九々葉藍のやりたいことリスト
「やりたいことリスト?」
九々葉家に入って人心地着き、二人で夏休みの予定を話し始めたところで、藍がそんな言葉を口にした。
「そう。夏休みに二人でやりたいな、って思うことをリストにしてまとめてみました」
そう言って机の引き出しから一枚のルーズリーフを取り出してくる。
受け取って中身を見ると、一番上の空白にやりたいことリスト、と大きく書いてあり、その下にいくつかの項目があって、1-10までの番号が振ってある。
順に目を通していった。
1.デートをする
2.海またはプールに行く
3.お泊り
4.お散歩
5.お買い物
6.イチャイチャする
7.新婚さんごっこ
8.お風呂
9.添い寝
10.シークレット
項目がいっぱいだ。ぱっと見おかしなところは何もな……くは全然なかった。
五番まではいいだろう。夏休みにカップルが行うイベントとして、おかしくはないものが多い。デートをするのも泳ぎに行くのも、お泊りも、お散歩も、お買い物も、実際にやったとして違和感なく受け入れられるはずだ。お泊りなんか一度すでにやった。
しかし。六番以降は明らかにおかしい。イチャイチャするってそもそもわざわざ項目として挙げるものじゃないし、っていうか、さっきまでもすでにイチャイチャしてたようなもんだし。
新婚さんごっこて。小学生じゃないんだから。高校生って心はともかく身体的にはけっこう成熟してるし、その成りでそんなおままごとみたいなことをしたら、傍目にはどう見えるか考えるのも恐ろしい。
お風呂、だと。そ、それは、まさか一緒に入るとかいうことじゃないよな。
添い寝。うん。……うん。
そして、最後の、シークレット。
五番までの流れで見てシークレットとくれば、「わー、なんだろー」とわくわくてかてか、胸に期待を躍らせて、その中身が開示されるのを楽しみにすることもできたというのに、六から九番までの一連の項目ありきのシークレットとくると、その後の展開に不安しか抱かないのだが。
「どう、かな?」
頬を染めた藍が口元に袖を当てて、上目遣いに訊いてくる。
ルーズリーフから目線を上げないままに、僕はまたしても震え声で答えるしかなかった。
「い、いいんじゃないかな」
「……わたしといろいろできて、うれしい?」
「う、うれしいです、うん。心から」
「その割には表情かたいね」
「……いやいや、気のせいですよ」
そう。すべては気のせいだ。
「……一つ、訊いてもいい?」
一つどころじゃなく疑問は存在しているのだが、これだけはまず確認しておきたい。
「お風呂って、一緒に入るの?」
返答如何によっては前もっての心の準備が必須となる。
「……いや?」
逆に訊き返されてしまった。
「い、いやじゃない! ……じゃないけど……」
「けど?」
「……恥ずかしくない?」
男と女。一糸纏わぬ裸体で相対し、お互いの裸身を目にして、体を洗うどころの話ではなくなるだろう普通。
「わたしもそれは、は、恥ずかしいけど……したいもん……」
もじもじしながら消え入りそうな声音で主張する藍。
「そ、それはともかくとして」
仕切りなおすように口を開く。
あぶないあぶない。危うく理性を断崖から投げ捨てるところだった。
「九々葉家はとくに家族旅行とかの類はないんですか?」
やりたいことリストと言っても、家族の予定があるのなら、それらを投げ打って全てをこなせるわけでもないだろう。
「お盆に二、三日お墓参りに行くくらいだよ」
「さいですか」
どうやら、逃げ場などないらしい。
「涼の方は何もないの?」
「ん? ああ、僕ん家も似たようなもんだよ。数日両親の実家をめぐる程度」
「そっか」
と、藍がおもむろにつぶやいて、
「じゃあ、いっぱい一緒にいられるね」
緩んだ微笑みを向けてくる。
その表情には憂いなど何もなく、心底今ここにある幸せを噛みしめ、心に抱きしめていることがよくわかる笑顔だった。
ま、いろいろ思うところは無きにしも非ずなのだが。
そんな顔をされては僕も応えないわけにはいかない。
「うん。二人で思い出をつくろう」
僕もまた、笑顔で答えた。




