策士藍ちゃん
ある夏休みの朝に、斎藤努から電話がかかってきた。
「もしもし。俺だけど」
「なに? オレオレ詐欺? 間に合ってるんで結構です」
即座に通話を切って、ついでに電源も落とした。
次の日。
「お、おい。昨日のなんだよ。あの後いくらかけてもつながらねえしよ。俺の扱いひどすぎね?」
「コチラハルスバンデンワサービスデス。ゲンザイ、コノデンワハデンパノトドカナイトコロニアルカ、デンゲンガハイッテイマセン。ピー、トイウハッシンオンノオンノアトニメッセージヲオネガイシマス」
「……は?」
「メッセージガゴザイマセンヨウナラ、ツウワヲシュウリョウシマス」
「え? おいちょっとま――」
即座に通話を切った。ついでに電源を落とし、斎藤努の電話番号を着信拒否に設定した。
さらに、次の日。
昼頃に、「涼。電話だよー」という凛の声。
階下に降りて電話を取ると、耳障りな声が受話器から聞こえてきた。
「おいまて切るなよ絶対切るなよあんたの家の電話番号調べるのにどんだけ俺が苦労したと思ってんだ俺の労力を絶対に無駄にするなよいいか絶対だぞ絶対に切るんじゃねえぞわかったな?」
「……」
「ふー。よし、切ってねえな。まったくさ。たしかに俺に復讐するっていうような話は以前聞いたよ? 一応、聞いたけどさー。やるにしてももっとこう、わかりやすい形にしてくれよ。電話をすぐ切るとか、着拒とかさー。地味すぎるっての。もっと、俺の方も反省しやすい奴をさー」
「……」
「……おい、聞いてるか? 相田、おい。おーい?」
「……」
「おいまさかこのままなにもしゃべらないつもりじゃねえよな。いくらなんでもそれはねえよな?」
「……」
「待て待て待て待て。ちょっと待て。いくらなんでも三回目はやめろよ? フリじゃねえからな。言っとくけど、俺はここで電話を切られておいしいとか絶対思わねえからな絶対だぞ」
「…………」
「あ、おい、待て。今ちょっと切ろうか迷っただろ。言っとくけどほんとにフリじゃねえんだって。ほんとうだって。俺も単に暇だからっていう理由で電話してるわけじゃねえんだぞ。あんたにいい話を持って来たんだ」
「詳しく聞かせろ」
「お、おお!? 急にしゃべりだすなって、びっくりするじゃねえか。現金な奴だな、あんたも」
「ああ、はいはい。わかったよ。さすがに三度目はやりすぎたよ。僕が悪かった。だから、早く本題に入れ」
「……そこはかとなく雑な扱いだがまあ、いいよ。実はさ、俺のばあちゃんって土地持ってんだけど……」
「なんだ、自慢か? 切るぞ」
「ちがうちがうちがう。そんなんじゃねえってほんとうだって。で、そのばあちゃんが持ってる土地で、ばあちゃんの知り合いがやってる旅館があるんだけどさ」
「ほう?」
「俺がどうにかばあちゃんに頭下げて頼み込んで大分料金を安くつけるようにしてもらったからさ。九々葉と二人で行って来たらどうだ?」
「どういう風の吹き回しだよ」
「いや、俺だってまだ罪悪感抱えてんだよ。この前のことでさ。そのお詫びの意味もかねて何かしたいって思ってんだ。それで何かできることはないかと考えた結果がこれだ。正直、俺自身の力じゃ全然ないんだけど、それでも、あんたら二人が羽を伸ばす手伝いをできたらと思ってさ」
「好意はありがたく受け取らせてもらう。藍の予定は……たぶん、大丈夫だろう。一日二日旅館に泊まりに行くぐらいの暇は十分にあるだろうし。……一昨日から冷たい対応ばかりして悪かったな。まさかお前がそんな話を持ってくるなんて思ってなかったんだ」
「……いや、いいよ。気にしないでくれ。それだけのことを俺はしたんだ。そう思っておくさ。せいぜい楽しんできてくれ」
「お前は行かないのか?」
「馬鹿言えよ。俺が言ったら、九々葉が心の底から楽しめなくなる。それはごめんだ」
「……お前実はいい奴だったんだな」
「よしてくれ。そうなろうと努力してるだけだ」
「ありがとな。斎藤」
「ああ、じゃあな」
通話が切れた。
ということで、藍と二人で旅館に泊まることになった。




