休憩
すったもんだの紆余曲折がなんだかんだとあった挙句、当日の、つまりは二日間の文化祭の中で、模擬店のクレープ屋の売り子をする担当が決まった。
まあ、接客業等でも女性の割合が多く占めるのは必然であったりなんかもして、売り子の七割ほどが女子で占められることになった。
その中には当然のように藍の名前もあり、それから栗原、珠洲、末長といった中心メンバーが並び、自分で言い出したことという責任が多少はあるのか、緋凪やその周囲の名前も見受けられた。
それ以外で僕が知っている女子となると、藍の友達の川端、それから百日というところになる。外見的に華やかなところが並ぶ。
男子になると人当たりのよさそうな園田などがそこに入ってくる。
「……とりあえず、こんなところですね」
「だな」
藍が少し疲れたように吐息し、斎藤がそれに同意する。
時計を見ると、二時を二十分ほど回ったところ。
文化祭準備は午後の授業時間を使うが、午後の授業開始は一時から。そして、通常営業なら三時五十分に終業時間を迎えることになっている。今日の準備時間の半分を終えたといった頃合い。
「……少し休憩にしましょうか。十分ぐらい。十分後に声をかけるので、また、話し合いをしましょう」
「……だな!」
藍自身も休みたいところではあるのだろう。そんな提案に、授業でもない慣れない話し合いの時間に同じように疲れたのか、クラスメイトの何人かがこくこくと頷く。
一際大きく同意の声を上げた斎藤は一目散に教室を出て行った。
腹でも痛かったのだろうか。
「……ふぅ」
自分の席へ、つまりは僕の右隣の席に戻ってきた藍は、小さく息を吐いて、腰を下ろした。
ゆっくりと背もたれに背を預ける。
「やっぱり疲れる?」
何とはなしに話を振ると、僕の顔を見て解けるように笑み崩れた。七十パーセント苦笑の成分を含んでいる。
「……ちょっとだけね」
「肩でも揉んであげようか?」
「目立つからいい」
「そっか」
それぞれ、文化祭の話やら、まったく関係のない話で雑談しているクラスメイトを見やり、藍がそう口にする。
「それにしても、藍も成長したね」
「……なにが?」
「ほら、さっき緋凪にやたら厭味ったらしく刺されてたのに、綺麗に受け流してたから」
「……別に綺麗ってほどでもないけど」
また苦笑を滲ませた藍が緩やかに首を振る。
肩先くらいの長さで留められた、ほつれ一つない髪がふるふると揺れる。
疲れてはいるけれど、同時に満足感も覚えている、そんな彼女の笑みは、なんとなく以前よりも大人っぽい。
髪の長さと相まって、小柄なのにどこかずっと大きく見える。
「準備していないところに予想もしていないことを言われると、うろたえちゃって何もできなくなるから、事前に準備しておくことにしただけだよ」
「……それはああいうことを言われるってわかってたってこと?」
「あの人の様子を見れば、なんとなくね」
目線を窓際後方の緋凪の方に向ける。
今時の女子高生らしく、幾人かで集まってスマホをいじっている。スマホいじるなら集まる意味あるのかよ、とも思うが、まあ、スマホ弄ってても時たま会話ぐらいはするだろうか。
「何を言われるかを具体的に想像できるわけじゃないけど、意表を突くことを言われるかもしれないって心構えをしておくだけでも、ずいぶん違うものだと思うから」
「……ふぅん。そういうものか」
「そういうものだよ」
言って、また大人びた微笑みを見せる。
「抱きしめていい?」
「…………え?」
言われた直後、意味が分からなかったのか数秒沈黙した藍が、やがて顔を少々赤くして声を潜めるように言い募る。
「な、なにを言ってるの、涼」
「いや、ほら、意表を突くことを言われるって心構えをしてるっていうからさ。試してみようかなと思って」
「……はあ」
あからさまにため息を吐いた藍が、じとっとした横目で僕を見る。
なんだろう。その目、ぞくぞくする。
「……緋凪さんにああいうことを言われて、自分でも思ったより平気だなって疑問だったんだけど、その答えが今わかったかも」
「……なに? どういうこと?」
「……涼がそうやって、不意打ちみたいにいろんなこと言ったり、してきたりするから、ちょっとやそっとのことでは動じなくなってきたんだってこと……」
「ああ、なるほど」
呆れた声音で嘆息するように口にする藍というのも珍しい。
しかしそれなら、あの堂に入った態度も納得がいくというものだ。
僕という何を言い出すかわからないブラックボックスに比べれば、批判的なことを口にするだけの緋凪なんてわかりやすく、対応も一意的で簡単だということだ。
「まあ、藍の役に立てたようで何よりだよ」
「……悪びれる気はないんだね」
「藍の困り顔を見るのが、僕の人生の一つの楽しみでもあるからね」
「……はあ」
なんでこの人のこと好きになっちゃったんだろ……、みたいなため息はやめてほしい。背筋の辺りが非常にぞくぞくしてくるから。
「ほんと、なんで涼のこと好きになっちゃったんだろ」
あ、実際に口にもしましたね。
「それはほら、馬鹿な子ほどかわいいというか。手間がかかる部下ほどかわいく思えてくるというか。藍の母性をくすぐるほっとけない気質が僕にあったんじゃないですかね」
「……はあ」
何度目かもわからないため息を吐く藍。何なら、緋凪の相手をするときよりも疲れている気がするな。
それから、僕の目を見て、次の瞬間にはくすりと笑う。
ああ、僕の好きな表情だ。
「ま、好きになっちゃったんだから、仕方ないよね」
「だね」
うふふ、と笑って、藍は立ち上がった。
「……そろそろ休憩終わりにしようと思います!」
心なしかその表情はさっきよりもずっとずっと明るかった。