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あいだけに  作者: huyukyu
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きっと、上手くいく

 文化祭二週間前を迎えた、わたしたちの高校、星見ヶ丘高校は、その日から午後の授業すべてが文化祭準備に使われる。

 さらに文化祭一週間前からは授業の類が一切なくなり、丸一日がその準備に当てられる予定だ。


 十月十九日、つまりはわたしが文化祭実行委員になった翌日早朝。

 授業開始前のいくらかの時間を使って委員会の集まりが開かれた。

 その中で日程についての詳しい話を受け、文化祭に対してのこの学校の力の入れように少し驚きを覚えた。授業日程を潰してまで文化祭準備に時間を当てるというのは中学で進学校に通っていたわたしには到底考えられないことだ。つまりはそれだけわたしも実行委員の仕事に真剣に取り組まないといけないということ。


「少なくとも今週中には、クラスでなにをやるつもりなのか、なにをやるにしてもどこを使いたいのか、いつ使いたいのか、等の希望を固めるようにしてください」


 会議室の中でホワイトボードの前に座っている生真面目そうな男子が、朝早くに集まって眠そうな顔をした人の多い実行委員の面々を見渡して、淡々とそう告げる。

 かく言うわたしもいつもよりも早起きすることになったので、今日は少し頭が重い。


「来週からはこの委員会の中でその日程を調整し、その日程を改めて学校側に伝えることになります。三学年全十五クラスならびに各部の希望をすべて叶えることは不可能なので、その点はわかっていてください」


 生徒会長だというその二年の男子――二橋さんというらしい――は時期的に考えて、最近その職についたはずなのに、その割には随分と落ち着いていた。

 初めてのことにも動じず、淡々と向き合えるその姿勢を素直にすごいと感じる。

 わたしなんて、ただこの集まりの中で座っているだけでどこか落ち着かない気分なのに。

 なお、文化祭実行委員長については、議論の余地なく、生徒会長が兼任することが慣例となっているようだった。その旨も会議の初めの方に説明を受け、反対意見もないということで承認された。


「立候補か推薦かはわかりませんが、みなさんはせっかく各クラス、部の代表に選ばれたのだから、変に遠慮したりせず、がっついて自分の意見を主張したらいいと個人的には思います。……ま、どうせやる気ない人が大半なんでしょうけど」


 生真面目そうに見えたその男子の印象は最後につぶやかれた妙にひねくれたような物言いで一変した。

 一瞬さわめきかけた場が、「とにかく」と告げた二橋さんの咳払いとともに再び静寂を取り戻す。


「実行委員は実行委員なりに、文化祭の楽しみ方があるので、それなりに頑張ってみるのもいいと思うよ、ということです」


 一息つき、もう一度、会議室面々を見渡した彼は、「それでは僕からは以上です」としめる。

 その後は生徒会担当兼今回の実行委員会の担当らしい先生の諸注意を受けて、一回目の実行委員会は終了した。




 教室に帰ると、朝の早い時間帯だけあって、まだ登校してきている人は少なかった。運動部で早くに来ている人や家が近い人と、それからわたしと一緒に委員会に参加した斎藤君くらいだ。


 わたしが自分の席に着き、荷物を置いたところ、後ろから声をかけられる。

 振り向くと、かなちゃんがいた。


「あ、おはよう。かなちゃん」

「……おはよう」


 普通の女子よりも落ち着いた態度の常よりも、さらにロウなテンションでぼそりと言ったかなちゃんは、肩にかけた鞄をそのままに、どさりとわたしの隣の涼の席に腰を下ろす。

 癖のある髪の毛を撫でつけるようにした彼女のうなじから首筋にかけて、肌に若干艶があるように見えて、頬もどこか上気した様子。薄っすらと香る柑橘系の匂いは制汗スプレーだろうか。

 十月になって、わずかずつ冬の気配が近づいている折、こうも汗をかくような機会は少ない。


「朝練?」

「……そう。週一でやってんのよ。剣道部。大して強くもないのに、もー」

「……えっと、おつかれさま?」

「ありがと、藍ちゃん」


 愚痴っぽく言って、ぐったりと椅子の背もたれに背中を預ける彼女だったが、労いの言葉をかけると、ふっと笑み崩れて、どこか照れたように笑った。


「藍ちゃんも今日早いね」

「実行委員の集まりがあって」

「ああ、そっか。そうなんだよね。……実行委員」


 何か言いたそうにわたしの顔色を窺ったかなちゃんが鋭い目をさらに細くする。

 たぶん、本人は威圧するつもりなんてないのだろうけど、相対するわたしとしては、思わず居住まいを正してしまいそうなそんな視線だった。


「藍ちゃん的にもいろいろ思うところがあるんだろうけどさ」

「うん」

「……まあ、がんばって」

「ありがとう」


 言葉を探すような沈黙を挟んで続けられた言葉は月並みなものだったのかもしれないけれど、彼女なりにわたしを励まそうとしてくれたその意思が純粋に嬉しい。


「手伝えることがあれば……、って言ってもわたしにできることはそう多くないんだけど」

「ううん、そんなことない。頼りにしてるね」

「……藍ちゃん……」


 うるるとした瞳で彼女がわたしを見る。

 あれ、そんな風に感動されるような言葉をわたしは口にしただろうか。

 疑問の下にかなちゃんを見れば、どこか必死さを感じる表情で彼女が身を乗り出している。


「ほんっとう、わたしをまともな人間扱いしてくれるのは藍ちゃんだけだよ!」

「……え」

「今日もさあ、朝練でさあ」

「……あー……」


 朝の人が少ない時間帯だからだろうか、堰を切ったように彼女は話し始め、それからしばらく、再びかなちゃんの愚痴に付き合った。

 彼女もいろいろ苦労してるんだろうなあ、と思うしかない。

 ……もしかして、これから先、こういうことが続くのだろうか。

 ちょっとだけうんざりした気持ちになったりした。




 午前の授業日程を消化し、やって来たるは午後の文化祭準備。

 とりあえずやるべきことは、クレープ屋さんはクレープ屋さんでも、どういう種類のクレープを作るのか、生地は自分たちで焼くのか、それとも出来合いのものを使うのか、といった内容の細かい部分を詰めるということと、お店を開く場所をどこにするか、ということ。

 後者に関しては、模擬店の場所は毎年中庭と決まっているらしく、学校内の好きな場所でというわけにはいかない。ただ、中庭の中でも校門に近い場所と比較的奥まったところとの違いがあり、そう大きな差ではないにしろ、両者の間ではお客さんの入りに違いが生まれてくるかもしれない。そういう点で中庭のどこを使いたいのか、おおまかな希望を決める必要がある。

 また、そもそも模擬店の希望が多く、とてもではないが中庭には収められないなんてことになった場合には、抽選で選ぶことになり、そうなったときの第二希望等も決めておいた方がいいかもしれない。

 単に模擬店と言っても、火を使うようなものについては家庭科室を除いて校舎内では原則厳禁ということで、逆に言えば家庭科室を使えれば、模擬店の本体でコンロ等を使って調理するだけでなく、中で作って外に運ぶということもできるようになる。その点で、家庭科室を利用したい場合は、事前に申請しておく必要もあって、そういう細かい部分の希望も決定しなければならない。もちろん占有することはできないので、テーブル一つ分ごとに区切って使うことになるらしい。

 もっとも、クレープで頻繁に火を使うのは精々生地を焼くぐらいだろうから、生地自体が自前でなんとかなるのなら、そういった心配は無用かもしれない。


 などというここまでのことは、朝、委員会で詳しい説明を受けた後、午前中の授業の間を使って考えをまとめておいた。

 昨日は昨日でほとんど何も考えずに前に出たせいで失敗してしまったので、今回はもう少し事前に心の準備、それから考えをまとめる準備をしておこうと思ったのだ。

 即断即決の対応能力に不足があるのなら、事前の準備と想定で少しは埋めることもできるだろうと。

 いつまでもるりに頼ってばかりもいられない。


 そのせいで授業の内容があまり頭に入ってこなかったけれど、それについてはもう諦めよう。

 もしテスト等で不安があるようなら、ももちゃんにでも教えてもらえばいい。彼女はあれでとても頭が良くて、教科問わずにそつなくこなしているから。


「……えっと、じゃあ、昨日に引き続いて内容を決めるところから……、クレープ屋さんの詳細を決めるところから入りたいと思います」

「思いまーす」


 同じくクラスのみんなの前に立った斎藤君が、繰り返すようにそう言った。

 朝の委員会の間、彼はずっと眠そうに話を聞いていて、何なら時折、舟を漕いでさえいた。

 内容を理解しているのか、わずかばかり不安だったけれど、そんな彼に改めて理解してもらうという意思も含めて、クラスのみんなに委員会で教えてもらった情報を共有していく。

 事前に自分の中でまとめていったこともあって、ときにつっかえたりしつつも、何とか上手く伝えることができたと思う。


「……ということで、第二希望、第三希望も決めておく必要もあるかな、と」


 そう締めくくると、なんとなくクラス内に沈黙が落ちる。

 もしかして一人で語り過ぎてしまったのかな、と不安に思った頃、やっと発言を求めるように手を挙げた女子がいた。

 珠洲さんと同じく、るりの親友の末長さんだった。

 真剣な表情でわたしと目を合わせる。

 口を開こうとしないので、何かと思ったけれど、よくよく考えれば挙手をして発言を求めているのだと気づいた。


「……えっと、末長さん、どうぞ」

 彼女の方に発言権を預けるように手を指し示しながら言うと、彼女は小さく頷いて立ち上がってから口を開いた。着席したまま発言するのは失礼だとでも考えたのだろうか。とても律儀な人だ。


「模擬店の希望が飽和状態になったら、第二希望が必要になるってことだけど、現状、他のクラスの希望状況とかってわからないの?」

「……まだ、そういう話はなくて、今週中に内容を決めてほしいってことで」

「……じゃあ、中庭のキャパシティはどれくらいになるのかしら?」

「……え、えーと」


 当然そういう質問が出てくることは予想されるべきだったんだけど、もっと先の、内容方面についてばかり考えを詰めていたせいで、そういう基本的なことを知っておく考えが抜け落ちていた。

 返答に詰まるわたしを見て、助け舟を出すように、斎藤君が言った。


「……まあ、あの広さなら精々七、八グループってところじゃね?」

「ってことは、全学年十五クラス中の半分ぐらいは模擬店をやれるってこと?」

「そうなるな」

「……うーん。まあ、たしかに、いくらか予備の希望は用意しておいた方がいいかもね」


 ぽつりと言って、腰を下ろした末長さんに、そっと心の中で安堵の息を吐く。

 授業中もずっと考えていたことだけれど、全然的外れのことを言っていたら、どうしようと不安で仕方がなかった。

 小さなことでも、自分の提案を肯定してもらえると、安心して仕事に取り組める気がする。


「……それじゃあ、今日はまず第二希望と、第三希望を決めるところから、始めたいと思います」


 はーい、とまるで小学生みたいに素直で返事をるりがして、思わず、頬が綻んだ。

 るりがいるだけで、心の(おり)が溶けていくみたいだ。


「……それじゃあ……」


 そこからしばらくは、やっぱりどこか言動にぎこちない部分はあったと思うけれど、大過なく進行することができ、第二希望はお化け屋敷、第三希望は変わり種で女装喫茶ということになった。


 ……さすがに第三希望が現実に実現することはないとは思う。

 たぶん、みんなどうせそこまで行くことはないと思って、遊び半分で提案したのだろうけど、実現したら一番嫌なのがそれかもしれない。

 男子が女装する喫茶店の先導を女子のわたしが取らなくてはいけないというのは、実行委員としての心構え以前に、とても気の滅入る話だ。

 正直、そうなってほしくない。

 涼の女装姿とかは……、ちょっと見てみたい気もするような気もするけれど、たぶん……いや、間違いなく似合わないのでやっぱりいいかな。


「次は、クレープ屋さんの内容を詰めていきたいと思います」


 わたしがそう言うと、ざわざわとしていたクラスのみんなの視線がひとところに集まるのを感じた。

 まだまだ前に出るのに慣れたとは言えないけれど、なんだかんだみんな真剣に取り組んでくれるところもあるので、きっと上手くいくのではないか、とわたしは、そう思った。


 何の根拠もなく、そう思ったのだった。

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