるところの空気の読めなさを延々と自己賛美していると、仕切り直すように、百日が「改めて、言わせてもらうけど」と前置きをして言った。


「……藍ちゃんも、るりも、相田も、あんなにひどいことばかりしたボクのことをいろいろと助けてくれて……ほんとに、ありがと……。それと、ごめん。ひどいことばかりして、ひどいことばかり言って、これからは少し言葉には気をつけるよ」


 そうして、深々と頭を下げる百日。

 藍も栗原も、それを神妙な顔で受け止めている。


 一方、僕は、それでも言葉に気をつけるのは「少し」なのかと、言葉の端を捕らえて心の中で突っ込みを入れたりしていた。僕ってほんと空気読めない。


「……だから、いろいろあったけれど、ボクとしても、お詫びとお礼を君たちにしたいな、なんてちょっと思ったりもするんだけれど。……ボクにできることって何かあるかな?」


 今までのちょっとアレな態度はどこへやら、殊勝なことを言ってみせる百日。


 そんな今までの様子と一見して異なる百日の姿に、僕は反射的にふざけ半分で、

「なら、さっきみたいにもう一回シャツを捲って見せてくれると……」

 などと言ってみると、

「――涼?」

 ひどく冷たいまなざしをした藍に見つめられる。


 凍り付いたような無表情の藍は、すっと腕を伸ばして、僕の太ももに片手を置き、

「……冗談でも言っていいことと悪いことがあるっていうの、わかる?」

 と見上げてくる。

 腿に触れる藍の手の平の温度に、なぜか背筋を這い上がるような怖気を感じつつ、僕は答える。

「わ、わかります……」

「……涼にとってももちゃんはどういう関係?」

「えっと、まあ、友達、と言えなくもないかな……」

「涼にとってわたしはどういう関係?」

「こ、恋人、です……はい」

「なら、恋人のわたしのいる前でももちゃんにそういうことを言っていいと思う?」

「お、思わないですね、うん……」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫。ノープロブレム。ナニモモンダイハアリマセン」

 

 なぜだろう。「大丈夫?」って相手を心配するような言葉のはずなのに、今の藍からは全然そんなニュアンスを感じなかったぞー?むしろ脅されているような気さえした。


「……なら、いいけど……」


 ぷいとそっぽを向くようにして、藍は僕への追及を終わりにする。

 少し頬が膨れたようになっている藍。


 最近、時々、彼女は僕に対して妙に辛辣になることがある気がする。二人っきりのときだとそういうことはないんだけれど、百日や栗原といるときには決まってこういう感じになったりするような……。

 藍なりに僕への独占欲的なものを感じてくれているのなら、正直、とてもうれしい。


 ただ、それであまり藍をもやもやとした気持ちにさせていてもよくないと感じたので、僕は膨れている藍のほっぺたを突っついてみる。


「ひゃ!?」


 ぷにぷにとした感触が指先に伝わる。小さく悲鳴を上げた藍が大きく肩を跳ねさせた。


「……な、なにするの、涼……?」

 ほっぺたをぷにぷにされたまま、くりっとした瞳を少し見開いて、藍が言った。

「えー、いや、ほっぺたやわかそうだな、って」

「や、やわらかそうだから、今も触ってるの……?」

「そうだけど」

「……も、もう涼は仕方ないんだから……」


 呆れたような声を出しつつも、嬉しそうに藍の頬は緩んでいる。

 わかりやすい反応をしてくれて、すごく助かる。何より、触り心地とかわいい藍の表情を見られる眼福で、幸せ感が半端ない。


「……お二人さーん、わたしたちを無視して何勝手に二人の世界に入ってるんですかー?」

「……ボクがお礼をするっていう話から、よくそこまでのイチャつきに持っていけるよね」


 からかうような口調の栗原にたしなめられて、ふと我に返る。

 百日でさえ、やや呆れたような目をしていた。


「ご、ごめんねっ、二人とも……」

 慌てたように藍が言った。けれど、僕はほっぺたをぷにぷにすることを決してやめない。


「……はあ」


 それを見た百日が小さくため息をついて、それから「けほん」と咳払いをする。


「とりあえず、相田も藍ちゃんも、今が十分満たされているということだけは理解したよ」

「ほんとにね」

 

 百日の言に栗原が追従する。


 二人の呆れた様子に、僕と藍はどこか肩身の狭い想いをしつつも、それでもイチャつき続けるのだった。主に、ほっぺたを突っつき続けているのは僕だけど。ただ、藍はそれを拒む姿勢をまったく見せていないので、結局のところ僕と同罪かもしれないが。




 それから少しばかりの時間が経過して、百日家にやってきた時刻から一時間経った現在は午後三時。おやつの時間だ。

 けれど、僕と藍は百日家で優雅なティータイムを過ごしたりすることもなく、彼女のマンションから徒歩十分の距離にあるとあるスーパーの中にいた。


 その理由は単純で、せっかく四人集まったのだし、打ち上げでもやろうか、という話になったのだ。

 別に、何か特別なイベントを行ったわけではないのに、打ち上げと言うのもおかしな話だが、それ以外に適切な表現が見つからない。百日と斎藤のカップル誕生祝いをするというのも、どこか実態にそぐわないような気がするし。まあ、一番近い表現があるとすればお疲れ様会といったところなのかもしれないが、気分的にはもっとニュアンスの明るい打ち上げと呼称することにしたのだ。

 とにかく、一連の物事に対して、お互いの苦労を労う、またはその恨みつらみを完全に忘却するために、派手に騒いでおこうというわけだ。もっとも、たとえ打ち上げと称した催しだとしても、派手に騒ぐような人間はいないのだが。

 

 そして、その打ち上げのために、藍と僕は近くのスーパーまで買い出しに来ていた。

 そのお代は百日持ち、ということになっている。最初はお金のことは別だと、それを遠慮した僕らだったが、


「……父親の厚意というか、善意の押し付けのために、お金だけはそれなりにあるから、別にそんな遠慮しなくたっていいよ。君たちがちょっとばかり律儀な性格をしているというのはわかるつもりだけれど。それでも、ね。たまには、ボクも誰かのために何かをしたいんだよ。お金ぐらいしかできることがない、っていうのが虚しさを感じるけれど、でも、まあ、それで、ボクに甘えられたがっているお父さんに甘えることができるというのなら、それもいいとは思うしね」


 という百日の主張を聞いて、結局はその提案に首肯した。

 彼女と父親との関係がどのようなものなのかはわからないが、少なくとも、それが金銭的な融通だったとしても、娘に甘えられて嫌な気のする父親というのもいないだろうし。今の百日にとって、誰かに甘えるというのはとても大事な行為のように思われたので、僕らはそれを受けることにしたのだった。


「えっと……、るりちゃんは紅茶で、ももちゃんはレモン味の炭酸、だったかな?」

「うん。それで合ってる。ついでに、僕はオレンジジュース」

「それは知ってるよ?」

 飲料品コーナーの前で、買い物メモを持つ僕に藍が確認を取り、しっかりと自分の分の飲み物も主張して答えると、僕のことなら何でも知ってるよ、と言わんばかりの少し胸を張るような笑顔が返ってきた。


「よく飲んでるよね? オレンジジュース」

「子どもっぽいと思う?」

「ううん。子どもっぽいも大人っぽいもない。好きならそれでいいと思う」

「そっか」


 相変わらず、藍の相手を受け入れることに対する包容力はすごいものがあると思う。特に僕の趣味嗜好とか行動に対して、彼女は大抵の場合、肯定的な受け取り方をしてくれるし、認めてくれる。それがひどくありがたいと、今のように、ふとした瞬間にそう思う。


「ちなみに藍は?」

「わたしは今日はももちゃんと一緒で炭酸」

 藍は気分によって飲み物の好みが変わる性質のようだった。


「他にはお菓子とケーキと……」

「後、栗原のリクエストで、スルメイカ、だったか……?」

「……うん」

 ちょっと、苦笑混じりに藍が首を縦に振る。

 あいつの趣味はほんと、よくわからない。確かにおいしいのかもしれないが、打ち上げでスルメイカを食べようというその心意気がよくわからない。


「スルメイカってどこだっけ」

 買い物かごの乗ったカートを押して先を行く藍の後ろ姿を眺めながら、スーパーの店内を練り歩く。そんなに都会でもない地域のくせして、やたらと店内が広いので、目的のものを探すのに苦労する。


 何となく退屈だったので、目の前にあったさらさらとしていそうな黒髪に触れてみる。

 想像の十倍以上には滑らかな感触が返ってきて、思わず「おおぅ」と変な声を漏らしてしまった。


 その声と髪の感触に、商品棚同士の隙間の少し狭い空間で一旦カートを止めた藍が振り向いた。


「……な、なに? 涼」

「いや、髪綺麗だな、って」

 素直な本音を伝えると、藍が少しだけ頬を緩めて、しかし、次の瞬間にはすぐにまじめな表情を取り繕った。

「……さっきもそうだけど、そんな理由で女の子の体に触る涼はへんたいちっくだよ」

「相手が藍なんだから、別にいいじゃん」

「……っ……そういうこと言うの、卑怯」

「藍だけには気を許しているっていうことが感じ取れちゃってうれしいから?」

「……い、一々、せつめいしなくてもいいからっ」


 慌てたように前に向き直る藍に、僕は笑みを深めて、その後に続く。


 粗方目的の物を買い揃えると、レジの方へと向かい、三時という時間帯ではありつつもタイミングが悪かったのかそれなりに並んでいる列の最後尾についた。

 改めて、買い物かごの中身に目をやると、スナック菓子や飲み物、スルメイカに交じってお菓子というよりはその材料というべき商品がいくつか入っているのが目に付いた。


「……もしかして、藍がスイーツを手作りする感じ?」

「うん。そうだよ。さっき確認させてもらったら、ももちゃんの家の台所、とても設備が整っているみたいだったから、せっかくなら作らせてもらおうかなって」

「ちなみに、何を作るおつもりで?」

「シュークリーム」

「シュークリーム、よく作るよね、藍は」

「もう、飽きちゃった?」

「そんなことないけど、なんでなのかなって」

「ももちゃんの好物なの、シュークリームって」

「へえ、そうなんだ、なんか意外というか、イメージにそぐわないというか」

「そんなことないよ。少し見た目は不格好に見えないこともない外側のシューがあって、中にやわらかくてとっても甘いクリームがある。ももちゃんにぴったりだと思わない?」

「……それは確かに」


 だとしたら、あいつは自分に似たスイーツが好きだということか。まあ、自分嫌いなようでいて、自分好きなところもあるようなあいつらしいと言えばらしいのかもしれない。


 レジで会計を済ませると、スーパーを出て、再度百日家へと戻る。


 百日と栗原が二人っきりでどんな話をしているのか、ということに思いを馳せると、なんとなく、頬がにやついてくる感じがした。

 ちょっとさぼって本を読むのをおろそかにしていると、途端に書く文章がぎこちなく感じられてくるのだから小説を書くのは恐ろしい。

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