内一人
お昼を食べ終わって、一緒に食べていた唯ちゃんはちょっとオタ友に呼ばれたということで席を外し、美月ちゃんは貸してあげた本を読むということで、わたしは手持ちぶさたになった。
周りに人がいることが多かったこの頃において、珍しい一人の時間だ。
「んー……」
取り立てて授業の宿題が溜まっているわけでもなく、やっておくべき予習があるわけでもない。
となると、どうしようか。
「図書室かな」
入学当初は本好きなこともあってそれなりに通っていた図書室だけれど、気づいてみれば、ここ数か月は近寄っていなかった。
涼やるりやダリアと一緒にいたり、あの四人と一緒にいることが多くなるにつれ、必然的に、落ち着いた雰囲気で読書をするというのも少なくなる。
たまにはそんな場所に足を伸ばしてみるのも悪くないかもしれない。
教室を出て、階段を下り、校舎内でわたしたちの教室とちょうど対角線上にある図書室に辿り着く。
「あ……」
「お」
図書室に入ろうとしたところで、別の方向からやってきたかなちゃんと目が合う。
弓広彼方。最近わたしが仲良くしている四人の女子のうちの一人。
「かなちゃんも図書室?」
「……うん、まあそうかな」
「へえ。意外だね。本とかあまり読まないのかと思ってた」
「そんなことはないけど……。ただ今は本を読みに来たわけでもないよ。ちょっと落ち着ける場所がほしくなっただけ」
「そっか」
揃って図書室の中へ。
混んでいるというわけでもなかったけど、二つか一つの座席を空けてぽつぽつと座っている人が多いため、意外と座りやすい席が見つからない。どこを選んでも誰かの隣になってしまいそうな利用状況だった。
「……ブースの方行かない?」
「あ、うん、そうだね」
この学校の図書室には本を読む用の閲覧スペースと、勉強や相談事に使うための区分けされたブースのある個人用スペースがあって、かなちゃんはそこに行こうと提案した。図書室をよく利用していた入学当初も含めて、ブースの方をわたしが利用するのは、斎藤君に連れられたときの一度くらいのものだった。
幸い、個人用スペースはいくらか空室があった。
区切られたブースの中に入り、ふぅ、とかなちゃんが息をつく。
ブースと言っても、小さな丸テーブルの周りにキャスター付きの椅子が数脚並んでいるだけのもので、ちょっと手狭な会議室、みたいな印象だ。
「……はあ」
「えっと……」
一応、本を読むために来たので、文庫本を一冊手に取っては来たのだけど、正面に座る彼女がぼうっと虚空を見つめているような中で、我関せずといった具合に読書に勤しむのはどうかと思われる。
「……な、何かあったの? かなちゃん」
「聞いてくれるっ!? 藍ちゃん!?」
「え、いや、あ、あの……」
そう問うと、みんなで一緒にいるときのクールな様子には似合わず、とても切羽詰まったような表情で顔を上げるかなちゃん。
テーブルを挟んで向かい側にいたはずが、いつの間にか真横に近づいてきていて手まで握られてしまっている。
「き、聞くのはいいんだけど……」
「だけど?」
「か、顔が近いよ……」
「あ、ごめん」
鼻先十センチの距離まで彼女に面を寄せられて、ちょっとびっくりしてしまう。
間近で見る彼女鋭い眼光はちょっとだけ怖かった。
そのことを気にしている彼女の前ではもちろんそんなことは表には出せないけれど。
ぱっと距離を取ったかなちゃんは、焦ったように癖のある短い髪をくしくしと弄る。
ごまかすように赤い顔で微笑みを浮かべていた。
「それでその……、どうしたの?」
なんとなく、突っ込んでしまったら藪蛇になってしまうようなそんな怪しい気配を感じたので、いつもとは違う彼女の様子には触れないまま、先を促す。
気を取り直したようにこほん、と咳ばらいをして、かなちゃんは続けた。
「それがさあ……、食堂でご飯食べてたら、先輩の剣道部員がわたしの後ろの席に座ってきてね……。わたしが真後ろにいるのも気づかないで、わたしの悪口言い始めるんだよ! いつも怒ってるみたいで怖いとか、たまにじっとこっちを睨んでるのが怖いとか……、ひどいと思わない?」
「そ、それはひどいね、うん」
「でしょ! 目つきが悪いのなんて、わたし自覚してるんだよ? だから頑張って気を遣って話しかけてたりとか、笑顔を心がけたりしてるんだよ? なのにさあ、それってほんとひどすぎると思わない?」
「う、うん。思うよ、うん」
話の内容自体は十分に共感できるものなんだけど、やっぱり鋭い眼光で詰め寄るように言われるとちょっとだけ怖い。でも、今まさにそのことについての話をしている彼女を前にそんなことは到底口にできないので、それをおくびにも出さないように、気持ちを引き締めた。
「ま、まあ、かなちゃんがいい人だっていうのはちゃんとわたしはわかってるから……」
「ありがとぉ、藍ちゃん! ……藍ちゃんだけだよぉー、わかってくれるのはー。他の部員もさあ、ことあるごとにさあ……」
「う、うん」
クールな外見に甘えたような声音というのもなんだかアンバランスだと思いつつも、彼女にも意外と繊細で弱々しい部分があったんだなあ、と感慨に耽りながら、相槌を打つ。
これまで関わってきた限りでは、淡々と冷たい突っ込みを放つような印象が強くて、そんな風にいろんなことを気にしている人だとは思っていなかった。
「男子もね。わたしに話しかけるときはいつも腫れ物に触るみたいにさあ。この前、途中で入ってきた新入部員なんてね、あからさまに声が震えてるんだよ? どんだけ怖いんだって。そんなの、こっちが傷つくっても―」
「た、大変だったね」
「ほんとそう……」
愚痴を漏らしたい気持ちもわからないではない。
先天的な顔の造りの問題とかに悩むというのはやっぱり大変なことだろうし。
ももちゃんもほんとうにごくまれに外見に関する愚痴を漏らすことがあって、そのたびに慰めの言葉をかけている。
「ねえねえ、聞いて聞いて」
「う、うん……」
その後、なぜか再び身を寄せるようににじり寄ってきたかなちゃんに、散々愚痴を聞かされてしまった。
頼られているみたいで嫌じゃないんだけれど、なんだかとても疲れた……。
「ふぇ……」
「どうかした? 藍ちゃん」
昼休み三分前に自分の席まで戻ってくると、思わずそんな声を漏らしてしまった。
まだ戻ってきていない涼の座席を挟んで、それを耳聡く聞きつけたるりが柔らかく小首を傾げる。
「ちょっと……、友達の愚痴に付き合っていて、というか……」
意識して声を潜める。かなちゃんの席は廊下側の一番前で、教室中央後方のこのあたりからは遠いけれど、そういうのはあまり声を大にして言うことではないと思うし。
「あー、まー、それは疲れるね、うん。お疲れ様」
「……ありがと」
優しく微笑んでくれるるりの笑顔に癒される。
るりはほんとうに優しい人だと思う。
人の行動の変化によく気づくし、気づくと、すぐに気遣いや労いの言葉をかけてくれる。
わたしももっとがんばらなければ、と強く思わされる。
「……話は変わるけど」
「うん?」
神妙な顔で教室の出入り口の方を警戒するようにしながら、彼女が言った。
「大体の目途はついた、と思う」
「ほんとに?」
「うん。あとでメッセ送るけど、文芸部に所属してる子なんかいいんじゃないかなって」
「文芸部……」
ざっとクラスを見渡して見るけれど、誰がそうだったかぱっと見では思い至らない。
「まあ、幸い、クラス会にも来てくれる子だし、そのときに、ね」
「あ、うん、そうだね」
明日のクラス会。
そういう集まりにはちょっとだけ気後れしてしまう自分がいる。
けど、きっとそんなんじゃだめだ。
そんな自分じゃだめだ。
わたしはもっとちゃんと前に出れる自分にならないといけないと思う。
涼のために。いろいろなことで助けてくれているるりやダリアのために。何より自分自身のために。
「……無理はしないでね」
決意を固めるわたしの様子を見て取ったのか、小さくつぶやくようにるりが言った。
わたしはそれに首を傾げる。
何を言っているんだろう、るりは。
わたしみたいな人間は、無理でも無茶でもなんでもしないと絶対に変われやしないのに。
自分のことばかりだったわたしが誰かのための動こうというのだ。
今までのわたしからすれば、それ自体がもう、ずっと無理のし通しなのだから。