面白い個性
出されたコーヒーを飲む。
やけに苦い味がした。
「……すみません。いつもコーヒーメーカーを使って入れるんですけど、今粉を切らしてしまっていてインスタントしかないんですよ」
先生は自分でも同じようにして入れたインスタントのコーヒーを飲み、これはひどい、と言って顔をしかめる。
それから、ソファのそばに立ったまま居住まいを正した彼が、穏やかに口を開く。
「自己紹介をしておきましょうか。私はこの生徒相談室の担当になっている者ですね。一木十里と言います。担当教科は化学です」
一木先生はそう言って、今度は僕の番と言わんばかりに手の平をこちらに差し出した。
「あ、はい。僕の名前は相田涼です。一年です」
「相田君ですか。よろしくお願いします」
「あ、どうも、よろしくお願いします」
深く頭を下げられたので、こちらも下げ返す。教師にしては腰が低い気がする。
「まあ、ここはなんというか、好きなときに来て、好きなときに出て行っていい場所ですね。自由にしていてください。六時には閉めますが、それまで好きなだけいてくれていて構いません」
そう言うと、一木先生は本当に自由にして構わないとばかりに、自分のデスクに戻っていく。
僕はもう一度コーヒーに口をつけた。
やはり苦い。
「あの……」
「何でしょうか?」
「砂糖とかありますか?」
「あ、すみません。私はいつも入れないもので、忘れてしまっていました」
デスクから立ち上がった先生は棚からプラスチック容器に入った砂糖とミルクを渡してくれた。
入れて飲むと、少しはましになる。
「あの、ちょっと訊きたいことがあるんですけど、いいでしょうか?」
「何でしょう?」
デスクにまた戻ろうとする先生に声をかける。
「その、昼休みに、九々葉って子が来たと思うんですけど……」
「ああ、九々葉君ですか。ええ、来ましたよ。それがどうかしましたか?」
「いえ、僕、九々葉さんと同じクラスなんですけど、よく来るのかなって思って」
「そうですね……。まあ、四月頃に初めてここに来られまして、ちょっと間が空いたんですが、最近は毎日のように来られていますね」
「そうなんですか」
そんな頻度でこういう場所に来る、ということは彼女は何か悩みでも抱えているのだろうか。
「その、差し支えなかったら、どういう話をされているのか教えてほしいんですけど」
生徒の相談を受け付けるような場所なのだから、教えてもらえるとも思えないが、ダメ元で訊いてみる。
「話ですか? ほとんどしませんね。来るたびに会釈をされて、しばらくここに滞在されてまた教室に戻っていきます」
「そうなんですか?」
「ええ。私の方から他愛のないことを一方的にお話しすることはありますが、それ以上のことは。私も彼女が話しかけてほしくないと思っているようなのは何となくわかりますので」
「やっぱり、ここでもそんな感じなんですか」
「ええ」
一木先生は頷いて、それから僕の正面のソファーに腰を下ろす。
「クラスでは彼女はどんな様子なんですか?」
「ええと、まあ、先生がおっしゃったのと大して変わらないです。誰とも会話していない感じです」
「……そんな彼女が相田君は少し気になっていたり?」
少し意地の悪い笑みを浮かべて彼が言う。
僕はどう応えようか少し迷って、結局頭に浮かんだままを答えることにした。
「……まあ、そんな感じです」
「ふむ」
少し意外そうに僕を見た先生が、さきほどひどいと言ったコーヒーにもう一度口をつける。
ごくりと飲んで、やはり顔をしかめていた。
「恥ずかしがったりとか、そういうことはされないのですね」
「え? まあ、事実ですし」
「そうですか」
それにこだわる様子でもなく彼はぽつりと言った。
「九々葉君も相田君もとても面白い個性をしていますね」
僕はそれに、はあ、という気の抜けた吐息だけを返した。