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あいだけに  作者: huyukyu
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親しき仲にも礼儀あり

 昼食を取ったお店を後にして、クラス会最後の目的地、カラオケへと向かう。

 昼食時に作ったグループは自然にばらけていき、今はわたしも芦原さんと唯ちゃんに挟まれるようにしてカラオケ店に向かっている。

 いよいよこのときがやってきた。


 るりに任せるばかりだった今日の進行。その最終目的。そこで少しばかりの役割がわたしにはある。

 とても重要な役割が。


「どうかした? 藍ちゃん。表情硬いけど」

「あ、ううん。なんでもない」


 やや緊張する面持ちだったからだろうか。

 左を歩く唯ちゃんにそう指摘されてしまい、慌てて首を振る。


「もしかして藍ちゃんもガチオタの唯ちゃん同じく、アニソンしか歌えないとか?」

 ひょこっと見上げるようにわたしの顔を覗き込んできた芦原さんが、からかうような声音で訊き、わたしはそれにちょっと言い淀む。

「あ、ええと、アニソンしかっていうか……、ほとんど歌えるものがないっていうか……」

「あらあら。それはなぜ?」

「音楽とか全然聞かなくて……」


 音よりも文字に金銭を費やすわたしにとっては、歌というのはどこか一つ軸のずれた世界の話でしかなく、日常的に耳にすることも少ないのだ。ましてや、自分が歌うことなんてもってのほか。歌えるほど耳に残っている曲自体が少ない。

 芦原さんたちと関わっていく中で、音楽の話題がまったく上らないということもなかったけれど、ほとんど知識のないわたしにとっては、へえ、そんなものもあるのか、と他人事気味に相槌を打つのが精々だった。

 その発言にきょとんと目を丸くしていた芦原さんは次の瞬間に苦笑してみせる。


「……やっぱり藍ちゃんは藍ちゃんだねえ……」

「……だね」


 呆れるように口にした言葉に、スマホで歌う曲を軽く流し見していたらしい唯ちゃんが同じように呆れた表情で頷いた。


「ふつう、みんなに話を合わせるために流行ってるものだけでも軽く目を通しておくとか……って、この場合は耳か……、そういうこと考えるもんじゃない?」

「……え、そういうものなの?」

「……そういうものだよ」


 首を傾げるわたしに唯ちゃんが肩をすくめる。


「我が道を行くって感じだねえ。藍ちゃんは」

 それから、芦原さんがぽつりと感想を漏らし、わたしを挟んで唯ちゃんがそれに呼応する。


「ほんとそれわかる。その点、藍ちゃんもあの相田君と似たようなところあるよね」

「ああ、たしかにそうかも。時々、声かけても気づかないくらい自分の世界入ってるし? わたしたちなんて眼中にないってところとか?」

「あー、あるある」


 意地悪く笑みを浮かべた芦原さんに、唯ちゃんがいたずらっぽく追従した。

 二人して冗談半分で責めるようにわたしを見る。

 慌てたわたしはわたわたと両手を振った。


「そ、そんなことないよ! 二人のことはとても大切な友達だと思ってるって!」

「ほんとうに~?」

「ほ、ほんとうだよ!」

「じゃあ、相田君とわたしたち、どっちが大事?」

「…………え、ええと」


 投げかけられた突飛な質問に、思わず反応に窮する。

 そ、それは……。


 真面目な表情を取り繕っていた芦原さんが、真面目に答えようとするわたしの顔を見て、おかしそうに笑みを漏らす。


「あははは! 藍ちゃんわかりやす! そこは嘘でも即座に否定しないと! 言い淀む時点で答え出てるから!」

「ほんとにね」


 大げさに声を上げる芦原さんとは対照的に、唯ちゃんは控えめに、微笑ましいものを見るような目で薄く笑う。


「そんなに相田君のこと好きなんだ?」

 やはりからかうような声音で紡がれるその質問。

 柔らかく見守るような唯ちゃんの視線は答えなんてわかり切っていると告げていた。


 それでもわたしは正直に答える。

 何度となく聞かれたようなその問いではあったけれど、誰かにそう訊かれるたびにわたしはいつも誠実にその人の目を見て、こう返す。

「……うん。大好き」

「…………きゃー」

 笑い声交じりに芝居がかった仕草でそう言って、やれやれと芦原さんと唯ちゃんは同時に肩をすくめた。


 例によって例のごとく、いつものように、また二人にからかわれてしまった。

 誰に対しても涼への想いを押し隠すことをしないわたしは、やっぱりちょっと変なのかも?

 そういう風に自分を省みないところがないでもない。

 それでも、誰に迷惑をかけているわけでもないので、変えようとは思わないのだけど。


 と、そんなところで、ようやく目指すべきカラオケ店がみえてくる。


「さあ、みんな歌うぞ~!」


 おどけるように友達の二人と声を合わせたるりが先頭に立ってみんなを導く。


 お昼時の雑然とした街並みから、これまた騒然とした音の飛び交う店内へ。

 目的もさまざまな多数の人並みから、それでも、歌う、という目的の共通した人の集う場所へと足を踏み入れる。


「まあ、でもさ」


 最後尾に近いところでわたしたちも歩を進め、自動ドアをくぐるかくぐらないかといったタイミングで、ぽつりと芦原さんが漏らした。


「……そんな素直な藍ちゃんだからこそ、一緒にいてとっても安心するんだよね」


 照れくさそうに、目を合わせるでもなく、どこを向いているかもわからないような目線の下に紡がれた彼女の言葉に、思わずわたしは顔を上げ、決してこちらと目を合わせようとしない薄く頬を染めた彼女の面に、ぽっと胸が熱くなるような気持ちがした。

 一歩後ろでわたしと芦原さんに道を譲るようにしていた唯ちゃんが、どこか嬉しそうな響きを持った声音で、小さく控えめな笑い声を上げた。




 受付を済ませ、大人数用のパーティルームにクラスのみんなと一緒に入る。

 それぞれが集まって席につき、自然と男子と女子が別れるような形になった。

 その中でるりが率先して進行役を務める。


「さて、じゃあ、まずは罰ゲームの三人から、っていきたいところなんだけど……、一番手はゆりから!」

「え? なんであたし?」

「目が合ったから!」

「なんだそりゃ!」

「いいの! 歌うの好きでしょ。ゆり」

「はあ……もうしょうがないなあ、るりは。トップバッターって気が重いんだけど」


 るりが珠洲紗友里さんを指名し、渋々ながらも彼女が立ち上がってクラスでのカラオケが始まった。

 嫌がっていたらしい珠洲さんも、恋する幸せそうなクッキーみたいな、有名なアイドルグループの名曲をノリノリで歌い切り、盛り上がったところで罰ゲームの三人が前に出る。


「はあ……。なんでこんなことに……」

「まあまあ、やるからには盛り上げていこうぜ、雄哉」

「日和、お前がセンターな」

「ええ!?」


 と、なんだかんだ言ってやる気になっているっぽい大柄な男子、天城雄哉君は残りの二人に相談することなく、さっさと曲を入力してしまい、結果、画面に表示されたのは『WINDING ROAD』という曲だった。

 

 二人とも一応、知っている曲らしく、不満は出ず、歌い始める。

 わたしはタイトルだけでは何の曲かわからなかったけれど、実際に歌を聞いてみると、車のCMなどで聞いた覚えがあった。まーがーりくねったー、というフレーズが印象的な曲だ。


 罰ゲームの三人を励ますように、クラスの幾人かが手拍子を叩く。

 わたしも控えめに手を叩いた。


 三人とも知っている曲であるとはいえ、三人で歌うような曲をいきなり合わせるのは難しいみたいで、なかなかにばらばらで、それでも、高い方のパートを担当することになった日和君は上手く歌っているように思えた。


 なんとか三人とも歌い切り、お疲れ様ー、とるりが拍手を送る。

 それに伴って、他のクラスメイトからもぱらぱらと拍手が送られ、三人は席に戻った。

 戻り際、なんでそんな上手いんだよ、と日和君が天城君に頭を叩かれていたけれど、少なくともそんなに険悪な雰囲気ではなくて安心した。

 

「じゃあ、後は歌いたい人から順に」


 というるりの号令に伴って、タッチパネル型のリモコンを順繰りに回し、何人かが曲を入れていく。

 みんな人前で歌うの平気なんだなーすごいなー、と思いつつ、わたしの下にも四角くてちょっと重いそれは回されてくる。


 手渡した唯ちゃんは、というと、何も入れずにパス。

 じゃあ、わたしも、とそのまま、芦原さんに渡す。


「えー、藍ちゃん、歌わないのー?」

「歌わないっていうか、歌えないの」

「そう言わずにさー、歌おうよ。わたしとデュエットで」

「え、えー?」

「じゃあ、『つけまつける』入れとくねー」

「え、えええ!?」


 さっきああいう風に嬉しいことを言ってくれた彼女の提案を断るのもなんだか悪くて、まともな反応を返せずにいると、さくさく画面を操作した芦原さんが曲を入れてしまう。

 焦った声音で言い募る。


「わ、わたしそれ、歌えないよ!」

「大丈夫大丈夫。まだ順番まで時間あるから! 唯ちゃん!」

「おっけー」


 と、さながら示し合わせていたかのように、唯ちゃんがスマホを操作し、イヤホンをつけてわたしに渡してくる。

 画面には動画サイトが表示されていて、歌詞付き『つけまつける』、とかって表示がなされている。


「さあ、順番回ってくるまでに聞いて音程覚えようか」

「ええええっ!?」


 さらっと恐ろしいことを言う芦原さんにごり押しされて、イヤホンを耳に押し込まれた。

 

 流れてきた不思議な印象の曲に少しの聞き覚えはあったけれど、自分がこれを歌うとなると、とてもハードルが高い気がした。


 何度か再生を繰り返したりして、わたわたと混乱と焦燥と不思議なメロディに頭をかき混ぜられているうちに、いつの間にか順番が回ってきて、唯ちゃんにマイクを手渡される。


「動画取ってるから! がんばってね! 藍ちゃん!」


 とてもいい笑顔で親指を立て、スマホを構える彼女に、わたしは恨めしい目を向けた。


 ……後で絶対、みんなの前でアニソン歌わせてやる。


 心にそう誓いながら、体は芦原さんに引っ張られ、みんなの前に出させられる。


 それからの数分間はとても言葉では言い表せられない気持ちを味わった。


 ……誰かわたしを慰めて。




英語タイトルやめました。伝わりにくいと思ったので。それなら最初からそうしろという話ですが。なんとなく思いつきでやってみたものの、思いのほかはまりませんでした。また日本語に戻ります。あと、今週の投稿はこれだけです。

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