ぬいぐるみ地獄
「ところで、どこで勉強会をするの? リビング? それとも別の部屋?」
彼女の着替えも終わり、いよいよ勉強会を始めるか、という段になって、ふと疑問に思い、僕は訊いた。
「……あ、うん。えっと、わたしの部屋、なんだけど、いいかな?」
「もちろん、問題はないよ」
少しためらいがちに藍さんは答えると、なぜか不安げなまなざしで僕を見上げた。
「……あの、相田く……、涼君は、その……、わたしにどういうイメージを持っていますか?」
「イメージ?」
「うん。その、活発そうな子だとか、大人しそうな子だとか、見た目とか雰囲気から抱くイメージってあるでしょ? そういうの。涼君の中のわたしのイメージってどんな感じなのかなって」
「……うーん」
腕を組んで、首を傾げる。
なぜ勉強会を始めようという今になってそんなことを彼女が訊いたのかはわからないが、これもまた真剣に答える必要のある問だろう。
しかし、イメージね……。
「……まだ、話すようになって一か月と少しってところだから、微妙なところだけど、大人しいとは思ってるよ。あと、意外と芯が強いのかなって」
「……そうなんだ」
どういう答えを彼女が望んでいたのかは知らないが、少なくとも僕はその求めに応えられなかったということらしい。やや消沈した面持ちで、彼女が俯いたから。
「それが何か勉強会、と関係があるの?」
「……うん。えっとね。みればわかるから」
みればわかる?
それから、彼女は無言で踵を返し、リビングの外に出て行く。
僕もその後に続いた。
さらにその後ろには僕と藍さんとのやり取りをにやにやしながら見つめていた楓さんが続く。
廊下に出て階段を上る。
二階に至ると、そこにはいくつかドアが並んでいた。
落ち着いた雰囲気のある藍色のドア。燃え盛るような赤い色のドア。無機質でのっぺりとした色の白いドア。冷え冷えとした水色のドア。
四つのドアがあり、階段に一番近い位置にある、藍色のドアの前に彼女は立った。
「すー……。はー……」
そして、なぜか深呼吸。
くるりと振り返った彼女の瞳は緩やかに色めいていた。
「……イメージと違ったら、ごめんね……」
「え……」
小さくつぶやいた彼女がそっとドアの取っ手をひねった。
「……」
「……」
藍さんの部屋に入らせてもらう。
その中は何というか……。
「……ぬいぐるみ地獄?」
そう。言わばそんな感じの部屋だった。
机の上やらテーブルの上やら絨毯の上やら本棚の中やらベッドの上やら、至る所に動物やアニメのキャラクターを模したもこもことしたぬいぐるみがあり、どこを見てもぬいぐるみが視界に入らないということがない。
足の踏み場もないというほど散らかっているわけではないのだが、とにかく隙間があればぬいぐるみを詰めちゃえって風に振り切った趣味を全力で表現している部屋だと思った。
「……イメージってそういうことね……」
なんで急にそんな話を持ち出したのかと思ったが、この部屋が自分のイメージにそぐわないのではないかと彼女なりに危惧したということらしい。
僕としては、別に個人の趣味にとやかくケチをつけるつもりもないし、ぬいぐるみが好きなのは普通に女の子としてかわいい趣味だと思う。
「……変だと思う? いっつも無愛想なわたしがこんなの……」
俯きがちに言う藍さんの面には、やはり心配そうな表情があり、僕にどう思われるかということがとても不安だったみたいだ。
「全然変じゃないよ。むしろかわいい趣味だと思う。ぬいぐるみ、好きなの?」
「……う、うん! とっても……」
「そう。その趣味、大事にしたらいいと思うよ」
「うん……。ありがと」
ほっとしたように息をついた彼女が胸に手を当てた。
「……ふーん?」
その様子を興味深げに眺めていた楓さんが、あからさまに訝るような声を出した。
「なんですか?」
何となく突っ込んでほしそうな声のトーンだったので、そう訊くと、
「いやさ。ちょっと感心してるだけ。あたしはてっきり、相田君はもっと別の反応をするんじゃないかって思ってたから」
と言って、彼女は薄く笑う。
「あたし、昨日この部屋を見せて変に思われないかとか、藍に相談されててさ。別に気にすることないって笑い飛ばしてやってたんだけど、でも、話に聞いてた相田君がそんな反応をするなんてちょっと意外で」
「意外?」
「……なんつーか、もっとこう、まるっきり空気の読めない奴なのかなー、って思ってたから……。藍の気持ちを慮って、とか……、そういうことをするような奴でもないのかと思ってたんだけど、違ったみたいね」
楓さんは、ま、あんまり気にしないで、と、肩をすくめる。
「……僕ってどういう性格の奴だって話になってるのか、俄然気になって来たんですけど……」
「気にしない気にしない」
ごまかすようにそう言って、彼女はテーブルのそばに腰を下ろした。
「ほら、藍も相田君も座って。勉強会するんでしょ? 藍ちゃんの不安も解けたんなら、さっさと勉強始めるよ」
「あ、うん。お姉ちゃん」
「……そうですね」
藍さんと僕は、そう楓さんに引っ張られるようにして、テーブルについた。