優秀な二人
最終的に、着ぐるみとぬいぐるみと、似た趣味を持つ二人は意気投合して、その二人を生温かい目で見つめる僕を居間に残し、凛の部屋に上がっていった。
十分ほどして、二人が下りてくる。
凛はさきほどと同じ電気ネズミの着ぐるみパーカー姿。
藍さんはリラックスしたクマの着ぐるみパーカー姿になっていた。
……冷房は効かせてあるとはいえ、夏に着ぐるみは相当暑いと思うのだが。
「……珍しく、涼もいい目利きをしてるよね」
「何がだ?」
「藍さんみたいな掘り出し物を見つけてくるなんて」
「彼女を物みたいに言うな」
凛がふざけた格好でふざけたことを抜かしたので、軽くたしなめておいた。
「しかし、二人ともその格好で勉強会をやるつもりなのか?」
「……だめ、かな?」
不安げな瞳で藍さんが見上げてくる。
「別にだめじゃないけど……。暑くないの?」
「意外と生地は薄かったから、それほどでもないかな」
「そうなんだ」
まあ、藍さんがいいというのなら、僕が異を唱える理由もないけれど。
それから、三人でテーブルを囲う。
教科書、参考書等を広げた。
僕と妹の凛と、藍さん。
入学早々の中間テストで赤点ぎりぎりを取った僕を除き、片や中学校で生徒会長を務める猫かぶりの優良児、片や中間テストで平均九十五点を平気な顔をして取る優等生。
この三人でやる勉強会としては、僕だけが妙に見劣りするように感じられた。
「……何からやる?」
「そうだなあ。昨日は数学と国語系教科をやったから、今日はそれ以外で」
「じゃあ、物理から、やろっか」
「物理かあ……」
「苦手なの?」
「正直、一番意味が分からないと言っても過言ではないね」
「過言ではないんだ……」
などと、僕と藍さんが今日取り組む教科の相談をしていると、蚊帳の外の凛が鋭い視線を向けてくる。
「ていうか……、今更だけど、あたしはどうやって混ざればいいわけ?」
「……え?」
「いくらなんでも高校生レベルの勉強を一緒にやろうっていう気にはならないし。受験勉強の邪魔になりそうなんだけど」
凛は中学三年生であり、立派な受験生。たしかにその立場で高校一年の勉強を手伝っても知識が邪魔にしかならないかもしれない。
「……んーと、じゃあ、英語を一緒にやろっか。英語だったら、文法とか、細かいところはともかくとして、凛ちゃんでも一緒にできると思うし」
そんな風に藍さんが提案して、それじゃあ、その方向性で、と僕と凛が頷く。
やがて、中学生の凛に配慮し、煩雑な文法の勉強は除き、長文読解や会話文を主として勉強を始める。
十数分後。
「What is your hobby?(あなたの趣味は何ですか?)」
「My hobby is to be a living doll.(わたしの趣味は着ぐるみを着ることです。)」
「Living doll? Why?(着ぐるみ?それはどうしてですか?)
「I can feel happy to wear a animal suit.(着ぐるみを着ることで幸せな気分になれるからです。)」
「Well, If you can be happy to do it, it is very wonderful thing.(ああ、もしそれであなたが幸せを感じられるなら、それはとてもすばらしいことですね。)」
「Well, how about you?(ところで、あなたはどうなんですか?)」
「I like stuffed animal.(わたしはぬいぐるみが好きです。)」
「Oh, well, well――we are alike in our hobbies.(おお、それはそれは、わたしたちは趣味が似ていますね。)」
「Yes, it is lucky to meet you. I feel like that I'm going to be good friends with you.(ええ、あなたと出会えたのはとても幸運でした。あなたとは良い友達になれそうな気がする。)」
「I think so. See you again.(わたしもそう思います。また会いましょう。)」
「Good bye.(さようなら)」
以上は即席で行った二人の英会話の一部である。
それなりに発音よく、流暢に英語を話す二人だった。
「……入り込めねえ」
文系教科が苦手ではない僕だったが、即席で英文を作って英語で会話を行うなどという芸当はできやしない。
その点、藍さんどころか、中学生の凛にも英語力で後れを取っている僕なのだった。
その点を二人に訊いてみれば、
「……わたしは中学は進学校に通ってて、英語の勉強は一通りやらされたから、それを覚えてるだけ」
とは藍さんの言。
「あたしは小さい頃からの公文式の成果」
とは凛の言。
「……英語の授業、適当に聞き流してただけ」
とは僕の言だった。
別に生まれつきのものじゃなく、単純にやったかやらないかの差だけの話だった。
二人が優秀な分、自分の勉強不足を実感させられる思いだ。
「たぶん、ところどころ単語の使い方とか間違ってはいると思うんだけど、失敗を恐れないで使い続けていれば、意外と身についてくるものだよ」
少し意気消沈した僕を慰めるように藍さんが口にする。優しい。天使。頭とか撫でてほしい。
「インターナショナリゼーションが進めば、仕事上のコミュニケーションを取る際に英語は必須のスキルになってくるんだから、涼も今のうちにエフォートを積み重ねて、アセットを築いていった方がいいよ」
上から目線でなんだかわからないカタカナ語を使って一応は僕を慰めているらしい凛。
五割がた何言ってるかわからない。
アセットってなんだ、とテーブルの上に置いてあった辞書を手に取ると、『有用なもの、強み、プラス、長所』などと書いてあった。
要は努力して実力をつけろと言いたいらしい。回りくどいな。
「……えっと、涼君にもわかるように、今度はリーディングの方、やろっか」
「……仕方ないなあ」
優しい表情で言う藍さんに、呆れた顔で嘆息する凛。
僕は何か釈然としない面持ちで首を縦に振った。




