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あいだけに  作者: huyukyu
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ダリアの花言葉:『感謝』

 九月十二日。金曜日。

 前々から散々言ってきたように、今日は藍の誕生日。

 彼女には事前に、放課後は藍の家に寄りたいという旨を伝えてある。

 そこで、僕はこれまでの感謝の気持ちを込めて、とあるプレゼントを渡すつもりだった。


 朝、丸々一時間ほどかけて、いつものように自転車で学校へと向かう。

 夏の暑さも徐々に終局へと向かっているとはいえ、残暑は未だ(くすぶ)っていて、自転車を漕ぐ僕の額にも汗が滲む。


 習慣になってはいても、朝から一時間自転車を漕ぎ続けることで得たそれなりの疲労感とともに学校の校門をくぐり、昇降口へ。

 下足を履き替え、校内へ入り、階段を上って、クラスに着く。


 今日は僕の知り合い、近しい人間というものは誰もそこにはいなかった。


 藍は一応は百日の問題が解決したということで、今日は彼女らしくぎりぎりまで布団の中にいるのかもしれないし、百日も百日で、あれは一応、自作自演だったとはいえ、昨日今日で何か思うところもあるのだろうし、斎藤に至ってはその心中は察するところ。栗原はまあ、個人的な用事でも何かあるのだろう。


 だから、僕は何も用事がなく、誰に話しかけるでもなく、誰に話しかけられるわけでもなく、ただ与えられた自分の座席に座って、藍がやってくるのをひたすらに待っていた。


 そこで、暇な僕の頭にはこれまであったいろいろな物事に関するさまざまな思考が巡り、一つだけ、やり残したと言えることがあるのではないかと気づいた。


 やり残した、と言うほどには明確に僕自身それについて思っているわけではないし、被害を被ったのもある意味自業自得と言えることなのかもしれなかったので、現状をよしとすることに心理的抵抗は皆無だったのだが、それでも、それをこのまま放置しておくことは何となく決まりが悪いような気はしていた。


 だから、僕はあえて尋常ではなく浮くことを承知の上で、自分の席を立った。


 クラスの中にいるとある男子生徒に近づいていく。


 それは僕への嫌がらせの主な実行犯であり、僕を体育倉庫に閉じ込めるという、度を越したことをやらかした上に何もお咎めを受けていない、卑怯な輩であったりする。そして、もう一つ付け加えるとするならば、僕が食堂でキムチ大盛りを押し付けた相手でもある。


 その生徒はたぶん、バスケ部か何かだと思うのだが、早く来ていた友人二人とクラスの窓際前方のポジションで何はなくともただ雑談に興じていた。その二人もまた、体育等で僕への偶然の暴力を振るう面子でもあった気がする。実のところ、その顔ぶれというのはよく覚えてはいないのだが。


 彼らを深く刺激することのないように自然さを装って近づき、僕は声をかけた。


「一つ、言いたいことがあるんだけど、いいかな?」


 声に彼らがこっちを向いて、一様に怪訝そうな顔をする。

 特に中心人物でもあるらしい件の男子生徒だけは露骨に顔をしかめた。


 僕は彼らの返答を待つでもなく、特にその男子生徒の目をきっちり見つめて、それから――頭を下げた。


「悪かった。この前、食堂で無意味にあんな風に余計な注文を押し付けたりして。この通り。ごめん。あと、その他にも気に入らないような言動がいっぱいあったのなら謝るよ。僕が悪かった。許してくれ。この通りだ」


 数秒頭を下げ続けた後に、ゆっくりと頭を上げる。

 彼らはみな、判子を押した様に同じような驚き顔を貼りつけていた。


「……な、なんだよ。それ」

「え?」

「……意味わかんねえよ。お前」


 やはり三人の内でもっとも発言力が強いのは彼なのか。僕が謝った対象であるその男子が、何か不気味なものを見るような目で僕を見ている。


「……ほんと、意味わかんねえ」

「それはまあ、そうだろうけどさ。正直、お前に僕がされたことの方が圧倒的にひどいことだし、不快感はたぶん、僕の方が大きいけど。でも、それで僕がしたことが許されるかって言えば、きっとそうじゃないと思ったから。だから、謝っておきたかったんだよ」

「……どんだけ空気読めねえんだよ、お前」

「……ごめん」


 これまでにもさまざまに浮く言動やら、特に友達? であるところの百日の奇声やら、クラス内の雰囲気をぶち壊しにする行動をさまざまに取ってきたことの反省から、その謝罪も込めて、きちんと謝っておいた。


「……もういいよ。行けよ。わかったよ。わかったから行け」

「許してくれるのか?」

「許すも許さないもねえよ。いいから行け」

「……わかった」


 僕はもうそれでやるべきことは果たしたとばかりに、彼らを背にする。

 しかし、一歩も進まないうちに、ふと今、思いついたというように強張った声が投げかけられる。


「なあ、百日って彼氏いるのか……?」


 振り返ると、その男子はやや不安げな表情でこちらを見据えている。


 ああ、やっぱ、そういうあれだったのね。


 僕は理解を深めるとともに、ニヤッと唇の端で笑って見せた。


「彼氏がいるかどうかは今のところ、微妙だが、少なくともあいつの一生の被害者ならいるよ」


 その男子の顔はなかなかに見物だった。




 昼休みに藍と二人で昼食を取る。

 栗原は別の友達と食べると言っていたし、斎藤は昼休み開始と共に逃げるように教室を後にしていたし、百日はそんな斎藤を怖気がするような笑い顔で追いかけていった。


 だから、僕らは久しぶりに二人で昼食を取れた。


「……ちゃんと謝ったんだ……。うん、それがいいと思うよ。えらいえらい」


 僕が朝の事情を藍に説明すると、もはや百日だけでなく僕さえも子ども扱いされるように、そんな風なことを言われた。

 子ども扱いされるのは確かにあまり望むところではないが、藍にされるとそう嫌ではないのが彼女の人徳ということか。


「……最近、藍、やたらと変わったというか、すごく明るくなったような気がするんだけど……、何かあったの? ……いや、まあ、いろいろあったとは思うんだけど……」


 彼女は強くなったし、明るくなったし、なんていうか、より器が広がっているような感じは受ける。

 僕が傷つけたのもそうなのかもしれないし、旧友の百日との再会と出来事が彼女に変化を与えたのかもしれないが、一体何が彼女をそんな風に変えたのだろうか。


「大したことじゃないんだけど……」

 と藍は前置きして、


「涼とあんなことになった後、夏休みの終わりくらいに、お姉ちゃんと話をすることがあったの。そのときにね。いろんな話をしたんだけど、わたしがずっと暗い顔をしていたのをお姉ちゃんに指摘されてね。言われたの」

「何を?」

「『あんた、そんな顔してて楽しい?』って」

「……」

「なんでもないようなことなのかもしれないけどね。その時に気づいた。楽しいから笑うっていうのは確かにそうだし、それは当然のことなんだけど、けど、それだけじゃないのかなって。楽しいから笑って、それは当然楽しいんだけど、楽しくなくても笑って、つらい現状に笑顔で向き合おうとしていたら、それがまた楽しくなるのかなって。楽しいから笑うし、笑うから楽しい。どっちもあるのかなって」

 藍はそれから、心から幸せそうに微笑んで、


「……わたしはね。ただ、いつも笑顔でいられる自分でありたいな、って思っただけだよ」


 そう言った。


 僕はそれを受けて、少し考え、それから言った。


「うん。僕も藍だけには笑っていてほしいかな」


 言外に自分は笑えなくても、そんなニュアンスを込めた言葉に、彼女はそれでも俯かない。


「……大丈夫。涼はわたしが笑わせてあげるから」


 そう笑む彼女に、僕は思わず笑みが零れる。

 藍はそれを見て、また、嬉しそうに笑うのだった。




 放課後に、彼女の家に向かう。

 隣を歩く藍は機嫌よく、珍しく、鼻歌などを歌っている。

 一昔前の日曜朝のアニメのオープニングだ。


「涼は何をしてくれるのかな? 楽しみ」


 などという彼女に、期待に胸を押しつぶされる気持ちがする僕だったが、これでも一生懸命頭を絞って考えて、調べて、結論を出したのだから、あまり落胆などはしてほしくないと思う。


 彼女の家に着き、夏休み以来の、本当に久しぶりとも言える九々葉家訪問に少しテンションが上がる。


「わたしの部屋上がってて。今、飲み物とお菓子持っていくから」


 そう言って台所に消える彼女に、僕は勝手知ったるというほどにはあまり訪れていない彼女の家の階段を上り、相変わらず部屋中に所狭しとおかれているぬいぐるみの類を眺めながら、絨毯の上に腰を下ろす。


 数分後。オレンジジュースとシュークリームの乗ったお盆とともに彼女が戻ってくる。


「おまたせ」


 言ってお盆を置き、彼女もテーブルを挟んで僕の正面に腰を下ろした。


「……さて」


 一区切りつけるようにそう口にし、何から始めたものかと思い悩み、熱すぎるほどの彼女の期待の眼差しを受けてややたじろぎながらも、ようやく最初に言葉にするべき事柄に思い至る。


「――誕生日、おめでとう! 藍」


「ありがとう」


 彼女の誕生を祝う気持ちを声に力を込めて乗せ、力強く口にした僕に、藍が鈴の鳴るように軽やかで綺麗な声を返す。

 藍の声で紡がれる「ありがとう」という言葉がとても耳に心地よかった。


「……それで、だけど……。僕からは誕生日プレゼントとして、これを送ります」


 鞄から慎重に梱包してきていたそれを取り出して、テーブルの上に置く。


「……これは?」


 藍色の包みで包まれた手の平に収まりきらないくらいの大きさの物体に藍が目を輝かせる。

 その反応に僕はやや重いものを感じながらも、言うしかない。


「開けてみて」


「……あ」


 僕の言葉とともに彼女が包みを開封し、そして、プレゼントの中身が露わになる。


「……ダリアのプリザーブドフラワー、だよ」


 プリザーブドフラワー(Preserved flowers)。要は「枯れない花」という意味だ。インテリア用に枯れないような加工を施された生花。それがプリザーブドフラワー。

 今回渡したのは、ダリアの、それも白いダリアのプリザーブドフラワー。


 白いダリアの花言葉は『感謝』。


 ただそれだけを伝えるために、僕はそれを選んだ。


 何より、今の状況にぴったりと当てはまっていると思ったから。


「藍にはいろいろと迷惑をかけたし、僕の不甲斐なさでいろいろと傷つけてしまったこともあったと思う。でも、だからこそ、これを送りたい。『感謝』のダリアを。まあ、もちろん、それだけじゃなく、百日ダリアをもプレゼントする的な意味も込めてないわけでも……」


 事細かに説明することで、彼女から返ってくる反応から目を逸らそうとしていた僕だったが、藍の顔を見て、思わず口を閉ざす。

 

 透明で圧倒的熱量を持った雫が彼女の瞳にあふれていた。


「……ご、ごめんね。いつも笑っていようって……そう決めたはずだったんだけど……、でも……こんなの……嬉しくて……」


 泣きながら心底から笑う彼女の姿は僕の目には途方もなく美しく認められた。


「うん……。いいよ。泣いてもいい。藍の好きにしていいから、だから、我慢しないで」

「……うん……」


 藍は静かに涙を流し、その内にある熱い気持ちと向き合っていて、だから、僕はそれを愛おしげに、ただただ何をするでもなく、何を思うでもなく、愛らしく、藍らしい藍を、いつまでもそばで見つめ続けていた。

ここまで読んでくれてありがとうございました。至らないところとか、未熟なところとか、主張が強くて萎えるところか、いろいろあったとは思いますが、ここまで読んでいただいたことに深く感謝いたします。ありがとうございました。評価してくださった方も、お気に入り登録していただいた方も本当にありがとうございました。いろいろと試したりとかしているこの話をそんな風に気に入ってくれたのならうれしいです。


しかし、肝試し付近でネタ切れしてたとは思えないほどに長く書けてしまって自分でもびっくりです。最初は『一週間フレンズ』っていう漫画原作のアニメを見て影響されて書き始めたんですが、最終的には似ても似つかないえぐい感じに落ち着きましたね。特に百日ダリアさん。好きだけど、言っていることがめちゃくちゃすぎですね。あと、タイトルに出てきすぎです。


細かい設定というか、考えていたことの説明をしておきます。九々葉藍と相田涼は潜在的自己中。栗原るりはほんとに心から優しい人。斎藤は普通の人。百日ダリアは完全にネジの飛んだ人。みたいなイメージで書いてました。後、一応、百日ダリアが出てきた以降の話としては、「男キャラの魅力を増す」っていうのを目標にしていたところがあったんですが、正直、全然でしたね。完全にダメな男二人な感じになっている気がします。

後、視点変更について。九々葉藍視点だったり、百日ダリア視点だったりのあれですね。あれって、書いている方はそれなりに新鮮味があって面白いんですが、読む方はたぶん、疲れるだけなんだろうな、って思います。それはわかってました。自分でも視点が変わったりする本を読んでいるとちょっとうーんってなるので。ただ誰視点でも書けるっていう唯一の特技をどうにかして生かしたかったっていうところがありました。はい。自己満足でしたね。ごめんなさい。


話としてはここで終わりみたいなものですね。一応、82部分まで来たので、100を目標にしていこうかなとは思っていますが、残りはイチャイチャとかになるかなあと。今書いているものに考えているネタをすべてぶち込むというスタイルでやっているので、後半はネタ切れ感があったんですが、特に栗原さんがあっけらかんと「斎藤君のどこが好きなの?」とか言うから、まあ、そこからどう盛り上げようか苦悩したりしたんですが、いざ書き終わってみると、だんだん書きたいネタが浮かんできたり。面白いですね、人間って。でも、そうやってアイディアが出ないところをさらに自分を追い詰めるのがそれなりに楽しかったり。


とにかく、読んでくださり、ありがとうございました。続きも読んでくださるのでしたら、それ以上の幸福はありません。

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