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あいだけに  作者: huyukyu
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こまりまゆ

 芦原真優(あしはらまゆ)が許せないと思ったのはひどく単純なことだった。

 友人として、親友とは呼べないまでも、気の置けない仲と呼べるほどには関係を深めることができたと、そう確信していた折に、藍が彼女に黙って実行委員をやると言い出したこと。

 それが彼女にはどうしても受け入れがたかった。

 実行委員をやることそのものが問題ではない。

 『友達であるわたしに黙って』

 ただそれだけのことが、理性ではなく、感情でもって、すぐには受け入れられなかった。


 九月の夏休み明けからこっち、それなりに近しい距離で彼女を見ていたこともあって、藍があまり人前に立つことが得意な人間ではないことは知っていた。ゆっくりとしたマイペース。いつも落ち着いた声音に安心して、時折見せる焦った態度がかわいい女の子。真優にとっての藍とはそういう人間であり、彼女を温かい目で見守っていることが心をとても穏やかな気持ちにしてくれる。

 真優にとって藍とは、落ち着きを求める拠り所のような存在で、ともすればあけっぴろげに本音をぶちまけてしまうきらいのある彼女にとって、そんな自分でもぎこちない苦笑とともに受け入れてくれる心の広い友達でもあった。


 以前、何かの折、藍に尋ねたことがあった。

 実行委員をやらないかのか、と。

 人前に立つのが得意ではない彼女。

 それでも、他人を受け入れる包容力だけは持っている彼女。

 意外と藍には向いているのではないか、そう本心から思ったのだ。


 そのとき、彼女は笑ってそれを否定したはずで、そう長くは経過していない間に心境の変化でもあったのだろうか、クラス会の場で、クラスみんなの前に立って、自分からそれをやると言い出した。


 心がずきりとした。


 胸に痛みを感じた瞬間、どうしてこうも傷つくのか、まったくわからなかった。

 自分でも自分の心がわからなかった。

 

 どうして、藍ちゃんがそんなことをやるのだろう。

 あのときは本当に頭から考えもしていないように、薄っすらと苦笑いを浮かべていたのに。


 どうして、そんな大事なことを友達であるわたしに一言も告げてくれないのだろう。

 それはたしかに、友達もそう多くないわたしにできることはほとんどないかもしれないけど、でも、わたしにだって、何か力になれることがあるかもしれないじゃないか。

 栗原さんみたいに魅力的な女の子じゃなくたって、百日さんみたいに無視できない自分を持っていなくたって、相田君みたいにわけのわからない行動力がなくたって、わたしにだって、何か彼女のためにできることがあるはずだろう。


 真優は思う。

 卑怯だ、と。

 ずるい、と。

 わたしはもっと、藍ちゃんの近くにいきたいのに、と。

 近くにいるのは、わたしよりもずっと強い個性をもった人たちで、わたしなんてかすんでしまう。

 わたしは藍ちゃんをずっと身近に感じているのに。


 なのに、彼女はわたしを近くには感じてくれない。


 友達に対して重い。

 自分でもなんでそうも彼女に執着するのか、わからない。


 でも、それでも、わたしが彼女を信頼しているほどには、彼女はわたしを信頼してくれていなかったという事実が、なんだか無性に頭に来た。


 あの日、一緒にいたんだから、せめて一言あってもよかったじゃないか、と。


「……はあ」


 装飾班の面々に交じって、真優は看板づくりを行っている。実際は、看板というよりはポスターに近い。

 当日、クレープ屋の前面に置く。段ボールに貼りつけて、張りぼての看板みたいに作る予定だ。


「ため息ついて、どうしたの?」

「……別に」


 同じく装飾班の唯――川端唯がそんな彼女を見とがめて、心配そうに顔を覗き込む。

 真優と唯は出身の中学校が同じだ。といっても、クラスは三年間ずっと違っていて、高校に入って藍と話すようになってようやく関係を築くようになった。その割には微妙に気が合うなあ、と時々不思議に思うことがある。中学の間はまったく交わることなく、お互い全然別の方向を向いていたのに、高校に入って気が付いたらよく一緒にいるんだもの。

 彼方や美月は真優にとって藍ありきの友達だが、唯だけはその限りではなかった。


「……そろそろ藍ちゃんと仲直りしたら?」

「……」


 藍とのすれ違いの後、ずっとぶすっとしていることが多い真優にも、唯は声をかけてくる。

 同情なのか、優しさなのか、それとも共感に近い感情なのか、彼女には判断がつかずにいる。


「仲直りも何も……、別にけんかしたわけじゃないし」

「そうかもだけど……」


 かわいい顔を心配色に染めて、整った眉をわずかに寄せる。

 そんな表情が妙に色っぽく映る。

 映える子だな、と彼女を見るたびに思う。

 その割には、彼女自身自分の容姿をあまりよく思っていないようなのだが。


「……真優の気持ち、わたしもなんとなくわかるよ……」

「え……?」

「藍ちゃん、一人で突っ走りすぎだよね。一人で決めて、一人で宣言して、一人で行動して。それで失敗して困っちゃってたらまだしも……、けっこう上手くこなしちゃってるもんだから。わたしたちってなんなの? ただの賑やかしなの? って感じ」

「……うん」


 意外だった。誰かを悪く言うなんてできない子だと思っていたのに、唯がそんな風に言うなんて。

 それとも、彼女にとっても藍は特別に感じられるのか。


「……もっと、頼ってくれてもいいのにねえ」

「……」


 しみじみと唯がつぶやく。

 同じだ。

 彼女が感じていることは真優が現在進行形で抱えている想いと同じ。

 なのに、なぜ彼女はそうも穏やかでいられるのか。


「なんで……?」

「え……?」

「唯は許せるわけ? 藍ちゃん、あんな風にわたしらに黙って一人でなんでもこなしちゃって。わたしは藍ちゃんのこと……、仲のいい友達って思ってたのに、あんな大事なこと」

「……許すとか、許さないとか、そんな大げさなことじゃないよ」


 唯は戸惑ったように唇を引き結ぶ。

 自分を落ち着かせるように長い髪を撫で、言葉を選ぶように丁寧に口にした。


「藍ちゃんには藍ちゃんなりの想いがあって、その想いはわたしたちみたいに軽い仲の相手には話すことをためらわれるぐらい大事なものだった。それだけのことじゃないかなあ。真優はどうだかわからないけど、正直、わたしは藍ちゃんがそんな大事なことわたしに話してくれるほど心を開いてるとは思えないし。わたしにしたって、藍ちゃんに素直に話せるようなことは、話してもそう差し障りのないものになっちゃうかもしれないし」

「……そう」

「……わたしら、そんな仲良くないじゃんって、なっちゃうわけですよ」

「……っ」


 砕けた口調で言われた言葉が胸に刺さる。

 わたしら、そんな仲良くないじゃん。


「……でもさ。かといって、それでわたしや真優が藍ちゃんから完全に距離を置かれてるか、って言えば、そうでもなくて。まだ日が浅いとかさ、心を開くのにも時間がかかるとかさ、相性だってあるかもだし。別にそんなため息ついてまで、思い悩むようなことでもないのですよ」

「……そうなのかな」

「そんな藍ちゃんのこと好きならさ。本人に直接言ったらいいのに。もっと、甘えてもいいのよって」

「そ、そんなことっ」

「あはは、真優が照れるなんて珍しい」


 からかうように言われて、真優は頬を染める。

 そうも直接に言葉にされると反応に困ってしまう。

 好きとか別にそういうんじゃなくて……。


「じゃあ、相談でもしてみたら?」

「……誰に?」

「……ん」


 小さく息を吐いて唯が指し示したのは、みんなの中心になって忙しなく動き回る栗原るりだった。


「なんで栗原さん?」

「……まあ、なんていうか、藍ちゃんとけっこう仲いいみたいよ、彼女」

「え……?」

「少なくとも、わたしらに話せないことがあの子には話せるくらいには」

「……え!?」


 寝耳に水だった。

 普段クラスの中でそう頻繁に話しているわけでもない二人がそう仲がいい、なんて……。

 たしかに一時期、相田君や百日さんも含めて、いろいろあったっぽいけど。


「なんで唯はそんなこと知ってるわけ?」

「……えー? 別に―? みてればわかるじゃーん?」

「……なんでそんなばかっぽいしゃべり方なのよ」


 隠す気満々の態度だったのでそれ以上、追及するのをやめる。

 このオタク美少女は表面上の態度だけは優しい癖に、面の皮だけは厚いのだと最近学んできたのだ。


「でも、忙しそうだけど……」


 珠洲や末長と一緒に中心になって動く彼女は、いろいろと呼びつけられてはみんなの相談に乗ったりしている。

 とても、個人的なことで話す余地はなさそうに思える。


「るりー。ちょっとー」

「……はーい?」


 そこでタイミングがいいのか悪いのか、百日が大声で彼女を呼びつけて、何か大事な話でもあるらしく、二人して教室の外に出て行った。

 ……意外とあの二人も仲がいいらしい。


「……今ならちょうどよく、相談できそうだけど?」

「……でも、百日さんもいるし……」

「それも大丈夫。あの人も藍ちゃんと仲良しだから」

「……うーん」


 ためらう真優の背を唯が強引に押して、彼女は半ば追いやられるようにして教室を後にする。

 幸いにも、彼女ら二人の姿はすぐに見つかった。

 人気の少ない理科の実験室が集まる棟、その隅にある階段で、百日はこちらに背を向けるようにして手すりにお尻を預け、その白くて長い足を行儀悪く放り出している。栗原は彼女と向き合うようにして反対側の壁に背を預け、彼女には珍しくやや不機嫌そうな表情で腕を組んでいる。

 真優が恐る恐る二人に近づいていくと、先にこちらを向いていた栗原が彼女に気付いた。


「……あれ? 芦原さん? どうかした?」


 表情を少しだけマイルドなものにした栗原の言葉に伴って、百日が首だけを回して真優を睥睨する。

 蒼い瞳に見つめられて、彼女は一瞬首をすくめた。


「……え、えっと……、ちょっと栗原さんに相談があって……」

「……わたしに? 珍しいね」


 意外そうに眉を上げた彼女が百日に視線を向ける。


「悪いね。ダリア。そういうことだから」

「そういうことってなに? ボクの話の方が明らかに先だったよね?」

「……順番はね。でも、『さて、問題です。ボクは今、スカートの下に下着を穿いているでしょうか? いないでしょうか?』なんて話の優先度は芦原さんの相談に比べれば幾分か落ちるからね」

「ひっどーい! ボクだって真面目に話しているのに」

「真面目にふざけてるんでしょ?」


 ……話の内容はともかく、二人がとても仲が良いのだな、ということだけはわかった。


「……それで、芦原さんの方は? ダリアには聞かせたくないようなことだったりする?」

「……え、ええと、だいじょうぶ、だと思う」


 百日に目を向けた真優は、その金色の髪の眩さに目を細め、にっこりと柔らかく笑った彼女の笑顔に気が緩み、少しだけ安堵する。


「……実は」


 そうして真優はゆっくりと話し始めた。

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