She has fallen in love.
「というわけなの……ふぅ」
斎藤への事情説明を終えると、珍しく終始焦った表情でいた百日が安堵するように吐息した。
「なるほどな」
対照的にずっと仏頂面で話を聞いていたトムも納得したというように頷きを落とす。
「あからさまに変装した姿でリアがいるし、それと一緒に相田もいて、隠れるみたいにそれとなくこっちの様子窺ってるから、何事かと思ったけど、そういうことな」
「……わかってくれたみたいで何よりだよ」
「そんなに気になるんなら、最初から参加すればよかったんじゃないのか?」
「そこはそれ、ボクも相田もへそが曲がっているから」
「ふぅん……」
どこか睨むようにこちらに一瞥をくれる斎藤。
……ふむ。
とりあえず僕は斎藤以外にこちらに気付いた者がいないかを周囲を見回すことで確認し、それから口を開く。
「ちょっと気になったっていうか、今更なんだけどさ」
二人のやり取りを横から眺めていたことで、本当はちょっとどころではなく引っかかった疑問を投げかける。
「なんだよ」
「……?」
そろってこちらを向くカップルに、僕は言った。
「ずいぶん、仲良くなったんだな、二人とも」
「っ……」
「――」
虚を突かれたように絶句するトムと、刹那の間に完全に死んだ目になるリア。
ああ、やっぱり自覚なかったんだな。
「知らない間にトムとリアとか、呼び合うようになってるし、斎藤は斎藤で僕と一緒にいるところを見ただけで不機嫌になってるし、百日は百日でお前に見られてすごい焦ってるしで、本当お熱いカップルって感じだな」
「…………お、お前に言われたくねえって」
つぶやくような音量で反論する斎藤だが、その声に力はない。
「ま、別にいいんだけど。ちょっと気になっただけで。朝、聞いた限りだと、百日は特に彼氏彼女の関係に不満はないっていうことだったしな。薄々察してはいたんだが。いざ、目の前にしてみると、なかなかどうして瞠目することしきりだよ」
「……っ」
歯を食いしばるようにして悔しそうにこちらを見つめている百日はかなりの割合で頬を朱に染めている。
何か反論をしたいらしく、口をぱくぱくやっているが、まともな言葉が出てこないらしい。
あるいは反論することで、そばにいる男に余計な誤解を与えることを避けたいのだろうか。
お熱いことで。
「とりあえず、斎藤は座れよ。このままだと目立つ」
「……ああ」
そして自然な動きで百日の隣に寄り添うように腰を下ろすトムに、僕はにやにやとした表情を向ける。
それに気づいた百日が真っ赤な顔で言い募ろうとするが、やはり口をぱくぱくとさせるだけで言葉は出てこない。取れる選択肢を失った彼女は、せめてもの抵抗とばかりに、あっかんべーと目元を引っ張った。
仲のいいカップルをからかうのもそこそこに、僕は斎藤にもいくつか訊いてみることにした。
藍と栗原が計画している何かについて、少しでも事情を知らないか、と。
すると、いくらかの間、顎に手を当てていた彼は、しばらくして顔を上げた。
「ああ、そういえば、確かに俺も栗原からいくつか質問されたりしたっけ」
「ほんとうか」
「ああ。なんだっけか。……相田のことをどう思っているか、相田のクラス内での立ち位置をどう思っているか、それをどうにかしたいと思うか、みたいなことだったかな」
「……ふぅん」
やはり以前藍から聞いたようなことと同じようなことか。
方法は不明だが、どうやらあの二人は孤立する僕をもっとクラスになじませたいという意思を持っているらしい。
以前起こった嫌がらせ。
あんなようなことが二度と起きないように。
そういう想いが根底にはあるのだろうな。
僕には知らせず、主に彼女たちだけでどうにかしようと考えた。
おそらくは藍主導で、サプライズの下に僕に一言の断りもなく。
それを僕がどう思っているかも度外視して。
ありがた迷惑ではないにしろ、少し思うところはある。
それは押し付けではないのか、と。
「もし力になれることがあるのなら協力するとは言ったけど、それ以上のことは特に聞いてねえな」
「そうか」
まあ、僕とこいつは仲が良いようで仲が良くないからな。
クラスの中で話をすることもまれだし。
何か厄介事でもあれば、関係することもあるかもしれないが、普段は基本的に関わることをしない。
「で、さっきからまるで借りてきた猫みたいに大人しくしてる百日は何か言うことはないのか?」
「……っ」
話を振ると、びくっと肩を跳ねさせた彼女が顔を上げた。
「……別にないけど……」
「彼氏の前でいい格好でもしたいのか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「普段のお前なら、もう少しいらぬお節介とばかりに口を挟んでくるような気がしたんだけど」
「……特に言うことはない。それだけ」
まあ、そうか。
そういうことにしておこう。
「……つーことなら、まあ、俺は変にこっちに注目を集めないように席に戻るとするか」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「何かあれば言ってくれ。相田にはいろいろ世話になったからな」
「かわいい彼女との仲を取り持ってくれたりとか?」
「……お前がかわいいとか言うな」
あからさまに不満そうな表情で言う斎藤に、僕は笑みを堪えきれない。
夏休み明けの頃の百日を完璧に拒絶していた彼の姿はもはや見る影もない。
性格さえどこか大人びたように思える。
恋愛経験が人格に及ぼす影響は人それぞれ、相手次第だとは思うが、斎藤にとっては、たとえその相手があの百日ダリアだったとしても、とてもいい影響をもたらしたらしい。
素直に好感が持てるし、何よりからかいがいがある。
「……リアもまたな」
「……うん。また」
どこかくすぐったそうな様子で素直にうなずく百日の姿は完全に恋する乙女のそれであり、なんだかんだ言って彼女は本当は素直で純朴な女子だと思う。
……照れ隠しが過剰に狂気じみているだけで。
斎藤が軽く手を振って自分のテーブルに戻ると、はあ、と百日は息を吐く。
それとなく僕は藍のいるテーブルを窺って、藍や栗原がこちらに気付くことなく未だおしゃべりを楽しんでいることを確認し、彼女に向き直る。
「……ま、今のお前をからかうようなことを言うのはやめておくことにするよ」
「……は?」
「いや、なんか、すごい幸せそうな表情してるしさ。それに水を差すほど僕も野暮じゃない、というか……」
「……よ、余計な気なんか遣うな! それはそれでどうしていいかわかんなくなるじゃん!」
「まあまあ、ここは素直にだらしなく頬を緩めておけよ、リアちゃん」
斎藤が使っていた呼び名を持ち出してやると、彼女は急激に狼狽を深めていく。
「あ、あ、あれはちがっ……、その……」
「リアとトム、ねえ……。まあ、二人だけの呼び方みたいなのって関係に特別な感じがしていいんだろうな」
「……っ」
「はたから見れば、ただのバカップルっていう感想しか湧かないけど」
「……っ……――っ!」
羞恥なんだか、動揺なんだか、狼狽なんだかわからない感情を面に浮かべる百日を面白おかしく思いながら、ふと思い至る。
「……ああ、そうか。依田莉亜って名前の着想はそこから来てたんだな」
「っ~~~~~――――」
受験に失敗した浪人生のように頭を抱える百日を見て、僕は笑みを深めた。
ほんとう、仲が良くてよろしいことで。
もしかすると、僕と藍よりもお熱いかもしれない。
ただ、なんというか、二人はもっとプラトニックだという感じも受けるのだが。
僕と藍はちょっと、いろいろな意味で距離が近すぎる。
「で、実際、お前らはどこまで行ったんだ? キスはしたのか?」
「……な、なんで急にそんな話になる!?」
真っ赤な顔で食って掛かるようにこちらを睨む彼女に、なんとなくそれぐらいはしたんだろうな、と納得した。
「思春期女子みたいな話の振り方しやがって……」
唇を尖らせる百日に、やれやれと僕は肩をすくめた。
そっと、クラスの集まりの方に目をやると、そろそろ店を出るか、という頃合いらしく、それぞれが荷物をまとめているところだった。
藍は熱心に話しかける日和とやらに対して、どこか満更でもなさそうにちょっと頬を染めて答えている。
……あいつとの話でどこに照れる要素があるのか。
その不愉快な光景に僕は眉をひそめた。
冷静に考えれば、藍が何に照れているのかはわかりそうなものだったが。