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あいだけに  作者: huyukyu
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Some friends.

「藍ちゃん、何かいいことでもあった?」


 十月十六日の朝、そう言ったのは唯ちゃんだった。

 最近特に懇意にしている女の子四人と一緒に集まって、始業前の朝の時間をおしゃべりに費やしていたとき。

 涼はまだ登校してきておらず、るりは教室の一角で運動部の男子と話をしている。

 数分前には、ももちゃんが自分の席まで鞄を置きにきて、そのままどこかへ消えていった。


 わたしを含めた五人の中でもっとも気遣いに長けた川端唯ちゃんは、周りの人間の様子の変化などによく目が利き、気づくとこうして声をかけてくる。

 いつも優しい笑顔を浮かべている彼女は、反面、周囲の状況にとても敏感なようだった。わたしたちの中で一番プロポーションがよくて長い黒髪がきれいな彼女は、男子たちから望まぬ視線を受けることもあって、そのことが原因で自分の体型に嫌悪感を覚えている。

 体の凹凸の少ないわたしにはわからない悩みだけれど、彼女がけっこう本気で気にしているということはよくわかるので、下手にそういう話題で刺激しないように気をつけている。


「……うん、まあ」

「なになに? また藍ちゃんののろけ話?」


 嬉しそうな顔で追及を始めようとするのは芦原(あしはら)さん。ここ最近は真優(まゆ)でいいと再三言われるようになったのだけど、芦原さん呼びが定着してしまったのでわたしはそう呼び続けている。その代わりにわたしは下の名前で呼ばれるようになった。誰かと仲が深まるのはこそばゆいようで、ときに少しだけ怖くも感じる。

 あまり空気とかを読まないタイプで、人の話にも平気で口を挟んでくる。そのざっくばらんさをわたしは羨ましいと感じていた。普段は温厚なものの、時々口にする飛び抜けた言葉に困惑することがある。


「……土日に相田君と?」

「……そんな感じ、です」

「ふぅん……。仲が良いんだねえ」


 涼の話をするときにはいつも不機嫌そうな声音になるのは弓広彼方(ゆみひろかなた)さん。かなちゃんとみんなは呼んでいる。ショートヘアの癖っ毛。名前の割には剣道部で、そのことを散々からかいのネタにされている。すらっとした長身かつ、スタイルもほっそりとしていて(特にある部分)、彼女に対してわたしは密かに親近感を覚えていた。

 目つきが鋭くて、時々射抜くような視線にひるんでしまうこともあるけれど、実はけっこうそのことを気にしているらしく、男子に怖がられて辛いとぼやいているのを何度か耳にした。


「美月ちゃん、この間貸した本、読んでくれた?」

「……今、読んでるとこ……」

「そっか……」

「……あの」

「ん?」

「読んでると胸がすっとする気がする……」

「……そ、そうなんだ……」


 美月ちゃんは五人の中で一番大人しい女子だ。髪型はショートボブ。

 話しかけないと言葉を返してこないし、話題を振っても大体一言しか返答を得られない。今のように二言返してくれるのは珍しい部類だ。

 最初は嫌われているのかと思ったけど、どうやらそうでもないらしく、よくよく観察してみると誰に対してもそんな風で、元々人と話すのがあまり得意ではないらしかった。

 その姿を放っておけなかったわたしはいつの間にか彼女に声をかけていて、こうして一緒に話すような関係になっている。


「……なんだっけ? 子どもが遊ぶとかなんとかってタイトルの?」

「……『子どもたちは夜と遊ぶ』だよ。芦原さん」

「それ、そんな爽快な話なわけ?」

「う~ん……」


 どちらかというと、爽快というよりは暗めな話で、殺人事件が主眼なんだけど……。

 まあ、人によってはすっとするって言えなくもないのかも?

 虐殺描写に爽快感を得るような人だって世の中にはいるのだろうし。


 どう返答しようか考えていると、話題を切るように芦原さんが咳ばらいをした。


「えほん。そんなことよりさ。藍ちゃんの話よ」

「……いや、別にわたしのことは」

「相田君とことあるごとにイチャつく姿が目撃されている藍ちゃんが、今日は特別幸せそうな表情をしている……」

「……わたしと涼ってそんなに注目されてるの?」

「はい、唯ちゃん。原因は何ですか?」

「はい、先生。二人でデートにでも行ってきたのだと思われます」

「……残念、惜しい!」

「なんで芦原さんが答えてるの……」


 この中で芦原さんのおどけたノリについていけるのは人に合わせる性質の強い唯ちゃんだけなので、必然的に二人が会話の中心にいることになる。

 わたしは二人のノリに呆れ、かなちゃんは時たま鋭い突っ込みを入れ、美月ちゃんはおろおろとする。

 それがいつものパターンだった。


「デートぐらいではこうまで頬が緩むことはないでしょう」

「……あの……。勝手に頬を引っ張らないで」

「……なるほど、つまり?」

「つまり! お泊りですよ! 奥さん!」

「まあ!」


 いつにもまして二人のテンションが謎だった。

 唯ちゃんはいつもはもう少し大人しいはずなんだけど……。あしはらさんはともかくとして……。


「こらこら、人のプライベートを詮索しない」

「……そんなこと言って、かなちゃんも聞きたいでしょう? 藍ちゃんの性生活」

「…………別に」

「またまたぁ~」


 性生活って……。芦原さんは一体何を言っているんだろう。

 あと、もう少しボリュームを抑えてもらえると助かります。


「……あの、二人のことはそっとしてあげておいた方が……」

「……美月ちゃん、ありがと」

「え~、一人だけ彼氏持ちだよ? 勝ち組だよ? こぶ付きだよ? 藍ちゃんには我々においしい話題を提供する義務があるのであります」

「……そんな義務はありません」


 冷たくあしらうと、芦原さんは笑顔で顔を寄せてくる。目が笑ってないのが怖い。


「ねえ、藍ちゃ~ん」

「だめなものはだめ」

「……ざんねん」


 てへっと舌を出してわざとらしく彼女は笑った。




 お昼休み。

 明日のクラス会のことについて少しだけるりと相談した後、今日はなんだか一人で食べたい気分だという涼を食堂に見送り、自分の席でお弁当を広げる。

 すると、二人の女子が明るい色の包みを持ってわたしの下に近づいてきた。

 今日はいつもになくて、珍しい組み合わせだ。

 唯ちゃんと美月ちゃん。唯ちゃんは一緒に食べようと近寄ってきて、美月ちゃんは所在なさげに近くをふらふらとしていたので声をかけた。

 残りの二人のうち、芦原さんは幽霊部員だという茶道部の仲間に久しぶりに呼ばれたということでいなくて、かなちゃんはいつも食堂でごはんを食べている。

 この二人とお昼を共にすることもないではないけど、大体は賑やかになる要因の芦原さんがいることが常だった。

 涼の席と、それからダリアの席を借りて、机をくっつける。

 わたしの隣に唯ちゃん。向かいに美月ちゃん。


「いただきます」


 と手を合わせてお弁当を広げた。今日もわたしのお弁当はわたしの手作り。習慣になるとそうでもないけど、そのために朝早く起きるのをたまに辛く感じることがある。


「……」

「……」

「……」


 わたしはそんなに積極的に話をする方ではないし、周りに芦原さんのような人がいなければ唯ちゃんは落ち着いているし、美月ちゃんは言わずもがな。

 なんとなく、気まずい沈黙が場を席巻する。

 ここはわたしがなんとなかしなくては、と思ったところで、唯ちゃんに先を越された。


「えっと……」

「藍ちゃん、髪切った?」

「え、あ、うん、少しだけ毛先を整えてもらった、かな?」

「ほんと、どこまでもかわいくなるねー、藍ちゃんは」

「……そ、そんなことないと思うけど……」

「それも相田君のため?」

「半々、かな」

「……もう半分は?」

「自分のため」

「……割とリアルな答えだね」


 お弁当の卵焼きをつまみつつ、ぽつりと感想を漏らす。


「唯ちゃんはまだ伸ばすの? その髪」

「んー、どうかなあ」


 毛先をくるくると弄る唯ちゃん。

 肩先を軽く超えるくらいになっている彼女の黒髪はケアがしっかりしているからか、滑らかできれいだ。黒髪ロング。正統派な大和撫子という感じ。

 けれど、あんまり長すぎると、それはそれで生活指導の先生にお小言をもらうかもしれない。この学校は基本的に身だしなみについてはとやかく言われない校風なのだけど、高校生として行き過ぎるとさすがに注意される。

 その境界線は先生によって違い、別に明確な処罰があるわけではないのだけど、わたしも髪を伸ばし始めたころ、古典担当の女性の先生に、今まで優等生でしっかりやってきたんだからやりすぎるなと、やんわりと忠告された覚えがある。


「ばっさりいきたい気もするのですよ」

「そうなんだ。とってもきれいなのに」

「……いやいや、そんなことないって」


 笑って否定する唯ちゃん。

 その表情は本気でそういうことを言ってほしくなさそうだった。

 髪に気を遣っているのは見ればわかるんだけど。


「……美月さんは?」

「ぇ……?」


 唯ちゃんが美月ちゃんにすっと目線をやる。

 隣にいるわたしにはその表情が上手く読み取れなかった。


「こう……、その落ち着いた髪を巻き髪とかにはしないの?」

「わ、わたしは別に……」

「やってみればいいのに」

「……いやその……」

「美月ちゃんはそのままでも十分かわいいよ」


 返答に窮しているようだったので、そう言葉を継ぐと、ぱっと彼女が顔を上げ、「……ありがと」と小さくつぶやいた。

 実際、わたしがそう思っているのは事実だ。大人しくて、ちゃんと考えて言葉を発しているのがわかる彼女のことがわたしはけっこう好きだったりするし。


「ところで藍ちゃん」

「……ん?」

「相田君とは実際どこまで行ってるの?」

「……ん、んー?」

「付き合って三か月でしょ? 実際のところは?」

「……ん、んー……」


 マイクを突き出すような仕草で唯ちゃんが薄く笑う。

 それにどう答えたものか、と迷う。

 正直に涼とのことをたとえ友達でも詳らかに話したいとは思わないし、ごまかすのもなんだかな、って。


 大体、なんでみんなそんな話ばかりが好きなんだろうか。

 人の恋路なんて割とどうでもいいとわたしなんかは思うんだけど。


「……ご、ご想像にお任せします……」


 結局、そんな返答しかわたしにはできない。


 唯ちゃんはにやりと笑って、美月ちゃんはなぜだか顔を真っ赤にしていた。





とりあえずのキャラクター紹介。造りはリアル志向。

これまでとは違って、ちょっとじっくりやっていくつもりです。テンポは悪いかもですが、そういうのもまた小説の醍醐味な気がするので。藍ちゃん視点が多くなると思います、たぶん。

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