二人っきりの沈黙
昼食ができたということで、呼びに来た藍さんに連れられてリビングに下りる。
卵を焦がしたようないい匂い。
テーブルの上に並べられた三つの皿の上には炒飯が盛られていた。
「……おいしそう」
今日は朝を食べてきていなかったので、余計にお腹が空いていた。
それから、僕の隣に藍さん、藍さんの向かいに楓さんという並びで席に着き、揃って手を合わせる。
「いただきます」
箸を手に取り、米をすくった。
白米とネギ、少しだけ濃い味の焼き豚が胃袋に染み渡る。
「……おいしい」
「ほんと? ありがと」
素直な感想を漏らすと、藍さんが嬉しそうに微笑んだ。
彼女が作ってくれたという事実が五十パーセントほど旨味を増している気がする。
「……最近、藍ちゃんがんばってたからね」
「がんばる? 何を、ですか?」
そんな僕らを眺めてぽつりとつぶやいた楓さんに訊き返す。
彼女は意地の悪い笑みを浮かべて藍さんを見た。
「藍ちゃん言ってもいーい?」
「……だめ」
それに、頑なな表情をした藍さんが拒絶の言葉を返す。
「えーっ? 失敗作を山ほど胃袋に詰め込まれたあたしの苦労を相田君にわかってもらいたいんだけどなー」
「だめったらだめ」
失敗作? っていうと、なんだろう。料理作りの話か? そこまで口にしている時点で言ったも同然だと思うのだが。
「まあ、要するに、藍ちゃんは相田君のためにいろいろがんばっちゃてる、ということだよ」
「お、お姉ちゃん!」
にやにやとした表情で言う楓さんに、藍さんが焦った赤い顔で大声を上げる。
「……えーと」
そんな仲良さげな姉妹のやり取りに、僕はなんと言葉を返していいかわからず、とりあえず、無反応で手元の炒飯に目を落とした。
それから、昼食を終えて、人心地つく。
麦茶を飲んで、ほっと一息。
「ところで、君たちはお昼からもお勉強に励むつもりなのよね?」
「……そのつもりですけど」
楓さんが困ったような表情でそう訊く。
「実はさ。さっき友達からちょっと遊びに誘われちゃってさ。行くか行かないか保留してるところなんだけど。午前中の様子を見てる限り、二人とも別にあたしが教えなくても自力で何とかできるレベルでしょう? 困ったら、藍ちゃんが相田君に教えたりもできると思うし。だから、あたしはちょっと出かけてきてもいい?」
僕と藍さんを交互に窺うようにしていう楓さん。
僕はそれにちょっと首を傾げたが、
「……僕としては別に大丈夫ですけど……。藍さんは?」
「……んー」
唇に手を当てて、考え込んでいた様子の藍さんは、やがて顔を上げて首を縦に振った。
「たぶん、大丈夫、かな」
「……そ。じゃあ、悪いけど、出かけてくるわ。ごめんね」
小さく頭を下げた楓さんは颯爽とリビングから出て行く。
階段を上っていく音がして、自分の部屋に。
それからしばらくの後、ぱたぱたと彼女が下りてきて、
「じゃあ、二人仲良くご幸せに!」
リビングの戸を開けてそう言い放った後、出かけて行った。
「……っ!」
何となく隣の藍さんを見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。
「ええっと……」
そんな様子の彼女になんて言葉をかけたらいいのかはわからなかったが。
「とりあえず、二人っきりになっちゃったけど、勉強会再開しようか?」
「……うん」
赤い顔をした彼女とばっちりと目が合って、僕は不覚にも胸がドキドキした。
藍さんの部屋に戻る。
「……な、なにから始めよっか?」
「え、ええと……」
どことなくぎこちないやり取りで、相談を始める。
「……午前中は数学をやったから、今度は国語系の教科とか?」
「う、うん、じゃ、じゃあ、それで」
僕が提案すると、彼女は何度も深く頷いて、慌てて机から現代文と古典の教材を引っ張り出してくる。
また向かい合って、テーブルについた。
「……」
「……」
午前中にやっていたのと同様に、自然な流れでお互いに無言で自分の問題に取り組む。
けれど、雰囲気は同じではなく、沈黙がまったく気にならなかった先ほどと違って、今は妙に無言の時間が気になった。
その感覚は藍さんもだったのか、午前中はあれだけ集中していた彼女が何度か落ち着かなさそうに顔を上げて僕の様子を窺っていた。
たまに目が合うと、慌てて逸らされる。
「……」
「……っ」
息の詰まる時間ではあったが、そこはかとなくこそばゆい感じがして、なぜだか妙に熱っぽい感情に囚われる。
そうして三十分ほども落ち着かないまま勉強していただろうか。
「……あ、あの!」
ついに沈黙に耐え切れなくなったというように、藍さんが緊張した声を出す。
「……せ、せっかくだから、い、一緒にやらない?」
「あー……」
確かに、無言でそれぞれの勉強に取り組むこの時間も決して悪いものではなかったが、勉強会というと、どちらかと言えば、教え合うのがメインかもしれない。
「うん。そうだね。おっけい。それで行こう」
「……」
安心したように彼女が胸に手を置いて、吐息した。




