勉強会
「もうすぐ期末テストだね」
「……Pardon?」
食堂で彼女とお昼を共にしている最中、唐突にそんなことを言われた。
唐突すぎたために、返すべき言語を間違えてしまった。
「Qu'est-ce que c'est ?」
「……フランス語はテストに出ないと思うよ……」
真面目な顔で首を傾げてみせると、九々葉さんが呆れた顔でそう答えた。フランス語がわかるらしい。
「そう言えば、そういう時期だったね」
「もしよかったら、なんだけど……」
「うん」
「一緒に、勉強会をしませんか?」
注文したパスタ、そのうちの数束をまとめて口に運びながら、彼女が言う。
こういったお誘いを彼女の方からしてくるのは珍しいことだ。
少なくとも、彼女が普通の女の子以上に身だしなみを整えるようになる前までは。
あの日を機に、彼女は少しだけ前向きになった。
以前はほとんど僕から話題を振って会話をすることがほとんどだったのが、彼女の方からも話題を提供することが多くなった。
一緒に食堂に行こうとも誘ってくれるし、朝も大抵彼女の方から「おはよう」を言ってくれる。
僕の強引さから始まった九々葉さんとの友人関係は極めて良好だった。
そんな折の彼女からの勉強会の誘い。
僕は一も二もなく、頷いた。
「もちろん。それは構わないけど、どこでやる?」
「……うん。その……、できれば、ね。わたしの家に来ませんか?」
「……え?」
頬を染めて口にされた彼女の提案に、焼鮭の切り身を口にしかけた手を止めて、少したじろぐ。
「そ、それはその……、僕なんかがお訪ねしてもよろしいものなんでしょうか?」
「ぜ、ぜんぜん平気、です! むしろいっぱい来てください!」
慌てたように彼女が言い募る。
いっぱい来てください……って、それはどういう意味の言葉なんだ……。
「その、今週の土日なんてどうでしょう?」
「ああ、テストは来週の月曜からだしね。ちょうどいいかもね」
ちなみに、日程的には来週初めの三日間がテスト期間で、その翌々週を通り過ぎ、週明けの月曜日の登校日を乗り切ったところで夏休みに入る。
「九々葉さんって勉強できるの?」
「……うん。一応、人並みには……」
「参考までに、中間テストの平均点は?」
「……九十五点ぐらい」
「……」
絶句してしまった。
なるほど。僕が赤点ぎりぎりを取っている傍らで、彼女は満点ぎりぎりを叩き出していたというわけか。
笑えない。
「その、たぶんだけど……」
「うん?」
「土曜日は、お姉ちゃんが家にいると思うんだけど、大丈夫かな?」
「あ、うん、平気だと思うよ」
「そっか。よかった……」
安堵するように吐息する彼女に、疑問を呈する。
「何か変わった人なの? 九々葉さんのお姉さん」
「変わったっていうか……。少し言動が直接的過ぎるかも……」
「へえ……」
会ってみないことにはわからないけれど、九々葉さん……藍さんとは正反対の性格らしい。少なくとも、彼女はめったなことで言葉を荒げたりしないというイメージがある。
「お姉ちゃんに勉強を教えてもらうこともできると思うから……」
「ああ、なるほど」
こないだ聞いたところでは、大学三年、ということだったか。
だとすれば、高校一年の勉強なんて余裕だろう。
私立のちょっとアレな大学とかならともかく、九々葉さんの口ぶりではそういうこともないのだろうし。
「九々葉さんの家って、学校の近くなんだっけ?」
「うん。徒歩五分」
近っ。
それはたしかに朝はぎりぎりまで寝ていたくもなるというものだ。
とは言っても、最近の九々葉さんはけっこう早い時間に登校してくるのだけど。
「じゃあ、土曜の朝とかに、学校で待ち合わせでいいのかな?」
「うん。大丈夫だよ」
ということで、彼女の家で勉強会をすることになった。