素直じゃない二人
「もしもし、斎藤か?」
「ああ。そうだけど。相変わらず俺を着信拒否しつづけるお前は相田かよ」
「悪いな。前にお前に百日懐柔作戦の邪魔をされたときにむしゃくしゃして着信拒否にしてたの忘れてたよ」
「……もう相田の俺に対する無駄に辛辣な態度には慣れたからいいけどさ。昨日の夕方くらいに俺はお前に連絡を取ろうとしたんだぜ? なのに、着信拒否って……」
「だから、悪かったって……。それで……今僕は百日の家にいるんだけど……」
「……」
「ああ、誤解するなよ。藍もいるし、栗原もそばにいるよ」
「なるほどな。昨日のことか?」
「そう。散々だったらしいな、昨日」
「まあ、そう言えないこともないな。なんであの女はあんなに素直じゃないんだろうな……」
「そう言うってことは事情は理解している感じか?」
「……まあ、あれだけ熱烈な手紙を書かれた手前、俺でも理解しないわけにはいかないさ。あいつの俺に対する冷たい態度も、だから、半分照れ隠しなんだろ?」
「ま、実際のところはどうあれ、少なくとも僕はそう思うよ」
「それで、俺に電話してきたのは俺がどう思っているかの確認っていうところか?」
「そうだよ。お前がまたぞろふてくされて百日に対する気持ちをこじらさせていないかどうかの確認」
「いくらなんでもそれはねえよ。俺だって学習する。それに、男に二言はないさ。あの女にどれだけ事情を聞いたか知らないけど、俺でよければ付き合うと言ったからにはせめて最後まで付き合うさ」
「……それで、お前は昨日どう思ったわけ?」
「どうって……、何がだよ」
「百日の二人で出かけたわけだろ? ゲーセンとカラオケに行っただけかもしれんが、それでもそれなりに感じたことはあったんだろう?」
「……あいつらしいな、とは思ったよ」
「らしいな、ってのは、どういう意味だ?」
「……っ。だからその、音ゲーなんかでむきになって俺に張り合おうとするのもカラオケで童謡を歌い出すのも、絶妙に普通を外してくるあいつらしいな、って思っただけだ」
「それで、そんな百日らしい百日を見て、お前はどういう風な感情を抱いたんだ?」
「だから、あいつらしいって」
「それは感情というよりは感想だろ? もっと生の感情を出してみろよ」
「……相田は俺に何を言わせたいんだ」
「別に、お前の正直な気持ちを聞きたいだけさ」
「俺があの女にそんな良い感情を抱くとでも思ってんのか」
「さあな。でも、人間の感情って理屈じゃないと僕は思うよ。一瞬前まで嫌いでも、一瞬後には大好きになることもありえる気はしてる」
「……ゎいいって……」
「……ん? 声が小さくてよく聞こえないぞ? もっとはっきりと言ってくれ」
「だから! ……かわいいって思ったんだよ! 音ゲーにむきになるのも! カラオケで必死こいて震え声で童謡なんか歌うのも! 俺を好きだって気持ちを知ってみたら! 不思議と嫌いになれなかったんだよ! ……だからそんなあいつを俺はかわいいって思ったんだよ! 悪いか!」
「……いや、別に悪くはないけど……。でも、お前ゲーセンではつまらなさそうにしてたし、カラオケでは百日が歌っているときには仏頂面だったっていう話だったけど」
「それはその、あれだよ……。わかるだろ? 嫌いな奴をかわいいなんて思ったら、誰だって、表情も険しくなるってものだろ。俺はあいつに……どうしようもないわだかまりがあるんだから」
「なるほどな……」
斎藤の話に、僕は電話越しに伝わらないながらもうんうんと頷き、わかりやすい同意の反応を返し、それから――
「だってさ、百日」
それから――そばでじっと身動きもせずに話を聞き、顔を真っ赤に染めて声を出さないよう必死で口元を手で覆っている百日に話を振った。
「……は?」
スピーカーモードに設定された僕のスマートフォンから、間抜けと表現するにはあまりにも不憫ではあるのだけれど、それでも間抜けというほかない斎藤の間抜け声が聞こえてくる。
「ああ、悪い。斎藤。さっきの会話、百日はもちろんのこと、藍にも栗原にも聞こえてたから」
「……はあああああ!!??」
哀れ。斎藤努よ。僕相手だからと油断したのかもしれないが、お前の正直な気持ちは百日も藍も栗原も完全に知るところとなった。
「だって、面倒くさいだろ? お前から僕が聞いた話を百日に伝えるのは。変な伝言ゲームになるかもしれないし、勘違いも起こるかもしれないし。だったら、いっそのこと、最初から全部、本人に聞いてもらった方が早い」
「いや、お前……! なんてことを……!?」
だって、ほんとめんどくさいんだもん。
百日はもちろんのこと、斎藤だって、それでも、百日に好意を寄せられて本当のところは満更でもないようだったし……。
だったら、もう、適当に本音を暴露した方が手っ取り早くてよくね? という話だ。
「で、百日、お前は……?」
口うるさく文句を言い募ろうとする斎藤を無視し、僕は目を白黒させている百日に訊く。
「……な、なにが……?」
「斎藤からの素直な気持ちを聞いた感想は何かないのか、というか……。昨日の今日で斎藤に言うことはないのかというか……」
動揺する百日に、僕は淡々と話を振った。
電話越しの斎藤もぶつぶつと文句を投げかけるのをやめ、百日の言葉に耳を傾ける気配がした。
「……そ、そんなこと言われたってぇ……」
しかし、そこできちんとした意思の伝達を行えるのならば、そもそも彼女は昨日そんな天邪鬼な態度を取っていないわけであって。涙目で口元を抑える彼女はうろたえるのみ。
「だから、そこでへたれんなって!」
そんな百日の姿は藍至上主義を基本理念とする僕から見ても、それはもうかわいいものだったのだが、電話越しの斎藤にはそれが伝わらないのが少々惜しいところではある。
……って、そうか。ビデオ通話可能なアプリでかければ。
「斎藤。お前のIDを教えろ」
「は? ……いきなり何を……」
「いいから。いいものを見せてやる。早くしろ」
言いつつ、僕はSNSのアプリを起動し、斎藤から聞いたIDから奴のアカウントを追加し、電話を一旦切ってから、アプリの方でビデオ通話をかける。
「……だから、一体何を……」
ビデオ通話に応じた斎藤が電話に応答しながら、そう言い、それから、携帯の画面に映っている画像に目をやったのだろう。すぐにその声が固まる。
斎藤自体はビデオ機能をオンにしていないため、その表情などはわからないが、少なくとも、斎藤の携帯画面にはかくもかわいらしい少女の姿が映っているはずだ。
突然カメラを向けられてうろたえ、自分の顔を見られまいと顔を隠しながらも、それでもわかるくらいに顔を真っ赤に染めている百日の姿が。
「……だ、だめぇ……」
いやいやをするように首を振った百日が慌てて席を立とうとするが、両脇から藍と栗原に取り押さえられ、着席を余儀なくされる。
「…………」
相変わらず、電話の向こうからは無言だけが伝達されてきている。わずかに聞こえる斎藤の息遣いから、彼自身、かなり動揺しているっぽい様子が感じ取れた。
「……ぅうう」
脇を抱えられるようにしてソファに腰を下ろしている百日の瞳は潤んでいて、所在なさげに視線は上手く定まっていない。本当のところは恥ずかしがり屋な百日の姿は、見ているこっちが少し恥ずかしくなるようなものだ。それと同時に微笑ましい気持ちにもなる。
「……それで、斎藤、感想は?」
いい加減、何か言えとばかりに、僕は黒い通話画面の向こうに言葉を投げかける。
「……い、いや、あの……」
「もごもごするな。お前までうろたえたら話が進まないだろうが。……わかった。僕の質問にイエスかノーかで答えろ」
「……」
「……今の百日をかわいいと思う」
「……い、いえす」
「……今の百日を好きだと思う」
「……ばっ……!? そんなこと言えるわけ……!」
「質問にはイエスか、ノーかで答えろ。それ以外の回答は無効だ」
「…………」
「今の百日は好きだと思う。……イエスかノーか」
「…………――イエス」
「――っ!?」
もはや何かを諦めきったような斎藤の返答に、未だカメラを向けられたままの百日が大きく肩を跳ねさせる。
そして、何かを堪えるように自分の肩を抱いて、それから肩を震わせて、うつむいた。
「お、おい!? どうした!? 平気か!?」
その映像を見ている斎藤も心配そうな声を上げる。
「――へ、平気……。ちょっと……おどろいた、だけ……」
目元にうっすらと涙を浮かべた百日が顔を上げて、それに返答した。
「……君、ボクのこと、好きなの?」
そうして通話画面の方を向いた彼女は、画面の向こうの斎藤にそう問いを投げかけた。
「な……!?」
「……こ、答えて……」
今の百日に普段の強気な態度などどこにもなく、窺うような上目遣いは、カメラ越しの斎藤にも破壊力抜群だろう。
「……い、今のお前は……嫌いじゃない……」
「そ、そんなんじゃ、だめ……。ちゃんと、言って……。でないと、付き合ってあげない……から」
「は……!? いや、お前から告白しておいてそんなこと言う!?」
「いいから、言ってよ……おねがい……」
「……っ……す、好きだよ……。そんな感じのお前は正直、好きだ。ぐっと……くる」
「そ、そう……」
言って、百日は口元を幸せそうに緩めた。
「……お前はどうなんだよ」
恥ずかしいことを言わされた反撃だろう。斎藤がぶっきらぼうな口調で訊く。
「な、なにが……」
「なにがじゃねえよ。俺のこと好きなのか?」
「……す、好きなんかじゃ、ない」
「う、嘘つけよ! あんな手紙書いておいて、まだそんなこと言うのかよ!」
「……う、うそじゃないもん! ほんとうに好きなんかじゃないもん!」
「……お前……」
もはや僕や藍や栗原が介在する余地はどこにもなく、彼らはきちんと本音で対話できているように、その様子は見られた。
僕が持っていたはずのスマホはいつの間にか百日の手に渡っており、ビデオ通話機能は維持されたまま、百日と斎藤はそれから言い合いを始めた。
かなり激しい罵倒が繰り広げられているようには見られたものの、それでも、その様子にはどこか微笑ましいものが含まれていたように感じたので、僕らは何も口を挟むことをしなかった。
彼女と彼が好きなだけ本音をぶちまけるじゃまをしないよう、そっと百日から距離を取り、何か慈しむような目線で以って、彼女を見る。
僕も、藍も、栗原も、自然と笑顔になっていた。その笑顔の七十パーセントぐらいは苦笑の成分が含まれていたが、それでも、微笑ましいと思うことには変わりない。
お似合いだね、と藍がぽつりとつぶやいた。
僕も栗原もそれに素直にうなずいた。
現実の生活で素直な気持ちを口にできないのって、ただただ自分にとっても他人にとっても面倒くさいだけですけれど、フィクションだと描き方によっては萌えポイントになる不思議。




