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あいだけに  作者: huyukyu
163/180

裏側

 さあさあ、さてさて、ボクの出番。

 安心安全安寧のネタ晴らしのお時間でござぁいます。


 芦原真優の手助けもあって、最終的に、自己中憐れみ女は藍ちゃんとの関係を正常化するに至ったわけだ。

 いやあ、めでたいね。

 祝杯だね。

 拍手喝采だね。

 個人的には、自己憐憫をこじらせたああいう奴は徹底的に泥に塗れて骨の髄まで絶望を味わった方がいいと思うけれど。

 それはともかく。


 藍ちゃんとの仲直りを経てしばらく、さっきの今で、ほとんどのクラスメイトの前であれだけの醜態を晒した女はほとぼりが冷めるにつけ、その場に居たたまれなくなったようだ。

 ちょっとトイレと言わんばかりに、逃げるように家庭科室を後にする。

 その他の面々はそぞろに作業に戻っていたが、美月愛子の離席にはあえて触れないことにしたようで、騒動の前に比べていくらか勢いの落ちた雑談を肴にクレープづくりを進める。なお、騒動の後、気まずくなったのか、試食に来ていたクラスの大勢が去っている。残っているのは元々の料理班と雑用係、それに加えてボクとるりと芦原の三人だけだ。

 そのうちのほとんどが美月のことを見るようで見ないふり。関わりたくないのだろう。面倒くさい女ほど、心から関わりたくないと思える存在はいない。ちなみにこれは自虐ではない。

 気遣わし気に彼女の後ろ姿を見つめる藍ちゃんと、微妙に心配そうな表情をする芦原の二人だけがあの女を気に掛ける最大人数といったところだ。まあ、自分勝手な言動と態度を繰り返した挙句に、二人も心配してくれるなら、それは彼女にとっては御の字といったところだろう。ああ、うらやましい。ボクなんて心配される前にドン引きされるのに。


 数瞬の後、テーブルに居並ぶ面々を見渡してから、ボクもまたその場を立った。


「ダリア、どこに行くの?」

「……二日目」

「……――」


 サムズアップするように親指を立て、自身の下腹部を指しながら言ってみせると、一瞬でるりの表情が死んだ。

 それを聞いてしまったのか、近くにいた相田と日和が気まずそうに表情を歪める。


「……そういうことを公衆の面前で言わない」

「はあい」


 押し殺した声音でたしなめる彼女に、生返事を返し、席を立った。

 廊下に出る。


 まあ、もちろん嘘なんだけど。

 違和感なく、あの場を立てる理由が思いつかなかったから、適当に出まかせを言っただけだ。


「……さて、あの女は、と……」


 きょろきょろ辺りを見渡して、どこか見えるところにいないかと美月の後ろ姿を探す。


「お、いた」


 家庭科室を出てしばらく歩いて昇降口付近。

 自販機の前で、ぼうっと並んだ飲料水を眺めている美月愛子の姿を発見する。


「やあ、元気?」


 フランクに片手を上げて問いかけてみると、ぼうっとした顔がこちらを向いた。

 芦原に張られた頬がまだ少し赤い。


「……な、なにか用ですか?」

「いやあ、君もなかなかやるよなあ、と思って。大人しいだけの奴かと思ったら、クラスみんなの前で子どもみたいに喚き散らかすんだもん。思わず、笑っちゃいそうだったよ」

「……っ」


 口角を上げて煽るように言えば、途端に彼女は顔を真っ赤にする。

 素直な反応でけっこうけっこう。

 まあ、この女のことを大人しいだけの奴だなんて、ボクは最初っから思っていなかったんだけれど。


「さ、早速、わたしのこといじめに来たってわけ?」

「いじめに? まっさかあ? ボクは見かけによらず心根のやさしー女の子なんだよ。人をいじめるとかそういうの体が拒絶反応起こしてできないし」


 両手で自分自身を抱きしめて、身体全体をくねくねと振ってみせる。

 それを見た美月はまるで肉食獣に怯える小動物のように、ぷるぷると唇を震わせた。


「……ば、ばかにしてるの?」

「ばかにはしてないよ。哀れな女だなあ、と思っているだけ」

「ばかにしてるじゃん!」


 さっきの今で、タガが収まりきっていないのだろう。叫ぶような大声を出した彼女は、直後に我に返ったのか、しおれたように頭を垂れる。

 そんな相手に淡々と続けた。


「憐れまれるのだって要は使い様だよ? 適材適所。庇護欲を誘えば、それが上手く機能する場面もある。小動物にだって弱いなら弱いなりの生き方があるものだろう」

「な、なにが言いたいの?」

 瞳を瞬かせてこちらの意図を窺う美月を平然と見返し、ボクは言う。


「哀れな女同士、慰め合いでもしようかと思ってるだけ」

「……ふざけてるの?」

「別に。ボクだって君と変わらないさ。自分勝手な都合で友達を振り回す。君と同じで哀れな女だよ、ボクは」

「嘘」

「嘘じゃない」

「も、百日さんはびっくりするくらいきれいでかわいくて、クラスみんなと仲いいじゃない。そんな人がわたしと同じなんてありえない」

「今外見の話する? まあ、いいけど。それで言うなら、整った外見だって時にはコンプレックスだろう。そうでなくても日本人として集団になじむ必要な要件に、ボクの見た目はかみ合ってないんだ。その差異をことあるごとに感じて、ボクはひどくイラつかされる。クラスのみんなと仲が良いとか、それは君の思い過ごし。ボクの友達はせいぜい藍ちゃんとるりくらいのものだ」

「……そ、そうなの……?」


 ぱちぱちと瞬きをして、まるで鱗が落ちたように目を見開く彼女。

 ボクの言ったことをそのまま鵜呑みにするとは。単純なことで。まあ、嘘は言っていないのだが。


「てことで、外見がコンプレックスの人間をもう一人、召喚」


 言うとともに、大仰に廊下の角を指し示すと、その陰からぱちくり二重瞼、大きな目、高い小鼻、淡く色づく唇、ほつれのない絹のような黒髪ロングに、たわわに膨らんだ胸部、ほどよく引き締まった腰という日本人的にも整った容姿の女子が現れる。


「川端さん?」


 川端唯。藍ちゃんの友達二号。


「どうも、美月ちゃん。さっきはすごかったね」


 魅力的な表情で微笑んだ彼女はボクの隣に立った。


「え、ええと?」


 関係性が測れないのか、ボクら二人を見比べる様子の美月に、唯は言った。


「百日さんはわたしの理解者なの」

「そう。そして、彼女はボクの理解者でもある。言うなれば、コンプレックス仲間かな」

「……」


 要は単に傷の舐め合いをしているだけだけど。

 気が合うとも、友達だとも思っていないが、唯一、同じ価値観を共有できる相手なのだ。

 容姿の問題というのは誰の目にもわかりやすいがゆえに、誰にでも理解できることのようにも思えるが、その実、本当の意味でその境遇を理解できるのは同じ体験を有しているような人間だけしかいない。価値観なんてものは外側から推し量れるのはその切れ端だけ。内実を知れるのはその果実を有しているものだけなのだ。腐った果肉の気持ちは腐った果肉にしかわからない。

 少なくともボクはそう考える。

 だから、容姿端麗さがゆえに目立つ彼女とはとっても気が合った。


「理解者たっての頼みなら、呑まないわけにはいかないから、いろいろと協力してたの。クラス会の様子を知らせたり、藍ちゃんの動画を提供したり、真優が踏み出すきっかけを提供したり、とか」

「そうそう」


 つまり最初から川端唯はボクの部下だ。

 ……まあ、部下ってほどでもないけれど、よく動く手足とはなってくれた。

 おかげでボクはボクのやるべきことに専念できるようになった。


「はい、ってことで、これ」

「……なに?」


 美月に差し出したボクのスマホに表示されているのはチャットアプリのとあるグループ。


「『藍ちゃんふぁんくらぶ』……?」


 藍ちゃんふぁんくらぶ。

 構成人数十一名。

 このクラスの所属人数は四十人。男子と女子の人数は等しくなるように分けられているから、女子の人数は二十人。半数を超える女子がこのグループに参加していることになる。まあ、内一人は相田なのだが。


「……、な、な、なにこれ」


 その画面をスクロールすれば、藍ちゃんのカラオケ動画に始まり、差し障りのない程度の日常の藍ちゃんの写真、それから彼女の寝顔の写真などが写っているはずだ。


「言葉通り、藍ちゃんのファンクラブだよ」

「……い、いや、だよって、こ、こ、これ、盗撮じゃ……」

「……え? 何か言った?」

「と、盗撮……」

「……陰でこそこそ藍ちゃんに対する嫌がらせを働いていたクズ女が何か言った?」

「……な、なんでもないです」

「はい」


 そのまま、美月愛子を『藍ちゃんふぁんくらぶ』に招待する。

 ……なんでかって言えば、それは同調圧力のようなものだ。

 今は仲直りしたかもしれないが、またぞろいつ陰でこそこそやられるかわかったものではない。

 こいつの性格的に、やらないとは完全に信用しきれない。

 だから、いっそのこと腹の中に取り込んでやろうという話。

 敵にするよりは内情をぶちまけて仲間にしてやろうという話。

 何より、あれだけ藍ちゃんに憐れまれたくないと固執する辺り、藍ちゃんのことが好きなことは明白でもあったから。

 同じグループに所属するメンバーとして、仲間意識でも芽生えてくれれば万々歳。

 そうでなくても、こうして仲間になってあげることで、少しでも負の感情が紛れればいいんじゃない的な。

 ここまで歩み寄っても、だめならば、そのときは……。


「…………え、このグループ緋凪いるの!?」

「そうだよー」


 美月が今日一、大声で喚いた。


「そう。説得には多少の策を弄したけどね」

「わたしも協力したし」

「……信じられない……。あれだけ突っかかってたのに……」


 美月はふるふると大きく首を振った。


「ま、ボクもけっこうがんばったから。少なくとも、言葉が通じない相手ではなかったし」


 手柄を誇るようにそう言うと、美月がまじまじとボクの顔を見つめた。


 ※


 ※


 ※


 ――藍ちゃんの敵になるものはボクが排除する。

 彼女が矢面に立って、相田のために動こうという意思を持っていると知った時、ボクはそう決意した。

 もう二度と、悪意によって彼女を傷つけさせたりはしないと。


 彼女の味方にはならない。

 彼女の体験は彼女自身が体験すべき事柄であって、そこから生じる傷も喜びも、すべては彼女一人だけのものだ。

 ボクが割り込んでいい理由はひとつもない。


 でも、敵は別だ。

 今まで表に出なかった人間が何か新しい行動を起こそうとすれば、敵が起こるのはまた必然でもある。

 現状維持を望もうとするのは動物的本能で、それに抗おうとすれば、無意識の反発が起こる。

 

 けれど、それが無自覚にでも、無意識にでもなく、悪意のみによって起こされていい道理はない。

 誰かが行動を起こそうとすることを、ただの悪意が邪魔をしていいはずはない。


 だから、ボクは彼女の敵を排除することにした。

 彼女の敵となりうるものを徹底的に排除することにした。

 排除、といっても言葉の字面ほど悪辣な行いはしない。彼女が望まないからだ。

 平和的に、敵を排除する。それはすなわち、味方につける、ということ。


 そのためにどうすればいいか。

 味方は多い方がいい。いざっていうときに、彼女を守る盾になる。

 ゆえに、ファンクラブ。

 藍ちゃんふぁんくらぶ。


 それをはじめに相談したとき、相田はだいぶん、渋っていた。


「……ファンクラブ自体はいいけど、写真とか乗せるのはやめないか?」

「いや、それはちょっとファンクラブらしさがない、というか」

「でも、藍に黙ってやるんだろ?」

「あとで、ちゃんと説明するよ。あとで」

「あとっていつだよ」

「全部、終わった後」

「……ぜんぶ?」

「大丈夫。会員は全員女子にしといてやるから」


 最終的に相田以外女子限定ということで決着がついた。

 その話をしたのがクラス会翌日の十月十八日の朝。ちょうど藍ちゃんが芦原と仲たがいをした日でもある。

 クラス会のあった日。会が終わった後、訪れた喫茶店でるりと相田が話す傍ら、ボクは何人かにメッセージを送った。

 川端唯と藍ちゃんのカラオケ動画とクラス会についてやり取りをして、目の前にいた相田に次の日の朝、相談したいことがあるとメッセージを送り、それからファンクラブ候補のクラスメイトにいくらか唾をつけておいた。


 芦原と藍ちゃんの仲を取り持つ気は本当はなかったのだが、あまりにもきっかけが見出せない二人を見ていると、まるで以前の自分自身を見ているようでいらいらして、つい手を出してしまった。

 川端を使ってるりに相談するように仕向けて、ちょうどいいタイミングで彼女を連れ出し、相談しやすいような環境を作ってあげた。

 ボクは別に、何の意味もなくセクハラまがいの話題を振るためだけに彼女を連れ出したわけではない。出す話題はなんでもよかった。時間を稼いだだけだ。幸い、どんな話題を出そうとも、それはボクのキャラクター性として、一つの違和感もない。


 緋凪を説得するのには骨が折れた。

 そのために当日班に入ったのだが、いかんせん相手が重い。

 彼女はプライドの高い女だが、それでも心根は悪い奴ではない。悪意で藍ちゃんにからんでいるというより、腹いせに近い。美月の件はボクも知らなかったが、何らかの行き違いや思い違いが複雑に絡んでいるのは感じ取れた。

 だから、論理は一点張り。

 どれだけ藍ちゃんのかわいさをわかってもらうか、だ。

 ある意味、そのためのファンクラブだったと言える。

 彼女の健気さを伝えるために、懇切丁寧に、入学時からの彼女の心境の変化を説明し、相田との関係を説明し、挙句の果てにボクの過去やらなんやらぶちまけた。

 最終的には、彼女の寝顔写真がクリーンヒットしたらしいが、その辺はよくわからないし、あまりわかりたくはない。

 もしかしたら、好きな子ほどいじめたくなるという例の行動パターンだったのかもしれないが、それはどうでもいい。

 結果として、その説得は功を奏し、彼女は藍ちゃんをある種かばうほどには彼女の味方となってくれた。

 まあ、一言で藍ちゃんに突っぱねられてたけど。それについては何とも言えない。


 概して、ボクの『藍ちゃんふぁんくらぶ大作戦』はおおむね成功を収めたと言えるだろう。

 敵は味方につけ、毒にも薬にもならないその他大勢をいくらか味方につけた。


 少し恩を返せたと言えるのではないだろうか。


 ボクは意外と恩義に厚いのだ。




ってなわけで、そんな感じです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。ほんとうにいつもありがとうございます。

なんか、いろいろ綿密に計画を立てすぎて、微妙にまとめきれてないところはありますが、一応、おおむね計画通り。

もう少し点と点がつながって、一つの絵がみえてくるようにしたかったのですが、実力不足ですね。

増えるわかめみたいにはいかなかったですか。

今年の投稿は予定的にはこれで最後です。もしかしたら明日明後日もやるかもですが。そのときはそのとき。


来年からは週一投稿をやめようと思っています。理由はモチベーションの低下です。と言っても、書くのが面倒になったとかいうことではなく、週一投稿が習慣になり過ぎて惰性とクオリティの低下を感じてきたので、改めて気合を入れなおそうか、的な。前までは大体、ストックを一つか二つを作って、常に一周先か二週先のものを書くようにしていたのですが、ここ二、三か月はその日に書いてその日に投稿してるので、ああ、まずいな、と感じてきました。

元々は、週一投稿は習慣化することで底値を上げようという目的だったのですが、最近は底値も落ち着いてきた気もするので、今度は平均値を上げようかな、と。


あと、個人的な一年の振り返りをさせてください。本当は活動報告にでも書いたらいいのでしょうが、本当に誰も読まないところに書くのは虚しすぎるので。

今年の目標は『どこかしらの賞で一次選考を通過する』だったんですが、一応、達成しました。二つの賞に送って、最初の賞に送ったものを直して、別の賞に送ったら、一次選考は通過しました。二次で落ちましたけど。返ってきた編集者二人の選評を見ると、評価はBとC。実力はあると思います、とか、主人公の羨望性が足りない、とか、つらい展開が多すぎるといったものでした。自己評価とほとんど同じだったので、感覚はずれてないかなと思いました。送ったものの内容は『美形しかいない世界に生まれた唯一普通の顔の主人公がそこにはない価値を求めて奮闘する』みたいな話でした。落ちたらなろうに投稿してひとしきり楽しもうかな、と思っていたのですが、つらい展開が多い、というところはそうなので、投稿しようかどうか思案中です。特にヒロインが多少ひどい目に遭うので、微妙です。

来年の目標は二次選考通過ですね。


読んでいただいてありがとうございました。

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