類似点
クラス会の日、集合場所の駅のホームで芦原さんと唯ちゃんと合流したわたしは、そのまま改札を抜け、駅前の広場に出る。
今日一緒に参加するのは二人だけだ。かなちゃんも美月ちゃんもこういう集まりは得意ではないらしく、不参加。
元々はそちら側の人間であるわたしも、本音を言えばあまりテンションが上がり切らないところはあるけれど、今日はそうも言っていられない。
今のわたしにはやるべきことがあるのだ。
「ええと、たしかボウリングからのお昼からのカラオケ、って流れだっけ?」
「うん、そうだよ。お昼はバイキング形式の食べ放題のお店を予約しているって」
「へえー、そうなんだ」
クラスのみんなが集まっている区画に歩いていく傍ら、芦原さんが尋ね、わたし自身もこの企画に一枚どころか何枚も噛んでいるために即座に答えを返す。
「……カラオケってちょっとやだな。わたしアニソンしか歌えないんだけど」
その隣でチェック柄のワンピースにショートブーツという女の子らしくてかわいらしい格好をした唯ちゃんが不安そうにつぶやいた。ちなみに芦原さんは空色のTシャツにデニムというラフな格好をしている。わたしは比較的地味めのパンツルック。スタイルがよくないわたしにはそういう格好は似合わないのだけど、今日は涼がいないので変におめかししようという気も起きなかったのだ。
「出た。かわいい顔して唯ちゃんのガチオタクっぷり」
「そんなんじゃないって。わたしなんてまだまだオタクの中のひよっこだから……」
「……そこそんなにこだわるところ?」
呆れたように芦原さんが言った。
けれど、唯ちゃんの心配もわたしには他人事じゃない。
人付き合いの幅は増えたけれど、持ち歌のレパートリーまでそうそう増えるわけじゃない。
前のときみたいに涼とるりだけなら、何を歌っても大丈夫だって思うけれど、クラスのみんなの前であまり空気を外したものを選ぶわけにもいかないし。
「まあ、二十人もいれば一人や二人歌わなくても気づかれないって」
「絶対ばれるよー」
「そのときはみんながドン引きするようなガチめのアニソンを歌ってあげれば?」
「もう、他人事だと思って」
言い合う二人を横目に、内心わたしもどきどきしつつ、クラスメイトたちに合流する。
友達の女の子二人と談笑していたるりと軽くアイコンタクトを交わす。
彼女は力強く頷いた。
集合時間がやってくると、るりが小さく手を叩いた。
ぱんと軽い音がして、三々五々集まって雑談していたみんなが顔を彼女に向ける。
「……ひい、ふう、みい、よ、っと……、よし! ちゃんと参加者二十四人全員いるね! 今日はみんな集まってくれてありがと! 文化祭に向けてクラスみんなの仲を深めるためにも、思う存分、楽しみましょう! じゃあ、何はともあれ、移動しよっか!」
先導するように隣の友達女子二人を連れてるりが歩き出す。――るりがいつも仲良くしている女子二人、珠洲紗友里さんと末長朱美さんというらしい。
彼女たちに続くようにして、ぞろぞろと男子の多いその集団は列になるようにして駅前近くのボウリング場へと向かった。
「あー、またガーター」
「……どんまい、藍ちゃん」
芦原さんが同情するように声を上げ、唯ちゃんが慰めるようにわたしの肩に手を掛ける。
……クラスで集まってのプチボウリング大会、みたいなものが開かれている。
何人かで集まってチームを組み、それぞれのチーム同士でスコアを競うものだ。
順番を早く回すことも考えて、一チームを三人で組むことにして、わたしは芦原さんと唯ちゃんと組んでいた。
軽やかなフォームで芦原さんがストライクやスペアを連発し、唯ちゃんは数ピン残すこともあるものの、いくつかストライクも出している中、回ってきた最後の順番で三連続ガーターを叩き出したわたしは彼女たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
……ボウリングってやったことなかったけど、こんな難しいんだ……。
まずそもそもボールが重かった。
女性用の球でも重くて上手く投げられなかったので、子ども用のボールを借りたのだけれど、まっすぐ投げることができなくて、数メートルも進まないうちにすぐに曲がってレーンから抜け出ていった。
二投目はなんとかまっすぐ進んだけれど、ピンに当たる直前で惜しいところでガーターに落ちた。
三投目はプレッシャーに負けてまともに投げられず一直線にレーン外側へと向かっていった。
そんな感じでガーター三連続。
本当、同じチームの二人には申し訳ない。
「ま、まあ、初めてなら仕方ないよ。藍ちゃん」
「……そうそう、初めはそんなもんだって……」
慰めの言葉を口にする二人の顔は若干引きつっている。
なぜなら、スコアが最下位のチームには罰ゲームが存在しているからだ。
お昼からのカラオケで三人トリオで一曲歌わなければいけないのだ。
「……ご、ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にして、わたしはレーンに向かう。
投げたボールはまるで予定調和のように、レーン両側に敷かれた一直線のレールの片方に吸い込まれていった。
※
※
※
「……た、助かったー」
全チームが二ゲームずつ投げ終えて、最終的にわたしたちのチームはビリから二番目になった。
るりから集計結果を受け取った珠洲さんが、「……最下位は~~――、……そこの眼鏡くんのいるチーム!」と五秒くらい発表結果を渋ったのちに、眼鏡をかけた一人の男子を指さしたところで、唯ちゃんが強張らせていた肩から思いっきり力を抜き、ソファに倒れ込んだ。
ぐでーっと、まるでソファと一体化するように脱力している。
「あ、あはは、そんなに嫌だったんだ」
「嫌に決まってるじゃん! アニソンしか歌えないんだよ、わたし! アニソンで三人トリオってそんなのどう考えたって痛い歌しかあるわけないじゃん!」
「そ、それはどうなのかな……」
ニ十投して十五投がガーターだったわたしが言えたことじゃないんだろうけど、あまりにも彼女が安堵した様子だったのでそう声をかけると、安心したせいなのか声音の大きな返答が投げかけられる。
「でもさ、あんだけガーター連発した藍ちゃんがいて、なんで最下位じゃなかったわけ?」
「……あ、あははは……」
芦原さんの包み隠さない感想にわたしは笑うしかない。
唯ちゃんも素で首を傾げている。
「たしかにねえ。……まあ、でも真優ががんがんストライク出してたし、そのおかげじゃないの?」
「……うふふ。もっと褒めてくれてもいいのよ」
「はいはいえらいえらい」
棒読みで言う唯ちゃんに、芦原さんが不満そうな表情をする。
「――ったく、まじお前のせいだからな!」
仲のいい二人の様子にわたしが一言口を開こうとしたところで、怒気を孕んだ大声に思わず肩をすくめた。
「な、なに……?」
唯ちゃんが負けた男子グループの方に目を向けて、顔を強張らせている。
見ると、一人の大柄な男子がさきほど最下位チームとして指をさされた眼鏡の男子に詰め寄っているところだった。
「十八連続でガーターってなんだよ? ふざけてんのか!」
「……ご、ごめん!」
「謝って済む話かよ。真面目にやってたのかよ、お前」
「いや、その、ボウリングとか初めてで、全然上手く投げられなくて……。真剣にやってはいたんだけど……」
「……まじかよ。あれで本気とか、お前運動神経なさすぎ。……はあ……、日和さあ、頼むぞまじで。お前のせいで俺ら三人デュエットだぞ? 笑えねえ」
心底呆れるように口にする大柄な男子に、近くにいた柔和な顔つきの男子が彼を落ち着かせるよう、その肩にぽんと手を置く。
「まあまあ、雄哉もそこまでにしておいて。それに、三人はデュエットじゃないでしょ?」
「つまんねえことにこだわんなよ」
「……日和にも悪気はないわけだしさあ。ここは俺の顔に免じて許してあげて」
「お前の顔に何の価値があるんだよ、広」
「そこはそれ、親友としての価値がさあ」
雄哉と呼ばれた男子を気さくな笑みで取りなして、広と呼ばれた男子が彼を連れ出していく。
残された日和君は、あからさまにほっとした表情をしていた。
「……感じ悪」
「……まあ、罰ゲームぐらいで何はしゃいでんのって感じだよね」
ぼそりと芦原さんがつぶやいて、それに唯ちゃんが同意する。
わたしは何も口に出さなかったけれど、ぽつんと立つ日和君の姿には少々思うところがあった。
自分よりも上手がいたことに――いや、この場合は下手だろうか――若干の安堵もした。
けど、それ以上に日和という名前に引っかかっていた。
ああ、そうか。あの子がたぶん……。
「さあ、みんなそろそろ、お昼行くよー!」
出入口付近に立ってクラスのみんなにそう声をかけるるり。
彼女と目が合って、その視線が日和君に動く。
もう一度わたしに目を向けた彼女は深く頷いた。
やはり彼が目的の人物らしい。
「……よし!」
ちょっとだけ気合を入れたわたしは勢いよくソファから立ち上がった。