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あいだけに  作者: huyukyu
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He came over here.

 身をかがめ、ソファに上半身を押し付けるようにしていた姿勢から体を起こす。

 そっと、周囲を窺えば、藍が取り皿を手に席を立ったところだった。

 どうやら見つからずに済んだようだ。軽く息を吐き、背もたれに深く腰を落ち着ける。

 強く打ち付けた膝を軽くさすった。

 テーブルの上のものはそれほどちらかっていないが、膝を打ち付けた衝撃で少しだけお茶が零れてしまったようだ。

 付属の布巾で水分をふき取り、テーブルの正常化に努める。

 その折、テーブルを挟んで向かい側から蒼い瞳がにゅっと顔を出す。


「……いやあ、間一髪ってところだったね。あぶないあぶない」


 同じように身を隠すために、テーブルの下に体を縮めるようにして入っていた百日がゆっくりと這い出てきたところだった。


「お前、笑い声もうちょっとなんとかならなかったのか?」

「あはははー。ごめんねー。笑っちゃいけないときほどおかしくて仕方がなくなっちゃうんだよねー、ボクって。ついつい、笑っちゃった」

「ばれなかったから、いいものの」

「でも、その前に藍ちゃんに熱すぎる視線を送っていた相田にも責任の一端は求められると思うんだけどなー」

「……悪かったよ」


 あの日和とかいう男子生徒が藍に媚を売っているのを見ていると、虫唾が走ってたまらなかった。

 どういう意図で藍と栗原があいつと同席することを謀ったのかは知らないが、なぜあんな奴とああも楽し気に会話をしようというのか、理解に苦しむ。

 挙句の果てには藍もなんだか嬉しそうに微笑んでじゃってるしで、もう、まじで出て行きたくなって仕方がなかった。

 百日に止められたので、なんとか踏みとどまったが。


「……何がしたいんだろうな、あの二人」

「さあ? 君と藍ちゃんの二人っきりの時間を邪魔した直後にるりから概ねの事情説明をされたりとか、そういったことを全然されてないボクには、事情の一片たりとも理解できていませんとも」

「……」


 馬鹿にするように口の端を歪める百日に、僕は文句を言い募ろうとして、どうせ言っても無駄か、と早々に諦める。

 ていうか、どう考えても知ってるよな、それ。


「まあ、とはいえ、聞いたのはあくまで最終的なゴール地点の話であって、そこに至る具体的な道筋に関してはぼやかされたんだけど。どうせボクが余計な横槍を入れるとでも思ったんだろうね」

「最終的なゴール地点って?」

「……訊かれてボクが答えると思う? 藍ちゃんもるりも言おうとしないことを?」

 苦笑するように見返す百日に、僕は首を振った。


「まあ、ないか……」

「それになんとなく、最後まで言わない方がいいんじゃないか、という気はするしね」

「……どういう意味だよ?」

「言えば、絶対二人の意思に反する行動をとるような気がするのさ」

「僕が?」

「君が」


 あまのじゃくだからね、とまるで僕の心根を見通したような口ぶりで、彼女が言う。


「つまり、僕が素直に受け入れるはずがないことを二人はしようとしているということか?」

「別に。言ってしまえば大したことじゃないけど、ずっとそんなスタンスを取ってきた君にとってはもしかしたら不愉快かもね」

「……そんなスタンスって、どういうスタンスだよ」

「好きな相手とだけ関わって、それ以外はまるでどうでもいいみたいにずっと振舞ってきたこと」

「……」


 言われて閉口する。

 興味のない人間とまったく関わりを持たなかったわけじゃないし、好きな相手以外とまったく会話をしなかったわけじゃない。学校という閉鎖空間で生きる中、特定の誰かとだけ関わり続けるなんてのは不可能な話だ。

 けれど、好意を持つ相手に対する態度とそれ以外の相手に対する態度に、明確な違いがあったのはたしかだ。

 藍や栗原に接するのと同じようにクラスの女子と話すことはなく、どころか、その十分の一、百分の一の興味すら、僕は持っていなかっただろう。男子にしても、それは同じ。斎藤の奴と話すことはあると言っても、ごくたまにだ。日常的に会話する必要性を感じていない。

 僕みたいな人間に興味を持たれて嬉しいか、みたいな根本的な話もあるが、嬉しい嬉しくないとは別に自分にまったく興味を持っていないことを態度で感じるというのは、たぶんとても傷つくことなのだろうと思う。

 薄々それがわかっていて、けれど、直そうという意思を見せていなかった。

 自分から関わることもなければ、興味を持とうとすることもない。

 あるいはそんな自ら孤立に走るような傾向性が、偶然の暴力としてクラスの男子からいじめまがいの嫌がらせを受ける原因になったのかもしれなかった。


 けれど、人間なんてそんなものじゃないだろうか。

 人によっての大小があるだけで、ほとんどの人間は気が合う人とだけ多く関りを持つ。

 誰とでも同じように接することのできる人間がどれだけいるだろうか。

 誰とでも親友のように心を開ける人間がどれだけいるだろうか。


「君の言うことも一面においては否定しないけれどね。でも、それにも限度があるということさ。何より誰の目にも明らかなほど態度に差があるのなら、それは集団から爪弾きにされる遠因になりうる。その大義名分を与えてしまう。少なくとも、完全に浮いてしまうのは避けられないだろうね」

「……言っちゃなんだけど、お前がそれを言うのか?」

「うん。ボクもボクが浮いているのは自覚してるよ」


 平然と頷いて見せた百日は、さっき藍たちにばれないよう細心の注意を払って入れてきたエスプレッソに口をつけた。

 それから、けれどね、と薄く微笑むようにボクに笑いかける。

 集積した心の凝りを解きほぐすようなその表情は、これまで二か月近くの間目にしてきた、どこか子供っぽく、どこか自己中心的な彼女のそれとは一線を画しているように映った。


「……ボクはさ。浮いているけれど、どうやっても覆い隠せないくらいに百二十パーセント浮き尽くしてしまっているけれど、でも、だからといって、自分を受け入れてくれる人とだけ関わっていればいい、とは思わないよ」


 紡がれた言葉は我が道を行き続ける彼女の印象にはまったくそぐわないもの、けれど同時にそれはやっぱり彼女にぴったり見合っているのだとそう思わずにはいられないだけの力を持っていた。


「思うんだよ。みんなさ、それぞれいっぱいがんばってるんだなあ、って」

「……」

「悩みとか、苦しみとか、人それぞれあってさ。そういうのが一つもない人なんてこの世界に誰一人としていないんだよ。誰もがもがいていたり、誰もがあがいていたり、誰もが悩んでいたり。自分が乗り越えた悩みが一つあったとして、それで同じ悩みに苦しんでいる人間を見下せるかといえば、そうじゃない。その人にはその人なりの、そのときその人のその時点での壁がある。ハードルがある。三十センチの壁を破れたからと言って、十センチの壁に手こずっている誰かを笑えるわけじゃないんだよ」


 面白い世界だよね、と百日はやはり微笑む。


「外を出歩くことすらできない人間もいれば、国すら動かす立場で毅然と振舞う人間もいる。スタート地点から足を踏み出すこともできない人間もいれば、もうトラックを何週もしてしまっている人間もいる。それぞれがそれぞれの場所で、全力を尽くしてがんばる。全力を尽くすことさえできなくて、停滞することのみをよしとする人だっているかもしれないけれど、きっとその人だって心のどこかではもがいているんだよ。現状を脱するために」

「……お前」

「……逃げるならそれもいいさ。いつかきっと戻ってくる」


 彼女は僕の目を見つめ、あははっ、といつものように笑った。


「――いろんなところでいろんな人ががんばっていてさ。だから、どうでもいいだなんて思えないんだよね。不思議と。目の前にいるこの人はどんな人生を送ってきて、どんな悩みを抱えて、どうあがくのだろう、ってね。どういうやり方をして、どう向き合って、どう前に進むのか。そんなことが気になってしょうがない。ボクはそれなりにつらい経験をしてきたけれどね。けれど、それはそれなりだ。最底辺でもなければ、最上辺でもない。誇れるわけでもなければ、驕れるわけでもない。それは一つの人生でしかない」

「……百日」

「相田もさ。ほんと、よくやるなあ、と思ったよ。藍ちゃんにるりにボクに、そして自分の劣等感に、よくよく向き合ったよ。よくよくがんばったよ。よくよくちゃんと道を逸れずにここまで来たよ」


 だからさ、と百日ダリアは相田涼を見据える。


「だから、もう少しがんばってみてもいいんじゃない? あの二人が、君のためにがんばっているように」


 すっと指し示した彼女の手の向こうに、遠くでクラスメイトと会話しながら、目の前にいる相手と笑顔で向き合う藍と栗原の二人の姿があった。


 ……僕のために、ね。


「……まあ、善処するよ」

「うむ。そうしてくれ」


 それから、百日はにこっと嬉しそうに笑った。

 彼女もいつの間にか柔らかく笑うようになったものだ。




「少しばかり、話を元に戻そうか」


 こそこそと人ごみに紛れ、いくらかの食糧を確保した僕らは藍や栗原にばれないよう、再度顔を突き合わせる。

 たこ焼きを一口、口に突っ込んだところで、百日が切り出した。


「……君は大層、あの日和君とやらが気に入らないみたいだけど、それはどうしてなわけ?」

「どうしてって……、それは藍とあんな風に」

「別に浮気してるわけじゃなし。クラスメイトでしょ? あんな風に話していて何か問題でもある?」

「それは……」

「たしかに藍ちゃんやるりの方から積極的に話しかけているようだったけど、それは目的があるからで、むしろあれは君のためなんだよ」

「……その僕のためだって言うのがわからないんだけど」

「いい加減、察してもいいと思うけどなあ、ボクは」

「何を?」

「……だから、言えないんだってば」


 むくれるように彼女が言って、もう一口、たこ焼き。

 僕は取ってきた焼きそばをすすった。


「それに、ボウリング場での一件もみたでしょ? 同情するに値する人物なんじゃない? 彼は」

「……あいつに因縁をつけられていたな」

「そう。天城雄哉(あまぎゆうや)。ボクに惚れてて、君を体育倉庫に閉じ込めたりもした、あの気性の荒い男ね」

「……」


 そんなこともあったか。

 僕としてはやはり一定以上の興味を持てないのだが、たまに顔を合わせると、相手は微妙な表情になったりするな。

 一応、謝罪を受け入れてくれたとは思うので、表面上の遺恨は残っていないはずだが。


「……日和とは何か関係があるのか?」

「ボクの知るところでは特に。偶然、グループが一緒になって単にそれで迷惑して、ってことなんじゃない?」

「ふぅん」


 にしては、ああも大声でキレるものだろうか。

 まあ、キムチを押し付けた腹いせに体育倉庫に閉じ込めるような輩だからな。僕が妙に女子に囲まれていたとか、百日が僕とだけ仲良くしていたように見えたとか、他にもいろいろ理由があるとはいえ。


「にしても、なんでお前に惚れてるんだろうな、あいつ」

「さーね。外見の話じゃない? 普通に。お人形さんみたいなボクの外見に惹かれるとか、きれいすぎるものには一歩引いて見つめるきらいのある日本人には珍しいことだよ」

「……自分できれいすぎるとか言うか?」

「事実だから。いやー、モテる女はつらいね」


「誰がモテる女だって?」


 百日が照れるように笑ったところで、どこかで聞いたような声が頭の上に落ちてきた。

 瞬間に、正面の百日の表情が時間停止する。

 見上げると、あからさまに不機嫌そうな表情をした冴えない男の顔がそこにある。


「……あ、あははっ」


 心なしか渇いた笑い声を上げる百日。

 

「……ここで二人で何してるんだ? 相田、リア」


 斎藤努が疑うような声を上げた。


 ……トム来ちゃった。




いつも読んでくださってありがとうございます。お気に入り登録や評価をしていただいている方も、本当にありがとうございます。励みになります。

その評価に見合うだけのものを書けているかはわかりませんが、精一杯やっていきたいと思います。

アクセス解析を見る限り、最近、最初の方から読んでいただいている方もいるみたいで、序盤を直した甲斐もあるかな、と思いますが、今読み返すと、なんだかとてもめちゃくちゃやっているなあ、という印象がすごいです。人によってものすごく好みが別れる展開をやっている気がして、すごく直したいです。でも、直したいと思うところが多すぎて、とても直しきれる気がしません。なので、ある程度諦めようかな、とも思っています。34部分の追記に直す予定はあるみたいなことを書いていますが、ぶっちゃけそのときはやる気はあったのに、今はなんだか微妙です。いつか、直します! いつか!


内容についても言いたいことがあったりするのですが、多すぎて長くなるので言いません。強いて言うなら、なんで栗原さんと藍ちゃんの計画していることを隠して、ここまで長く引っ張っているんだろう、ということと、なんでこんな登場人物増やしてるんだよ! ということぐらいです。計画については早い段階でばらす予定だったのに、大したことでもないのになぜか引っ張ってます。登場人物については絶対、誰が誰だかわからないと思いますが、がんばって接触機会を増やして説明します。藍ちゃんの世界が広がった的なことを表現したかっただけなんです! ごめんなさい!


今週も日曜13時にも投稿します。今が退屈でも、じわじわと増えるわかめみたいにだんだん面白みが増えてくるはず、です。たぶん。

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