あなたには関係ない
六月一日の一時限目は英語だった。
英語の時間は強制的にペア学習を行うことになっている。
当然、僕も誰かと組まなければいけないのだが、廊下側の端っこの席ということもあり、英語担当の教師は僕らの列は前後でペアを組むように言ってきた。
必然的に僕は九々葉さんと組むことになる。
教師からペアでやるよう課せられた課題は、教科書の読み合わせ。
英文を二人で交互に読めということだ。
後ろを向いた僕は九々葉さんと向き合う。
「ピリオドごとに交代ってことだけど、僕が先でいい?」
「……」
僕が言うと、彼女は無言で頷いた。
交互に英文を読む。
ほとんど聞いたことのない彼女の声だったが、今日この時間だけははっきりと聞き取れた。
意外と高く、舌足らずな感じの声音だった。
課題の三ページほどを読み終わる。
このまま前に向き直ってしまってもよかったが、好奇心に駆られた僕は彼女に一つ、質問をしてみることにした。
「どうして、九々葉さんは誰とも話そうとしないの?」
「……ん」
小さく吐息のような声を漏らした彼女はその小さく細い指先で、机の上に置かれた教科書の一文を示して見せた。
『You have nothing to do it.(あなたには関係ない)』
「……さいですか」
「……」
こくりと彼女は頷いた。
昼休み。いつものように一人、食堂で食事を取り、教室に戻ろうとしたところ、九々葉さんを見かけた。
生徒の教室のない二階を人気のない方へ歩いていく。こちらには気づいていない。
すげない回答をされた一時限目のこともあって、彼女がどこへ向かうのかに少々興味があり、後をつけてみることにした。
曲がり角を曲がって、保健室を通り越し、実験室棟の方へ。
校舎の端まで来たところで、彼女はとある部屋の中に入っていった。
扉の前にまで行ってその上につけられたプレートを確認する。
そこには『生徒相談室』と書いてあった。
入学当初、ガイダンスを受けたことを思い出す。悩みや居場所を失くしたときなどに利用するといい、と教えられた。
どこの高校にもあるようなものではなく、その点においてこの学校は恵まれているんだみたいなことも言われた。実感はあまり湧かなかったが。
そういう場所を彼女が利用するということに少し意外感を覚える。
てっきり一人でいるのはまるっきり平気な人かと思っていた。
「ふぅん」
何となく鼻を鳴らし、僕はその場を去った。
放課後、さっさと帰り支度をして教室を出て行く九々葉さんを尻目に、僕はのっそりと立ち上がり、昼に見た生徒相談室へと向かった。
迷いのない態度からして、彼女が日常的にあそこへ行っているのは確かなようだったので、どういう場所なのか興味が湧いたのだ。
部屋の前まで来て、ノックをするかどうか迷ったが、結局、そのまま戸を開いた。
「やあ」
白衣を着た男の先生が片手を挙げてそう言って、僕はちょっと首を傾げた。
「あの」
「はい」
「ここって、生徒相談室、ですよね?」
「ええ、そうですね。そういう名前の場所だと記憶しています」
「……えっと」
別に大した目的があって入ったわけではなかったので、言葉に詰まる。
何と言ったものか。
僕がまごまごしているのを見かねてか、男の先生は感じよく笑って言った。
「とりあえず、座ってはどうですか? コーヒーくらいは入れられますよ」
「あ、はい」
とっさに頷いてしまってから、果たして僕がいていいものかと思う。
けど、まあ、促されたからにはいいのだろうと思い直して、彼に案内されるままに窓際に置かれているソファーに僕は腰を下ろした。